ITのオアシスはこうして守る

特集
ITのオアシスはこうして守る
ストロング
日本で公衆 Wi-Fi
(無線 LAN)サービスの整備が活気づいている。オリンピックが東京で開催さ
れる2020 年に向けて官民の投資は拡大し、一般企業や地方自治体も次々とサービス提供に乗
り出した。この状況を歓迎するのは、Wi-Fi設備を狙うサイバー犯罪者も同じかもしれない。実害
は不明だが、攻撃に屈したWi-Fiサービスの存在も報告されている。整備に関わる企業や団体が
増えた今こそ、攻撃を想定したサービス作りにも目を向けるべきだ。利用者が集う
「ITのオアシス」
をどう守るか。先行者の経験から、強固なWi-Fiを築くノウハウを紹介する。
(玄 忠雄)
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NIKKEI COMMUNICATIONS March 2015
[総論]
そのWi-Fiは利用者を守れるか
サービスを強固にする3つのポイント
無料サービスを中心に、公衆 Wi-Fi(無線
LAN)サービスを提供する一般企業や団体が増
えている。訪日外国人の観光需要などもあり、
利用者は概ね順調に増加中だ。その陰で、セキュ
リティへの不安を印象付ける事件が起こってい
る。Wi-Fi設備を狙ったサイバー攻撃である。
[パート1:サイバー攻撃に耐える]
通信事業者のノウハウを活用
監視の強化も必要に
Wi-Fi設備にマルウエアが潜む
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[パート2:通信の秘匿性を高める]
EAP認証が最善解
アプリやVPNも活用
ロシアのカスペルスキーは2014年11月、ホテ
ルのWi-Fiサービスを狙った新手のサイバー攻
撃「Darkhotel」を確認したとする調査リポー
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[パート3:利用者の追跡を可能にする]
使い勝手とどう折り合いをつけるか
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サービスの横連携が鍵
・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・
トを公表した。アジア地域で調査を実施し、
「汚
染」された複数のホテルを確認したという。
攻撃の手口はこうだ。攻撃者はまず、通信機
器やサーバーの脆弱性など、Wi-Fi設備にある
脆弱な部分を見つけて、最初のマルウエア(不
正ソフト)を潜ませる。宿泊者のパソコンに別
のマルウエアを配信する役割を担った、
「母体」
となるマルウエアである。
Wi-Fi
写真:gettyimages
この母体は、Wi-Fi接続時に表示される利用
手続きのWeb画面をトリガーにして活動する。
宿泊客が利用手続きを済ませると、米アドビシ
ステムズの「Flash Player」など著名ソフトの
更新を促す偽の画面を出す。宿泊者が偽画面に
だまされて更新ボタンを押すと、端末用のマル
ウエアがダウンロードされパソコンに潜入する。
このマルウエアに、キーロガーなどパソコンか
ら情報を抜き取る様々な機能が搭載されていた
(次ページの図1)
。
今回のマルウエアは本社勤務の研究員がアジ
アのある国に出張した際に宿泊したホテルで偶
然発見したという。複数のホテルから協力を得
て調査した結果、今回のケースでは宿泊者が
March 2015 NIKKEI COMMUNICATIONS
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[特集]ストロングWi-Fi
Web画面で入力する部屋番号やIDなどの情報
メリットの一つは、利用者の属性を絞りやすい
を用いて、特定の企業幹部に対象を絞り込む「標
点だ」と指摘する。例えば製造業や技術企業の
的型攻撃」だったことも判明した。カスペルス
機密情報を詐取するなら、関係者が宿泊する工
キーは「今回はホテルだったが、あらゆるWi-Fi
場や研究所に近いホテルが攻撃の狙い所になる。
設備が攻撃対象になり得る」
(日本法人の石丸傑
街頭のWi-Fiサービスでも、利用者層を想定
マルウエアリサーチャー)と警告する。
した攻撃が考えられるという。例えば、競技場
のWi-Fiサービスならスポーツ情報、商業施設
「利用者を想定した攻撃ができる」
なら商品の割安情報などに反応しやすい利用者
今後、Wi-Fiサービスを狙ったサイバー攻撃
が集まっている。施設運営者の情報配信を装い
は広がるのか。現在のところ、他のベンダーが
情報内容も工夫すれば、怪しいと気付くのはか
同様の攻撃を確認・報告した例は見られない。
なり難しくなる。
カスペルスキーも、調査したホテルの数や
Wi-Fiサービスの運営者にとって重要なこと
Wi-Fi設備に対する攻撃手法などは「一切公開
は、
「公衆ネットワークは、攻撃を試みる利用者
できない」としており、Wi-Fi運営者にとって参
が常にいる前提で構築・運用する」
(エヌ・ティ・
考になる情報はほとんどないのが実情だ。
