QT延長症候群(先天性・二次性)とBrugada症候群の

2014/5/9 更新版
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011年度合同研究班報告)
【ダイジェスト版】
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に
関するガイドライン(2012 年改訂版)
Guidelines for Diagnosis and Management of Patients with Long QT Syndrome and
Brugada Syndrome(JCS 2012)
合同研究班参加学会
日本循環器学会 日本心臓病学会 日本心電学会 日本不整脈学会
班長
青沼 和隆
筑波大学医学医療系
循環器内科
班員
新 博次
奥村 謙
日本医科大学
多摩永山病院内科
鎌倉 史郎
弘前大学
循環器呼吸器・腎臓内科
杉薫
東邦大学医療センター
大橋病院循環器内科
櫻田 春水
国立循環器病研究センター
心臓血管内科
萩原 誠久
堀江 稔
東京女子医科大学
循環器内科
東京都立広尾病院
循環器科
吉永 正夫
滋賀医科大学
呼吸循環器内科
鹿児島医療センター小児科
協力員
池田 隆徳
東邦大学医療センター
大森病院循環器内科
草野 研吾
岡山大学大学院
医歯薬学総合研究科循環器内科
髙木 雅彦
大阪市立大学大学院医学研究科
循環器病態内科学
野上 昭彦
横浜労災病院不整脈科
志賀 剛
東京女子医科大学
循環器内科
夛田 浩
池主 雅臣
筑波大学医学医療系
循環器内科
藤木 明
静岡赤十字病院
循環器内科
新潟大学医学部
保健医学科
堀米 仁志
筑波大学医学医療系
小児内科
清水 渉
国立循環器病研究センター
心臓血管内科
永瀬 聡
岡山大学大学院
医歯薬学総合研究科
循環器内科
住友 直方
日本大学医学部
小児科学系小児科学分野
西崎 光弘
横浜南共済病院
循環器内科
蒔田 直昌
長崎大学大学院
医歯学総合研究科
分子生理学
外部評価委員
相澤 義房
新潟大学大学院
医歯学総合研究科器官制御医学
平岡 昌和
労働保険審査会
大江 透
心臓病センター榊原病院
小川 聡
国際医療福祉大学
三田病院
児玉 逸雄
名古屋大学
山科 章
東京医科大学病院
第二内科
(五十音順,構成員の所属は 2012 年 3 月現在)
1
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
目次
I. 序文(改訂にあたって) ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥2
V. 二次性 QT 延長症候群の診断と治療 ‥‥‥‥‥‥‥ 15
II. 総論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
1. 薬剤性 QT 延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 15
1. QT 延長症候群の概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥3
2. 徐脈依存性 QT 延長症候群 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 15
2. QT 延長症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥5
3. Brugada 症候群の概論
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥6
4. Brugada 症候群の発生機序 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
3. 薬剤性,徐脈性以外の二次性 QT 延長症候群 ‥‥ 16
VI. Brugada 症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
7
1. 総括 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
III. 先天性 QT 延長症候群の診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8
2. 心電図判断の基準 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
1. 概論 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥8
3. わが国における心電図自動診断の基準 ‥‥‥‥‥ 17
2. 小児の診断について ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9
4. その他の非侵襲的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 17
3. 心電図診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥9
5. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18
4. 負荷試験 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 10
6. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18
T wave alternans,ループレコーダ ‥ 11
5. Holter 心電図,
7. 臨床心臓電気生理学的検査の適応 ‥‥‥‥‥‥‥ 19
6. 臨床心臓電気生理学的検査 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 11
8. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19
7. 遺伝子診断 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 12
VII. Brugada 症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21
IV. 先天性 QT 延長症候群の治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 13
1. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21
1. 薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 13
2. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21
2. 非薬物治療 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14
(無断転載を禁ずる)
I. 序(改訂にあたって)
本ガイドラインは,近年とくに注目される Brugada 症
候群ならびに先天性 QT 延長症候群に対して,疫学,診断,
治療に至るまでのガイドラインとして 2005 ∼ 2006 年に
制定され,2007 年に公表された.しかし,初版ではエビデ
ンスが十分でなかったため,その治療法については十分に
検討がなされなかった感があった.とくに Brugada 症候
群は,アジア人種のなかでもわが国で報告が多く,以前
“ぽっくり病”と呼ばれていた夜間突然死症候群の多くが
含まれている可能性もあるが,Brugada 症候群患者の 20
%と先天性 QT 延長症候群の 70 %にイオンチャネル蛋白
の責任遺伝子異常を認め,イオンチャネル病に分類されて
いる.しかし,徐々にではあるが,遺伝子異常が予後と直
2
接には結びつかないことや,遺伝子異常を認めない孤立性
の症例も多いことが判明してきた.
現在まで発表されている不整脈に関する欧米のガイド
ラインは,特定の観点から作成されたものが主であり,本
ガイドラインが作成された 2007 年当時はわが国でもエビ
デンスが不十分であったが,とくに Brugada 症候群では
この数年で多くのエビデンスが報告され,わが国でもある
程度のデータ蓄積がなされるに至った.
突然死の二次予防として確実な治療は,現在でも最終的
には植込み型除細動器(ICD)であるが,一次予防として
の ICD 治療に関しては,現在でも各国で異なっており,今
回の改訂版では,初版を踏まえて,この 5 年間にわが国で
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
明らかになったエビデンスをもとに変更の必要がある部
ス分類は以下に示すとおりである.
分に限って改変した.
クラス分類
本ガイドライン作成にあたっては,合同研究班として多
くの専門家に参加を求めた.とくに小児循環器病医学の専
門家にも多くの参加を得て,合同研究班の総意として改訂
にあたった.総論では,診断と治療に必要な基本的な知識
クラス I :検査,治療が有効,有用であるというエビデンス
があるか,あるいは見解が広く一致している.
クラス II:検査,治療の有効性,有用性に関するエビデンス
あるいは見解が一致していない.
としての臨床的特徴,予後,および発生機序を解説し,各
クラス IIa:エビデンス,見解から有効,有用である可能性が
天性 QT 延長症候群の治療,③二次性 QT 延長症候群の診
クラス IIb:エビデンス,見解から有効性,有用性がそれほど
治療,の 5 項目に分けて検討し,最新知見を盛り込むこと
クラス III:検査,治療が有効,有用でなく,ときに有害であ
論では従来どおり,①先天性 QT 延長症候群の診断,②先
断と治療,④ Brugada 症候群の診断,⑤ Brugada 症候群の
を心がけた.診断に関しては,とくに心電図などの非観血
高い.
確立されていない.
るとのエビデンスがあるか,あるいは見解が広く
的検査,臨床心臓電気生理学的検査などの観血的検査,お
よび遺伝子診断の臨床的意義について検討した.治療に関
しては従来と同様に薬物治療と非薬物治療に分けて,おの
おのの有用性を検討した.とくに無症候性の場合は,診断
と治療が有症候性の場合と異なるため,両者を分けて検討
した.
本ガイドラインの勧告策定の手順としては,AHA/ACC
および ESC のガイドライン,わが国での報告(疫学調査,
一致している.
エビデンスレベル
レベル A:複数の無作為介入臨床試験またはメタ解析で実証
されたもの.
レベル B:単一の無作為介入臨床試験または大規模な無作為
介入でない臨床試験で実証されたもの.
レベル C:専門家,または小規模臨床試験(後向き試験およ
び登録を含む)で意見が一致したもの.
研究報告など)
,海外での報告(疫学調査,研究報告など)
,
班員の臨床経験,をもとにして作成し,具体的には最新
また,このガイドラインの変更にあたり,現在までに報
データを加えたうえで,各診断法と治療法の適応に関する
告された日本循環器学会合同研究班のガイドラインと整
のエビデンスのレベルとして,レベル A,レベル B,レベ
を記述した.
勧告の程度をクラス I,クラス II,クラス III に分類し,そ
ル C をできる限り付記した.なお,クラス分類,エビデン
合性があるように考慮したが,一致しない場合はその違い
II. 総論
1.
QT 延長症候群の概論
QT 延長症候群(long QT syndrome:LQTS)は,心電
図に QT 延長を認め,torsade de pointes(TdP)と呼ばれ
,あるい
る特殊な心室頻拍(ventricular tachycardia:VT)
は心室細動(ventricular fibrillation:VF)などの重症心
室性不整脈を生じて,めまい,失神などの脳虚血症状や突
然死をきたす症候群である.QT 延長症候群は大きく先天
性と二次性に分けられる.これらのうち,先天性 QT 延長
症候群には明らかな遺伝性を認める例(Romano-Ward 症
候群と Jervell and Lange-Nielsen 症候群)のほかに,遺伝
関係が明瞭でないかあるいは遺伝関係の調査が困難な例
.一方,薬物,
(特発性 QT 延長症候群)も含まれる(表 1)
3
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
表 1 QT 延長症候群の分類
先天性 QT 延長症候群
遺伝性 QT 延長症候群
Romano-Ward 症候群(常染色体優性遺伝)
Jervell and Lange-Nielsen 症候群(常染色体劣性遺伝):先天性聾を伴う
特発性 QT 延長症候群
二次性 QT 延長症候群
薬物誘発性
抗不整脈薬:I 群薬(キニジン,プロカインアミド,ジソピラミドなど)
III 群薬(アミオダロン,ソタロール,ニフェカラントなど)
向精神薬:フェノチアジン系(クロルプロマジンなど)
,三環系抗うつ薬など
抗生物質,抗ウイルス薬:エリスロマイシン,アマンタジンなど
抗潰瘍薬:H2 受容体拮抗薬(シメチジンなど)
消化管運動促進薬:シサプリドなど
抗アレルギー薬:テルフェナジンなど
脂質異常症治療薬:プロブコールなど
有機リン中毒
電解質異常
低 K 血症,低 Mg 血症,低 Ca 血症
徐脈性不整脈
房室ブロック,洞不全症候群
各種心疾患
心筋梗塞,急性心筋炎,重症心不全,心筋症
中枢神経疾患
クモ膜下出血,頭部外傷,脳血栓症,脳外科手術
代謝異常
甲状腺機能低下症,糖尿病,神経性食欲不振症
電解質異常,その他の原因などで生じたものが二次性 QT
延長症候群である(表 1)
.
