数学展望 2014 微分方程式と物理 森 真 10 月 23 日から 11 月 13 日 1 運動方程式を導こう まず,1 次元の運動を考えましょう.t で時間,x(t) で時刻 t における質点 の位置を表しましょう.そのとき,x(t) − x(s) は時刻 s から時刻 t までの間 に質点が移動した距離を表します.したがって, x(t) − x(s) t−s はその間の平均速度になります.時刻 s から時刻 t までの速度 v(t) の変化を 図 1 とすると,v(t) の下の面積と点線の下の面積が一致する高さが平均速度 です.一方,位置を x(t) とすると図 2 にあるように (s, x(s)) と (t, x(t)) を結 v 平均速度 s t 図 1: 速度の変化 ぶ点線の傾きが平均速度です.数式で表せば ∫ t 1 x(t) − x(s) v(τ ) dτ = t−s s t−s 1 x s t 図 2: 位置の変化 というわけです. ここで,微小時間を考えようとニュートンは考えたのでしょう. v(t) = lim s→t x(t) − x(s) t−s をもって,時刻 t における速度 v(t) を右辺により定義しました1 .改めて確認 しますが,ある時刻における速度および微分という概念はこの式をもって定 義されたわけです.ニュートン以前にも速度という概念はあったでしょうが, それはあくまで平均速度だったということです.高校の数学に戻れば y = x(t) という関数を考えたとき,微分はその傾きですから,速度 v(t) は点 (t, x(t)) における曲線 x(t) の傾きになっています.ニュートンの偉いところは,速度 を考えただけでなく,さらにその微分を考えたことです. a(t) = v ′ (t) a(t) は加速度,すなわち速度の変化を表す量です.急激な速度の変化が力を 及ぼすことは電車が加速するときには後ろに,ブレーキをかけると前に体が 持っていかれることから,私たちも経験によって知ってます.そして,質量 の重いものほどより力を受けることは満員電車で人とぶつかったときに感じ ていることでしょう.ニュートンの時代に電車はなかったでしょうが,彼は これを F = ma という式にまとめました.F は力,m は質点の質量です.この式に加えて,3 つの基本原理をニュートンの運動法則としてまとめました. x˙ と表したそうで,現在でも物理では用いられています.x′ はラグランジェ, がライプニッツによる記法だと聞いています 1 ニュートンは dx dt 2 1. 等速直線運動 2. 運動方程式 F = ma 3. 作用・反作用の法則 これらの詳しい話は物理の本に任せて先へ話を進めましょう.ニュートンは この 3 原則から,りんごは落下し,月は落下しないという矛盾を解き明かし たのです.それを振り返ることにしましょう. すべてのことをニュートン一人で作ったように言われがちですが,微分や積 分という概念はほぼ同時期にライプニッツ (Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646– 1716) も考えていました.ということは,一人の天才によるブレークスルー という側面はもちろんありますが,それと同次に微分という概念が作られる 期が熟していたとも言えます.ライプニッツは曲線の傾きとして微分を考え, 高校数学でやるように,曲線の極大極小を関数の増減表から導くということ を考えました.微分の先陣争いはニュートンのイギリスとライプニッツのド イツと国家を巻き込んだ争いになったことは有名です.どの時代にも名誉欲 に目がくらんだ人間というものは存在するものです. さらに,ニュートンが万有引力の法則を見つける前に,ケプラー (Johannes Kepler, 1571–1630) がケプラーの 3 法則とよばれる 1. 楕円軌道の法則 2. 面積速度一定の法則 (一定の時間に通過する扇型の面積は一定である) 3. 調和の法則 (公転半径の 3 乗は周期の 2 乗に比例する) を導いてたのはニュートンにとって幸運だったと思います.この 3 法則を数 学的に証明できたことで,ニュートンは自分の導いた式の正しさを確認でき たのです. 本論に戻りましょう.ニュートンは万有引力の法則 F =G mM r2 を考えました.ここで, G = 6.67259 × 10−11 m3 · s−2 · kg−1 は万有引力定数とよばれ,m, M は 2 つの物体それぞれの質量 (kg),r は質 点間の距離 (m) です. 例 1 (落下の法則) 地球の上で,りんごの重さを m,地球の質量を M ,地球 の半径を r とすると.r は約 6400km もありますから,地表数メートルの高 さであれば, 地表から地球の中心までの距離 r と変わらないと考えてよいで 3 しょう.したがって,りんごを地球が引っ張る力 (もちろん,りんごが地球を 引っ張る力と考えてもよい) は GM r2 = g とおくと F = mg と表せます.g = 9.8m/s を重力加速度とよびます.