第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 《最優秀賞》 内部収益率を活用した 金融商品の比較・評価方法と活用事例 川副 聖規 相談者から「定期預金が満期になったので、そ れを原資に新たな投資商品を探している。いろい ろな商品を勧められたがどれが良いかわからない。 これらを同じモノサシで簡単に比較できないの か。 」と問われた。 この問いに対し、即座に回答できなかったので、 後日回答とさせていただいた。 いろいろと思考していたところ、その答えは意 外にも日常行っている設備投資のコンサルティン グ業務の中で見つけることができた。 設備投資の有効性を評価する際、 内部収益率(以 下、 「IRR」という。)で評価することがあり、金 融商品の比較・評価にも活用できる。 本稿では、IRR の概要と上記相談での活用例を 記載する。 1.はじめに 金融商品等を相互に比較する場合、将来の経済 動向、各個人のライフプラン、投資目的などの定 性要素と投資時期や投資額、利回りなどの定量要 素を総合的に評価する必要があるが、現実にはそ れらを客観的に比較して評価するのは難しい。 そこで、これらの要素のうち定量条件について IRR での評価方法を適用すると、性質の異なる金 融商品でも投資と収益をキャッシュフロー上に展 開できれば、同一のモノサシで客観的に比較でき る。 表-1 金利 1%(1 年複利)定期預金キャッシュフロー (単位:円) 表面金利: 1.00% 径過年 投資額 収益額 金利収入 年収支 1 -1,000,000 0 -1,000,000 2 -8,000 0 8,000 0 3 -8,064 0 8,064 0 4 -8,128 0 8,128 0 5 -8,193 0 8,193 0 6 -8,259 0 8,259 0 7 -8,325 0 8,325 0 8 -8,391 0 8,391 0 9 -8,458 0 8,458 0 10 0 1,065,818 8,526 1,074,344 内部収益率(IRR) *期末基準 0.80% 2.内部収益率(IRR)とは IRR を説明する前に IRR と関係の深い正味現 在価値(以下、 「DCF」という。)を使った評価方 法について説明する。 不動産投資を行う際などに DCF による投資評 価を行うことがある。DCF は、あらかじめ、割引 率(期待利回り)を設定して、投資とその投資が創 出するキャッシュフローの現在価値の合計額が投 資額より大きければその投資は有効と評価する方 法である。以下に DCF の計算式を示す。 n DCF=Σ n=1 IRR は、投資とその投資が創出するキャッシ ュフローの現在価値の合計額が投資額と同じと なる割引率のことである。 つまり、前述の式で DCF が投資額と同額と なる割引率が IRR で、この IRR が投資の実質 利回りと理解してよい。 具体例として、表-1 に表面金利 1%(1 年複 利、金利課税 20%)の定期預金に 100 万円を投 資した場合のキャッシュフローを示す。1 年複 利なのでキャッシュフローでは、当該年に発生 した金利は金利が支払われるのと同時に再投 資され、それらの金利は満期時に一括して受け 取る形で整理される。 ここで、表-1 のキャッシュフロー(年収支) で IRR を計算すると表の下段に記載のとおり 0.80%となる。 年収支で 10 年目の収益 1,074,344 円を IRR (0.80%)で現価計算をすると、 1,074,344 円÷(1+0.80%)9 年=1,000,000 円 となり、1 年目の投資額(-1,000,000 円)と 同額となる。 この式中に示す「0.80%」が IRR で実質利回 りと理解してよい。 3.内部収益率法(IRR)の活用例 冒頭の相談事例で IRR 法の活用例を紹介す る。 なお、ここで使用する数値は一般に販売され ている金融商品等を参考に筆者が想定・入力し n 年後の収支 (1+割引率)n 1 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) たもので、投資時期や地域、入力条件の設定に よりキャッシュフローが異なる。 ・金 利:2.00%(元利金等返済、固定 金利) ④ 不動産投資(賃貸マンション) 以下の条件での投資で、10 年間運営後の マンションの売却収入・諸費用も考慮した 場合、基本ケース(満室率 80%)の IRR は 2.23%、悲観ケース(満室率 70%)の IRR は 0.89%となる。 [条件] ・投 資 額 :260 万円 ・家賃収入(月額):2.8 万円 ・満 室 率 : 80%(基本ケース)、70%(悲観ケース) ・初 期 経 費(年額) :39 万円 ・年 経 費:7.8 万円 ・臨時経費(3 年毎) :13 万円 ・10 年後売却価格:190 万円 (1)相談内容 相談内容は、 「定期預金が満期になり 300 万 円が手元にある。①定期預金、②太陽光発電で の売電収入、③住宅ローン繰上げ返済、④ワン ルームマンション投資の 4 つの投資を考えてい る。