認知症高齢者の列車事故と不法行為責任・成年後見制度のあり方:「JR

SURE: Shizuoka University REpository
http://ir.lib.shizuoka.ac.jp/
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認知症高齢者の列車事故と不法行為責任・成年後見制度
のあり方 : 「JR東海列車事故第一審判決」がもたらすも
の (佐藤信一先生・田中克志先生退職記念号)
宮下, 修一
静岡大学法政研究. 18(3-4), p. 576-532
2014-03-31
http://dx.doi.org/10.14945/00007885
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不法行為責任.成 年後見制度のあ
認知症高齢者の列車事故と
―「JR東 海列車事故第一審判決」がもたらすもの一
'方
論
説
認知症高齢者の列車事故 と
不法行為責任・ 成年後見制度 のあ り方
― 「JR東 海列車事故第一審判決」がもたらすもの 一
宮
下
修
一
一 本稿の目的と構成
1
2
二
本稿 の 目的
本稿 の構成
認知症高齢者 による鉄道事故 と家族 に対す る損害賠償 請求の増加
1 認知症高齢者 による列車事故 の増加
2 損害賠償 請求へ の家族 の対応
三 JR東 海列車事故第 一審判決 の概要
1 事案 の概要
2 判旨
四 JR東 海列車事故第 一審判決 の法的問題点
1 諸論
2 介護 への関わ り方 と遺族 の責任 のあ り方
3 Y3の
4 Y3に
5 Ylの
6
五
「事実上 の監督者」責任
よる 「事実上 の成 年後見」
「通知義務 」 違反
過失相殺
むす びにかえて
1
2
」R東 海列車事 故第 一審判決 に対 す る疑問一― まとめ
現実社会 との大 きな「溝」の広が リーー 「24時 間見守 りなんて無理J
-31(576)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
本稿 の 目的 と構成
本稿の目的
わが国では、高齢イ
ヒ率 (65歳 以上の高齢者人口が総人口に占める割合)
が年 々上昇を続け、1970(昭 和 )年 には 7%を 超えて 「高齢化社会」
、
“
1994(平 成 6)年 には14%を 超 えて 「高齢社会」、そ して2007(平 成19)
年 には21%を 超えて、一般 には「超高齢社会」 と呼 ばれる「本格的な高
齢社会」に突入 した1。 現在 もなおその数値 は上昇 してお り、2012(平
成20年 には21%に 達 し、実 に国民の 4分 の 1が 高齢者 となっている2。
このような状況の中で、認知症を患う高齢者 の数も増加の一途をたどっ
ている。例 え│ま 厚生労働科学研究費補助金・ 認知症対策総合研究事業
の「都市部における認知症有病率 と認知症の生活機能障害への対応」 と
題する報告書によれば、2010(平 成22)年 段階での65歳 以上の高齢者の
認知症有病率の推定値は15%、 認知症有病者数 は約439万 人であると推計
されている (2012〔 平成2〕 年段階では、462万 人に及ぶ と推計 されてい
る)。 また、将来的に認知症 になる可能性がある軽度認知障害
の有病率の推定値 は13%、
(MCI)
MCI有 病者数 は約380万 人 と推計 されている
(2012〔 平成24〕 年段階では、40万 人 に及ぶ と推計 されてい る
3)。
この
調査 に関す る新聞報道 によれlよ 「65歳 以上の 4人 に 1人 が認知症 とその
“
予備軍"と なる計算」であるとい う4。
1内 閣府編「平成20年 版 高齢社会自書J(内 閣庶 2008年 )2頁 。
2内 閣府編「平成25年 版 高齢社会自書J(内 閣府、2013年 )2∼ 3頁 。
3障 生労働科学研究費補助金・ 認知症対策総合研究事業 「都市部 における認知症有
病率 と認知症の生活機能 障害へ の対応 」平成23年 度∼平成24年 度 総合研究報告書
(研 究代表者・ 朝田隆)J(2013年 )7∼ 9頁 。なお本報告書は、筑波大学付属病院精
神神経科のホームページで関覧可能 である (http′ /wwsukuba psycllla● c¨ メゅ ‐
content/uploads/2013/06/H24Report Partl pdf〔 2014年 3月 1日 現在〕
)。
4日 本経済新聞平成25年 6月 2日 付朝刊30面 。
-
32 (575)
-
・成年後見制度のあり
認知症高齢者のanl車 事故と
不法行為責任
方―「JR東 海列車事故第一審判決」がもたらすもの一
また、別 の新間 では、2012(平 成24)年 には認知症高齢者数 が約 550万
人、MCIの 高齢者 が約 310万 人 と推計 されるとい う推計が報 じられて い
る5。
このほか、2012(平 成24)年 に厚生労働省老健局高齢者支援課認知症・
『認知症高齢者の日常生活 自立度』II以
虐待防止対策推進室が公表 した「
上の高い者数 について」 によれば、介護保険制度 を利用 してい る認知症
の高齢者数 は、平成22(2010)年 度 には280万 人 と推計され、2015(平 成
27)年 度 には345万 人、2020(平 成32)年 度 には410万 人 と増加す る見込
6。
みであるとされている
「超高齢社会」がよリー層進行す る中で、まさにその
以上のように、
「超高齢社会」に突入 した2007年 に発生 したのが、
「JR東 海列車事故」で
ある。 この事故 は、91歳 の認知症 の男性 が JR東 海の管理する線路内に
立ち入 って列車 にひかれて死亡 したとい うものである。その後、2010(平
成22)年 になって、 JR東 海 が男性 の遺族に対 し、その事故処理 によ り
発生 した費用 に関 して不法行為責任 に基 づ く損害賠償 を求めて訴訟を提
起 したところ、2013(平 成25)年 8月 9日 に名古屋地裁で下された第一
審判決 において遺族 に約720万 円の損害賠償 を命ず る判決が下された
(以
下では、この判決を「JR東海列車事故第一審判決」とい う 〔
文脈 によっ
「本判決Jと 表現する場合 もある〕
て明 らかに同判決を指す場合 には、
)7。
5読 売新聞平成25年 12月 11日 付夕刊 1面 。 なお、 この統計 は、九州大学大学院医学
研究院 が50年 以上にわたって福岡県久山町で実施 してい る疫学調査 の一環 として調
査されたものである (現 在 は清原裕教授が主宰)。 認知症 に関する調査 は、1985年 か
らほぼ 7年 ごとに行 われている。調査の状況については、九州大学大学院医学研究
院環境医学分野・久山研究室のホームページを参照 (ア ドレス :http″Ⅵn曜 lllmed
med ttushu u ac」 ノ 〔
2014年 3月 1日 現在〕
)。
6厚 生労働省老健局高齢者支援課認知症・虐待防止対策推進室 「
『認知症高齢者 の 日
常生活 自立度 J II以 上の高齢者数についてJ(2012年 8月 24日 公表 )(ア ドレス :htt,〃
wwwmHwgOjp/stf houdo″ 2r9852000002iaul at′ 219852000002iavi pdf〔 2014年 3月
1日 現在〕
)。
7名 古屋地判平成25年 8月 9日 判時2202号 68頁
(平 成22年 (フ
-33(574)一
)第 819号 )。
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
本判決 は、 当初 は あま り報道 されなかったものの、認知症 の男性 を介
護 して いた長 男 について成年後見人 と同視 しうる事実上 の監督者 である
にもかかわ らず 「目を離 さず に見守 ることを怠 った過失 」 力`
あった とい
う厳 しい判断を下 した こともあって、次第 に地元紙等 を中心 に大 きな報
8、
道がなされ るようにな り
社会問題化す ることになった。
法律 の面 か らみて も、本判決で展開 された不法 行為責任 に関す る論理
構成やその結論 の妥当性 には、後述す るようにい くつ かの疑間 が存在す
る。 そこで本 稿では、 まず この 「 JR東 海列車事故第 一審判決」 につ い
て、 そ こで展 開 された論理構成 について民法学 の立場 か ら検証す るとと
もに、判決 を取 り巻 く状況 をふ まえて同判決 の導 いた結論 の妥当性 を検
討す ることにしたい。 また、 その検討 を前提 として、同判決 が不法行為
責任や成年後見制度 のあ り方 に与 える影 響 についても考察 す ることにし
よ う。
2.本 稿 の構成
本稿 では、 まず二 において認知症高齢者 の立 ち入 りによる列車事故 の
増加 とそれ を理 由 とする遺族 に対する損害賠償請求訴訟 の増加 の現状 に
ついて紹介 す る。
続 いて三 にお いて 「 JR東 海列車事故第 一審判決 Jの 概要 について紹
介す るとともに、四 にお いて その論理や結論 をめ ぐる法的な問題点 につ
いて検証 する。 その うえで、最後 の五では、本判決 が今後 の介護や成年
後見 の現場等 に与える社会的影響 について も考 えてみ ることに したい。
8例 えば、 中 日新 聞2013年 8月 29日 付朝刊23面 。
-34(573)一
不法行為責任 成年後見制度のあり
認獅症高齢者の列車事故と
方―「」R東 海列車事麟 一審判渕 がもたらすもの一
認知症高齢者による鉄道事故 と家族に対する損害賠償請求の増加
認知症高齢者による列車事故の増加
―で述べたように、認知症を患 った高綸者 の数が増加す るのに比例 し
て、 これらの高齢者が事故 に巻き込 まれるケース も増 えてきている。
ある新聞報道 によれば、認知症またはその疑いのある者の鉄道事故 は、
2005(平 成17)年 から2012(平 成24)年 にかけての 8年 間で149件 発生 し
てお り、それによって115名 が死亡 している。その中で、鉄道会社が事故
によって生 じた営業上の損害 について遺族 に対 して損害賠償請求を した
ケース も増加 してきてい る。例え│よ 同報道 で把握 された10件 の事故の
うち、損害賠償 の請求をしなかったものが 5作 存在す るが、逆 にしたも
のも 5件 存在する
(【
表】を参照)。 具体的な損害 の内容 は、事故処理に
あたった社員 の時間外賃金あるいは振替輸送費などである9。
これから検討す る 「JR東 海列車事故第一審判決」 は、 この種 の事案
で最初 に公表 された裁判例であるばか りではな く、他 の事件 に くらべ る
と損害賠償 の請求額 が多い うえにそれが全額認容されたとい う点からも
じる。
非常 に注 目さ才
9以 上の記述については、毎 日新聞平成26年 1月 12日 付朝刊 1面 による。
-35(572)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
表】認知症の人の事故と鉄道会社の対応例
【
く JR>
事故年月
鉄道会社
遺族へ の請求額 運休本数
影響人員
20074F12月
」 R東 海
720万 円
34本
2万 7,400人
2009左 F5月
」
R九
請求 な し
1,200人
2010左 F9月
」 R東 日本
請求 な し
6本
8本
2011年 1月
」R西 日本
請求なし
30冽 ド
2011年 7月
」R北 海道
請求 な し
37イ ド
州
1,900人
1万 7,000人
1フ テ500ノ `
く その他 >
事故年月
鉄道会社
遺族への請求額 運休本数
影響人員
2005年 12月
名
鉄
80万 円
12本
2009年 11月
南
海
請求 な し
3体
9万 3,000人
2011年 6月
東
武
16万 円
6本
3,900人
2012年 3月
東
武
137万 円
52月 ト
2013年 1月
近
鉄
80万 円
33冽 ド
5,000ノ `
2万 1,000人
1万 5,000人
※いずれも遺族や関係者への取材による。請求額 と影響人員 は概数。
」R東 海 の事故 は、同社 が遺族に賠償 を求めて提訴 し係争中。
