©NSCA JAPAN Volume 15, Number 1, pages 24-29 Key Words[膝前面痛 anterior knee pain |膝蓋大腿関節痛 patellofemoral pain |股関 節外転筋群 hip abductors |股関節外旋筋群 hip external rotators |ランナ , ーズニー runner s knee ] 膝前面痛の予防を目的とした股関節の強化 Targeting the Hips to Help Prevent Anterior Knee Pain Daniel Lorenz, PT, ATC, CSCS Kansas City Chiefs, Kansas City, Missouri 要約 膝前面痛症候群は、年齢、競技レベ ルを問わず、アスリートに多く見ら れる症状である。最近では、治療パ ラダイムが大腿四頭筋中心の筋力ト レーニングから、股関節近位筋群に 重点を置いたものへとシフトしてい る。これは、股関節近位筋群が大腿 骨を機能的に制御しているためであ る。本稿では、関連する解剖学やバ イオメカニクスについて論じ、トレ ーニングおよびリハビリプログラム に適したエクササイズを紹介する。 序論 24 ント異常、足部の異常(偏平足、凹足) 、 活動は伸展の最終30 °の範囲で行われ トレーニングの誤り、トレーニング量 ているため、ここに矛盾が生じている。 の増加、脆弱な力学構造、膝蓋骨のト これらのエクササイズが処方されてき ラッキング異常などは、そのごく一部 たのは、内側広筋の筋力を強化するこ である(1,2,7) 。AKP の治療をめぐって とで、より肥大しやすい外側広筋の張 は、多くの議論がある。AKP を発症し 力に対抗できるようになり、それによ たアスリートには、大腿四頭筋の機能 って大腿骨の滑車溝における膝蓋骨の 向上のために、特に内側広筋を強化す トラッキングが向上するという仮説に るエクササイズが用いられている。リ 基づいてのことである。大腿四頭筋の ハビリテーションプログラムに組み込 筋力不足は確かに問題であるが、AKP まれるものとしては、クワドリセップ は膝とはほとんど関係がなく、アスリ スセッティング、ストレート・レッグ ート、特に女性アスリートには、大腿 レイズ、ショートアーク・ニーエクス 四頭筋を強化する以前に股関節の強化 テンション、シーティッド・ニーエク を行う必要があることを強く主張した ステンションなどがあり、筋力トレー い。AKP は、柔軟性のアンバランスだ ニングにも多くのエクササイズが存在 けでなく、股関節の伸筋群、外転筋群、 膝 前 面 痛(Anterior knee pain : する。シーティッド・ニーエクステン および外旋筋群の筋力不足を反映した AKP)症候群は、アスリート、特に女子 ションはプログラムで最初に実施され 現象なのである。そこで本稿では、ラ ランナーに多い症状である。長時間の ることが多いが、膝蓋大腿関節へのス ンニングなどの機能的活動を行う際に、 座位、階段昇降、しゃがむ動作、およ トレスの大半は、オープンチェーンに 股関節が膝に及ぼす影響について論じ、 び長時間の歩行や走行などに関連して、 おいて30 °屈曲から0°伸展の範囲でか ストレングス&コンディショニング 膝蓋骨周囲や膝蓋骨下部に痛みを訴え かる。膝蓋骨と大腿骨滑車の間にかか (S&C)専門職がAKP 予防プログラムに る。AKP の原因は実に多く、筋力と柔 る圧縮力の大半が、この範囲で発生す 組み込むエクササイズモデルを提供す 軟性のアンバランス、下肢のアライメ る。しかし、ほとんどの大腿四頭筋の る。いかなるAKP 予防プログラムにお January/February 2008•Strength & Conditioning いても、骨盤を制御する体幹の筋力の その名の通り股関節を外転させるが、 大腿骨滑車溝における膝蓋骨のトラッ 重要性が大きな意味合いを持つことも 股関節の屈曲もある程度補助している。 キング能力が低下する。大腿骨と下肢 指摘しておきたい。下肢を最終的に制 股関節伸展では大殿筋が最も重要であ の位置は、列車の線路に似ている。股 御しているのは骨盤である。ただし、本 り、股関節外旋では6つの筋がまとま 関節筋群の筋力が弱いと、 「列車」 (膝蓋 稿の趣旨から外れるため、この問題に って働いている。しかし、これらの筋 骨)に対して良い「線路」を提供できな ついてはこれ以上論じない。 の機能的な活動は、その短縮性活動に い。ランニング動作の反復性を考えた おける機能とは明らかに異なる。実際 場合、制御が不十分な状態が長時間続 筋の機能 にはこれらの筋は、歩行の際に下肢を くと、結果として、AKP の原因となる ほとんどの競技において、股関節の エキセントリックに制御している。か 力学的不全を引き起こす。 筋力がいかに重要であるかは十分に認 かとが着地する(ヒールストライク)際 股関節外転筋力を測定する上で、信 識されている。