3軸工作機械の幾何学的誤差に対する NC コード修正による誤差補償

修士論文概要(2014 年 2 月 13 日)
SSI-MT79123188
3軸工作機械の幾何学的誤差に対する
NC コード修正による誤差補償
北海道大学 大学院情報科学研究科 システム情報科学専攻
システム創成情報学講座 システム環境情報学研究室
徳本 健二
1 序論
工作機械は工具の位置を転写することで加工を行
うため,
「加工する工作機械以上の精度で部品を生み出
すことはできない」という母性原理が働く 1).工作機
械には精度を悪化させる様々な誤差が存在する.その
中でも幾何学的誤差は無負荷状態の運転時でも発生し,
周りの環境から影響を受ける誤差等に重畳されるため,
幾何学的誤差を補償することが重要である.
図 1 X 方向運動時の誤差 図 2 Z 軸 X 軸間の誤差
幾何学的誤差は,剛体の物体が並進や回転によって
理想的な位置からずれた変位量のことである.3 次元
空間において,X 軸方向の運動時に発生する幾何学的
誤差を図 1 に示す.この時,運動方向の位置決め誤差
𝛿𝑥𝑋 ,運動方向に対して垂直方向の真直度誤差𝛿𝑦𝑋 と
𝛿𝑧𝑋 ,各方向に関する回転誤差𝛼𝑋 ,𝛽𝑋 ,𝛾𝑋 の 6 つの幾
何学的誤差が発生する.3 軸工作機械では,この 6 つ
の幾何学的誤差が各軸方向の運動に存在している.ま
た,
各2軸間に発生する直角度誤差が計3つ存在する.
図 2 には Z 軸と X 軸間の直角度誤差𝛽𝑍𝑋 を示す.3 軸
工作機械では 21 の幾何学的誤差要素が存在する.
工作機械に内在する幾何学的誤差への従来の対策
図 3 工作機械の誤差と従来の補償方法
としては,各幾何学的誤差量を同定したのち,工作機
2 幾何学的誤差に対する NC コード修
正による誤差補償システム
械のメンテナンスを行うこと等が挙げられる.
しかし,
時間やコストが多大にかかってしまうという問題があ
る.そこで本研究では,3 軸工作機械に内在する幾何
2.1 基本的な考え方
学的誤差に対して,NC コード修正による誤差補償を
実現することを目的とする.理想座標系と NC コード
本研究で提案する補償システムを図 4 に示す.本シ
内の指令値との関係を記述した線形誤差モデル,線形
ステムは,まず測定により本研究で提案する線形誤差
誤差モデルの誤差パラメータを導出する方法として基
モデルの誤差パラメータを導出した後,線形誤差モデ
準形状測定を提案する.また,実際の機械を用いた測
ルを用いて NC コード内の指令値を修正することで誤
定実験により線形誤差モデルの誤差パラメータを導出
差補償を実現する.
し,補償の効果を検証する.
1
2.2 線形誤差モデルと補償方法
本研究では式(1)に示す線形誤差モデルを提案する.
𝑝11 𝑝12 𝑝13 𝑝14 𝑥
𝑥
𝑋′
′
𝑝
𝑝22 𝑝23 𝑝24 𝑦
𝑦
𝑌
(1)
[ ′ ] = 𝑷 [ ] = [ 21
][ ]
𝑝31 𝑝32 𝑝33 𝑝34 𝑧
𝑧
𝑍
1
1
0
0
0
1
1
𝑋’,𝑌’,𝑍’は理想座標系で表現した各軸に対する実際
の座標値である.𝑥,𝑦,𝑧は工作機械の各軸に対する
NC コード内の指令値であり,本研究ではこれを NC
座標系と呼ぶ.𝑝11 ~𝑝34 は新たに導入する誤差パラメー
図 4 NC コード修正による補償システム
タであり,式(1)において,これらを含む行列を𝑷行列
と呼ぶ.𝑷行列の逆行列を求め,𝑋’,𝑌’,𝑍’に NC コー
ド内の指令値を代入することで求めた𝑥,𝑦,𝑧が修正
後の指令値となる.
3
基準形状測定による誤差パラメー
タ導出
本研究では,基準形状に対する誤差の影響を表す式
と,測定した NC 座標系の座標から導出した測定形状
を表す式から式(1)の誤差パラメータを導出する方法
を提案する.実際の加工開始前に基準形状測定を行う
ことにより容易に誤差パラメータを導出することがで
図 5 平面測定による誤差パラメータ導出
きる.以下では,基準平面を測定することで誤差パラ
を選択すると容易に導出できる.例えば,YZ 平面を
メータを得る方法を述べる.基準平面測定による誤差
考えると𝑎′ は 1,𝑏 ′ と𝑐 ′ は 0,𝑑 ′ は YZ 𝑑 ′ となるため,式
パラメータ導出における考え方を図 5 に示す.理想座
(5)の関係が成り立つ.