(上 記の表は、毎 日新聞平成26年 1月 12日 付朝刊 1面 に掲載 された表
の体裁を修正 したものである。
)
-36(571)一
不■行為責任 鰤
認知症高齢者のall車 事業と
2
方―fJ
度のあり
R東
海列車事故第一審判測 がヽたらすもの一
損害賠償請求へ の家族 の対応
1で と りあげた の と同 じ新間 に掲 載 された記事 による と 、本稿 で と
1。
りあげ る」R東 海 の列車事故以外 の 4件 の事件 では、 い ずれ も遺族 が損
害賠償 金 を支払ってい る (た だ し、 うち 2件 は双方 の協議 で減額 されて
い る)。
例 えば記事 の中 では、 2012(平 成24)年 3月 6日 に東 武東上線 で認知
症 の女性 (75歳 )が はね られて死亡 したが、 その 2カ 月後、東武鉄道 か
ら137万 円余 の損害賠償 を求める連絡 があった とい うケース が紹介 されて
いる。 この事案 で は、間 に入 った弁護 士が尽力 した結果、最終的 には鉄
道会社 が事故処理 の人件費 な ど自社分 の請求 を放棄 し、遺族 が代替輸送
分 の63万 円余 を支払 う ことで和解 が成立 した との ことで ある。
損害賠償 金 を支払 った他 の 3件 の事案 につい ては、新 聞報道 か らは最
終 的 に和解 で処理 したのか否 かは判然 としない ものの、おそ らく和解 が
成立 して い るのではないか と推測 され る。 その意味でも、最後 まで鉄道
会社 と遺族が争 った 「JR東 海列車事故第 一審判決」 のケース は、異例
の展開 をた どって きた とい うこともで きるであろ う。
三
」 R東 海 列 車事 故 第 一 審 判決 の概 要
それでは、社会的にも注 目を集めている」R東 海列車事故第一審判決
は、 どのような事件であったのだろうか。事案も判決理由も複雑 なため、
やや長 くなるがそれらを順に説明することにしたい。
Ю 毎 日新 聞平成26年 1月 12日 付朝刊 1面 お よびる
面。
- 37 (570)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
1
事案 の概 要
【
図】事案の概要 (人 物関係)
X(」 R東 海
)
くり
「 損害賠償請求
C===Y3
(Yo
Y5
B
Y2
Y4
(長 男 )(二 男 ) (長 女 ) (二 女 ) (三 女 )
高校の同級生
すでに
死亡
本判決の事案は、以下の通 りである (登場人物の関係 については 【
図】
を参照)。 解説の僣官に供するため、それぞれの時間 ごとに丸数字を付し
たうえで、重要な事実 については下線を付す ことにしたい。
①かつて不動産会社を営んでいたAは 、妻 のYlと の間 に、長女 B・ 次
女 Y2・ 長男 Y3・ 三女 Y4・ 次男 Y5の 5名 の子 どもを設けたが、いず
れも独立 したため、1982(昭 和57)年 以降は、自宅のある愛知県でYl
と2人 で暮 らしていた。
②2000(平 成12)年 に、84歳 になったAは 認知症を発症 した。
③2002(平 成 14)年 3月 に、 Yl・ Y3・ Y4の 3名 の子 とY3の 妻 Cは 、
Aの 介護 について話 し合いを行 つた
(判 決 では、 これ を「家族会議 IJ
と称する)。 なお、 Cは 、 Y4の 同級生 である。話 し合 いの結果、当時
80歳 のYlが 1人 で介護するのは困難な ことから、ホームヘルパーの
-38(569)一
不法行為責任城年後見制度のあり
認知症高齢者の列車事故と
方―「JR東 海列車事故第一審fll決 」がもたらすもの一
研修 を受 けて介護施設 に勤 めるY4の 意見 もふ まえ、 C(自 らも困難
な病 を抱 える)が 単身 でA・ Yl宅 の近 くに転居 して介護 す ることに
決定 した。 なお、5人 の子 の うち、 Y2は 、愛知県 内 の別 の市 に居住
してお り、 A・ Ylと 月 に 1回 食事会 をす ることはあったが、介護 に
は関与 せず 、上記 の会議 には参加 して いなか った。 また、 Y5は ヽ上
記 の会 議開催時 には関東地方、後述す る事故時 には ドイツにそれぞれ
在住 していた こともあ り、や は り介護 には関与せず、会議 にも参加 し
ていなかった。
①2002(平 成14)年 8月 に、Aは 「要介護 1」 に認定された。 また、同
年 の 8月 から9月 にかけて腕 の骨折 が原因 となった慢性心不全 の悪化
によ り入院 したが、その結果、認知症 の悪化をうかがわせ る症状がみ
られるようになった。結局、 9月 に退院 したが、月 1回 病院へ通院す
るとともに、週 6回 介護施設 に通所するようになった。その後、12月
になって、Aは 「要介護 2」 に変更 されることになった。2003(平 成
15)年 に入ると、Aに は人物 の見当識障害 が現れるとともに、外出を
したがるようになった。2005(平 成17)年 8月 に入 って以降、 Aは
1
人で外出し、徘徊 して行方不明 とな り、保護 されることもあった。
⑤2003(平 成15)年 12月 に、Cは ホームヘルパー 2級 の資格 を取得 した。
また、翌2004(平 成16)年 3月 には、 Y4が 介護福祉士の資格を取得
し、週 2回 程度、 Aの 介護を行 うようになった。
⑥ さらに、 Ylも 麻痺拘縮などがみられ、 またときお りひどい物忘れを
することもあって、2006(平 成 18)年 1月 には、今度 は■ 1が 「要介
護
lJに 認 定 され た。
⑦ その後 も、 Aは 徘徊 を繰 り返 した。 Aと Ylの 居住する建物 は、 自宅
とかつてAが 経営 していた不動産会社の事務所がつながって
7D・
り、入
日は自宅 と事務所 に2カ 所存在する。その後、ェ 3は 、 自宅の玄関に
センサーを設置するとともに、 Aが 外出しない ように、建物 と門扉の
―-
39 (568)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
隙間 を波 トタ ンでふ さい だ り、 門扉 に施 錠 した りした が 、 門扉 を激 し
く揺 す った り、 足 をか けて乗 り越 え よ うとした りして危 険 なので施錠
は とりやめた。 もっ とも、事務所側 の 出入 回は、 日中 は開放 されてお
り、 かつ、以前 か ら設置されていた来客用のセンサ ー の電源 が切 られて
いたため、Aが 事務所 の出入日から出入 りすることもしばしばみ られた。
③2007(平 成 19)年 2月 に、 Aは 「要介護 4」 に認定 され る とともに、
「認知症高齢者 自立度 Ⅳ」 と判定 された。後者 の判定 は、 日常生活 に支
障 を来す よ うな症状・ 行動や意思疎通 の困難 さが頻繁 にみ られ 、常 に
介護 を必 要 とす る、常 に目を離す ことがで きない状態 の場合 に行 われ
る。 これ を受 けて、Y3・ Y4・ Cの 3名 でAの 介護 に関す る話 し合 い
がもたれた (判 決 では、 これ を「家族会議 Ⅱ」 と称 す る)。 この話 し合
いでは、 Bを 特養 (特 別養護老人ホ ーム)に 入所 させ ることも検討 さ
「特養 に入 れればAの 混乱 はさらに悪化する。A
れた。 しか しなが ら、
は、家族 の見守 りのもとで、自宅 です ごす能力 を十分 に保持 してい る。
特養 は入居希望者 が非常 に多 い ため、入居 までに少 な くとも 2∼ 3年
はかかる」 とい うY4の 意見 をふ まえて、 Aを 引 き続 き在宅で介護す
る ことに決定 した。 もっ とも、 Y3ら は、ホ ームヘ ルパーの依頼 を検
討す ることな どは特 に しなかった。
◎2007(平 成 19)年 12月 7日 の16時 半 ころ、 Aは 介護施設 か ら送迎車 で
帰宅 した。 その後、事務所 で Cや Ylと 休憩 したが、 17時 くらい まで
の間 に、 Cが 自宅玄関先 で Aが 排尿 したダンボ ー ル を片付 け、 Yl至
まどろんでい る隙 に、 Aは 外 出 した。 Cと
Ylは 、 自宅 の周囲 を探す
が、最寄 りの甲駅 まではAを 探 しに行 かなかった。 その後、 Aは 、甲
駅 の隣の乙駅 で、 X(JR東 海 )の 運行す る列車 にはね られて死亡 し
た。
⑩2008(平 成20)年 5月 になって、Xは 、Aの 遺族 に宛てて損害の処理
について話 したい旨の書簡を送付した。その後、同年 6月 にAの 遺族
-
40 (567)
-
認知症高齢者列 車事故と
不法行為責任 成年後見制度のあ,方 ―「JR東悔列車事故第一審判決J力 たら
すもの一
'も
の弁護士 か らXに 宛 てて、 Aが 事理弁識能力 を欠 いてい た旨の返 書 と
意思伝達能力 を欠 く旨の医師の診 断書 が送 付 された。
①2008(平 成20)年 10月 に、Aの 相続人の間で遺産分割協議 が成立 した。
遺産は、不動産を除 く金融資産の額面だけで5,000万 円を超えるもので
あ り、 Ylは もっぱ ら不動産 を、 Y3は 主 として不動産 を、 Y5は もっ
ぱら金融資産 を、Y2と Y4は 金融資産 と不動産をそれぞれ取得するこ
とになった。
⑫事故 か ら 3年 近 くを経過 した2010(平 成 22)年 になって、 Xは 、 Yl
∼ Y5の 5名 を次 の 2つ の理 由で提訴 した。
[1]Ylら が事実上 の監督者 にあた ることを理 由 とす る民法714条
(責
任無能力者 の監督者責任 )ま たは709条 (一 般不法行為責任 )に 基
づ く損害賠償請求 (以 下、半」
例 を引用す る場合 を除 き、特 に断 りの
ない限 り、条数 のみ を示 している場合 には民法 の条文 を指す)
[2]Aに 発生 した709条 に基 づ く損害賠償請求権 をYlら が相続 した こ
とを理 由 とした損害賠償請求
2
判旨
本判決 の判 旨は多岐 にわ たるが、 いずれ も重要 な判断 を含んで い るの
で、若千 の解説 を加 えつつ 、項 目 ごとに紹介 して い くこととしよ う。
(1)Aに 発生 した709条 に基 づ く損害賠償請求権 をYIら が相続 した こと
を理 由 とした損害賠償請求 (l⑫ の請求
[2]に 関連 )=[亙 ]
本判決 で は、 Aは 、事故 当時、鉄道 の線路内 に立 ち入 ることが 「法律
上違法 なもの として非難 され法 的責任 を負わ され得 るものであることを
弁識する能力 を有 して い なかった」 として、Aの 責任能力 が否定 された。
そのため、 A本 人 は不法行為責任 を負 わ ない ため、 それ をYlら が相続
-
41 (566)
-
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
す る こ ともない と して、 Aの 主 張 を排 斥 した。
9)事 実上の監督者責任
=Y3は 肯定
(714条
2項 準用/1⑫ の請求 [1]に 関連)
0)で 述べたように、 A本 人の不法行為責任 は否定されたが、それ とは
別に、 Ylら が本人 とは別 に独 自に負 う義務 に違反 したことを理 由 とす
る不法行為責任の可否が問題 とな りうる。本判決では、まず中心的に介
「714条 2項 」の代理監督者の規定を準用 し
護を行 っていたY3に ついて、
て事実上の監督者責任 を課すとい う判示をした。以下では、そのような
判示 がなされるにいたった論理の展開を確認 しておこう。
(i)家 族会議 によるAの 状態の把握 とY3に よる介護方針の決定
まず本判決 は、Aに は、事故当時、責任能力はなかったが、その基礎
となった 「諸事実 に係 る情報 は、……家族会議 Iが 行われた平成14年 3
Cに とどまらず、 Y3及 びY4に おいても基杢的に人有 していたJと 指摘
する。
その うえで、 この家族会議
「家
Ⅱの内容や Y3の 供述 をふ まえると、
I・
の もの として尊重 しつつ も、 Y3に お いて最終的 に方針 を決断 し決 定 し
たものであった とみ ることがで きるJと い う。
このよ うに、中心的 に介護 を行 って きた Y3は ヽ Aの 状態 を把握 した