股関節は、ほとんどの には、股関節の外転筋群が、横断面(水 頼できる方法はまだ確立されていない スポーツ動作における力の源である。股 平面)における大腿の内旋と、前額面に が、S&C 専門職にはいくつかの選択肢 関節では複数の筋が働いており、その おける内転の減速を補助している。こ がある。まず1つ目が、トレンデレン 結果、複数の異なる平面上での動作を れらの筋の短縮性活動による外転要素 ブルクテスト(図1)を用いて、不安定 可能にしている。大腿筋膜張筋、中殿 は、実際には推進局面で機能する。大 な股関節の評価を行う方法である(6) 。 筋、小殿筋などの股関節外転筋群は、 殿筋は、内旋と屈曲をエキセントリッ 片脚で立ち、足を浮かせた方の体側が クに制御している。さらに、腸脛靱帯 上がらない場合(すなわち、反対側の骨 との付着によって、脛骨内旋の減速も 盤が下がって見えれば) 、テストは陽性 行う。股関節外旋筋群も内旋を制御し である。そのほか、Kendall(4)が提案 ている。全体としてこれらの筋は、緩 しているような徒手筋力テストでも、股 衝装置の役割を果たしている。膝の制 関節の外転筋群、特に中殿筋と小殿筋 御が不完全になる原因は、これらの筋 の脆弱性を発見できる。被検者は側臥 が股関節と骨盤を安定できないことに 位になり、下側の股関節と膝をそれぞ ある。具体的には、ヒールストライク れ90 °屈曲させる。テストする脚を外 の際に股関節外転筋群が骨盤を安定で 転させ、小殿筋の場合はニュートラル きないと、着地した脚が内転してしま ポジションにし、中殿筋の場合は軽く う。また、外旋筋群が内旋の減速を補 外旋、伸展させる。検者は、被検者に 助しないと大腿が内旋し、その結果、 この姿勢を保つように伝え、下肢を内 図1 トレンデレンブルクテスト陽性。前 額面における股関節の位置に注目 図2 股関節外転筋群に対するKendall の徒手筋力テスト January/February 2008•Strength & Conditioning 25 図3 26 ステップダウン・エクササイズの適 切な例。大腿骨と脛骨が、「列車」 (膝蓋骨)にとって良い「線路」 (大 腿骨)の位置になっている。骨盤が 水平になっている点に注目 図4 サイドライイング・レッグレイズ 図5 クラムシェル 前方に足を下ろすと、膝蓋大腿部に発 おいても、被験者はアライメントやト 転させるように下向きの力を加える(図 生する圧縮力が大きくなるため、この ラッキングに問題はなかった。また、全 2) 。姿勢を保てなかった場合は、股関 評価法は、側方へ足を下ろす方がより 員がハンドヘルドダイナモメータを用 節の外転筋群が弱いことを示している。 適切である。前方に足を下ろしてAKP いた測定によって、股関節の伸筋群、 股関節を通じて膝の制御能力を評価 が生じると、テストを実施する能力を 外転筋群、および外旋筋群の脆弱性を する場合、ステップダウン・エクササ 制限し、不正確な評価につながる可能 示した。14 週間にわたる治療の結果、 イズが非常に機能的な方法である(図 性がある。逆に、痛みの原因が膝蓋大 2つの事例とも、被験者はAKP の有意 3) 。被検者はステップ台に立ち、テス 腿部にあることが疑われる場合、前方 な改善と筋力の向上を示した。中殿筋 トする脚と反対のかかとを床に下ろす。 へ足を下ろすことで、その事実を確認 の筋力は、各実験でそれぞれ 5 0 %、 膝が内側に入ったり、反対側の骨盤が できる可能性が高い。 90 %向上し、大殿筋はそれぞれ55 %、 回旋したり下がったりする場合は、股 AKP 患者に股関節が重要であること 110 %向上した。機能的には、ステッ 関節の筋力が弱いことを示している。痛 は、複数の研究が証明している。Mascal プダウン・エクササイズにおける運動 みが片側だけに生じている場合、健側 ら(5)は、股関節と体幹のトレーニング 学的な改善がみられた。 と比較することで、原因についてのさ を通じて、AKP の治療を行った2つの らなる手がかりが得られることもある。 事例を報告している。どちらの場合に January/February 2008•Strength & Conditioning また別の研究では、Ireland ら(3)が、 AKP を発症している女性と発症してい 図6 (a)バイシクルの開始。外転した上の脚は、内外旋の中間位にあることに注目 (b)バイシクルの完了。股関節と膝が完全には伸展してい ない点に注目 ない女性(15 名ずつ)における股関節の 外転、伸展、および外旋筋力を比較し た。AKP 群はコントロール群に比べて、 外転筋力が26 %、外旋筋力が36 %低 かった。 股関節強化プログラム 股関節の筋力不足が確実と思われる ことから、より強い筋群の代償作用を 防ぐために、最初は体重がかからない 姿勢でのアイソレーションエクササイ ズが推奨される。その後、早期に、体 重をかけたより機能的なエクササイズ へ漸進しても問題はない。