10 逆フーリエ変換

10
逆フーリエ変換
フーリエ変換は超関数にアレイを対応させたのだが,逆にアレイに超関数
を対応させる「逆フーリエ変換」を定義していろいろな性質を調べるのがこ
の章の目標である.
10.1
逆フーリエ変換の定義
まず定義から始めよう:
定義 10.1
アレイ a = (an ) ∈ A∞ に対し,
∑
n∈Z
an en を a の逆フーリエ変換とい
ˆ で表す:
い,a
ˆ=
a
∑
an en
(10.1)
n∈Z
後に見るように,この右辺の無限和
∑
an en は「超関数として」収束する
ということになる.その,超関数としての収束,というのは次の意味である:
n∈Z
定義 10.2
(1) 超関数の列 {Fn } が超関数 F に収束するとは,任意の u ∈ C ∞ (T) に
対して
lim Fn (u) = F (u)
n→∞
(10.2)
が成り立つことをいう.
(2) 関数の列 {fn } が超関数として F に収束するとは,対応する超関数
の列 {Ffn } が (1) の意味で F に収束することをいう.
ここで f ∈ C ∞ (T) のときは f のフーリエ変換 fˆ を逆フーリエ変換すると元
にもどること,すなわち
ˆ ∑ ˆ
「fˆ =
f (n)en の右辺が f に関数として一様収束する」
(10.3)
n∈Z
ということが知られている([] 参照.
)この章の一つの目標は (10.3) を一般化
し,(10.1) の右辺の無限和が「超関数として収束する」ということを示すこ
とである.
1
10.2
超関数→アレイ→超関数
この節では,超関数のフーリエ変換として得られるアレイに対しては (10.1)
の右辺が超関数として収束することを示すとともに,超関数にフーリエ変換
を行いさらに逆フーリエ変換を行うと元にもどることを示したい.正確に定
式化すると次の主張である:
定理 10.3
∑
F ∈ D(T) に対して Fˆ (n) = cn とおき,sN = |n|≤N cn en とおくと,
sN は N → ∞ のとき F に超関数として収束する.したがって
ˆ
Fˆ = F
である.
証明] 定義 10.2 の (2) に基づき,sN に対応する超関数 FsN が F に収束する
ことを示したい.まず次の補題を証明しておく.これは後に何度も使われる
ことになる:
補題 10.4
任意のアレイ a = (an )n∈Z に対して,sN =
FsN (u) =
∑
∑
|n|≤N
an en とおくと,
an u
ˆ(−n).
(10.4)
|n|≤N
補題の証明] 左辺を計算していくと
FsN (u) =
=
=
1
2π
1
2π
∫
2π
∫
2π
(
0
∑
|n|≤N
=
(⇐ 定義 (6.3) より)
sN (x)u(x)dx
0
∑
∑
an en (x))u(x)dx
(⇐ sN の定義)
|n|≤N
1
an
2π
∫
2π
en (x)u(x)dx
(⇐ 積分の線形性)
0
(⇐ 普通のフーリエ変換の定義 (8.3))
an u
ˆ(−n)
|n|≤N
となって右辺に等しくなり,補題が証明された.
2
さて,定理 10.3 の証明にもどり,任意の u ∈ C ∞ (T) を取って FsN (u) を計
算していく:
FsN (u)
∑
=
cn u
ˆ(−n)
(⇐ 補題 10.4 の an として cn を取った)
Fˆ (n)ˆ
u(−n)
(⇐ cn の定義)
F (e−n )ˆ
u(−n)
(⇐ 超関数のフーリエ変換の定義)
|n|≤N
∑
=
|n|≤N
∑
=
|n|≤N
= F(
∑
u
ˆ(−n)e−n )
(⇐ F の線形性)
u
ˆ(n)en )
(⇐ −n を n で置き換えた)
|n|≤N
= F(
∑
|n|≤N
∑
u
ˆ(n)en は u に一様収束するのであった
(⇐(10.3)) から,そのあらゆる微分も一様収束し,したがって C ∞ (T) の意味
∑
ˆ(n)en ) は F (u) に
で収束する.よって超関数 F の連続性により F ( |n|≤N u
収束する.したがって FsN (u) が F (u) に収束することがわかり,定理が証明
そしてこの最後の式の中身
|n|≤N
された.