このとき,通常の感覚に したがい,座標は上に向けてプラスと考えると,重力の方向は負の方向です からそれも考慮に入れると,運動方程式は −mg = ma 速度 v(t) を微分した加速度 a(t) が一定値 g (a(t) = g) であることから,積 x v0 −mg x0 t 図 3: 落下の曲線,下向きの力と初期速度 分をして v(t) = −gt + v(0) となります.ここで v(0) は時刻 0 での質点の速度 (初期速度) です.さらに 積分をすれば図 3 のように放物線 1 x(t) = − gt2 + v(0)t + x(0) 2 となります.再び,x(0) は時刻 0 での質点の位置 (初期位置) です. 4 例 2 (落下の法則 2) 2 次元で考えましょう.x を水平方向,y を縦軸方向と します.水平方向の速度と加速度を vx , ax , 垂直方向の速度と加速度を vy , ay で表すと,水平方向には力が働かないので max = 0 ですから,積分をして, vx = vx (0), x(t) = x(0) + vx (0)t を得ます.縦軸方向は例 1 より,今度は縦 の方向を y で表したので 1 y(t) = − gt2 + vy (0)t + y(0) 2 を得ます.ここで,(x(0), y(0)) は初期位置,(vx (0), vy (0)) は初期速度を表し ます.両式から,t を消去すると,りんごを初期位置 (x(0), y(0)),初期速度 (vx (0), vy (0)) で投げたときの軌跡が y=− g vy (0) (x − x(0))2 + (x − x(0)) + y(0) 2 2(vx (0)) vx (0) とよく知られているように放物線になることがわかります.図 3 と図 4 は同 (vx (0), vy (0)) (x(0), y(0)) 図 4: 質点の軌跡 じ図に見えますが,図 3 は時間が横軸の図で,私たちには見えません.一方, 図 4 の放物線は質点が飛んだときに私たちが実際に目にする曲線で,運動の 軌跡になり,ベクトル (vx (0), vy (0)) は点 (x(0), y(0)) における接線になって いて,質点の進む方向を表しています. 5 2 月の運動 りんごが地球面に落ちてくることは確かめました.次は月が地球に落ちて こないことを導きましょう.月の軌道が乗っている平面を考えて,その上に地 球が中心の極座標を図 5 のように考えましょう.時刻 t における月の位置を 月の進む方向 月 引力 θ 地球 図 5: 月の軌跡 ( ) ( ) x(t) cos θ(t) = r(t) y(t) sin θ(t) で表します.この式を微分して,月の速度は ( ) ( ) ( ) cos θ(t) − sin θ(t) d x(t) dr dθ = (t) + r(t) (t) dt y(t) dt dt sin θ(t) cos θ(t) で与えられます.加速度を求めるためにもう一度微分して ( ) ( ) ( ) cos θ(t) − sin θ(t) d2 x(t) d2 r dr dθ = 2 (t) + 2 (t) (t) dt2 y(t) dt dt dt sin θ(t) cos θ(t) ( ) ) ( )2 ( 2 − sin θ(t) cos θ(t) d θ dθ +r(t) 2 (t) − r(t) (t) dt dt cos θ(t) sin θ(t) )( ) ( ( ) 2 cos θ(t) dθ d2 r (t) − r(t) (t) = dt2 dt sin θ(t) ) )( ( 2 − sin θ(t) d θ dr dθ + 2 (t) (t) + r(t) 2 (t) dt dt dt cos θ(t) 6 ( ) cos θ(t) 月と地球の間の万有引力 は月と地球を結ぶ方向で − と月 sin θ(t) ( ) ( ) cos θ(t) − sin θ(t) と が直交する から地球に向かって働きます.一方, sin θ(t) cos θ(t) ( ) − sin θ(t) ことから, は月の進行方向であり,その方向に力は働いていま cos θ(t) せん.したがって,ニュートンの第 2 法則により ( )2 d2 r M dθ (t) − r(t) (t) = −G (1) dt2 dt r(t)2 dr dθ d2 θ 2 (t) (t) + r(t) 2 (t) = 0 (2) dt dt dt G mM r2 と表せます.(2) は d dt ( ) 2 dθ (t) = 0 r(t) dt (3) とまとめることができます.