1.1
先天性 QT 延長症候群
Romano-Ward 症候群は常染色体優性遺伝形式をとり,
患者の子どもには原則として 50 %に本症候群の遺伝子が
伝えられ,また患者の両親のいずれかに本症候群の遺伝子
を認めると考えられる.
先天性 QT 延長症候群は,心筋細胞のイオンチャネル機
遮断薬の投与は LQT1,LQT 2 患者の心事故を減少させる
が,投与前の心停止を既往歴に持つ例では,β遮断薬投与
開始後の 5 年間に 14 %が致死的な心事故を起こすと報告
されている.
1.2
二次性 QT 延長症候群
先天性 QT 延長症候群以外に,薬剤や徐脈などが原因で
能や細胞膜構成蛋白の調節に関係する遺伝子の異常が原
二次的に QT 延長が起こり,TdP が発生することがある.
が見つかっている.Romano-Ward 症候群は,現在までに
候群と呼ばれる.二次性 QT 延長症候群の分類とそれをき
番に LQT1 ∼ LQT13 と呼ばれている.
いては古くからキニジン失神として知られている.抗不整
因とされており,現在では 60 ∼ 70 %の家系で遺伝子異常
13 個の遺伝子型が報告されており,それが確認された順
これらは二次性 QT 延長症候群あるいは後天性 QT 延長症
たす薬剤や要因は表 1 に示した.このうち抗不整脈薬につ
これまでに報告された多数例の調査では,90 %以上の
脈薬による TdP の頻度は,2. 0 ∼ 8. 8 %とされる.抗不整
また,先天性 QT 延長症候群の死亡率は 0. 9 ∼ 2. 6 % / 年
真菌薬,抗アレルギー薬,消化器疾患薬なども QT 延長を
症例が LQT1 ∼ LQT3 のいずれかであるとされている.
脈薬以外の非循環器系薬剤である向精神薬,抗生物質,抗
とされているが,初回発作が突然死である症例もある.近
きたす.しかし同じ薬剤を用いても,一様に QT 延長をき
上の LQT1,LQT2,男性の LQT3 は危険度が高いとされ
があることを示しており,さらにこの個体差の背景には,
LQT3 患者に比較して若く,20 歳以降における心事故の
多型(SNP)が想定されている.実際,二次性 QT 延長症
年の遺伝子型による層別化の試みでは,QTc 500 msec 以
ている.LQT1 患者における心事故の初発年齢は LQT2,
初発は少ないとされている.また,心事故の初発年齢は男
4
性が女性に比較して若く,LQT1 の男性患者の調査では全
例が 15 歳以下で心事故が発生したという報告がある.β
たすとは限らない.これは薬剤への個体差や感受性の差異
心筋のイオンチャネルのレベルでの遺伝子異常や一塩基
,SCN5A
候群のなかには,KCNQ1 や KCNH2(HERG)
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
の遺伝子に変異を認める症例が報告されており,これらの
症例は潜在型の先天性 QT 延長症候群の亜型である可能
性が示唆されている.
が直接的に証明されている.
一方,カテコラミン投与により心室筋各部位の MAPD
の不均一性(spacial dispersion of repolarization:SDR)
QT 間隔は心拍数が上昇すると短縮し,低下すると延長
TdP の維持には SDR の増大によるリエントリー
も増大し,
RR 間隔が延長すると,著明な QT 延長をきたし TdP が発
いた薬理学的 QT 延長症候群モデルにより,先天性 QT 延
する.しかし,ときに徐脈や心室期外収縮などによって
も重要と考えられる.その後,動脈灌流左室心筋切片を用
生する症例がある.このような徐脈によって正常範囲を超
長症候群患者における TdP の細胞学的成因がさらに明ら
呼び,TdP の原因となる.したがって,洞不全症候群や房
しば心室期外収縮(単発または連発)の 2 段脈に引き続
えて QT が延長するものを,徐脈依存性 QT 延長症候群と
室ブロックなどの徐脈では,徐脈自体に加え QT 延長によ
る TdP も死因となる.
かとなった.LQT1,LQT2,LQT3 の各モデルでは,しば
いて TdP が誘発される.自然発生の TdP を認めない場合
でも,APD が最短の心外膜(Epi)細胞からの単発期外刺
激により容易に TdP が誘発される.一方,TdP の引き金と
なる心室期外収縮は,比較的 QRS 幅が狭く,心内膜側心
2.
筋細胞側からのペーシング波形と同じ極性を示すことか
QT 延長症候群の発生機序
ら,mid-myocardial(M)細胞または心内膜(Endo)側
先天性 QT 延長症候群の Romano-Ward 症候群では,現在
の Purkinje 細胞を起源とする EAD からの撃発活動が機
序と考えられる場合もある.いずれの QT 延長症候群モデ
までに 8 つの染色体上に 13 個の遺伝子型が報告されている.
ルでも,M 細胞の APD の相対的な延長により transmural
6,7,11,13)
,内向き Na+ 電流が増加(LQT3,9,10,12)
,
の 2 発目以降の機序には,心室筋各部位の SDR の増大に
活動電位持続時間(action potential duration:APD)が延
も重要であると考えられる.図 1 に臨床的および実験的検
いずれの遺伝子型でも,外向き K 電流が減少(LQT1,2,5,
+
または内向き Ca2+ 電流が増加(LQT4,8)することにより
長し,共通の表現型である心電図上の QT 延長を呈する.
単相性活動電位(monophasic action potential:MAP)
記録を用いた臨床研究により,QT 時間の延長は MAP 持
dispersion of repolarization(TDR)が増大しており,TdP
加えて,貫壁性の TDR の増大を基質とするリエントリー
討から考えられる先天性 QT 延長症候群の QT 延長および
TdP の発生機序を示す.
続時間(MAPD)の延長によることが証明された.また,
イソプロテレノールやエピネフリンなどのカテコラミン
点滴静注により早期後脱分極(early afterdepolarization:
EAD)様の hump が記録され,TdP 第 1 拍目の心室期外
収縮の機序として,EAD からの撃発活動の関与すること
貫壁性(Epi-M-Endo 細胞)再分極時間の不均一性(内因性)
遺伝子異常(KCNQ1,KCNH2,SCN5A,ANKB, KCNE1,KCNE2,
KCNJ2,CACNA1C,CAV3,SCN4B, AKAP-9, SNTA1, KCNJ5 )
再分極電流↓
(IKs↓,IKr↓,IKl↓,IKACh↓, late INa↑,ICa↑)
LQT1,
(5, 11)
各細胞群 APD
の均一な延長
QT 延長
貫壁性再分極時間
(不応期)
の不均一性
LQT2,
3,
(6),(9,10,12,13)
M 細胞 APD の
選択的延長
LQT1-13
EAD からの異常自動能
(期外収縮) QT 延長
貫壁性再分極時間
(不応期)の不均一性↑
β受容体刺激
torsade de pointes
(リエントリー)
図 1 先天性 QT 延長症候群の QT 延長と TdP 発生機序
5
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
歳未満での突然死の家族歴は全体の 22 ∼ 55 %の症例に,
とくに無症候性では 50 ∼ 70 %に認められると報告されて
3.
いる.しかし,これら家族歴や性比率は登録の手法によっ
Brugada 症候群の概論
て大きく異なる.無症候性の多くを有症候性の家系から抽
出した欧米の研究でこれらの比率が高いが,主として孤発
例が集積されたわが国の登録調査(循環器病委託研究)
3.1
では男性の比率が 94 %と多く,突然死の家族歴を有する
Brugada 症候群の疫学
Miyasaka らは,
守口市の 40 歳以上の健診で,
右脚ブロッ
クで 0. 1 mV 以上の ST 上昇を呈する人は全体で 0.70 %,
男性では 2. 14 %に達すると報告している.Atarashi らは
例 も 16 % に と ど ま っ て い た.表 2 に 日 本 と 欧 米 の
Brugada 症候群の特徴の違いを示す.
心室細動は安静時または夜間睡眠中に生じやすい.委託
研究では夜間(20 時∼ 8 時)発症例が 66 %を占め,その
右脚ブロックと,0. 1 mV 以上の coved(入り江)型 ST
51 %で急性期に心室期外収縮が認められた.また心室細
であったと報告している.一方,小児,または学童におけ
すく,有症候性で 29 %,無症候性で 12 %に心房細動が認
上昇を呈した人の比率は 0. 16 %であり,その全員が男性
る本症候群の頻度は,成人に比べて著明に少ない.戸兵ら
は小中学生で 0. 1 mV 以上の coved 型 ST 上昇が 0. 01 %
にみられたとし,Yamakawa らは右脚ブロックを伴う 0. 1
mV 以上の coved 型または saddleback(馬の鞍)型の ST
上昇が,6 ∼ 15 歳の 0. 054 %に認められ,その 91 %が男
児であったと報告している.
動のほかに心房細動(atrial fibrillation:AF)も合併しや
められ,そのほとんどが発作性心房細動であった.さらに
冠攣縮性狭心症や神経調節性失神も合併しやすいことが
知られており,循環器病委託研究では,冠攣縮性狭心症が
アセチルコリンまたはエルゴメトリンで 20 %前後の症例
に誘発されていた.