最初に体重 をかけないエクササイズを指示する理 由は、器具を使わず手軽に行えるため、 家庭でのエクササイズに理想的なこと と、特に痛みを発症している場合、膝 を動かさずにエクササイズができるこ との2つである。 図7 クラブウォーク 最初の3種目のエクササイズは、コ ンパウンドまたはトライセット法で、そ ため、60cm 程度で止める。股関節屈筋 れぞれ最高30 レップ行う。第1のエク が働いてしまう場合は、大腿を内旋さ ササイズ (図4) は、サイドライイング・ せるとその影響を小さくできる。アン レッグレイズである。トレーニングす クルウェイトを追加すると、エクササ る脚を45 ∼60cm 程度外転させ、エキ イズを漸増できる。 セントリック局面の最後で筋の緊張を 次のエクササイズ(図5)は、クラム 維持するため、もう一方の脚に触れな シェルである。側臥位をとり、股関節 いようにする。可動域の最後まで完全 を約60 °屈曲させる。トレーニングす に外転させると腰椎が側屈してしまう る脚を20 ∼25cm ほど外旋させる。骨 January/February 2008•Strength & Conditioning 図8 エクスターナルローテーション・ス テップアップ。ステップ台に足を置 いた後、下肢のアライメントを適切 に保ちながらステップアップ動作を 行う。膝が内外に傾く場合は、股関 節の制御が不十分なことを示してい る 27 図9 28 ローテーショナル・シングルレッグ・スクワット。大腿骨の位置は固定し、股関節の(a)内旋と(b)外旋の制御を強化する 盤を回旋させて代償することを防ぐた 紹介する。最初は、図3で示したステ 関節を外旋させてステップに足を乗せ、 め、注意深い観察が必要である。筋の ップダウンが適している。鏡の前で行 その後、残りの足を台に乗せる。この 緊張を維持するため、レップ間に両膝 うと、視覚的なフィードバックを得ら 姿勢では、ステップダウン・エクササ が触れないように指導する。大腿部の れる。膝蓋骨を、常に第二趾の上に位 イズと同様に、外旋筋群が最大限に短 遠位にエラスティックバンドを巻くと 置させるように意識する。このエクサ 縮されるため、姿勢を維持するために 漸増できる。 サイズでAKP が再発する場合は、股関 は外旋筋群を収縮させ、大腿の内旋を 最後のエクササイズのバイシクル(図 節を屈曲させて大殿筋を動員させ、膝 防ぐ必要がある。 6a、6b)は、側臥位で行う。このエ をつま先より前に出さないように指導 ランニングは下肢の回旋の繰り返し クササイズは、自転車を漕ぐ動作に似 する。膝がつま先より前に出ると、膝 であるため、股関節もそのようにトレ ていることから名付けられた。トレー 蓋大腿部の圧縮力が増大する。 ーニングしなければならない。これに ニングする脚の股関節をわずかに外転 次のエクササイズは、クラブウォー 適したエクササイズが、ローテーショ させ、膝と股関節をゆっくりと屈曲、伸 クである(図7) 。エラスティックバン ナル・シングルレッグ・スクワットで 展させる。この間、股関節を内外旋さ ドを両方の足首に巻き、横方向に歩く。 ある(図9a、9b) 。両側にコーンを1 せてはならない。脚の上にジュースの 両膝をロックさせずに、股関節のみ動 つずつ置き、片脚でスクワットしてそ 缶を乗せて、倒さず動かすようにイメ かすよう指導する。代償として、体幹 れぞれのコーンに手を伸ばす。立って ージさせるとよい。缶が倒れるような 側屈または股関節外旋が起こるが、こ いる脚の上で骨盤を回旋させ、回旋の ら、股関節の回旋を制御できていない れはエクササイズの対象を股関節の屈 制御を強化する。スクワットは患側の ということである。 筋に移してしまう。特定の距離を移動 膝をうまく制御できる範囲内にとどめ これらのエクササイズをマスターし したら、開始地点に戻る。第3のエク るよう指導する。 たら、クローズドチェーンのエクササ ササイズは、ローテーショナル・ステ イズへと進む。多くのエクササイズが ップアップである(図8) 。ステップ台 存在するが、ここでは主要な3種目を の横に立ち、トレーニングする脚の股 January/February 2008•Strength & Conditioning 結論 AKP を予防するためには、バイオメ カニクス的評価、ストレッチ、筋力向 上、そして、おそらく矯正に関する評 価までをも含む多面的なアプローチが 必要である。現在の治療基準と強化方 法の傾向は見直さなければならない。大 腿四頭筋の強化を治療の主体とするこ とをやめ、この問題に対する包括的な プログラムの一環として、まずは股関 節を鍛え、そこから大腿四頭筋の強化 へ漸進していく方法にシフトすべきで ある。すでにAKP を発症した場合でも、 股関節はリハビリプログラムを始める のに適した部位である。本稿で取り上 げたエクササイズを導入することで、対 処的なアプローチではなく、より予防 的なアプローチを取ることが可能にな References 1. 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