標系での基準平面の方程式は式(2)である.
[𝑎′ 𝑏′ 𝑐′ 𝑑′] [𝑋 ′ 𝑌 ′ 𝑍 ′ 1 ]𝑡 = 0
(2)
ここで,𝑎’,𝑏’,𝑐’, 𝑑’はそれぞれ理想座標系における
𝑝11 = 𝑌𝑍 𝑎𝑞
𝑝12 = 𝑌𝑍 𝑏𝑞
(5)
𝑝13 = 𝑌𝑍 𝑐𝑞
𝑌𝑍 ′
𝑌𝑍
{𝑝14 + 𝑑 = 𝑑𝑞
ここで, 𝑌𝑍 𝑎𝑞 , 𝑌𝑍 𝑏𝑞 , 𝑌𝑍 𝑐𝑞 , 𝑌𝑍 𝑑𝑞 はそれぞれ YZ 平
𝑡
基準平面方程式の係数である.式(2)の[𝑋 ′ 𝑌 ′ 𝑍 ′ 1 ]
に式(1)の右辺を代入し,整理すると式(3)のようになる.
𝑡
𝑎′𝑝11 + 𝑏′𝑝21 + 𝑐′𝑝31
𝑥
𝑎′𝑝12 + 𝑏′𝑝22 + 𝑐′𝑝32
𝑦
(3)
[ ]=0
𝑧
𝑎′𝑝13 + 𝑏′𝑝23 + 𝑐′𝑝33
[𝑎′𝑝14 + 𝑏′𝑝24 + 𝑐′𝑝34 + 𝑑′] 1
次に,工作機械上で基準平面を測定することを考え
面の測定で得られた NC 座標系での値から導出した平
面方程式の係数である.ZX 平面,XY 平面も同様の測
定,導出をすることで,𝑝11 ~𝑝34 全ての誤差パラメー
タを導出することができる.
る.測定によって得た NC 座標系での座標に対して最
4
小二乗法を用いることで平面方程式の係数𝑎𝑞 ,𝑏𝑞 ,𝑐𝑞 ,
𝑡
𝑑𝑞 を導出する.式(3)の[𝑥 𝑦 𝑧 1 ] の係数と𝑎𝑞 , 𝑏𝑞 ,
𝑐𝑞 ,𝑑𝑞 を等しくおくと式(4)となり,式(4)を用いて誤
差パラメータを導出する.
𝑎′ 𝑝11 + 𝑏 ′ 𝑝21 + 𝑐 ′ 𝑝31 = 𝑎𝑞
𝑎′ 𝑝12 + 𝑏 ′ 𝑝22 + 𝑐 ′ 𝑝32 = 𝑏𝑞
𝑎′ 𝑝13 + 𝑏 ′ 𝑝23 + 𝑐 ′ 𝑝33 = 𝑐𝑞
′
′
′
′
{𝑎 𝑝14 + 𝑏 𝑝24 + 𝑐 𝑝34 + 𝑑 = 𝑑𝑞
基準平面測定実験による誤差パラ
メータ導出及び補償の効果検証
4.1 誤差パラメータ導出
本研究で提案している線形誤差モデルによる補償
の有効性を検証するために,ORIGINALMIND 社製
(4)
KitMill RD300 を対象に平面測定実験を行った.KitMill
RD300 は卓上 CNC フライス組み立てキットで,スト
特に,基準平面として YZ 平面,ZX 平面,XY 平面
ロークは X:224mm,Y:304mm,Z:67mm,分解能は
2
1.25μmである.また,測定器にはレーザ式判別変位セ
ンサ KEYENCE 社製 IL-S100 を用いた.IL-S100 の測
定距離は 70~130mm であり,繰り返し精度は 4μmであ
る.測定対象であるブロックの板厚平行度,板厚平面
度は共に 100mm に対して 0.01mm で,各面の直角度は
100mm に対して 0.02mm である.実験の様子を図 6
に示す.図 7 には,基準平面測定実験の全体の流れを
示す.
図 8 に示す YZ 平面の測定実験の手順を例に挙げ,
誤差パラメータの導出,補償前後の効果検証について
説明する.誤差パラメータの導出では最初に,レーザ
式判別変位センサの光軸を主軸の X 方向に合わせ,ス
図 6 平面測定実験の様子
ケーリングを行うなどのセットアップを行う.次に
NC コード内の指令値により測定位置を定め,レーザ
式判別変位センサで測定した距離と NC コード内の指
令値より,NC 座標系での値を求める.Y 方向に 10mm
ずつ 5 点,Z 方向に 12mm ずつ 4 点の 20 点で測定を行
い,最小二乗法により平面方程式の係数を導出する.