例 10.1. デルタ関数の無限和表示.
定理 10.3 から
δ1 =
∑
en
n∈Z
であることがわかる.なぜなら例 9.1 で見たように
δb1 = 1
(10.5)
であり,定義 10.1 によって
b=
1
∑
en
n∈Z
したがって
δ1
b
= δb1
(⇐ 定理 10.3 より)
b
= 1
∑
=
en
(⇐ (10.5) より)
(⇐ (10.6) より)
n∈Z
となるからである.
3
(10.6)
10.3
アレイ→超関数→アレイ
こんどは,アレイからスタートして逆フーリエ変換し,さらにそれをフー
リエ変換すると元にもどる,ということをみていこう.次の命題が大事な役
割を果たす:
命題 10.5
整数 m に対し,二つのアレイ a, b について a ∈ Am ,b ∈ A−m−2 が成
∑
り立っているとき,cN = |n|≤N an bn で定義される数列 {cN } は絶対
収束する.
証明] 定義 9.2 により,a ∈ Am とは,ある正の整数 n1 と,ある正の定数 B1
に対して
|n| ≥ n1 ならば |an | ≤ B1 |n|m
(10.7)
が成り立つということであった.同様にアレイ b についても,ある正の整数
n2 と,ある正の定数 B2 に対して
|n| ≥ n2 ならば |bn | ≤ B2 |n|−m−2
(10.8)
が成り立っている.したがって n0 = max(n1 , n2 ),B0 = max(B1 , B2 ) とお
けば,|n| ≥ n0 をみたす n に対してつねに
|an | ≤ B0 |n|m かつ |bn | ≤ B0 |n|−m−2
が成り立っている.したがって
∑
∑
|
an b n | ≤
|an ||bn |
|n|≤N
(⇐ Σの性質)
|n|≤N
=
=
∑
=
∑
|an ||bn | +
|an ||bn |
|n|≤n0 −1
n0 ≤|n|≤N
∑
∑
|n|≤n0 −1
∑
(10.9)
|an ||bn | +
(⇐ Σを分けた)
B0 |n|m · B0 |n|−m−2
n0 ≤|n|≤N
|an ||bn | + B02
|n|≤n0 −1
(⇐ (10.9) より)
∑
|n|−2
n0 ≤|n|≤N
(⇐ 定数を外に出してまとめた)
∑
∑
∑
ところがこの右辺の第 2 項の和について,
|n|−2 ≤
|n|−2 = 2
n−2
n0 ≤|n|≤N
1≤|n|≤N
∑
−2
であり,
n は有限の値に収束することが知られているから(⇐[] 参照),
1≤n≤N
n≥1
4
上の計算より cN =
∑
|n|≤N
an bn で定義される数列 {cN } は絶対収束するこ
とが示されたことになる.
注意 本質的な違いはないが,上の命題の結論を
「cN =
∑
|n|≤N
an b−n で定義される数列 {cN } は絶対収束する.
」
に変えても正しい.それはアレイ b = (bn )n∈Z の位数と,正負を逆転したア
レイ b = (b−n )n∈Z の位数は等しいからである.このことは次の命題の証明
で使われる.
命題 10.5 から次の重要な命題が得られる:
命題 10.6
位数 m のアレイ a ∈ Am と,任意の u ∈ C ∞ (T) に対し,
cN =
∑
an u
ˆ(−n)
(10.10)
|n|≤N
で定義される数列 {cN } は絶対収束する.
証明] 系 9.7 より,u
ˆ ∈ A−∞ = ∩n∈Z An ,すなわち u
ˆ は任意の整数 n に対し
て An に属しており,特に u
ˆ ∈ A−m−2 が成り立つ.したがって,命題 10.4
のアレイ b として u
ˆ を取ることができ,上の注意によって証明が終わるので
ある.
