日本版WISC-IVテクニカルレポート #10

日本版
テクニカルレポート
#10
検査者の技能を高める:
「時間」をめぐる実施上の留意点
刊行委員会 松田修
2014.5
1 はじめに
今回のテクニカルレポートでは、検査の実施に関する留意点について、特に時間に関連した 3
つのポイントを報告する。WISC-IV ユーザーの皆様の実施に少しでもお役に立てれば幸いである。
2 標準的な実施時間を守ることの大切さ
標準的な実施時間を守ることは、妥当な検査結果を得るための重要なポイントの 1 つである(詳
しくは、テクニカルレポート#7 ならびに『WISC-IV 実施・採点マニュアル』第 2 章を参照のこと)。
なぜなら、実際にかかった時間が標準的な実施時間から大きくずれたとしたら、そこには検査結
果を解釈する前に検討しなければならないことがあるはずだからである。
『WISC-IV 実施・採点マニュアル』によると、10 の基本検査の標準的な実施時間は、多くの子
どもで 60~80 分とされている。筆者自身の過去の経験を振り返っても、ほとんどの場合、このく
らいの時間で 10 の基本検査を終えている。
実際にかかった時間と標準的な実施時間との差が大きい場合に想定される理由はさまざまであ
るが、比較的頻度の高い理由をあげると、以下のようになる。
① 検査者側の主な理由
(ア) VCI 下位検査における受検者の回答の記録や採点に時間がかかりすぎた。
(イ) 検査の手際が悪く、用具の出し入れや教示が円滑にいかなかった。
(ウ) 受検者とのラポール形成が十分にできていなかった。
② 受検者側の主な理由
(ア) 考え込みすぎる傾向が強く、回答に時間を要した。
(イ) 不安や緊張が強く、落ち着いて検査に取り組めなかった。
(ウ) 一度聞いただけでは教示を十分に理解できなかった。
(エ) 受検者の真の値が、WISC-IV の尺度の下限よりも下に位置していた(この場合は、粗点
が 0 点の下位検査が多くなり、標準的な実施時間よりも実際にかかった時間が短くなる
可能性がある)
。
③ その他
。
(ア) 最初から適正な実施時間の確保が困難であった(例:受検者の都合、時間的制約など)
(イ) 途中で休憩をとるなど、検査の中断が必要だった。
日本版 WISC-IV テクニカルレポート #10 © 2014 日本文化科学社
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これらの中には、検査者の自己研鑽と技量で十分に改善できるものがある。特に、検査者の未
熟さによる不手際は、実施時間の超過を招き、受検者を必要以上に疲弊させることになる。これ
では妥当な検査結果は得られない。
とはいえ、臨床場面ではさまざまな理由からやむを得ず実施時間が長引いたり、あるいは、短
くなったりすることはあり得る。この場合、私たちは、その理由として想定される事柄を報告書
に記載し、それが結果に与えたであろう影響を十分に考慮して、結果の解釈と報告を行うべきで
ある。
3 制限時間のある下位検査の実施に関する留意点
制限時間のある下位検査の実施で重要なのは、言うまでもなく、正確な時間の計測である。
WISC-IV の時間測定はストップウォッチを用いて行う。そのため、ストップウォッチに表示され
た受検者の反応時間には、検査者の反応時間が必ず含まれる。
そして、反応時間の記録と採点は秒単位で行うことになっている。この点について講習会など
で、1 秒未満は「四捨五入」なのか、それとも「切り捨て」なのかというご質問をいただくことが
あるが、基本的には「切り捨てる」のがよいと思う。なぜなら、受検者の反応時間の中に検査者
の反応時間が含まれていることを考えると、切り捨てた方が受検者の真の反応時間に近い時間に
なると考えられるからだ。
制限時間のある下位検査の実施では、時間の厳守が原則である。したがって、制限時間を過ぎ
たら、次の問題(中止条件を満たしたら、次の下位検査)へ進む方が望ましいが、実際の検査場
面では、しばしばそのようにはうまくいかない。それどころか、あえて例外的に制限時間を越え
て数秒待つこともある。もちろん、制限時間を 1 秒でも過ぎたら、正しい回答をしても得点は与
えられない。では、なぜ待つのかといえば、それは妥当な検査結果を得る上で重要なラポールを
保つためである。このことは、
『WISC-IV 実施・採点マニュアル』の「時間の測定」
(pp.25~27)
に詳しく書かれている。しかし、これはあくまでも例外的な対応であり、前述のとおり、待った
場合も制限時間を過ぎたら、たとえ正しい回答であっても得点にはならないことを忘れないでほ
しい。
4 制限時間のない下位検査の実施に関する留意点
では、制限時間のない下位検査では、いつまで待てばよいのだろうか。
『WISC-IV 実施・採点マ
ニュアル』には 30 秒が 1 つの目安として書かれている。例えば、30 秒経過したら、「次の問題を
やってみましょう」などと言って受検者に回答を促し、次の問題に移るきっかけを作る。熱心に
問題に取り組む受検者に対して、彼らの取り組みを上手に切り上げさせることができるかどうか
は、検査者の臨床的センスや技能が大きく反映する。
しかし、ユーザーからは「実際にどうやって切り上げたらよいのか」とか「それでも受検者が
やめない場合はどうしたらよいか」など、さまざまな現実的なご質問をいただく。基本的には、
標準的な実施時間の遵守と、ラポール保持の観点からのケースバイケースの対応が必要である。
こうした対応にこそ、検査者の臨床的センスが問われる。例えば、何度促しても受検者が問題を
切り上げられない場合に、検査者が無理やり強く制止することは、ラポール保持の観点からは望
ましくない。一方、無制限に待ち続ければ、実施時間は大幅に超過する。
標準的な実施時間を守ることも、受検者とのラポールを保つことも、どちらも重要である。そ
の両立がどうしても難しい場合には、筆者は受検者とのラポールを保つことを例外的に優先する
ことが多いが、これもケースバイケースの的確な判断による。
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5 終わりに
検査場面で起こるさまざまな事態が常にマニュアルどおりに対応可能ならば、検査の実施は案
外簡単かもしれない。しかし、実際にはそうはいかない。だからこそ検査者には、受検者への思
いやりと正確な測定技能が常に求められるのである。大切なのは、検査は受検者のために行われ
ているという大前提を意識し、それを実行する技術である。この技術を身につけ、高める努力を
私たちは怠ってはならない。
日本版 WISC-IV テクニカルレポート #10
発
行
日:2014 年 5 月 15 日
発
行
者:
(株)日本文化科学社
編集責任者:上野一彦(日本版 WISC-IV 刊行委員会)
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