Title レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化 - HERMES-IR

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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
小川, 英治
一橋大学研究年報. 商学研究, 36: 45-98
1995-12-27
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://hdl.handle.net/10086/9704
Right
Hitotsubashi University Repository
レジーム変更の可能性と為替バンド制の
為替安定化効果
小川英治
1.序
許容変動幅をもった為替バンド制として1979年に始まった欧州通貨制
度(EMS)は,1980年代後半には通貨調整がほとんど行われず,比較的
よく機能していた.そのため,為替バンド制は為替相場変動を縮小すると
いう固定相場制のメリットと通貨当局の為替相場維持の負担を軽減すると
いう変動相場制のメリットを両方持ち合わせていると評価された.また,
為替バンド制においては,通貨当局が為替バンドの上下限で為替介入を行
えば,為替バンド内において通貨当局が為替介入を行わなくても,投機家
が自己規制して為替相場変動を抑制するというハネームーン効果が作用す
るとKrugman(1991)によって主張された.
しかしながら,1990年7月1日に東西ドイッの経済統合が図られると,
ドイッでは両ドイッの通貨統合による通貨の過剰供給からインフレが懸念
され,通貨当局は金融引き締め政策がとられた.また,両ドイッの経済統
合に伴う財政負担の増加から金利が上昇した.このため,ドイッ以外の
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一橋大学研究年報 商学研究 36
EMS参加国はドイッの高金利政策に追随できないという懸念が支配的と
なっていた.
さらに,1991年末にEC首脳会議で合意されたマーストリヒト条約が
1992年から1993年にかけてEC加盟国で批准作業が進められた.しかし,
1992年6月2日にデンマークでマーストリヒト条約の批准が拒否され,
EMSにかなりの動揺が見られた.さらに,同年9月20日のフランスに
おける国民投票によるマーストリヒト条約の批准が拒否されるかもしれな
いという憶測から,EMSに対して投機の攻撃が加えられた.9月13日に
はイタリア・リラが中心平価の切下げを行った.9月16日には,1990年
10月にEMSの為替相場メカニズム(ERM)に参加したばかりの英ポン
ドがERMより離脱し,翌17日には,イタリア・リラがERMより事実
上離脱した.このように,欧州通貨危機は,EMSを動揺させ,そして後
の欧州通貨統合に多大な影響を及ぼしている。
この欧州通貨危機は1993年に入っても続き.2月と5月にEMS加盟
国の通貨調整が行われた.そして,同年7月に欧州通貨が混乱し,EMS
が再び緊張した.8月2日には,ドイッ・マルクとオランダ・ギルダーと
の為替相場を除き,ERMの許容変動幅を上下225%(スペイン・ペセタ
とポルトガル・エスクードは上下6%)から上下15%へ拡大することと
なった.欧州通貨統合の過程において,EMSの許容変動幅を縮小して,
最終的に固定相場制に達した時点で欧州単一通貨へ移行することが計画さ
1)
れていることから,この許容変動幅の拡大は欧州通貨統合に逆行する動き
としてみなされる.
このように欧州通貨統合に多大の影響を及ぼしている1992年から1993
年にかけての欧州通貨危機は,EMSの通貨調整を引き起こし,そして,
一部の通貨にっいてはERMから離脱させた.さらに,残りの通貨にっい
ても,ERMの許容変動幅を拡大させることになった.このような状況に
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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
おいて,EMSによって採用されている為替バンド制は為替相場変動を縮
小するように機能し得るかを理論的に分析することが本稿の目的である,
すなわち,為替バンド制は維持するが,中心平価を変更するというレジー
ム変更(regime switching)の可能性と為替バンド制を放棄し,変動相
場制へ移行するというレジーム変更の可能性が為替バンド制の為替相場変
動抑制効果にどのような影響をもたらすかを分析する.
為替バンド制に関するこれまでの議論については,先駆的な研究として
2)
Krugman(1991)の研究がある,彼は,為替バンドが信頼されているこ
と,そして,中心平価を変更するという通貨調整の可能性が認識されてい
ないこと,すなわち現行の為替バンド制下での中心平価が民間部門に信頼
されていて,通貨調整が行われる可能性がまったくないことを仮定したう
えで,変動相場制に比較して,為替バンド制が為替相場変動を抑制すると
いうハネームーン効果を理論的に分析した.これは,為替バンドの上下限
に為替相場が達すると通貨当局の為替介入を受けると民間部門が予想する
ことによって,許容変動幅内で通貨当局が為替介入を行わなくとも,投機
家自らが投機を抑制して,為替相場変動を抑制するというものである。
しかしながら,いくっかの実証研究によって通貨調整の確率を考慮する
必要性が示唆された.Flood,Rose and Mathieson(1990)において,通
貨調整の確率を考慮に入れなかったために,EMSにおける為替バンド制
モデルの適合性が悪かったが,Rose and Svensson(1991)は,通貨調
整の確率を考慮に入れることによって,EMSにおける為替バンド制モデ
ルの適合性が改善させることを示した.さらに,Svensson(1992b)は,
為替相場が為替バンドの上下限から離れている時期においても,為替バン
ド制に対する完全な信頼性が棄却されるという結果を得て,為替相場が為
替バンドの上下限から離れているときでも通貨調整の可能性があることを
示した.
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そこで,為替バンド制が完全に信頼されている状況ではなく,現行の為
替バンドの上下限を維持するという通貨当局の信頼性が低い場合に,すな
わち,通貨当局が確率的に通貨調整を行いうる場合に,為替バンド制にお
いてどのようなことが起こるかを理論的に分析したのが,Bertola and
Caballero(1992)である.そこでは,為替バンドの上下限で所与の確率
3)
で繰返し起こる通貨調整が仮定された.一方,Svensson(1991a,1991b,
1992a)は,為替相場が為替バンドの中のどこに位置しようと,通貨調整
がある所与の一定の確率で繰返し行われることを仮定した.
このように,これらの研究では,時間を通じて一定の通貨調整の確率が
仮定されていた.この仮定は,為替相場が許容変動幅の中のどこにあろう
と,通貨調整の確率が一定であることを意味し,現実的ではない.たとえ
ば,為替バンドの中心平価に為替相場がある時の通貨調整の確率と為替バ
ンドの上下限近くに為替相場がある時の通貨調整の確率は異なるであろう.
Bertola and Svensson(1991)は,期待平価切下げ率が外生的に確率
過程に従って時間の経過とともに変化することを想定した.期待平価切下
げ率の確率過程とファンダメンタルズ水準の確率過程とは正相関をもつが,
これらのトレンドは独立に設定されると仮定されている.それに対して,
Collins(1992)は,外貨準備残高と通貨調整との間の関係に焦点を当て
た.特定の将来の時間の範囲内において通貨調整が起こる確率が,その時
間の範囲内で外貨準備残高が臨界水準に最初に達する確率であると仮定し
た.Collinsが想定するように,通貨当局が注意を払うのは外貨準備残高
であることは正しいかもしれない.しかしながら,通貨当局が外国為替市
場で行動を起こす際には,投機の攻撃によって外貨準備残高が通貨当局か
ら吸収されないように監視するにちがいない.
Ogawa(1995)では,通貨調整の確率は,通貨当局が自国通貨の平価
調整を行うであろうという投機家の主観的な確率を意味することに注目し
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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
ている,通貨当局は,外貨準備残高が最低水準を上回るように,投機家の
行動を注視する.そして,投機家の投機の攻撃のために外貨準備が流出し
ないように,通貨当局は最低水準を上回る水準のどこかで自国通貨の平価
調整を行うのが自然であろう.
そこでは,もし変動相場制であれば実現するであろうシャドー変動為替
相場が固定相場に達したときに,合理的な投機家は固定相場制に対して投
機攻撃をかけるというFlood and Garber(1984)による固定相場制崩壊
の研究の中の考え方を,為替バンド制に応用している.そして,為替バン
ド制の中の通貨調整の確率は,そのシャドー変動為替相場と為替バンドの
上下限との差に負の関係をもって変化すると仮定した上で,通貨調整の確
率そしてそれを決定する要因が為替バンド制の為替相場変動に対する抑制
効果に及ぼす影響を分析している.
本稿では,この為替バンド制モデルを利用し,そして,為替バンド制崩
壊の可能性を考慮に入れ,為替バンド制崩壊の確率を明示的にモデルに導
入することによってそのモデルを拡張する.可変的な通貨調整確率を導入
したモデルを利用して,通貨調整の確率が為替バンド制の為替相場変動を
抑制する効果にどのような影響を及ぼすか,そして許容変動幅の拡大が為
替相場変動にどのような影響を及ぼすかを理論的に分析する.次に,通貨
調整の確率とともに為替バンド制崩壊の確率を導入して拡張したモデルを
利用して,為替バンド制崩壊の確率が為替バンド制の為替相場変動を抑制
する効果にどのような影響を及ぼすかを理論的に分析する.さらに,1992
年9月のイタリア・リラと英ポンドのERMからの離脱がその前後の為替
相場変動にどのような影響を及ぼしたかについて,そして,1993年8月
の許容変動幅の拡大によってフランス・フランの為替相場変動にどのよう
な影響を及ぼしたかにっいて,1991年10月から1993年8月までの直物
相場と先物相場の日次データに基づいて,分析を行う.
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本稿の分析から得られる結果は,第一に,為替バンド制の下で許容変動
幅が維持されたまま中心平価が変更されるというレジーム変更の可能性が
ある場合には,為替バンド制は為替相場変動を抑制するよりもむしろ,拡
大することがある.
第二に,為替バンド制それ目体が崩壊し,変動相場制へ移行するという
レジーム変更の可能性がある場合に,変動相場制へ移行するまでに通貨当
局による不胎化されない為替介入がある限り,為替バンド制崩壊の可能性
は為替相場変動を抑制するように作用する可能性がある.この可能性に関
連して,1992年9月のイタリア・リラのERM離脱の場合には,為替バ
ンド制崩壊がその前後の期間の為替相場変動を抑制したようには見えない.
また,英ポンドのERM離脱の場合には,その離脱前において英ポンドの
為替バンド制に対する信頼性が必ずしも一貫して損なわれていたわけでは
ないことが明らかとなる.