うえで、 その介護方針 について 自らが決断 してい た とい うことを強調す
る。
CD「 事実上の成年後見Jの 存在
続 いて本判決 は、Aは 成年後見制度に関する手続 は受けていない もの
-
42 (565)
*
認知症高齢者列 車事まと
不法行為責任.成 年後見制度のあ,方 ―「」R東 海列車事故第一審判渕 がヽたら
すもの一
の、 Y3が Aの 「事実上の成年後見」 を行 い、財産管理 をして い た と指
摘 す る。実際 に、 Aが 自宅 以外 に 「不動産 と多額 の金 融資産 を有 して」
「その中 には、 コ ンビニエ ンスス トアのフラ ンチ ャイザ ー に賃貸 し
お り、
ている土地 や、平成 15年 にY3及 びYlの 共有名義 の建物 が建 築 された敷
「 しか しなが ら、認知症の症状 が進行 してい た Aに 委任
地 Jも 存在す る。
や同意 をす るための意思能力があった とは認 め難 いか ら、 これ らのA名
義 の財産や収入 を Ylら にお いて適 切 に管理 す るためには、本来 は成年
後見 の手続 が執 られて しかるべ きであった といえるが、本件 にお いて は、
成年後見 の 申立 てがされ ることがない まま、実質的にはその手続 が執 ら
れて い るの と同様 にAの 財産 が管理 されて い たもの とみ ざるを得 ない。」
「Aの 重要 な財産 の処分や方針 の決
さらに、上述の状況 をふ まえれば、
定等 をす る地位・立 場 は、Aの 認知 症発症後 はA本 人か ら長男であるY3
に事実上 引 き継 がれたもの と考 えることになる」 とい う。
llul「 事実上 の監督者」論
上記 の(1)・
li)の 状況 をふ まえて、本判決 では、 Y3が 責任無能力者 の
監督者責任 を定 めた714条 1項 にい う監督者 と同視 し うる「事実上の監督
者」 であった ことを強調す る。
「本件事故 当時 の工 3は 、社会通念上、民法 714条 1項 の法定監督義務
者 や同条 2項 の代理監督者 と同視 し得 るAの 事実上 の監督者 であった と
認 める ことがで き、 これ ら法定監督義務者 や代理監督者 に準ず べ き者 と
して Bを 監督す る義務 を負 い、 その義務 を怠 らなかった こと又 はその義
務 を怠 らな くても損害 が生 ず べ きであった ことが認 め られ ない限 り、 そ
の責任 を免れない と解 す るのが相 当で ある。J
「いずれ も上記 のよ うなAの 事実上
その一 方 で、 Y3以 外 の子や Ylは 、
の監督者 であった と認 めることはで きない か ら、同条 に基 づ く責任 を負
わせ ることはで きない」 と判示す る。
- 43 (564) -
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
llll Y3の 免責可能性
「事実上 の監督者」 とい う形 で714条 1項 が適 用 され る可能性 が
仮 に、
ある場合 で あ つても、同項 ただ し書 に基 づ き、監督 (義 務 )者 が 「その
義務 を怠 らなかった とき」 または 「その義務 を怠 らな くても損害 が生ず
べ きであった とき」 は免責 され る。本判決 の事情 の もとで問題 となるの
は、 Ylら が監督義務 を怠 らなか った とい えるか否 かで ある。
ここで本判決 は、la)事 故 の予見可能性 と(bl事 故 を避 けるための適切な
介護 の実現可能性 の有無 を検討 して い る。lb)に ついて は一種 の結果回避
義務違反 とい うことがで きよう。その意 味 では、監督義務違反 の有無は、
通常の過失 (=行 為義務違反 )の 有無 の判断 と同様 の形 で行 われて い る
と考 え られる。
0
予見可能性
まず、 この(→ 予見可能性 については、次 のように述べて具体的な予見
までは不要 とする。
「そもそも過失が認められる前提 となる予見可能性は、諸般の学晴を考
慮 して、他人の生命、身体、財産 に危害を及ぼす危険を具体的に予見す
ることが可能であれば足 り、線路内に立ち入 って電車 にひかれるという
具体的な本件事故の態様 そのものについて予見す ることができなかった
としても、直ちに責任を免れることにはならない とい うべ きである」
。逆
「Y3と してはヽ本件各徘徊後 に玄 関 セ ンサ ー を設置 した としても、
に、
その他 は単 に C及 びYlに Aの 様子 を見守 らせ てお くとい うだけでは、堂
に目を離す ことがで きない状態 とされて い るAが C及 びYlの 目を離 し
た間 に自宅か ら外 出 して徘徊 し、 その結果、 A自 身 の生命や身体 の危険
はも とよ り、 Aが 本件事故の ように線路 内に侵入 した り、他人 の敷地内
に侵入 した り、公道上 に飛 び出 して交通事故 を惹起 した りなど して、他
人の生命、議ヽ 、財産 に危害 を及 ぼす危険性 を具体 的 に予見す ることは
-44(563)一
不法行為責任 成年後見制度のあ)方 ―「JR東 海列車事故第一審判決J力 iも たらすもの一
認知症高齢者の列車事故と
可能 で あ った とい うべ きで あ る。J
lb)適 切 な介 護 の実 現 可能性
次 に、 0適 切 な介護 の実現可能性 について は、本判決 ではその ような
文言 は直載 には用 い られて い ないが、 Aが 誰 も知 らない間 に外出す るこ
とを防止す るための適切 な介護 が実現 で きて い たか否 かが検討 されて い
る。 ここでは、 Aの 経済的 な事情 も考慮す る と、在宅介護 の態勢 を強化
す る可能性 があった とい う ことを理 由 として、次のような形で否定する。
「工 0と しては、 なお も在宅介護 を続 けるのであれ ば、 A宅 の近 くに住
み、介護保険福祉士 として登録 されて い た Y4に
A宅 を訪間す る頻度 を
増やす よ う依頼 した り、民間 のホ ームヘル パ ー を依頼 した りす るな ど、
Aを 在宅介護 して い く上で支障がない ような対策 を具体 的 に とることも
考 えられたのに、その ような措置 も何 ら講 じられてい ない。 そして、■ 1
らが Aか ら多額 の相続 を受 けて い ること…… か らも明 らかな とお り、本
件事故当時 におけるAの 経済状態 は、民間 の介護施設や ホ ームヘル パー
を利用す るな どして も十分 に余裕 が あ ったものであ り、経済面 での支障
は全 くうかがわれない。
J
・)結 論
l■
以上の点 を考慮 して、本判決 は次 の ように結論 づ ける。
「Y3が Aを 監督 す る義務 を怠 らなかった と認 めることはで きない し、
Y3が 同義務 を怠 らな くて も損害 が生 ず べ きであった と認 め ることもで
きない か ら、 Y3は ヽ その他原告 が主 張す る注意義務違反 について判断
す るまで もな く、民法714条 2項 の準用 によ り、本件事故 によるXの 損害
を賠償 す る責任 があるとい うべ きである。J
-45(562)―
法政研 究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
0)一 般不法行為責任 (709条 /1⑫ の請求 [1]に 関連)一
Ylは 肯定
2)で述べた 「事実上の監督者責任」が成立 しない場合 であっても、709
条 にい う一般 の不法行為責任 の成否が問題 となる (X側 からは、むしろ
714条 よりも先 に709条 に基づ く責任 の有無が主張されている)。 本判決で
は、714条 2項 に基づ く責任 が認 められたY3以 外の家族、すなわち妻の
Ylと 子のY2・ Y4・ Y6に ついて、709条 に基づ く責任 の有無 が検討さ
れてお り、そのうちYlに ついては責任 が肯定された。 いずれの者 につ
いて も、709条 の要件 のうち、過失―― よ り具体的にいえば、Aの 他害行
為を防止す る注意義務―― の有無が問題 となっている (他 の権利・ 利益
侵害、損害の発生 および因果関係 の有無については、特 に論 じられてい
ない)。 以下では、それぞれの者 に対する判示内容 について検討す ること
としよう。
(i)Ylの 一般 不法行為責任 =匿 ヨ
まず、本判決 は、妻 である Ylに つい て、 Aの 他 害行為 を防止す る注
意義務 を怠 った過失 が あるとして、709条 に基 づ く責任 を肯定 した。 ここ
「通知義務 」 と
で本判決 は、la)事 故 の予見可能性 とlb)「 徘徊防止義務 」。
もい うべ き義務 の違 反 の有無 を検討 して い る。(blに ついては一種 の結果
回避義務違反 とい うことがで きよう。 その意味 では、不法行為 の枠組 み
の中 で通常行 われる過失 (=行 為義務違反)の 有無 の判断 がなされてい
るとい えるが、714条 ただ し書 の Y3に 関す る監 督義務違反 の半U断 とパ ラ
ンル になっているとい うこともで きるで あろ う。
la)予 見可能性
本判決 は、 この① の予見可能性 について、 Ylは Aの 徘徊 とそれによ
る事故 の惹起
(さ
らにそれに伴 う権利侵害)を 予見することがで きたと
-46(561)一
不法行為責任 成年後見制度のあり
認知 高齢者の列車事故と
方―「JR東 海列車事故第一審判決」力 たらすもの一
F■
'も
して、次 の通 り判示 して い る。
「Ylに おい ては、 日中の本件事務所 な どの外部 に開放 されてい る場所
にAと 二人 だ けで い るときに 自分 がAか ら目を離せ ば、 Aが 独 りで外 出
して徘徊 し、本件事故の ように線路内 に侵入 した り、他人 の敷地内 に侵
入 した り、公道上 に飛 び出 して交通事故 を惹起 した りな どして、第二者
の権利 を侵害す る可能性 があるこ とを予見 し得 た とい える。
J
「通知義務 」違反
(b)「 徘徊 防止 義務 J違 反 。
本判決 ではさらに、0の 存在 を前提 として、 Ylに 対 して、 いわ ばA
に関す る(b)「 徘徊防止義務Jあ るい は 「(Cに 対す る)通 知義務 Jが ある
とした うえで、それをいずれ も怠 った としてその違反 が肯定 されてい る。
① 「徘徊防止義務J
まず、本判決 は次 のように述べて、 Ylに はAの 動静 を注視 して徘徊
を防止する義務、いわば「徘徊防止義務Jが あるとしたうえで、事故当
日にまどろんで目を離 したことによ りそれを怠 った過失 があるとい う。
「Ylに は、少 なくともA宅 の外部 に開放されてい る場所にAと 二人だ
けでいるとい う場面 においては、 Aの 動静 を注視 した上、Aが 独 りで外
出 してタイ回しそうになったときは、 自らにおいてこれを制止するか又は
Aに 付 き添 つて外出するなどの対応をす るか、仮 にそれが困難であれば、
Cら にAの 状況を速やかに伝 えて上記のような対応をすることを求める
などの、 Aが 独 りで徘徊す ることを防止するための適切 な行動 をとるベ
き不法行為法上の注意義務が存 したとい うべ きである。
」
……Ylは 、本件事故当日、Aが Eか ら帰宅 し
「それにもかかわ らず、‐
た後 で事務所 出入 口に施錠等がされる前の時間帯 において、 Cが 自宅玄
関先で段 ボール箱を片付けていて、本件事務所内において 自己とAと の
二人だけになっていた際 に、 まどろんで 目をつむ り、Aか ら目を離 して
- 47 (560)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
いたのであるか ら、上記注意義務 を怠 った過失があるといわ ざるを得な
い。」
② 通知義務違反
これに対 して、 Ylは 、事故当時 は85歳 の高齢で 自らも要介護 1の 認
定受 けていたことからAの 行動 を静止することは不可能 であ り、かつ、
最大 でも 6∼ 7分 程度 Aの 行動 から目を離 したことをもって過失 という
ことはで きない と主張 した。しかしながら、本判決 は次 のように述べて、
Ylは 、少な くともAの 状況 をCに 伝 えることがで きたとして、 いわば
