AF11P017 平 成 2 6 年 1 月 2 2 日 京 都 大 学 T e l : 0 7 5 - 7 5 3 - 2 0 7 1 (渉外部広報・社会連携推進室) 科 学 技 術 振 興 機 構 ( J S T ) Tel: 03-5214-8404( 広 報 課) 人工ロジウムの開発に成功 -価格は 1/3 に、性能はロジウムを凌駕- [概要] 京都大学 大学院理学研究科の北川 宏(キタガワ ヒロシ)教授の研究グループは、パラ ジウム(Pd)とルテニウム(Ru)が原子レベルで混ざった新しい合金の開発に成功しまし た。従来 Pd と Ru は 2000℃以上の液体の状態においても相分離注1)する、言わば水と油の 関係であり、原子レベルで混じらないのが常識でした。今回、ナノサイズ効果に注目し、 化学的還元法により、Pd と Ru が初めて原子レベルで固溶した合金ナノ粒子を得ることに成 功しました。この合金は、周期表上で Ru と Pd の間に位置する最も高価なロジウム(Rh) と等価な電子状態を持つことから、価格が 1/3 の人工的なロジウムとして期待されます。 家庭で使用されている燃料電池コジェネレーションシステム「エネファーム」では、金 属 Ru 触媒が稀少金属の白金の耐被毒触媒として使用されています。今回開発した Pd と Ru が原子レベルで混ざった合金触媒は、現在実用化されている Ru 触媒に比べて、有害な一酸 化炭素を除去する性能がより優れていることがわかりました。また、Ru と Pd 元素の中間位 置に存在する Rh の触媒活性よりも優れています(図1)。 以上の研究成果は、言い換えれば、Pd と Ru を混ぜることによりこれまで存在し得なかっ た Pd1-XRuX(0<x<1)という新元素とも言える物質を発見したということです。このこと により、燃料電池で使用されている高価な白金触媒の耐久性が向上し、エネファームの耐 用年数が画期的に延びることが期待されます。また、自動車排ガス浄化触媒として使われ るロジウム触媒の性能を凌ぐことが期待され、最も高価な貴金属元素であるロジウムの価 格を 1/3 以下に下げるものです。今後、コストの関係でロジウムを使用できない場面にお いても今回開発した合金を用いることで、ロジウムと同等もしくはそれ以上の性能を発揮 することが可能となります。 今回の研究は、独立行政法人科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム 型研究(CREST)の研究領域「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」にお ける研究課題「元素間融合を基軸とする新機能性物質・材料の開発」 (研究代表者:京都大 学 北川 宏 教授)の一環として行われたものです。本研究成果は、当該分野トップジャー ナルである米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン速 報版で近日中に公開される予定です。 1 <研究の背景> 現在、周期表上に存在する元素を巧みに組み合わせることで材料開発が行われています。金属 の結晶構造はその化学的・物理的性質と密接に関係しており、これまでに、金属組織学注2)におい て多くの合金の状態図注3)が明らかにされています。 パラジウムは、面心立方格子(fcc)の構造をとり、有機合成反応用の触媒、家庭用燃料電池エネ ファームなどにおける電極触媒、NOx などの排ガス浄化触媒をはじめとして、社会で広く利用され ている触媒です。一方、ルテニウム(Ru)は六方最密格子(hcp)の構造をとり、有機合成反応用の 触媒、一酸化炭素被毒触媒、アンモニア合成触媒、水蒸気改質触媒など、極めて有用な触媒です。 しかしながら、金属触媒の代表格である Pd と Ru はバルク状態注4)において相分離を起こし、これ までは、2000℃以上の液相でも、原子レベルで混じらないというのが常識でした。 <研究の内容> 本研究では、ナノメートルオーダーまでサイズを減少させることで Pd と Ru が原子レベルで混 じり合った新しい Pd-Ru 固溶体合金を作り出すことに世界で初めて成功しました。今回開発した 固溶体合金は溶液中で金属原料を還元し、ナノ粒子を作製するボトムアップ法により作製しまし た。粒径を制御するため保護剤としてポリ(N-ビニル-2-ピロリドン)(PVP)を用い、テトラク ロロパラジウム酸カリウムと塩化ルテニウムの混合水溶液を 200℃で加熱されたトリエチレング リコール溶液に噴霧することにより作製しました。高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡 (HAADF-STEM)注5)による元素マッピングから、Pd と Ru がお互い原子レベルで混じり合った固溶 体合金ナノ粒子が得られていることが明らかになりました(図2) 。また、Pd と Ru 原料の配合比 を調整することにより、Pd-Ru 固溶体合金ナノ粒子の金属組成比を制御可能であることがわかりま した。固溶体合金ナノ粒子の構造を詳細に調べたところ、Pd と Ru の固溶体 fcc 構造と固溶体 hcp 構造が1つの粒子内で共存していることが粉末X線回折測定注6)および電子線回折測定注7)により 明らかになりました。 次に、一酸化炭素の酸化反応に対する触媒評価を行いました。新規 Pd-Ru 固溶体合金ナノ粒子 は Pd 粒子や Ru 粒子に比べて、一酸化炭素の転化率注8)が 50%に達する温度(T50)が低いことか ら、より温和な条件下で高い活性を示すことが明らかになりました(図3)。さらに、元素周期表 上で Pd と Ru の間に位置するロジウム(Rh)ナノ粒子に比べても高い活性を示しました。Pd と Ru の金属組成比と触媒活性の相関を調べたところ、Pd:Ru=1:1 の固溶体合金が最も高い活性を示す ことが明らかになりました。得られた新規 Pd-Ru 固溶体合金ナノ粒子は広い温度範囲で安定であ り、高活性に加え高寿命の性能を兼ね備えた優れた触媒になり得ることが期待されます。 <今後の展開> 燃料電池のセルスタックに、一酸化炭素(CO)は大敵です。CO は、燃料電池スタック反応で重 要な役割を果たす白金触媒に付着して、化学反応を妨げてしまうからです。