総 括 研 究 報 告 書 課題番号:24-25 課題名:一絨毛膜性双胎における selectiveIUGR 症例のエピジェネティクス機講の解明 上出 泰山(所属施設)国立成育医療研究センター (所属・役職)周産期センター 医員 研究成果の要約 一絨毛膜性二絨毛膜(MD)双胎は各々同じ遺伝配列を持つため、不均衡の生じた MD 双胎同士を比 較することは、周産期疾患の病態解明に新たな知見を得られると考えられる。不均衡の生じる MD 双 胎特有の疾患である、sIUGR や双胎間輸血症候群(TTTS)を対象に、臍帯血と胎盤のエピゲノム情報 や胎盤病理学的所見を比較した。また、IUGR の原因となる胎盤所見や体外受精による MD 双胎に生じ てうる不均衡についても研究を行った。まず MD 双胎の出生時に胎盤・臍帯血より DNA を抽出しエピ ゲノム機構のひとつである DNA のメチル化網羅的解析を行った。TTTS の標準治療である胎児鏡下胎 盤吻合血管レーザー凝固術(FLP)治療受けることで胎盤は血管走行上2つに分離され、胎児はそれ ぞれの胎盤で育つことになる。これら FLP 治療群と sIUGR を含む MD 双胎群、二羊膜二絨毛膜(DD) 双胎群の双胎間のメチル化の差について検討を行った。その結果、FLP 治療後の MD 双胎間では、出 生時に体重差のある双胎でより多くの領域でのメチル化の差を認めた。そのため、胎盤病理学的上 これらの双胎に差があるか検討を行った。その結果双胎間では明らかな病理学的差はなかったが、 体重差のあった双胎となかった双胎間には病理学的な差が認められた。同一胎盤内のメチル化の差 は、各々の明らかな表現型には影響しないと考えられた。IUGR に見られる Villitis of unknown etiology(VUE)は CD8 陽性 T 細胞が多く浸潤していることが知られている。VUE 胎盤を用いて distal villi, intermediate villi, stem villi における炎症細胞の局在を詳細にみることで、炎症がどの ように波及していくのかを明らかにした。また、Perforin-granzyme pathway を介して絨毛細胞のア ポトーシスが誘導されていることを確認した。また体外受精による胎盤病理やメチル化の変化の検 討を行ったが、非体外受精群と有意な差を認めなかった。本研究で、不均衡を生じる MD 双胎の病態 の一部に新たな知見が得られ、出生後の発育にも影響を与える可能性が示唆された。 1.研究目的 遺伝子発現が制御されることに起因、すなわ (1)双胎間のメチル化網羅的解析 ちエピジェネティクス機構が働いているこ 一絨毛膜性双胎(MD 双胎)は、双胎間輸血 とが推測される。不均衡を生じた胎盤におけ 症候群(TTTS)や選択的子宮内胎児発育遅延 る、大きい児・IUGR 児それぞれのエピジェネ (selective IUGR)等の一絨毛膜性特有な疾 ティクスの差を調べることにより、分子生物 患を起こすことがある。胎盤を共有し同一の 学的に周産期予後を悪化させる不均衡の生 遺伝情報を持つにも関わらず一児が発育不 じる MD 双胎の病態を解明することが目標で 全を起こす機序として、後天的な修飾により ある。 (2)不均衡のある双胎の胎盤病理学的検討 (1)の結果で FLP 治療後の双胎において、 い,両児間のメチル化の差について検討を行 った。 出生時に体重の差があった児では、出生時に 臍帯血において、sIUGR 症例や異常を認め 既に胎盤や児に DNA のメチル化等の遺伝学的 なかった MD 双胎では、双胎間でメチル化領 差があることを見出した。その遺伝子変化 域の差は 45 万領域中 10-20 領域程度と有意 が、形態学的な差を引き起こしているかの確 な差を認めなかった。TTTS 症例では、メチル 認を行う事を目的とした。 化の異なる領域は 800-14971 あった。FLP に (3)IUGR における病理所見の検討 より別々の胎盤環境になったことで、メチル 不均衡つまり片方が IUGR の MD 双胎のエピ 化の差が生じていると考えられた。