第三に,為替バンド制の許容変動幅を拡大すると,特に,為替バンド制
の為替相場変動抑制効果が失われている場合には,為替相場変動を縮小す
るように作用する,1993年8月の為替バンド制の許容変動幅の拡大にお
いては,フランス・フランの変動は縮小していたように見える.
本稿の構成は,次章で,可変的な通貨調整の確率を考慮に入れた為替バ
ンド制モデルを説明する.第3章で,通貨調整の確率と為替バンド制崩壊
の確率の両方を第2章で提示した為替バンド制モデルに導入して,モデル
を拡張する.第4章で,通貨調整の確率と為替バンド制崩壊の確率の両方
が,為替バンド制の為替相場抑制効果に対して及ぼす影響を分析する.第
5章で,これらの通貨調整の確率と為替バンド制崩壊の確率の時間的推移
を想定して,その時間的推移に従って為替バンド制の為替相場抑制効果が
どのように変化していくかを分析する.第6章で,1992年から1993年に
かけての欧州通貨危機における代表的な欧州通貨の為替相場変動について
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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
データに基づいて分析する,第7章は,分析の結果をまとめ,結論とする.
2.為替バンド制モデル
為替バンド制モデルとしてOgawa(1995)で展開されたモデルを利用
する.そして,次章で,為替バンド制崩壊の確率をモデルに導入すること
によって,モデルを拡張する.
モデルは対称的な二国経済を想定し,以下の仮定をする.第一に,二国
経済の規模は同じく,そして両国経済のパラメータはお互いに等しい.第
二に,財市場の需給ギャップは即座に調整され,財価格は伸縮的に変化す
る.したがって,経済は完全雇用状態にあって,国内総生産は完全雇用水
準で所与とする.第三に,両国間で資本移動に関する規制がなく,資本が
国際的に完全に移動する.第四に,危険中立的な投資家を想定して,自国
通貨建ての金融資産と外国通貨建ての金融資産とは完全代替である.第五
に,経済主体の予想形成は合理的期待を仮定し,そしてここで想定してい
る確実性下の世界では,それは完全予見を意味する.
モデルは次のような体系で表すことができる.
(1) %一ρ‘一%一砺+εf
(2) 規‘*一パ=叫*一α∫,*+ε,*
(3) ¢=s‘+パーρガ
E[ds,1φ‘]
(4) 歪,;∫‘*+
漉
但し,常:名目貨幣供給残高の対数,ρ:国内物価水準の対数,μ:実質国
内総生産の対数,露目国通貨建て金融資産の名目利子率,が:外国通貨
建て金融資産の名目利子率,ε:実質貨幣残高需要の撹乱項,ε:名目為替
相場(自国通貨表示の外国通貨の為替相場)の対数,σ:実質為替相場の
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対数,ψ:実質貨幣残高需要の所得弾力性,α:実質貨幣残高需要の利子
半弾力性,E[・卜]条件付き期待値の演算子,φ:情報の集合.変数の右肩
に付された星印(*)はその変数が外国の変数であることを表す.また,
‘は時点を表す.
ここでの体系においては,これらの変数の内,物価水準⑦とρ*)と
名目利子率(ゴと∫*)と為替相場(s)が内生変数であり,名目貨幣供給
残高(規と常*)と国内総生産(馴とず)と実質為替相場(σ)は外生変
数である.
(1)式は,自国の貨幣市場の均衡を意味する.左辺が自国貨幣の実質供
給残高であり,右辺が自国貨幣に対する実質残高需要である.実質貨幣残
高需要は,所得と正の関係があり,利子率と負の関係がある.(2)式は,
外国の貨幣市場の均衡を意味する.同じく,左辺が外国貨幣の実質供給残
高であり,右辺が外国貨幣に対する実質残高需要である.(3)式は,実質
為替相場の定義式である.実質為替相場は,この体系の外にある実物的要
因によって決定されると仮定する.したがって,実質為替相場は所与とさ
れる.(4)式は,カバーなしの金利平価式を意味する.すなわち,カバー
なしの金利裁定の結果,目国通貨建て金融資産の期待収益率と外国通貨建
て金融資産の期待収益率とが均等化する.外国通貨建て金融資産の期待収
益率は外国の名目利子率と期待為替相場変化率を加えたものである.期待
為替相場変化率については,孟時点に保有する情報の集合を利用して合理
的期待を形成すると仮定する.
(1)式から(4)式より,ψ時点の為替相場は次式のように導出される.
E[4s‘1φf]
(5) s冴五+α
4‘
但し,五は,‘時点における為替相場の基礎的な決定要因,すなわちファ
ンダメンタルズ水準を意味する,
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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
(6a) 五≡鵬一規‘*+∂‘
(6b) ”ご≡一ψ(跣噺*)+9rε,+ε‘*
通貨当局による外国為替市場への介入がない場合には,このファンダメ
ンタルズ水準五はブラウン運動過程に従うと仮定する.
(7) 砺=η4護+σ鴫
但し,ηとσは定数である.ろはウィナー過程に従う.ηはドリフトであ
る.ここでは,ファンダメンタルズのトレンド変化率を意味する.また,
自国と外国の実質貨幣残高需要成長率を所与とすれば,ηは自国と外国の
名目貨幣供給のトレンド成長率の差を意味する.
(5)式より,バブル解を排除して,収敏する解を導出すると,‘時点の
為替相場は,期待される将来のファンダメンタルズ水準を割引いた値の合
4)
計となる.
(8) 哉一去∫E[五1五]θ一早4τ
『
もしファンダメンタルズ水準五が常に(7)式によって与えられるなら
ば,次式が導出される.
(9) E[∫,1五]一五+η(τ一孟)
(8)・(9)式より,変動為替相場制下の為替相場が次式の通り決定され
る.
(10) S冴五+αη
このように,為替介入がない場合には,為替相場は現在の基礎的な決定
要因(ファンダメンタルズ水準)とファンダメンタルズの予想トレンド変
化率に依存して,決定される.
通貨当局がファンダメンタルズ水準の変動に対して為替バンド制をとる
と仮定する.為替バンド制とは,ファンダメンタルズ水準が(7)式に従
って変動するにまかせるが,あらかじめ設定された中心平価からあまり大
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きく乖離しないように,上下限を設定して,ファンダメンタルズ水準がそ
の上下限に達したならば,通貨当局が外国為替市場への介入によって制約
をかける。為替介入によって生ずる外貨準備残高の変化は不胎化されず,
貨幣供給残高に反映されると仮定する.
通貨当局による外国為替市場での介入方式を次のように仮定する.通貨
当局は,中心平価0を設定し,その中心平価から上下に1だけの許容変動
幅を設けて,0−1と0+1との水準においてのみ外国為替市場に介入する.
そして,通貨当局は,この為替介入方式をあらかじめ民間に知らせておく.
現行の中心平価は,直近の通貨調整が0時点で行われ,中心平価がらに
設定されているとする.
ファンダメンタルズ水準が為替バンドの上下限に達すると,通貨当局は
次の二つの選択肢をもって,どちらかを選択する.一つの選択肢は,通貨
当局が現行の中心平価(Oo)に為替相場を押し戻すものである.もう一っ
の選択肢は,通貨当局は為替バンド制の許容変動幅は変化させずに,中心
平価を新しい水準(CT)に変更することを宣言し,外国為替市場への介入
によって為替相場をその水準に誘導するものである.民間部門は,通貨当
局がこれらの選択を確率的に行うと考えていると想定する.すなわち,為
替相場が為替バンドの上下限に達すると,通貨当局は,確率1一ρ、で現行
の中心平価を防衛し,確率ρ,で中心平価の通貨調整を行うと仮定する.
為替介入は頻繁に行われないことを想定していることから,為替介入が
行われないときの為替相場の動向を考察することができ,(7)式はファン
ダメンタルズ水準五の局所的な動学を示していると考えられる.
為替相場は,ファンダメンタルズ水準五に従うとともに,確率的な中
心平価o‘にも影響を受ける.伊藤の補題を利用して,期待為替相場変化
率が次式のように導出される.
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レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
(11) E[讐]一ηポ(五;ら)+音鵡;ら)
但し,s’(希Cl)誘に関するs(五;c、)関数の1階の偏導関数,s”(五;c置):五
に関するs(五;Of)関数の2階の偏導関数.
(5)・(11)式より,次式が得られる.
1
(12) s(五;・ε)一五+αηs’(五;・」)+α7σ2ポ’(五;Cf)
(12)式より,次の形の解が導出される,
(13) s(ノ池,)砿+αη+且1θλ1(五}o‘)+A2θλ2媛一‘‘)
但し,
馬≡・+
(14a)
>,
司
ナ
⋮
(14b)
碗
σ
σ
為替相場の上昇によってキャピタルゲインが期待される場合には,合理
的な投機家であれば,その投機の機会を利用するはずである.そのように
して合理的な投機家が全員で投機を行うと,次の時点に実現されると予想
される為替相場が現在時点において実現される(合理的投機の連続性原
理).この合理的投機の連続性原理により,もしあらかじめ為替介入が行
われると予想されていたならば,既に為替介入が投機家の予想に織り込ま
れているために,為替介入が実際に行われたときには,為替相場はジャン
プして変化することはない.したがって,投機家によって通貨当局が通貨
調整を行うと予想されている場合には,通貨当局が通貨調整を行うと予想
されている時点の直前と通貨当局が通貨調整を行うと予想されている時点
の直後では,為替相場は連続的に変化すると期待される.したがって,投
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機家は,為替相場が丁時点に為替相場バンドの上下限に達すると予想し,
そして,通貨当局がρTの確率で通貨調整を行い,1一ρTの確率で通貨調
整を行わず,為替介入のみを行うと予想する.
(15) s(乃一;CT一)一ρTS(が;c塁+)+(1一ρT)s(拶;cダ+)
但し,ρT:投機家が認識する丁時点の通貨調整の主観的確率.T』は通貨
調整が行われると期待される時点の直前を意味し,7’+は通貨調整が行わ
れると期待される時点の直後を意味する.Rの付いた変数は通貨調整が行
なわれた時の変数を意味し,!〉の付いた変数は通貨調整を行なわれなか
った時の変数を意味する.
