金融工学、リーマンショック、 その後 京都大学経済学研究科 江上雅彦 平成27年3月18日 京都大学経済学部同窓会 名古屋支部総会 1. 金融工学(ファイナンス工学)と は? 派生証券とはどのようなものか? 1年後にリンゴ(原資産)を100円で買う権利(オプション)は 今日いくらか? 1年後のオプションの価値 20 0 50 80 100 120 1年後のリンゴの価値 為替取引での実例 ある企業が3ヵ月後に100万ドル受け取るとします 3ヶ月後に円転するが3ヵ月後の為替レートによって受取額が違います 為替レート 円高1ドル80円 受取額 ($0.0125/円) 80百万円 ($0.01/円) 100百万円 ($0.008/円) 125百万円 ↑ 現在1ドル100円 ↓ 円安1ドル125円 円高の時でも最低でも100百万円を受け取り、円安になったらそのメリットは 享受したいときなどに使う。 どうやってオプションの価値を決めるか? 株価 S(0) S(1) オプション C(1) 120 20 80 0 100 安全資産 A(0) 110 100 110 このとき今日オプションの価値 C(0) はいくらか? 方法1: オプションを“複製”する 株式 𝑥 単位、安全資産 𝑦 単位を使ってオプションの1年後の価値と 同じになるものをつくる。 120 𝑥 + 110 𝑦 = 20 80 𝑥 + 110 𝑦 = 0 (株価が120円になる場合) (株価が 80円になる場合) これを解いて (x, y ) = ( 1 2 - 4 ) 11 単位 この組み合わせの1年後の価値は、1年後のオプションの価値と同じ。 ではこの組み合わせをつくるためのコストは? 100 x 今日の株価 1 + 2 100 x ( 4 − )= 11 今日の安全資産の値段 13.64 将来手に入るお金の今日の価値 1ドルを1年間、銀行預金すると10%の利息がついて、1年後に1.1ドルになるとし ます。 ※ 現在の1ドルは1年後に確実に1.1ドルの価値を持ちます。 (現在の価値)× (1 + 安全資産の金利) =(将来の価値) 1× (1 + 0.1) = 1.1 ドル 1.1ドル 現在 未来 1ドル 逆に将来から現在を見ます: 1年後に得られる1.1ドルを現在の価値に直すと 1.1 ÷ (1 + 0.1) = 1 ドル つまり (現在の価値)=(将来の価値)÷ (1 + 安全資産の金利) です。 どうやってオプションの価値を決めるか? 株価 S(0) S(1) オプション C(1) 120 20 80 0 100 安全資産 A(0) 110 100 110 このとき今日オプションの価値 C(0) はいくらか? 方法2: リスク中立確率とは? ①株式は120円か80円になります。確率p で120円、1 − p で80 円になると考えると平均では 120 p + 80 (1-p) になると期待できます。 ②一方、安全資産は確実に100円が110円になりますから利回 りは10%です。 さて、①と②が一致するようなpの値 ・・・・ 120 p + 80 (1-p) = 110 3 4 となるp の値を求めると p = です。 この値を(われわれのモデルにおける)リスク中立確率といいま す。 前の例にもどって・・・・ 株価 S(0) 3 4 100 1 4 S(1) オプション C(1) 120 20 80 0 まず1年後のオプションの価値C(1)の平均を計算します。 3 1 20× + 0 × = 15 4 4 この確率では株式と安全資産の利回りは同じと期待されているた め、1年後の15ドル の今日の価値は・・・・(安全資産の利回りで割 引いて)・・・・ 15 ÷ (1 + 0.1 ) = 13.64 2. リーマンショックと金融危機 2008. 9 金融危機(2008)の起こった背景 米国の「大平穏期」 The Great Moderation (1985~2007年) 12 インフレ率 10 長期金利 経済成長率 8 6 4 2 0 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 -2 -4 出典: IMF, Federal Reserve Bank 低インフレ率 + 安定成長 ⇒ 既存の資産への投資 長期金利の安定的低下 ⇒ 借入の増加 全米住宅価格の推移 200 180 160 140 120 100 80 60 40 S&P ケース・シラー住宅価格指数 出典:S&P 20 0 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 担保価値の上昇 ⇒ 銀行による無理な住宅ローン貸出増加 (サブプライムローン) 13 14 証券化スキームによるリスク移転 