本症候群ではピルジカイニド,フレカイニド,アジマリ
ンなどの Na チャネル遮断薬投与後に 60 ∼ 90 %の例で
3.2
ST が上昇し,一部の例では心室性不整脈や T 波交互脈
Brugada 症候群の臨床的特徴
欧米の報告では全症例の 72 ∼ 76 %を男性が占める.45
(T wave alternans)が出現することが知られている.一方,
運動負荷中やイソプロテレノール投与中には ST 上昇が改
表 2 日本と欧米の Brugada 症候群の特徴の違い
循環器病委託研究
Brugada *1
Priori *2
有症候
無症候
有症候
無症候
有症候
144
268
144
190
48
139/5
251/17
120/24
135/55
平均年齢(歳)
51.2
53.4
突然死(家族歴)
19%
15%
33
46
総数(例)
男女比
初発年齢(歳)
夜間発症率
66%
心室期外収縮出現率
51%
心房細動出現率
29%
12%
薬剤負荷陽性率
53%(50/96)
63%(97/154)
VF 誘発率(EPS)
VF/VT 誘発率(EPS)
71%(87/123) 52%(65/125)
81%
62%
SAECG 陽性率
70%(66/95)
63%(89/141)
VSA 誘発率
22%(15/67)
18%(7/38)
152
152/48
41
34%
72%
29%
33
41.50%
73%
33%
65%
VF:心室細動,VT:多形性心室頻拍,EPS:心臓電気生理学的検査,SAECG:加算平均心電図,VSA:冠攣縮.
*1:Brugada J, et al. Circulation 2003; 108: 3092-3096 より改変.
*2:Priori S, et al. Circulation 2002; 105: 1342-1347 より改変.
6
無症候
68%
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
善(正常化)するが,負荷後や投与後には再上昇する.ま
る.同定された SCN5A の変異遺伝子を用いた発現実験・
電気生理学的検査では 2 連発または 3 連発の心室早期期
Na+ チャネルゲート機構の異常,細胞内蛋白
ルの機能欠損,
た 60 ∼ 80 %の症例で加算平均心電図が陽性となる.心臓
機能解析によれば,Na+ チャネル機能異常には,Na+ チャネ
外刺激で 50 ∼ 80 %の症例に多形性心室頻拍・心室細動が
移送の異常(trafficking defect)などが報告されているが,
高いとされている.循環器病委託研究でも,心室細動誘発
Na+ 電流の loss of function と Brugada 症候群の特徴的
誘発され,その誘発率は無症候性よりも有症候性で有意に
率は有症候性が無症候性に比べて有意に高かった
.
(71 % vs 52 %)
3.3
Brugada 症候群の予後
これまでの欧米の登録研究では,有症候性の予後は悪
く,心室細動からの心蘇生群では 17. 4 % / 年,失神群では
6. 2 % / 年の頻度で,重篤な心事故を発症する.わが国の報
告でも心室細動からの心蘇生群の再発率は同様に高い.一
共通する機能異常は Na+ 電流の減少(loss of function)である.
な心電図波形や心室細動発生との関連については,現時点
では Antzelevitch らのイヌの動脈灌流右室心筋切片を用
いた実験的 Brugada 症候群による右室心筋細胞の貫壁性
電位勾配での説明が最も有力視されている.
4.2
特徴的心電図を呈する機序
心外膜側心筋細胞と心内膜側心筋細胞の活動電位波形
を比較すると,脱分極は心内膜側細胞で早期に生じ,再分
方,
無症候性の発症率に関しては,
欧米の報告でも 0.6 ∼ 3.
極は心外膜側で早期に終了する.したがって,APD は心内
候性では 0. 5 %前後と報告されている.
形成に違いがある.心外膜側心筋細胞では第 1 相にノッチ
7 % / 年の頻度と施設により違いがある.わが国では,無症
無症候性患者の発症予測の指標の検討では,安静時にタ
イプ 1 心電図が記録される例,男性,心臓電気生理学的検
膜側細胞で延長している.さらに活動電位第 1 相のノッチ
を認めるのに対して,心内膜側心筋細胞ではノッチを認め
ない.ヒトを含めた多くの動物で,このノッチ形成には一
査での心室細動誘発例,突然死家族歴などが心事故の有意
過性外向き K + 電流(I to)が直接的に関係する.I to は同じ
臓電気生理学的検査で心室細動 / 持続性心室頻拍が誘発さ
出路で豊富である.また,ノッチ形成には,第 0 相脱分極
な予測因子として知られている.とくに Brugada らは,心
れる無症候性の心事故発生率は 5 % / 年と高く,自然の ST
心外膜側心筋細胞でも,左室に比べて右室,とくに右室流
に関与する Na + 電流やノッチに引き続くドームの形成に
上昇があれば 7 % / 年,さらに失神を伴えば 14 %になると
関与する L 型 Ca2+ 電流も間接的に影響する.I to や他の外
動誘発は必ずしも有用な予後指標ではないとし,臨床症状
電流などの増加,あるいは内向き電流(Na +,Ca2+)が減
報告している.一方,Priori らは多形性心室頻拍・心室細
と不整脈誘発性は無関係と報告している.また自然のタイ
,ATP 感受性 K+
向き K+ 電流である遅延整流 K+ 電流(Ik)
少した場合には,心外膜側心筋細胞のノッチがさらに深く
プ 1 ST 上昇がなく,薬剤で初めてタイプ 1 に移行する例
なり,引き続くドーム形成に影響を及ぼす.心内膜側の細
剤負荷でタイプ 1 に移行しない例は予後が良好と報告さ
したがって,正常状態の右側胸部誘導では ST 部分はほ
の予後は良好であり,SCN5A 遺伝子の変異があっても薬
れている(Brugada 症候群の心電図タイプについては後
.
述〈16 ㌻〉を参照)
胞ではこのような変化は起こらない.
ぼ基線に記録される(図 2 a)が,心臓の活動電位の立ち
上がり(脱分極)に大きく関与する Na+ 電流の抑制(loss
of function)があると,Ito と拮抗することができないため
4.
心外膜側心筋細胞のノッチが深くなる.その結果,心外膜
Brugada 症候群の発生機序
側心筋細胞でいわゆるスパイクアンドドームの形状が顕
著となる.この際,電位勾配により ST の上昇(J 波)が認
められるが,心外膜側心筋細胞の APD 延長が軽度で,心
4.1
Brugada 症候群の遺伝子異常
Brugada 症候群のなかには家族性の発症も少なくない.
1998 年に,ヒト心筋 Na+ チャネル αサブユニットをコー
ドする SCN5A の変異が報告された.しかし,SCN5A の変
異が同定されるのは Brugada 症候群患者の 18 ∼ 30 %であ
内膜側細胞の APD より短いままであれば,saddleback 型
ST 上昇となる(図 2 b)
.さらに,内向き電流が減少する
とノッチは大きく深くなり,これに続くドーム部分が遅れ
て心外膜側細胞で活動電位の再分極が心内膜側より遅れ
る.この結果,上に凸の ST 上昇に続いて T 波の終末部は
.この形状が Brugada 症候群に特徴と
陰性化する(図 2 c)
される coved 型 ST 上昇である.ノッチがさらに深くなり,
7
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
a. 正常
心内・外膜
電位差内・外膜
電位差
心内膜
心外膜
0
活動電位
mV
−100
c. coved
b. saddleback
心内膜
M細胞
心外膜
心内膜
心外膜
J波
V2 誘導
d. heterogeneous loss of AP dome
e. phase 2 reentry
心内・外膜
電位差内
活動電位
心内膜
心外膜
心外膜
心内膜
心外膜
心内・外膜再分極差
隣接心外膜再分極差
V2 誘導
図 2 Brugada 症候群において推定される心電図変化の機序
(Antzelevitch C. J Cardiovasc Electrophysiol 2001; 12: 268-272 より改変)
Ca2+ 電流の流入が不活化されるとドームが消失する(loss
.これらのドームの遅延や消失は,再分極時間の
of dome)
大きな不均一性から(図 2 d)
,phase 2 reentry が生じる(図
.
2 e)
III. 先天性 QT 延長症候群の診断
型によって臨床的に診断される.その診断法として,
1.
概論
先天性 QT 延長症候群は,心電図所見,非侵襲的あるい
は侵襲的検査,家族歴,臨床症状(病歴)
,あるいは遺伝子
8
Schwartz らの診断基準(表 3)が用いられることが多い.
この診断基準は患者の心電図所見(QTc,torsade de
,T wave alternans,notched T 波,徐脈)
,
pointes〈TdP〉
臨床症状(失神,先天性聾)
,先天性 QT 延長症候群や突然
死の家族歴により点数(重み)をつけ,その合計点数で,
(3.5 点以上)
か,
先天性 QT 延長症候群である可能性が高い
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
中等度(1.5 ∼ 3 点)
,低い(1 点以下)を判断する.合計
に再分極過程の不均一性(heterogeneity)の指標も QT 延
点数が 3.5 点以上の場合は,確定診断となる.
長症候群の診断的補助になる.また,安静時心電図以外に,
後との関連が検討され,遺伝子型に特異的な臨床像が明ら
する目的で,運動負荷,顔面浸水負荷,24 時間心電図,薬
近年,遺伝子診断の進歩とともに遺伝子型と表現型,予
かになった型もあり,遺伝子型別の生活指導や治療も行わ
れるようになってきた.Schwartz らの診断基準は,先天性
QT 延長症候群発現(顕性)例に対しての診断精度は高い
が,詳細なタイプやキャリア例の診断精度は低い.先天性
QT 延長症候群の各タイプやキャリア例,ハイリスク例の
QT 間隔の増大,QT dispersion の増大,T 波の変化を誘発
物負荷などが施行される.とくに薬物負荷は QT 延長症候
群患者の分類と健常者との区別ができる有用な方法と考
えられるが,健常女性でも変化することがあるので注意が
必要である.
3.1
鑑別については,今後遺伝子型や遺伝子変異部位による診
補正 QT 間隔(QTc 値)
断が必要になってくるであろう.
2.
小児の診断について
小児期には成人の QT 延長症候群とは異質の問題が存在
症状
(徐脈)
する.胎児期から QT 延長症候群の心電図所見,
一般的に,QT 間隔を先行する RR 間隔の二乗根で割る
Bazett の補正[
(QT 間隔)/(RR 間隔)1/2]が用いられる.
