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ヨクイニン含有水酸化モノおよびジ不飽和脂肪酸の
脂質代謝に及ぼす影響
∼リピドミック解析を介した外来性および内在性核内受容体リガンドの探索∼
申 請 代 表 者
所外共同研究者
〃
所内共同研究者
井上 誠
田邉 宏樹
小谷 仁司
渡辺 志朗
愛知学院大学大学院薬科学研究科
愛知学院大学大学院薬科学研究科
愛知学院大学大学院薬科学研究科
臨床科学部門 臨床利用分野
教授
講師
助教
准教授
■背景・目的
ヨクイニンは,基原植物であるイネ科ハトムギの種皮を取り除いた種子を用部とする生薬であ
る。古くから利尿,鎮痛,健胃薬として用いられている。我々はこれまでにヨクイニンより PPAR J
(peroxisome proliferator-activated receptor J)アゴニストとして,6 種類の水酸化不飽和脂肪酸
を単離同定してきた。しかし,ヨクイニンの薬効とそれらの水酸化不飽和脂肪酸との関係は明らか
でない。PPAR は核内受容体スーパーファミリーに属しているリガンド応答性転写因子であり,D,
E / G,J の 3 種類のサブタイプが知られている。主に,PPAR D は肝臓における脂肪酸代謝で,PPAR G
は骨格筋における脂肪酸酸化で,PPAR J は脂肪細胞分化で重要な役割を果たしている。これらの
PPARs は糖・脂質代謝に深く関与しており,肥満,糖尿病,インスリン抵抗性の改善薬の開発ター
ゲットとして盛んに研究がされてきた。しかし,それぞれの PPAR アゴニストとして開発,臨床応
用されてきた薬剤には重篤な副作用が報告され,臨床現場での使用が禁止,あるいは,制限されてい
る。特に,PPAR J アゴニストであるチアゾリジン系薬剤には,体重増加,体液貯留,浮腫,鬱血性
心不全,骨折などの副作用が報告され,新たな薬剤の開発が望まれている。この様な状況の中で,選
択的 PPAR J モジュレーターや panPPAR アゴニストの有用性が指摘されている。そこで今回我々は,
ヨクイニンに含有されている各種の水酸化不飽和脂肪酸の PPAR アゴニストとしての特徴を調べ,
それらがヨクイニンが示す薬効の基盤になっているかを明らかにすることを目的として本実験を行っ
た。
■結果・考察
ヨクイニンより単離・同定した水酸化モノ・ジ不飽和脂肪酸が,PPAR の3つのサブタイプに対し
てどのような作用を及ぼすか,HEK293 細胞を用いたルシフェラーゼレポーターアッセイ系で調べ
た。使用した 6 種類の水酸化不飽和脂肪酸は,PPAR D,G,J それぞれに対して活性の強弱はあったが
5~20 μM の濃度でアゴニスト活性を示した。そこで,さらに水酸化不飽和脂肪酸の PPAR アゴニス
ト活性を解析するために,各種の水酸化モノ不飽和脂肪酸を合成し,それらの PPAR アゴニストと
しての特徴を調べた。その結果,オレイン酸((9Z )-octadecenoic acid)は 20μM の濃度では PPAR
アゴニスト活性は殆ど示さなかったが,オレイン酸の水酸化体である 11-hydroxy-(9Z )-octadecenoic
acid と 11-hydroxy-(9E )-octadecenoic acid は PPAR D,G,J アゴニスト活性を示した。そして,二重
結合のトランス - シス異性体を比較すると,トランス型の 11-hydroxy-(9E )-octadecenoic acid の方が
−44−
α
(9Z)-OE
(9Z )-11-HOE
a)
(9 E)-11-HOE
᳓㉄ၮߩ᦭ήߣੑ㊀⚿วߩ㈩⟎
a)
WY14643
c)
CTRL
HOOC
0
1
2
3
4
5
PPAR α Reporter Activity (RLA)
6
Oleic acid ( (9Z)-Octadecenoic acid)
: (9Z)-OE
δ
(9 Z)-OE
(9Z )-11-HOE
(9 E)-11-HOE
HOOC
OH
a, b)
GW501516
11-Hydroxy-(9Z)-octadecenoic acid
: (9Z)-11-HOE
c)
CTRL
OH
0
2
4
6
8
10
12
14
PPAR δ Reporter Activity (RLA)
16
18
HOOC
y
y( )
11-Hydroxy-(9E)-octadecenoic
acid
: (9E)-11-HOE
γ
(9 Z)-OE
(9Z )-11-HOE
20
a)
(9 E)-11-HOE
a)
RGZ
c)
CTRL
0
0
2
4
6
8
PPAR γ Reporter Activity (RLA)