銀行 特別目的会社 (SPV) 資産の部 住宅ローン 売却 投資家 負債の部 優先される 債券 (AAA) 売却 企業向け 貸出 $ $ 劣後する 債券 (BB) 資本の部 信用リスク(貸出・ローン)関係の派生証券増加 CDS (クレジット・デフォルト・スワップ) AがBの保有する債権の支払いを保証する 引き換えにBはAにプレミアム(保険料)を払う うまく行っているとき 保証 A 貸出 B C 利息・元本返済 プレミアム(保険料)支払 問題がおこったとき $ A B C 債務不履行 CDSの想定元本 (単位兆ドル) $70.0 $60.0 $50.0 $40.0 $30.0 $20.0 $10.0 $0.0 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 出典 BIS Semiannual OTC derivatives statistics 信用リスクに関する研究が進み、 価格付けが適切になったことを背景に市場規模も急拡大 実際に起こったことは・・・・・・ • VaR (Value at Risk) 1993 J.P. Morgan この値を超える損失が1パーセントの確率で起きる しかし さらに大きな損失の発生 “100年に一度の損失” (原因) • 住宅バブル崩壊 → 予期したよりも高い同時倒産 • 銀行やヘッジファンドの高い借入比率 → 資産価格下落による流動性の悪化 → 投売り(fire sale) による大幅な価値下落 • 取引相手の信用不安(counterparty risk) → 危機の連鎖 • 実物経済への波及 3. 規制強化と今後について 世界的な借入比率の上昇 400 国内信用供与 対GDP比 350 250 China Germany Spain 200 France United Kingdom 150 Greece Ireland Italy 100 Japan United States 50 2013 2012 2011 2010 2009 2008 2007 2006 2005 2004 2003 2002 2001 2000 1999 1998 1997 1996 1995 1994 1993 1992 1991 1990 1989 1988 1987 1986 0 1985 対GDP % 300 出典: The World Bank 高いレバレッジ(借入比率)の功罪 A社 借入80、資本金20で 利益が10のとき 資本金に対して、 10/20=50%の利回り 利益が△10のとき 資本金に対して、 △10/20=△50%の利回り B社 借入60、資本金40で 利益が10のとき 資本金に対して、 10/40=25%の利回り 利益が△10のとき 資本金に対して、 △10/40=△25%の利回り 銀行への規制強化 ボルカ―ルール ドッド=フランク法(2009) “Too Big to Fail”の終焉を目指して・・・ • 「自己勘定取引」によるデリバティブ取引の禁 止 • 未公開株やヘッジファンドへの出資禁止 国際的なルール:バーゼル合意 Basel Accord (バーゼル合意 I 1988, II 2004, III 2010) (1) 自己資本規制の強化 自己資本 8%(対リスクのある資産) + 資本保全バッファー2.5%の上乗せ + 景気循環増幅効果(プロシクリカリティ)緩和のため 最大2.5%の上乗せ + 金融システム上重要な金融機関はさらに1~2.5% 上乗せ これは金融システム安定のため(システミックリスクの緩和) (2) レバレッジ比率低下、 デリバティブ取引における相手方のリスク計測 流動性規制、などを加える。 借入比率を明示的に扱うためのモデル 銀行資産の 変化率 S>X S=X b X = 銀行資産の変化率 S = Xの最大値 b = この銀行の借入比率 に関する値 時間 まとめ • 金融工学は原資産の動的なモデルに基づき、オプションに代表される派生 証券の価格付けを行い、投資効率を高め、リスクヘッジなどに有用. • しかしながら、前回の危機では・・・ × 数理的方法の発展によるブラックボックス化、情報の非対称性 × 投資銀行および機関投資家のインセンティブ構造が悪影響 × モデル分析の限界 • 分析できる範囲を超えて金融工学を複雑な商品に濫用するのは危険。 • 盲目的な批判(特に日本)は将来のために有益でなく、現状の限界を知っ たうえで適切な評価・使用。 • 危険な兆候への警鐘を目指す。 • 当面、ある程度の規制強化はやむを得ないのではないか. • 危機の連鎖を食い止める国際レベルのシステム構築は重要.
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