半径 r,角 θ の扇型の面積は 21 rθ2 ですから, (r(t), θ(t)) と (r(t + ∆), θ(t + ∆)) と原点の作る扇型の面積はほぼ 1 1 dθ r(t)2 (θ(t + ∆) − θ(t)) + r(t)2 (t)∆ 2 2 dt に等しく,これは微小時間 ∆ の間に月が移動する面積なので,∆ で割って, ∆ → 0 ととれば,面積の増減に関する微分が 12 r(t)2 dθ dt (t) に等しくなります. このことは (3) は時間あたりに月が移動する面積が一定であること,すなわ ち,ある定数 h により dθ (t) = h dt と表せることがわかります.これがケプラーの第 2 法則です. dt (1) の微分方程式は p = 1r と置き換え,r2 dθ dt = h,すなわち, dθ = r(t)2 注意すると dp 1 dr 1 dr dt 1 dr =− 2 =− 2 =− dθ r dθ r dt dθ h dt d2 p 1 d2 r dt d2 r 1 = − = − dθ2 h dt2 dθ dt2 h2 p2 を得ます.この式を (1) に代入すると, −h2 p2 d2 p 1 − (hp2 )2 = −GM p2 dθ2 p となり,比較的簡単な非斉次の線形微分方程式 d2 p GM +p= 2 dθ2 h を得ます.この解 (特解) の 1 つは p= GM h2 7 r2 h に であることは代入すれば容易にわかります.対応する斉次形の微分方程式 d2 p +p=0 dθ2 の解は,θ = 0 のとき p = 0 となるように角度を定めれば p = A cos θ と表されるので,2 つをあわせて p= GM + A cos θ h2 が解となります.解を求めることを急ぐあまり,あまりにお仕着せの式変形 が続きましたが,まとめると r= h2 /(GM ) 1 + Ah2 /(GM ) cos θ となります.Ah2 /(GM ) = e とおけば,これは離心率 e の 2 次曲線 r= e/A 1 + e cos θ を表しています.したがって,万有引力による運動方程式の解は 2 次曲線に なる,すなわち,e < 1 ならば楕円,e = 1 ならば放物線,e > 1 ならば双 曲線になることになりますが,惑星は周期軌道ですので,楕円になることが わかります.これがケプラーの第一法則です.さらに,実際の惑星では離心 表 1: 惑星の離心率と公転半径 惑星 離心率 公転半径 109 km 水星 0.2056 0.0068 0.0167 0.057 0.108 0.150 0.0934 0.0484 0.0542 0.228 0.778 1.427 海王星 0.0461 0.0085 2.871 4.498 冥王星 0.2488 5.914 金星 地球 火星 木星 土星 天王星 率は表 1 にあるように,ほぼ e = 0 とみなしてよいので A = 0,すなわち, r = h2 /(GM ) となります.これを面積速度一定の法則 r2 dθ dt = h に代入す ると dθ h (GM )1/2 = 2 = dt r r3/2 8 を得ます.両辺を 1 周期積分すると回転の角度は 2π になるので,周期を T とすると ∫ T 2π = 0 dθ (GM )1/2 dt = T dt r3/2 をみたします.すなわち (2π)2 r3 = GM T 2 とケプラーの第 3 法則が得られます. こうして,壮大な理論がたった 3 つの原理と 1 つの法則からすべて導き出 されました.マックスウエルの電磁気学から真空中の光の速度が導き出され ることの矛盾を解決したアインシュタインの相対性理論に,このニュートン の運動法則さえも飲みこまれていきます.そこには私達の空間は 3 次元であ るという固定観念を打ち払う新しい発想が組み込まれています.さらに量子 力学の誕生は私達の生きている空間が非常に抽象的な空間であることを示し ています.こうして,単に閉塞した数学の世界にのみ留まっていると思われ た抽象的な発想こそ自然科学の研究に欠かせないものであることがわかって きます. 例 3 (遠心力) 月が地球から離れず円運動を行っているのは月が飛び出そう とする力を地球の引力で引き止めているからです.月が飛び出そうとする力 を遠心力といいます.要するに,引力と逆向きの力です.速度 v で半径 r の 円の上を回転する場合を考えましょう.同じ速度で移動しているのですから, 力が働いていないように見えますが,方向を変える力が働いていることにな ります.中心からの極座標を用いると角速度を ω とすると ( ) cos ωt x=r sin ωt これを微分して,速度は v = rω ( ) − sin ωt cos ωt すなわち,速度の大きさ v は rω に等しくなります.運動方程式 F = ma よ り,速度を微分して,加速度を求めれば,力は ( ) 2 cos ωt mrω sin ωt となり,その大きさは v = rω より mrω 2 = mv 2 r になります.これが速度 v で半径 r の円の上を回る遠心力になります. 9 高速道路 3 ∫ t x(t) = cos 0 ∫ t2 dt, 2 t y(t) = sin 0 t2 dt 2 で与えられるとき,(x(t), y(t)) の描く曲線をクロソイド曲線といいます. 