神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 巻線応力がリング試料の直流磁気特性に及ぼす影響(Ⅱ) 電子技術部 電子デバイスチーム 馬 場 康 壽 磁性材料の直流磁化特性を測定する方法の一つである積分方式 B-H 特性測定方法において,巻線コイルの応力か らなる逆磁歪現象によって,正の磁歪定数を持つリング状試料の磁化特性が影響されることを前回報告した.本報 告では,正の磁歪定数と負の磁歪定数を持つ二つのリング試料を用いて,手巻きによる巻線応力による磁化特性へ の影響について比較・検討した. キーワード:積分方式 B-H 特性測定,巻線応力,逆磁歪現象 に巻線を取り除きケースから取り出した後,リング試料に 1 はじめに 直接コイルを手巻きして B-H 特性を測定した.ただし, 軟磁性材料はモータ,発電機や電磁弁などの鉄心や磁気 ケースに入れた試料の測定結果は,二次コイルとリング試 回路を構成する材料として広く使用されている.このうち 料間の空隙補正を行った. モータは電力消費の 5 割程度を占めているため,地球温 磁性材料には磁化特性に巻線応力の影響が現れやすい材 暖化防止の観点から高効率化による省電力化が求められて 料として,半硬磁性ではあるが磁歪定数の絶対値が大きく いる .モータ設計時の電磁解析には使用する軟磁性材料 負の値を示す Ni を用いた.また,比較のために前回と同 の磁気特性が必要となるが,これを測定する方法の一つと 様に正の磁歪材であるパーメンジュールを再測定した. 1) してリング状試料を用いた積分方式直流 B-H 特性測定方 3 結果と考察 法がある.この方法はリング状試料に一次コイルと二次コ 3.1 B-H 曲線の変化 イルおよび絶縁用のテープを巻きつけるので,試料に対し て締め付ける応力が発生する.前報ではパーメンジュール 250 A/m の磁界強度でパーメンジュールを測定したと (CoFeV)のような大きな正の磁歪定数を持つリング試料を きと 1000 A/m の磁界強度で Ni を測定したときの巻線応 用いて,手巻き程度の巻線応力でも磁化特性が大きく影響 力による B-H 曲線の変化をそれぞれ図 2 と図 3 に示す. 2) を受けることを確認した . 初磁化曲線の比較からパーメンジュールでは,コイルを直 本研究では巻線応力による磁化特性への影響に関する知 接巻いてリング試料に巻線応力を与えたときの方が,ケー 見を蓄積するために,負の磁歪定数を持つ材料の磁化特性 スに入れて試料に掛かる巻線応力を無くしたときよりも磁 に対する巻線応力の影響について調べ,正の磁歪定数を持 化し易くなった.これとは逆に,Ni ではコイルを直接巻 つ材料との比較・検討を行った. いてリング試料に巻線応力を与えたときの方が磁化し難く なった.また,最大磁束密度と残留磁束密度においてもパ 2 実験 ーメンジュールでは巻線応力を与えたときの方が大きくな 試料の形状は外径 45 mm,内径 37.5 mm,高さ 3 mm ったのに対して,Ni では巻線応力を与えた方が小さくな のリング状のものとし,試料に巻線応力が加わらないよう った.リング試料に加わる巻線応力の方向が,試料の円周 にするための樹脂ケースには,外径が 48 mm,内径 34.5 mm,高さ 6.6 mm のものを用いた.巻線は一次コイルに 140 ターン,二次コイルに 40 ターンを手巻きした.ここ で,試料にコイルを巻いた様子を図 1 に示す. リング試料の積分方式直流 B-H 特性測定には,理研電 子(株)製の B-H カーブトレーサ BHU-60 を用いた.測定 には同一のリング試料を用いて,先にリング試料を樹脂ケ a)ケースに入れた場合 ースに入れてコイル巻きしてから B-H 特性を測定し,次 b)試料に直接巻いた場合 図 1 コイル巻きしたリング試料 57 神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 図 2 パーメンジュールの B-H 特性(H=250 A/m) 図 4 Ni の B-H 特性(H=250 A/m) 可逆的磁壁移動領域における磁壁移動の障害となる要因の 中で,磁壁を止める磁壁抗磁力 Hwが弱いものは,手巻き 程度の巻線応力の影響を受けないと言える. 