そして,導出した平面方程式の係数と,式(5)の関係か
ら𝑝11 ~𝑝14 が得られる.𝑝11 は1.0000,𝑝12 は−1.1683 ×
−3
図 7 基準平面測定実験全体の流れ
−3
10 ,𝑝13 は−2.0761 × 10 ,𝑝14 は−0.11421であっ
た.また,ZX 平面測定で得られた誤差パラメータは,
𝑝21 が6.0635 × 10−3 ,𝑝22 が1.0000,𝑝23 が3.7303 ×
10−3 ,𝑝24 が−0.17360であった.XY 平面測定で得ら
れた誤差パラメータは,𝑝31 が1.3915 × 10−3 ,𝑝32 が
−4.0736 × 10−4 ,𝑝33 が1.0000,𝑝34 が−0.099610であ
った.
4.2 補償の効果検証
次に,補償による影響を検証するために,NC コー
ドのコードを修正する.YZ 平面に関しては得られた
𝑝11 ~𝑝14 を元に NC コードの指令値𝑥を修正し,X 方向
図 8 YZ 平面測定実験の手順
の誤差を比較する.式(1)において𝑥に関してのみ考え
示している.また,図 10 のグラフの各点はそれぞれ
ると,式(6)が得られる.
(6)
𝑥̂ = (𝑋 ′ − 𝑝12 𝑦 − 𝑝13 𝑧 − 𝑝14 )/𝑝11
𝑥̂は NC コード修正後の指令値であり,𝑦,𝑧は NC コ
の測定箇所における X 方向の誤差を表し,丸数字は図
9(a) と対応している.補償前の誤差は最大 135μmあっ
ード修正前の指令値である.𝑝11 ~𝑝14 ,測定箇所におけ
たが,補償後の誤差は最大 67μmになり,約 50%改善
る指令値を式(6)にそれぞれ代入することで各測定箇
することができた. また,ZX 平面,XY 平面測定時
所における修正後の𝑥̂を求めることができる.なお,
における測定箇所と測定順を図 9(b),図 9(c)にそれぞ
式(6)の𝑋 ′ には測定時の指令値𝑥を代入することになる.
れ示し,Y 方向の誤差,Z 方向の誤差を図 11,図 12
修正した指令値で,平面方程式の係数導出時と同様に
にそれぞれ示す.ZX 平面測定では補償前の誤差は最大
測定を行い,NC 座標系での値を得る.YZ 平面測定時
199μmあったが,補償後の誤差は最大 30μmになり,
の測定箇所を図 9(a),補償前と補償後の X 方向の誤差
約 85%改善することができた.XY 平面測定では補償後
を図 10 にそれぞれ示す.図 9(a) の丸数字は測定順を
の誤差は最大 30μmになり,約 63%改善することがで
3
きた.各平面における補償前後の最大誤差を表 1 にまと
めて示す.
6 結論
3 軸工作機械の幾何学的誤差に対する NC コード修
正による誤差補償を目的として研究を行い,以下の結
論を得た.
1. NC コード修正による誤差補償システムを提案した.
2. 互いの軸が直交するように固定した理想座標系と
NC コード内の指令値の関係を記述した線形誤差モ
デルを提案した.
3. 線形誤差モデル内の誤差パラメータを導出するた
めに,工作機械上での基準平面を対象とした基準形
状測定による誤差パラメータ導出方法を提案した.
4. KitMill RD300 にて基準平面測定を行うことで誤差
図 10 YZ 平面測定による補償前後の幾何学的誤差
パラメータを導出し,線形誤差モデルに基づいて
NC コードを修正した結果,各軸方向に対する誤差
を 50%以上改善することができた.
参考文献
1) 千田治光 :工作機械の知能化の現状と加工事例, 精密
工学会誌,Vol.78, No.9, pp.748-751,2012.
研究業績
1. 徳本健二,田中文基,小野里雅彦,NCコード修正に
図 11 ZX 平面測定による補償前後の幾何学的誤差
よる誤差補償のための幾何学的誤差モデル― 3軸
工作機械の場合 ―,2013年度精密工学会春季大会学
術講演会講演論文集(CD-ROM),pp. 717-718,2013.3.
2. 徳本健二,田中文基,小野里雅彦,3軸工作機械に
おける基準形状測定による誤差補償モデルのパラメ
ータ導出,2013 年度精密工学会秋季大会学術講演会
講演論文集(CD-ROM),pp. 21-22,2013.9.
3. 徳本健二,田中文基,小野里雅彦,3軸工作機械の
幾何学的誤差に対する NC コード修正による誤差補
償(第2報)― 基準平面測定による線形誤差モデル
のパラメータ導出 ―,2014 年度精密工学会春季大会
学術講演会講演論文集(CD-ROM), 2014.3.(予定)
図 12 XY 平面測定による補償前後の幾何学的誤差
(a)YZ 平面
(b)ZX 平面
表 1 各平面における補償前後の最大誤差
YZ 平面
ZX 平面
XY 平面
補償前の
135
199
83
最大誤差[μm]
補償後の
67
30
30
最大誤差[μm]
(c)XY 平面
図 9 各平面の測定箇所と測定順
4