どれに投資したら良いか?」ということで あった。 また、 「高収益を確実に得たいので、国が補助 金を出し売電価格を約束している②の太陽光発 電が良いのではないか。 」と考えているというこ とであった。 (2)個々の投資対象の IRR 計算結果 表-2 の「各投資対象商品のキャッシュフロ ー表と IRR」の内容を以下に示す。 ① 定期預金(複利) 0.4%の利率で 1 年複利の商品なので、税 引後の金利を再投資することで 10 年間の IRR は 0.32%となる。 定期預金は、変動(リスク)がなく将来の 受取額と時期が確定しているので、他の投 資と比較するベースとなる。 つまり、他の商品の IRR がこの定期預金 の IRR より低ければ、その投資に有効性は ない。 ② 太陽光発電(売電) 以下の条件で設備を設置し、15 年間、売 電収益を得る場合の IRR は-0.82%となる。 [条件] ・設置規模:4kW(設備利用率:11%) ・投 資 額: 当初設備設置費 180 万円 (補助金を考慮) 10 年目パワーコンディショナー取替 え:20 万円 ・売電単価:42 円/kWh(当初 10 年) ・売電収入: 58,000 円/年(11 年目~15 年目) ・投資期間:15 年 ③ 住宅ローン繰上げ返済 以下の条件の住宅ローン残債があり、現 時点で 300 万円を繰上げ返済した場合のロ ーン支払い低減効果額の IRR は 2.00%とな る。なお、住宅ローン減税への影響は軽微 なので考慮しない。 [条件] ・借入残額:1,000 万円 ・残 期 間:12 年 (3)IRR での総合評価 まず、相談者が最も良いと考えている②太 陽光発電は、約 10 年後にパワーコンディショ ナー(直流-交流変換器)の取替え費用が影響し IRR がマイナスとなるため、投資の対象からは 外れる。 〔そもそも、太陽光発電の魅力は補助金 (税金)と売電価格(電気料金)である。国は設備 設置者を助成する仕組みを思考しており、儲け させる仕組みにはしていないはず。 〕 次に、 ③の住宅ローンの繰上げ返済であるが、 固 定 金 利なの で変 動リ ス クが なく IRR が 2.00%となり比較のベースである①の定期預金 よりも効果が大きく有効と評価できる。 なお、繰上げ返済は債務の低減であり、資 産を得るものではないので、ここでの視点は、 投資による収益ではなく総支出の低減(将来の 貯蓄額の増)と理解しておく必要がある。 最後に、④のワンルームマンションへの投資 であるが、満室率 80%の基本ケースで IRR が 2.23%と前述③繰上げ返済と比べて若干高い結 果となる。しかし、満室率 70%の悲観ケースで の IRR が 0.89%となるリスクを合わせて考え ると推奨できる投資とは考え難い。 仮に相談者がこの不動産投資への志向性が強 いとしても、不動産投資信託(REIT)が 5%程 度の利益率を示す現状で、有効な投資と推奨で きない。 したがって、IRR での比較・評価では、③の 住宅ローンの繰上げ返済が最も有効と評価でき る。 なお、住宅ローン繰上げ返済で返済期間短 縮型での IRR 評価、及び他の金融商品について 2 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) も IRR で評価してみたが、相談者が思考する 「確実な収益性」を考慮すると、③住宅ローン の繰上げ返済と比べて有効性のある商品にはた どり着けなかった。 表-2 各投資対象商品のキャッシュフロー表と IRR (単位:円) 経過年 0 1 期間 10年 2 初期投資額 -3,000,000 円 3 利回り 0.40% 4 税率 20% 5 6 7 8 9 内部収益率(IRR) 0.32% 10 経過年 ②太陽光発電(売電) 0 1 期 間 15年 2 初期投資額 -1,800,000 円 3 発電出力 4kW 4 発電利用率 11.00% 5 PC取替え費用 -200,000円 6 7 *PC:パワーコンディショナー(耐用年:10年) 8 10年目に取替えが必要 9 売電単価(10年目まで) 42円/kWh 10 売電収入(11年以降) 58,000円 11 発電期間(年) 15年 12 廃棄物処理費 0円 13 14 内部収益率(IRR) -0.82% 15 経過年 ③ 住宅ローン繰上げ返済 0 1 借入残額 10,000,000 円 2 借入残期間 12年 3 借入金利 2.00% 4 繰上げ返済額 3,000,000円 5 返済方法 元利均等返済 6 繰上げ返済方法 返済額軽減 7 8 9 10 11 内部収益率(IRR) 2.00% 12 経過年 ④-1 不動産投資(賃貸マンション) 0 基本ケース 1 期間 10年 2 初期投資額 -2,600,000 円 3 初期経費(年額) -390,000円 4 年経費 -78,000円 5 臨時経費(3年毎) -130,000円 6 家賃収入(月額) 28,000円 7 満室率 80% 8 10年後売却価格 1,900,000円 9 内部収益率(IRR) 2.23% 10 ④-2 不動産投資(賃貸マンション) 