3.2 磁気特性値と測定磁界強度の関係 測定磁界強度を変化させたときの B-H 曲線から求めた 各磁気特性値の誤差率を図 5 に示す.誤差率はケースに 入れた時の値を基準に算出し,大小関係が分かるように値 は絶対値を取らなかった.最大透磁率を示す磁界強度 Hum(巻線応力無しの場合でパーメンジュール:約 180 A/m,Ni:約 610 A/m)より強い磁界強度で測定した場 合は,保磁力の誤差率だけ他の磁気特性値の誤差率と符号 が逆になり,Hum より弱い磁界強度での測定では保磁力 の誤差率も他の誤差率と同じ符号になった.また,測定磁 界強度が Hhより少し強いところで各磁気特性値の誤差率 図 3 Ni の B-H 特性(H=1000 A/m) が非常に大きくなる傾向が見られた. 方向に発生する磁界と直交していることから,この結果は パーメンジュールにおいて,測定磁界強度を強くしてい 逆磁歪現象3)と合致している.しかし,磁歪定数の正負 くと最大磁束密度の誤差率がほぼゼロになるが,これは逆 に関係なく初磁化曲線は,消磁状態から一定の磁界強度 磁歪現象が起こっても磁界強度が強くなると試料の磁化が Hh(パーメンジュール:24 A/m,Ni:286 A/m)の強さ 飽和に近づくからである.また,Ni の場合でも測定磁界 に至るまで巻線応力の有無に関係なく一致し,磁界強度が 強度が 5000 A/m に近づくに従って最大磁束密度の誤差率 Hhより強くなると初磁化曲線はずれ始めて巻線応力の影 は減少しており,測定磁界強度をさらに強くすればこの誤 響が現れた. 差率も同様にほぼゼロになると予測される.したがって, Ni における測定磁界強度が Hhより弱い 250 A/m のと 磁化が飽和に近づくような十分強い磁界強度による測定の きの B-H 曲線を図 4 に示す.B-H 曲線はヒステリシスを 場合は,巻線応力による最大磁束密度の誤差は無視できる. 持っていることから,磁界強度 250 A/m の磁化は非可逆 また,その他の磁気特性値の誤差率は,測定磁界強度の増 的磁壁移動領域の磁化過程である.また,巻線応力が有無 加に伴ってほぼ一定値になる傾向が見られた. の二つの B-H 曲線がほぼ一致していることから,可逆的 磁壁移動領域と非可逆的磁壁移動領域の一部(磁界強度が 4 まとめ Hhより弱い領域まで)では巻線応力の影響を受けないこ とが分かった.したがって,可逆的磁壁移動領域にある初 積分方式 B-H 特性測定方法において,正と負の磁歪材 透磁率についても巻線応力の影響は受けない4).また,非 に巻線応力が加わった時の磁化特性への影響を調べた.そ 58 神奈川県産業技術センター研究報告 No.20/2014 文献 1) 屋敷裕義ほか;日本磁気学会研究会資料,189 ,1 (2013). 2) 馬場康壽;神奈川県産業技術センター研究報告, 19, 58 (2013). 3) 近角聡信ほか,“ 磁性体ハンドブック ” , 朝倉書店, p.833 (1975). 4) 小沼稔,“ 磁性材料 ” , 工学図書, p.24 (1996). a)パーメンジュールの場合 b)Ni の場合 図 5 各磁気特性値の誤差率と測定磁界強度の関係 (誤差率(%)=([ケース無]-[ケース有])/ [ケース有])×100) の結果,手巻きの巻線応力によってそれぞれの B-H 曲線 は正と負の逆磁歪現象が起こることを確認した.測定磁界 強度が弱い場合,巻線応力は磁化特性に影響せず,その磁 界強度の範囲は可逆的磁壁移動領域の全域と非可逆的磁壁 移動領域の一部にまで達していた.このことから,手巻き 程度の大きさの巻線応力では,初透磁率に影響しないこと が分かった.また,測定磁界強度の強さによって,初透磁 率を除く各磁気特性値への影響は異なることが分かった. 59
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