しかし,QT 時間を Bazett の補正方法で補正すると心拍数
が高い場合は過剰に補正してしまう.心拍数に影響されな
(QT 間隔)/(RR 間隔)
い方法として,Fridericia の補正[
]が妥当と考えられ,心拍数の速い小児の QTc 値には
1/3
本法が勧められる.
が出現する.とくに新生児期,乳児期に症状が出現する
QT 延長症候群は房室ブロックや TdP を伴い,重症である
ことが多い.近年,QT 延長症候群が乳幼児突然死症候群
の原因の一つであることがわかってきており,責任遺伝子
も報告されてきている.
表 3 QT 延長症候群の診断
基準項目
日本では学校心臓検診が小学校,中学校,高等学校のそ
れぞれ 1 年生全員に行われている.一般的に症状の出現し
QT 時間の延長
(QTc)
た QT 延長症候群の頻度は 5000 人から 10000 人に 1 人程
度と考えられていたが,学校心臓検診で確定的な QT 延長
)
症候群(Schwartz のポイントで 4 点以上〈旧診断基準〉
と診断される頻度は中学 1 年生で 1200 人に 1 人程度であ
心電図所見
る.現在,日本小児循環器学会で症状出現に関する QT 延
3.
運動負荷後 4 分の QTc
臨床症状
QT 延長症候群の診断は,心電図所見,家族歴,既往歴,
現症の組み合わせによってなされ,Schwartz らによって
のポイントからわかるように,心電図診断として QTc 値,
TdP,T wave alternans,3 誘導以上での notched T 波が診
断上重要になる.TdP は失神と同一の意味を持ち,T wave
alternans は TdP や失神を伴うときに出現しやすい,また,
notched T 波の存在も重要な診断基準であり,とくに
LQT2(HERG 遺伝子変異)でみられる傾向がある.ほか
家族歴
≧ 480msec
3
460 ∼ 479msec
2
450 ∼ 459msec
(男性)
1
≧ 480msec
1
2
*2
T wave alternans
1
notched T 波(3誘導以上)
1
徐脈
0.5
心電図診断
作成された診断基準(表 3)が用いられることが多い.表
*1
torsade de pointes
長症候群患児の前向き研究が行われている.
点数
失神*2
ストレスに伴う
失神発作
2
ストレスに伴わ
ない失神発作
1
先天性聾
0.5
確実な家族歴
1
30 歳未満での突然死の家族歴
0.5
点数の合計が,≧ 3.5:診断確実,1.5 ∼ 3 点:疑診,≦ 1 点:
可能性が低い,となる.
*1:治療前あるいは QT 延長を起こす因子がない状態での記録.
*2:両方ある場合は 2 点.
(Schwartz PJ, et al. Circ Arrhythm Electrophysiol 2012; 5:
868-877 より改変)
9
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
3.2
3.7
torsade de pointes(TdP)
再分極過程の不均一性
QRS の極性と振幅が心拍ごとに変化して,等電位線を
軸にしてねじれるような特徴的な波形を呈する心室頻拍
をいう.QT 時間が延長しているときに出現する.失神は
一時的な,自然に回復した TdP によるものと考えられて
いる.しかし,TdP から心室細動に増悪すると心臓突然死
心筋再分極過程の不均一性(heterogeneity)を定量的
に評価する方法として QT dispersion(QTd)がある.一方,
T 波の頂点から終点までの時間(T peak-T end〈Tp-Te〉
)
は心室全体の再分極過程の transmural dispersion を反映す
ると考えられている.
につながる.
3.3
T wave alternans(T 波交互脈)
4.
負荷試験
体表面心電図で,T 波が 1 心拍ごとに変化するものをい
う. T wave alternans が存在するときは心室頻拍を起こし
やすく,予後が悪い.T wave alternans は QT 延長症候群
だけでなく,虚血性心疾患などでも出現する.
3.4
notched T wave in 3 leads
bifid T 波ともいう.陽性 T 波のピーク部の直前
(上行脚)
あるいは直後(下行脚)に切れ込みがある T 波をいう.反
対に,陽性 T 波のピーク部の直前(上行脚)あるいは直後
(下行脚)に突然の隆起部がある T 波という定義をしてい
る論文もある.通常,3 誘導以上に認めた場合に陽性とす
る.notched T 波がある場合,予後が悪い.
3.5
年齢不相応の徐脈(low heart rate for
age)
この項目は小児だけの診断基準になる.Romano-Ward
症候群患児と健常児とのあいだで心拍数に有意差がある
のは新生児期から 3 歳までとなっている.胎児期,乳児期
では持続性洞性徐脈,2:1 ∼高度房室ブロックが重要な
QT 延長症候群の表現型である.
3.6
T 波形態の変化
QT 延長症候群では T 波形態が変化することが知られて
いる.Moss らは,LQT1 ∼ 3 はそれぞれ特徴的な T 波形
態を示す傾向があることを初めて示した.しかし,これら
の定性的な解析は判読者の経験に依存するところが多く,
明確に分類できない症例も少なくない.Schwartz のポイ
ントの項目に含まれる notched T 波(bifid T 波)は LQT2
(HERG 遺伝子変異)にみられやすい波形である.
10
4.1
運動負荷
立位負荷では健常群で QT 時間は短縮するが,QT 延長
症候群では延長する.LQT1 では QTc,T 波の頂上から終
末までの時間(Tp-Te)が延長するが,LQT2 では両者と
も延長しない.運動負荷中止後 4 分の QTc が≧ 445 msec
であると LQT1 もしくは LQT2 である可能性が高い.
LQT1 では,
運動負荷中止直後の QTc < 460 msec であり,
これが LQT2 との鑑別に有用である.表 4 に運動負荷試
験の適応のクラス別を示す.
4.2
カテコラミン負荷試験(エピネフリン)
カテコラミン負荷試験も診断に有用であり,運動負荷が
困難な症例でも負荷を行える利点がある.現在ではエピネ
フリン負荷が一般的である.また,LQT1 と LQT2 の鑑別
にも有用である.表 5 にカテコラミン負荷試験の適応のク
ラス別を示す.
4.3
アデノシン負荷試験
アデノシン投与による突然の徐脈とその後の頻脈によ
る QT 変化が QT 延長症候群の診断に有用との報告がある.
最大徐脈時の QT > 410 msec,QTc > 490 msec が QT 延
長症候群を鑑別するのに有用である.
4.4
顔面浸水試験
運動負荷,カテコラミン負荷と反対に,徐脈での QT 延
長を評価するのに有用な検査である.洗面器に入れた水温
0 ∼ 10 ℃の冷水中に,最大吸気の状態で顔面浸水を行い,
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
表 4 先天性 QT 延長症候群における運動負荷試験の適応
クラス I
クラス IIa
クラス IIb
・QT 延 長 症 候 群 が 疑 わ れ る が, 安 静 時 心 電 図 が
QTc ≦ 440 msec で QT 延長症候群かどうかの診
断が困難な症例.
・ 安静時心電図で QT 延長を認め,運動に対する反
応により治療方針を決定する必要のある症例.
・運動中の原因不明の失神を認める症例.
・原因不明の失神を認めるが,運動との因果関係が
不明な症例.
・ LQT1 か LQT2 かの鑑別を要する症例.
明らかな QT 延長症候群の診断がついている症例.
表 5 先天性 QT 延長症候群におけるカテコラミン負荷試
験の適応
クラス IIb
・QT 延 長 症 候 群 が 疑 わ れ る が, 安 静 時 心 電 図 が
QTc ≦ 440 msec で QT 延長症候群かどうかの診
断が困難でかつ運動負荷が困難な症例.
・安静時心電図で QT 延長を認め,カテコラミンに
対する反応により治療方針を決定する必要のある
症例.
いは貫壁性異常を反映する Tp-Te も QT 延長症候群の診
断に有用である.先天性 QT 延長症候群での TdP の発現
には,運動,精神的興奮,ストレスなどの関与が知られて
おり,とくに LQT1 と LQT2 では交感神経活動の亢進が
強く関与する.Holter 心電図上の RR 間隔の変動,すなわ
ち心拍変動を解析し,交感神経活動の亢進と TdP 発現と
に関連性があることを評価した報告もある.
5.2
T wave alternans
先天性 QT 延長症候群では、心電図上で肉眼的に識別可
能な T 波交互脈(T wave alternans)のみられることが知
られており,診断基準の一つに入れられている.近年,心
臓突然死で有用とされるマイクロボルト T wave alternans
との関連性を評価した報告があり,先天性 QT 延長症候群
患者のマイクロボルト T wave alternans は比較的低い心拍
数で生じやすいことが示されている.しかし,リスク層別
化ではマイクロボルト T wave alternans の有用性を疑問視
する意見もある.
息こらえの続く限り負荷を持続する.とくに水泳中の失神
の既往があり,先天性 QT 延長症候群が疑われる症例に有
用である.
4.5
経口糖負荷試験
75 g 経口糖負荷試験を行い,投与前,30 分後,60 分後,
120 分後,180 分後に心電図を記録する.先天性 QT 延長
症候群では QT の最大値,QT dispersion ともに,健常群よ
り延長する.食後の失神を認め,先天性 QT 延長症候群が
疑われる症例に有用である.
5.
Holter 心電図,T wave
alternans,ループレコーダ
5.1
Holter 心電図
先天性 QT 延長症候群では,QT 時間が延長(≧ 440 ∼
460 msec)していることがその診断の根拠になる.しかし,
12 誘導心電図でその延長が明らかでない患者では,その
診断に苦慮するときがある.このような場合は,Holter 心
電図を用いて QT 時間あるいは T 波の変化を解析して診
断率が向上することが示されている.Holter 心電図で計測
された再分極の空間的異常を反映する QT dispersion ある
5.3
ループレコーダ
原因不明の失神をきたした患者では,植込み型ループレ
コーダ(心電用データレコーダ)が有用であることが数
多くの臨床研究で示されている.先天性 QT 延長症候群も
TdP により失神をきたす恐れのある疾患であるため,植込
み型ループレコーダは当然ながら診断に有用である.