10
12
Fig.1. ᳓㉄ൻ䊝䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯䊆䉴䊃ᵴᕈ
#'%'"$#&*!$%α #δ*!$%γ
p(&Zp(&Zp(&
'')"$#
᳓㉄ၮߣੑ㊀⚿วߩ૏⟎ߩ㆑޿
α
(9E)-11-HOE
(6E)-8-HOE
(11E)-10-HOE
OH
HOOC
a, b)
(11E)-13-HOE
0
1
2
3
4
PPARα Reporter Activity (RLA)
5
11-Hydroxy-(9E)-octadecenoic acid
: (9E)
(9E)-11-HOE
11 HOE
6
HOOC
δ
(9E)-11-HOE
(6E)-8-HOE
OH
8-Hydroxy-(6E)-octadecenoic acid
: (6E)-8-HOE
(11E)-10-HOE
(11E)-13-HOE
c)
0
1
2
3
4
5
6
HOOC
PPARδ Reporter Activity (RLA)
OH
10-Hydroxy-(11E)-octadecenoic acid
: (11E)-10-HOE
γ
(9E)-11-HOE
(6E)-8-HOE
(11E)-10-HOE
OH
HOOC
d)
(11E)-13-HOE
0
1
2
3
4
5
6
PPARγ Reporter Activity (RLA)
13-Hydroxy-(11E)-octadecenoic acid
: (11E)-13-HOE
Fi
Fig.䋲.
᳓㉄ൻ 䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯
᳓㉄ൻ䊝䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯䊆䉴䊃ᵴᕈ
䊃ᵴᕈ
#'%'"$#&*!$%α #δ*!$%γ p(&Z$%
E
p(&Ep(&EE$%E
p(&E
'')"$#
−45−
὇⚛㎮ߩ㐳ߐߣ᳓㉄ၮߩ૏⟎ߩ㆑޿
α
(9E)-8-HHE
((9E)-11-HHE
)
HOOC
(9E)-11-HOE
OH
0
1
2
3
4
5
PPARα Reporter Activity (RLA)
6
(9E)-8-HHE
δ
(9E)-11-HHE
(9E) 11 HOE
(9E)-11-HOE
8-Hydroxy-(9E)-hexadecenoic acid
: (9E)-8-HHE
OH
HOOC
a)
0
1
2
3
4
5
PPARδ Reporter Activity (RLA)
11-Hydroxy-(9E)-hexadecenoic acid
: (9E)-11-HHE
6
OH
γ
(9E)-8-HHE
(9E)-11-HHE
HOOC
11-Hydroxy-(9E)-octadecenoic acid
: (9E)-11-HOE
(9E)-11-HOE
0
1
2
3
4
5
PPARγ Reporter Activity (RLA)
6
Fig 3 ᳓㉄ൻ䊝䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯
Fig.3.
᳓㉄ൻ䊝䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯䊆䉴䊃ᵴᕈ
䉴䊃ᵴᕈ
#'%'"$#&*!$%α #δ*!$%γ
p(&E$%E
'')"$#
a)
11-HOA
᳓㉄ၮߣੑ㊀⚿วߩ᦭ήߩ㆑޿
α
OA
(9E) OE
(9E)-OE
HOOC
(9E)-11-HOE
b)
Stearic acid ( Octadecanoic acid)
: OA
c)
WY14643
CTRL
0
1
2
3
PPARα Reporter Activity (RLA)
4
5
δ
OA
a)
11 HOA
11-HOA
OH
HOOC
11-Hydroxyoctadecanoic acid
: 11-HOA
11 HOA
(9E)-OE
(9E)-11-HOE
b)
HOOC
c)
GW501516
CTRL
0
2
4
6
8
10
PPARδ Reporter Activity (RLA)
OH
γ
OA
a)
11-HOA
12
HOOC
11-Hydroxy-(9E)-octadecenoic acid
: (9E)-11-HOE
(9E)-OE
(9E)-11-HOE
El idi acid
Elaidic
id ( (9E)-Oactadecenoic
(9E) O t d
i acid)
id)
: (9E)-OE
b)
c)
RGZ
CTRL
0
2
4
6
PPARγ Reporter Activity (RLA)
