みずほインサイト 米 州 2015 年 1 月 14 日 緩和が進む米銀の貸出基準 欧米調査部ニューヨーク事務所 当局は銀行の過度なリスクテイクを懸念 +1-212-282-3532 服部直樹 [email protected] ○ 米国通貨監督庁の調査では、米銀の貸出基準が2年連続で緩和したことが明らかに。とりわけ、企 業向けの貸出基準は足元で緩和傾向が強まった格好 ○ 実際、米銀の貸出残高は増加ペースが加速。内訳をみると、商工業ローンや消費者信用の増勢拡大 が全体を押し上げ ○ こうした金融仲介機能の回復は、景気拡大に対する信用面の障害が消えつつあることを示唆するが、 一方で貸出リスクも上昇。行き過ぎた信用拡大は次のバブルの芽となるだけに、当局も動向を注視 1.銀行貸出基準の緩和が鮮明に 米国では、住宅バブルの崩壊をきっかけとした金融危機により、銀行の貸出基準が大幅に厳格化し た。その後、景気後退局面が終わっても貸出基準の厳しさは続き、景気回復の足を引っ張る要因とな ってきたが、そうしたバブルの後遺症も足元では相当程度薄らいでいるようだ。 米国の銀行を監督する通貨監督庁(Office of the Comptroller of the Currency, OCC)が2014年 12月に発表した信用引受活動調査(Survey of Credit Underwriting Practices)1では、米銀の貸出 基準が2年連続で前年から緩和したことが明らかになった。 「貸出基準を緩和した」銀行の割合から「貸 出基準を厳格化した」銀行の割合を差し引いて計算される貸出基準DIをみると(図表1)、企業向け、 図表 1 米銀の貸出基準 DI 図表 2 100 (%Pt) 80 100 (%Pt) 80 60 40 20 0 0 ▲40 個人 向け ▲60 ▲20 厳 格 化 ▲40 ▲60 ▲80 ▲80 ▲100 ▲100 03 05 07 09 11 緩 和 40 20 ▲20 レバレッジドローン 60 緩 和 企業向け 米銀の企業向け貸出基準 DI 13 商業用 不動産 ローン 03 (注)「緩和」と「厳格化」の回答率の差。 (資料)OCCより、みずほ総合研究所作成 05 07 09 11 (注)「緩和」と「厳格化」の回答率の差。 (資料)OCCより、みずほ総合研究所作成 1 13 厳 格 化 個人向けともに、2013年に続いて緩和超を示すプラスの値となったことが確認できる。 とりわけ、企業向け貸出基準DIは+29%Ptと2013年(+20%Pt)から上昇し、前回ピークの2006年 (+25%Pt)をも上回る水準となった。内訳をみると、貸出基準を緩和した銀行が34%(2013年:28%) に上った一方、厳格化した銀行は5%(2013年:8%)にとどまり、貸出基準の緩和が足元で鮮明とな った格好だ。貸出の種類別では(前頁図表2)、商業用不動産ローンの貸出基準DIが+31%Ptと2013 年(+7%Pt)から高まり、企業向け貸出全体の基準緩和に寄与した。レバレッジドローン2の貸出基 準DIは+36%Ptと2013年(+56%Pt)から低下したが、水準は依然高く、貸出基準の緩和傾向が続い ていることを示している。また、OCCによれば、前回調査と比べてレバレッジドローンを組成する金融 機関が中小銀行を中心に増加したほか、貸出件数、貸出金額ともに拡大したという3。 個人向け貸出では、自動車ローンなどの間接消費者ローン4が4年連続、クレジットカードローンが3 年連続でプラスの値となり、これらが全体の貸出基準緩和を牽引した。一方で、住宅ローンは▲10% Ptと2013年(▲2%Pt)からマイナス幅が拡大し、貸出基準の厳格化ペースが強まった格好となってい る。その背景には、2014年1月から実施された住宅ローン規制の強化5という特殊要因があるようだ。 貸出基準を厳格化した理由に関する調査項目6をみると、「規制(Regulatory Policies)が影響した」 との回答が5割弱に上っている。 2.銀行貸出残高も増勢加速 こうした銀行貸出基準緩和の効果は、銀行貸出残高の推移にも現れている。図表3は、民間預金金融 機関の貸出残高の伸びをみたものである。2014年に入って、貸出残高の増加ペースが加速しているこ とが確認できる。 貸出残高を種類別にみると(図表4)、商工業向け貸出の伸びが前年比+10%近傍に持ち直したほか、 消費者信用の拡大ペースも同+7%程度と2004年以来の勢いとなり、銀行貸出全体の伸びを押し上げる 図表 3 民間預金金融機関の貸出残高 図表 4 15 (前年比,%) 種類別にみた貸出残高 25 (前年比,%) 商工業 20 10 消費者信用 15 10 5 5 0 0 ▲5 住宅 ▲10 ▲5 ▲15 ▲10 ▲20 00 05 10 00 (注)網掛けは景気後退期。 2010年の会計基準変更によって一部データが 断絶しているため、該当部分を非表示。 (資料)FRBより、みずほ総合研究所作成 02 04 06 08 10 12 (注)消費者信用は2010年の会計基準変更によって データが断絶しているため、該当部分を非表示。 (資料)FRBより、みずほ総合研究所作成 2 14 要因となっている。加えて、貸出残高の規模が最も大きい住宅ローンも、2014年に入って前年比プラ スに転じた。住宅市場は金融危機の震源地であっただけに、住宅ローンは他の貸出に比べて回復が遅 れていたが、ここにきてようやく底打ちした格好だ。 3.景気拡大に対する信用面の障害が消えつつある一方、貸出リスクが上昇 銀行貸出基準の緩和や貸出残高の増加といった金融仲介機能の回復は、景気拡大に対する信用面の 障害が消えつつあることを示唆している。企業では、資金調達環境の改善により、今まで実施するこ とができなかった新たな設備投資などに踏み切りやすくなるとみられる。社債発行による資金調達が 難しく、銀行貸出への依存度が高い中小企業ではなおさらである。また、住宅ローンの借入が容易に なれば、住宅販売件数の増加を通じて住宅着工の回復に弾みがつくだろう。個人の自動車ローンやク レジットカードローンの利用増加により、消費拡大につながる効果もあると考えられる。 ただ、いうまでもなく、行き過ぎた信用拡大は問題である。現時点の家計・企業債務残高はGDP比140% 程度(直近ピーク:169%)と、信用の規模は懸念するほどではない。しかし、一部の貸出でリスクが 高まりつつあることから、信用の質という点では注意が怠れない状況だ。 前述した信用引受活動調査の貸出リスクDI(「リスクが上昇した」銀行の割合-「リスクが低下し た」銀行の割合)をみると(図表5)、企業向け貸出ではレバレッジドローンが+64%Ptと2010年以来 の高水準まで上昇したほか、商業用不動産ローンが+7%Ptと4年ぶりにプラス転化し、足元でリスク が高まっていることを示唆している。加えて、2015年の同見込み値はレバレッジドローンが+68%Pt、 商業用不動産ローンが+30%Ptと更に水準を上げている。こうしたリスク見通し上昇の背景として、 OCCは、貸出基準の緩和や貸出残高の継続的な増加のほか、銀行間の競争の激化や、先行きの金利上昇 による変動金利ローンの返済負担増などを指摘している。 図表 5 米銀の企業向け貸出リスク DI 図表 6 レバレッジドローンの負債/EBIDTA 比率 5.5 (倍) 100 (%Pt) 80 リ ス ク 上 昇 60 40 20 5.0 4.5 0 リ ス ク 低 下 ▲20 ▲40 レバレッジド ローン ▲60 ▲80 商業用不動産 ローン 4.0 3.5 ▲100 3.0 03 05 07 09 11 13 15 97 99 01 03 05 07 09 11 13 (注)2014年は6月30日時点のデータ。 EBITDAは利子・税金・償却費・のれん償却額控除前 利益。 (資料)OCCより、みずほ総合研究所作成 (注)「リスク上昇」と「リスク低下」の回答率の差。 2015年(破線)は見込み値。 (資料)OCCより、みずほ総合研究所作成 3 また、貸出リスクの高まりは、定量的な指標からも確認できる。OCCが昨年12月に公表した半期リス ク見通し(Semiannual Risk Perspective)レポートによれば、レバレッジドローンの負債/EBITDA7比 率は2014年上半期に4.9倍と、前回ピークである2007年以来の高水準に達した(前頁図表6)。同比率 はレバレッジドローン貸出先企業の債務返済能力を表しており、倍率(レバレッジ)が高まるほど返 済負担が重いこと、すなわち、貸出リスクが大きいことを意味する。 同レポートでは、レバレッジドローンの一種であるインスティテューショナルローン8のうち、借り 手の誓約条項(コベナンツ9)を緩和したコベナンツライトローンが60%を超えるシェアを占めたこと も指摘されている(2013年:57%)。コベナンツライトローンは、財務健全性の確保といった本来借 り手に課すべき条件の一部を軽減しているため、当然ながら通常のローンに比べ貸出リスクは高い。 こうした状況についてOCCは、「貸出レバレッジの上昇、貸し手保護の弱まり、リスクの高い借り手の 増加といった条件が重なっていることで、信用リスクが高まり、銀行監督上の懸念が残存している」 との見方を示している。 もちろん、こうしたリスクの高い貸出行動をとる米銀の動きを、監督当局が傍観しているわけでは ない。とりわけ、レバレッジドローンに関しては、既に貸出の健全性維持を目的とした引受ガイドラ イン10が2013年3月に策定されている。ただ、それにもかかわらず貸出リスクが高まっていることから、 監督当局も引き締めを強めている状況だ。実際、2014年10月に連邦準備制度理事会(FRB)が公表した 2015年のストレステストシナリオ11では、高リスク企業向け貸出の危険性を前年に比べて重視する方 針が示された。当該ストレステストに参加する金融機関は、こうした貸出のリスクをどのように評価 するか、またそのリスクにどのように対処するかを明示する必要があり、レバレッジドローンをはじ めとする高リスク企業向け貸出の動向にも少なからず影響を及ぼすと考えられる。 