為替介入が行われる直前では,ファンダメンタルズ水準と中心平価は次
の値である.
{『
ド
方一;Co+∫
OT一=CO
通貨調整が行われて,為替介入が行われた直後には,ファンダメンタル
ズ水準と中心平価は次の値となる。
{
耕;CT
べ
6T+=oT
一方・通貨調整が行われずに,為替介入が行われた直後には,ファンダ
メンタルズ水準と中心平価は次の値となる.
耕−c。
{
び
OT+=CO
このようにして・ファンダメンタルズ水準の想定可能な動きが図1に示さ
れるとおりである.
これらの値を(15)式に代入すると,次式が得られる.
(16)・。+1+αη+ハ1θλ聖1+ハ,2λ2ノーρ(・T+αη)+(1一ρ)(。。+αη)
以下では,単純化のために,ファンダメンタルズ水準は上昇トレンドを
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図1
ノ
‘T
確率:ρT
‘。+1
00
確率:1・,OT
0
T
’捌ε
もっていると仮定する.この仮定より,為替相場バンドの下限は実効的で
はない.したがって,
142=0
とする.
こうして,為替相場は次式のように導出される.
(17) s(五;c、)一五+αη+躍[伍一‘D)
但し,
(18) Al≡ρT(等IQ)一∫
θ
変動為替相場制下において市場で決定される為替相場を示す(10)式と
為替バンド制下において市場で決定される為替相場を示す(17)式を比較
すると,変動相場制下で設定される為替相場は,為替バンド制下の(17)
式に鴎=0を代入したものに対応する.あるいは,それは,(16)式に
5)
ハ1;ん;0を代入したものに対応する.図2は,ファンダメンタルズ水準
と為替相場との関係を示したものである.もし鴎=0ならば,為替バン
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図2
Al>o刈=o
1
s
+ノ
‘o
刈くo
0
/
ド制下の為替相場変動は,変動相場制下の為替相場変動と同じである.も
し祉<0ならば為替バンド制下の為替相場変動は,変動相場制下の為替
相場変動よりも小さく,為替バンド制が為替相場変動を抑制することにな
る.一方,もし鴎>0ならば,為替バンド制下の為替相場変動は,変動
相場制下の為替相場変動よりも大きく,為替バンド制が為替相場変動を刺
激することになる.
(18)式より,、41=0の状況は,丁時点の通貨調整の確率ρTが
∫/(CT−OO)と等しい状況ψT=∫/(OT−CO))に対応する.為替バンド制が
為替相場変動を抑制する状況(鴎<0)は,丁時点の通貨調整の確率ρTが
∫/(OT−CO)より低い状況Φ7く∫/(OT−00))に対応する。それに対して,
為替バンド制が為替相場変動を刺激する状況(踏>0)は,丁時点の通貨
調整の確率ρTが∫/(CT−o。)より高い状況(ρT>//(CT−60))に対応する.
このように,為替相場が為替バンドの上下限に達する時点の通貨調整の通
貨調整の確率に依存して,為替バンド制が為替相場変動を抑制したり,あ
るいは刺激したりする.もし通貨当局が通貨調整を行う確率が低いと投機
家によって主観的に認識されているならば,為替バンド制は為替相場変動
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を抑制することになる.
次に,通貨調整の確率が時間に依存してどのように変化するかをモデル
化する.ここでは,通貨調整の確率がシャドー変動為替相場に比例して時
6)
間を通じて変化すると仮定する.
通貨調整の確率は,通貨当局が自国通貨を調整するであろうという投機
家の主観的確率を意味する.通貨当局は,自らの外貨準備残高がある最低
水準を維持するように投機家の行動を注視し,投機の攻撃に対して防衛し
ている.そして,通貨当局は,投機の攻撃によって生じる外貨準備の流出
を防ぐために,外貨準備残高の最低水準よりも上回る水準で目国通貨を調
整するかもしれない.固定相場制に対する投機の攻撃の場合には,合理的
な投機家であれば,もし変動相場制ならば実現されるであろうシャドー変
7)
動為替相場が固定相場に達したときに外国通貨を購入し始める.したがっ
て,シャドー変動為替相場が為替相場バンドの上限に達するときに,すべ
ての合理的な投機家が為替バンド制に対して投機の攻撃をかけることから,
通貨調整の確率が1となると仮定する.
このように,通貨調整の確率はシャドー変動為替相場と比例して通貨調
整の確率が変化すると仮定する.(10)式より,シャドー変動為替相場は
次式のように表される.
(19) sf;ノ1十αη
通貨調整の確率は,通貨当局がファンダメンタル水準を新しい中心平価水
準に設定した通貨調整の0時点で初期値ρoから始まると仮定する.そし
て,シャドー変動為替相場に比例して通貨調整の確率が漸次的に上昇する.
シャドー変動為替相場が為替バンドの上限に達したσ一αη)/η時点に通貨
調整の確率が1に達する.0時点の初期のシャドー変動為替相場slは,次
式の通り,0時点のファンダメンタルズ水準あとともにファンダメンタル
ズのトレンド変化率と貨幣需要の利子半弾力性の積αηにも依存する.
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一橋大学研究年報 商学研究 36
(19’) s&=あ+αη
したがって,0時点の初期の通貨調整の確率ρoはその積αηの増加関数で
ある.
孟時点の通貨調整の確率ρ、は,直近の通貨調整と次に予想される通貨調
整との間で次式のように変化すると公式化できる.
(20)
ρε一ρ。+(1一ρ。)一η孟
∫一αη
但し,
4ρO(αη) 8)
(21) ρo=ρo(αη); >O
dαη
(20)式を(18)式に代入すると,‘時点の為替相場が得られる.
(17) s(五;6。)一五+αη+命礁『c・)
但し,
(1ぎ) 4≡侮+(1一衡)・禦岡一1
θ
もし初期の通貨調整の確率ρ。が刃(CrCO)より小さいΦ0<ノ/(C、一〇〇))
ならば,。41が負の値から始まる.換言すると,もし初期の予想中心平価
変化率ρo(c‘一Co)が許容変動幅1より小さいψo(orCo)くア)ならば,、41
が負の値から始まる.・41が負の値であると,変動相場制に比較して為替
バンド制下の為替相場変動が抑制される.しかしながら,時間の経過とと
もに,ハ1の値が漸次的に上昇する.そして,浅の値が0となるのは,時
点
∫
(22)
である.
一 『ρ0
∫一αη o,一Co
言=
η 1一ρo
この転換点を過ぎると,、41は正の値に転じて,なおも上昇する.
60
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
謡が正の値となった後は,変動相場制に比較して為替バンド制下の為替
相場変動が拡大されることになる.
他方,初期の通貨調整の確率ρ・が刃(Crc。)に等しいか・これより大
きいψ。≧〃(o、一〇。))ならば,鴻が正の値から始まる.換言すると,も
し初期の予想中心平価変化率ρ。(c、一c。)が許容変動幅∫に等しいか,これ
より大きい(ρ。(C、一〇。)≧ノ)ならば,通貨調整の直後からハ1が正の値か
ら始まる.したがって,通貨調整の直後から,変動相場制に比較して為替
バンド制の為替相場変動の抑制効果はなく,むしろ為替相場変動を拡大す
る.
このモデルを利用することによって,許容変動幅アが変更されると,為
替バンド制が為替相場変動を抑制する効果がどのような影響を受けるかを
分析することができる.許容変動幅1に関する(18)式の偏導関数を導出
して,符号関係を見ると,もし鴎が正であれば,許容変動幅∫に関する
偏導関数は負であることがわかる。
注9の偏導関数より明らかなように,許容変動幅を変化させると・為替
相場変動に対して相殺しあう二つの効果が作用する.許容変動幅を拡大す
ると,それ自体は為替相場が変動し得る幅を拡大することになる。そして,
その意味で為替相場変動を拡大するかもしれない.しかしながら,特に,
予想中心平価変化率が許容変動幅よりも大きい場合には,すなわち,その
ギャップによって投機家が外国通貨を購入するインセンティブが強まって
いる場合には,許容変動幅を拡大することによって,投機家が外国通貨を
購入するインセンティブを弱めることになる.
この二っの効果のどちらが大きいかは,パラメータの値に依存する。も
し鴎が正であることを想定するならば,すなわち,為替バンド制下にお
いて為替相場変動が変動相場制下のそれに比較して大きい場合には・許容
変動幅を拡大することによって為替相場変動を縮小することになる.この
61
一橋大学研究年報 商学研究 36
理由は,許容変動幅が拡大されると,それだけ為替相場が為替バンドの上
下限に達する可能性が小さくなり,投機家が通貨調整の確率が低下すると
認識するからである.
3.為替バンド制崩壊の可能性
本章では,前章で説明した通貨調整の可能性が存在する場合の為替バン
ユの
ド制モデルに,為替バンド制それ目体が崩壊する可能性を導入する.そし
て・崩壊するまでの為替バンド制が崩壊の可能性によって為替相場変動に
どのような影響を及ぼすかを分析する.ここでは,為替バンド制が崩壊し
た後に,通貨当局は為替相場制度を変動相場制へ移行させると想定する.
通貨当局は,為替バンド制を維持したまま,外国為替市場に介入するこ
とによって現行の中心平価に為替相場を押し戻す選択肢や新しい中心平価
に変更する選択肢の他に,外国為替市場に介入した後に為替バンド制を放
棄し,為替相場制を変動相場制へ移行させる選択肢ももつと想定する.
通貨当局は・1一πの確率で為替バンド制を維持する選択肢と,そして,
πの確率で為替バンド制を放棄し,変動相場制へ移行する選択肢をもって
いると仮定する,1一πの確率で為替バンド制を維持した際に,前章の分
析と同様に,1一ρの確率で現行の中心平価を維持する選択肢,そして,ρ
の確率で許容変動幅を維持したまま中心平価を変更する選択肢をもってい
ると仮定する.したがって,通貨当局が現行の中心平価のままで為替バン
ド制を維持する確率は,(1一ρ)(1一π)である.一方,通貨当局が為替バ
ンド制を維持するものの中心平価を変更する確率は,ρ(1一π)である.