0.75 0.5 0.25 -1 -0.5 1 0.5 -0.25 -0.5 -0.75 図 6: クロソイド曲線 フレネル 積分からわかるように,t → ∞ では ( √ √ π π 2 , 2 ) に収束します.こ の曲線は (x′ (t), y ′ (t)) = (cos t2 t2 , sin ), 2 2 (x′′ (t), y ′′ (t)) = (−t sin t2 t2 , t cos ) 2 2 ですから,速度と加速度は |v(t)| = 1, |a(t)| = |t| をみたします.つまり速度一定で,滑らかに内側に力を加えていくことでこ の曲線を得ることがわかります. 道路で直線から滑らかに円に繋ぐと曲線は滑らかですが,円に入ったとこ ろで,円運動をするための力を急激に加えなければなりません.実際に,直 線では加速度は 0 ですが, 速度 1 で半径 1 の円に入ると運動は (cos t, sin t) と表されるので a(t) = (− cos t, − sin t) v(t) = (− sin t, cos t), となるので,カーブに入る前は 0 であった加速度は |a(t)| = 1 へと急激に内 側に加えなければならなくなります.加速度の急激な変化は車が横滑りをす る危険があるので高速道路でのカーブではクロソイド曲線が使われているの です. 10 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 図 7: 一部拡大 4 懸垂曲線 懸垂曲線とは天井からつり下げた紐の作る曲線で,一見すると,放物線に 見えますが,放物線ではありません.この曲線を導くのに微分の定義を用い 図 8: 懸垂曲線 ます.最下点からの紐の長さ s をパラメータにして考えてみます.中心から 左右対称なことは明らかですから,s ≥ 0 の場合のみを考えます.紐には張力 T が一様にかかっています.パラメータが s から s + ∆ の部分を考えましょ う.紐の密度を ρ とすると,この部分には,図 11 のように,ρg∆ の下向き の力と,その部分の左端に接線にそっての張力,右端の接線にそっての張力 の 3 つの力が働いていますが,これらは釣り合っているはずです.水平方向 の力は,左端と右端の水平方向の力だけですから,これらは等しくなければ なりません.これを T としましょう.パラメータ s のところの接線の傾きを 11 T θ(s + ∆) θ(s) s T s+∆ ρsg 図 9: 釣り合い θ(s) とおくと,図 11 のように左端では下向きに T tan θ(s) の力,右端では 上向きに T tan θ(s + ∆) の力が働いています.これと重力がバランスがとれ ているのですから T tan θ(s + ∆) − T tan θ(s) = ρg∆ が成り立ちます.微分の定義に従えば,この式から T d tan θ(s) = ρg ds を得ます.この微分方程式は容易に解けて C = tan θ(s) = Cs ρg T とおくと または tan の逆関数を用いて θ(s) = arctan Cs になります.s = 0 のときに最下点としましたから,積分定数は 0 に等しい のです. これを (x, y) で表してみましょう.最下点を (0, 0) としましょう. ∫ s x(s) = cos θ(t) dt 0 ∫ s y(s) = sin θ(t) dt 0 と表せる.そこで,tan θ(t) = Ct より変数変換すると,dθ = C cos2 θ dt な ので, ∫ θ(s) x(s) = 0 = = 1 dθ = cos θ C cos2 θ ∫ θ(s) 0 dθ cos θ ∫ 1 z(s) dz (z = sin θ) C 0 1 − z2 1 (log(1 + z(s)) − log(1 − z(s))) 2C 12 ここで z(s) = sin θ(s) = √ 1− = √ 1 1 + tan2 θ(s) 1 1 + C 2 s2 Cs √ 1 + C 2 s2 = を代入して 1 x(s) = log 2C ey −e−y 2 1 − cos2 θ(s) 1− = さらに,sinh y = √ ( ) √ Cs + 1 + C 2 s2 √ −Cs + 1 + C 2 s2 ですから sinh Cx(s) = Cs を得ます.ここがちょっとわかりにくいでしょうから,丁寧に計算をしてみ ましょう.上の式から { sinh(Cx(s)) = sinh 1 log 2 ( )} √ Cs + 1 + C 2 s2 √ −Cs + 1 + C 2 s2 ですから,これを sinh の定義に入れると √ √ √ √ 1 Cs + 1 + C 2 s2 −Cs + 1 + C 2 s2 √ √ sinh Cx(s) = − 2 −Cs + 1 + C 2 s2 Cs + 1 + C 2 s2 これを通分すると sinh Cx(s) = 1 2Cs √ √ √ √ 2 −Cs + 1 + C 2 s2 Cs + 1 + C 2 s2 = Cs と計算できます.