●視点・インタビュー ●インタビュー 信州大学人文学部 教授 今の高校の歴史教育の一番の 久保 一言で言うと、歴史とい う科目が魅力を失って、つまら なくなっていることだと思いま す。先生方の努力で面白い授業 をしている学校はもちろんあり ますが、それは一部でしかあり ません。 魅力を失っている最大の理由 は、おそらく歴史が暗記科目だ と 思 わ れ て い る こ と で し ょ う。 極 端 な 場 合 で す と、「 私 は 暗 記 が苦手なので歴史は選びません でした」という生徒もいます。 もちろんその背景には、セン 問題は何でしょうか? 高校の歴史は 暗記科目になっている 日本学術会議の「高校歴史教 育に関する分科会」は、昨年6 月、日本史と世界史を統合した 「 歴 史 基 礎 」 を 新 設 し、 そ れ を 必修化することを提言した。 なぜ今、このような提言が出 てきたのか。また、「歴史基礎」 とは、どのような科目になるの か。委員長を務めた久保亨教授 にお話をお聞きした。 くぼとおる● 1953 年生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒業。一橋大学 大学院、東京大学東洋文化研究所助手を経て信州大学人文学部教授。中国 近現代史専攻。著書に『戦間期中国〈自立への模索〉』(東京大学出版会)、 『社会主義への挑戦 1945-1971〈シリーズ中国近現代史4〉』 (岩波新書)等。 久保 正確に言うと、一部に見 重要性を強調し、より具体的に られる日本史必修化論というの 説明したということです。 は、今になって急に出てきたも 地歴4単位の のではありません。すでに、1 枠組みは維持 992年に世界史が必修化され たとき、日本史関係の方たちか 「 歴 史 基 礎 」 を 科 目 に す る 際 の 課 題 は 何 で し ょ う か? 単 位 は らは、日本史の教科書を作る業 どうなるのでしょうか? 界などをバックに、なぜ世界史 久 保 新 し い 科 目 を 作 る に は、 を必修にするのかという意見は 出 や す い 状 況 で し た。 そ の 後、 もちろん多くの障害があります。 教科書の準備や教材の準備もあ 世界史未履修問題が起きた次の りますし、高校の先生方が戸惑 年の中央教育審議会でも、日本 史必修化の意見は出ていました。 う部分があるかと思います。 ですから、我々としては、日本 そ の よ う な こ と を 考 え て も、 高校の地歴科で必修4単位とい 史必修化の議論は出てくること う現在の枠組みを変えることは は予想できたことでした。 現実的ではないと思っています。 しかし、現代は「日本人は日 現在の仕組みでは、地歴科で 本史だけ学んでおけばよい」と 2科目4単位だけを選択する場 いう時代ではありません。世界 合、地理A+世界史A、日本史 全体の動きを理解し、日本史も A+世界史Aの組み合わせしか 含め広い視野で歴史を勉強する なく、3領域を全て学ぶことが ことが求められており、そのた できません。しかしそれを、地 めには「歴史基礎」という科目 理基礎+歴史基礎の2科目4単 が必要なのです。 位という仕組みにすると、全て 「歴史基礎」の基本的な内容 の高校生が幅広くしっかりした は、すでに2011年の提言で 内容で勉強できます。もっと勉 出ていたものですが、日本史必 修化という議論が出てきたので、 強したいという生徒には、現在 のB科目にあたる、地理、日本 改めて2014年の提言でその 久保 亨 ター試験や個別入試を含め、大 て、日本史を必修にするという 学受験の「歴史」科目で、単語 のも問題です。小中学校が日本 の暗記力によって点数に差が出 史中心の内容ですから、高校で てきてしまうという状況があり も日本史中心となると、世界の ます。 動きが全くわからなくなる恐れ があります。日本が世界とつき 結果として、歴史は暗記科目 であるというイメージが定着し、 合っていかないといけないとき 面白い勉強ではなくなっていま に、これはあり得ません。 す。これが高校の歴史教育で最 考えてみると、高校生という も心配している点ですね。 のは事実上、社会に出る最後の 「歴史基礎」の提言が出てき 段階です。日本の国民が最後に た背景には何があるんですか? 学ぶ歴史の内容は、少しでも広 い視野から、日本史や世界史に 偏らない総合した歴史の勉強の 機会を設けるのが一番いいだろ う、という考え方が出てきまし た。しかも内容を精選し、暗記 ではない「考える歴史」を勉強 する場にしたい。そのためには、 思い切って新しい科目「歴史基 礎」を提案するしかないのでは ないか、ということになりまし た。 