6.
臨床心臓電気生理学的検査
6.1
TdP の発生機序
臨床例でも,カテーテル電極押し付け法による単相性活
動電位(MAP)により,先天性,二次性ともに QT 時間の
延長に一致して MAP の延長や早期後脱分極(EAD)が
記録されることから,撃発活動による発生機序が考えられ
ている.発症時に short-long-short の先行周期によって生
じやすいことも EAD の関与を示唆する所見である.
6.2
心臓電気生理学的特徴
先天性 QT 延長症候群では洞性徐脈を示し,洞房伝導時
11
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
間も延長している例が少なくない.房室伝導は正常である
が,心室筋の不応期の延長により,2:1 房室ブロックがみ
られる例がある.実験と異なり心室プログラム刺激試験に
よる TdP の誘発がみられることはまれである.これは,
APD の比較的長い心内膜側からの刺激であるためと考え
られている.誘発がみられた例では,心室頻回刺激後の
表 6 先天性 QT 延長症候群における臨床心臓電気生理学
的検査の適応
クラス I
なし.
クラス IIa
・原因不明の失神があり,QT 延長を伴う患者.
クラス IIb
・心停止蘇生例,または心室細動が臨床的に確認さ
れている例(レベル C).
・ torsade de pointes(TdP)が確認されている例(レ
ベル B).
・突然死や TdP による失神の家族歴があり,心電図
上 QT 延長が確認されている例(レベル C)
.
クラス III
・QT 延長の原因,誘因が明らかであり,それらの
除去,是正後に QT 時間が正常化する,家族歴の
ない例(レベル C).
RR 間隔延長に伴い,あるいは short-long-short の心室プ
ログラム刺激試験 によって誘発されている.したがって,
現時点では先天性 QT 延長症候群に対する心室プログラム
刺激試験 の有用性は少ないと考えられている.
MAP 記録では,カテコラミン負荷後に QT 延長や T 波
終末部の増高に伴い,EAD がしばしば記録され,EAD に
及ぼす薬剤の有効性が検討されている.表 6 に臨床心臓電
気生理学的検査の適応のクラス別を示す.
7.
遺伝子診断
常染色体優性遺伝形式をとる Romano-Ward 症候群では,
現在までに 8 つの染色体上に 13 個の遺伝子型が報告され
.また,常染色体劣性遺伝形式
ている(LQT1 ∼ LQT13)
をとり,両側性感音性難聴を伴う Jervell and Lange-
伝子診断はクラス I の適応である.また,③ QT 延長症候
群遺伝子に変異が同定された発端者の家族構成員におけ
る変異部位のスクリーニングもクラス I の適応としてい
る.さらに,安静時 12 誘導心電図で QTc > 460 msec(思
春期前)
,または> 480 msec(成人)の無症候患者では,
クラス IIb の適応としている.
いずれの遺伝子型でも,心室筋活動電位プラトー相の外
向き電流が減少(loss of function)するか,または内向き
電流が増加(gain of function)することにより活動電位持
(JLN1
Nielsen 症候群では 2 つの遺伝子型が報告されている
続時間(APD)が延長するためである.LQT1 と LQT5
者の 50 ∼ 70 %でいずれかの原因遺伝子上に変異が同定さ
KCNE1(βサブユニット),および LQT2 と LQT6 の原
因遺伝子である KCNH2(αサブユニット)と KCNE2(β
と JLN2)
.先天性 QT 延長症候群では,臨床診断される患
れる.遺伝子診断結果に基づく生活指導やテーラーメード
治療が実践されているため,先天性 QT 延長症候群の遺伝
子診断検査は,
平成 20(2008)年 4 月 1 日付で保険診療(現
の 原 因 遺 伝 子 で あ る KCNQ1(α サ ブ ユ ニ ッ ト ) と
サブユニット)は,それぞれ複合体を形成して遅延整流
K + 電流(I K)の遅い活性化の成分(I Ks)および速い活性
在,診断 4000 点,遺伝子カウンセリング 500 点)が承認
化成分(I Kr)の機能を示し,これらの遺伝子変異により
が 40 %,LQT3 が 10 %で,この 3 つで 90 %以上を占め
る SCN5A は心筋タイプ Na+ チャネル遺伝子であり,その
されている.各遺伝子型の頻度は,LQT1 が 40 %,LQT2
るため,通常の遺伝子スクリーニングではこれらの 3 つの
KCNH2,SCN5A のスクリー
原因遺伝子,
すなわち KCNQ1,
ニングを行う.
2011 年に,先天性 QT 延長症候群の遺伝子診断に関す
とヨーロッ
る米国心調律学会
(Heart Rhythm Society: HRS)
パ 心 調 律 学 会(European Heart Rhythm Association:
EHRA)合同の Expert Consensus Statement が発表された.
これによれば,①病歴,家族歴,心電図所見(安静時 12 誘
I Ks または I Kr の減少をきたす.LQT3 の原因遺伝子であ
(INa)
変異により活動電位プラトー相で流れる late Na+ 電流
が増強する.
,
先天性 QT 延長症候群で頻度の高い LQT1(40 %)
LQT2(40 %)
,LQT3(10 %)患者では,遺伝子型と表
現型(臨床的特徴)の関連が詳細に検討されている.これ
,
Td P(心
により,
遺伝子型特異的な心電図異常(T 波形態)
事故)の誘因,自然経過,予後,重症度の違いなどが明ら
かとなり,遺伝子型に基づいた患者の生活指導がすでに可
導心電図,運動負荷試験,カテコラミン負荷試験)により
能となっている.また,遺伝子型特異的な抗不整脈薬によ
きたす二次的な原因(電解質異常など)がなく,安静時
どの非薬物治療も実践されている.
先天性 QT 延長症候群が強く疑われる患者,② QT 延長を
12 誘導心電図で補正 QT(QTc)間隔> 480 msec(思春
12
期前)
,または> 500msec(成人)の無症候患者では,遺
る薬物治療,ペースメーカや植込み型除細動器(ICD)な
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
IV. 先天性 QT 延長症候群の治療
先天性 QT 延長症候群の治療は,QT 延長に伴って生じ
る多形性心室頻拍の torsade de Pointes(TdP)発症時の治
療(急性期治療)と,TdP およびこれによる心停止,突然
死予防のための治療(予防治療)に分けられる.
TdP は自然停止する場合と,持続して心室細動に移行す
る場合がある.心室細動に移行すれば,ただちに電気的除
細動が必要となる.TdP の停止と急性再発予防には硫酸マ
グネシウムの静注が有効である.徐脈が TdP 発症を助長
すれば一時的ペーシングで心拍数を増加させる.再発予防
の基本は β遮断薬であるが,徐脈の増悪が予測されれば
表 7 先天性 QT 延長症候群における β 遮断薬の適応
クラス I
・失神の既往がある QT 延長症候群,とくに LQT1,
LQT2 *.
クラス IIa ・症状はないが,QT 延長を認め,①先天性聾,②新
生児,もしくは乳児期,③兄弟姉妹の突然死の既往,
④家族もしくは本人の不安,もしくは治療に対する
強い希望がある場合 .
クラス IIb
・症状がなく,①先天性聾,②兄弟姉妹の突然死の既
往などを認めないもの.
*:とくに LTQ1 では 0 ∼ 14 歳の男子,LTQ2 では 15 ∼ 40 歳
の女性のリスクが高く,β 遮断薬の有効性が示されている.
一時的ペーシングを併用する.薬剤誘発性 QT 延長症候群
に伴う TdP の抑制にはイソプロテレノールによる心拍数
の増加が有効であるが,先天性 QT 延長症候群では TdP
発生を助長するため避けるべきである.症例によっては抗
不整脈薬(リドカインおよびメキシレチン)が TdP 停止
に有効なこともある.なお低 K 血症は TdP 発症を助長す
るので是正する.
1.
薬物治療
1.3
カリウム
QT 延長症候群の多くが I Ks,I Kr などの K + チャネルの
異常で発症する.このため低 K 血症は QT 延長を悪化さ
せる.
1.4
ニコランジル
カリウムと同様,有効な症例の報告があるが,エビデン
スは少ない.
1.1
1.5
β 遮断薬
Na チャネル遮断薬(メキシレチン)
QT 延長症候群は,運動やストレスが原因で失神が誘発
されるものが大部分である.このような場合の第一選択薬
が β遮断薬である.ただし,LQT3 など β遮断薬が効果
の薄い例もあることに注意が必要である.表 7 に β遮断
薬投与の適応のクラス別を示す.
1.2
ベラパミル
Ca 拮抗薬の使用例は多くない.しかし LQT8(Timothy
SCN5A の機能亢進で発症する LQT3 では有効である.
適応と考えられているのは,① LQT3 と診断のついた失
神歴のある QT 延長症候群,② β遮断薬単独で効果のな
い QT 延長症候群,である.
1.6
硫酸マグネシウム
TdP の急性期治療として有効である.
症候群)や,EAD が心室性不整脈に関与していることが
疑われる例で,使用されることが考えられる.
13
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
2.2
2.
ペースメーカ植え込み
非薬物治療
β遮断薬の投与により TdP は抑制されたが徐脈となり,
徐脈による症状が出現した場合は,ペースメーカ植え込み
QT 延長症候群に対する非薬物治療には ICD 治療,ペー
の適応となる.一方,徐脈が増悪因子となり TdP による失
スメーカ治療,左心臓交感神経節切除術がある.これらの
神を認める症例も以前はペースメーカが植え込まれたが,
治療法は,発作誘因となる運動制限や QT 延長をもたらす
最近ではペースメーカの代わりに ICD を植え込むように
薬物使用の制限など日常生活の注意点を守り,さらに薬物
なった.