また、DD ジェネティクス機講を解明する上で、胎盤の 双胎に生じているメチル化の差異と比べて、 病理学的所見を合わせて評価することは重 FLP 施行の MD 双胎は同等以上であった。TTTS 要である。VUE は IUGR の原因と知られている 3 症例において、共通のメチル化領域の有無 が、その詳細は明らかでない。今回われわれ について解析を行った。各々800-7079 領域の は VUE 胎盤を用いて炎症細胞の局在を明らか メチル化の差があったうち、小さい児が共通 にすることで、どのように炎症が波及するか して高メチル化であったのは 18 か所、大き を示す。また、免疫組織化学染色法を用いて、 い児が共通して高メチル化であったのは、 perforin と granzymeB を染色し、VUE で CD8 147 か所存在した。つまり、約 160 箇所に共 陽性 T 細胞が絨毛細胞のアポトーシスを誘導 通するメチル化領域があった。 することを明らかにする。 (4)体外受精が MD 双胎に与える影響 絨毛膜板も同様に、約 45 万領域のメチル 化について網羅的に解析を行った。sIUGR 症 体外受精が周産期予後に影響を与える報 例 2 例 で 698 、 998 領 域 、 TTTS 症 例 で 告は多くなされているが、体外受精が MD 双 1243-57779 領 域 、 異 常 の な い MD 双 胎 で 胎に与える影響について詳細な研究はなさ 202-998 領域の差があった。FLP 治療を行い、 れていない。体外受精と非体外受精による MD 共通であった胎盤が分離されることにより、 双胎の胎盤病理学的所見やメチル化を比較 胎盤発達にも影響を与えることが示唆され し、体外受精の観点から胎児不均衡の病態を た。また、sIUGR 症例についても、TTTS 症例 明らかにする。 と比べればメチル化の差のないものの、正常 例と比してメチル化に差がある結果となっ 2.研究組織 た。 上出 泰山 国立成育医療研究センター (2)不均衡のある双胎の胎盤病理学的検討 伊藤 由紀 国立成育医療研究センター FLP を施行し、胎盤病理組織と臨床情報が 共にある 53 症例を対象とした。53 症例を出 3.研究成果 生時体重差が 20%以上ある群と 20%未満の (1)双胎間のメチル化網羅的解析 群に2つにわけて、それぞれ受血児、供血児 臍帯血・絨毛膜板より DNA を採取し、バイ 間に病理学的所見に差があるかを検討した。 サ ル フ ァ イ ト 処 理 を 行 っ た 後 、 illumina また、20%以上ある群と 20%未満の群間でも Human Methylation450 を用いて、約 45 万領 同様の検討を行った。病理学的所見は、成熟 域の DNA メチル化について網羅的解析を行 度、syncytial knots、chorangiosis、有核 赤血球、梗塞、フィブリン沈着等である。 53 症例の FLP 後の胎盤のうち出生時の体重 であることを確認した。 (ハ)Tunel 法 差が 20%以上あった、30 例を受血児側と供 4 例すべてにおいて VUE 病変部の細胞性栄養 血児側で比較検討を行った。出生時に体重差 膜細胞、間質細胞および血管内皮細胞など が多い症例において、両児間の胎盤病理学的 種々の細胞が陽性だった。 所見に有意な差を認めなかった。同様に出生 VUE で は 上 行 性 に 炎 症 が 波 及 し 、 時に体重差のなかった症例でも、受血児側、 Perforin-granzyme pathway を介して絨毛細 供血児側間で有意差はなかった。20%以上の 胞のアポトーシスが誘導されていることを 体重差のあった群となかった群で比較をす 確認した。 ると、受血児側では、供血児側と比べて、 (4)体外受精が MD 双胎に与える影響 syncytial knot の増加やフィブリン沈着の増 MD 双胎 172 例のうち、体外受精群は 30 組、 加、胎盤の成熟所見を認めた。 非体外受精群は 142 組であった。体外受精群 (3)IUGR における病理所見の検討 と非体外受精群間では、母体年齢、初産率に (イ)VUE の病理組織学的特徴・進展経路 有意差を認めたが、在胎週数、出生体重や妊 すべての症例において distal villi に炎症 娠高血圧症候群・早産等の産科合併症の発症 細胞を認め、 stem villi や intermediate 率に差を認めなかった。