ています。「歴史基礎」の提言はこ の動きもふまえたものなのでしょ 科の見直し」という表現が出てき 本史の必修化の扱いなど地理歴史 中央教育審議会の諮問に、 「日 久保 2006年に世界史未履 修問題が起きました。この問題 が起きた理由というのも、高校 生が魅力の薄れた世界史をあま り勉強しようと思わなかったこ とや、単位の上でも大学受験に 必要がなければ無理に勉強する 必要はない、あるいは最小限の 勉強にしておこうという考え方 があったと思います。 この世界史未履修という問題 を き っ か け に、 我 々 の 間 で は、 もう一度、歴史教育の課程を見 直してみようと議論になり、さ まざまな意見が出てきました。 うか? 世界史必修だけをつづけるの は無理がありますが、かといっ ますし、高校生も広い視野で歴 史、世界史を用意します。 現在のB科目にあたる日本史 史を学びながら、日本史を中心 と 世 界 史 を、 歴 史 基 礎 の あ と に 改 に4単位、あるいは、世界史を め て や る と、 高 校 の 負 担 が 増 え ま 中心に4単位を取得したといえ せんか? ます。 久保 これから議論していかな 高校によって柔軟に対応して いといけないところですが、単 いただくこともできるだろうと 位の面では、歴史基礎+日本史 思っています。あまり深い内容 で日本史4単位、あるいは、歴 まで教えられない高校は最小限 史基礎+世界史で世界史4単位 のところで歴史基礎2単位、少 ともいえるような仕組みが可能 し余裕のある高校は歴史基礎2 かどうか、検討していきたいと 単位+日本史2単位または世界 思っています。 史2単位、もっと余裕のある高 このような仕組みができれば、 校は歴史基礎2単位とは別に日 高校の負担が少しは減ると思い 本史4単位または世界史4単位 2015 / 3 学研・進学情報 -2- -3- 2015 / 3 学研・進学情報 日本史と世界史を統合した 「歴史基礎」 が必要 ●視点・インタビュー とします。 教 科 書 と し て は、 歴 史 基 礎、 日本史、世界史の3種類を用意 し、 そ の な か で ど こ を 使 え ば、 歴史基礎2単位+世界史2単位 になるのか、どこを使えば歴史 基礎2単位+世界史4単位にな るのかを工夫し、高校の先生方 が柔軟に対応することは可能で はないかと思っています。 日本史と世界史を統合した歴 史 基 礎 は、 現 在 の 世 界 史 A や 日 本 史Aよりも内容的に薄くなるので しょうか? ています。 他の国の高校歴史教育はどう なっているのでしょうか? 久保 学校の歴史教育というの は、ヨーロッパの近代教育では じまりました。ヨーロッパの歴 史はもちろんヨーロッパ中心で した。日本の学校で歴史教育が はじまったとき、ヨーロッパの 教科書を輸入して翻訳したわけ ですが、それでは西洋史だけに なってしまうので、そこに日本 史、さらに中国の歴史書を参考 にしながら東洋史が作られまし た。結果として、西洋史、日本 史、東洋史の3区分ができたの です。このような3区分を真似 したのが、中国や韓国です。 現在でも自国の歴史とは別に 世界史という科目を別に独立さ せ、 必 修 的 に 扱 っ て い る の は、 中 国、 韓 国、 台 湾 ぐ ら い で す。 ヨーロッパではこのような扱い 方はむしろ少数派なんですね。 そういう意味では、最初から 自 国 の 歴 史 が 一 つ 別 に あ っ て、 そ れ と は 別 に ア ジ ア 史、 ヨ ー ロッパ史があるというのは無理 があります。大きな世界史のな や古代ローマ帝国、秦帝国、漢 帝国などが今に与えている影響 はたくさんあるわけで、文明史 の観点から必要最小限のことを 再確認するような作業もあって いいわけです。また、今問題と なっている環境史や災害史など もふれ、広い視野で勉強するこ とが必要であろうと思います。 大学受験との兼ね合いはどう なるのでしょうか? 久保 大学受験が抜本的に変わ らないといけないということは、 日本学術会議の分科会でも何度 も議論しているところです。た だ、どのように変えるのかが課 題です。 「歴史基礎」は考える勉強で、 答 え が 3 つ も 4 つ も 出 て き て、 それぞれの論拠や立場を理解し な が ら 議 論 す る の が 目 的 で す。 しかし、大学入試問題で解答が 3 つ も 4 つ も あ る と い う の は、 考 え に く い こ と で す。「 歴 史 基 礎」は大学入試に馴染まないの で、受験科目から外したほうが いいという極端な意見もありま す。