論文内容の要旨および審査結果

おか
ゆうすけ
氏名(本籍)
学 位 の 種 類
岡
博
裕輔(埼玉県)
士(薬学)
学 位 記 番 号
論博第 333 号
学位授与の日付
平成 26 年 7 月 16 日
学位授与の要件
学位規則第 4 条第 2 項該当
学位論文題目
関節リウマチ治療薬の開発を目的とした PI3Kγ 阻害物質の創薬研
究
論文審査委員
(主査)
教授
松本
隆司
教授
横松
力
教授
三浦
剛
教授
林
良雄
論文内容の要旨
本論文は新規関節リウマチ治療薬の開発を目的とした, 経口投与可能な低分子
PI3Kγ 阻害物質の創薬研究に関するものである.
関節リウマチは, 主に手足の関節が自己の免疫に異物と認識され, 免疫応答により
関節痛, 関節の変形が生じる慢性炎症性自己免疫疾患である. 関節リウマチに対する
薬物療法としては, ステロイド, 非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs), 疾患修飾性抗リ
ウマチ薬 (DMARDs), 生物学的製剤を用いる方法等があるが, 臨床で使用される抗リ
ウマチ薬には消化性潰瘍, 骨粗鬆症, 感染症などの副作用がある. また, 臨床で積極的
な使用が推奨されている DMARDs の有効率は 50-60%に留まり, さらに DMARDs 全
般で, 長期間の使用により薬剤が徐々に効かなくなる現象が確認されている. これら
を含め, いずれの薬物療法にも有効性, 安全性の面で種々の課題が残って いることか
ら, 既存薬と異なる作用機序に基づいた抗リウマチ薬の開発が望まれている.
ホスファチジルイノシトール 3-キナーゼ (PI3Ks) は, ホスファチジルイノシトール
(PI) の 3 位のヒドロキシ基をリン酸化する酵素である. PI3Ks の中で, ホスファチジル
イノシトール-4,5-ジリン酸 (PIP2) からホスファチジルイノシトール-3,4,5-トリリン酸
(PIP3) を生じるリン酸化反応に関与するクラス I の PI3Ks は, 生成した PIP3 が細胞内
シグナル伝達のセカンドメッセンジャーであることから, 細胞の成長・分化・遊走等の
生物学的プロセスに重要である. さらに, クラス I の PI3Ks には 4 つのサブタイプが存
在し, 中でも, PI3Kγ はケモカインシグナルおよび T 細胞の活性化などの免疫系の機能
に深く関与している. そのため, T 細胞の活性化による自己免疫疾患である関節リウマ
チにおいて, 特に重要な酵素であると考えられている. また, PI3Kγ 欠損マウスでは関
節炎が改善されるのみならず, 骨・軟骨の破壊も抑制されることが報告されている. し
たがって, 経口投与可能な低分子 PI3Kγ 阻害剤は, 既存薬と作用機序が異なり, かつ他
剤では進行を抑制しにくい関節組織破壊の制御も可能とする画期的な新規関節リウマ
チ治療薬になると期待される.
本論第一章では, ハイスループットスクリーニング (HTS) により得られたヒット化
合物 1 から, 新規 2-アミノ-5-オキサゾリルチアゾール誘導体 2 を創出した経緯, オキ
サゾール環の 2 位置換基の最適化およびその構造活性相関について 述べた. すなわち,
まず, タンパク質構造データベース (PDB) に登録された PI3Kγ 阻害剤と PI3Kγ タンパ
クの複合体 X 線共結晶構造情報を利用して, ヒット化合物 1 と PI3Kγ との結合を予測
し, ファーマコフォアを抽出した. その後, 活性への寄与が小さいと推察された分子中
央のチアゾール環を別のヘテロ芳香環に変換し, 新規性と PI3Kγ 阻害活性を併せもつ
化合物への展開を図った結果, オキサゾール環をもつ新規リード化合物 2 を見出した
(PI3Kγ IC50 = 12 nM). しかし, 2 は細胞系では阻害作用を示さないことが判明した (Akt
IC50 > 10,000 nM). 酵素系と細胞系での阻害活性の乖離は, カルボン酸部位の存在のた
めに膜透過性が低いことに起因するものと考えられた. そこで, その改善を目指して
誘導体を合成し, 細胞系でも阻害活性を有する化合物 3 (PI3Kγ IC 50 = 3 nM, Akt IC 50 =
59 nM) を見出した. しかし, 化合物 3 は水への溶解度が低く, その改善が課題となっ
た. そこで, オキサゾール環の 2 位に脂肪族側鎖を導入し, 芳香環数を減らして平面性
を緩和したところ, in vitro 薬理活性を維持し, 水への溶解性が改善された化合物 4 を得
ることに成功した (Figure 1). しかし, 4 の脱アセチル体 4’が変異原性をもつことが判
明し, その回避が新たな課題となった.
Figure 1. Structural modification of HTS hit compound 1 (chapter 1).
