Si/Ir11Mn89/Co2FeSi/Ru/Co2FeSi/Ru スピンバルブ膜の磁気交換結合

法政大学大学院理工学・工学研究科紀要
Vol.55(2014 年 3 月)
法政大学
Si/Ir11Mn89/Co2FeSi/Ru/Co2FeSi/Ru
スピンバルブ膜の磁気交換結合
Magnetic exchange coupling in Si/Ir11Mn89/Co2FeSi/Ru/Co2FeSi/Ru spin-valve films
天野寿人
Hisato Amano
指導教員 高山新司
法政大学大学院工学研究科システム工学専攻修士課程
The multilayer film in which Giant Magneto Resistive effect (GMR) is called the spin valve which has laminated
structure which consists of a magnetic layer / a non-magnetic layer / a magnetic layer is used. In order to investigate
the influence of interface segregation exerted on ferromagnetism / antiferromagnetism magnetic interaction, the
multilayer film of Co2FeSi and Ir11Mn89 is produced and magnetism measurement is performed using Vibrating
Sample Magnetometer (VSM). A sample is produced using magnetron sputtering equipment. After the laminated
structure of the optimal In11Mn89 for switched connection and Co2FeSi inquired, the spin valve was produced and the
characteristic was investigated.
Key Words: Giant Magneto Resistive effect (GMR). Vibrating Sample Magnetometer (VSM).
1. はじめに
件として,二つの磁性層の磁化方向が反平行になることがあげ
現在のエレクトロニクスの牽引役は半導体と磁性体で
られる.この反平行を達成するためには二種類の方法がある.
ある.これらは電子スピンと密接な関係があり,電子スピ
外部磁場による各磁性層の保磁力の違いを利用する方法と
ンを用いて半導体と磁性体の両者の特性を制御する新し
一方の磁性層の磁化方向を固定し,もう一方の磁性層を外部
い技術分野をスピントロニクスという.
磁場で制御する方法である.
1988 年の巨大磁気抵抗(GMR)が発見されて以来,磁性体
の分野では強磁性体のスピン伝導に関する研究が盛んに行
2. 目的
なわれ,そして 1995 年には強磁性体における大きなトンネル磁
本研究では上記で述べた二種類の方法において後者に
気抵抗(TMR)が発見された. この発見により,現在の HDD の
注目する.反強磁性層として用いられる Ir-Mn 合金の Ir を
読み取りヘッドや不揮発性の MRAM に実用化されるなど,金
11 at%としたものについて検討する.磁化方向を固定する
属や半導体を含め多岐に亘る非常に活発な研究が世界的規
ためには磁性層に反強磁性体層を交換結合させる必要が
模で行われており, ナノ領域の新しいパラダイムとして大きく
ある.交換結合における最適条件を検討した後,達成される
注目されている.しかし,価格はまだ高いものがあり,低コストで
スピンバルブを作製し,磁気抵抗(MR)を測定する.また,読
製作することができる MRAM を開発することが必要である.
み取りヘッドとしての応答性は保磁力がより小さく,角形
GMR は磁性層/非磁性層/磁性層からなる積層構造をした
スピンバルブと呼ばれる多層膜が利用される.GMR の発生条
比がより 1 に近い値が好まれるため,保磁力と角形比およ
び反強磁性体との交換結合を示す Hex にも注目した.
Fig.1 に磁力測定で得られるヒステリシス曲線のパラメ
ータと交換結合が生じた場合のヒステリシス曲線, また
交換結合が達成されたスピンバルブの理想形をそれぞれ
示す.
4. 実験結果
1)
交換結合条件の検討
Fig.2 ,Fig.3 ,Fig.4 に作製した試料の磁気特性を示
す.Fig.2 に示すように交換結合の大きさの尺度を表す
Hex は Ir11Mn89 の膜厚が 30nm のものはほとんど変化が
みられなかったのに対し, 20nm のものは熱温度の上昇に
伴い大きくなり 400℃のときに急激に大きくなる結果が
得られた.
Fig.1, a : 角形比が 1 の理想形, b : 交換結合が生じ,原
点かずれたヒステリシス曲線, c : a と b を組み合わせたヒ
ステリシス曲線
Fig.3 に示した保磁力は温度が上昇しても 300℃まで
は大きな違いはみられず, 400℃のときに急激に大きくな
った.
Fig.4 に示した角形比も保磁力と同様に 300℃までは大
3. 実験方法
1)
きな変化がみられず 400℃減少する傾向がみられた.
