2015年の経済展望 日本銀行長崎支店長 佐藤聡一

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2015年の経済展望
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2015年の経済展望
日本銀行 長崎支店長 佐 藤 聡 一
昭和62年 3月 東京大学経済学部卒業
4月 日本銀行入行
平成16年 7月 名古屋支店 営業課長
平成18年 7月 金融機構局 企画役
平成19年 7月 システム情報局 企画役
平成21年 7月 預金保険機構 審理役
平成24年 7月 調査統計局 地域経済調査課長
平成26年 5月 長崎支店長
1.はじめに
くなったように、引き続き成長しているもの
の、かつてのような勢いがなくなっています。
新年あけましておめでとうございます。
先進国経済は、ユーロ圏が債務問題などに伴
新しい年を迎えたということで、本稿では、
う調整圧力の影響が残っているため緩慢な動
海外経済情勢を概観したうえで、本年の日本
きとなっていますが、2年続けてのマイナス
経済、長崎県の経済について、昨年までの動
成長を脱したほか、米国が家計部門を中心に
向も踏まえながら、展望したいと思います。
回復してきているため、緩やかな回復基調を
図表1 IMFによる世界経済見通し
2.海外の経済情勢
海外経済は、ここ数年、今年こそは成長率
が高まるという見通しに反し、実際には成長
率が高まらないという状況が続いてきました。
また、地政学的なリスク等にも晒され、やや
不安定な状況が続いているようにも見受けら
れます。こうした中、先進国を中心に、長期
停滞論(secure stagnation)や格差論などが
注目を集めています。
新興国・途上国経済は、リーマンショック
前まで世界経済の拡大をけん引してきました
が、最近はBRICsという言葉をあまり聞かな
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辿っています。これらを併せると、IMFが昨
4−6月同▲6.7%、7−9月同▲1.9%と2
年10月末に公表した世界経済見通しでは、
期続けて減少するなど、大きな振幅を経験し
2014年の世界経済の成長率は3.3%と、2013
ましたが、一昨年からの緩やかな回復の基調
年と変わらない伸びとなる見込みです。
や生産 ‐ 所得 ‐ 支出の前向きの循環のモメ
本年2015年は、昨年10月末時点では、先進
ンタムは維持されたと考えられます。
国、新興国・途上国ともに伸びを高め、3.8%
いわゆるアベノミクスのもとでの量的・質
となる見通しとなっていますが、下振れの要
的金融緩和や財政政策もあって、当初は円高
因も抱えています。米国は家計部門の堅調さ
の是正や株価上昇を背景とするマインド面の
が企業部門に波及する形で3.1%に伸びを高
好転を受けた個人消費や公共投資等が主導す
めるほか、ユーロ圏も1.3%へと持ち直しの
る内需中心の回復でしたが、次第に設備投資
動きが続くなど、先進国では2.3%となる見
や輸出にも緩やかな動きが出てきており、バ
通しですが、欧州の債務問題の展開や低イン
ランスのとれた形となりつつあります。
フレ長期化、米国の回復ペースには留意する
図表2 実質GDPの推移
必要があります。新興国・途上国は、5.0%
に伸びを高める見通しとなっていますが、中
国が成長目標を7.5%前後から7.0%前後へと
引き下げているほか、ロシア等の一部の新興
国では原油価格や国際商品市況の下落、通貨
下落や金融引き締めの影響が懸念され、留意
する必要があります。
こうしたリスク要因はあるものの、現時点
では、先進国が回復を続け、その影響が新興
国にも徐々に波及する形で、緩やかに成長率
を高めていく、というのがメインシナリオで、
今後の展開に注目していきたいと思います。
企業収益が大企業を中心に回復し、雇用・
所得面も緩やかな改善を辿っています。雇用
3.日本経済の動向
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面では人手不足感、設備面でも稼働率が高ま