「通知義務」違反が存在 したと判示す る。
「そもそも本件 におけるAの 介護体制 は、介護者が常 にAか ら目を離さ
ない ことが前提 となっていたものである……から、 Aが D(介護施設―
一筆者注)か ら帰宅 した後事務所出入口が施錠されるまでの間で、かつ、
Cが 本件事務所 内 にい ない にもかかわ らず、ェ 1が Aか ら目を離 したこ
とはその前提 に反す るものであった といわざるを得 ない し、 …… Ylは 、
Aに 外出願望 が生 じた際 にCが その場 にい ない ときは、 Cに その旨伝 え
て い たのであるか ら、
ない として も、 A力 S外 出・ 徘徊 しようとしてい ることを Cに 伝 えること
は容易 にで きた と考 え られ るのであ り、 それを怠 った以上 、 Ylに は過
失 がある とい えるか ら、 上記主張 も採用 で きない。」
(D Y4の 一 般 不法 行 為責任 =匿
ヨ
続いて、Y3や Cと ともにAの 介護 に深 く関わったY4の 不法行為責任
の有無 が論 じられてい る。本判決 は、(a)実 際 の介護 にあたるY4の 役割
は大 きく、 その対応 が結果 として適切性 は欠いていたものの、6)Y4は
介護体制を決定するY3へ の情報提供 と助言をしていたにとどま り、自
らは介護体制を決定する立場になかったことから、そもそもAの 他害行
-48(559)一
認知症満 の列車事故と
不法行為責任.成 年後見制度のあ ―[JR東 海列車事故第一審判決J力 たらすもの一
'も
'方
為 に関す る注 意義務が存在 しない として、 その責任 を否定 している。以
下、該当す る判示部分 を引用 してお くことに しよう。
(al 介護 にお け るY4の 役割 の重 要性 お よび対応 の適切性 の欠如
「Y4は ヽ Bの 三女 であ りかつ介護 の現場や実務 に精通 してい る者 とし
て、家族会議 Iに 参加 して今後 のAの 介護 につ い て Y3ヽ
C及 びYlと 話
し合 い、 さ らに、介護保険制度 を利用す ることや Aを F病 院 の G医 師 に
受診 させ ることを助言 し、 Aの 認知症 が悪化 し、要介護 4の 認定 を受 け
た後 に行 われた家族会議 IIに おいては、 Aを 特養 に入所 させ るか在宅介
護 を続 けるかについての意見 を述 べ るなどしてお り、 Aの 介護 のあ り方
を取 り決 めるに当たって重要 な役割 を果 た して い た ことが認 め られ る。J
「そして、 …… Y4は ヽ介護 に職業 として携 わって い る者 として、認知
症患者 が徘徊 して行方不明 となる事例 が多 い ことを認識 し、徘徊 中 に交
通事故等の事故 に遭 った事例 も何件 か見聞 きして い た こと、家族会議 Ⅱ
において Aを 特養 に入 所 させ るかが話題 に上 った際 には、特養 の問題点
を指摘 して在宅介護 を勧 めなが ら、 自己が Aの 介護 によ り深 く関与 す る
ことも、民間 のホー ムヘ ルパー を依頼するな どしてAを 在宅 で介護 して
い く上で支障 がない よ うな具体 的な改善策 を助言す ることもなかった こ
と、 また、 Aが Dか ら帰宅 してか ら後 も事務所 出入 日の事務所 センサ ー
に電源 が入れ られていない ことを認識 して い たのに、少 な くとも上記時
間帯 には電源 を入れ る等 の徘徊防止策 を講 じてお くべ きと助言すること
もなかった こ とな どが認 め られ るところ、仮 に これ らの点 で Y4の 対応
が異 なって いれば、
どした結果、本件事故 の発生 を防止 し得 たのではないか とも考 え られ る
ところで あって、 Y4の 現実 の対応 が結果的 に適切 さを欠 い た こ とは否
定 で きない。」
-49(558)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
(bl 注 意義務 の不存 在
「Aの 介護体制はAの 長男たるY。 が判断し決定 していたものであって、
工 4の 立場は、Y3の 決断の参考 となるように情報提供 と助言を していた
にとどまるし、実際の介護への参加 について も、月 2回 ほどA宅 を訪間
してCら による介護を補助す る程度 にとどまっていたものである。そう
だとすれば、工 4に おいて、 Bが 自宅から独 りで外出・ 徘徊 して第二者
の権利を侵害することのない ような介護体制を整えてお くべ き不法行為
法上の注意議
を負っていたとい うことまではできない。そうす ると、
Y4に Aの 他害行為を防止する義務 を負 わせ る根拠 は見当たらない とい
うべ きであるから、Y4に 民法709条 により本作事故 による原告の損害を
」
賠償する責任 を認めることはできない。
①
Y2お よびY5 般 不法行為責任 =[蚕 ヨ
二女 の Y2と 次男 の Y5に ついては、す でに l③ で述 べ た ように、 Aの
介護 につい て Y3ら と相談 した ことがない ことか ら、仮 に両者 がAに 対
する877条 1項 の扶養義務 を負 っていた としても、 Y2に Aの 他害行為 を
防止す る義務 を負わせ る根拠 はない として、 その責任 を否定 して い る。
に)過失相殺=匿 ヨ
Ylら は、 X側 について も、駅 の係員 が金 銭 も切符 ももたない のに声
をかけた り制止 した りもせ ずに漫然 と改オL内 に進入 させ 、 また容易 に線
路上 に下 りられる状態 に して い た ことな どを理 由 に過失 がある と主張 し
た。 しか し本判決 は、次 のように述 べ て、 Xが 上記 の よ うな対応 をする
のは不可能 を強 い るものであるとして、 その主張が全面的に否定 された。
「そもそもAが どのようにして本件事故現場 に至 ったのかは本件全証拠
によって も不 明 で あるか ら、 Ylら の上 記主張 はその前提 を欠 くとい う
べ きで あ る し、 Xに 対 し、線 路 上 を常 に Xの 職 員 が監 視 す る こ とや 、人
-50(557)一
認知症筒師者のll車 事故と不法行為責任 成年後見制度のあ)方 ―「JR東 海列車事故第一審判決J力 'も たらすもの一
が線 路 に至 る こ とが で き な い よ うな侵 入 防止 措 置 を あ まね く講 じて お く
ことな どを求 めることは不可能 を強 い るもので相 当でない とい うべ きで
あるか ら、原告 に注意義務違反 を認めることはで きない。
」
四
1
」 R東 海 列 車 事 故第 一 審 判 決 の 法 的 問 題 点
諸論
以上で詳 しく紹介 したよ うに、 JR東海列車事故第一審判決 では、Y3
について714条 2項 に基 づ く責任、 また Ylに ついて709条 に基づ く責任
を肯定 して い る。 もっ とも、 その論理構成 には、従来 の学説等 の展開 か
らして も違和感 あるい は疑間 がある ところも少 なか らず存在す る。
そこで以下では、 それ らの違和感や疑間のある点 につい て、判示 内容
を検証 しなが ら検討 してい くことにしたい。
2
介護 へ の 関わ り方 と遺 族 の責任 のあ り方
0)介 護 の関わ り方 の軽重 と遺族 の責任 の有無
JR東 海列車事故第一審判決 では、 Aに 対 す る介護 の関 わ り方 に応 じ
て、遺族 ごとに責任 のあ り方 が異 なって い る。換言すれ ば、 その関わ り
方 が深 けれ ば深 いほ ど、 その責任 が加重 されて い るといえる。
具体的 にい え │よ 後 の 4で 詳述す るように、長男 の Y3に ついては、 ま
ず事実上 の財産管理 を行 って い ることをふ まえて 「事実 上 の成年後見」
を行 って い る とした うえで、 3お よび4で 詳述す るよ うに、介護 の方針
を 自 らが決定 し、妻 の Cを Aや Ylに 同居 させ るな どして い ることか ら、
「事実上 の監督者 Jで あるとして、 714条 2項 の責任 を認 めてい る。
「事実上 の監督者 Jで はない として714条 2項 の
また、 Ylに つい ては、
-51(556)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
責任 を否定 しつつ、見守 り等 を行 う ことによって徘徊等 を避 けさせ るベ
きであったのにそれ を怠 った とい う「徘徊 回避義務 Jと もい うべ き義務
に違 反 した こと、 また、最低限、実際 の介 護 にあたって い た Cに 通知す
ることはで きたのにそれを怠 った とい う「通知 義務 Jに 違反 した ことを
理 由 として、709条 の責任 を認 めて い る。
これに対 して、 Y4は 介護 にかかわ って きたものの介護体制の決定 自
体 には関わ らなかった として、 また、 Y2・ Y5の 2名 はそもそも介護 自
体 に関わ って い なかった としてそれぞれ責任 が否定 されて い る。
もっとも、 このよ うに現実 に介護 に関 われば関 わ るほ ど、法的 に負 う
ことになる責任 が重大 となるとい う取扱 い が本 当に正当 であるといえる
のであろ うか。法的 な根拠 に基 づいて就任 した成年後見人等 であれば、
さまざまな義務や責任 を負 う代わ りに、法律 によって成年被後見人等 を
「事実上 の成年後見人J
保護す るための権利 も与え られる。しか しなが ら、
や 「事実上 の監督者 Jで は、法的 に責任 を負わ され る可能性 が高 まるに
もかかわ らず、 それ らの者 が介護等 を行 って い る者 を保 護す るための権
限 が十分 には与 え られない ことになる。 この ようなア ンパ ランスは、権
利 と義務 の均衡 が図 られない点 で、法的 に見 て も大 き くバ ランス を失す
る対応であるように思われる。 また、現実問題 としても、在宅医療や介
護 に関われ ば関 わ るほ ど「事実上 の成年後見人 Jや 「事実上 の監督者 J
として法的な責任 のみを負 わされる可能性 が高 まるとい うことで あれ ば、
で きるだけ介護 には関 わ らない ようにする とい う一種 の 「萎縮効果」 が
生 まれるのではないか とい う ことも危惧 され よ う。
(2 Y4の 介護 にお け る役割 の重 大 さ と対応 の不適切 さを強調 する こと
に対す る疑問
ところで、三 2(3XOで 紹介 した よ うに、本判決 で は、 Y4の Aに 対す
る介護 における役割 の大 きさとその対応 が適切 で はなか った ことを指摘
-52(555)一
不法■為責任 成年後見制度のあり
認知症高齢者の列車事故と
方―「JR東藩列車事故第一IFl決 Jが もたら
すもの一
しつつ、介護体制 の決定 自体 を行 っていなかった ことを理 由 として責任
が否定 されて い る。
もっ とも、 この論理 を徹底す る と、 もしY4が 介護 の体制決定 に積極
的 に関 わってい た とすれば、責任 が肯定 され る可能性 もある。 また、 そ
もそもY4の 介護 にお ける役割 が大 きか ったのは、た また ま介護専門職
に就 いてい た ことが大 き く考慮 されて い るか らであるが、 そ うした職 に
就 いてい ることをふ まえて行 った助言 が介護 の体 制決定 に大 きな影 響 を
与 えて い るような場合 には、 Y3と ともに事実上 の決定 を行 っていた と
され る可能性 もあろ う。
もっ とも、 Y4の よ うに 日常的 に介護 を行 っていない家族 が、た また
ま介 護専門職 に就 いて介護 に積極 的に関わろ うとしてい た とい う偶然 の
事情 によって責任 の有無 が左 右 され るような論理構成 をとることは、 そ
の判断基準 を曖味 にす るばか りではな く、介護 に介入す ることを避 けよ
うとす る萎縮効果 を生 みかねない とい う観点 か らしても採用すべ きでは
なかろう。
3 Y3の 「事実上の監督者」責任
す で に 2で も若 干触 れた よ うに、 JR東 海列車事故第 一 審判決 で は、