テ ィ・ ブ ロ ー ド バ ン ド プ ラ ッ ト フ ォ ー ム
ただし「目的に合うなら、十分にメリットが
(NTTBP)の北條博史取締役サービス開発部
見込める攻撃手法ではないか」と指摘する関係
長)という通信事業者の常識だ。Darkhotelの
者は少なくない。ラック コンサルティングサー
報告は、Wi-Fi設備の規模を問わず、攻撃を前
ビス部の若居和直氏は、
「Wi-Fi設備を攻撃する
提にした強固な通信基盤を構築する必要性を再
図1 Wi-Fiサービスを踏み台にするサイバー攻撃が登場 ロシアのカスペルスキーが報告した「Darkhotel」は、認証画
面をトリガーにして「Flash Player」などの偽のアップデート画面を利用者のパソコンに表示し、マルウエアをダウンロー
ドさせる。まず攻撃者がホテルのWi-Fi設備の脆弱性を突き、配信用マルウエアを潜ませたと見られる。
Wi-Fi設備
認証画面
偽のアップデート画面
○ Hotel
ようこそ
ネット接続
ID:
Password:
著名ソフトの更新に見せかけ、
「Darkhotel」本体を
ダウンロード、実行させる
認証情報を監視
感染
Wi-Fi設備を攻撃、
配信用のマルウエ
アを仕掛ける
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NIKKEI COMMUNICATIONS March 2015
利用者が部屋番号
やIDなどを入力
ドライバーソフトのように見せかけた、キーロガー
などの不正機能
図2 攻撃者を排除し、サービスの安全を守る「ストロングWi-Fi」構築のポイント 「攻撃に備えた強固な通信基盤の構築」
「盗聴から利用者を守る通
信の高い秘匿性の確保」
「問題発生時に備えた利用者追跡」という3つの取り組みがカギを握る。
サイバー攻撃に備えて通信基盤を強固に
接続時に利用者から見える機能や設備を制限
侵入、攻撃しにくいよう設備を設定・運用
● 可能なら
「異常なアクセス」
を検知・即応できる運用体制を
●
●
通信の秘匿性を高める
できる限り無線区間を暗号化する
暗号化されていないリスクを利用者に周知する
● 利用者により手間をかけない暗号方式を採る
利用者と利用状況を追跡可能にする
(刑事事件・人権侵害に対し、
情報提供や捜査協力ができる)
●
●
利用者の了解を前提に、
「利用者を特定」
しやすい情報を得る
利用ログを適切に分析・保存できる仕組みを作る
● 可能なら利用者の手間を軽減する
●
●
SECRET
認識させた事例と言える。
サイバー犯罪や迷惑行為を寄せ付けない
しても利用者の使い勝手を損なう。セキュリティ
と利便性の間でうまく折り合いをつける必要が
ある。特に利用者の追跡は、万全を期すと個人
強固な通信基盤の構築に加えて、Wi-Fi運営
情報の提供を求めることになり、逆に利用者の
者がセキュリティ対策で考えるべきポイントは
反発を招いてしまう。むしろ今は、個人情報を
2つある。一つは盗聴の恐れをなくすために「通
一切提供せずに利用できるなど、手続きを簡便
信の秘匿性を高める」
、もう一つはサイバー犯罪
化するサービスも増えている。
などに捜査協力できるよう「利用者と利用状況
しかし、日本インターネットプロバイダー協
を追跡可能にする」ことだ(図2)
。
会副会長などを務める京都情報大学院大学の立
通信の秘匿性は、公衆Wi-Fiサービスであま
石聡明准教授は、
「利便性ばかりを追求して、セ
り重視されてこなかった。有料サービスでさえ、
キュリティや利用の追跡性をおろそかにする風
通信内容を暗号化する / しないで 2 系統の
潮は危険だ。スパムメールがあふれた初期の携
☞SSIDを併用しているものが多い。しかし状
帯電話向けインターネット接続サービスを思い
況は変化しつつある。例えば携帯電話大手3社
起こしてほしい」と警鐘を鳴らす。サイバー犯
は、暗号化していないSSIDを縮小し、より暗号
罪やスパムメールのような迷惑行為は、追跡が
が強固なSSIDへの世代交代も進めている。無
ゆるく活動しやすい場所をターゲットにする。
料サービスでも、アプリを活用することで、暗号
これらを遠ざけるため、利用者特定につながる
化したSSIDを利用者に提供する取り組みも始
情報取得をもっと努力すべきという声は通信事
まっている。
業者を中心に強い。
利用者の追跡も、使いやすさをなるべく損な
サイバー攻撃への耐性を高め、通信を秘匿す
わずに高める試みが続いている。☞SNSのアカ
ることで利用者の安心と安全を守る。一方で利
ウントを使ってWi-Fiサービスを利用できる
用者の追跡を可能にする運用で、犯罪行為を遠
SNS認証は試みの一つだ。
ざける。こうした強固なWi-Fi、いわば「ストロ
ただ、あるゆる面で運用を厳格化すると、どう
ングWi-Fi」を構築する機運が高まっている。
本文中☞の付いた用語を解説
SSID ▶ Service Set
Identifier。無線 LANのアク
セスポイントを識別するた
めのID。
SNS ▶ Social Networking
Service。
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