本論第二章では, 第一章で述べた変異原性を回避するためのドラッグデザイン, 2-ア
ミノ-5-オキサジアゾリルチアゾール誘導体 5 が新規リード化合物として見出された経
緯, このリード化合物の 3 位置換基の最適化およびその構造活性相関について述べた.
上述の変異原性は, チアゾール 2 位のアミノ基が, 水酸化酵素である CYP によって代
謝を受けることに起因するものと推察された. そこで, アミノ基の酸化電位を低下さ
せて CYP による酸化を妨げることを意図し, オキサゾール環を π-電子欠乏型のへテロ
芳香環であるオキサジアゾール環に変換した. その結果, 得られた化合物 5 は PI3Kγ に
対して良好な阻害活性を示し, かつ期待通り, 脱アセチル体 5’の Ames 試験結果は陰性
であった (Figure 2).
Figure 2. Drug design based on the mutagenic mechanism (chapter 2).
Figure 3. Structural modification (chapter 2).
さらに, 前章の 2-アミノ-5-オキサゾリルチアゾール誘導体の構造活性相関情報を活
用し, 5 を新規リードとした各種誘導体を合成し, 酵素系でも細胞系でも活性に優れた
化合物 6, 7 および 8 を創出した (Figure 3). それらの代謝安定性, ラットの血漿中薬物
暴露量を調べ, in vitro プロファイルおよび薬物動態学的特性を勘案することにより, 8
を in vivo 薬効試験に供する化合物として選抜した. リウマチ関節炎モデルとして知ら
れるマウスコラーゲン誘発関節炎モデルでの薬効試験の結果, この新規 PI3Kγ 阻害剤 8
(TASP0415914) が経口投与で用量依存的に炎症スコアを改善することが明らかとなっ
た.
本論第三章では, 新規 2-スルファニルオキサゾール合成法の開発およびその基質一
般性について述べた. 化合物 11 は, オキサゾール環の 2 位に種々のヘテロ置換基をも
つ各種誘導体を合成するにあたり不可欠な中間体であった. 新たに見出した合成法は,
既存の方法と比べて工程数が少なく, 収率も高い. また, 毒性の強い硫化水素を発生し
ないため, より安全である. さらに基質一般性の検討から, 本反応は基質である β-ケト
アジドの電子的な効果が収率に影響を与えるが, 脂肪族および芳香族の置換基をもつ
種々の β-ケトアジドに広く適用可能であることを明らかとした (Figure 4).
Figure 4. Novel and convenient synthesis of 2-sulfanyloxazole 11 (chapter 3).
以上, HTS ヒット化合物から構造最適化を実施し, 新規性, 細胞系での活性, 溶解性,
変異原性, 代謝安定性の各項目を改善し, 新規 PI3Kγ 阻害剤 8 (TASP0415914) を創出
した. また, TASP0415914 がマウスコラーゲン誘発関節炎モデルにおいて 30 mg/kg か
ら有意な炎症抑制効果を示すことを明らかとした. これらの成果は, 今後の PI3Kγ 阻
害剤の創薬研究に数多くの有用な新知見をもたらすことが期待される .
【研究結果の掲載誌】
1. Oka, Y.; Yabuuchi, T.; Fujii, Y.; Ohtake, H.; Wakahara, S.; Matsumoto, K.; Endo, M.;
Tamura, Y.; Sekiguchi, Y. Bioorg. Med. Chem. Lett. 2012, 22, 7534–7538.
2.
Oka, Y.; Yabuuchi, T.; Oi, T; Kuroda, S.; Fujii, Y.; Ohtake, H.; Inoue, T.; Wakahara, S.;
Kimura, K.; Fujita, K.; Endo, M.; Taguchi, K.; Sekiguchi, Y. Bioorg. Med. Chem. 2013,
21, 7578–7583.
3.
Oka, Y.; Yabuuchi, T.; Sekiguchi, Y. Heterocycles 2013, 87, 1881–1887.
