中国(上海)体験記

中国(上海)体験記
知的財産研究科の加藤浩研究室では、2014年9月3日(水)~6日(土)に夏季休暇
を利用し、中華人民共和国・上海を訪問し、現地の知的財産関係者として、JETRO、弁
理士、特許弁護士、大学教授、学生(院生)の方々と意見交換を行いました。
日本大学からは教員と学生合わせて8名が参加し、3日間という短い期間でしたが、6か
所の知的財産関係者を訪問することができました。研修の内容は、以下、各院生により分担
して報告します。
1.JETRO上海事務所(日本貿易振興機構・上海事務所)
9月3日(水)午後、JETRO上海事務所を訪問しました。この事務所は、日系企業や
日本の官公庁の出張所等が数多く入っている上海貿易中心ビルの21階にありました。事
務所に入ると、図書館のように本棚が並び、中国における知的財産に関する報告書等を読む
ことができる場所がありました。また。模倣品展示コーナーがあり、日本製の製品の模倣品
として、バイクなどの大型のものから、プラモデルなどの玩具や、電池、食品など数多くの
ものが展示されていました。これらのものは、日本企業から提供されたものであり、機械の
部品と思われるネジ類まで展示されていました。
JETRO上海事務所(秋葉隆充さん)の説明によると、中国では売れるものは何でも模
倣されるので、機械の中の部品にも社名やロゴを記し、商標権侵害として対応していくと説
明され、ネジについても商標権侵害になりえるとのことでした。また、特許庁から上海交通
大学へ留学されている審査官(中根知大さん)にも議論に加わって頂き、ご自身の留学生活
の紹介などをして頂きました。
上海には、日系企業の知財関係者によって構成されるIPG(Intellectual Property
Group)という組織があり、中央・地方政府への建議や、法改正のパブリックコメントなど
様々な活動を行っているそうです。また、若者世代の中国版 Twitter であるウェイボーにお
いて、中国消費者向けの知的財産の啓発キャンペーンを実施し、最大で 115 万人への情報
提供を行ったそうです。若い世代への知的財産の啓発は、日本にも必要なのではないかと考
えさせられました。違法コンテンツの氾濫は、模倣品と同じく看過できない問題ですので、
日本においても何らかの対策が必要であると感じました。
最後に、秋葉さんより学生にむけて、「上海の知的財産の問題を学ぶことも重要ですが、
上海の街の活気や、市街の街並み等も同じくらい見て回ってもらい、今後の人生や将来の進
路に活かしてもらいたい」というメッセージを頂きました。
(蓮實龍紀)
(写真:JETRO上海事務所)
2.XU & PARTNERS LLC
9月4日(木)午前に、XU & PARTNERS LLC という特許事務所を訪問しました。所長
の須一平先生は、1985 年、中国で初めて知的財産権法が国会承認を得る際の立役者の一人
であり、中国における数少ない知財権威者であるそうです。
この事務所の業務としては、特許や商標だけでなく、ほぼ全ての知財に関する訴訟や紛争
を幅広く扱っています。
また、須先生をはじめ、事務所のパートナーの方々は、多様なバックグラウンドを有して
おり、その中でも理系出身者が多いとのことでした。とくに、遺伝子工学、化学、薬学、電
子工学、物理学、電気通信学、コンピュータ、機械といった技術的分野に精通しているそう
です。
最近は、企業からの出願件数が多く、管理が大変だそうです。また、知財戦略の策定や侵
害対策は、企業と事務所との密接な協力関係が大切であり、両者が連携して十分な分析や管
理サポートを行うことが重要であるとのことです。
また、司法と行政による保護の違いについて説明があり、それぞれの保護について、地方
と中央との関係や手続きの迅速性の観点から、日本企業におけるメリット・デメリットにつ
いて解説して頂きました。
今後は、中国だけでなく世界の知財の発展を見据え、より一層の事業拡大を目指していく
そうです。中国における知財業務の将来性を強く感じました。(兼高玲良、謝昕光)
(写真:XU & PARTNERS LLC)
3.復旦大学(法学部、知的財産センター)
9月4日(木)午後2時より、復旦大学を訪問しました。復旦大学は、1905 年に創設さ
れた歴史のある大学で、在校生は4~5万人というマンモス校です。現在、多くの優秀な卒
業生が社会で活躍されています。最近では、主要先進国から知財専門家を招き、意見交換会
や国際セミナーを開催されているそうです。
今回は、復旦大学で知的財産法を専門としている張乃根教授と面会し、最近の中国におけ
る知的財産法の問題について議論しました。張教授の研究テーマの一つに、特許クレームの
解釈における「均等論」があるそうです。中国における均等論の条件は、司法解釈[2001]第
21 号第 17 条第 2 項に示され、その後、司法解釈[2009]第 21 号第 7 条では、均等論におけ
る技術的特徴の考え方が示されるなど、均等論に対する議論が深まりつつあります。このよ
うな状況の下、特許クレームにおける機能的特徴については、どのように解釈するべきかと
いった議論があり、張先生の関心事項のようです。
また、張先生は、特許クレームの国際比較にも関心があり、パリルートや PCT ルートで
中国に出願されて権利化された特許クレームが、外国の対応特許のクレームと異なる場合
の取扱いについて議論しました。張先生は、今後とも、このような意見交換を加藤浩先生と
行いたいそうです。
復旦大学のキャンパスは、とても広大であり、法学部の校舎は、美しくリニューアル中で
した。今後とも、復旦大学において、知的財産法を含む法学系の教育・研究がますます推進
されていく様子を感じました。
(管清、潘佳珺)
(写真:復旦大学・法学部)
4.ハイウェイス法律事務所