交換結合条件の検討
Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) ,Si / Ir11Mn89
(30nm) / Co2FeSi
(5nm) を 2 mTorr の Ar 雰囲気中に
て,外部磁場 700 G を印加し DC マグネトロンスパッタ法
以上の結果から交換結合が大きく生じたのは Ir11Mn89
が 20nm のとき 400℃で熱処理を施したものであり, 保磁
力が小さく, 角形比が 1 に近いのは 300℃までの範囲で
あった.
により作製した.その際,投入電力は Ir20Mn80 , Ru は 100
W , CoFeSi は 150 W とした.その際 , 到達真空度は
1.0 × 10−7 Torr を確保した.
また Ir11Mn89 は Mn のターゲットの上に Ir のチップを乗
せることで作製した.
作製した試料を試料振動型磁力測定計(VSM)にて磁力を
測定した. その後 200~400℃まで熱処理を施しその都度
磁力測定を行い,X 線による構造解析も行った.
Fig.2 交換結合の温度依存特性
2) スピンバルブ膜の特性
Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) ,Si / Ir11Mn89 (30nm) /
Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /Co2FeSi (5nm) /Ru (5nm)
を 1)と同様の条件で作製した.得られた試料の磁力を測定
することで巨大磁気抵抗効果(GMR)の有無を試みた.
その後熱処理を 250℃, 300℃, 350℃, 400℃で行い同様
に磁力測定と X 線構造解析を行い, GMR の可能性のある
ものは抵抗値測定も行った. このときの測定電流は 2 mA
とした.
Fig.3 保磁力の温度依存特性
2) スピンバルブ膜の特性
スピンバルブ膜の磁気的と特性では as-depo のとき階
段状のヒステリシス曲線がみられ,交換結合が生じたこと
がうかがえた.熱処理に伴い通常のヒステリシス曲線にな
り,交換結合が焼失したと同時に 250℃を堺に保磁力と角
形性においても望ましくない結果となり 400℃でヒステ
リシス曲線が消失してしまった.as-depo では GMR の可
Fig.4 角形比の温度依存特性
能性がある磁気特性を示したため,抵抗値測定を行ったが
GMR は得られなかった.
Fig.5 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) as-depo
Fig.7 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) as-depo
Fig.5 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) 400℃
Fig.8 Si / Ir11Mn89 (30nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) as-depo
Fig.6 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Fig.9 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm) /
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm)
Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) 400℃
5. おわりに
今回の研究において従来のものと比べ Ir の添加量が小
さい反強磁性層を用いたスピンバルブ膜であったが,わず
かではあるが GMR 発生の際にみられる階段状のヒステ
リシス曲線が得られた.
しかし反強磁性層 / 磁性層 の二層膜の実験結果とは
Fig.10 Si / Ir11Mn89 (30nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm)
/ Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) 400℃
異なり, 熱処理を施すと交換結合が失われ, 温度上昇に伴
い磁性自体が失われる結果となった.
この原因としては高温の際にエネルギーを得た粒子が
積層界面で互いに影響を及ぼしあい化合物を生成あるい
は各層の結晶構造に影響があったからではないかと考え
られる.
また,as-depo では二つの磁性層の磁化方向が互いに反
平行になったことが階段状のヒステリシス曲線からわか
る.しかし得られた反平行の範囲は非常に小さく GMR は
Fig.11 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru
(15nm) / Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm)
観測されなかった.
以上から今回作製したスピンバルブ膜は非常に不安定
であり, 反平行範囲が微小領域であるため応用は難しく,
さらなる改良が求められる.
6. 参考文献
1) スピントロニクス材料の現状と課題-スピン流の創
出と制御 東北大学
金属材料研究所
高梨弘毅
2) スピンバルブ膜に用いられる反強磁性膜の現状
Fig.12 Si / Ir11Mn89 (30nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm)
/ Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm)
神保睦子(大同工大),丸山功,林孝雄,綱岡滋(名大)
3) 反強磁性材料のスピンバルブヘッドへの応用
瀧口
雅史(ソニー中央研究所)
4) スピンバルブ用反強磁性薄膜に求められるもの
田中厚志((株)富士通研究所)
5) スピンバルブ用反強磁性薄膜
長谷川直也,斉藤
正路,牧野彰宏,栗山年弘(アルプス電気(株),中央
研究所,磁気応用事業部)
Fig.13 Si / Ir11Mn89 (20nm) / Co2FeSi (5nm) / Ru (15nm)
/ Co2FeSi (5nm ) / Ru (5nm) as-depo
6) 磁気ヘッド技術
トリケップス
ド材料 ソニー(株)
林和彦
第3章
磁気ヘッ