経過年 0 悲観ケース 1 期間 11年 2 初期投資額 -2,600,000 円 3 初期経費(年額) -390,000円 4 年経費 -78,000円 5 臨時経費(4年毎) -130,000円 6 家賃収入(月額) 28,000円 7 満室率 70% 8 11年後売却価格 1,900,000円 9 内部収益率(IRR) 0.89% 10 ①定期預金(複利) 投資額 金利収益(税引後) 収支額 -3,000,000 -3,000,000 -9,600 9,600 0 -9,631 9,631 0 -9,662 9,662 0 -9,692 9,692 0 -9,723 9,723 0 -9,755 9,755 0 -9,786 9,786 0 -9,817 9,817 0 -9,849 9,849 0 0 3,097,394 3,097,394 投資額 売電収入 収支額 -1,800,000 0 -1,800,000 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 0 161,885 161,885 -200,000 161,885 -38,115 0 58,000 58,000 0 58,000 58,000 0 58,000 58,000 0 58,000 58,000 0 58,000 58,000 支払額(現状) 支払額(繰上返済) 収支額 -3,000,000 -3,000,000 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 945,596 661,917 283,679 投資額 家賃収入 収支額 -2,990,000 -2,990,000 -78,000 268,800 190,800 -78,000 268,800 190,800 -78,000 268,800 190,800 -208,000 268,800 60,800 -78,000 268,800 190,800 -78,000 268,800 190,800 -78,000 268,800 190,800 -208,000 268,800 60,800 -78,000 268,800 190,800 -78,000 2,168,800 2,090,800 投資額 家賃収入 収支額 -2,990,000 -2,990,000 -78,000 235,200 157,200 -78,000 235,200 157,200 -78,000 235,200 157,200 -208,000 235,200 27,200 -78,000 235,200 157,200 -78,000 235,200 157,200 -78,000 235,200 157,200 -208,000 235,200 27,200 -78,000 235,200 157,200 -78,000 2,135,200 2,057,200 3 キャッシュフロー 4,000,000 3,000,000 2,000,000 収 1,000,000 支 0 額 -1,000,000 -2,000,000 -3,000,000 -4,000,000 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 径過年 キャッシュフロー 1,000,000 収 支 額 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 -1,000,000 -2,000,000 径過年 キャッシュフロー キャッシュフロー 1,000,000 1,000,000 00 収 収 -1,000,000 支 支 -1,000,000 額 額 -2,000,000 -2,000,000 -3,000,000 -3,000,000 -4,000,000 00 11 22 33 44 55 66 77 88 99 10 10 11 11 12 12 径過年 径過年 キャッシュフロー 3,000,000 2,000,000 1,000,000 収 0 支 額 -1,000,000 -2,000,000 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 6 7 8 9 10 -3,000,000 -4,000,000 径過年 キャッシュフロー 3,000,000 2,000,000 1,000,000 収 0 支 額 -1,000,000 -2,000,000 0 1 2 3 4 5 -3,000,000 -4,000,000 径過年 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) (4)相談者へのアドバイス 今回、相談者からの質問に対しては、前述ま での説明で一応の回答は整うが、FP のアドバ イスとしては、冒頭記載のとおり、相談者の定 性的な状況を加味する必要がある。 相談者との面談で、 「4 年後の子供の大学進 学に備えて、学資保険に加入しているものの、 教育資金が心配である。リスクのない確実な 収益を確保したい。 