Y3は 「事実上 の監督者 Jと して714条 2項 が準用 される形 で責任 が肯定
されて い る。 そ こで、 ここで採用 されて い る論理構成 がはた して正 当な
ものであるとい えるか否 か、 これ までの学説や裁判例 の状況 をもとに し
て検証す ることに した い。
0)714条 1項 の 「監督
(義 務 )者 J・
2項 の代理監督者
714条 1項 は、責任無能力者 が712条 また は713条 によって不法行為責任
を負わない場合 で あっても、その法定義務者
(「
責任無能力者 を監督 す る
法定 の義務 を負 う者」)力 S責 任 を負 うと規定す る。 この法定義務 者 の責任
-53(554)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
は、本人 が責任 をとれ ない場合 の補充的 なもの と考 え られているn。
ここでい う法定義務者 とは、未成年者 であれば親権者 (820条 )・ 親権
代行者 (833条・ 867条 )、 後見人 (857条 )・ 児童福祉施設 の長 (児 童福祉
法47条 )等 、精神 上 の障害 によ り責任能力 を欠 く者 であれば、成年後見
人 (858条 )等 を指 す。 なお、精神障害者 の 「保護 者」(精 神保健福祉法
〔
精神保健及 び精神障害者福祉 に関する法律〕20条 )に ついては、かつて
は法定義務者 と説明されることが一般的であったが、1999年 の同法改正
で監督義務 が削除された ことから、法定監督義務者 として広範な義務を
ソ
課す ことには慎重な姿勢を示す見解 が増えてきている 。
「監督義務者に代わって責任無能力者を監督する者」(代 理
また 2項 は、
監督者)も 責任を負 うと規定する。 ここでい う代理監督者 とは、法定義
務者 との契約、法律上の規定または事務管理 によって責任無能力者 の監
13。
督を託され、または引き受けたものをい う
0)「 事実上の監督者」責任 をめ ぐる裁判例 と学説
もっとも、714条 1項 にい う法定義務者にも、または 2項 の代理監督者
にもあたらないが、事実上、責任無能力者 を監督 している者、すなわち
「事実上の監督者」にも7И条 の責任 を認めるべ きか否かとい うことが議
論されている。
そこで、この点に関する裁判例 と学説を概観 してお くこととしよう“。
H森 島昭夫『不法行為法講義J(有 斐閣、1987年 )149頁 。
′前日陽― F債権各論 Ⅱ 不法行為法 (第 2版 )J(弘 文堂、2010年 )143頁 。窪田充
見「不法行為法――民法 を学ぶJ(有 斐閣、2007年 )176頁 、潮見佳男『不法行為法
I(第 2版 )J(信 山社、2009年 )421∼ 422頁 。
B野 澤正充 『事務管理・ 不当利得・ 不法行為 (セ カン ドステージ債権法Ⅲ)J(日 本
評論社、20■ 年 )222頁 。
4「
事実上の監督者」責任 に関す る裁判例 と学説 を詳 しく紹介・検討するもの とし
て、飯塚和之 「民事責任の諸相 と司法判断J(尚 学社、2012年 )254∼ 278頁 。
-
54 (553)
-
あり
不法i為 責任 成年後見鮨
1度 の
認知症高齢者の列車事故と
方―「JR東悔列車事故第一審判測 がもたらすもの一
(i)裁 判例 の概要
戦後 の裁判例 をみ ると、精神 上の障害 のある成年 者 を事実上監督 して
い た者 の責任 が問 われたものが、筆者 の探 し得 たか ぎ り本判決 を含 めて
6件 存在 す るも。 この うち、責任 を肯定 した ものが本判決 を含 めて 3件 、
否定 した ものが 3作 で ある。以下、本判決 を除 く5つ の判決 について そ
の 内容 を簡単 に確認 しよう。
[肯 定例 ]
① 高知地判昭和47年 10月 13日 下民23巻 9∼ 12号 551頁
く
事案〉
精神分裂病 (現 在 の統合失調症)の ため 3回 入退院を繰 り返 してい
た成年者が、男性 を石 で殴打 して死亡させ た。そこで、その男性の妻
が、成年者
(息 子)の 父親 に対 して保護者 として監督すべ き地位にあっ
たにもかかわらずそれを怠 った として不法行為 に基づ く損害賠償請求
をした (根 拠条文 は判決文中に明示されていないが、参照条文 として
713条 ・714条 ・ l日 精神衛生法22条 が掲記 されている)。
く
半」旨〉
判決 は、 まず、成人 になってからも扶養 していた事実をふ まえて、
父親が息子を「監督すべ き法定の義務者 と同一視すべ き地位Jに あっ
“ 戦前 の大審院判例 には、精神病 を患ってい るが、禁治産や準禁治産の宣告を受け
ていない成年者 に襲 われて傷害 を受けた女性から、 その成年者の母親 に対 してなさ
れた714条 に基づ く損害賠償請求 を認容 したものがある (大 判昭和 8年 2月 21日 新聞
3529号 12頁 )。 もっともこの判決では、母親が 「事実上の監督者Jで あるか否かでは
な く、714条 にいう監督義務者 にあたるか否 かが争点 となった。具体的には、母親が
父 がいない、ある
民法 1日 877条 (独 立の生計を立てない子は、その家 にある間 は父 〔
いは親権 を行使できない ときは母〕の親権 に服す る旨の規定)に よ り親権 を行 う者
であ り、 かつ、旧精神病者監護法 1条 (4親 等以内 の親族が精神病者 の監護義務を
負 う旨の規定)に よる監督義務者 であることから、714条 にいう監督義務者 にあたる
と判示 されてい る。なお、免責 の抗弁 については、 そもそも争点 とされてい ない。
―-
55 (552)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
た とす る。
その うえで、息子が 「社会的寛解 の状態 で退 院 し、 いつ また発病す
るかも知れない危険 を包蔵 し、一旦発病 した場合 には、 あるい は凶暴
な行為 に出るお それがある とい うことは、病気 の性質、従来 の発病 の
経過 に照 らし容 易 に予測す ることがで きJた とい う。 また、外出 した
まま帰宅 しなかった息子 について、 その友人 に聞 き合 わせ た り、警察
「当然、発病 のお それがあること、
に連絡 をした りす るに とどまらず、
お よび、 その際凶暴 になるお それがあることにも思慮 をめ ぐらせ 、 こ
れ を前提 とす る警察 へ の依頼、 自ら捜索 に当る こ とな ど、 さらに積極
的 に出て、無残 な結果 の発生 を未然 に防 止す ることにつ とめるべ きで
あつ た」 として、監督義務 を怠 っていなかった とい う父親 の主張 を否
定 した。
② 福岡地判昭和57年 3月 12日 判時1061号 85頁
〈
事業)
精神分裂病 と診断され入退院を繰 り返 していた成年の息子が、他人
の 自宅 に侵入 して住人を殺害 した。殺害された者の両親 は、息子を引
き取 っていた父親 (75歳 )力 S「 事実上の監督者」 として714条 2項 に基
づ く責任、または709条 に基づ く一般不法行為責任 を負 うとして損害賠
償請求をした
(国 ・県・町が損害の発生を予防すべ き義務 を怠ったと
して国家賠償法上の責任も追及されているが 〔
いずれも否定〕
、ここで
は省略する)。
判旨〉
〈
判決 は、 まず息子が旧精神衛生法 (現 在 の精神保健福祉法)3条 に
い う「精神病者」 にあたるとした うえで、そのような者 に対する「事
実上の監督者」力ヽ
7●条 2項 による責任を負 うことに関す る一般論を展
開す る。
-56(551)一
・成年後見制度のあ,方 ―「JR東 海列車事故第一審判決1カ たらすもの一
記知症高齢者の列車事故と
不法行為責任
'も
「責任無能力者 を事 実上世話 して い る者 が、選任手続 を経てい ない等
形式的要件 を欠 くため法定の監督義務者 に該 当 しない場合、民法第714
条の規定の適用が全面的に排斥 され るとすれ ば、同法第709条 の成否 の
みを問題 とせ ざるを得 ない関係上、誠実 に右選任手続 を履践 した者 が、
これ を不 当 に怠 つ た者 よ りも過失及 び因果 関係 の存否 について重 い立
証責任 を課 される とい う不公平 が生 じる ことになるか ら、正 義公平 の
理念 に照 らし、社会通念上法定の監督義務者 と同視 し得 る程度 の実質
を備 え、従 つて、 もし右選任手続 が履践 されれば当然本法 (旧 精神衛
生法―一筆者注 )第 20条 第 2項 第 4号 の保護義務者 として選任 される
で あろ う事実上の監督者 は、民法第 714条 第 2項 よ り、責任無能力者 の
代理監督者 として、同法第 一項 の法定監督義務 者 と同一 の責任 を負 う
もの と解 す るのが相 当である。」
その うえQ次 の 2つ の理 由か ら、父親側 の免責 の抗弁 も否定 した。
1)息 子が 「生来短気で激情 し易 い性格 で あ り、再入院前 には精神
分裂病 のため友人 の首 を絞 めた り、父親 に対 し大声 で反抗 した
りす る等粗暴 な症状 を示 し、軽快 した状態 で再退院 したものの、
再発 の危険 を包蔵 して い た ことJか ら、再退院後発病 して凶暴
な行為 に出るおそれが あるのは容易 に予測 で きた こと
2)息 子 が常軌 を逸 した行動 を示 した時点 で入院 させ るか、保護措
置の発動 を求めれ ば、事件 の発生 は未然 に防止で きた し、父親
の年齢や健康状態 を考慮 して もそれが十分 に可能 で期待 で きた
こと
[否 定例 ]
③ 最判昭和58年 2月 24日 判時1076号 58頁
〈
事案)
精神障害者の息子 (37歳 )力
S、
突然大声をあげて通行人の女性に襲
-57(550)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
いかか り殴 る蹴 るの暴 行 を加 えて傷害 を負わせ た。 そこで、被害者 が、
息子 の両親 は 「事実 上の監督者」 にあたるとして損害賠償 の請求 をし
た。原審 (判 例集未登載)力 S、 被害者 の請求 を斥 けたので、被害者 が
上告 した。
(判 旨〉
最高裁 は、今回 の傷害事件 が発生す るまで息子が他人 に暴行 を加え
た ことはな く、その行動 にさし迫 った危険 があつたわ けではない こと、
また、両親 は、事件発生前 には警察や保健所 に相談 に行 ってお り、旧
「精神衛 生法上の保護義務者 になるべ くして これを避 けて選任 を免れた
もの ともいえ ない」 として責任 を否定 した。
④ 東京地半U昭 和61年 9月 10日 判時1242号 63頁
事案〉
〈
精神分裂病 に罹患 していた
(た
だし、医師の診断を受けたことはな
かった)ア パー トの賃貸人 の長男 (25歳 )力
S、
自分 が馬鹿にされてい
るとい う妄想 を抱いて賃借人 (26歳 )の 居室 に進入 し、同人 を殺害し
た。そこで、被害者の両親 が、長男の両親 は旧精神衛生法上の保護義
務者 にあたるとして、損害賠償 を請求 した
(こ
のほか、アパー トを仲
介 した宅地建物取引業者に対 して説明義務違反 に基づ く損害賠償責任
を追及 しているが 〔
否定〕
、 ここでは省略する)。
半り
旨〉
〈
判決 は、 まず長男の両親が旧精神衛生法上の保護義務者 であること
は否定 したうえで、一般論 として事実上保護監督すべ き地位 にある者
が社会的に見て保護義務者 に準ずる者 として714条 2項 の責任 を負 う可
旨陛があること自体 は肯定す る。ただし、 その判断にあたっては、旧
台
精神衛生法の趣旨からすれば、扶養義務者 であることから直ちに右監
督義務が認められ るのではなく、[1]少 なくとも両親が、長男が精神
- 58 (549)一
不法行為責任 成年後見制度のあり
方―「JR東 悔冽車事故第一審判決J力 たらすもの一
認「症高齢者の列車事故と
'も
分裂病 に罹患 してい ることを知 りなが ら、病院に入院 させ る等 の適切
な措 置 を とらず放置 した とい う事情、あるいは
[2]右 罹患 の事実及
び長 男 の行動 に本件犯行 を犯す よ うな さし迫 った危険 があることをき
わめて容易 に認識 しえた とい う学 情が存す ることが必要であるとする。