通貨当局が為替バンド制を放棄する場合には,通貨当局は為替バンド制
を放棄するまでに為替バンド制を維持することを試みることを想定する.
通貨当局は,為替バンドの上限に為替相場が達すると,為替相場を押し戻
62
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
そうとして,自国通貨建てでγだけの外国通貨売り自国通貨買いの外国為
替市場への介入を行う.その後,通貨当局は為替バンド制を放棄し,外国
為替市場への介入を止めて,為替相場を目由に変動させておく,変動相場
制を採用する.通貨当局は,この為替介入による外貨準備残高の変化を不
胎化せず,貨幣供給量を変化させると仮定する.
図3には,通貨当局のもつ3つの選択肢におけるファンダメンタルズ水
準の想定可能な動向が描かれている.
7だけの不胎化されない為替介入が行われた後に為替バンド制が崩壊し,
変動相場制へ移行する場合には,為替バンド制崩壊後の為替相場sfは次
11)
式に従って変動する.
(23) sf=た7+αη
したがって,為替バンド制崩壊直後には為替相場は次式の水準となる.
(23’) s争+=を7+αη
再び,合理的投機の連続性原理より,通貨当局による為替介入が行われ
ると予想される時点で,合理的投機家によって投機の利益の機会が残らな
いように投機が行われるので,為替相場は不連続に変化するとは予想され
ない.したがって,次式のように,為替相場が為替バンドの上限に達する
直前の為替相場とその直後の為替相場は等しい.
(24)s(乃一;CT一)
一(1一πT){ρTS(が;・獅+(1一ρT)s(拶;cダ+)}+ぴ争・
但し,πT:投機家が認識する丁時点の通貨調整の主観的確率。
為替介入が行われる直前では,ファンダメンタルズ水準と中心平価は次
の値である.
{
乃一=Co+∫
OT一=CO
通貨調整が行われて,為替介入が行われた直後には,ファンダメンタル
63
一橋大学研究年報 商学研究 36
図3
ノ
67・
確率:πT(1一ρT)
‘,+1
率:π7
ε
石淵σ1濠』』
0
T
’加θ
ズ水準と中心平価は次の値となる.
{
癖一CT
ぺ
CT+=OT
一方,通貨調整が行われずに,為替介入が行われた直後には,ファンダ
メンタルズ水準と中心平価は次の値となる.
耕=c。
{
へ
OT+=OO
そして,為替バンド制が崩壊した場合には,その直後の為替相場は
(23’)式となる.これらの値を(24)式に代入すると,次式が得られる.
(25)6。+1+αη+且1〆
=(1一πT){ρ(CT十αη)十(1一ρ)(Co十αη)}十πT(Co十1−7十αη)
したがって,為替相場は次式の通り導出される.
(26) s(五;・。)一五+αη+命λ且晒)
但し,
64
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
(27) 遥≡(1一乃){防(c篇6・)一∫}一叩
2
(27)式より,為替バンド制崩壊の確率πTと為替バンド制の為替相場変
動抑制効果鴻との関係が次の(28)式に整理される.
㈲li§lii≡叢i葺illiilliiii≡ii鰯
為替バンド制が為替相場変動を抑制する効果は,投機の予想純利得が予
想投機規模よりも小さいかどうかに依存する,通貨当局が外国為替市場で
介入し,為替相場が為替バンドの上限を越えないようにその上限を維持し
ている間,投機家は投機の利得を得ることができないことから,後者は,
投機の予想機会費用を意味する.不胎化されない為替投機によって貨幣供
給残高が変化し,そしてファンダメンタルズ水準が変化する.したがって,
為替バンド制から変動相場制へ移行した後のファンダメンタルズ水準を反
映して,為替相場は変動する.
もし投機の予想純利得が投機の予想損失よりも小さいならば,投機家の
投機を抑制することによって為替バンド制は為替相場変動を縮小する.他
方,もし投機の予想純利得が投機の予想損失よりも大きいならば,投機家
ヤ
の投機を刺激することによって為替バンド制は為替相場変動を拡大する.
もし通貨当局が為替介入規模を増大するならば,為替相場変動はさらに縮
小する.為替介入規模の増大は,それによって実現されるファンダメンタ
ルズ水準の点からは,目国通貨の減価を抑制する作用をもたらす.
為替バンド制崩壊の確率が為替相場変動に対する為替バンド制の効果に
どのような影響を及ぼすであろうか.もし為替バンド制が崩壊する可能性
が全くない場合に為替バンド制の為替相場変動に対する効果を示す指標で
ある以が正であるならば,すなわち,為替バンド制が為替相場変動を拡
65
一橋大学研究年報 商学研究 36
大するならば,為替バンド制崩壊の確率が上昇すると,為替相場変動を縮
小する傾向にある.他方,もし為替バンド制崩壊の可能性がない場合の
鴎が負であるならば,特に,投機の予想純利得Φ.(o.一Co)一1)が為替
介入規模(一7)よりも小さいならば,為替バンド制崩壊の確率の上昇は
12)
為替相場変動を拡大する傾向にある.
前者のケースは,為替バンド制が有効に為替相場変動を抑制するように
作用する場合に相当する.このように,為替バンド制が有効に為替相場変
動を抑制するように作用するときには,為替バンド制の崩壊の確率が上昇
すると,為替バンド制の為替相場変動抑制効果を阻害することになる.
他方,後者のケースは,為替バンド制が為替相場変動を拡大するように
作用する場合に相当する.為替バンド制が為替相場変動を拡大するときに
は,為替バンド制の崩壊の確率が上昇すると,為替バンド制の為替相場変
動抑制効果を改善する,このことは,為替バンド制の崩壊後の自国通貨減
価率が通貨調整後の自国通貨減価率よりも小さいことを反映する.さらに,
もし通貨当局が為替相場制度を変動相場制へ移行させる前に外国為替市場
で介入するならば,そして,その為替介入を不胎化しないならば,為替介
入の規模だけ通貨当局は目国通貨を増価させることができよう.
4、為替バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率
本節では,前節の分析に基づいて,為替バンド制崩壊の確率と通貨調整
の確率との関係と為替バンド制の為替相場変動抑制効果について分析する.
(27)式より,為替バンド制崩壊の確率πTと為替バンド制の為替相場変動
抑制効果・ぺとの関係が次の(29)式に整理される.
1−7
〈ρTのケースでは,
CT−CO
66
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
ρT(OT−60)一∫
且1>oがπT<ρT(cT一。。)一1+7
ρT(CT−60)一∫
(29a) 脂0ヴπT=ρT(cT−c。)一1+γ
ρT(CT−Co)一∫
鴻<oザπT>ρT(。T−c。)一1+7
ノー7
一方, >ρTのケースでは,
CT『60
ρT(CT−CO)一∫
乃1>oヴπT>ρT(cT一。。)一ノ+7
ρT(CT−CO)一∫
(29b) 且1=0がπTiρT(σT一。。)一1+7
ρ7(CT−CO)一∫
パ<o伽丁<ρT(cT−c。)一1+7
(29)式より,為替バンド制が変動相場制と同じ為替相場変動を生じさ
せる鴻=0の状況は,丁時点の為替バンド制崩壊の確率πTが
ρT(CT−Oo)一∫
一 と等しい状況に対応する.為替バンド制が為替相場変
ρT(OT−Co)一∫十7 一
動を抑制する状況(、鴫く0)は,∫一7<ρ,のケースでは丁時点の為替バ
OT−CO
ρT(CT−6D)一∫
とド制崩壊の確率πTがρT(c.一c。)一ア+7より高い状況に対応する・一方・
た7>ρTのケースでは丁時点の為替バンド制崩壊の確率πTが
OT−CO
ρT(OT−Co)一∫
一 より低い状況に対応する.それに対して,為替バンド
ρT(CT−Co)一∫十7 一
制が為替相場変動を拡大する状況(鴻>0)は,∫一7<ρ.のケースでは
ρT(・T−C。)一ノOT−0・
為替バザ制崩壊の確率πTがρT(。T−c。)一1+プより低い状況に対応する・
∫一7
一方, >ρTのケースでは丁時点の為替バンド制崩壊の確率巧が
CT−CO
ρT(CT−Oo)一∫
一 より高い状況に対応する,
ρT(OT−Co)一∫十7
・哨=0の状況に対応する為替バンド制崩壊の確率πTと通貨調整の確率
ρTとの間の関係はπTとρTの平面に描くことができる.
67
一橋大学研究年報 商学研究 36
7
CT−CO
(30) πT−1一 一
∫一7
ρT−
OT『Oo
1−7
(30)式は,πTとρTの平面で,漸近線をρT; とπ丁二1とする双
CT『00
曲線に描かれる.為替バンド制崩壊の確率πTと通貨調整の確率ρTが0と
1との間の値に限定されることから,その限定された領域の中で(30)式
が描かれることに注意する.その領域において,(30)式は,境界線
1揮潟溢認譲罐轡蒲篇
線上では,鴻=0となり,為替バンド制においても変動相場制と同様の為
替相場変動となる.
ノー7
<ρTの領域では,(29a)より,(30)式で表される双曲線より上
CT−00
方に位置する領域では,・属<0となり,為替バンド制が為替相場変動を抑
制する.一方,(30)式で表される双曲線より下方に位置する領域では,
鴻>0となり,為替バンド制が為替相場変動を拡大する.一方,
1−7
>ρTの領域では,(30)式で表される双曲線の漸近線の一っが
CT−60
πTニ1であることから,πTとρTが0と1との間の領域は必ず(30)式で
表される双曲線の下方に位置する.したがって,(29b)より,(30)式で
表される双曲線より下方に位置する領域では,謡<0となり,為替バンド
制が為替相場変動を抑制する。
以下では,パラメータの値によっていくっかのケースに分類して分析し
よう.まず,通貨調整率OT−00が許容変動幅1より大きい(OT−00>1)場
合を想定する,この場合には,許容変動幅以上に中心平価が切り下げられ
る可能性があるために,場合によっては為替バンド制が為替相場変動を拡
大する可能性がある.