治療を十分に行ったうえでも致死的発作がコントロール
2.3
できない可能性が高い場合に選択される.
左心臓交感神経節切除術
2.1
わが国ではほとんど行われていない手術であるが,欧州
植込み型除細動器(ICD)
からは薬剤抵抗性の患者に施行してよい結果が報告され
表 8 に ICD 植え込みの適応のクラス別を示す.
ている.表 9 に適応のクラス別を示す.
表 8 先天性 QT 延長症候群における ICD 植え込みの適応
クラス I
・心室細動または心停止の既往を有する患者(レベル A)
クラス II *1
・ ① torsade de pointes(TdP)または失神の有無,②家族の突然死の有無,③ β 遮断薬に対する治療抵抗性,
の 3 つから以下のように IIa,IIb に分類する.
TdP,失神の既往
+
+
−
+
+
−
突然死の家族歴
+
−
+
+
−
+
無効
無効
無効
有効
有効
有効
IIa
IIa
IIa
IIa
IIb
IIb
β 遮断薬*2
*1 : クラス II は,TdP,失神の既往の有無,突然死の家族歴の有無,β 遮断薬の有効性の有無の 3 つを同等の重みとして,
2 つ以上の場合を IIa,1 つの場合は II b に分類した.
*2:β 遮断薬の有効性は症状と負荷による QT 延長の程度で判断する.LQT3 と診断された場合は,β 遮断薬は無効と
する.
注:小児では LQT2,LQT3 で ß 遮断薬が有効でない症例に対し,ICD 植え込みが有効であったとの報告がある.
表 9 先天性 QT 延長症候群における左心臓交感神経節切
除術の適応
14
クラス I
なし.
クラス IIb
・ICD 装着後に β 遮断薬治療に関わらず頻回作動
を認める.
・β 遮 断 薬 に よ る 治 療 に 関 わ ら ず torsade de
pointes による失神を認める(レベル B)
.
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
V. 二次性 QT 延長症候群の診断と治療
1.
2.
薬剤性 QT 延長症候群
徐脈依存性 QT 延長症候群
薬剤投与後に QT 時間が過度に延長し,それに起因する
torsade de pointes(TdP)が生じることで診断される.QT
延長の原因となった薬剤
(抗不整脈薬,
抗生物質,
向精神薬,
)を中止し,薬剤やペー
抗アレルギー薬など〈表 1,4 ㌻〉
シングにより治療する.また QT 延長の誘因となる低 K 血
症,徐脈などの増悪因子に注意する.
1.1
診断
Bazett による補正 QT 間隔(QTc)が薬剤投与後に 25
%以上延長するか,500 msec 以上となる場合に異常 QT
延長ありと診断される.
1.2
治療(発作急性期〈QT 延長に伴う TdP
を認める場合〉
)
・QT 延長の原因となった薬剤を中止する.
(レベル A)
・硫酸マグネシウム静注:硫酸マグネシウム 2 g を数分で
静注する.さらに状態により 2 ∼ 20 mg/min で持続静注
する.
(レベル B)
徐脈依存性 QT 延長症候群は QT 延長症候群に伴う TdP
の後天的原因として代表的疾患であり,房室ブロックや洞
不全症候群による著明な徐脈によって惹起される.
2.1
機序,病態
完全房室ブロック,洞不全症候群などによる顕著な徐脈
により,徐脈依存性に Na+-K+ ポンプの活動性が抑制され,
さらに遅延整流 K + チャネルの不活性化により活動電位は
延長して,QT 間隔の延長をきたし,早期後脱分極(EAD)
を形成し,TdP が発現する.また,Vaughan Williams 分類
Ia 群や III 群の抗不整脈薬投与後に発現する TdP でも,し
ばしば徐脈が増悪因子となる.
QTc 間隔が 550 msec 以上となった場合,TdP は発現し
やすい.TdP 発生直前には T 波形の異常や short-long-
short のシークエンスを呈することが多い.
2.2
治療
徐脈依存性の再分極異常であるため,心拍数を増加さ
・ペーシング:100 回 /min で心房または心室ペーシング
せ,早急に徐脈を改善させることが必要である.薬物治療
である)
.
(レベル B)
ソプロテレノール投与が有効性を示すことがある.しか
を行う(房室伝導が不良であれば心室ペーシングが必要
として,迷走神経緊張に伴う徐脈の場合はアトロピンやイ
・イソプロテレノール:持続点滴投与で心拍数 100 回 /min
し,交感神経作動薬は EAD の形成をひき起こすため,投
でのつなぎである.
(レベル B)
意深く観察すべきである.一般に,原因疾患として高度房
を目標に投与量を調節する.基本的には心室ペーシングま
・カリウム点滴静注: カリウムが正常範囲でも 4. 5 ∼ 5
与後には心拍数増加の程度と QT 間隔および T 波形を注
室ブロックの頻度が高いため,ペースメーカ植え込み術が
(レベル C)
mmol/L を目標に点滴投与する.
適応となる.房室ブロックを伴う本疾患群では,ペース
あと維持点滴を行う.
(レベル C)
の延長をきたし,TdP 発生のリスクが高くなるため,70 回
・リドカイン静注:通常,50 ∼ 100 mg を数分で静注した
メーカの心拍数を 60 回 /min 以下に設定すると QT 間隔
/min 以上にすることが推奨される.徐脈依存性 QT 延長症
候群に伴う TdP はペースメーカ治療により予防されるた
15
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
め,通常,ICD は選択されない.
3.
薬剤性,徐脈性以外の二次性 QT
延長症候群
二次性 QT 延長症候群の原因として多いのは抗不整脈薬
や向精神薬を始めとする薬剤と,房室ブロックなどの徐脈
性不整脈に伴う場合である.これ以外の QT 間隔延長をき
たす原因は表 1(4 ㌻)のとおりであり,おもなものとし
て急性心筋梗塞,低 K 血症などの電解質異常,中枢神経疾
患などがあげられる.
原疾患の治療を優先するが,TdP を生じたときには,①
心臓ペーシングで心拍数を上昇させて QT 間隔の短縮を
図る,②硫酸マグネシウム(2 g )をゆっくり静注する.
VI. Brugada 症候群の診断
1.
総括
1 mm 以上あるいは 1 mm 未満の上昇を示す場合とした.
また,タイプ 1 で coved 型の ST 上昇波形は,その特徴を
ST 部分が徐々に下降する(gradually descending)という
説明で定義づけられた.さらに,2005 年のコンセンサスカ
1992 年,Brugada P,Brugada J により安静時の 12 誘導
ンファランスの報告では,タイプ 3 は ST 上昇波形が
導(V1 ∼ V3)で心筋梗塞を思わせる ST 上昇を示し,明
2012 年の Luna らによるコンセンサスレポートでは V1 ∼
心電図で右脚ブロックパターンを呈し,複数の右側胸部誘
らかな心疾患を認めず,電解質異常,QT 延長もなく心室
細動発作をきたした 8 症例が報告された.この特異な心電
coved 型か saddleback 型のどちらかを示す場合としていた.
V3 誘導の QRS-T 形態において,タイプ 1 を coved 型 ST
上昇とし,タイプ 2 を saddleback 型 ST 上昇の 2 つに大き
図学的特徴を有する特発性心室細動は,以前に報告された
く分けている.
特徴を有する症例をまとめ,心電図学的所見と心室細動を
剤投与後の場合も含む)が右胸部誘導の 1 つ以上に認め
症例にも認められていたが,Brugada らはこの心電図学的
関連づけた.この特異な心電図所見を呈する患者群は,今
日では報告者の名を付し Brugada 症候群と呼ばれる.
2.
心電図判断の基準
Brugada 症候群の心電図の特徴は,同一症例で ST 上昇
の形態が coved 型から saddleback 型あるいは ST 上昇が
顕著でなくなるように変化することである.
Wilde らによる 2002 年のコンセンサスレポートでは
V1 ∼ V3 誘導の J 点が 2 mm 以上を示す ST 上昇で,タイ
プ 1 は,ST 上昇波形が coved 型を示す場合,タイプ 2 と
16
タイプ 3 は saddleback 型を呈し,それぞれ ST の終末部が
Brugada 症候群の診断に関しては,
タイプ 1 の心電図
(薬
られることに加え,①多形性心室頻拍・心室細動が記録さ
れている,② 45 歳以下の突然死の家族歴がある,③家族
に典型的タイプ 1 の心電図を認める者がいる,④多形性心
室頻拍・心室細動が心臓電気生理学的検査によって誘発
される,⑤失神や夜間の瀕死期呼吸を認める,のうち 1 つ
以上を満たすもの,としている.心電図がタイプ 2,3 の場
合は,薬物で典型的なタイプ 1 になった症例だけ上記の診
断基準にあてはめている.わが国では,失神などの症状や
多形性心室頻拍・心室細動が認められた場合を有症候性
Brugada 症候群,特徴的な心電図で発作を起こしていない
場合は無症候性 Brugada 症候群に分類することが多い.
負荷試験の心電図診断(判定)については負荷試験の
項(18 ㌻)参照.
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
3.
わが国における心電図自動診断の
基準
Brugada 症候群の心電図診断で,V1 ∼ V3 誘導の ST-T
偏位は A 型(=タイプ 1:coved 型 ST 上昇〈J 点≧ 0.2
)
,B 型(=タイプ 2,3:saddleback 型 ST 上昇〈J 点
mV〉
)
,
C 型(=タイプ S:coved 型軽度 ST 上昇〈0.2
≧ 0.2 mV〉
)の 3 型に分類されている.
mV > J 点≧ 0.1 mV〉
さ ら に, 各 型 の 心 電 図 自 動 診 断 に 必 要 な 指 標 を,
Brugada 症候群の心電図を対象として,右脚ブロック型心
電図と識別するために検討した結果を以下に示す.① A
型(=タイプ 1)では Brugada 症候群と右脚ブロックの
識別で,J 点≧ 0.2 mV に加え,Ŕ − Ŕ 40 ≦ 0.4 mV およ
び R ́ > R ́ 40 > R ́ 80 の基準項目を用い鑑別可能であった.