9月4日(木)夕方、ハイウェイス法律事務所を訪問しました。この事務所は、上海の大
型法律事務所であり、その業務範囲は、知的財産業務のみならず、不動産、金融証券、国際
貿易と関税業務、企業業務、法律業務、紛争解決業務など幅広い領域に対応しています。こ
の日は、この事務所に所属の知財担当弁護士(2名)を中心に、意見交換を行いました。
最初に、この事務所で行われる知財業務が紹介され、次に、こちらからの質問票に対して
回答がなされ、最後に、現在の中国における知財の時事問題の紹介がありました。特に印象
に残ったことは、この事務所の特徴として、チームで業務を行っていることです。また、最
近では営業秘密に関する事件が増えているという点も印象的でした。営業秘密に関する訴
訟は、急速に増加しており、中国企業における営業秘密の重要性が高まってきているそうで
す。
現在、中国では特許出願が急激に増えていく中、特許出願の量から質へと変化する傾向が
あり、また、政府は模倣品対策について強化する方向にあるようです。中国は、知財戦略の
大きな転換点を迎えているように感じました。今後、ハイウェイス法律事務所は、中国の知
財分野において、大きな役割を果たすものと思います。
(謝昕光、兼高玲良)
(写真:ハイウェイス法律事務所)
5.上海特許商標法律事務所
9月5日午前は、上海特許商標法律事務所を訪問しました。この事務所は、中国南部(長
江の南側)において、もっとも大きな特許事務所です。大きく美しい自社ビルを所有し、各
フロアには、技術分野別に弁理士を配置させ、良好な職場環境の中で業務がなされていまし
た。驚いたことに、日本語のわかる弁理士も多く、多くの弁理士に日本語で自己紹介をして
頂きました。
今回の訪問により、もっとも強い印象を受けたのは、翻訳ミスを防ぐための施策です。パ
リルートや PCT ルートを通じて中国に出願する書類(特許クレームなど)は、中国語に翻
訳しなければなりません。これは日本の場合に日本語に翻訳するのと同じです。このとき、
ほんの細やかな翻訳ミスによって権利者に多大な影響をもたらすことがあります。そのよ
うな事態を避けるために、いかに翻訳ミスを無くすのかは、各事務所が解決すべき重要課題
の一つです。
上海特許商標法律事務所では、翻訳ミスを防ぐために、いくつかの方法を実施しています。
まず、新たに入所する人は、必ずバイリンガルでなければならないとしています。その結果、
現在、当事務所は英語ができる所員は全体の 80%であり、そのほか、日本語ができる所員
は 40 名、韓国語やドイツ語、フランス語ができる所員は数名ずつという状況です。また、
実際の翻訳業務に三重チェック体制を取っています。すなわち、最初に翻訳者が外国の文献
(願書)を翻訳し、これを他の翻訳者がチェックし、出願する前に、外国語ができる弁理士
にもう一度チェックしてもらうという体制を採用しています。さらに、外国語だけではなく、
外国の知的財産法の知識も重視しており、殆んどすべての所員に海外の知的財産法に関す
る研修に参加させる機会を与えています。
このように、この事務所では、翻訳ミスを防ぐことだけではなく、外国の知的財産法の知
識やスキルの修得にも積極的であり、知財のグローバル化に積極的に対応しています。
(洪鼎鈞、潘佳珺)
(写真:上海特許商標法律事務所)
6.上海大学(知的財産学科)
9月5日午後は、上海大学を訪問しました。上海大学のキャンパスはとても広大で、授業
の間の移動に自転車を使わなければならないことがあるそうです。
上海大学は、1994 年に、上海工業大学、上海科学技術大学、上海科学技術高等専門学校、
上海大学を合併して創立されました。このような経緯から、日本大学のように幅広い学問領
域を範囲とする 26 学部 67 研究科からなる総合大学となっています。そのなかでも、特に
知財教育については、上海で最も長い歴史と高い実績を有する大学として知られています。
上海大学の特徴の一つに、国際交流を積極的に行っているという点があります。現在、34
か国の大学と提携協議を結び、在学中の留学生は 3600 人に上ります。先方の知的財産研究
学科の方々は、教授のみならず生徒も含めて、英語で質疑応答やコミュニケーションをスム
ーズに行い、国際的な雰囲気の交流となりました。
知的財産分野の卒業生の進路は、主に裁判所、検察庁、弁護士事務所、特許商標事務所、
税関、銀行、知財関連企業などのようです。実際に在学中の学生に聞いたところ、すでに理
系の学位を取得した学生が大半を占めており、企業を目指す学生が多い感じでした。また、
その中でも外資系企業への関心が高い学生が多いことが印象的でした。
上海大学との交流を通して、知財分野の仕事を行うためには、英語が必要不可欠であると
再認識することができました。また、中国の成長の背景として、彼らのような国際派人材が
数多く育成されている点と感じました。
今回、交流した学生は、全員、10 月に行われる中国の弁理士試験を受験するそうです。
今後とも上海大学の学生との繋がりを大切にしていきたいと思います。
(谷澤允哉、洪鼎鈞)
(写真:上海大学・知的財産学科)
7.終わりに
近年、中国経済が大きく成長する中、上海の街並みにも活気が満ち溢れていました。と
くに、中国は特許出願件数が 2012 年から世界一という状況の下、知財業界の景気は急速
に右肩上がりとなり、どこの事務所も仕事に溢れている様子でした。また、来年には、上
海に知的財産専門の裁判所が設置される計画もあり、知的財産分野における明るい話題の
一つのようです。さらに、大学の知財教育にも活気があり、現地の学生(院生)からは強
い向学心を感じました。今後、日本においても、有効な知財政策を講じることによって、
このような活気が復活することに期待したいと思います。(教員 加藤浩)