図4では,変動相場制移行直前の介入規模7について0<■<アを想定し
68
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
ている.図41こ示される双曲線の場合には,・≦ρ.<∫一7の領域ではど
一 C8−CO
んなπ.であっても常にAl〈・である.∫一7<ρ.≦1の領域では,双曲
C‘一〇〇
線より上方では4〈0であり,一方,双曲線より下方では鴻>0である。
図5には,変動相場制移行直前の介入規模7について∫<7の場合が図
示されている.漸近線ρ.;∫一7がρ.<0の領域に位置することから,
0T−CO
πTとρTが0と1との間の領域の中では,属=0を表す双曲線を境に左上
方では、贋<0であり,一方,その双曲線を境に右下方では.属>0である。
このように,変動相場制移行直前の介入規模γが大きければ大きいほど,
πTとρ.が0と1との間の領域の中で,・41〈0となる領域の占める面積が
広くなる.ここでは,変動相場制移行直前の外国為替市場への介入は不胎
化されず,貨幣供給量を変化させ,為替相場のファンダメンタルズ水準を
変更させると想定しているために,介入規模が増大すると,それだけファ
ンダメンタルズ水準を自国通貨を増価させる方向に変化させる.そのため,
変動相場制移行直後にそのようにファンダメンタルズ水準が変化すると投
機家が予想するので,為替相場が為替バンドの上限に達する前において投
機家の外国通貨を購入する投機のインセンティブが弱くなる.こうして・
為替バンド制の崩壊の可能性が為替相場変動を安定化するように作用する.
図6には,7=0の場合が図示されている.もし為替相場が為替バンド
の上限に達したとたんに,為替市場への介入を行わないで,通貨当局が為
替バンド制を放棄して,変動相場制へ移行したならば,7はOであるから,
変動相場制と為替バンド制が同じ基準となる確率は100%である.その場
合には,為替バンド制が為替相場変動を抑制する状況(鴻<0)は存在し
得ないことになる。鴻=0を表す線がπT=1となる.図6に示されるよう
に,すべての領域で丞>0である.
このように,変動相場制移行直前にまったく外国為替市場へ介入を行わ
ない状況では,常に為替バンド制崩壊の可能性が為替相場変動を拡大する
69
一橋大学研究年報 商学研究 36
図4(‘T一‘。>1かつ0く7〈/)
πT
1
1
1
』 一
一 一 一 一1一 一 一 一 一 『 一
一 『 一 一
II
一一一一一
一
0
1ハfく
T一‘o・∫
ワ
T−60・ノ+7
4f〉0
『
lAfくo I
9
I
冒
/・■ 1
‘「’60
1
1
ρ7
1
雪
置
一1
0
ll
I
/
OTロ‘0
一
一
8
図5(67一‘。〉ノかつ∫く〆)
πT
1
1
一十一
1
一 一 一 一 一 『 一 一 一 一 _
一 一
8
lII卜
1
‘丁一‘o−/
‘丁一‘
みfく0
‘T一‘o一ノートア
‘T一‘0
II
1﹃
}
Af>0
,
1.、 o I
曹
/
ノ
‘7一‘O
’
I
1
ボo
ρT
’
’4
I
1
‘7”60
ことは,変動相場制移行直前に外国為替市場へ介入を行う状況において為
替バンド制崩壊の可能性が為替相場変動を抑制する可能性があることと対
照的である.このことから,為替バンド制崩壊の可能性それ目体は,為替
70
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
図7(‘T,‘o≦∫かつ0く7く∫)
図6(‘r‘o〉ノかつγ呂0)
πT
T l
π7
0
1 一 一
一一一一一一
一一一一
一 一 一 一 一
【
1
l
Il
o l
脈・ 1
I
Af
Af=0
1
1
一
∫﹃ Cr−σ01
0
ノ
ノ
ノ’
ρT
一
−71
ρT
曹‘oI
1
1
,
『
1
相場変動を拡大する.一方,為替バンド制が崩壊する際に投機の攻撃に対
して通貨当局が行う防衛が投機家に予想されていれば,たとえそれが失敗
に終わろうと,為替相場の安定性に貢献する可能性がある.
次に,通貨調整率防一c。が許容変動幅∫に等しいか,またはそれより
小さい(CT−Co≦ノ)場合を想定する.このようなケースが現実的であるか
否かは問題となるが,為替バンド制の許容変動幅の内側で通貨調整が行わ
れるのであれば,通貨調整それ自体が為替相場変動を拡大することはない、
むしろ,通貨調整が行われても,為替バンドの上限にある為替相場をそれ
より下方の新しい中心平価にもっていくことになるので,通貨調整は為替
相場変動の縮小に寄与することになる.
図7には,OT−Co≦ノの場合について図示されている(0<1<∫),通貨当
局が外国為替市場で介入する限り,すなわち,7=0でない限り,前述し
た図6のような,π.とρTが0と1との間のすべての領域で謡>0となる
ことはない.むしろ,0<7〈ノの場合であっても,1〈7の場合であっても,
π.とρ.が0と1との間のすべての領域でぺ<0となる。したがって・
6T−Oo≦ノの場合には,為替バンド制崩壊の確率がどうあろうと,為替バ
71
一橋大学研究年報 商学研究 36
ンド制は為替相場変動を抑制するように作用する.
5。レジーム変更確率の時間的推移と為替相場変動
前章では,二っの意味でのレジーム変更を想定した.一っのレジーム変
更は,為替バンド制という為替相場制度が崩壊して変動相場制度という異
なる為替相場制度へ移行するものである.もう一っは,為替バンド制とい
う為替相場制度は維持したまま,通貨調整を行って,中心平価を変更する
というものである、投機家によって認識される,これらのレジーム変更が
起きる主観的確率は,様々な要因に影響を受けるが,時間を通じて一定と
いうことはなく・時間の経過にともなって変化すると考えられる。
第2章で論じたように,通貨調整の確率は,シャドー変動為替相場が為
替バンドの上下限に近づくにっれて,上昇し,シャドー変動為替相場が為
替バンドの上下限に達したときに通貨調整の確率は1となるであろう.さ
らに,そこでは,通貨調整の確率はシャドー変動為替相場に対して比例的
に変化すると仮定した.一方,為替バンド制崩壊の確率は時間の経過とと
もにどのように変化するかにっいて,二っの極端な単純化された為替バン
ド制崩壊の確率の時間経路を想定することとしよう.
一っの想定される為替バンド制崩壊の主観的確率の時間的推移は,為替
市場における投機家が何らかの理由で通貨当局が為替バンド制を維持する
と完全に信頼しているために,時間を通じて0であるというものである.
このような想定は必ずしも非現実的ではない.投機家が為替バンド制や固
定相場制に対して投機の攻撃をかけるときには,投機家は,通貨当局が現
行の為替相場制度を維持するものの,平価変更,特に平価切り下げを行う
であろうという予想に基づいている場合もある.したがって,為替バンド
制自体は信頼されているものの,現行の中心平価や為替バンドの上下限に
72
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
対する信頼が時間を通じて損なわれていくということはあり得るであろう・
もう一つの想定される為替バンド制崩壊の主観的確率の時間的推移とし
て,時間を通じた通貨調整の確率の変化と同じ方式で為替バンド制崩壊の
確率が時間を通じて変化するというものである.すなわち,為替バンド制
崩壊の確率は,シャドー変動為替相場が為替バンドの上下限に近づくにっ
れて,上昇し,シャドー変動為替相場が為替バンドの上下限に達したとき
に為替バンド制崩壊の確率は1となると想定することができる.本稿のモ
デルでは,ファンダメンタルズ水準のトレンド変化率が一定であると仮定
していることから,時間に比例してこれらの確率は上昇する.
これらの為替バンド制崩壊の主観的確率の時間的推移を想定した場合に,
為替バンド制の為替相場変動を抑制する効果あるいは為替バンド制の為替
相場変動を拡大する効果は時間の経過とともに変化するかもしれない。こ
のような為替バンド制の効果がどのように変化するかは,前章で説明した
(ρbπ.)の平面上に為替バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の仮想的な
時間的推移を描いてみることによって,考察できる.
前章では,①CT−o。>アかっ0<7<1のケース(図4),②CT−6D>∫かっ
1<■のケース(図5),③OT−c。>アかっ7;0のケース(図6),④CT−
Co<1かつ0〈7〈1(図7)について,(ρハπT)の平面上に為替バンド制が為
替相場変動を縮小する領域や為替バンド制が為替相場変動を拡大する領域
を特定化した.これらのケースの内,OT−Co<1という状況は,通貨調整
が許容変動幅の中で新しい中心平価を選択することを意味するので,あま
り現実的ではない.また,7=0という状況は,為替バンド制から変動相
場制へ為替相場制を移行する際に,為替介入によって為替バンド制を維持
する努力を払わないことを意味し,一般の通貨当局が実際に投機の攻撃に
抵抗してきたという事実と反する.そこで,①OT−c。>∫かっ0<7<∫の
ケース,②OT−CO>1かっ1<7のケースについて,前述した為替バンド制
73
一橋大学研究年報 商学研究 36
崩壊の確率と通貨調整の確率の仮想的な時間的推移を描く.
まず,OT−Oo>∫かっ0〈7くノのケースにっいて,すなわち,通貨調整
率が許容変動幅より大きく,かっ,為替介入規模が許容変動幅より小さい
場合について,為替バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の前述した二っ
の仮想的な時間的推移を分析する.一っの時間的推移は,為替バンド制崩
壊の確率が0のまま,通貨調整の確率がシャドー変動為替相場に比例して,
すなわち,時間に比例して上昇して,シャドー変動為替相場が為替バンド
の上限に達したときに1となるというものである.もう一つの時間的推移
は,為替バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の両方が同様にシャドー変
動為替相場に比例して,すなわち,時間に比例して上昇して,シャドー変
動為替相場が為替バンドの上限に達したときに1となるというものである.
図8に,それらの二つの仮想的な時間的推移が図示されている。為替バ
ンド制崩壊の確率が0のまま,通貨調整の確率が時間に比例して上昇する
という時間的推移が点Aから点Bへの動きで表されている。一方,為替
バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の両方が時間に比例して上昇すると
いう時間的推移が点Cから点Dへの動きで表されている.