② B 型(=タイプ 2,3)では J 点 0.2 mV に加え,J 点>
ST 最下点(終末部)および T 波> ST 最下点(終末部)
究報告は多数あり,前向き研究でも,リスク評価で心室遅
延電位の有用性が示されている.心室遅延電位の存在は心
臓電気生理学的誘発性に関連することが示されており,右
室流出路の伝導遅延がその原因である.心室遅延電位の検
出率は Brugada 型心電図の波形によって異なり,自然変
動することも知られている.
4.2
体表面電位図
右室流出路での伝導遅延の存在を非侵襲的に評価する
ことができ,Brugada 症候群の不整脈発生の背景を知るう
えで応用できる.体表面電位図で得られたデータがリスク
層別化に関与するかは明らかではない.
4.3
心拍変動
Brugada 症候群の不整脈イベントは,夜間就眠時,早朝
あるいは食後に多いことが知られており,迷走神経活動の
を用い検出可能であった.③ C 型(=タイプ S)では 0.2
亢進と密接に絡んでいる.Brugada 症候群患者で高周波成
R ́ 40 ≧ 0.04 mV,R ́ 40 − R ́ 80 ≧ 0.04 mV を追加項目と
直前に高周波成分のパワー値が急激に増加,すなわち迷走
mV > J 点≧ 0.1 mV に加え,A 型の R ́ 基準および R ́ −
することにより,成人および小児の Brugada 症候群と右
脚ブロック心電図の鑑別が可能であった.
分の変化を解析した報告がいくつかあり,心室細動出現の
神経活動が亢進することが示されている.Brugada 症候群
患者では典型的な心電図波形が迷走神経の影響で日内あ
るいは日差変動することが知られているが,これは不整脈
4.
その他の非侵襲的検査
4.1
加算平均心電図
有症候性あるいは不整脈イベントを経験した Brugada
症候群患者の多くで,加算平均心電図(signal-averaging
electrocardiography:SAECG)では心室遅延電位が検出
される.心室遅延電位が検出されるということは,一般に
は心室筋で伝導遅延(脱分極異常)領域が存在すること
を意味する.加算平均心電図には時間領域解析と周波数領
域解析があり,時間領域解析指標には,①フィルター処理
,② QRS 終末部 40 msec で記録
された QRS 幅(f-QRS)
,③ QRS
された電位の 2 乗の平均値の平方根(RMS 40)
終末部で 40μV である低電位の持続時間(LAS 40)の 3
イベントのリスクにも関与する.
4.4
T wave alternans
Brugada 症候群患者では肉眼的に識別可能な T wave
alternans を生じやすいことが示されている.近年,心臓突
然死の予知指標として用いられているマイクロボルト
T wave alternans については,Brugada 症候群では有用で
ないとの報告がなされている.
4.5
QT 間隔
右側胸部誘導で,QT 間隔延長,Tp-Te 間隔延長,および
Tp-Te dispersion が,Brugada 症候群のリスク層別化に有
用とする研究があるが.QT dispersion についてはリスク
に関連しないという報告がある.
つのパラメータがある.Brugada 症候群では,通常 RMS 40
と LAS 40 の 2 指標を満たす場合を陽性とすることが多い
が,3 つのパラメータのいずれか 1 つを重要視する報告も
ある.心室遅延電位と不整脈イベントとの関連性を示す研
17
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
5.
負荷試験
利用できる.さらに,ST-T 波形はしばしば日差変動,日内
変動を示し,食事後,とくに夕食後に saddleback 型から
coved 型への顕性化をみることがあるため,頻回の心電図
記録が推奨される.
また,短時間に多くの料理を摂取させ,満腹にすること
5.1
臨床的意義
心電図上の ST 上昇は 時期によって正常化する例もし
ばしば認められるため,負荷試験を行い,ST 上昇や波形
変化が増強または顕性化することで診断する.その際,症
で副交感神経を亢進させ,coved 型 ST 上昇を顕性化させ
る試みも有用である.
6.
臨床心臓電気生理学的検査
状や家族歴の有無によって負荷試験の臨床的意義が高ま
る.
5.2
薬物負荷試験
薬物負荷には Vaughan Williams 分類 Ia 群および Ic 群
の Na チャネル遮断薬が用いられ,薬物負荷後に ST 上昇
coved 型 の ST 上昇
(J 点が 0.2
の程度や波形変化が増強し,
mV 以上)に移行した場合に陽性と判定される.代表的薬
,フ
剤として,ピルジカイニド(1 mg/kg を 10 分で静注)
,
プロカインアミド
(10
レカイニド
(2 mg/kg を 10 分で静注)
mg/kg を 10 分で静注)などが用いられる.
5.2.1
有症候性の場合
心肺停止(心室細動)の蘇生例や,原因不明の失神や夜
間瀕死期呼吸の既往例で,心電図上 ST 波形が正常あるい
は saddleback 型の ST 上昇だけの場合に適用する.
5.2.2
無症候性の場合
心臓性突然死や Brugada 症候群の家族歴を有する例で,
ST 波形が正常あるいは saddleback 型の ST 上昇だけを示
す場合に適用する.薬物負荷後に陽性となった場合には
Brugada 症候群を強く疑い,さらに心臓電気生理学的検査
によって治療方針を決定する.
心臓性突然死や Brugada 症候群の家族歴を認めず,
Brugada 症候群の心臓電気生理学的特徴
現時点で知られている Brugada 症候群の心臓電気生理
学的特徴を以下に列挙する.なお,Brugada 症候群の心電
図は欧州および米国 Heart Rhythm 学会によるタイプ 1,
タイプ 2,タイプ 3 に分類し,Brugada 症候群のうち,症状
(心停止,多形性心室頻拍・心室細動あるいは原因不明の
失神)を伴う例は有症候性 Brugada 症候群,症状のない
例は無症候性 Brugada 症候群として取り扱う.
①心室プログラム刺激試験により,高率に心室細動が誘発
されるが,誘発率は無症候例より,有症候例で高率であ
る.
②刺激部位によって誘発性が異なり,右室心尖部よりも右
室流出路でより誘発されやすい.
③期外刺激法により,右室流出路における伝導遅延の所見
がみられることがある.
④自律神経系作動薬が誘発性に影響する.
⑤心室細動の誘発を抑制する薬剤として,一過性外向き
K + 電流(I to)を抑制するキニジンが有効とする報告が
ある.
⑥無症候性 Brugada 症候群のリスク層別化には心室プロ
グラム刺激試験 の評価は定まっていない.Brugada らは,
心室プログラム刺激試験 により,心室細動を誘発する患
saddleback 型の ST 上昇だけを示す例に適用され,薬物負
者は心事故を起こしやすいとして心室プログラム刺激試
予後が良好とされている.
は得られていない.これは,Brugada らの報告を除くと,
荷後で陽性の場合には,Brugada 症候群を疑うが,一般に
5.2.3
その他の負荷試験
経口糖負荷試験中の心電図記録では,血糖値およびイン
験の有用性を述べているが,他の報告では,同様の所見
これまでに行われた数年の経過観察期間ではいずれも
良好な経過を示しているからである.
⑦洞不全症候群や心房停止を合併した症例の報告もある.
スリン値の上昇に伴い,ST 上昇が増強し,ST 波形は
(≧
⑧ His-Purkinje 系の伝導時間を反映する HV 時間が延長
験は ST 上昇の増強,coved 型 ST 波形の顕性化の誘発に
例で,および心室プログラム刺激試験 による心室細動非
saddleback 型から coved 型へ移行することがある.本試
18
6.1
55 msec)している例が認められる.無症候例より有症候
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
誘発例より心室細動誘発例で HV 時間の延長例が多い.
表 10 Brugada 症候群における臨床心臓電気生理学的検
査の適応
また SCN5A の遺伝子異常が認められる例に HV 時間の
延長例が多いことも報告されている.しかし,無症候例
クラス I
・coved 型 Brugada 心電図(薬剤負荷後を含む)を
呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認
されていないが,失神, めまい, 動悸などの不整
脈を示唆する症状を有する.
・coved 型 Brugada 心電図(薬剤負荷後を含む)を
呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動は確認
されておらず,また失神, めまい, 動悸などの不
整脈を示唆する症状はないが,若年∼中年者の突
然死の家族歴がある.
クラス IIa
・saddleback 型 Brugada 心電図を呈する患者で,
多形性心室頻拍・心室細動は確認されていないが,
失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状
を有する.
・saddleback 型 Brugada 心電図を呈する患者で,多
形性心室頻拍・心室細動は確認されておらず,また
失神, めまい, 動悸などの不整脈を示唆する症状
はないが,若年∼中年者の突然死の家族歴がある.
・ Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)
を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動が確
認されているが,植込み型除細動器の植え込みが
困難な症例における心臓電気生理学的薬効評価(レ
ベル B)
.
クラス IIb
・Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)
を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動の記録,
不整脈を示唆する症状,若年∼中年者の突然死の
家族歴,のいずれも認めない場合.
・Brugada 心電図(coved 型および saddleback 型)
を呈する患者で,多形性心室頻拍・心室細動が確
認されている.
で HV 時間の延長がハイリスクであるというエビデン
スは得られていない.
⑨心房プログラム刺激により,心房細動が誘発されやすく,
心房の受攻性が高まっていることが報告されている.そ
のほか,房室結節リエントリー性頻拍,心房頻拍,多形
性心室頻拍,副伝導路症候群の合併がみられる.
7.