胎盤重量(体外受精 villi だけに炎症を認めた症例はなかった。 群 945±175g、非体外受精群 908±205g)に また、stem villi に炎症像のあった症例では 有意差はみられず、臍帯の太さや長さも同様 必ず、intermediate と distal villi に炎症 に比較を行ったが有意差はなかった。また胎 が あ っ た 。 炎 症 細胞 の局 在 に つ い て は、 盤所見について、母体年齢・初産等の背景を terminal villi では炎症細胞が villi を取り 調整して検討を行ったが、有意差を認めなか 囲み、絨毛基底膜を破壊し絨毛内に侵入する った。胎盤所見で 2 本の臍帯のうちどちらか、 像がみられた。Intermediate villi や stem もしくは双方に付着部位の異常(卵膜付着、 villi では絨毛周囲には炎症細胞は少なく 辺縁付着)がみられたのは体外受精群 17 例、 syncytialtrophoblast の detachment や基底 非体外受精群 94 例であり、有意差を認めな 膜破壊はみられないにも関わらず、絨毛間質 かった。また体外受精による 2 例と非体外受 に多数の炎症細胞を認めた。さらに、25 例 精による 5 例の網羅的メチル化解析を行った (62.5%)に vasculopathy を、25 例(62.5%)に が、体外受精に特徴的な高メチル化、低メチ villous fibrosis を、1 例(2.5%)に fetal ル化領域は存在しなかった。 vascular thrombosis を、4 例(10%)に梗塞 今回の結果は、FLP により血管走行上分離 を認めた。 された胎内環境になることで、一絨毛膜双胎 (ロ)免疫組織化学染色法 間のエピゲノム変化が明確に検出できるこ VUE を呈した絨毛では CD8 陽性細胞の割合が とを示唆するものである。同一遺伝情報を持 多く、同部位にて perforin や grnzymeB が陽 つにも関わらず、FLP を施行し異なる環境と 性であった。また、炎症細胞浸潤を認めた、 なったことにより生じるエピゲノム変化は、 interediate/stem villi の 絨 毛 間 質 や 異なる遺伝情報を持つ DD 双胎間と比較して vasculopathy 周辺部にも CD8 陽性細胞を認 も同等以上である可能性を示唆する、興味深 め、同部位にて perforin、granzymeB が陽性 い結果となった。また、共通のメチル化変化 を認めるため、胎盤領域の大きい児と小さい 児、つまり供給栄養に差があった場合、メチ ル化や脱メチル化が生じやすい部分がある ことが示唆された。 上記のように児や胎盤間にメチル化の遺 伝子レベルの差を生じうる、出生体重差のあ った胎盤の病理学的検索を行ったが、有意な 差を認めなかった。しかし、体重差のある群 とない群の間では、胎盤所見に差を有してお り、メチル化や脱メチル化の起こりやすい領 域との関連やその後の周産期予後に影響を 与える可能性が考えられた。 体外受精は MD 双胎の不均衡に寄与するこ とが予想されたが、胎盤において今回の検討 では、病理学的にまたメチル化を含む遺伝学 的な明確な差はなかった。単胎において、体 外受精はメチル化に影響しないとの報告も あり、双胎においても同様であると考えられ た。 本研究で、不均衡を生じる MD 双胎の病態 の一部に新たな知見が得られ、出生後の発育 にも影響を与える可能性が示唆された。 4.研究内容の倫理面への配慮 胎盤からの検体採取は、胎盤娩出後に行う為、 母児に対する危険はない。 患者さんに対しては、書類を用いて十分説明 を行った上で、同意書に署名して頂く。 連結可能匿名化を行うこと、また遺伝子解析 結果をはじめとする全ての個人情報を厳格 に保護することで、社会的な不利益は生じな いと考えられる。
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