一方,z = cos θ と変数変換して,cosh2 x − sinh2 x = 1 を 用いると ∫ y(s) = = = = = θ(s) 1 dθ C cos2 θ 0 ( ) (√ ) 1 1 1 2 −1 = 1 + tan θ(s) − 1 C cos θ(s) C ) 1 (√ 1 + C 2 s2 − 1 C √ ) 1( 1 + sinh2 (Cx(s)) − 1 C 1 (cosh(Cx(s)) − 1) C sin θ 13 3 2 1 -2 1 -1 2 -1 -2 -3 図 10: sinh x と cosh x(破線) つまり, 1 (cosh Cx − 1) C が懸垂曲線であることがわかりました. ex をテイラー展開すると y= cosh x = = = ex + e−x 2 1 x2 x2 (1 + x + ··· + 1 − x + − ···) 2 2 2 x2 1+ + ··· 2 ですから, y= 1 C 2 x2 C (1 + + · · · − 1) = x2 + · · · C 2 2 となり,図 13 のように放物線 y = C 2 2x に近いことがわかります. 図 11: 懸垂曲線と放物線 (破線) 懸垂曲線は引っ張る力が作る曲線なので,これを収縮する力に変えるとアー チも懸垂曲線になるはずです.実際のつり橋のワイアーは橋の部分を支えて いたり,アーチも支えているものがあるので,懸垂曲線を計算するように安 定した構造を考えた微分方程式をたてて,設計しなければなりません. 14 5 追跡線 ひきづり曲線 歩かない犬の散歩で苦労をしたことはありませんか.そんな ときには,犬を強引にひっぱって散歩をするしかありません.私は原点を時 刻 0 に出発し一定の速度 v で x 軸の上を動くとしましょう.私の愛犬は時 刻 0 に引き綱の長さ L だけ離れた y 軸の上にいるのですが,まったく動こう としません.引き綱でひっぱって歩いていこうと思います.私の愛犬の軌道 を求めてみましょう.この曲線を追跡線と言います.時刻 t での犬の位置を (x(t), y(t)) とすると,私の位置は (vt, 0) ですから, 引き綱の長さから (x(t) − vt)2 + y(t)2 = L2 (4) です.一方,私のいる位置から愛犬を引っ張るのですから dy y(t) y(t) (t) = − すなわち x(t) − vt = dx vt − x(t) dy/dx をみたします.この式を式 (4) に代入すると ( を得ます.y ≥ 0 および dy dt y dy/dx )2 + y 2 = L2 ≤ 0 に注意して,整理をすれば dy y = −√ 2 dx L − y2 この微分方程式を解くには,y = L cos θ とおくと L sin θ dθ cos θ = dx sin θ を得ます.つまり 1 dx sin2 θ 1 = = − cos θ L dθ cos θ cos θ この右辺を積分すると x 1 + sin θ = log − sin θ L cos θ この積分が正しいことは微分をして確かめてください.さらに L cos θ を y に 戻して x = L log L+ √ L2 − y 2 √ 2 − L − y2 y を得ます. 15 (x(t), y(t)) L vt 図 12: ひきづり曲線 追跡線 今度は高度 h を飛んでいる飛行機をその排出する赤外線を追跡して ミサイルで撃ち落とすという物騒な設定を考えましょう.ミサイルの速度は v ,飛行機の速度の 1 で一定とします (v > 1).時刻 0 に飛行機が (0, h) を 通過した瞬間にミサイルは追跡を開始します.ミサイルの時刻 t での位置を (x(t), y(t)) とします.飛行機は (t, h) にいますから,ミサイルの向かう方向は dy h − y(t) (t) = dx t − x(t) ミサイルの速度は v ですから ( )2 ( )2 dx dy + = v2 dt dt (5) (6) この 2 つの式を解きましょう.式 (5) を変形して dx (t)(h − y(t)) = t − x(t) dy ですから,これを t で微分して d2 x dy dx dy dx (h − y(t)) − =1− 2 dy dt dy dt dt となって,うまく両辺から dx dt が消去できるので d2 x dy (h − y) = 1 dy 2 dt 一方,式 (6) は ( dx dy )2 +1= v2 (dy/dt)2 なので, dy v =√ dt 1 + (dx/dy)2 を得て,これを式 (7) に代入すると d2 x v ×√ (h − y) = 1 dy 2 1 + (dx/dy)2 16 (7) となるので,p = dx dy と書けば √ 1 1+ p2 dp 1 = dy (h − y)v と変数分離形になります.