微分と積分 導関数の応用

平成19年度
理数教育ステップアップ研修
実践記録
視覚による予想から発展的な論理の追究へ
−数学Ⅱ「微分と積分
導関数の応用」の指導を通して−
(実践者
新潟県立新潟南高等学校
大橋精崇)
3次関数のグラフと直線の共有点の個数という、生徒が比較的馴染みやすく目に見える題材を通じ
て、数学Ⅱの微分法で学んできた導関数 f ' ( x) を、これまでとは違った視点から考察することにより、
導関数 f ' ( x) の持つ利便性と有効性を再認識させ、微分法の造詣を深めることを目的とする。内容とし
ては、数学Ⅲの微分法で学ぶ第2次導関数や変曲点に関わる問題を、数学Ⅲの知識を前提とせずに、ワ
ークシートを用いた実習を通じて生徒に共有点の個数の予想を立てさせ、後からその裏付けとなる根拠
を、数学Ⅰの既習事項である2次関数の増加・減少をもとにして、論理的に追究させる。
1
「理数の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想
数学を学ぶ上で重要なのは、単に公式や定理を理解してそれらを応用する力を身につけるだけでは
なく、学んでいく過程で、どのような数学的な見方・考え方がなされたのかをよく理解し、何が本質
的であるかを見極めることにある。本実践は、1枚のワークシートを用いた実習から始めて、物事を
確実な見通しをもって正確に判断し、それが正しいことを検証するために、順序立てて論理的に考え
る力を育成することを目的とした。
(1) 本実践の構想
① 予め f ( x) = x − 2 x + x のグラフがかかれてあるワークシートを生徒全員に配布し、本時
3
2
の問題(3)である「 f (x) のグラフと直線 y = ax との共有点の個数」について、直線を鉛
筆でワークシートに自由に書き込ませ、2つのグラフの共有点の個数をクイズ感覚で試行
錯誤をさせる。しばらくしたら(ⅰ) a < 0 のときと(ⅱ) a = 0 のときの個数は自明で
あることを確認し、この問題の中核となる a > 0 (傾きが正)のときの個数をさらに時間
を与え深く追究させる。
y
② a > 0 (傾きが正)のときは第1象限の原点
付近で、
(ⅲ)直線が f (x) のグラフの下を通る
とき
y= x
(ⅳ)直線が f ( x) のグラフと接するとき
(ⅴ)直線が f (x) のグラフの上を通る
とき
y = x 3 − 2x 2 + x
の3つに場合分けされることを、右図(ⅳ
の場合)のような原点付近の拡大図を3つ
並べて黒板に記し、まずは生徒に3つの場
− 1 −
O
x
合分けのイメージを抱かせる。その後で(ⅳ)の場合分けに入る a の値を最初に考えれば、
(ⅳ)の場合は f ' (0) = 1 から「 a = 1 」と確定し、必然的に(ⅲ)の場合は「 0 < a < 1 」、
(ⅴ)の場合は「 a > 1 」と、ドミノ式に場合分けが確定していくことに気づかせ、醍醐
味を味わわせる。
さらに(ⅳ)のときの共有点の個数は、視覚的に原点で1つと第1象限で1つの合計で
2つと予想させる。その仮説の検証を、実際の3次方程式を解くことで成り立つことを示
し、理数を勉強していく上での原点でもある、
「仮説→検証」の流れの大切さを味わわせる。
③(ⅴ)の a > 1 のときは、右図より原点で
y
共有点を持つことは明らかだが、第1象限
第3象限で共有点を持つかどうかを、ワー
クシートを使って自由に考えさせる。その
後で共有点の個数が「1個」、「2個」、「3
個」、「その他」の選択肢から生徒全員に挙
手により選ばせ、その理由をクラスの前で
y = x3 − 2x2 + x
O
発表させることで、頭の中で築いてきた論
x
理の再確認ができる。時間的な余裕があれ
ば、ディベートに発展させても良い。
④導関数である2次関数 f ' ( x) の増加・