臨床心臓電気生理学的検査の適応
Brugada 症候群に対する臨床心臓電気生理学的検査は,
①心室プログラム刺激試験による発作の誘発,②発生機序
を検討する,③他の電気的な異常の有無を検討する目的で
行われる.しかし実際は,ほとんど①の目的で施行される.
表 10 に臨床心臓電気生理学的検査の適応のクラス別を示
す.
8.
遺伝子診断
1998 年,心筋 Na + チャネル αサブユニット遺伝子
(SCN5A)変異が同定されて以来,これまでに 300 種近く
,そのほかにも 6 種類の原因遺
の変異が報告され(BrS1)
.変異 Na チャ
伝子(BrS2 ∼ 7)が知られている(表 11)
+
異常は活動電位 0 相の急速な立ち上がりを担う内向き Na+
電流を抑制し,さらにそれに引き続く 1 相の I to を相対的
に増加させる.
そのほとんどはゲート機構の異常,またはチャネル蛋白の
SCN5A は Brugada 症候群患者の最多の原因遺伝子(BrS1)
だが,変異の検出率は約 20 %にすぎない.また SCN5A 陽
.この
流量が減少または消失している(loss-of-function)
わけではなく,心電図異常のないキャリアや,典型的な
ネルを培養細胞などに発現させてその電流を測定すると,
細胞膜への輸送(membrane trafficking)によって Na+ 電
性の家系内でも,遺伝子型と表現型が完全に一致している
表 11 Burgada 症候群の原因遺伝子
サブタイプ
遺伝子
蛋白
遺伝子座
障害される電流
電流の効果
頻度
BrS1
SCN5A
Nav1.5
3p21
Na(INa)
↓
約 20%
601144
BrS2
GPD1L
GPD1L
3p22.3
Na(INa)
↓
希
611777
BrS3
CACNA1C
Cav1.2 α1C
12p13.3
L 型 Ca(ICa-L)
↓
希
611875
BrS4
CACNB2b
Cav1.2 β2b
10p12
L 型 Ca(ICa-L)
↓
希
611876
BrS5
SCN1B
Navβ1
19q13.12
Na(INa)
↓
希
600235
BrS6
KCNE3
MiRP2
11q13.4
一過性外向き K(Ito)
↑
希
613119
BrS7
SCN3B
Navβ3
11q24.1
Na(INa)
↓
希
613120
OMIM *
*:Online Mendelian Inheritance in Man(www.ncbi.nlm.nih.gov/omim)登録番号.
19
循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2011 年度合同研究班報告)
Brugada 心電図を有する非キャリアの存在する例も知ら
れている.したがって,Brugada 症候群の病因として,
SCN5A 以外の遺伝子や未知の修飾遺伝子を含む“遺伝的
で,SCN5A の転写活性が低下する.したがって,東アジア
背景”や環境要因の関与を考慮する必要がある.
ている可能性がある.
SCN5A 変異キャリアと非キャリアを比較すると,体表
で罹患率が高い Brugada 症候群の病因に HapB が関与し
Brugada 症候群には SCN5A を含めこれまでに 7 つの原
心電図 PQ 時間と心内心電図 HV 時間が長く,Na チャネ
.第 2 の
因遺伝子(BrS1 ∼ 7)が報告されている(表 11)
という特徴がある.また,Brugada 症候群に合併の多い心
like(GPD1L)で,変異は Na + チャネルのトラフィッキ
長く心房細動誘発性が高いが,心房細動の自然発生や臨床
(CACNA1C)
,
候群家系に Ca2+ チャネル α 1 サブユニット
ル遮断薬投与時の PQ 時間,QRS 時間の延長幅が大きい
房細動については,SCN5A キャリアでは心房伝導時間が
的重症度とは関連のないことが判明している.また本症の
突然死のリスク評価には,失神などの症状,突然死の家族
歴,心臓電気生理学的心室細動誘発試験,心房細動の有無,
加算平均心電図,V1 誘導の S 波の幅など,さまざまな要
原因遺伝子 BrS2 は glycerol-3 phosphate dehydrogenase
ングを阻害する.続いて,QT 短縮を合併した Brugada 症
β 2 サブユニット(CACNB2b)の変異が報告された.そ
の 後, 少 数 例 で は あ る が,BrS 5:SCN1B,BrS 6:
KCNE3,BrS7:SCN3B が報告されている.また,Ca2+ チャ
ネル α2δ サブユニット
(CACNA2D1)
,
ペースメーカチャ
因が考慮されるが,SCN5A 変異の有無は心室細動や心房
ネル HCN4,Brugada 感受性遺伝子 MOG1,後述する早
子解析の診断的意義は大きいが,リスク層別化を含む臨床
Kir6.1 サブユニット(KCNJ8)にも変異が同定され,関
細動の予後予測因子にはならない.Brugada 症候群の遺伝
的意義については,少なくとも現時点では限定的であると
いわざるをえない.
期再分極症候群の原因遺伝子でもある K ATP チャネル
連遺伝子のリストはさらに拡大すると予想される.
最近,Brugada 症候群と早期再分極症候群を包括し,臨
一方,日本人全体の 0. 1 ∼ 0. 2 %に認められる無症候性
床的・遺伝学的にオーバーラップした“J 波症候群”とい
群に比較して一般に予後は良好であるが,そのなかからハ
Brugada 症候群は右室の異常によって V1 ∼ V3 で J 波が
Brugada 症候群(または Brugada 型心電図)は,有症候性
イリスク症例を選別し突然死を予防することは重要であ
る.しかし,無症候性 Brugada 症候群の SCN5A 変異頻度
やその長期予後に関する十分なデータはなく,今後の研究
が期待される.
SCN5A 変異は,gain-of-function を示す変異が 3 型先天
性 QT 延長症候群(LQT3)に同定されているほか,進行
性心臓伝導障害(progressive cardiac conduction defects:
PCCD)
,洞不全症候群,先天性房室ブロック,乳幼児突然
う 大 き な 枠 組 み で と ら え る こ と が 提 唱 さ れ て い る.
明らかになるのに対して,早期再分極症候群は左室の前側
壁や下壁で起きる異常によって I,V4 ∼ V6,II,III,aVF
で J 波がみられる,という考えである.
この概念をサポートする事実として,Brugada 症候群と
早期再分極症候群の合併家系に,Ca2+ チャネルのサブユ
,β2b(CACNB2b)
,α2 δ
ニット α1C(CACNA1C)
(CACN2D1)の遺伝子異常が同定されたこと,Brugada
症候群を除外した早期再分極症候群患者にも SCN5A 変異
死症候群,拡張型心筋症などにも報告されている.これら
が同定されること,早期再分極症候群に同定される
Na チャネル病”と総称される.
SCN5A のプロモータ領域に 6 個の一塩基多型(SNP)
たこと,などがあげられる.このように Brugada 症候群,
は SCN5A を共通の原因遺伝子とするアレル疾患“心筋
があり,連鎖不均衡によって遺伝子型(ハプロタイプ)は
ほぼ 2 種類(HapA,HapB)に限定される.HapB は日本
20
人の約 25 %にみられるが白人や黒人にないハプロタイプ
KCNJ8 変異 S422L が Brugada 症候群家系にも同定され
早期再分極症候群,J 波症候群の疾患概念・遺伝子基盤に
関しては,研究者のあいだにもまだ統一した見解が得られ
ておらず,今後の研究による解明が期待される.
QT 延長症候群(先天性・二次性)と Brugada 症候群の診療に 関するガイドライン(2012 年改訂版)
VII. Brugada 症候群の治療
表 12 ICD 植え込みの適応
1.
クラス I
・心停止蘇生例.
・自然停止する多形性心室頻拍・心室細動が確認さ
れている場合.
クラス IIa
・Brugada 型心電図(coved 型)を有する例* で,
以下の 3 項目のうち,2 項目以上を満たす場合.
①失神の既往.
②突然死の家族歴.
③心臓電気生理学的検査で心室細動が誘発され
る場合.
クラス IIb
・Brugada 型心電図(coved 型)を有する例* で,
上記の 3 項目のうち,1 項目のみを満たす場合.
薬物治療
Brugada 症候群の突然死予防に有効な治療手段は植込
み型除細動器(ICD)である.しかし,すべての Brugada
症候群に ICD がただちに植え込めるわけではなく,薬物
治療が必要になる場合もある.また ICD 装着後の頻回作
動例には薬物による発作予防が必要になる.
1.1
急性期の心室細動(electrical storm)の
予防
イソプロテレノールを 0. 01μg/kg/min から開始し,心
電図変化を確認しながら投与量を調節する.
(レベル C)
1.2
慢性期の心室細動の予防
1.1.1
キニジン
欧米からの報告では,発作予防のためには大量投与
1400 mg/day が必要とされるが,わが国での通常の投与量
(レベル C)
は 300 ∼ 600 mg/day である.
1.2.2
シロスタゾール
ホスホジエステラーゼ阻害薬は I Ca を増加させ,頻脈に
よる Ito を減少させ発作を予防する.200 mg/day の投与で
*:薬物負荷,1 肋間上の心電図記録で認めた場合も含む.
2.
非薬物治療
Brugada 症候群は明らかな器質的心疾患を認めず,特徴
的な心電図所見を有し,心室細動による心停止発作を認め
る症候群であり,現在のところ突然死予防に唯一の有効な
治 療法 は 植込 み型 除細 動器(ICD) であ る.しかし,
Brugada 症候群として考えられる症例のなかには,心停止
発作蘇生例から無症候例まで多くのサブタイプを認め,す
べての例に ICD 植え込みがなされるべきであるとは考え
られない.現時点では病状を層別化し,致死的な心停止発
作が生じる可能性の高い場合に ICD 植え込みが選択され
る.表 12 に ICD 植え込みの適応のクラス別を示す.
発作が抑制できると報告されている.
1.2.3
ベプリジル
Ca 拮抗薬であるが I to と複数の K + チャネルを含むマル
チチャネル遮断薬であり,発作を予防する.通常 200 mg/
day の投与で有効である.
21