これを CO による"被 毒"と言います。有害な CO に被毒すると、燃料電池スタックは次第に発電できなくなります。そ れを防ぐためには、燃料電池スタックに送り込まれる水素ガス中の CO 濃度を 10 ppm(0.001%)以 下に保たなければなりません。Ru は、金属表面上で一酸化炭素(CO)と酸素(O2)を反応させて 二酸化炭素(CO2)に変換し、CO を酸化除去する性能が最も高い金属であり、CO 除去触媒としてエ ネファームに実用化されています。しかしながら、エネファームは 2009 年から販売開始となった がまだ 5 年しか経過しておらず、保証されている 10 年の耐用年数の有無はこの Ru 触媒の性能に かかっています。今回、発見した Pd-Ru ナノ合金は、家庭用燃料電池エネファームで使用されて いる既存の Ru の性能を大幅に凌駕するものであり、Ru に置き換わる革新的な新触媒として期待さ 2 れます。 さらに、Ru と Pd は周期表上で、最も高価な貴金属元素であるロジウム(Rh)の両側に存在しま す。Rh は最も有用な自動車の排ガス浄化触媒(三元触媒)として使用されていますが、その価格 が課題になっています。今回開発された Pd-Ru ナノ合金は材料費が 1/3 であり、かつ、Rh の触媒 性能を超えることが予想されます。今後、同合金はロジウムより低廉かつ高性能な人工ロジウム として普及することが期待されます。 <参考図> 図1 Pd と Ru がお互い原子レベルで混じり合った新規 Pd-Ru 固溶体ナノ合金触媒と一酸化炭素の 酸化反応 3 図2 高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)による元素マッピング (a): HAADF-STEM イメージ、(b): Ru 元素のマッピング、(c): Pd 元素のマッピング、(d): Pd と Ru の元素マッピングの重ね合わせ。Pd と Ru の元素マッピングの重ね合わせから Pd と Ru が原子レベ ルで固溶した合金ナノ粒子が得られていることがわかる。 図3 新規 Pd-Ru 固溶体ナノ合金触媒の一酸化炭素の酸化反応活性 T50 は一酸化炭素の転化率が 50%に達する温度を示している。新規 Pd-Ru 固溶体ナノ合金触媒は Pd 粒子、Ru 粒子や Rh 粒子に比べて、マイルドな条件で高い触媒活性を示している。 4 <用語解説> 注1)相分離 物質系が2つの相に分離する現象をいう。ここでは2種類以上の金属が原子レベルで交じり合わず、 お互い別々に存在している状態。 注2)金属組織学 金属・合金の結晶組織および構造と、金属の組成・加工状態・物性などとの関連を求める学問。 注3)状態図 物質系の状態が状態変数によってどのように変わるかを示す図。状態変数としては温度、圧力、密 度、多成分系ではこれらのほかに成分比などがとられる。ここでは、温度を状態変数として示して いる。 注4)バルク状態 大きな粒子径を持つ物質。一般的に市販されている金属粉末などはバルク状態にある。 注5)高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM) 細かく絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検 出器で検出して観察する電子顕微鏡のこと。 注6)粉末X線回折測定 粉末にX線を照射すると、結晶を構成する原子や分子の規則正しい配列に応じた回折現象(回折パ ターン)が観測される。この回折パターンを解析することで、結晶中で原子や分子がどのように配 列しているのかを明らかにすることができる。 注7)電子線回折測定 電子の持つ波動性によって X 線回折と同様な回折現象を引き起こす。X 線と同様に結晶構造を解析 することができる。 注8)転化率 反応により消失した反応物質の供給量に対する割合。 5 <論文名と著者> “Solid Solution Alloy Nanoparticles of Immiscible Pd and Ru Elements Neighboring on Rh: Changeover of the Thermodynamic Behavior for Hydrogen Storage and Enhanced CO-Oxidizing Ability” (Rh の隣に位置し、お互い混じらない Pd と Ru からなる固溶合金ナノ粒子:水素吸蔵に対する熱力 学的挙動の転換と CO 酸化活性の向上) Kohei Kusada, Hirokazu Kobayashi, Ryuichi Ikeda, Yoshiki Kubota, Masaki Takata, Shoichi Toh, Tomokazu Yamamoto, Syo Matsumura, Naoya Sumi, Katsutoshi Sato, Katsutoshi Nagaoka, Hiroshi Kitagawa Journal of the American Chemical Society, 2014 年 1 月末掲載予定 <お問い合わせ先> <研究に関すること> 北川 宏(キタガワ ヒロシ) 国立大学法人京都大学 大学院理学研究科 化学専攻 教授 独立行政法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) 「元素間融合を基軸とする新物質創製と機能性材料開発」研究代表者 〒606-8502 京都府京都市左京区北白川追分町 Tel:075-753-4035 Fax:075-753-4035 携帯電話:080-3965-9575 E-mail:[email protected] <JST事業に関すること> 古川 雅士(フルカワ マサシ) 独立行政法人科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ 〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s 五番町 Tel:03-3512-3531 Fax:03-3222-2066 E-mail:[email protected] 6
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