f '( x) = 3x2 − 4x + 1
減少という、数学Ⅱで考えてこなかっ
た概念に着目することにより、第1象
限と第3象限でそれぞれ f ( x) のグラ
フがどんどん急になり、傾き一定の直
線 y = ax とは1点ずつで交わること
を指導する。その際に、導関数 f ' ( x) と
x < 23
2<x
3
もとの関数 f ( x) が混同しないように、
きちんと整理して解説することと、右
図のように2次関数 f ' ( x) のグラフで
は、座標軸や頂点の座標などの不必要
な情報は全て省略し、グラフと軸の式
のみとし、純粋に生徒には f ' ( x) の増
加・減少だけに注目させることに留意
する。それらにより生徒の理解がスム
ーズに進み、満足感を味わわせることが
できる。
− 2 −
x = 23
⑤(ⅴ)の a > 1 のとき、共有点は確かに3つあることを具体的な直線 y = 100 x を
例にあげて、平易な3次方程式を解くことによって示す。その際に共有点の座標
である(0,0),(11,1100),(-9,-900)まで求めさせると、生徒の実感はより確かな
ものになる。
(2)単元の指導計画
時限
指導のねらい
1∼2
学習活動
留意点
・導関数の符号と関数値の増減、極値と ・関数の値の増加 ・もとの関数と導関数とを混同
の関係が理解できる。
と減少
しないように指導する。
・3次関数のグラフを、増減表を利用し ・極大と極小
てかくことができる。
3∼4
・文章題の意味を的確に把握し、変数の ・最大・最小
・極大極小と最大最小の意味の
定義域に考慮しながら微分法を用いて
違いを指導する。
解答することができる。
5∼6
・グラフを用いて、高次方程式の実数解 ・方程式・不等式 ・定数を右辺に独立させる意味
の個数を、場合分けにより求めることが への応用
を指導する。
できる。
評
関心・意欲・態度
数学的な見方考え方
表現・処理
知識・理解
価 ・3次関数のグラフ ・3次方程式を3次 ・文章題において、 因数分解、2次方程式、2次不
の形状・性質に関心 関数のグラフという 数量の関係を式に表 等式における基礎的な知識を身
を持つとともに、そ 視点から、数学的に 現し的確に処理する に付けている。
れ ら を 問 題 の 解 決 考察することができ ことができる。
に 活 用 し よ う と す る。
る。
2
授業の実際
(数学Ⅱ
第5章微分と積分
第 2 節導関数の応用
6/6時間)
(1)ねらい
・
一般的な3次関数のグラフを、増減の様子を考慮に入れて正しくかけるようにさせる。
・ 3次関数のグラフと直線のグラフとの共有点の個数を、両者の位置関係から正確に判断させ
る。
− 3 −
(2)本時の展開
時間
導入
指導のねらい
学習活動
支援・評価・留意点
・ f ( x) を微分して 課題1
(1) 増減や極値を調べる
7分 前に、 f ( x) を因数分
f ( x) = x 3 − 2 x 2 + x のグラフの概
形をかけ。
解することにより、
x 軸との共有点の座 f ( x) = x( x 2 − 2 x + 1) = x( x − 1) 2 より
標が容易に求められ f ( x) は x 軸と x = 0 で交わり、 x = 1 で ・ x = 1 は重解でありグラフ
ることを指導する。
は x 軸と接することを強調
接する。
する。
f ' ( x) = 3 x 2 − 4 x + 1
= (3 x − 1)( x − 1)
したがって、 f ( x) は
1
x < , 1< x のとき、 f ' ( x) > 0
3
f ( x) は増加し、
1
< x <1のとき、 f ' ( x) < 0
3
f ( x) は減少する。
より
より
したがってグラフは次のようになる。
y
・座標平面上に、座
標軸との共有点の座
標、極値の座標を書
O
き入れることを指導
する。