るなど、経済のマクロ需給ギャップは、0∼
昨年中の日本経済は、4月の消費税率引き
1%の半ばと推計される低い潜在成長率の下
上げ(5%→8%)に伴う駆け込み需要とそ
で、ほぼ均衡しつつあります。賃金・所得面
の後の反動減の影響を受け、実質GDP成長
でも、時間外手当や賞与の増加、期間雇用や
率は1−3月に前期比年率5.8%増加した後、
パート賃金の引き上げに加えて、昨年は大企
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業中心ながらベースアップが十数年振りに復
ラスに働くと考えられます。
活するなどの動きがみられました。
こうした状況の下で、本年の日本経済は、
物価面では、消費者物価(除く生鮮食品)
消費税率引き上げ後の需要面の弱めの動きな
の前年比は、マクロ需給ギャップの改善や輸
ども次第に収束していき、緩やかな回復基調
入物価の上昇の下で、消費税率引き上げの直
を続けるとみられます。個人消費や設備投資
接的な影響を除いたベースでみて、1%台前
といった内需が堅調さを維持するほか、輸出
半まで回復してきました。企業の価格設定ス
も緩やかな増加に向かっていくことから、家
タンスも、コストアップを転嫁する動きや付
計部門、企業部門ともに、所得から支出へと
加価値を高めつつ引き上げる動きがみられる
いう前向きの循環メカニズムを維持するとみ
ようになりました。
られます。潜在成長率を上回る成長を続ける
このようにデフレ基調からの転換は着実に
ことで、マクロ的な需給ギャップの改善傾向
進んでいますが、消費税率引き上げ後の需要
が続き、物価についても再び上昇率を高めて
面の弱めの動きや夏場以降の原油価格の下落
いくと考えられます。
等が物価に対する下押し要因として働き始め
ています。そこで日本銀行では、物価安定目
標として掲げる2%の実現が遅延するリスク
4.長崎県の経済動向
が出てきたため、昨年10月末に量的・質的緩
(2014年の動向)
和の拡大を実施したところです。
昨年の長崎県の経済動向は、消費税率引き
さらに、政府は本年10月に予定されていた
上げに伴う駆け込み需要とその後の反動減等
消費税率引き上げ(8→10%)を1年半延期
の影響を受ける下で、やや踊り場的な様相を
する方針を表明しています。
呈しましたが、全体としては底堅さを維持し、
こうした政策面での対応の動きの影響も
緩やかな回復基調が続く展開となりました。
あってか、日銀短観12月調査における企業の
日本銀行長崎支店が実施した長崎県・企業
景況感は、一部に慎重な動きもみられていま
短期経済観測調査(いわゆる短観)において、
すが、総じて良好な水準が維持されています。
全産業(120社)ベースの業況判断D.I.(「良い」
金融環境は緩和した状態にあり、設備投資は
−「悪い」
、%ポイント)をみると、昨年3
増加する計画となっています。
月に+12と1991年11月以来22年4カ月振りの
輸出も、海外生産の拡大という構造的な抑
水準まで改善しましたが、その後は6月+11、
制要因が働くとはいえ、海外経済の成長率の
9月+5と悪化し、12月に+6と若干持ち直
回復と円安効果を背景に、緩やかながらも増
すなど、プラスの状況で推移しました。
加していくことが見込まれます。原油価格の
以下では製造業、非製造業に分けて、昨年
下落も、時間の経過とともに、経済全体にプ
の動きを振り返りたいと思います。
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図表3 短観 業況判断D.I.(全産業)
(1)製造業
いだことで、そうした懸念は払拭されました。
当地の基幹製造業である造船業では、2年
また、漁船についても、儲かる漁業制度によ
ほど前には、新造船建造の受注が減って船台
る国の補助を受けて、新造船の受注・建造が
やドックが空いてしまうかもしれないという
進んでいます。
“2014年問題”が懸念されていましたが、そ
しかしながら、2∼3年先までの受注残・
の後の円高是正や日本の省エネ・高性能に対