∑
|n|≤N
an u
ˆ(−n) の極限値を F (u) とお
lim cN = F (u).
(10.11)
この命題 10.6 によって定まる cN =
こう:
N →∞
言い換えれば
∑
an u
ˆ(−n) = F (u).
(10.12)
n∈Z
が成り立っている.したがって,任意の u ∈ C ∞ (T) に対して,この極限値
として一つの複素数 F (u) が定まるという意味で,C ∞ (T) から C への写像
F を与えていることになる.そしてこの F : C ∞ (T) → C が超関数であるこ
とを示していくのがここからの流れとなる.
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F の線形性: まず
sN =
∑
an e n
|n|≤N
とおくと,
FsN (u) =
∑
an u
ˆ(−n)
(⇐ 補題 10.4 より)
|n|≤N
(⇐ cN の定義より)
= cN
が成り立っている.したがって (10.11) より,任意の u ∈ C ∞ (T) に対して,
F (u) は
lim FsN (u) = F (u)
(10.13)
N →∞
で定義されている,と言い換えられる.これを利用して F (u + v) (u, v ∈
C ∞ (T)) を計算していくと
F (u + v) =
=
=
=
lim FsN (u + v)
(⇐ (10.13) より)
lim (FsN (u) + FsN (v))
(⇐ FsN の線形性)
N →∞
N →∞
lim FsN (u) + lim FsN (v) (⇐ lim の線形性)
N →∞
N →∞
(⇐ (10.13) より)
F (u) + F (v)
というように等式 F (u + v) = F (u) + F (v) が示され,定数 c ∈ C に対する
等式 F (cu) = cF (u) も同様に示されるから(⇐ 章末問題参照),F の線形性
が証明された.
F の連続性: 次の命題がキーポイントとなる.この命題自身はその証明からわかるように,
すでに見てきた事実からすぐ出ることではある:
命題 10.7
任意の非負整数 m と,0 でない整数 n に対して,任意の u ∈ C ∞ (T) に
ついて
|ˆ
u(n)| ≤ kDm uk|n|−m .
6
証明] 命題 9.4 より,|ˆ
u(n)| ≤ kuk1 が成り立つが,この右辺についてさらに
kuk1
=
≤
1
2π
1
2π
∫
∫
= kuk
2π
|u(x)|dx
(⇐ kuk1 の定義 (9.4))
kukdx
(⇐ kuk の定義 (5.5))
0
2π
0
1
2π
∫
2π
(⇐ 定数を外に出した)
1dx
0
= kuk
となるから,不等式
|ˆ
u(n)| ≤ kuk
(10.14)
も成り立っていることに注意しよう.したがって
m u(n)|
[
|n|m |ˆ
u(n)| = |D
≤ kDm uk
(⇐ 等式 (9.9) で f = u として絶対値を取った)
(⇐ (10.14) を Dm u に適用)
この両辺を |n|m で割って命題の主張が得られる.
これを活用して,F の連続性を示していこう.与えられたアレイ a は位数 m
以下と仮定されている.すなわち,ある正の整数 N と,正の定数 B が存在
して
|n| ≥ N ならば |an | ≤ B|n|m
(10.15)
が成り立っていることを頭に入れておこう.そこで,0 でない 任意の u ∈
7
C ∞ (T) に対して次のように計算していく:
∑
|F (u)| = |
an u
ˆ(−n)|
n∈Z
∑
= |
∑
an u
ˆ(−n) +
|n|<N
∑
an u
ˆ(−n)| + |
|n|<N
an u
ˆ(−n)|
|n|≥N
∑
= B0 + |
(⇐ |
an u
ˆ(−n)|
|n|≥N
0
≤ B +
(⇐ Σを分けた)
an u
ˆ(−n)|
|n|≥N
∑
≤ |
(⇐ F (u) の定義 (10.12))
∑
∑
(⇐ 絶対値の性質)
an u
ˆ(−n)| = B 0 とおいた)
|n|<N
|an ||ˆ
u(−n)|
(⇐ 絶対値の性質)
B|n|m |ˆ
u(−n)|
(⇐ (10.15))
|n|≥N
≤ B0 +
∑
|n|≥N
≤ B0 +
∑
B|n|m kDm+2 uk|n|−(m+2) (⇐ 命題 10.7)
|n|≥N
∑
0
≤ B + BkDm+2 uk
|n|−2
(⇐ 定数をΣの外に出した)
|n|≥N
≤ B 0 + B 00 kDm+2 uk
≤ B 0 + B 00
≤ C
max
max
0≤p≤m+2
p
0≤p≤m+2
(⇐ 定数をまとめて B 00 とおいた)
kDp uk
(⇐ max の定義)
kD uk
(⇐ このように定数 C がとれる)
(この最後の不等式が成り立つことは章末問題参照.むずかしい不等式ではな
いが,max0≤p≤m+2 kDp uk ≥ kuk であり,仮定によって u 6= 0 であるから,
kuk > 0 が成り立っている,というのが微妙なところである.