一方で、大学受験に「歴史 基礎」がないと、高校で軽視さ 「考える力を培う」と提言さ かで自分の国の歴史を位置づけ る「歴史基礎」というのは、こ れからの方向としてあり得るだ ろうと思います。近代化のある 時期に生まれた、西洋史、日本 史、東洋史という3区分をもう 一度統合していくような手がか りにもなるかもしれません。 れ て い ま す が、 ど の よ う な 教 育 方 法を求めていくのでしょうか? 久保 教員が一方的に話をして、 生徒たちがノートをとって覚え るというのではなく、生徒が自 分で史料を調べて、それをもと れ勉強しなくなる恐れがありま す。その間をどうやって調整す るかが課題ですね。 大 学 受 験 を 変 え る し、「 歴 史 基礎」もうまく受験で使えるよ うな内容にする。両方を調整し ながら着地点を探りたいと思っ ています。 本をたくさん 読んでほしい はどのようなことに心がけたらよ 高校生が歴史を勉強する際に いでしょうか? 久保 一つは、とにかく本をた くさん読んでほしいということ ですね。歴史小説や漫画でもか まいません。とにかくいろいろ なものを読んで、人類の歴史は どれくらいの広がりがあり、ど のような問題があるのかについ て考えてもらいたいと思います。 もう一つは、くれぐれもイン ターネットの情報で勉強したつ もりにならないでほしいという ことです。インターネットはま だまだ発展途上の情報で、ひど い情報が氾濫しています。年号 など簡単な事実確認だけならい に自分なりに考えを出していく。 そのような学習を増やして、歴 史は自分で考える面白い勉強で あるということを実感してもら いたいと思っています。 歴史というのは、今まで人間 が辿ってきた道のりを、史料に 基づいていろいろな角度から原 因と結果を考え、その原因と結 果のつながりから、どのような 一つの物語が形成されているの かを考えるものです。 「歴史は『ワンピース』」と言っ てもいいのではないかと思いま す。アニメの「ワンピース」は、 いですが、背景説明や原因分析 について、無責任なネット情報 を信用してはいけません。その 点、活字の本は、どんな本であ れ、ある程度根拠がしっかりし ていますので信用できます。 高校の先生方にメッセージを お願いします。 久保 日本学術会議というのは、 メンバーのほとんどが大学の教 員で、主に学術研究の問題に取 り組んできました。今回、高校 教育の問題に取り組んだという のは、極めて珍しい例です。我々 としては、今まで高校教育の問 題についてしっかり取り組んで こなかったことについては反省 し、高校の現場の先生方の意見 を伺いながら、この問題につい て学術会議の立場から発信、提 案していきたいと考えています。 ですから、高校の先生方からの ご意見やご批判などをどんどん 伝えていただければありがたい です。高校の先生方と意見を交 換しながら、いい方向を探って いければと思います。 (構成/沢辺有司) 2015 / 3 学研・進学情報 -4- -5- 2015 / 3 学研・進学情報 久保 そこのところは工夫する 必要があると思っています。 実際に世界史Aと日本史Aを 見ると、重なる内容があるんで すね。つまり、日本史Aのなか にも世界史的な話がありますし、 世界史Aのなかにも日本史的な 話があります。 ですから、 重なっ ている部分をうまく調整し、十 分な内容をもたせながら、近現 代のアジア太平洋地域を中心に 少 し コ ン パ ク ト に ま と め れ ば、 高校生がそれまで勉強してきた 内容や学力レベルに合わせた興 味深い内容が準備できると考え 『 社会主義への挑戦1945-1971 〈シリーズ中国近現代史4〉』 (久 保亨、岩波新書):(左写真)中 国共産党が試行錯誤を重ねた四 半世紀をたどる。 『史料から考える世界史 20 講』 (歴史学研究会、岩波書店):古 代エジプトの官僚の夢から、現 代世界の平和の問題に至るま で、さまざまな史料から歴史を 読み解く魅力を伝える。久保教 授は責任編集の一人。 千数百年の歴史が舞台になって、 いろいろな現象がからまってい ます。実際に人間の歴史も、千 数百年の間に起きたいろいろな 地域のいろいろな出来事がから まってできているわけです。そ の人間が辿ってきた道筋の全体 を、自分なりに理解するという のが「歴史基礎」の一番の大き な目的です。 「 歴 史 基 礎 」 で は、 日 本 と 関 係が深いアジア太平洋地域の近 現代を中心にしていますが、遠 くのイギリスも重要な役割を果 たしていますし、古代ギリシャ 久保亨教授の歴史の本
© Copyright 2025