金融仲介機能の回復が、米国の景気を後押しするのは事実である。しかし、一方で行き過ぎた信用 拡大は将来的なバブルの種をまくことにもつながりかねない。実体経済面では、景気拡大ペースの加 速という明るい予測が目立つ2015年だが、金融面では、リスクの監視度合いをもう一段強化すべき年 になるかもしれない。 1 OCC 信用引受活動調査の調査対象期間は 2014 年 6 月 30 日までの 1 年間。調査対象金融機関は資産 30 億ドル以上の 銀行(2014 年は 91 行) 。調査は、OCC の検査官(Examiner)が各行の貸出基準や貸出リスクを評価する形式で実施され る。なお、同様の調査には連邦準備制度理事会(FRB)の Senior Loan Officer Opinion Survey(銀行融資担当者調査) があり、公表頻度(OCC 調査:年次、FRB 調査:四半期) 、回答者(OCC 調査:OCC 検査官、FRB 調査:銀行融資担当者)、 調査項目の詳細などに違いがある。本稿では、リスク判断や、貸出基準緩和・厳格化の理由、レバレッジドローンに関 する調査項目が含まれる点を重視し、OCC 調査を用いた。 2 レバレッジドローンは、シンジケートローンのうち、借り手企業の債務格付けが投機的水準(BB プラス以下) 、もし くは、貸出金利のロンドン銀行間取引金利(LIBOR)に対するスプレッドが 125~150 ベーシスポイント以上となるロー ン。金利は LIBOR に連動する変動金利。通常、借り手は、設備投資額の多い通信・公共セクターの大企業、格付けの低 い中堅企業、レバレッジド・バイ・アウト(LBO)による企業買収を行うプライベート・エクイティ・ファンドなどが 中心となる。 3 前回調査期間(2012 年 7 月 1 日~2013 年 6 月 30 日)と今回調査期間(2013 年 7 月 1 日~2014 年 6 月 30 日)を比較 したもの。 4 4 間接消費者ローン(Indirect Consumer Loan)は、資金の借り手である消費者と貸し手である金融機関の間にディー ラーが介在し、組成手続きを行うローン。自動車ローンの他に、学生ローン、小型船舶ローンなどを含む。 5 2010 年 7 月に成立した Dodd–Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act(ドッド・フランク法)によ って定められた Ability to Repay 及び Qualified Mortgage Standards。借り手の信用履歴の詳細な確認や、借入額の 上限設定(返済額が所得の 43%以下)などを義務付けたもの。最終ルールが 2013 年 1 月 10 日公表、2014 年 1 月 10 日施行。 6 ただし、本調査項目の対象は個人向け貸出全体であり、住宅ローンに限らない。 7 EBITDA は Earnings Before Interests, Taxes, Depreciation and Amortization(利子・税金・償却費・のれん償却 額控除前利益)の略称。企業が創出するキャッシュフロー額を示し、本業の収益力を表す指標として用いられる。 8 インスティテューショナルローンは、レバレッジドローンの中で融資期間が中長期となるタームローンのうち、より 長い返済期間や、追加的スプレッド、複雑な返済条件を設定したタームローン B やタームローン C などの総称。 9 主に、借り手に最低限の財務健全性(一定水準の EBITDA の維持など)を課す財務コベナンツ、新たな借入や担保の 売却などを禁じるネガティブ・コベナンツ、利息・手数料の支払いや保険の加入などを義務付けるアファーマティブ・ コベナンツの 3 種類がある。 10 連邦準備制度理事会(FRB)、連邦預金保険公社(FDIC)、通貨監督庁(OCC)が 2013 年 3 月 22 日に公表した“Interagency Guidance on Leveraged Lending”。2014 年 11 月 7 日には、補足資料である“Frequency Asked Question (FAQ) for Implementing March 2013 Interagency Guidance on Leveraged Lending”が公表された。 11 “2015 Supervisory Scenarios for Annual Stress Tests Required under the Dodd-Frank Act Stress Testing Rules and the Capital Plan Rule”(2014 年 10 月 23 日公表)。 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 5
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