」とのお話があった。 そこで、ライフプランに基づくキャッシュ フロー表の作成と保険の加入状況を整理し以 下の検討を加えた。 なお、住宅ローンが固定金利なので、 「将来、 市中金利上昇時に、定期預金の有効性が出て くる可能性もあり、段階的に繰上げ返済する 方法もある。 」旨説明したが、相談者は 300 万 円を 1 度に繰上げ返済する方法を選択された。 a. 「繰上げ返済」の大学進学費用への影響 繰上げ返済は、住宅ローン総額の低減効果 はあるが、その効果が現れるのに一定期間を 要する。今回、300 万円の繰上げ返済により年 間 283,679 円の返済額低減となる。 つまり 300 万円の返済効果は約 11 年後に現 れるので、繰上げ返済後約 10 年間は貯蓄に対 しマイナスに作用する。 もし、直近で教育費など相当額の現金が貯蓄 額以上に必要となる場合は、別の借入が発生 するなど、むしろ家計には厳しく作用すること もある。 相談者のキャッシュフロー表を見ると、幸い なことに子供の大学進学時点で十分な貯蓄を確 保できる見込みであったため、繰上げ返済の実 行について問題はないと評価した。 b.繰上げ返済によるリスク評価 相談者は団体信用生命保険に加入されてお り、繰上げ返済によりその死亡保障も低下する ことが懸念された。 これについては必要十分な保険に加入されて いることを確認できたので問題ないと評価した。 c.学資保険契約内容と相談者のニーズとの合致 学資保険についての相談者の理解とニーズは 貯蓄であり、また、別の保険で子供のケガなど への保障も十分であることも分かった。 この状況を踏まえ、 「学資保険」の内、特約 部分は不要と評価し解約した場合の効果を IRR で計算した結果、表-3 に示すとおり、現状の 運用利回り 0.279%が 0.436%に向上することが 評価できたのでアドバイスに加えた。 表-3 学資保険キャッシュフローによる内部収益率(IRR)評価 (単位:円) 年 保険料支払額 H9 -116,910 H10 -155,880 H11 -155,880 H12 -155,880 H13 -155,880 H14 -155,880 H15 -155,880 H16 -155,880 H17 -155,880 H18 -155,880 H19 -155,880 H20 -155,880 H21 -155,880 H22 -155,880 H23 -155,880 H24 -155,880 H25 -155,880 H26 -116,910 特約分 満期保険額 -8,640 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -8,640 3,000,000 内部収益率(IRR) 計 -125,550 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 2,874,450 0.279% 年 保険料支払額 H9 -116,910 H10 -155,880 H11 -155,880 H12 -155,880 H13 -155,880 H14 -155,880 H15 -155,880 H16 -155,880 H17 -155,880 H18 -155,880 H19 -155,880 H20 -155,880 H21 -155,880 H22 -155,880 H23 -155,880 H24 -155,880 H25 -155,880 H26 -116,910 特約分 満期保険額 -8,640 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -11,520 -2,880 0 0 0 3,000,000 内部収益率(IRR) 計 -125,550 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -167,400 -158,760 -155,880 -155,880 2,883,090 0.436% H23~満期まで特約を解約した場合のキャッシュフロー 現状のキャッシュフロー 4 第 4 回「FP向上のための小論文コンクール」入賞作品(2013 年、日本FP協会) 4.まとめ ほとんどの金融商品は、投資額、投資時期など に係らず IRR というモノサシで相互に比較・評価 できる。 また、IRR は、Excel で簡単に計算できるため、 入力条件を変えることで、金融商品の最適設計に も活用できる。 つまり、IRR は金融商品の相互比較・評価、及 び最適設計に力を発揮するツールである。 ただし、入力条件次第で IRR は変わるため、不 動産投資のように入力条件に幅があるような投資 には基本ケースと悲観ケースの 2 段階、または 3 段階で評価する方が望ましい。 IRR での評価方法は、FP のアドバイスツール として有効である。不動産の投資評価、金融商品 の比較・評価、保険の最適設計などに活用される ことを推奨する。 5
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