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宮医報 828,2015 Jan.
新春随想
音波の不思議
東北大学医師会会長
下 川 宏 明
わが国は世界に先駆け
同研究を打診しましたが,衝撃波の多くの特許が
て超高齢社会に突入し,
スイス・ドイツのメーカーが握っていたことと
今後の高齢化率も非常に
(衝撃波は軍事技術として第二次世界大戦中に研
高いことが予想されてい
究が開始される),やはり発想そのものが理解さ
ます。このような超高齢
れなかったことが原因して,実現しませんでした。
社会において増加が不可
そこで,スイスのメーカーと共同研究を開始し,
避な代表的な疾患が動脈
動物実験の結果,現在結石破砕治療に用いられて
硬化を背景とした心血管
いるちょうど 10%の低出力の衝撃波に最も効率
病です。現在,虚血性心臓病の治療には,生活習
の良い血管新生作用があることを突き止めまし
慣の是正に加えて,薬物治療・冠動脈インターベ
た。ブタの狭心症モデルを用いた検討で,予想以
ンション・冠動脈バイパス手術の治療が行われて
上に有効で安全な作用があることを確認し,最初
いますが,これらの治療を行っても十分な治療効
の基礎研究論文を 2004年に発表しました。その
果が得られない重症の虚血性心臓病患者や,薬物
後,重症の狭心症患者を対象とした第一次臨床試
治療しか適応にならないような重症例も増加して
験(オープン試験)と第二次臨床試験(プラセボ
きています。
対照二重盲検試験)を実施し,有効性と安全性を
これらの重症の虚血性心臓病に対して,心臓の
ヒトで確認し,各々,2006年と 2010年に論文発
血流を改善すべく,血管を新生させる遺伝子医療
表しました。これらの一連の研究成果を踏まえて,
や細胞治療が長年検討されてきています。1990
2010年に厚生労働省の高度医療(現在の先進医
年代は遺伝子治療が注目されましたが,20年後
療B)に承認されました。
の現在では,単一の遺伝子疾患は別にして,動脈
この重症狭心症を対象とした低出力体外衝撃波
硬化性疾患や癌などへの臨床応用はほとんど実現
治療は,これまでに世界 20カ国で 6,000名以上の
していません。また,現在注目を集めている細胞
患者の治療に使用され,有効性と安全性が確認さ
治療も,臨床応用に向けて,安全性や有効性の面
れるまでに普及しました。日本でも,石川県立中
でまだまだ多くの解決すべき課題があります。
央病院と藤田保健衛生大学が厚労省から承認され
私は,約 15年前から,音波を使った非侵襲性
て,私たちの先進医療Bのネットワークに入って
の血管新生治療の開発を行ってきています。私は,
治療を実施しています。テレビ・新聞等でも全国
切らずに治す,可能な限り侵襲度の低い,自己修
に紹介され,昨年 10月には NHK スペシャルでも
復能力を活用した血管新生治療の開発を考えてい
取り上げられました。
ました。そうした時,2001年に私たちが主催し
東北大学病院では,多くの診療科がこの低(非)
た第1回日本 NO 学会に参加したイタリアの基礎
侵襲性の血管新生治療に興味を持ち,現在,適応
研究チームが,ヒト由来の培養内皮細胞に弱い衝
拡大が図られています。具体的には,下肢の閉塞
撃波を照射すると一酸化窒素(NO)が産生され
性動脈硬化症とリンパ浮腫(血管外科)・膠原病
るという研究発表を行いました。NO は優れた血
に伴う有痛性手指潰瘍(血液免疫科)・難治性皮
管新生作用を有することが当時から知られてお
膚潰瘍(形成外科)・脊髄損傷(整形外科)など
り,この研究発表を聞いて低出力体外衝撃波治療
があります。当科でも,急性心筋梗塞や心不全へ
を着想しました。最初,日本の電気メーカーに共
の適応拡大を視野に入れて検討中です。
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宮医報 828,2015 Jan.
新春随想
ここで,興味があるのは,同じ低出力体外衝撃
波に対して,虚血組織では血管新生が,リンパ浮
こうした分子機序の一端に迫るべく研究を行って
いるところです。
腫組織ではリンパ管が,脊髄損傷では末梢神経が
また,最近,ある特殊な条件の超音波にも低出
再生してくることです。また,驚くことに,正常
力体外衝撃波と同様の血管新生作用があることを
組織は,ほとんど反応しないことです。同じ物理
発見し,動物モデルでの有効性・安全性の確認を
的刺激に対して,各組織が必要としている脈管
経て,現在,全国8大学病院が参加した医師主導
(血管・リンパ管)や神経が再生され,また,正
の臨床治験を実施中です。
常組織にはそうした反応が起こらないことなど,
音波の医学応用への興味は尽きません。
自然の神秘としか言いようがありません。現在,
宮城県医師会報1月号 ※転載許可取得済
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