これを解けば log(p + √ 1 + p2 ) = − log(h − y)1/v + c となります.y = 0 のとき,p = 0 ですから,それも考慮すると ( )1/v √ h 2 p+ 1+p = h−y これを整理すると 1 p= 2 (( h h−y )1/v ( − h h−y )−1/v ) となりますから,これを y で積分をすれば, x= (h − y)1+1/v h−1/v v (h − y)1−1/v h1/v v hv − + 2 2(1 + v) 2(v − 1) v −1 で,積分定数は y = 0 で x = 0 であることから定まります.また,ミサイル が飛行機を補足する位置は y = h を代入すれば x = hv v 2 −1 であり,それまで にかかる時間 T は,飛行機の速度が 1 ですから,補足位置により,T = hv v 2 −1 となります. t (x(t), y(t)) 図 13: 追跡曲線 6 マルサスの人口論 微分方程式が世の中に認められた 1 つの契機になったのはマルサスの人口 論ではないかと思います.マルサス (Thomas Robert Malthus, 1766–1834) 17 は 1798 年に人口論という本を著しました.簡単に言うならば,人口は指数関 数的に増えるが,食料は直線的にしか増えないので,いずれ,人類は飢えに 苦しむであろうというものです.これを証明するのに,彼は微分方程式を用 いました. N 人口 食料 t 図 14: 人口は食料生産量を上回ってしまう 人口を N とすると,これは時間の関数であり,人口の増加の割合は現在の 人口に比例するとみなしてよいでしょう.人口は整数値しかとらない離散量 ですが,十分に大きいので,連続量とみなしましょう.そうすると,人口の 増加を表す微分方程式は dN = aN dt と考えてよいでしょう.より正確にいうならば,死亡する人数も人口に比例 することから,a は出生率マイナス死亡率と考えればよいでしょう.この方 程式の解は 1 dN = adt N と変数分離形になって,両辺を積分すれば log N (t) = at + C となります.ここで,C は積分定数です.このことから,初期値として時刻 0 での人数 N0 を考慮すると N (t) = N0 eat となり,確かに人口が指数関数的に増加することがわかりました. 食料は算術級数的に増加することしかできないが,人口は指数関数的 (幾 何級数的) に増加するので,いずれ人類は飢えに苦しむという結論を得まし 18 た.これでは困るし,実態に則していないのではないかということで,いろ いろな改良が行われました.例えば,人口が増加すると,出生率はブレーキ がかかるという考えを入れて,ロジステック方程式 dN = aN (b − N ) dt などが考えられました.この方程式も N t 図 15: 人口は頭打ちになる 1 dN = adt N (b − N ) と変数分離形なので ( 1 1 + N b−N ) dN = abdt を積分して log N − log(b − N ) = abt + C したがって,再び初期値として時刻 0 での人数 N0 を考慮すると N (t) = b 1 + (b/N0 − 1)e−abt となり,t → ∞ で人口は最大で b にとどまることがわかります. 19 相対性理論入門 7 7.1 Maxwell の波動方程式 物理の法則は向きを変えても同じ形で成り立つ,というのがガリレオの x 相対性原理です.数学的にいえば,座標を y で表すとき,直交行列 U z (t U = U −1 ) を用いて ′ x x U y = y ′ z′ z ′ x で表される新しい座標系 y ′ でも同じ法則が成立するということです. z′ しかし,マックスウエル (ジェームズ クラーク,1831-1879) が導いた電磁 場に関する方程式は 1 ∂2 )E = 0 c2 ∂t2 が直交変換で不変でないことがわかります.これはで電磁場に関する波動方 程式で,真空中の光速が一定の値であることが導かれてしまいます.これは おかしいことです.電車だったら,止まっている人が見る速度より,電車と (∆ − 平行に走っている車から見た方が電車の速度は遅くみえるはずです.このこ とが電車のかわりに光にすると起きないということになります. 7.2 Lorentz 変換 そこでアインシュタイン (アルバート,1897-1955) の登場になります.彼は 1905 年に,光電効果の理論,ブラウン運動と相対性理論の3つの論文を発表 しました.1905 年は物理学史上最大の年ともいえるでしょう. A と B の 2 人を考えましょう.B は A に対して一定の速度で移動している (等速直線運動) としましょう.さらに,簡単のため時刻 0 で 2 人は同じ場所 にいたとしましょう.座標として,今までの x, y, z だけでなく,時間 t も含 めようというのが,アインシュタインの考え方です.