論文審査の結果の要旨
岡裕輔氏の学位申請論文は,従来の抗リウマチ薬の有効性および安全性上の問題を解決する,
新たな治療薬となることが期待されている PI3Kγ選択的阻害物質の開発を目指した創薬研究に
ついて述べたものである。
第 一 章 で は ,
high-throughput
screening
に よ り 得 た ヒ ッ ト 化 合 物
3-((2'-acetamido-4'-methyl-[4,5'-bithiazol]-2-yl)amino)benzoic acid から, リード化合物とな
る N-(5-(2-( tert -butyl)oxazol-4-yl)-4-methylthiazol-2-yl)acetamide を見出すまでの経緯に
つ い て 述 べ て い る 。 す な わ ち , 既 報 の PI3K γ 阻 害 物 質 の 中 に 上 記 ヒ ッ ト 化 合 物 と 同 様 の
2-amino-4-methylthiazol-2-yl 構造を含むものが複数存在することに着目し,その構造情報を
利用して,PI3Kγの ATP binding site への結合様式を予測している。そして,上記ヒット化合物
の三環性分子の中央部に位置する thiaozole 構造は活性発現への寄与が小さいものと推察して
合成展開を行い,thiaozole 構造を oxazole 構造へと置き換えた化合物が良好な PI3Kγ阻害活
性(IC 50 = 12 nM)を示すことを見出した。この化合物は膜透過性が低く,Akt のリン酸化を指標と
した細胞系での評価では,有意な活性を示さないことが明らかになったが,さらなる合成展開の結
果 , oxazole 部 位 に 結 合 し た benzoate 構 造 を 脂 肪 族 側 鎖 に 替 え た 化 合 物
N-(5-(2-(tert -butyl)oxazol-4-yl)-4-methylthiazol-2-yl)acetamide においては,脂溶性の増
加により膜透過性が改善され,また,分子全体の平面性が減少することにより水溶性が向上し,酵
素系および細胞系での阻害活性がともに良好であることを見出した(PI3Kg 阻害活性: IC 50 = 3
nM,Akt 阻害活性: IC 50 = 113 nM)。
第 二 章 で は , 上 記 リ ー ド 化 合 物 の 変 異 原 性 の リ ス ク を 克 服 し た
N-(5-(3-(3-hydroxypiperidin-1-yl)-1,2,4-oxadiazol-5-yl)-4-methylthiazol-2-yl)
acetamide(TASP0415914)を創出すまでの経緯,および,その in vivo 薬効試験の結果につい
て述べている。すなわち,上記リード化合物を加水分解して生じる脱アセチル体が変異原性をもつ
ことが明らかになったが,これは,アミノ基の酸化を経て生成するニトレニウムイオンが DNA と不可
逆的に反応することによると推定されたため,アミノ基の酸化電位を下げるアプローチをとることとし
た。さらに,合成した種々の誘導 体の活性を解析し,活性発現に必須な構造であると推定される
2-acetamido-4-methylthiazole 構造を変えることなく,二つのヘテロ芳香環を介した電子求引性
共鳴効果により,酸化電位だけを低下させるという意図のもと,oxazole 環をπ電子欠損型のヘテ
ロ 芳 香 環 に 置 き 換 え る 方 針 を と っ た 。 そ の 結 果 , oxazole を oxadiazole に 置 き 換 え た
N-(5-(3-(tert -butyl)-1,2,4-oxadiazol-5-yl)-4-methylthiazol
-2-yl)acetamide は活性を保ち,かつ,その脱アセチル体も変異原性を示さないことを見出した。
さらに,その側鎖構造の異なる種々の誘導体を合成することにより,3-ヒドロキシピペリジル基の置
換した化合物(TASP0415914)が代謝安定性および薬物動態特性にも優れていることを見出した。
PI3Kγ選択性については未だ十分なレベルにはないが,この化合物についてマウスコラーゲン誘
発関節炎モデルを用いた薬効試験を行ない,30 mg/kg の経口投与から用量依存的に炎症作用
を抑制することを明らかにした。
第三章では,N -(5-(2-sulfanyloxazol-4-yl)-4-methylthiazol-2-yl)acetamide の新規合成法
について述べている。この化合物は,oxazole 構造の 2 位に種々のヘテロ置換基をもつ各種の
N-(4-methyl-5-(oxazol-4-yl)thiazol-2-yl)acetamide 誘導体を合成する際の共通中間体として,
本研究の遂行上,効率的に供給することが不可欠であった。しかし,従来の合成法は分離困難な
副生成物の生成を伴うこと,および,毒性の強い硫化水素の発生を伴う反応段階を経ることなどの
問題があった。それに対して著者は,これらの課題を解決する新規合成法を開発した。すなわち,
N-(5-(2-azidoacetyl)-4-methylthiazol-2-yl)acetamide に二硫化炭素の共存下でトリフェニル
ホスフィンを作用させると,まず,Staudinger 反応により対応するイミノホスホランが生成し,さらに
二硫化炭素との反応によるイソチオシアナートの生成と分子内環化反応を経て
2-sulfanyloxazole 構造が形成され,目的とする生成物が一挙に収率よく得られることを見出した。
また,この方法が,4 位に種々の置換基をもつ 2-sulfanyloxazole 誘導体の合成に広く応用可能
であることも明らかにした。
以上, 本研究では,high-throughput screening ヒット化合物から構造最適化を実施し,細胞
系 で の 活 性 , 溶 解 性 , 変 異 原 性 , 代 謝 安 定 性 の 各 項 目 を 改 善 し た 新 規 PI3K γ 阻 害 剤
TASP0415914 の創出に成功した。また, TASP0415914 がマウスコラーゲン誘発関節炎モデルに
おいて 30 mg/kg から有意な炎症抑制効果を示すことを明らかにした。これらの成果は,今後の
PI3Kγ阻害薬の創薬研究に有用な多くの新知見をもたらすものであり,また,合成化学分野にお
ける学術的貢献に加えて応用面での有用性も多大である。よって,本論文は博士(薬学)の学位を
授与するに十分値するものと判断する。