判決 では、長男 の 「日常生活 は、 自閉的 であったが特 に著 し く異常
と言 えるようなもので はな く、 自閉的な生活態度 も本件犯行直前 にお
いて はかな り改善 されて い たJこ とな どか ら、両親 は長男 が 「精神分
裂病 に罹患 して い ることを認識 してお らず、 また右罹患の事実及 び同
人 の行動 にさ し迫 った危険 があることを容易 に認識 しえた とい う事情
「事実上 の監督者」 として責任 を問 うことはで きない
はないJと して、
とした。
⑤ 名古屋地判平成23年 2月 8日 判時2109号93頁
〈
事案〉
スーパーのレジでおつ りを取 り忘れた自閉症 の女性 (33歳 )力 S、 そ
れを知 らせ ようと背後 から声をかけて肩 に手をかけようとした高齢 の
女性 (78歳 )の 両肩付近を押 して突 き飛ばし、上腕骨・大腿骨骨折 の
傷害を負わせた。そこで、高齢の女性
(そ
の後死亡)の 夫 と子 らが自
閉症 の女性 に対 して不法行為 に基づ く損害賠償請求 をしたところ、責
任能力 がないことを理由として棄却す る判決 が確定 した。そこで、夫
と子 らは、自閉症の女性の両親が監督義務者 に準ず る者 であって7M条
2項 の責任 を負 うとして損害賠償 を請求 した。
く
半」旨〉
「事実上 の監督者 であった こ
判決 は、 まず714条 の趣 旨をふ まえて、
とのみで、直 ちに民法714条 の重い責任 を負わせるのは妥当ではなく」
、
、
自閉症の女性 の状況 が「他人 に害を与える危険性があること等のため」
同女 を「保護監督すべ き具体的必要性 があつた場合 に限 り、責任無能
-59(548)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
力者の監督義務者 に準 じて、民法714条 の責任 を負 う」 と述 べ る。もっ
とも、同女は一人 で作業所 に通 った り、買 い物 をした りす ることはで
きること、 ときお り人 を突 くとい う行動 をす ることはあるが 「無関係
の第二者 に対 して粗暴 な言動 をとったことな どは一度 もなかった」。 ま
た、聴力 がほ とん どないが今 回 の事故 は背後 か ら手 をかけられて反射
的 に突 い たもので、 自分 が突 い たために高齢 の女性 が倒 れた ことを理
「粗暴 な言動 の現れ といえる行為 ではな
解 で きなかった可能性 が高 く、
いJ。 したがつて、両親 には、外出 の際 に付添 をする等 して、同女 を保
護監督すべ き具体 的必要性 が あ った とはい えない として、監督義務者
に準 じて714条 1項 ない し 2項 の責任 を請求することはで きない と判示
した。
(D 裁判例の分析
本判決を除 く肯定例 の 2作 と否定例 の 3件 をみると、その判断を分け
る大 きな要素 となっているのは、裁判例①・② は本人が粗暴 な行動をと
る状態もあることを「事実上 の監督者」が十分認識 してい るのに対 し、
裁判例③・④・⑤ ではそれを認識 していない とい う点であるお。
また、判決 の事案 は、 いずれも生命・身体が侵害されたものである。
その意味では、財産的損害の賠償が問題 となった」R東 海列車事故第一
審判決 とは、その対象が大 きく異なっている。
さらに、裁判例③ のように、仮にそのような危険を認識 しつつ あった
としても、警察や保健所 に相談 に行 くなどして危険の発生を避ける努力
をしているか否かも考慮 されている。 この裁判例 とは異 なり事実上の監
督者 としての責任 を認めた裁判例② について も、事案を詳 しくみれば、
同様 の指摘 をするものとして、平野裕 之「民法総合 6 不法行為法 (第 3版 )J(信
“
山社、2013年 )227∼ 228頁 。
- 60 (547)一
認知症高齢者の列車難 と
不法行為責任 威嘲 制度のあり
方―「JR東 海列車事故第一審判決Jが もたらすもの一
父親 は病院 と相談 し、往診等 を してもらった こともあ り、 また、事件 当
時 は骨折 をして治療 を受 けていた関係 で 同居 はしてい たものの息子 の世
話 をす るのが難 しい状況 で あ った。 その ことを考慮 すれば、 それで もな
お責任 を負わせ るべ きか否 か とい う点 については慎重 な判断が必要だっ
′
た よ うに思われ る 。
ω 学説
学説をみると、7M条 1項 の監督義務者 にあたらない場合であってもそ
の趣 旨を類推 して該当すべ きだと解 されるものも含むべ きであるとい う
18、
見解 もあるが 「事実上の監督者」については、 きわめて例外的な場面
を除いて認 めるべ きではない とい う立場が一般的である。
「精神障害者の近親者 は一種 の被害者である
例えば、吉村良一教授 は、
ことを考えると、 この種 の者 に本条の責任 を負わせ ることには慎重たる
べ き」であり、 また、曝納Eが 認められるのは、保護義務者 としての選任
「社会通念上法定の監督義務者 と同視 しうる程度の
手続 は欠いているが、
実質 を備 えJて い る場合……に限られ る」 とい・
う。
また、そもそも714条 にい う法定の監督義務者 にあたる場合 であって
も、ただちに責任 を負 うわけではない とい う見解 もある。例 えば、潮見
佳男教授 は、①714条 が責任無能力者の身上監護をしている家族 に責任を
r同 判決 は、事件前に息子が奇声 を発 しながらプロ ック塀の上を両手で平衡 を保 ち
なが ら歩行するとい う異常行動 を示 していたのに、父親 がグー トボールに興 じて特
に注意 をしなかったことを指摘 したうえで、常軌を逸 した行動 をとった時点で入院
の措置をとるか、あるい は保護措置 の発動 を求めるべ きであったのにそれをとらな
かつたことを非難する。 また、事故時 には、父親が 自 らの骨折治療 をする温泉療法
のため出か けていたことも指摘する。 しか しながら、前者 の息子の行動 については
特に他人に危害 を加 えるものではな く、後者 の温泉療法 については 自らの身体 の治
療 のために必要な行為であるから、 それが被害の発生 に直接 つ ながる因果 関係 のあ
る行動 といえるか否かについては、なお慎重な考慮が必要 であったように思われる。
平井宜雄『債権各論 Π 不法行為J(弘 文堂、1992年 )219頁 。
“
B吉 村良一『不法行為法 (第 4版 )J(有 斐閣、2010年 )200頁 。
-61(546)一
法政研究 18巻 3・ 4号 (2014年 )
負わせ るものであり、 また、②危険責任 (責 任無能力者 とい う「人的危
険源」の継続的 「管理者Jの 責任)を 負わせるものであるとい う立法趣
旨を考慮すると、7И 条 の責任を負 うのは監督を行 う実質的な地位がある
場合 に限られ るとい う。そのうえで、後述す るように、本人 の保護や支
援を前提 とした現在の成年後見制度や精神保健福祉制度の展開を前提 と
「① を強調することによる714条 の適用範囲の拡大 には慎重であ
す ると、
m。
ることが必要である」 とする
「事実上の監督者」や 「法定 の監督義務者
このほか、前田陽一教授 も、
に準 じる者Jに ついて714条 の責任が問題 となることを指摘 したうえで、
特 に精神障がい者 については、(1)で 述べた 「精神保健福祉法改正 とのパ
ランスか らも、714条 の適用はもちろん、709条 の適用にも慎重 になるベ
きである」 と指摘す る
21。
ω
JR東 海列車事故第一審判決 の立場に対する疑間
JR東 海列車事故第一審判決 は、学説の大勢 とは異な り、裁判例① と
同様 に、Y3が 「社会通念上、民法7И条 1項 の法定監督義務者や同条 2
項の代理監督者 と同視 しうるAの 事実上の監督者」であると認定 した。
もつとも、すでにω で述べたように、成年後見や精神保健福祉 に関す
る考 え方が大 きく変わって きていることを考慮すれば、できるだけ本人
の意思決定を尊重するようにすべ きであり、成年後見人や保護者 はそれ
を支援する者 として位置づ けるべ きであろう。 そうであるならば、特 に
法的 な手続 を経 ていないY3を Aの 「事実上の監督者」 と安易 に捉 える
べ きではない。 さらに進んでいえば、法的な手続を経 ていない「事実上
20潮 見・ 前掲注12)420∼ 424頁
(引 用 は424頁 )。
「事実上 の監督者」 は714条 ではな く709条 の責任
なお、
害者である精神障がい者 の同居の親
を負 い うるとしたうえで、そのような場面をカロ
族が現実 に監督 が可能 なときに限定する見解 として、飯塚・ 前掲注 10271∼ 273頁 。
a前 田・ 前掲注12)144H。
-62(545)―
不法行為責任.成年後見制度のあ)方 ―「JR東 海列車事故第一審判決」がもたら
すもの一
認知症高齢者の列車事故と
の監督者」 に法 的 な責任 を負わせ ること自体 には、 2(Jで 述 べ た観点 も
ふ まえて慎重 な態度 を とるべ きである。 また、本判決 の事案 が財産上の
損害 にとどま り、人間 の生命 。身体 にかかわ る重大 な損 害 ではない こと
をふ まえると、 なお一層慎重 な対応 が必要 であろ う。
(V)Y3の 免責可能性――監督義務違反 の有無
●)監 督義務違反 の立証責任をめ ぐる見解
ところで、仮 に「事実上 の監督者Jと して責任 が認められる可能性 が
ある場合であっても、7M条 1項 ただし書 にい う「監督義務者がその義務
を怠 らなかった」 こと、または 「その義務 を怠 らな くて も損害 が生ずベ
きであったJこ とを監督義務者側 が立証すれば、免責 されることになる。
この監督義務連反の立証責任 の程度 については、学説では、大 きく2
つの類型 に分 ける立場が一般的である。例 えば、吉村教授 は、まず監督
義務 の及ぶ範囲 について、①未成年者の親権者のように被監督者の全生
活領域 について監督義務 を負 う者
(「
身上監護型」
)と 、②学校 の教員や
保育所の保育士のように被監督者 の生活領域 のある局面でのみ義務を負
う者
(「
特定生活監護型」
)の 2つ に分かれるとする。その うえで、① 「身
上監護型Jで は、監督者 が生活関係全般 について監督義務 を怠 らなかっ
たことを立証 しないと免責されないが、② 「特定生活監護型」 では、具
体的な危険行為 に対する監督義務 が主 として問題 となるので、義務違反
を否定 して免責 が認 められる範囲が広 くなるとい う
22。
また、潮見教授
は、監督上の義務 の意味を包括的 な監護義務 と捉 えたときには、監護義
務者 が義務を尽 くしたことの立証を尽 くしたことの立証 に成功するのは
きわめて困難であるとする。その一方で、未成年者の監督義務者 と異な
り、一般的 には監督義務者 自身 が精神障がいについての知識 が乏 しいこ
22吉
村 前掲注 18)196∼ 198頁 。同旨のものとして、前日 前掲注 12)142頁 。
-
63 (544)
-
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
とか ら、精神障 がい者 の行動 に若 干 の異常が現れて もそれ を発見 し病状
の悪化 を察知す ることが困難であることを理 由 として、精神 障 が い者 の
監督 義務者 については免責立証 の余地 を実質的に残 してお くべ きである
23。
と説 く
(b)「事実上の監督 者」 による監督義務違反の判断要素
JR東 海列車事故第一審判決では、①事故に関する予見可能性 と②介
護体制 の強化可能性 が考慮された結果、免責は否定された。
もっとも、その内容 を詳細にみると、い くつかの疑間がある。
まず、①事故の予見可能性 について、本判決 は具体的な事件の予見可
能性 は必要ない と判示する。たしかに予見可能性 とい うのは一般人を基
準 にしたものではあるが、はたして徘徊 によ り事故を起 こす可能性 があ
ることを抽象的に予見 しているだけで足 りるといえるのであろうか。(a)
で述 べた潮見教授 の見解 を例にとれば、本判決の事案のように認知症の
患者 が具体的にどのような危険行為をするか予測す ることは困難である