時間は t と表すよりも, 光の速度 c 倍して,ct と表した方が後ですっきりとした形を得ることができ ct ct′ ′ x x ます.そこで,A からみた座標系を y , B からみた座標系を y ′ とす z′ z 20 ることにします.そこで,直交行列による座標変換と同様に,2 人の座標の 間には行列 L を用いて ct ct′ ′ x x L y = y′ z z′ と表せると仮定するのです.この L をローレンツ変換といいます. 時刻 0 に原点を出発した光は時刻 t に x2 + y 2 + z 2 = (ct)2 をみたす x, y, z にいることになります.言い換えれば −(ct)2 + x2 + y 2 + z 2 = 0 をみたします.一方,B から見ても光の速度は c ですから −(ct′ )2 + x′ + y ′ + z ′ = 0 2 2 2 をみたしていなければなりません.一般に −(ct)2 + x2 + y 2 + z 2 = −(ct′ )2 + x′ + y ′ + z ′ 2 をみたしているはずです.行列で表現すると −1 0 0 1 0 0 0 1 0 0 −(ct) + x + y + z = (ct, x, y, z) 0 0 2 2 2 2 2 2 ct 0 x 0 y 1 z 0 ですから,式 (8) は 0 0 0 ct 1 0 0 x 0 1 0 y 0 0 1 z −1 0 0 0 ct′ ′ 0 1 0 0 x = (ct′ , x′ , y ′ , z ′ ) 0 0 1 0 y ′ z′ 0 0 0 1 −1 0 0 0 ct 0 1 0 0 x = (ct, x, y, z)t L 0 0 1 0 L y 0 0 0 1 z −1 0 (ct, x, y, z) 0 0 21 (8) すなわち −1 0 0 0 0 0 1 0 0 1 0 0 0 −1 0 t 0 = L 0 0 1 0 0 0 0 1 0 0 1 0 L 0 0 0 1 をみたしていることになります.これがローレンツ変換の条件です. さて,具体的に L を求めてみましょう.x, y, z の座標は直交変換で変える ことができますから,B は A の x 方向へ速度 v で移動しているとします.さ らに,y ′ , z ′ は y, z と同じ向きになるようにとります.x 方向にしか動かない し,2 人の y 座標と z 座標は共通ですから,時間軸と x 座標だけを考えれば ( ) ct よいと考えられます.そこで以降は y, z を省略して,A の座標を ,B の x ( ) ct′ と表しましょう.ローレンツ変換を表す行列を 座標を x′ L= ( ) p q r s で表しましょう.2 つの座標の間には ( ) ( ) ct ct′ = L x x′ が成立します.これは成分で表せば pct + qx = ct′ rct + sx = x′ が成り立ちます.一方,光速度一定の原理 −(ct)2 + x2 = −(ct′ )2 + x′2 から t ( ) ( ) −1 0 −1 0 L L= 0 1 0 1 が成立します.これを成分で表すと −p2 + r2 = −1 (9) −q 2 + s2 = 1 (10) −pq + rs = 0 (11) を得ます.不定数が p, q, r, s の 4 つ,式は 3 つですから,これだけではもち ろん,L を特定はできません.B が A に対して速度 v で移動していることを 22 ここで用いましょう.以下では速度は光の速度と比較して β = v c で表すこと にします. x′ = 0 というのは, rct + sx = 0 ですので, r x = − ct s を得ます.一方 v ct = βct c が成り立ちます.これで式 (9),式 (10),式 (11) と合わせれば解くことがで x = vt = きて, √ 1 2 1−β β −√ 1−β 2 −√ 1 1−β 2 √β 2 1−β −√ β 1−β 2 √ 1 1−β 2 −√ β , 1−β 2 , √1 2 1−β √ 1 2 1−β β −√ 1−β 2 −√ 1 2 1−β √β 2 1−β √β 1−β 2 −√ 1 1−β 2 √β 1−β 2 √ − 1 2 1−β の 4 つの候補がでてきます.速度 v = 0 のときに,A と B の 2 人の座標は一 致しなければならないですよね.だとすると,上の 4 つの中で v → 0 すなわ ち,β → 0 としたときに L が単位行列になるのは √1 2 −√ β 2 1−β 1−β L= √1 −√ β 1−β 2 1−β 2 でなければならないことがわかります.ct′ 軸は x′ = 0,つまり位置は 0 のま ま時間だけがたっていくところですから,B の原点です.したがって,A か ら見れば x 軸方向に速度 v で遠ざかっていきます.図 16 のように,ct′ 軸は 傾き 1/β の直線です.