片状黒鉛鋳鉄のパーライト分解過程に及ぼす Mo の影響

片状黒鉛鋳鉄のパーライト分解過程に及ぼす Mo の影響
Effect of Mo on Decomposition Process of Pearlite of Flake Graphite Cast Iron
302
1.
緒
濵原
遼介(Ryosuke Hamahara)
言
鋳鉄の基地組織は,特別な熱処理あるいは合金添加がない場合,フェライトあるいはパーラ
イト,またはこれら両者の混合組織で形成されている.フェライトはα固溶体と呼ばれるCを少
量含んだFeで,αFeとも呼ばれ軟らかく,パーライトはフェライトとセメンタイト(Fe3C)の
板状結晶が交互に層状になっているため高強度である.しかし,パーライト組織も高温状態が
続くと分解してオーステナイト変態し,基地組織が変化してしまう.これにより高温での熱疲
労強度が低下し,クラックなどの破壊につながる.また,現在パーライト組織の生成過程につ
いては解明されているが,分解過程については解明されていない.よって熱疲労によるパーラ
イト組織の分解過程の詳細を正しく理解することは非常に重要である.
また,鋳鉄は用途に合わせて熱処理や合金添加を行うことで組織や機械的性質をコントロー
ルして使用されている.特に,合金添加は微量でも基地組織等に大きな影響を与え,例えば,
Cr,Cu,Sn,Mo,Mnなどのパーライト安定化元素を一定量含有させるだけで基地組織をオー
ルパーライトにすることが可能である.よって合金添加が鋳鉄に与える影響についても詳細を
解明することで,今後の鋳鉄材料の用途拡大にもつながると考えられる.
そこで本研究では,まず片状黒鉛鋳鉄の熱疲労によるパーライト分解過程の詳細を明らかに
することを目的とし,材料を高温保持することにより熱疲労を与え,パーライト分解過程をそ
の場観察した.そして,元素分布の観点からもパーライト分解過程の詳細を明らかにするため
に EPMA を用いて元素分析を行った.さらに,パーライト安定化元素の一つであり,一般的に
材料の高温特性を向上させる効果を有する Mo を片状黒鉛鋳鉄に含有させることで,パーライ
ト組織およびパーライト組織の分解過程に及ぼす影響について詳細を明らかにした.
2.
実験方法
本実験において,共焦点走査型レーザ顕微鏡と赤外線加熱装置を組み合わせた装置を加熱お
よびその場観察に使用した.また,EPMA を用いて元素の観点からパーライトの分解過程を解
明した.供試材料にはパーライト地の片状黒鉛鋳鉄として,FC300 を基準に Mo を含有させた
試料を作製し,同一条件で実験を行った後,実験結果を比較することで Mo がパーライト分解
過程に与える影響について検証した.供試材料の化学分析結果を表 1 に示す.
表1
FC300
FC-Mo
C
3.07
3.16
供試材料の成分分析結果
Si
1.65
1.85
Mn
0.75
0.76
P
0.070
0.030
(mass%)
S
0.050
0.009
Mo
<0.005
0.353
2.1
片状黒鉛鋳鉄の高温保持によるパーライト分解過程のその場観察
供試材料を3mm立方に加工し,観察面の研磨とバフ琢磨を行っ
観察方向
た後,3%ナイタール液にて腐食を行った.試料の観察面を上に向
観察位置
けた状態で,図1に示すように赤外線加熱装置専用のジルコニア製
るつぼ(内径4.5mm)にセットして,赤外線加熱装置の炉内に設
置した.真空ポンプとアルゴンガス(流量200mL/min)を使用し,
ガス置換を3回行った後,真空を引いた.その際,真空度は2Pa以
下とした.図2に示す高温保持プログラムを開始し,パーライト分
解過程を共焦点走査型レーザ顕微鏡でその場観察した.A1変態点
図1
試料設置イメージ
(727℃)より高温な850℃で保持すること
60min
によって熱負荷を与え,基地組織をオース
させた.冷却時にパーライト組織が再び析
出しないために,冷却は炉内で空冷を行っ
た.高温保持中に顕微鏡組織を撮影し,高
850
温度 [℃]
テナイト化させてパーライト組織を分解
炉内空冷
温保持によるパーライト分解過程の詳細
0
を検討した.
図2
2.2
時間 [min]
その場観察の高温保持プログラム
片状黒鉛鋳鉄の高温保持によるパーライト分解過程の元素分析
パーライト組織はフェライト(αFe)とセメンタイト(Fe3C)の層状組織である.そしてパ
ーライトは分解することでオーステナイト化し,その後の冷却でフェライト化する.よって,
パーライトが分解することで基地組織内のC検出量は減少すると考えられる.そこでEPMAを用
いて,パーライト組織のセメンタイト(Fe3C)中に含まれるCを検出し,高温保持前後のC検出
量および分布を比較することで,高温保持によるパーライト分解の有無や分解過程の詳細を元
素の観点から解明した.
