エイゴは、辛いよ。…大矢 俊雄

エイゴは、辛いよ。
SPOT
大矢 俊雄
帰国子女でも何でもない。役所に入って25歳で
米国に留学して、初めて外国に住んだ。
の縦切り2ピース、しかも2人分であった。数秒
の茫然の後、添えられたナイフとフォークを手に
2年間の留学の後、3年ずつ2回の海外赴任が
持つ。2人して顔を伏せ、筋に沿って縦に切り、
あり計8年間米国に住んだ。今でもかなりの時間
時折横に線を入れて切り離し、口に持って行く。
を英語を使った仕事に割いている。
男2人、余りにも全ての事情を分かり過ぎ、余り
しかし、それでも、エイゴの苦労は忘れない。
過ぎてしまえば、というものでは無い。時々今で
も夜中に夢に見て冷や汗をかいて目が覚める。
エイゴは、辛い。辛いけれども、一生懸命やっ
ていれば、きっと貴方にしか作れない、美しい想
い出も出来るかもよ、という話を3回シリーズく
らいでお届けしたい。第一回は、若かりし頃の自
分の実体験をイントロとしてお話する。夢に出て
くる、コアの部分である。
例えば。
●その1。
留学の際、生まれて初めて米国の地を踏んだ翌
にも同じ感情を共有していることが、辛い。
留学初めての朝に、何故に男2人で向かい合っ
てナスを食わなきゃいかんのだ。
これで2年間、生きて行けるのか。
。
。
。
軽やかな鳥のさえずりの中、ナスを切るナイフ
が皿を擦る音が、重く響く。
●その2。
初めて留学先の大学を訪れた日。キャンパスの
中のサンドイッチ屋に行った。
ナスの経験から、食べ物のオーダーには異常に
ナーバスになる。なるべく発音の簡単そうなもの
を選ぶ。
「B.L.T, Please.」もし通じなかったら、
日、サンフランシスコ界隈の安ホテルで朝食を取
ベーコンとレタスとトマトと言えば良い。これは
ろうとしたとき。ホテルの中庭、朝の涼風が吹く
安心だ。
屋外のテーブルで、一緒に留学した同期の男とメ
ニューを見ていた。
「腹減ったね。卵、欲しいね。
」
「そうだな。
」
ということで、メニューでeggという字を探す。
あった。ウェイターにメニューを指さしながらオ
ーダーする。
「これ、2つ、ください。
」
「どのように召し上がりますか?」
「ボイルしてください。それで2つに切って。
」
「は???」
ところが。さすが米国である。カウンターの向
こうの敵の、思わぬ逆襲に遭う。
「Kind of bread?」
なんだそれは?そんなの習ったことない。親切
なパン?
緊張しているので、of が聞き取れない。
呆然としていると、敵は更に思わぬ波状攻撃に
出る。
「White, Wheat, Rye,….」
まったく分からない。何のことだ一体。冷静に
「真ん中でこう、2つに切って」
なろう冷静に。サンドイッチ屋で途方に暮れた時
「かしこまりました。
」
の決まり文句が日常会話本に書いてあった。
数分後、出てきたのは、大きな皿に堂々と乗っ
た、見事にボイルされた巨大なナス(eggplant)
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ファイナンス 2015.2
これで行こう。
「Everything, Please.」
エイゴは、辛いよ。
●その3。
(サンドイッチ・シリーズ)
(試験官)
(微笑みながら)
「日本の教育水準を向上
それでも留学で無事学位を取得し、帰国してG7
(当方)
「公共のLavatoryの数を5倍にすることで
担当の係長になり、ロンドンで行われたG7財務大
臣会合に出張した。
会議の最中、昼飯に外のサンドイッチ屋に行っ
させるには、どうしたら良いですか?」
す。
」
(試験官)
(さっと顔色を変えて)
「は???」
(当方)
「それで子供の学力は上がります。
」
(試験官)
「ど、どうしてそうなりますか?」
会場の建物に戻り、セキュリティー・チェックを
(当方)
「今、公共のLavatoryは、各市町村に1つ
受ける。
係官のおじさんが、微笑みを浮かべつつ、尋ね
る。
「What is inside? Sandwich?」
余りにもこれからの業務に集中していた私は、
耳の用意が出来ていなかった。
大学時代からゴルフをやっていた私は、まだ20
代。
「中に何が入っているんだい?サンドウェッ
ジ?」と聞かれたと思い、こう答えた。
「No. I don’t play golf today.」
G7会場のセキュリティー・ゲートで、言葉を失
い立ち尽くす2人。
逮捕されなかっただけ、幸せと思わなければな
らない。
さすがにどんなサンドウェッジの名器でも、パ
ンの袋には入らない。
●その4。
(非食品系)
少し時代は前後するが、あれは僕が高校1年、
英検一級を受けたときのこと。
予め言っておくが、以下、少し品性の点で問題
のある記述が出てくるかもしれない。お許し頂き
たい。
上記の醜態からは考えられないかもしれない
が、私は当時英語は得意であった。筆記は軽々合
格し、口頭試問を受けた。
口頭試問の問題は、
「日本人の教育水準の向上
のための方策」であった。
その種のことには、当時私には持論があって、
迷いは何も無かった。勢い込んで話を始めた。
しかし、1つの英単語を、最初から、間違えて
いた。
「図書館」
(Library)と言うべきところ、
全て「ト
くらいしかありません。
」
(試験官)
「そ、そんなに少ないでしょうか?」
(当方)
「それを、小学校と同じ数くらいに、抜本
的に数を増やすのです。
」
(試験官)
「それは結構ですが、そ、それで、どう
して学力が上がるのですか?」
(当方)
「各々のLavatoryには、当然、沢山の本を
備え付けます。
」
(試験官)
「は???」
(当方)
「そういう静かな隔離された環境で、本を
読めば、当然、頭に入ります。
」
(試験官)
「それは…その、なかなか興味深いご提
案ですね。
」
(当方)
「さらに、もう1つ工夫が必要です。
」
(試験官)
「な、なんでしょうか。
」やや眼が狼狽し
ている。
(当方)
「静かな環境で集中して勉強をしたいと思
ったらすぐにLavatoryに行けるよう、24
時間開けるようにすべきです。
」
(試験官)
(鮮やかに左手を振り上げ腕時計を大仰
に見て)
「あ、そろそろ時間なので、こ
れで結構です。
」
時間まではまだ5分以上あった。何故俺の話を
聞いてくれないのかと思ったが、帰りの電車の中
で突然気が付いた。うわわわわ。
でも、論理は完璧だったはずだし、単語を1つ
間違えただけだ。結構流暢にしゃべったから、点
数は良いかもな、と思ったが、すっきり不合格で
あった。おかしい。これは試験がおかしいのだ、
と思って、それ以降受験するのを止めた。
従って、私の英検最終学歴は、3級である。
エイゴは、むずかしいね。
イレ」
(Lavatory)と言ってしまった。その結果
として会話は以下のようになった。
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て、今度はうまく買えた。袋に入れてもらい、G7