点Aから点Bへの時間的推移では,・41=0を意味する双曲線に達する
までは,4<0の領域を進むので,為替バンド制は変動相場制に比較して
為替相場変動を抑制するように作用する.そして,時間の経過とともに,
鴻=0を意味する双曲線に達した時点で,為替バンド制下で変動相場制と
同様の為替相場変動となる.さらに,時間が経過して,その双曲線を越え
て,鴻>0の領域を進むにっれて,為替バンド制は変動相場制に比較して
為替相場変動を拡大するように作用する.
一方,点Cから点Dへの時間的推移では,鴻二〇を意味する双曲線に
達するまでは,遥<0の領域を進むので,為替バンド制は変動相場制に比
較して為替相場変動を抑制するように作用する.そして,時間の経過とと
74
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
図8(‘T一‘。〉∫かつ0く■〈∫)
π7『
1
D
1
一 一
一『}一一
lI
一一一一
一 一 一 一
一一一一
l Afくo
一
7一‘orノ
一
7一‘oゲ+1
1 が>o
4〈o I
I
I
l
B
0
一 1 曹
ー7 11 /
1
ρ7
‘T’ごo h‘丁曹‘θ
ll
I I
もに,ハそ=0を意味する双曲線に達した時点で,為替バンド制下で変動相
場制と同様の為替相場変動となる.さらに,時間が経過して,その双曲線
を越えて,属>0の領域を進むにっれて,為替バンド制は変動相場制に比
較して為替相場変動を拡大するように作用する.ここまでは,点Aから
点Bへの時間的推移と同じようであるが,為替バンドの上限に為替相場
が達しようとするところで,再び双曲線を横切りパ<0の領域を進む.
すなわち,為替バンド制が崩壊する直前に,為替バンド制の為替相場変動
抑制効果が再び現れる.これは,為替バンド制崩壊の確率が高まり,不胎
化されない為替介入によってファンダメンタルズ水準が改善する効果が強
くなることから起こる.
次に,OT−Oo>1かつ1<7のケースにっいて,すなわち,通貨調整率が
許容変動幅より大きく,かつ,為替介入規模も許容変動幅より大きい場合
について,同様に,為替バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の前述した
二っの仮想的な時間的推移を分析する.
図9に,それらの二つの仮想的な時間的推移が図示されている.為替バ
75
一橋大学研究年報 商学研究 36
II1
図9 (‘T一‘0〉∫かつ/〈7)
πT
IIlII
一 1 ﹃
一一
P
一 一 一 一 一 一 一 一 _ _
4〈0
1
2
i
一 一
−
‘アー60−/
曹
‘T−Oo一∫+
c
4>o
A
‘7冒ごol
一ノ
曹∫一71 0
B
1
ρT
‘丁曹‘0
I
1
A’冒o
ンド制崩壊の確率が0のまま,通貨調整の確率が時間に比例して上昇する
という時間的推移が点Aから点Bへの動きで表されている.一方,為替
バンド制崩壊の確率と通貨調整の確率の両方が時間に比例して上昇すると
いう時間的推移が点Cから点Dへの動きで表されている.
点Aから点Bへの時間的推移では,属=0を意味する双曲線に達する
までは,君〈0の領域を進むので,為替バンド制は変動相場制に比較して
為替相場変動を抑制するように作用する.そして,時間の経過とともに,
謡=0を意味する双曲線に達した時点で,為替バンド制下で変動相場制と
同様の為替相場変動となる.さらに,時間が経過して,その双曲線を越え
て,鴻>0の領域を進むにっれて,為替バンド制は変動相場制に比較して
為替相場変動を拡大するように作用する.
一方,点Cから点Dへの時間的推移では,この場合には,鴻=0を意
味する双曲線と交差しないことから,為替相場が為替バンドの上限に達す
るまで鴻<0の領域を進む.この場合には,常に為替バンド制は変動相
場制に比較して為替相場変動を抑制するように作用する.このような為替
76
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
バンド制の為替相場変動に対する効果の推移は,図8で表されている
0〈γく1のケースと異なる.その原因は,為替バンド制崩壊直前の為替市
場への介入規模が大きくなるにつれて,変動相場制移行後のファンダメン
タルズ水準を改善することから,為替バンド制の為替相場変動抑制効果が
作用する.
さらに,このような為替バンド制の為替相場変動に対する効果の推移は,
図9の中の点Aから点Bへの時問的推移とも異なっている.両者の比較
から,為替バンド制崩壊の確率が高い方が為替バンド制の為替相場変動抑
制効果が現れることになる.その原因も,やはり,為替バンド制崩壊直前
の為替介入が関連している.為替バンド制崩壊の直前には通貨当局が大量
に為替市場への介入を行うことを想定しているので,為替バンド制崩壊の
確率が高ければ高いほど,期待されるファンダメンタルズ水準の改善が大
きくなる.したがって,為替バンド制崩壊の確率が高ければ高いほど,投
機家の外国通貨購入による投機を行うインセンティブが低下し,為替バン
ド制が為替相場変動を抑制する効果が高まる.
本章の分析の結果を次のようにまとめることができる.為替バンド制が
為替相場変動を抑制する効果を高めようとするならば,それは,為替相場
が為替バンドの上限に達したときに,為替バンド制を維持するために徹底
的に為替市場へ介入することをあらかじめアナウンスすることによって可
能となる.たとえ為替バンド制崩壊の確率が高まっても,徹底した為替介
入が投機家に予想されていれば,為替バンド制崩壊直後のファンダメンタ
ルズ水準が改善するだろうという予想によって,為替バンド制の為替相場
変動抑制効果を維持できる.
77
一橋大学研究年報 商学研究 36
6.欧州通貨危機前後における為替相場変動
1992年9月16日に英ポンドが,翌17日にイタリア・リラが為替相場
メカニズム(ERM)から離脱し,欧州通貨制度(EMS)は,1980年代後
半における成功した為替相場制度という名声を失ってしまった.そして,
1993年8月2日には,ドイッ・マルクとオランダ・ギルダーとの間の為
替相場を除いて,他のすべてのEMS参加国通貨の許容変動幅を上下
2.25%(一部の通貨にっいては上下6%)から上下15%に拡大する事態と
なった.このように,1992年9月のイタIJア・リラと英ポンドのERM
からの離脱に始まった欧州通貨危機によって,1980年代後半に成功して
いたと評価されていたEMSは崩壊する寸前にまで至っている.また,そ
の後の欧州通貨統合に大きな影響を及ぼしている.
この欧州通貨危機に伴って,イタリア・リラと英ポンドがERMから離
脱し,それまで採用していた為替バンド制を放棄し,変動相場制に移行し
た。この為替バンド制から変動相場制への為替相場制の移行は,実際に為
替相場変動にどのような影響をもたらしたかを分析する.為替相場制の移
行の前後の1991年10月から1993年8月までの2年間における為替相場
変動をみる.為替バンド制下においては,直物相場だけを見ていると,許
容変動幅を越えては変動し得ないことから,予想される為替相場変動に注
目する,
また,予想される為替相場変動に焦点を当てることによって,予想され
る将来の為替相場が許容変動幅を越えている場合には,将来において為替
相場が許容変動幅を越えることを投機家が予想していることとなる.そし
て,そのことは,投機家による為替バンドの上下限に対する信頼性が低下
していることを意味する,換言すると,中心平価が変更されると投機家に
78
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
よって予想されていることを意味する.
予想される将来の為替相場あるいは予想される為替相場変動を直接的に
13)
データでとる方法としてサーベイ・データを利用する方法がある.また,
為替バンド制においては通貨調整のリスクがあってもリスク・プレミアム
は小さいということ(Svensson(1992a))から,カバーなしの金利平価
14)
式より,内外金利差から間接的に推計する方法がある.
ここでは,為替市場に危険中立的な合理的投機家が存在することを仮定
15)
して,先物相場とその先物相場の将来の受け渡し時点と同じ時点の直物相
場との間の投機がそれらの投機家によって行われると,次式で表されるよ
うに,先物相場は予想される将来の直物相場へ均等化するであろうから,
先物相場のデータを予想される将来の直物相場として利用する.
(31) 4+μ=Sl+μ
但し,君+、、ゴ+乞時点に受け渡しされる6時点における先物相場,
Sl÷が孟時点において予想される‘+乞時点の直物相場.
このように,先物相場を予想される将来の直物相場とみなすことによっ
て,各時点において将来の為替相場が推移していくことを投機家がどのよ
うに予想しているかを明らかにする.それらの予想される将来の為替相場
と為替バンドの上限を比較することによって,将来のいっの時点で為替相
場が為替バンドを越えるかを明らかにすることができる.
次に,先物相場と直物相場との差を直物相場で除した,先物プレミアム
率を計算する.先物相場が予想される将来の直物相場であるとみなされる
ならば,次式で表されるように,この先物プレミアム率は予想為替相場変
化率を意味する.
Sl+ちご一sご_呪+乱f−sε
(32) 一
Sf S,
先物プレミアム率を見れば,ある一定の将来までの期間において為替相
79
一橋大学研究年報 商学研究 36
場がどれだけ変動すると投機家が予想しているかが明らかとなる.ここで
は,この投機家が予想する為替相場変化率を為替相場変動としてみなして,
為替バンド制の崩壊が為替相場変動に及ぼした効果を分析する.
利用するデータは,ロンドンあるいはニューヨークで対顧客にオファー
された先物相場の中心値である.それらは,日次データで,各日の終値で
ある.また,先物相場の期間は,1か月,2か月,3か月,6か月,12か
月の5種類を利用する.対象とする通貨としては,ドイッ・マルク,イタ
リア・リラ,英ポンド,フランス・フランである.データは対ドル相場
(ポンドはポンド表示のドル相場)であるので,リラ/マルク,ポンド/マ
ルク,フラン/マルクの3種類のクロス・レートを算出する.
図10aには,リラ/マルクの直物相場と先物相場(1か月,2か月,3か
月,6か月,12か月)のそれぞれの水準の推移が1991年10月31日より
1993年8月31日の期間について図示されている.12か月先渡しの先物相
場を見ると,通貨調整が行われる1年前から上限を越えていた.また,6
か月先渡しの先物相場を見ると,為替バンド制が崩壊する3か月前から上
限を越えていた.3か月先渡しの先物相場と2か月先渡しの先物相場は,
為替バンド制が崩壊する2か月前から上限を越えていた。1か月先渡しの
先物相場は,為替バンド制が崩壊する1か月前から上限を越えていた.