8
10
Fig.4. ᳓㉄ൻ䊝䊉ਇ㘻๺⢽⢌㉄䈱PPAR䉝䉯䊆䉴䊃ᵴᕈ
#'%'"$#&*!$%α #δ*!$%γ
p(&p(&Ep(&
'')"$#
−46−
より強い活性を示した (Fig. 1)。次に,水酸化モノ不飽和脂肪酸の二重結合の位置と水酸基の位置の
違いが,PPAR アゴニスト活性に及ぼす影響を検討した。その結果,11-hydroxy-(9E )-octadecenoic
acid,8-hydroxy-(6E )-octadecenoic acid,10-hydroxy-(11E )-octadecenoic acid,13-hydroxy-(11E )octadecenoic acid の中で,10-hydroxy-(11E )-octadecenoic acid が PPAR Dと J に対して最も高い活
性を,13-hydroxy-(11E )-octadecenoic acid が PPAR G に対して最も高い活性を示した (Fig. 2)。この
結果は,水酸化不飽和脂肪酸の二重結合はカルボキシル基から遠い位置にある方が活性が高くなるよ
うであり,一方,水酸基の位置はサブタイプ選択性に影響を与えているようであったが,化合物の数
が少ないため今後のさらなる検討が必要である。次に,水酸化モノ不飽和脂肪酸の鎖長が PPAR ア
ゴニスト活性に影響を検討した。その結果,8-hydroxy-(9E )-hexadecenoic acid,11-hydroxy-(9E )hexadecenoic acid,11-hydroxy-(8E )-octadecenoic acid は PPAR Dと J に対しては同等のアゴニスト
活性を示したが,PPAR G に対しては鎖長の長い 11-hydroxy-(8E )-octadecenoic acid が最も強いアゴ
ニスト活性を示した (Fig. 3)。
次に,水酸化モノ不飽和脂肪酸の二重結合の有無が PPAR アゴニスト活性に及ぼす影響を検討し
た。その結果,ステアリン酸とエライジン酸は 20 μM で活性は全く示さなかったが,それらの水酸
化体である 11-hydroxyoctadecanoic acid と 11-hydroxy-(9E )-octadecenoic acid は同等な panPPAR
アゴニスト活性を示した (Fig. 4)。すなわち,二重結合の存在は PPAR アゴニスト活性に必須ではな
く,水酸基の存在が重要であることがわかった。以上の結果をまとめると,脂肪酸は水酸基が導入さ
れることにより,対応する不飽和脂肪酸,飽和脂肪酸より強い panPPAR アゴニスト活性を獲得する
ことが明らかになった。さらに,二重結合の位置,水酸基の位置,及び,脂肪酸鎖長は,アゴニスト
活性に極めて大きな影響を与えることはないが,脂肪酸が示す PPAR サブタイプ選択性に若干の影
響を与えるようであった。
これまでに脂肪酸が PPARs アゴニストとして作用することは報告されているが,脂肪酸による
PPARs の活性化には 100μM 程度の濃度が必要である。しかし,それらの脂肪酸に何らかの機序に
より水酸基が導入されることにより低濃度で PPARs を活性化することが可能になり,その結果,生
体内の糖・脂質代謝の調節を行っている可能性が考えられる。また,ヨクイニンなどの外来性の水酸
化不飽和脂肪酸が,生体内の糖・脂質代謝に及ぼす影響が考えられる。データは示していないが,ヨ
クイニンメタノール抽出エキスには,PPAR J アゴニストであるチアゾリジン系薬物であるロジグリ
タゾンと同様な,前駆脂肪細胞の分化誘導作用と中性脂質の蓄積促進作用が観察された。
そこで,糖尿病・肥満研究用高脂肪飼料(Quick Fat)で飼育したマウスの脂質代謝に及ぼすヨク
イニンの効果を検討した。今回は,一つの水酸化不飽和脂肪酸の効果を in vivo で検討することはせず,
幾種類かの水酸化モノ・ジ不飽和脂肪酸を含有するヨクイニンの効果を検討した。ヨクイニンはミル
で粉末にしたものを,2.5% あるいは 5%(w/w)の濃度で高脂肪飼料に混和して,雄性 C57BL/6 マ
ウス(6 週齢)に摂取させた。16 週間飼育し,ヨクイニンが糖・脂質代謝に及ぼす効果を経時的に
調べた。高脂肪飼料で飼育したコントロール群のマウスでは,体重,及び,血清コレステロール,血
糖,内臓脂肪量の増加と,血清中性脂質の初期における上昇と後期における低下が観察された。また,
血清 GOT,GPT 値の若干の上昇が観察された。一方,ヨクイニンの低用量及び高用量摂取群におい
て,高脂肪飼料摂取によって変動した糖・脂質代謝を著しく改善する作用は観察されなかった (Fig.