)
これを利用して F の連続性を示そう.すなわち
「C ∞ (T) において uk → u ならば F (uk ) → F (u) である」
ということを示すのであるが,uk − u が 0 でなければ
|F (uk ) − F (u)| =
|F (uk − u)|
≤
C
=
C
(⇐ F の線形性)
max
kDp (uk − u)k
max
kDp (uk ) − D(u)k (⇐ Dp の線形性)
0≤p≤m+2
0≤p≤m+2
(⇐ 上で得られた不等式)
が成り立つし,uk − u = 0 であればもちろん F の線形性より
|F (uk ) − F (u)| = |F (0)| = 0
が成り立つ.したがっていずれにしても k → ∞ のとき |F (uk ) − F (u)| → 0
であることがわかり,F の連続性がついに示された. さていよいよこの節
の目標とする「アレイ→超関数→アレイ」という対応が元にもどる,という
課題の解決のときである:
8
定理 10.8
ˆˆ = a が成り立つ.
アレイ a ∈ A∞ に対して,a
ˆ とおく.目標は,アレイとして Fˆ = a が
証明] a の位数を m とし,F = a
成り立つこと,すなわち任意の n ∈ Z に対して Fˆ (n) = an を示すことにな
る.フーリエ変換の定義によって
Fˆ (n) = F (e−n )
(10.16)
であり,さらに F の定義 (10.13) によって
lim FsN (e−n ) = F (e−n )
(10.17)
N →∞
であることを思い出しておく.ここに sN =
∑
|k|≤N
ak ek である.そこで
N ≥ |n| のときに (10.17) の左辺の数列の各項を計算すると
FsN (e−n )
=
=
=
1
2π
1
2π
∫
sN (x)e−n (x)dx
0
∫
2π
0
∑
|k|≤N
= an
2π
∑
ak ek (x)e−n (x)dx
(⇐ FsN の定義より)
(⇐ sN の定義より)
|k|≤N
ak
1
2π
∫
2π
ek (x)e−n (x)dx
(⇐ 積分の線形性)
0
(⇐ 指標の直交関係式.第 8 章練習問題 3 参照)
この両辺の N → ∞ のときの極限を取ると,(10.17) より F (e−n ) = an ,そ
してこの左辺が (10.16) より Fˆ (n) に等しいから Fˆ (n) = an となり,定理が
証明された.
定理 10.3 と定理 10.8 をまとめて,ついに次の目標が達成されたのである:
定理 10.9
フーリエ変換 D(T) → A∞ と逆フーリエ変換 A∞ → D(T) は互いに逆
写像である.
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第 10 章 練習問題
1. 正の数 B 0 , B”, x0 に対し,不等式 B 0 + B”x0 ≤ Cx0 が成り立つような正
の定数 C が存在することを証明せよ.
2. 10.3 節の式 (10.13) で定義された F が,任意の定数 c ∈ C と任意の関数
u ∈ C ∞ (T) に対して F (cu) = cF (u) をみたすことを示せ.
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