為替バンド制が崩壊するまでの1年間については,3か月前までは12
か月先渡しの先物相場のみが上限を越えていたことから,それまでの期間
においては1年後には通貨調整が行われるが,6か月後には通貨調整が行
われないと投機家が予想していたと見ることができる.したがって,その
間については,通貨調整の可能性がそう高くないと投機家によって予想さ
れていたと考えられる.
図10bには,リラ/マルクの先物プレミアム率(1か月,2か月,3か月,
6か月,12か月)のそれぞれの推移が1991年10月31日より1993年8月
80
LIra/㎝
図10a リラ/マルクの直物・先物相場
1050.00
n①\ON\oD
8\O。りN。,
NO\ON\マ
8\=\頃
8\N\0
8\爲\⑩
8\=\卜
N①\寸\⑳
N①\鴇\。D
NO\のP\oD
N①N㊤\OF
謝\卜N\。
NO\臣\P
N①\。っ\鐸
qO\O。︾\㎝
nO\戸N\P
脇\﹁\N
霧\マ\n
\鴇\“う
\£\寸
\O\瞬
N卜N\頃
\。oF\O
\O\卜
8\。。う\卜
oっ
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。り
。う
。り
NO\卜P\N
N①\O\F
N①\卜N\F
5\倒\N
5\﹁。,\O
5\属\一
(資料〉シグマベイスキャピタル研究開発部調べ
spot
lm
価
950.OO
。っ
8\O\の
700.OO
下眼
中心
泓
800.00
12ms
6ms
3ms
2ms
900.00
oo
850.OO
上眼
750.OO
マ黙−卜剛矧3刮謙醇伴謎疇・4vτ亜3謎曜網謡爵愚抽
1000.00
図10b リラ/マルクの先物プレミアム率
3.00%
2.50%
1繭升態禦謁相遡
2.00%
OQ 1.50%
卜o
ωa
踊㎞幅
\ON\oD
8\On\へ
8\oっP\⑩
8\m\卜
8\卜N\旧
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3\㊤\頃
雷\鴇\。り
\=\N
8\噂\。う
N①\O㎝\N
器\FN\F
NO\①\望
N①\糞\F
N①\O\。一
N①\卜N\O
周O\鵠\oD
器\雪\①
8\マ\σo
NO\㊦N\O
N①\Σ\N
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NO\ON\マ
NO\=\瞬
N①\O“う\n
窃\≧\N
謬\O\o,
8\鵠\P
F①鳶F鳶
O\Foっ\O
5\轟\一
(資料)シグマベイスキャビタル研究開発部調べ
“っ
。う
。う
8\O\P
O.00%
翻緑卑醤
^{
1,00%
0.50%
舳S
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
31日の期間について図示されている.先物プレミアム率を予想為替相場
変化率と見なして,予想されていた為替相場変動が示されている.為替バ
ンド制が崩壊する前の1992年6月から予想されていた為替相場変動が上
昇し始め,為替バンド制が崩壊する前後(1992年9月)でピークとなっ
ている.そして,その後,イタリア・リラは事実上変動相場制になってい
たが,予想される為替相場変動は徐々に低下し,通貨調整から1年後には
通貨調整前の落ちついた水準にまで達していた.
このように,イタリア・リラについては,為替バンド制崩壊の前に為替
バンド制が崩壊することを投機家が予想していたかどうかは明らかではな
いが,為替バンド制崩壊によって為替相場変動が抑制されたようには見え
ない.変動相場制へ移行して時間の経過とともに,為替相場変動は,通貨
調整の可能性がそう高くないと投機家によって予想されていた時期の為替
バンド制下の為替相場変動と同じ程度にまで縮小している.
図11aには,ポンド/マルクの直物相場と先物相場(1か月,2か月,3
か月,6か月,12か月)のそれぞれの水準の推移が1991年10月31日よ
り1993年8月31日の期間について図示されている.為替バンド制が崩壊
する1か月ほど前に12か月先渡しの先物相場と6か月先渡しの先物相場
が為替バンドの上限を越えていたが,3か月先渡しの先物相場と2か月先
渡しの先物相場と1か月先渡しの先物相場は,為替バンド制が崩壊する直
前まで許容変動幅の中にあった.イタリア・リラと異なり,英ポンドは為
替バンド制が崩壊する1か月前まで為替相場が為替バンドの上限を越える
とは投機家によって予想されていなかったことが示唆される.
為替バンド制が崩壊し,変動相場制へ移行した際に,為替相場はポンド
安に大きく変化したが,その直後から将来の為替相場の予想はポンド高と
なっていた.このことから,為替バンドが崩壊したときの為替相場の変化
はオーバーシューティングであったことを示唆する.このことは,図11b
83
ロ ド ド ロ ド ロ ド じ
0 0 0 0 0 0 0 24
03
83
63
43
23
0
44
図11a:ポンド/マルクの直物・先物相場
剛 岡酬
1舖汁締卑幽掘超 型緑単醤 ωO
眼
上心
中眼
下
oo
0
ド の ツ れ れ ハ れ ド ロン ひ の ゆ の ゆ ロリ の れ れ ハ ツ れ れ ハ リ リ れ れ れ れ の ロ の の の の の ロり ロり ロり の
れ の れ の
ゆ の の ゆ ロり の ロり ロり ロり の の ゆ ロ ロり の の ゆ ゆ の ゆ >〉鳶お§蚕δきき>鳶誘≧寺鳶話き>§おき>>寺お誘透喬話溢きき
oつ c博 一 \ ぐq 戸 \ “り N p \ o“ 一 \ c、」 一 \ N 一 \ c弓 ぐ曽 F・ \ N F \ ζ、J F \ oつ N
\ \ \ 一 \ \ 伊辱 \ \ \ o \ \ OD \ \ o \ \ o』 \ \ \ “つ \ \ 』n \ \ 卜” \ \
o 卜隔 CD ① p o 一 O F■
cq − c》 “う マ ゆ (資料)シグマベイスキャピタル研究開発部調べ
一 c刈 F ぐ噌 “う r『 uふ しρ 卜㌧ oo
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
に明確に現れている.
図11bには,ポンド/マルクの先物プレミアム率(1か月,2か月,3か
月,6か月,12か月)のそれぞれの推移が1991年10月31日より1993年
8月31日の期間について図示されている.先物プレミアム率を予想為替
相場変化率と見なして,予想されていた為替相場変動が示されている.為
替バンド制崩壊の1か月前から予想されていた為替相場変動が上昇し,為
替バンド制が崩壊する直前(1992年9月16日)でピークとなっている.
しかし,為替バンド制が崩壊した時点では予想される為替相場変動は0%
となり,さらに,為替バンド制が崩壊し,変動相場制へ移行してからは,
ポンド高の予想為替相場変化率となっている。その変化率も徐々に低下し
てきた.
次に,為替バンド制を維持したフランス・フランの為替相場の動向を見
る.図12aには,フラン/マルクの直物相場と先物相場(1か月,2か月,
3か月,6か月,12か月)のそれぞれの水準の推移が1991年10月31日
より1993年8月31日の期間について図示されている.イタリア・リラや
英ポンドにっいて為替バンド制が崩壊したとき(1992年9月)に,フラ
ンス・フランの先物相場が為替バンドの上限を越えた.その後,1992年
12月から1993年3月まで先物相場が為替バンドの上限を越えていた.
図12bには,フラン/マルクの先物プレミアム率(1か月,2か月,3か
月,6か月,12か月)のそれぞれの推移が1991年10月31日より1993年
8月31日の期問について図示されている.イタリア・リラと英ポンドが
ERMを離脱した直後に予想される為替相場変動が急に高まった.その後,
1992年12月から1993年3月まで予想される為替相場変動が再び高まっ
た。
フランス・フランについては,1992年9月においては為替バン.ド制を
維持したのであるが,翌年8月2日に許容変動幅を拡大した.1993年3
85
図11b:ポンド/マルクの先物プレミアム率
1舖Σ緑単醤柑鑑 亜韓卑醤 o。O
\。n\卜
\Oミ①
\O\卜
\卜N\頃
8\㊤F\⑩
\O\頃
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8\鵠\。り
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㎞m論 餉 ㎞ m。≧\酎
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8\O。り\N
錺\の\製
N①\卜N\0
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8\O\OP
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p N 一 周 oう マ の P − N N W 創 個 q N N N
o ① ① ① o o ① ① ① ① の
N①\マ一\卜
シグマベイスキャピタル研究開発部調べ
。っ
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8\マ\の
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F 創 o へ ト O O O F N 的
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3.55
3.50
中心
3.35
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N①\卜N>
N①\トく囚
N①\O\。う
N①\Oの\。っ
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NO、ミO
8\爲、O
8\三\卜
8\ミ。D
qO\鵠お
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8\O\2
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NO\トく=
冒\。D\製
甥\Oρう\型
\属>
\=\N
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おN\の
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8\O\ゆ
8\馬\嶋
望\の
\O\卜
\8\卜
需\ON\。D
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。っ
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oっ
。㌧
5\属\=
5\型\鐸
(資料)シグマベイスキャピタル研究開発部調べ
上眼
mぎ
3.45
。り
。り
。っ
5\需N9
3.20
1 12ms
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ms
spot
3.30
下眼
3.25
マ黙−卜洲洲3■譲虞伴謎磁・4てτ塗e讃嚇霜磯論浄細
3.40
oo
フラン/マルクの直物・先物相場
図12a
FFr/DM
3.60
図12b:フラン/マルクの先物プレミアム率
2.50%
2.OO%
ー舖升糠単醤需賜 謝態卑幽 o。①
1.50%
1.OO%
oo
oo
12ms
6ms
O.05%
s
㎞
1m
0.OO%
一〇.05%
8\ON\o,
8\O。う\卜
8\O\卜
饒\卜N\n
鶴\①[\O
8\O\頃
8\£\マ
\蜀\﹁
8\マ\。う
。う
8\鴇誘
。っ
\=\N
Nの\。っ\鯉
N①\Oの\周
引O\卜F>
NO\卜N\O
NOお\OP
N①\8\。
(資料)シグマベイスキャピタル研究開発部調べ
8\虫\①
N N N①\マ\㊤
N
N
o
① o ① ① ⑦
o o ① N N N N N \ \ \ \ \ \ \ \ \ \
o へ へ ① O O F 一 \
の [ N p \ N 一 \ \ \ \ P \ \ oつ \ N \ \ N o − r N βつ マ 頃
8\=\卜
\ 偶 F r 割\。うN\O
戸 一 一 o o ① レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
月までは予想される為替相場変動が極めて高かったが,許容変動幅が拡大
される前後においては,予想される為替相場変動が縮小している.