発注残を抱えるようになった夏場以降は、引
する評価の高まりから競争力や需要・船価が
き渡し時期がさらに先となる新規受注に対す
回復し、昨年の春先まで新造船の受注が相次
る模様眺め気分が強まり、やや膠着状況が続
図表4 短観 業況判断D.I.(製造業)
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きました。この間、生産面では為替円高の受
夜景観光の認知度向上、国際クルーズ船の寄
注環境が厳しい時期に低価格で受注した新造
港増加等を背景に堅調に推移しました。さら
船の建造が進められたため、高操業の状況に
に、秋の長崎がんばらんば国体・大会の開催
あるにもかかわらず、金額ベースでみた生産
や2つの世界遺産の登録に向けた機運の高ま
額が低下するという事態が生じました。
りも、プラスの効果をもたらしました。
こうした動向を反映して、短観の製造業の
建設関連では、人手不足や人件費・資材価
業況判断D.I.は、昨年6月には+16とリーマ
格の上昇に伴うコストアップの影響を受けて、
ンショック前の時期にほぼ並ぶ水準にまで改
工事進捗の長期化、採算面での厳しさを訴え
善した後、9月+12、12月+5と悪化を続け
る先が拡がり、入札不調も発生しましたが、
ましたが、プラスの水準を維持しました。
公共投資は高水準で推移しました。
こうした動向を反映して、短観の非製造業
(2)非製造業
の業況判断D.I.は、昨年3月には+16と1991年
非製造業では、当地でも、卸・小売関連、
5月以来22年10カ月振りの水準に改善した後、
住宅関連などが、消費税率引き上げに伴う駆
6月+9、9月ゼロまで悪化しましたが、12
け込み需要とその後の減少の影響を受けまし
月は+6と再びプラスの水準を回復しました。
たが、総じて底堅さを維持しました。
昨年の特徴としては、長崎県内の人手不足
観光面では、夏場の天候不順の影響はあっ
感がさらに強まったこと、設備の過剰感が薄
たものの、ハウステンボスの集客施策の奏功
れ不足感が生じてきたことが挙げられます。
に加え、世界新三大夜景に認定された長崎の
これらは、短観の雇用人員判断D.I.や生産・
図表5 短観 業況判断D.I.(非製造業)
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図表6 短観 雇用人員判断D.I.
図表7 短観 生産・営業用設備判断D.I.
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営業用設備判断D.I.の動きにも反映されてい
(2015年の見通し)
ます。こうした状況の下で、雇用・所得環境
長崎県の経済は、既に大底を脱しており、
が改善し、設備投資も非製造業だけでなく製
人手不足感や設備稼働率の高まりにみられる
造業でも出てくることにつながりました。
ように、地元の経済活動の体温は、企業規模
ただ、短観では捉えられない中小・零細事
間や地域間でのばらつきはありますが、全体
業者の動向、各地域が直面している個別の状
としては温まってきています。景気の緩やか
況には、弱いものや厳しいと感じられるもの
な回復基調も損なわれてはおらず、所得から
が多々あり、目を配っていく必要があります。
支出への前向きの循環が緩やかに続く中で、
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新年を迎えることになります。
を適切に行い、果敢に実行に移されることを
本年10月に予定されていた消費税率引き上
期待しています。
げが1年半延期され、本年の経済に振幅をも
海外需要・輸出は、当地の基幹製造業であ
たらすような大きな内部要因が見当たらなく
る造船、重機、重電等が、最終消費財という
なった状況の下で、緩やかながらも自律的な
よりは資本財・部材等に強みを有しているた
回復基調を続けていけるかどうか、が重要と
め、海外での設備投資やインフラ投資の動向、
なってきます。
貿易取引・物流の動向、高付加価値品・新製
そこで、本年の長崎県の経済が直面する需