し、 また、一般的 にみても徘徊をしたことによって、例えば列車事故の
ような形 での大 きな被害が発生することは通常想定されない ところであ
ろう。
次 に、②介護態勢強化の可能性について、本判決 では玄関 にセンサー
を設置するなど結果回避 の努力を しているだけでは足 りず、実際に介護
職 として働 いてい るY4の 役割を増やす、あるいは訪間介護の回数を増
やすとい うような対応を求めている。
この点 は次の0)で 述べ るように、介護の担い手の数が不足 している現
23潮
見・ 前掲注12)418頁 。なお、潮見教授 の理 由づ けは、山田知司 P情 神障害者 の
第二者に対する殺傷行為」山口和男編「現代民事裁判の課題(7)損 害賠償』(新 日本
法規、1989年 )486頁 に依拠 している。
-64(543)一
認知症高齢者の列車事故と
不法行為責任.成 年後見制度のあ,方 ―「JR東 海列車事故第一審判決Jが もたらすもの一
状 では、現実問題 として もかな りの困難 が予想 され る。仮 に可能 だ とし
ても、 はた してその ことによって本 当 に事故発生 の危 険性 を回避 で きる
のか否 かも疑間 である。本判決 の事案 で実際 に介護 にあたってい るCで
あって も、 Aが 排尿 したダンボ ールの片付 けな どを含 めて、実 際 には洗
濯や炊事 な ど介護 にかかわる作業 を行 う時間 を相 当程度必要 とす るはず
で あ り、四六時中Aの 行動 を監視す ることは不 可能 である。 もしそれを
行 うとすれ ば、同時間帯 に複数名 の監督者 がいて交代 で監視 をす ること
になるが、介護保 険制度 の現状等 をふ まえれば、在宅医療・ 介護 の現場
にお い て複数 の監督者 を用意す ることは現実的 で あるとは思われ ない。
さ らにい えば、仮 に四六時中 Aを 監視 しなけれ ばな らない とすれば、
自己決定 の尊重、残存能力 の活用、 ノーマ ライゼーシ ョンとい う新 しい
理念 をもつ成年後見制度 (後 述の 4参 照)や 、本人 の福祉・ 生活 支援 を
目的 とす る精神保健福祉制度 (前 述のω参照)の あ り方 とも真 っ向 か ら
反す ることになろ う。
0)「 監督
(介 護 )体 制構築義務」論 に対す る疑問
」R東 海列車事故第 一 審判決 で は、「事実上 の監 督者 Jで あるY3が ヽ
上 の0ル )で 述 べ たように免責 を主張 した ところ、 Aの 他害行為 について
は予見 した うえで、 かつ、 Aの 介護・ 監督 にあたる体制 を十分 に整 えて
い なか った ことを理 由に して それ を認 めなかった。 これ はいわ ば Y3に
対 して 「監督 (介護 )体 制構築義務」 を課 して い る と評価す ることも可
能 であろ う。 その うえで、本判決 では、多額 の相続 を した こ とか ら経済
「介護保険福祉 士 として登録 されて
的 にも介護体制の構築 は可能 で あ り、
い た Y4に
A宅 を訪問す る頻度 を増やす よ う依頼 した り、民 間 のホ ーム
ヘル パー を依頼 した りす るな ど、 Aを 在宅介護 して い く上で支障 がない
ような対策 を具体的 に とることも考 え られた」 と判示 されている。
もっ とも、経済的 に余裕 があれば、在宅介護 で あ って も四六 時中介護
-65(542)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
サ ー ビス を受 け ることがで きるか とい えばそ うではない。実際に、厚生
労働省 の 「社会保障審議会介護保険部会 Jで 示 された資料 では、介護保
険制度 が導入 された2000(平 成 12)年 に55万 人 であ った介護職員の数 は、
2012(平 成 24)年 の段 階 で推計 149万 人 と倍以上 になってい るが、2025年
までにはさらに15倍 以上の数が必要 とされている。 しか しなが ら、介護
は 「夜勤 が多 く仕事 が きついJな どのイメ ー ジもあ り、 なかなかそれに
あたる人材 の確保 が難 しい。 とりわ け、都市部 については、介護職員 の
求人数 を求職数 で割 った 「有効求人倍率」が高 くなる傾 向 がある。例 え
ば、本判決 の舞台 となった愛知県 では、2013年 6月 段階 における全職種
の有効求人倍率 が 1倍 を少 しltEえ る くらい であるのに対 して、介護職員
の有効求人倍率 は 3倍 と、全 国 でみ ると トップの数値 となって い る。 い
わば、介 護 の需要 に対 して、介護職員 の数 が少 ない のが現実 で ある24。
このよ うに考 えれ ば、実際 には、施設 に入 らず在宅 で介護 がなされ る
場合 には、一 日の うち一 定 の時間 についてホームヘルパー等 の訪間を受
け、 また、 一 定の時間施設 に通 所す る ことがで きた として も、 Y3が A
の行動 を絶 えず監視す る体制 を構 築す ることは相 当困難 である とい えよ
う。
に)法 的構成への疑間
「事実上の監督者Jで あ
ところで、 」R東 海列車事故第一審判決では、
るY3は 、714条 2項 (代 理監督者責任)を 準用 して責任を負 うと判示 さ
れている。すでに述べたように、他の裁判例や学説でも、そのような考
え方をとるものが多い。たしかに、 これもすでに述 べたよ うに、代理監
4第 47回 社会保 障審議会介護保 険部会
(2013年 9月 4日 開催 )に けて席上配付 さ
れた資料 3を 参 照。本資料 は、厚 生労働 省 のホー ムペ ージで関覧可能 で ある (ア ド
レス :hぃ ッ
ヽ
vn血 LvgoJp rne o5 ShhJd 12601000 SdsakutoJoむ 面 ‐
SaAIJkn血 ヽ唯
/Vハ ハ
ShakJhOshOutalltol1 0000021718 pdf〔 20“ 年 3月 1日 現在 〕
)。
-
66 (541)
7.・
-
・成年後見制度のあり
認知症高齢者の列車事故と
不法行為責任
方―「JR東 海列車事故第一審判決Jが もたらすもの一
督者 とは、法定義務 者 との契約 のみ ならず、法律上の規定 または事務管
「事実上 の監督者」 について
理 によって監督 を引 き受 けた者 をい うので、
も一種 の事務管理 として 引 き受 けた と考 えることは可能 であろ う。
もっ とも、714条 2項 はあ くまで代理監督者 につい て規定す るもので
あって、本来 は、正 規 の監督者 が存在 す ることが前提 となって い るもの
ともいえ る。 その意味で も、 そもそも正規 の監督者 と同一視す る形で考
えられている 「事実上の監督者」を一種 の 「代理監督者Jと して位置づ
けることには、違和感があるといえよう。
4 Y3に よる「事実上の成年後見」
さらに」R東 海列車事故第一審判決では、同様 に 「事実上の監督者J
責任 を認めた裁判例① の判 旨を超 えて、 Y3が 「事実上の成年後見」を
行 っていたことまで強調 している。
もっとも、 Aの 介護 とい う行為が事実上の 「成年後見」 とまで評価す
ることができるか否 かは疑間である。
そもそも1999年 の民法改正で導入 された成年後見制度 は、自己決定の
尊重、残存能力の活用、 ノーマ ライゼーションとい う新 しい理念 と本人
保護 の理念 との調和 を図ることを目的 として作 られたものである
25。
成
年後見制度 が、家庭裁判所 が後見開始等 の審判を行 うことは、裁判所が
その手続 に関与す ることによって、本人 の身上監護や財産管理を行 う成
年後見人等が本人の不利益になる行為を防止 し、本人保護を図るとい う
意味合 いが大 きい。 ところが、本判決 の立場 を前提 とすると、裁判所 が
関与を しない形で 「事実上 の成年後見Jを することを結果 として認 めて
しまうことになる。
ゐ 新井誠 ‐赤沼康弘 ‐大貫正男編『成年後見制度――法 の理論 と実務J(有 斐閣、2006
年)26頁 。
-67(540)一
法政研究18巻 3・ 4号
(2014年 )
「事実上の成年後見」とい う場合 に、 どの程度 まで本人のために
また、
行動 していればそういえるのか、判断基準がきわめて不明確 である。本
判決 の事案では、 Y3が たまたま「家族会議」 まで開催 し、妻 のCと 別
居 してまで親 の面倒 をみさせたことが、事実上の 「成年後見」の判断に
相当程度影響 しているように見受け られる。そうなると、熱心 に介護を
「事実上の成年後見」 とされることになる。 しかし、す
すれ ばするほど、
でに 20)で ふれたところで もあるが、法律 に規定 に基づいて付された成
年後見人箸 は、成年被後見人や第二者 に対する義務 を負 う代わ りに、財
「事実上の成年後見人」
産管理等 の一定の権限が付与されるのに対 して、
には、あ くまで事実上であるためそのような権限は付与 されることはな
「事実上の成年後見人」 は、本来、成年後見人 が果 たすべ
い。そのため、
き役割を果 たすことができないにもかかわらず、重 い義務を一方的に負
うことになる。
また、本判決では、 2回 にわたって開催された 「家族会議」 が、 Y3
による介護方針の決定の場 として位置づけられている。昭和22年 民法改
正前には、親族の身分上・ 財産上の問題 を親族 の協議 によって決する会
あ
議機関である 「親族会Jが 存在 したが 、本判決 でい うところの 「家族
会議」 は、 まさにこの 「親族会」的な役割を担 うものとして捉えられて
「親族会」自体 は戦後 その制度自体が廃
いるようにもみえる。もっとも、
止されているし、そもそも家族 が集 まって介護の方針を決定するとい う
ことが、通常会議 と称 されるものと同様 に何 らかの決定を行 う機関であ
るかのように捉えることは必ずしも実態 を反映していないように思われる。
る もっとも、当初は親族的な自治のための会議機関 として位置 づ けられていた 「親
族会」は、実際には戸主権 の代理行使や家督相続人 の選定等、主 として 「家」の維
持発展 の機関 として存在 し、そのように機能 した とい う指摘 もなされてい る。 この
点を含めて、昭和22年 民法改正前の「親族会」については、青山道夫 一有地亨編「新
版注釈民法10 懃 1週 (有 斐閣、1989年 )99頁 。
-68(539)一
不法行為責任・威年後見制度のあり
認知症高齢者の列車事故と
方―「JR東 海列車事故第一審判渕 がもたらすもの一
以上 の点 か ら、本判決 が Y3に 行為 を 「事実上 の成年 後見」 とした点
にも、「家族会議」 にお けるY3の 行為 が必要以上 に強調 されて い る点 に
も大 きな疑間が残 る。
5 Ylの 「通知義務」違反
次 に、 Ylに ついて は、監督体制 の構築 までは して い ない ものの、実
際 に介護 にあたって い た者 として Aの 行動 に関す る 「徘徊防止義務 Jま
たは 「通知義務 Jを 負 うにもかかわ らず、 それを怠 った として その責任
が認 め られて い る。 ここでは、 Yl自 身 が要介護 1に 認定 されて い るに
もかかわ らず、現実 に徘徊 を防止す ることは無理で も、実際 に介護 にあ
たっていた Cに 通知す ることは可能 で ある とい う理解 が前提 となって い
る。 ここでは、本来 は、 Cの 行動可能性 を制約す る要素である 「要介護
1」
の判定 が、逆 に要介護 1に ととまるのであれば、通知 くらい はで き
るのではな いか とい う形 で、 Ylの 違法性 の判 断要素 とされて い るとも
い える。
た しかに 「要介護
lJは 、単独 での生活 は可能 であるが、身 の回 りの
世話や複雑 な動作、移動 の動作 に見守 りや手助 けが必 要 であ り、 また、
27。
問題行動 や理解低下が見 られ る レベルで ある とされて い る
そ ぅだ と
すれ ばtそ もそも事 故発生 の可能性 まで予見 し行動す ることは難 しいで
あろ うし、 まどろみ もせず Aの 行動 を絶 え間 な く監視 して、 Cに 迅速 に
通知 をす ることが実際 に可能 で あると断 じることはで きず、む しろ状況