同様に x′ 軸は傾き β の直線になります. β を変化させたときの座標軸の変化を図 2 に表してみました.図の曲線は 座標軸の上の点 (ct′ , x′ ) = (1, 0), (0, 1), (2, 0), (0, 2) を β を 0 から 1 まで変化 させたときの図です.β = 1 になると,B は光速で移動していることになっ て,時間軸 ct′ と x′ 軸は一致してしまいますし,4 つの点は無限のかなたに 飛んでいってしまいます. 7.3 ローレンツ収縮 さあ,相対論の不思議な世界をかいま見てみましょう.A の座標で止まって いる長さ L の棒を考えましょう.棒は x 軸に平行に a から a(+ L)のところにあ ( ) ct ct るとします.どの時刻でも同じところにあるのですから, と a a+L に棒の先端はあります.この座標を B でみると,ローレンツ変換から 23 ct′ ct ct0 x′ x vt0 図 16: 時間軸と x 軸 ct′ : β = 1/3 ct 4 ct′ : β = 2/3 x′ = ct′ : β = 1 3.5 3 2.5 x′ : β = 2/3 2 1.5 x′ : β = 1/3 1 0.5 a 0.5 1 a+L 1.5 2 x 2.5 3 表 2: 座標軸の変化 24 3.5 4 ct′ ct x′ x a a+L 表 3: ローレンツ収縮 ( ) √ ct−βa ct 1−β 2 = −βct+a L √ a 1−β 2 ( ) ct−β(a+L) √ 2 ct 1−β L = −βct+a+L √ a+L 2 1−β となります.B で長さを測るには左右の両端を同じ時間に測らなければなり ません.すなわち,B で時刻 t′ のときに両端を測るとすると,a を計る A の 時間 t1 と a + L を測る A の時間 t2 とは異なることになります.式で表すと ct1 − βa ct2 − β(a + L) √ ct′ = √ = 2 1−β 1 − β2 になります.したがって ct1 = ct2 − βL をみたします.B で見た長さは −βct2 + a + L −βct1 + a √ √ − √ = 1 − β2L 1 − β2 1 − β2 √ を得ます.静止している系で長さ L の棒が動いている系では 1 − β 2 L にな るというわけです.図 3 は長さ L = 1 の棒が β = 1/3 のときに縮んでいる様 子を示しています.光の速度で移動していれば β = 1 ですから,長さが 0 に なってしまうのです. 25 ct′ ct c(t0 + ∆) x′ ct0 x 表 4: 時間の短縮 7.4 時計の遅れ A で時間が ∆ 経過したときに,移動している B ではどれくらい時間がた つかを見てみましょう.ローレンツ変換から ( ) √ ct−βa 2 ct 1−β = −βct+a L √ a 1−β 2 L ( ) c(t + ∆) a = √ c(t+∆)−βa 1−β 2 −βc(t+∆)+a √ 1−β 2 です.B の同じ場所で時間を計らなければなりませんが,B にとって同じ場 所でも,A にとっては異なる場所になるわけで −βc(t + ∆) + a2 −βct + a1 √ √ = 2 1−β 1 − β2 より a1 = a2 − βc∆ をみたすことになります.B にとっての時間経過を ∆′ とすると ct − βa1 c(t + ∆) − βa2 √ −√ 2 1−β 1 − β2 √ = 1 − β 2 c∆ c∆′ = 26 となります.速い速度で移動すれば時計はゆっくりと進むことになります. 図 4 は ∆ = 1 のときに,時間が短縮している様子を表しています.β = 1/3 です. 光と同じ速度で移動すればまったく時計が進まないことになるわけです.こ れがいわゆる双子のパラドックスです.双子の片方が地球に留まり,もう 1 人が光速に近いスピードで宇宙を旅して戻ってくると,光速に近い宇宙船に 乗っていた人は時間がほとんどたたず若いままでいるはずです.これはおか しいって.いいえ,もっと変なのは,相対性理論とはすべての物事が相対的 に見ることができるという理論です.したがって,絶対静止系というのは存 在しないのです.宇宙船に乗っている双子の 1 人から見れば,地球が光速に 近いスピードで遠ざかっていったはずですから,地球に残った方が年をとっ ていないはずです.いったいどっちがおじいさんになっているのでしょうね. これの解決は, 「戻ってくる」というところです.今,ここで考えている特 殊相対性理論とは,同じ速度で移動し続ける等速運動のときにのみ,適用で きる理論です.地球を出発したり,途中で方向を変えて戻ってくるには,力 が働かなければなりません.これは一般相対性理論といわれるもっと大きな 理論の枠組みで考えなければならないのです. 27
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