実験方法は,2.1に示した手順の850℃保
持前後において,EPMAを用いてCに関す
5,10,15,30,60min
る元素分析を行った.また,850℃の保持
ト分解過程の詳細を段階的に検討した.
850℃の保持時間は図3に示す5,10,15,
温度 [℃]
時間を変化させることによって,パーライ
850
炉内空冷
30,60分の5パターンとした.さらにFC-
Moの試料に関しては,Moの分布について
0
も元素分析を行うことで,Moがパーライ
時間 [min]
ト組織に及ぼす影響について解明した.
図3
元素分析の高温保持プログラム
実験結果および考察
3.
3.1 基地組織の比較
実験を行う前に,Mo の含有が基地
FC300
FC-Mo
組織に与える影響について観察した.
FC300 と FC-Mo の実験前の顕微鏡組
織を図 4 に示す.図 4 より,FC300 は
緻密なパーライトと粗大なパーライト
の混合組織であるのに対し,FC-Mo
は全体的に緻密なパーライト組織であ
20μ m
ることがわかった.これより,Mo には
図4
実験前の顕微鏡組織の比較
パーライト組織を緻密にする効果があると考えられる.
3.2
片状黒鉛鋳鉄の高温保持によるパーライト分解過程のその場観察
850℃ 保持開始前
ライト分解過程のその場観
察結果を図 5 に示す.両試
料とも,時間経過と共に黒
850℃ 60min保持後
850℃ 60min保持後(研磨)
FC300
FC300 と FC-Mo のパー
鉛周辺から酸化等による変
細を直接観察することはで
きなかった.そこで,60 分
保持後に酸化していた観察
FC-Mo
色が進行し,分解過程の詳
面をバフ琢磨した後,再度
腐食を行った結果,FC300
は基地組織がフェライト化
100μ m
図5
850℃60 分保持のその場観察結果
していた.このことから,
60 分保持中にパーライトは分解してオーストナイト変態しており,冷却時にフェライトが析出
したと考えられる.しかし,FC-Mo ではパーライトが確認されたので,60 分保持中に部分的
にしかオーストナイト変態していないと考えられ,Mo はパーライト分解の進行を遅らせるこ
とがわかった.
3.3
片状黒鉛鋳鉄の高温保持によるパーライト分解過程の元素分析
FC300 および FC-Mo を 60 分保持した際の EPMA による元素分析結果を図 6,図 7 に示す.
図 6 より,FC300 は 60 分保持によって基地組織内の C が減少していることから,元素の観点
からもパーライト組織が分解したことが確認できた.図 7 より,Mo は鋳鉄内において粒界に
偏析して存在していることがわかった.そして,Mo の分布と C の検出量の多かった位置が一
致していることから Mo には C を集める効果があり,基地組織内で炭化物を生成し存在してい
ると考えられる.FC-Mo も 60 分保持によって基地組織内の C が減少していたが,FC300 に比
べ C の減少幅が小さいことからも Mo がパーライト分解を遅らせることが確認できた.Mo 周
辺の C 検出量に関しては 60 分保持後に部分的に増加していることも確認され,これは一部分
解したパーライトから放出された C を Mo が集
Mo と S の分布も一致していることがわかった.
これにより Mo は硫化物も生成していると考え
られる.
FC300 および FC-Mo を 850℃で 5,10,15,
30,60 分保持後の EPMA による C 分析結果を
図 8 に示す.FC300 の C 分析結果から,パーラ
C 分析結果
850℃ 保持開始前
の含有元素についても元素分析を行った結果,
顕微鏡組織
850℃ 60min保持後
め拘束したためだと考えられる.また,その他
イト分解は 10 分保持から開始していることが
20μ m
確認できた.また,パーライトの中でも緻密な
図6
FC300 の C 分析結果
パーライトから分解が開始し,
Mo 分析結果
顕微鏡組織
ことが確認できた.FC-Mo は
10,15 分保持において C の減少
開始に合わせて Mo 周辺の C 検
出量が増加していることが確認
できた.C が減少した箇所でも
FC300 に比べ C 検出量が多く,
これがパーライト分解の遅れに
C 分析結果
850℃ 60min保持後 850℃ 保持開始前
粗大なパーライトは分解が遅い
影響したと考えられる.
20μ m
図7
850℃ 10min
850℃ 15min
850℃ 30min
850℃ 60min
FC-Mo
FC300
850℃ 5min
FC-Mo の Mo および C 分析結果
40μ m
図8
4.
結
850℃保持後 C 分析結果の時間別比較
言
(1)パーライト分解は緻密な部分から開始し,粗大な部分が最後に分解することがわかった.
(2)Mo は緻密なパーライトを生成することがわかった.
(3)Mo はパーライト分解の進行を遅らせることがわかった.
参考文献
1)鋳鉄の生産技術教本編集部会:鋳鉄の生産技術(素形材センター)(1999)