− 4 −
x
導入
・課題2は4時間目に 課題2
(2) 学んだ、「3次方程式
3分 の異なる実数解の個
f ( x) のグラフと直線 y = a との
共有点の個数を調べよ。
数」を求める問題と
、本質的に同じであ
ることを指導する。 課題1のグラフと直線 y = a との位置関
係より
・関数 y = a は、 x によら
a < 0 のとき
1個
ない定数関数であり、 x 軸
に平行な直線であることに
展開
a = 0 のとき
2個
0<a<
4
のとき
27
3個
a=
4
のとき
27
2個
a>
4
のとき
27
1個
・直線 y = ax は原点 課題3
触れる。
・最初は座標軸と f ( x) の
(1) を通ることを、改め
f ( x) のグラフと直線 y = ax と
グラフのみがかかれたワー
20分 て強調し指導する。
の共有点の個数を調べよ。
クシートを生徒全員に配布
し、しばらくは自由に考え
させ、その後にヒントを出
す。
グラフより明らかに
・ a<0 のときと
・ a < 0 のとき
1個
a = 0 のとき の共 有
・ a = 0 のとき
2個
より自明であること
・ a > 0 のとき
???
を指導する。
x = 0 のとき f ( x) の微分係数は
f ′(0) = 1 よ り 、 a = 1 の と き 直 線
点の個数は、グラフ
y = ax は f ( x) のグラフと原点で接
するので、上記の a > 0 の範囲を
0 < a < 1 、a = 1 、a > 1 の3つの場
合に分けて考えればよい。
仮説・・・ a = 1 のとき共有点 2 個
<仮説の検証>
− 5 −
f ( x) = x 3 − 2 x 2 + x と直線 y = x との共 ・第3象限では共有点はな
いが、第1象限では共有点
有点の x 座標は
x 3 − 2 x 2 + x = x とおいて
が存在しそうなので、個数
x3 − 2x 2 = 0
x 2 ( x − 2) = 0 より
は2個と予想させる。
x = 0 (重解),2となるので、
確かに共有点の個数は2個。
展 開 ・ヒントとグラフの ヒントとグラフより
(2) 形状より、5つの場
15分 合分けのうち、4つ
・ a < 0 のとき
1個
は確定することを指
・ a = 0 のとき
2個
導する。
・ 0 < a < 1 のとき
3個
・ a = 1 のとき
2個
・ a > 1 のとき
???
・ a > 1 のとき、原点で共
有点が1個あることは確定
しているので、第1象限と
* a > 1 のとき
第3象限それぞれで、共有
f ′( x) = 3 x 2 − 4 x + 1
点があるかないかを予想さ
2
1
= 3( x − ) 2 −
3
3
せる。
・小手調べとして、a ・第 1 象限
・変曲点や第2次導関数に
に具体的な数値を代
ついては一切触れず、既習
y
入して調べてみるの
事項である2次関数の増加
も良いが、それでは
減少に着目して、考察させ
一般性がないことを
る。
指導する。
・黒板の隅に f ′( x) の2次
関数のグラフをかいておき
、適宜利用しながら解説を
する。
O
x>
x
2
の範囲で f ′( x) すなわち接線の傾
3
きは常に増加するので、傾きが一定の直
線とは、必ず 1 点のみで交わる。
− 6 −
・第3象限
y
O
x
2
の範囲で x の値が減少するに従っ
3
て f ′( x) すなわち接線の傾きは常に減少
x<
するので、傾きが一定の直線とは、必ず 1
点のみで交わる。
以上より a > 1 のとき共有点の個数は
3個。
展開
傾きの値が十分大き 課題4
原点以外の2つの共有点の
(3) い直線であっても、
f ( x) のグラフと直線 y = 100 x
10分 確かに共有点を3つ
との共有点の個数を調べよ。
持つことを、因数分
座標が、
(11, 1100)と