品の販売動向の影響を強く受ける傾向があり
要面の動向や供給サイドの状況について、概
ます。為替円安の進行は採算面や受注価格交
観してみたいと思います。
渉面で有利に働きますが、実際の商談・引き
公共投資は、九州新幹線西九州ルートや県
合いの動きがなければ、受注に結び付いてい
庁舎移転などの公共工事があることから、高
きません。従って、本年に海外経済の成長率
水準で推移するとみられます。一方、住宅投
が高まっていくかどうか、グローバル需要の
資は、駆け込み需要の反動減が尾を引く中で、
変化に上手く対応した製品やプラント関連等
次の駆け込み需要に向けての動きが先に延び
の提供ができるかどうか、が鍵を握ることに
たことや価格水準が上がってきたことなどか
なると考えられます。
ら、やや弱めに推移する可能性があります。
生産面では、当地の基幹製造業である造船、
個人消費は、雇用・所得環境の緩やかな改
重機、重電等は、受注してから引き渡すまで
善が続く下で、総じて底堅い動きが続くと予
の期間がかかるという面を持っており、本年
想されます。消費税率引き上げ後にみられて
中に生産が予定されている分の受注残高は既
いる耐久消費財や高額品・サービス等での弱
に確保されているため、基本的には問題あり
めの動きが和らいでいくかどうか、県外から
ません。むしろ低価格で受注した案件の生産
の観光需要が引き続き堅調に推移するか、が
の完了に伴い、金額的に上昇していくことが
ポイントになります。
予想されます。
設備投資は、金融環境が緩和的となってい
この間、為替円安は輸入財・原材料等の上
る下で、中小企業・事業者が維持・更新投資、
昇を通じて企業のコストアップにつながる可
省人化・効率化投資、事業環境の変化に対応
能性がありますが、原油価格の下落は燃料代
した新たな投資に動いてくることが期待され
等の低下を通じて企業・家計部門にプラスに
ます。投資の決定は、企業自身の判断に依る
働くことになると考えられます。
ところが大きいため、地元の企業の方々には、
また、各地域で企業間・企業内の事業統合・
採算性やキャッシュフロー、リスク要因の評
再編の動きがみられていますが、当地におい
価などを踏まえつつ、設備投資の検討・判断
ても、事業を拡大・進出する先もあれば、見
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直す先が出てくる可能性もあります。雇用面
れます。本年が長崎県の経済の未来を形成す
やサプライチェーンに連なる企業への影響が
る上での基盤固めの年になってくれることを
生じる可能性があるため、留意が必要です。
期待したいと思います。
雇用面では、地元の企業活動を支えてきた
熟練者の高齢化と中堅・若手の層の薄さが、
問題となっています。これらも人手不足感を
強める要因となっています。昨年12月の長崎
県の短観でも、全産業の新卒採用計画は2014
年度に6.8%の増加に転じた後、2015年度も
9.0%増加する回答となっています。地域経
済を支える人材の育成・雇用の確保に向けて、
産学官が連携して取り組むことが重要となっ
ています。
こうした状況の中で、本年の長崎県の経済
は、①地域経済の趨勢的な人口減少の問題に
真っ向から向かい合い、対応を迫られる年、
②成長戦略や地方創生に関連する取り組みに
対して、待ちの姿勢ではなく、自ら積極的に
動いていく年、③内外での事業環境や競争環
境が変化する下で、各企業レベルでの適切な
対応が求められる年、になると考えられます。
座して待っていては厳しい状況が予想される
一方、動くことで新たなチャンスを捉えられ
る可能性のある年になるとみられます。
最後に、本年の干支は未(ひつじ)です。
「未」の文字は、未熟、未完というように、
まだ最終的な姿・形に至っていない状態を表
すのに使われるように、日本経済も長崎県の
経済も経済活性化への取り組みは、まだ途半
ばの「未」の状況にあります。その一方で、
「未」の文字は、「未来」というようにも使わ
8
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