11 研究紹介 本邦における RS ウイルスの流行時期、 地理的特徴と 気候因子に関する検討 新潟大学大学院医歯学総合研究科 国際保健学分野 菖蒲川由郷、竹内 拓未、日比野亮信、八神 錬、 近藤 大貴、横田 千尋、鈴木 翼、齋藤 玲子 はじめに 型、東日本中央高原型、南日本型の11区分)に RS ウイルス(Respiratory Syncytial Virus: 以 平均した症例数を疫学曲線として描いた。 下 RSV)は臨床的には乳幼児に重症の肺炎、細 ③気象庁が公表している気象データベースより、 気管支炎などを引き起こす呼吸器感染ウイルスで 気象区分別の週平均気温と週平均相対湿度を算 ある 出した。 。RSV 感染症の流行には季節性があり、 1)、2) 温帯地域では冬期に流行し3)、熱帯・亜熱帯では、 主に雨季に流行することが報告されている 。 4) 、5) ④週 毎・気象区分別の RSV 感染症データと、気 象データをマッチさせた。 本邦では、例年10月頃より流行が始まり、12-1 ⑤ RSV 流行と気象との関連を検討するために、 月にピークを迎え、翌年3-4月に終息する 。 気象区分別の RSV 感染者数と気象データ(気 一方、亜熱帯気候に属する沖縄県では、RSV 患 温と相対湿度)の相関係数を求めた。さらに、 者は夏期に多く、逆に冬期は少ないという報告が 多変量解析として、週毎 RSV 感染者数を目的 ある 。 変数、気象因子を説明変数とした線形回帰分析 6) 7) 本邦では、近年、夏期に RSV 患者の発生があ を気象区分別に行った。 り注目をあつめている 。しかし、全国の流行時 8) 期の実態は明らかでなく、夏期に流行する原因も 結果 分かっていない。そこで、本研究では、国立感染 2007-08シーズンから2010-11シーズンまでは、 症研究所の感染症発生動向調査より、RSV の流 どの地域でも流行は10月頃から始まり12月にピー 行の状況を気象条件(温度、相対湿度)との関連 クを迎えていたが、2011-12シーズン以降は、九 から検討した。 州(福岡県、佐賀県、大分県、長崎県、熊本県、 鹿児島県)や南海(宮崎県、高知県、静岡県)で 方法 は8月にすでに大きな流行が始まり、11月頃には ①感 染 症 法 に 定 め る 5 類 感 染 症 と し て 全 国 約 全国的にピークとなっていた(図1) 。南日本(沖 3,000の小児科定点医療機関より毎週報告され 縄県)では、5月末~7月に流行が大きく、他の ている RSV 感染症の都道府県別の症例数デー 地域と全く異なっていた。気候区分ごとの毎週の タを2007-08シーズンから2012-13シーズンまで RSV 定点あたり報告数と週平均気温の関係は、 の6シーズン分ダウンロードした。 南日本以外では、負の相関(R = -0.28 ~ -0.53) ②研 究対象期間(2007-08 ~ 2012-13シーズン) があり、気温が低い状態では患者報告数が多く の県別定点あたり RSV 症例数を気象区分別 (関 なった。沖縄県では正の相関 (R =0.34) があった。 口の気候分類:日本海北海道型、日本海東北型、 RSV 報告数と週平均相対湿度の関係は、沖縄県 日本海北陸型、日本海山陰型、九州型、南海型、 では正の相関(R =0.31)があったが、沖縄県以 瀬戸内型、東日本三陸常陸型、東日本東海関東 外 で は は っ き り と し た 関 係 が な か っ た(R = 新潟県医師会報 H26.11 № 776 12 図1 気候区分別・シーズン別の RSV 定点あたり報告数 -0.11 ~ 0.13)。RSV 報告数を目的変数とし、平 の影響を受けることについては、多くの研究で論 均気温と相対湿度を説明変数とした線形回帰モデ じられてきた9)。また、温帯では主に冬期に流行 ルを気候区分毎に作成したところ、沖縄県では気 し3)、熱帯・亜熱帯では年中流行があるが特に雨 温、湿度とも RSV 報告数と正の関連があった。 期に大きな流行がある、という複数の報告があ 沖縄県以外では、気温は負の関連、湿度は正の関 る4)、5)。本研究では、沖縄県以外では気温が低く、 連であった。 相対湿度が高い条件で流行が大きくなることが示 唆された。具体的には気温がある程度低くなり、 考察 湿度もまだ高い秋(10-11月頃)から、気温が低 本研究では、国の感染症発生動向調査より公表 く、湿度が下がりきる真冬の直前である12月がこ されている都道府県別の毎週の RSV 報告数デー の条件と一致し、実際にサーベイランスデータで タ よ り、 気 候 区 分 毎 に RSV の 流 行 を 解 析 し、 も、この時期に RSV の報告が多かった。一方で、 2011年以降では、九州と南海で RSV の流行開始 亜熱帯気候の沖縄県では、気温と湿度が高い春か が早くなっていたことを示した。 