(-9,
-900)であり、 y 座
標が相当大きい値であるこ
解が容易な例を用い f ( x) = x 3 − 2 x 2 + x と 直 線 y = 100 x と とを確認させる。
て指導する。
の共有点の x 座標は
x 3 − 2 x 2 + x = 100 x とおいて
x 3 − 2 x 2 − 99 x = 0
x( x − 11)( x + 9) = 0 より
x = 0,11,−9 となるので、
共有点の個数は3個。
展開(1)のワークシートによる実習の様子
展開(2)の黒板による説明の様子
− 7 −
3
実践の考察とまとめ
以下、前述の1「理数の面白さや深く追究する楽しさなどを味わわせる」ための構想の(1)
本実践の構想①∼⑤と、本実践全体についての考察とまとめを記す。
① については、生徒は出題された課題3に強い興味関心を示しながら、ワークシートに原点を
通る直線を自由に何本も書き込んでいた。その作業を通して、共有点の個数を求めるために
は、直線の傾きが正、負の場合と、曲線と接するときの直線の傾きの場合とで場合分けをす
ることを、生徒は試行錯誤を繰り返しながらも、見通しをもって正しく推測できていた。
② については、まずは原点付近の局所的なグラフを見せて、その後で改めて別の座標平面でグ
ラフの全体像を見せることで、共有点の個数を考えさせるという2段構えの方策をとった。
これにより図が繁雑にならずに、生徒は2つのグラフを対比しながら、条件に合う a の範囲
の場合分けを考えていた。
③ については、本来であれば a > 1 のときの共有点の個数を挙手により選ばせ、それぞれの意
見の発表、およびディベートまで発展させたかったのだが、時間の関係で教師主導とならざ
るを得なくそこまではできなかった。生徒の反応から判断すると、共有点を原点の1個のみ
と考える生徒が最も多く、第1象限と第3象限でのグラフの概形の違いから、共有点を原点
の1個と第3象限の1個で合計2個と考える生徒が、意外に多くいたことは予想外であり、
その意味でもここではもっと時間をかけるべきであった。
④ については、導関数 f ′( x) 、すなわち接線の傾きの増加・減少と関連づけて、もとの関数 f ( x)
の増加・減少の様子を、既習事項をもとに追究をするという本実践のメインに当たる箇所で
ある。2つの関数が混同しないよう板書の書き方や、マーカーの色分けに注意を払い、黒板
にかかれた2つのグラフの間を何度も往復しながら、わかりやすい説明を心がけた。反省点
としては、わかりやすさを意識しすぎたため解説がややくどくなってしまい、その分の時間
を利用してもっと生徒に対しての投げかけや、じっくりと考えさせることに充てるべきであ
った。
⑤ については、具体的な座標まで求めさせることで、傾きがかなり急な直線であっても曲線と
共有点を3つ持つことを確認することができ、④でのやや難解な解説につまずきかけた生徒
であっても成就感を得たはずである。
数学Ⅱの教科書では導関数 f ′( x) の符号の変化に着目をして、3次関数 f ( x) のグラフを大まかに
かいてきたが、本時の授業は平易な実習から入り、その後に導関数 f ′( x) の増加・減少に着目をし
て、3次関数 f ( x) のグラフの性質をより深く掘り下げることで、数学Ⅱの微分法の一節である「導
関数の応用」の知識・理解をさらに発展させ、数学Ⅱの微分法の集大成とすることを目的としてい
る。次回の授業では、今回の課題3を別の観点である、グラフを使わない方程式の理論から追究し、
その後で課題3とは別の発展的な問題を扱う予定にしており、それにより本実践の理解が更に深ま
っていくことを期待している。
本時の授業並びに、それまでの5時間の指導を通じて微分法の造詣を深めるとともに、理数の面
白さや深く追究する楽しさを、生徒たちから実感してもらえれば幸いである。
− 8 −