7.結論
本稿の分析より,以下の結果が得られた.
第一に,Krugman(1991)によって為替バンド制による為替相場変動
抑制効果が主張されたが,それは通貨調整の確率がそれほど高くないとき
に限られる。通貨調整が為替バンド制の下で現行の中心平価を維持するこ
とが投機家によって信頼されている場合には,為替バンド制は為替相場変
動を抑制するように作用する.それに対して,通貨調整が為替バンド制の
下で現行の中心平価を維持することが投機家によって信頼されていない場
合には,為替バンド制は為替相場変動を刺激するように作用してしまう,
このことについては,すでにBertolaandCaballero(1992)やSvens−
son(1992b)によって指摘されている.
第二に,Ogawa(1995)ですでに指摘したが,為替バンド制下で為替
相場変動が高まる場合には,許容変動幅を拡大することによって為替相場
変動を抑制するように作用する、なぜならば,為替バンド制が為替相場変
動を高める原因は,中心平価が変更され,通貨調整が行われる可能性が高
いことが投機家によって認識されることにある.したがって,許容変動幅
を拡大することによって,通貨調整の可能性が低下することから,為替相
場変動を抑制することになる.
第三に,従来の研究では指摘されていなかった点であるが,通貨調整の
確率と為替バンド制崩壊の確率という二っのレジーム変更の確率を同時に
モデルに導入することによって,これらの二っレジーム変更の確率がどの
ような組み合わせで為替バンド制が為替相場変動を抑制するのか,あるい
89
一橋大学研究年報 商学研究 36
は刺激するのかが明らかとなった.そして,これらの二っのレジーム変更
の確率がどのような時間経路をたどるかに依存して,為替バンド制の為替
相場変動の抑制効果が時問を通じて変化していく.
特に,変動相場制へ移行する直前に為替バンド制を維持しようと為替介
入を行い,そして為替介入による外貨準備残高の変化を不胎化しないなら
ば,変動相場制へ移行した直後にはファンダメンタルズ水準それ自体が為
替相場を安定化させる方向へ変化する.そのために,為替バンド制による
為替相場変動を抑制する効果が喪失している場合には,為替バンド制崩壊
の可能性は為替バンド制の為替相場変動抑制効果を回復することができる.
最後に,1991年10月から1993年8月までの欧州通貨危機前後の欧州
通貨の為替相場のデータより,イタリア・リラについては,ERM離脱
(為替バンド制崩壊)の前に為替相場変動が縮小した事実は見られない.
但し・変動相場制へ移行して時間の経過とともに,為替相場変動は,通貨
調整の可能性がそう高くないと投機家によって予想されていた時期の為替
バンド制下の為替相場変動と同じ程度にまで縮小している.このことは,
信頼されない為替バンド制では変動相場制におけるよりも為替相場変動が
拡大することを意味する.また,英ポンドについては,そのERM離脱の
前には,英ポンドの為替バンド制に対する信頼性が損なわれていたわけで
はなかった。また,フランス・フランにっいては,許容変動幅が拡大され
る数カ月前までは予想される為替相場変動が極めて高かったが,許容変動
幅が拡大される前後においては,予想される為替相場変動が縮小している.
このことより,為替バンド制が為替相場変動を縮小する効果を喪失してい
るときに,許容変動幅が拡大されると,為替バンド制の為替相場変動抑制
効果が回復されることが示唆される.
レジーム変更の可能性は,通貨調整のように投機家に投機による利益の
機会を増加させるものと,(不胎化しない為替介入を伴う)為替バンド制
90
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
崩壊や許容変動幅拡大のように投機家に投機による利益の機会を減少させ
得るものとがある。もし後者のレジーム変更が実際に投機による利益の機
会を減少させるのであれば,それらのレジームの変更の可能性は投機の攻
撃を弱めることになる.
このことからの政策的インプリケーションとして次のことが言えるであ
ろう.第一に,通貨当局は,通貨調整の可能性が高まらないように,国際
的な政策協調を行うか,あるいは経済パフォーマンス(例えば,インフ
レ)の良い国のマクロ政策に追随することが必要である.第二に,通貨当
局が為替バンド制崩壊や許容変動幅拡大のようなレジームの変更を示唆す
ることによって投機を抑制することができそうである.しかし,このよう
なレジームの変更は欧州通貨統合とは逆行する政策となることから,民間
部門に欧州通貨統合への信頼を失う結果となりかねない.
そのこと以上に重要なことは,通貨当局が現行のレジームを崩壊させる
可能性を示唆することによってそのレジームを維持することを図ることは
自己矛盾に陥っている.いったん通貨当局がそのレジームを崩壊させるこ
とを示唆すれば,通貨当局がそのレジームを支持しようとする姿勢に対す
る民間部門の信頼が崩壊するであろう.したがって,時間不整合性の問題
から後者の政策的インプリケーションは現実的には意味をなさない.
【付録A】
(5)式を変形して,期待値の演算子をはずして,次式のように書き直す.
(A1) 寄一去吊一骸
(Al)式の解として,次の形の解を想定する.
ど
(A2) s,=K砺θπ
但し,戯が決定すべき関数である.
91
一橋大学研究年報 商学研究 36
h,を見いだすために,(A2)式を時間‘に関して微分する.
dsε 1 ご 1一伽,
説=一πKhfO万+Kθσ万
ds‘ 1 ⊥4h‘
(A3) =一s∫十KθG一
砒 α 4‘
(A1)式と(A3)式を比較すると,
1 ⊥4h‘
一五=一Kθα一
α 4ご
変形して,
(A4) 讐一一(α})五2一舌
したがって,(A4)式を積分すると,次式が得られる.
(A5) h・一(士)∫㌃θ一舌4τ+C
(A2)式に(A5)式を代入すると,次式が得られる.
(A6)亀一K¢《ま)∫㌃2一舌4τ+C卜訂払乾τ+C露
為替相場s、のバブル解を排除して,為替相場s、が収敏することを仮定す
る.そのためには,(A6)式において
CK=0
であることが必要である.(A6)式にCK=0を代入すると,次式が得ら
れる.
(A7) 錯吉∫㌃2一亭4τ
【付録B】
為替バンド制崩壊の確率πと介入規模7に関する(26)式の偏導関数を
導出する.
92
レジーム変更の可能性と為替バンド制の為替安定化効果
為替バンド制崩壊の確率πに関する偏導関数は次式の通り導出される.
(Bl)誓一{箭調一1}+甥夢謡二ll嬢二1)
もし鴎が正であるならば,為替バンド制崩壊の確率πに関する偏導関数
は常に負である.
介入規模7に関するに関する偏導関数は次式の通り導出される.
∂蛸 π
(B2) 万=一ア〈0
介入規模7に関するに関する偏導関数は常に負である.
1)Goodhart(1995)によれば,欧州通貨統合にとって最も困難な段階は,各
国中央銀行の政策の裁量の問題から,第3段階の中で許容変動幅が0%となっ
た固定相場制から欧州単一通貨へ移行する段階であると指摘されている.
2)FrootandObstfeld(1991)は,Krugman(1991)の研究を理論的に精
緻化したが,為替バンド制が信頼されていることをそのまま仮定した・
3)Mmer and Weller(1989)も同様の仮定をしている.
4)導出は付録Aを参照せよ.
5)小川(1992)では,為替バンド制の特別なケースとして固定相場制と変動
相場制を考えることができることを指摘した.
6)Chen and Giovannini(1994)は,実証分析より,現在の為替相場が中心
平価から乖離している程度と期待中心平価変化率が正相関していることを示し
た。
7)Flood and Garber(1984)が,固定相場制の崩壊を分析する際に,「シャ
ドー変動為替相場」の概念を利用した.固定相場制の崩壊に関する分析につい
ては,この他に,Krugman(1979),Obstfeld(1986)及び小川(1994)が
ある.
8) (21)式より,ファンダメンタルズのトレンド変化率に関する通貨調整の確
率の偏導関数は次式の通り導出される.
93
一橋大学研究年報 商学研究 36
伽奮η)一滝,’+警)(1煮,’)
+(1一衡){プαη+(、豊ηノ}’>・
直近の通貨調整から次の通貨調整までの期間(0<∫〈∫『αη)について,こ
η
の偏導関数は正である.
9)∫に関する(18)式の偏導関数は,次式の通りである.
η(CT−o。)
(1一ρo) ‘十1
∂ハ1_ σ一αη)2
餌 θλLノ
λ・[仏+(1 )煮η6}幅刈
λ、1 (<oガ鴻>o)
ε
10) ここでは,為替相場制度の崩壊の可能性は一度限りの制度の崩壊を意味す
る.為替相場制度の崩壊に関する文献については,Buiter and Grilli(1989),
Delgado and Dumas(1990〉,Flood and Garber(1989),Froot and Obstf−
eld(1991)がある.
11) Krugman and Rotemberg(1990,1992)
12)付録Bを参照せよ.
13) Frankel and Froot(1987),Ito(1990),Takagi(1991)。
14) Rose and Svensson(1991),Chen and Giovannini(1994),Caramazza
(1993).
15) 危険回避的な市場参加者を仮定する方が現実的であろう.その場合には,
リスク・プレミアムが存在することになり,先物相場予想される将来の直物相
場それ自体と均等化するとは言えない.すなわち,先物相場は,リスク・プレ
ミアムを意味するバイアスのある将来の為替相場の予測値となるであろう
(Hodr童ck (1987)).
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*全国銀行学術研究振興財団より助成を頂いたこと,そして,大野早苗一橋大学
大学院生にデータ入力を行ってもらったことを記して感謝する.
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