さらに、 気象デー ら夏にかけて、RSV 報告数のピークが認められ タを用いた統計解析より、本邦では平均気温が低 た。2011-12シーズン以降の九州、南海地域では、 く相対湿度が高い晩秋から初冬にかけて RSV が 温暖化や気象変化により、8月に亜熱帯気候に近 主に流行し、沖縄県では平均気温が高く相対湿度 い気象条件となり、RSV の本格的な流行が始まっ も高い春から初夏にかけて流行することを明らか たのかもしれない。今後、夏期の流行について、 にした。九州と南海で、近年夏に早く RSV が流 さらに詳細な検討が必要である。 行するようになった原因として、温暖化等による RSV の流行が、寒い時期と暑い時期という全 気象変化により特に九州と南海の気象条件が沖縄 く異なる環境下で起きることは一見矛盾するよう 県のような高温多湿の条件に近づいてきているこ に思える。しかし、RSV は2~6℃と24 ~ 30℃ とが考えられた。 の二極化した気温で活動性があるという報告があ RSV 流行が気温や相対湿度といった気候因子 り10)、高湿度という条件も同時に満たされるタイ 新潟県医師会報 H26.11 № 776 13 ミングで流行が起きる可能性がある。 Med Int Health 1998; 3: 268-280. 今後、気象条件の変化により、亜熱帯気候に近 5)Haynes AK, Manangan AP, Iwane MK, et づけば、RSV の夏の流行は日常化し、リスクの al: Respiratory Syncytial Virus Circulation ある基礎疾患を持つ乳児に対するパリビズマブ in Seven Countries With Global Disease (シナジスⓇ)の投与時期を見直す必要が出てく Detection Regional Centers. J Infect Dis るかもしれない。 2013; 208(Suppl3) : 246-254. 6)青木知信 , 堤裕幸 , 武内可尚 : 本邦における 謝辞 RS ウイルス感染症の疫学 . 日本小児科科学 本研究に対して平成26年新潟県医師会学術研究 雑誌 2006; 110: 668-673. 助成金を賜り、この場をお借りして感謝申し上げ 7)真 喜屋智子 , 源川隆一 , 木里頼子 , 他 : 沖縄 ます。 県における RS ウイルスの流行状況と問題点 . 日本未熟児新生児学会雑誌 2009; 21: 97-100. 文献 8)松永健司 : 2011年夏にみられた RS ウイルス 1)堤 裕 幸 : RS ウ イ ル ス . 臨 床 と 微 生 物 2012; の流行について-奈良県御所市1小児科定点 39: 337-342. 観測- . 小児科臨床 2013; 66: 275-280. 2)吉原重美 , 金子堅太郎 : 小児のウイルス性細 9)T ang JW, Loh TP: Correlations between 気管支炎 . 呼吸 2012; 31: 785-790. climate factors and Incidence-a contributor 3)Bloom-Feshbach K, Alonso WJ, Charu V, et to RSV seasonality. Rev Med Virol 2013; al: Latitudinal Variations in Seasonal DOI: 10.1002/rmv.1771. Activity of Influenza and Respiratory 10)Yusuf S, Piedimonte G, Auais A, et al: The Syncytial Virus(RSV) : A Global Comparative relationship of meteorological conditions to Review. PLOS ONE 2013; 8: e54445. t he e pi de mi c a c t i vi t y o f re spi r a t o r y 4)W eber MW, Mulholland EK, Greenwood BM: Respiratory syncytial virus infection in syncytial virus. Epidemiol Infect. 2007; 135: 1077-1090. tropical and developing countries. Trop 13 渡部会長ホットライン 渡部会長へのホットラインを開設しております。ぜひ、忌憚のないご意見をお寄せ下さい。 F A X:025-224-6103 E-mail:[email protected] ※ご連絡は、会員の方に限定させていただきます。 新潟県医師会報 H26.11 № 776
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