5)。ただし,コントロール群で観察された肝臓中性脂質含量の低下をヨクイニン投与群では抑制して
おり,ヨクイニンが肝臓の脂質代謝に何らかの影響を与えていることが推察された (Fig. 6)。今回の
−47−
CE 2 (᥉ㅢ㘺ᢱ)
CE-2
(n=7)
Quick Fat (♧ዩ∛࡮⢈ḩ⎇ⓥ↪㜞⢽⢌㘺ᢱ)
(n=7)
Quick Fat + 22.5%࡛ࠢࠗ࠾ࡦ
5%࡛ࠢࠗ࠾ࡦ
(n=8)
Quick Fat + 55.0%࡛ࠢࠗ࠾ࡦ
0%࡛ࠢࠗ࠾ࡦ
(n=8)
0
4
8
16 (weeks)
12
ਛᕈ⢽⾰
ࠦ࡟ࠬ࠹ࡠ࡯࡞
ⴊ♧
GOT, GPT
Liver/Fat weight
& gene expression
C57BL/6ࡑ࠙ࠬ
㧔6ㅳ㦂‫ۅޔ‬㧕
Serrum TG concen
ntration (mg/dL
L)
300
200
100
0
0
4
8
12
16
Days after feeding
: Normal,
: CTRL,,
: Low,,
: High
g
180
ⴊᷡࠦ࡟ࠬ࠹ࡠ࡯࡞
Serum glucose con
ncentration (mg
g/dL)
ⴊᷡਛᕈ⢽⾰
400
Serum
m cholesterol co
oncentration (m
mg/dL)
Fig. 5. ታ㛎䉴䉬䉳䊠䊷䊦
160
140
120
100
80
60
40
20
0
0
4
8
12
16
ⴊ♧
300
200
100
0
0
Days after feeding
: Normal,
: CTRL,
: Low,
: High
g
4
8
12
16
Days after feeding
: Normal,
: CTRL,
: Low,
: High
Fig. 6. 䊣䉪䉟䊆䊮䈱♧䊶⢽⾰ઍ⻢䈮෸䈿䈜ᓇ㗀
実験では,ヨクイニンの糖・脂質代謝に及ぼす影響は観察されなかったために,当初計画をしていた
生体内,あるいは,細胞膜の中性脂質,リン脂質などへの水酸化不飽和脂肪酸の取り込みのリピドミッ
ク解析は行わなかった。一般に,ヨクイニンは薬効を期待するためには,かなりの高用量を使用するが,
今回使用した飼料に混和した 2.5% あるいは 5% (w/w) の量は充分ではなかった可能性が考えられる。
但し,飼料に占めるヨクイニンの割合をこれ以上増やすことは難しいため,今後は水酸化不飽和脂肪
−48−
% of norrmal leve
els
150
⢄⤳⢽⾰
100
Ύ
50
0
ChoE
TG
Cho
Fig. 7. 䊣䉪䉟䊆䊮䈱♧䊶⢽⾰ઍ⻢䈮෸䈿䈜ᓇ㗀
: normal,
: control,
: low,
: high
ΎƉфϬ͘ϬϭǀƐ͘ŶŽƌŵĂů
酸を高用量含有するヨクイニンのメタノールエキスなどを使用して飼料を調製し,マウスの水酸化不
飽和脂肪酸摂取量を大幅に増加させることが必要であると考える。また,合成水酸化不飽和脂肪酸を
使用して,その生体内での動態を調べることも必要であると考える。
本研究では,漢方方剤に繁用される生薬の一つであるヨクイニンに,メタボリックシンドロームの
改善薬の可能性が期待される panPPAR アゴニストの候補になりうる複数の水酸化モノ・ジ不飽和脂
肪酸が含有されること見出した。今後,さらに水酸化不飽和脂肪酸の薬物としての有用性と生体にお
ける役割の解明によって,新規 panPPAR アゴニストの開発への新しい道を開くと共に,脂肪酸の生
理学的または病態生化学的な新たな役割が解明されていくことが期待される。
■結論
1.水酸化モノ不飽和脂肪酸は,panPPAR アゴニスト活性を示した。
2.水酸化モノ不飽和脂肪酸の二重結合の位置,水酸基の位置,及び,脂肪酸鎖長(16 と 18)は
PPAR アゴニスト活性に大きく影響しなかったが,サブタイプ選択性に影響を及ぼしているようで
あった。
3.脂肪酸は水酸基が導入されることにより,強い panPPAR アゴニスト活性を獲得することが明ら
かになった。
4.ヨクイニンは糖尿病・肥満研究用高脂肪飼料の摂取により変動した糖・脂質代謝を改善する作用
は示さなかった。しかし,ヨクインは肝臓中性脂質の減少を抑制しており,ヨクイニンが脂質代謝
系に何らかの影響を及ぼしている可能性が考えられた。
−49−