によっては通知 自体 が困難 である (し たがって通知義務 自体 も発生 しな
い)と 考 えるのが 自然 であろ う。
27例 えば
、静岡市 の公表 して いる 「要介護度別 の状態区分」を参照。本資料 は、静
岡市のホームページで関覧可能である(ア ドレス :hゅ :││…0い hZuokajp/000055497
pdf〔 20143月 1日 現在〕
)。
-69(538)一
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
6
過失相殺
JR東 海列車事故第一審判決 では、すでに述 べ たように、「Xに 対 し、
線路上 を常 にXの 職員 が監視す ることや、人 が線路 に至 ることがで きな
いよ うな侵入防止措置 をあまね く請 じてお くことな どを求 めることは不
可能 を強 い るもので相 当でない」 として、 X自 体 の過 失 の存在 は完全 に
否定 されて い る。
しか しなが ら、本判決 は、 Y3に はAの 行動 について 目を離 さず に監
督 す る体制 を構築す ること、 また、 Ylに は数分 であって も日を離 さず
にAの 行動 を監視す ることを義務 づ けるとい う、 ある意味 で 「不可能 を
強 い るJ、 少 な くとも相 当の困難 を強 い る対応 を求めてい る。それにもか
かわ らず、具体的 な検討 を一切 しない ままに、Xが 人 の侵入 を監 視す る、
あるいは その防止措置 を とることは 「不可能 を強 い るJと 断 じて い るの
は、当事者双方のバ ランス を著 しく逸するもので あ り、公平 の見地 か ら
お
加害者 ―被害者間 の適正 な損害分担 を図 る とい う過失相殺 の制度趣 旨
か らしても、疑間 が残 るところである。仮 にY3や Ylの 不法行為責任 を
肯定す るのであれば、 Ylら も主張 してい るように、 Xに ついて も、 A
が駅 か ら線路 に侵入 したにもかかわ らず、漫然 とそれを見過 ごした こと
について過失 がなかったか否 か、 よ り詳細 に検討す べ きであろう。
23加
藤雅信「新民法大系 V
事務管理・ 不 当利得・ 不法行為 (第 2版 )J(有 斐閣、
2005年 )309頁 。
-70(537)一
たらすもの一
認知症高齢者の列車事故と不撻行為責任 成年後見机度のあり
方―「JR東 海列車事麟 一審半
1決 Jが も
五
むすびにかえて
1
」R東海列車事故第一審判決に対する疑問――まとめ
以上 で検討 して きたように、 」R東 海列車事故第一審判決 については、
法的あるいは実際的 にみて い くつ かの疑間 がある。以下 では、 この疑問
につ き、要点 のみ まとめてお くことに したい。
①本判決 では、介護を中心 に担っていたY3、 さらに同居 していた妻 Yl
とい う介護 に深 くかかわっている者 ほど、Aの 行為 についての責任 が
問われている。(四 20)参 照)
② 「事実上の成年後見人」や 「事実上の監督者Jで は、法的 に責任 を負
わされる可能性 が高 まるにもかかわらず、それらの者 が介護等を行 っ
ている者を保護す るための権限が十分 には与 えられていない とい うア
ンバランスが存在す る。 また、在宅医療や介護 にかかわればかかわる
ほど「事実上 の成年後見人」や 「事実上の監督者」 として法的な責任
のみを負わされる可能性が高まるとい うことであれば、できるだけ介
護 にはかかわ らない ようにするとい う一種 の 「萎縮効果J力 S生 まれる
のではないかとい うことが危惧される。(四 2(⇒ 参照)
③本判決 は、 Y3を Aの 「事実上 の監督者」 であると認定 した。もっと
も、成年後見や精神保健福祉に関する考 え方 が大 きく変わってきてい
ることを考慮すれば、できるだけ本人の意思決定を尊重するようにす
べ きであ り、成年後見人や保護者 はそれを支援する者 として位置づけ
るべ きであろう。そうであるならば、特 に法的な手続を経ていないY3
をAの 「事実上の監督者Jと 安易 に捉 えるべ きではない。 また、上の
「事実上 の監督者」 に責任 を負わせ ること自
②で述べた点もふまえて、
体 に慎重な態度 をとるべ きである。 また、本判決の事案が財産上の損
-71(536)―
法政研究18巻 3・ 4号 (2014年 )
害 に とどま り、人 間 の生命・ 身体 にかかわ る重 大 な損 害 で は ない こ と
をふ まえ る と、 なお一 層慎 重 な対 応 が必 要 で あ る (四 3● XIvl参 照)
④本判決 では、 Y3が 「事実上 の監督者」 にあたるとしたうえで、その
「介護態勢
免責の要件 が厳格 に捉 えられている。もっとも、その うち、
強化 の可能性」 については、実際 に介護職 として働 いてい るY4の 役
割を増やす、あるいは訪問介護 の回数を増やす とい うような対応を求
めている。 しかしながら、介護 の担い手の数が不足 している現状では、
「事実上の
これらの対応 は現実問題 としてもかなり困難である。また、
監督者」が、四六時中Aの 行動を監視す ることも不可能である。その
ようなことは自己決定の尊重、残存能力の活用、 ノーマ ライゼーショ
ンとい う新 しい理念をもつ成年後見制度や、二 4で 触れた ように本人
の福祉・生活支援を目的 とする精神保健福祉制度 のあ り方 にも反する。
(四 22)を 参照)
⑤本判決 は、 Y3に 「監督 (介 護)体 制構築義務」を課 している。 しか
し、施設 に入 らず在宅で介護 がなされる場合 には、一 日のうち一定の
時間についてホームヘルパー等の訪間を受け、 また、一定の時間施設
に通所す ることができたとしても、 Y3が Aの 行動 を絶えず監視する
体制を構築す ることは相当困難 である。(四 3(3)を 参照)
⑥本判決 の立場を前提 とすると、裁判所 が関与を しない形で 「事実上の
成年後見Jを する ことを結果 として認めてしまうことになる。 しかし
「事実上の成年後見人Jは 、法律上の成年後見人が有する権利
ながら、
が与 えられないため、成年後見人 としての活動 が制約される反面、事
実上の成年被後見人 の行為 についての責任 のみを負わ される可能性 が
ある。(四 4を 参照)
⑦本判決 は、Ylに 対 して、 Aに 徘徊 させないようにする 「徘徊防止義
務Jと もい うべ き義務を課 したうえで、Aの 行動 について介護 にあた
るCへ の通知を行 う義務の双方を課 している。 もっとも実際 には、要
-72(535)一
認知症高齢者の列車事故と不法行為貢[ 成年後見制度のあ
―「JR東 海冽車事故第一審判決1カ たらすもの一
'も
'方
介 護 1の
Ylが Cに 対 して迅速 に通 知 をす る こ と、 さ らに い え ば そ も
そ も通知 す る こ と自体 が きわ めて 困難 で あ る。(四 5を 参 照 )
③本判決 は、 Y3に はAの 行動 につ いて 目を離 さずに監督す る体制 を構
築す ること、 また、 Ylに は数分 であって も目を離 さずにAの 行動 を
監視する こ とを義務 づ けるとい う、あ る意味 で 「不可能 を強 い るJ、 少
な くとも相当の困難 を強 い る対応 を求めて いる。それ にもかかわ らず、
具体的 な検討 を一切 しない ままに、 Xが 人 の侵入 を監視す る、 あるい
はその防止措置 を とることは 「不可能 を強 い る」 と断 じて い るのは、
当事者双方 のバ ランス を著 し く逸 す るものであ り、公平 の見地 か ら加
害者 ―被害者間 の適正 な損害分担 を図 るとい う過失相殺 の制度趣 旨か
らして も、疑間が残 る。(四 6を 参照)
2
現実社会 との大 きな「溝」の広が ,一― 『24時 間見守 Dな んて無理」
1で まとめた ように、 JR東 海列車事故第一 審判決 には、 その論理構
成 と最終的 な帰結 に対 して大 きな疑間 が ある。率直 にいえば、判決 を微
「結論先 にあ りきJと も受 け取 られかねない、やや強引
細 に検討 す ると、
な論 理構成 が採用 されてい る部分 が散見 され る。
それでは、裁判所 は、 なぜ その よ うな対応 を したのであろ うか。 ここ
は完全 な推測 の域 を出ない が、Aの 遺産 が金 融資産 だ けで5,000万 円を超
えるものであったのに対 して、Xの 主張す る損害額 が720万 円 とその約 7
分 の 1で あることが大 き く影響 したように思われ る。筆者 が、本判決 に
関心 をもつ弁護士 とその内容 について検討 して い た ところ、 その弁護 士
か らは 「素朴 な実務感覚 としては、金銭的 なバ ラ ンス をとってい るよ う
にもみ える」 とい う指 l‐rが あ った ことも付言 してお きたい。
もっ とも、 Xと して も、 Ylら と裁半」で争 った こと自体 は必 ず しも本
意 ではない のか もしれ ない。実際 に、2007年 8月 の事故発 生か ら 9カ 月
-73(534)一
法政研究18巻 3 4号 (2014年 )
近 く後 の2008年 5月 に損害 について話 し合 い たい とい う趣 旨の手紙 を出
したが、 その後、不法行為 に基 づ く損害賠償請求権 が消滅時効 にかかる
時期 で ある2010年 になってよ うや く訴訟 が提起 されて い る。 この ような
形 で訴訟 に至 る前 に、双方 の協議 が進 め られてい たように思われ る。 さ
らに対話 をよ リー層深 めることによって、問題解決 の糸 日はつかむこと
はで きなかったのであろ うか。 この点 は非常 に残念 で ある29。
い ずれ にして も、 この JR東 海列車事故第 一審判決が、認知症 の高齢
者 の介 護 を行 う家族年 に与 えたであろ う影響 はか な り大 きい。例 えば、
二 1で 紹介 した新聞報道 によれば、東部鉄道 の事故 で妻 を亡 くした夫は、
本判決 の内容 を聞 い た うえで次 のよ うな コメ ン トを寄せ てい る。
「鍵 をかけて柱 にでも縛 ってない と、24時 間ず っ と (の 見守 り)な んて
無理。 で も縛 るのは虐待 だ。判決通 りだ と買 い物 一 つ で きな くなる。介
護す る人 は一体 どうすればいいのか」。
この非常 に重 い言葉 を胸 にしなが ら、本判決 の妥 当性 を改めて検証 し
た うえ で、認知症高齢者 による列車事故 に とどまらず、介護や成年後見
のあ り方 について も今 一度再検討すべ きで ある し、 まさにそれ こそが本
判決 が世 に出た ことでわれわれに求 め られて い ることであろ う。
付記】
【
本稿 は、2014年 3月 2日 に岐阜県土岐市で開催 された 「平成25年 度成
年後見・ 日常生活 自立支援事業シンポジウム『 JR東 海の列車事故半」
決
がもたらすもの一一介護者の支援を考える』
」において筆者が行 った講演
の原稿 を、当日の質疑応答をふ まえて大幅 に加筆修正 したものである。
当日の講演に際 して諸準備をして下さった特定非営利活動法人東濃後見
"紛 争 における法的対話の重要性を説 く見解 として、大澤恒夫『法的対話論――「法
と対話の専門家Jを めざして』(信 山社、2004年 )。
- 74 (533)一
認知症高齢者の列車事故と
不法行為難 ・成年後見制度のあり
方―「」R東 梅列車事故第一審判測 がもたら
すもの一
セ ンター のみ なさま、 当 日貴 重 な ご意見 をい ただい たシンポジス トのみ
なさま、会 場 の内外で質問をお寄せ下 さったみ なさま、 また、仲介 の労
をお とりい ただい た熊田均弁護 士
(日
本弁護士連合会 高齢者・ 障害者 の
権利 に関す る委員長 )に 、 この場 を借 りて厚 く御ネし申 し上 げる次第であ
る。
なお、本稿は、日本学術振興会科学研究費助成事業・基盤研究(B)プ
ロジェク ト「介護 と在宅医療 における倫理的・法的問題の検討」(課 題番
号24320005/代 表 :松 田純・静岡大学人文社会科学部教授 〔
研究分担者
宮下修一ほか〕
)の 研究成果の一部である。
-75(532)一
: