阿弥陀仏に関するジターリの信仰と実践 「鼓音声ダラニ Jr 宗要経j からの流れ・ダツェパの儀軌を参照して一 藤仲孝司,中御門敬教 序文 ジターリC] i t a r i,dGral a srnamp a rg y a lba→ 白 崎 説 で は A.D.960-10401))は,顕密 に多くの著作を残した後期インド仏教の大学匿である。披は哲学的にはナーガール ジュナ,シャーンタラクシタ,カマラシーラの系統のいわゆる稔伽行中観派の論師で ある。論理学においてはダルマキールティを重要視し幾つかの新機軸を打ち出した。 インド仏教四大学派の学説綱要書も残している。実践龍ではナーガールジュナ,シャー ンテイデーヴァの影響を受けており,菩謹戒に関する幾つかの著作を残した。密教に おいては母タントラ系統の人であった。チベットに入って仏教中興の祖となったア ティーシャの師の一人でもあり,チベット仏教にも影響を与えている 2)。 さて,本論では蔵訳に残されている, ジターリの阿弥陀仏に関する三三典籍を翻訳, 研究する。すなわち, Aparimitãyu~stotra ( T i b .T s h ed P a gmedl ab s t o dpa, W無 量 寿 讃J,以下『讃J ) 3 ), A p a r i m i t a y u l ブ ' n a n a s a d h a n a( T i b .ア' h a g sp aT s h edangy es h e sφa gt umedp a ' is g r u b t h a b s, W無 量 寿 智 の 成 就 法J,以下『成就法 J)4), i m i t a y u r j n a n a v i d h i( T i b .T s h ed a 昭 y es h e sφagtumedμ'ic h og a, W無 量 寿 智 Aμr f .白崎 [ 1 9 8 1 a Jp p . 3 4 5 ( 4 )…3 4 2 ( 7 ) 1 ) c 2 ) 蔵訳では J e t むi等と表記されることもあるが,正しくは J i t a r iであるべきことが,白崎 [ l9 8 1 a ] p p . 3 4 8( 1 ) 一3 4 5( 4 )に指摘されている。そこには, r ( Je t 訴と J i t a r iという呼称について) T i b e t誇の EとIの発音はほとんど同じで区別出来ず, J i t a r iとJ e t a r iの発音はほとんど同じ である。 ~J と述べられている。本稿の試訳箇所においては,本文中の表記 (Dze t ar i ) をい かして,一応「ジェーターリ」と仮訳した。自締先生はおむiの著作全般を詳しく研究,発 c f .本稿末尾参考文献)。ジターリがアティーシャの部の一人として列挙され 表されている ( ることについては,以下を参照のこと。 c f .D e bt h e rs n g o nt o,四 ) 1 1民族出版社, 1 9 8 5年 , p .2 9 9( T h eB l u eA n n a l sparto n e .byG e o r g eN . a 1A s i a t i cS o c i e t yo fB e n g a l, C a l c u t t a ,1 9 4 9, p .2 4 3 ) R o e r i c h, Roy 3 ) T o h . N o .2 6 ヨ 8 , rGyud, N u . 6 6 b 3 6 7 a 3,P .N o .3 5 2 2, rGyud‘ g r e l, N y u . 8 1 a 5 8 1 b 6 4 ) T o h . N o .2 6 9 9, rGyud, N u . 6 7 a 3 6 7 b4 ,P .N o .3 5 2 3, rGyud' g r e l, N y u . 8 1 b 6 8 2 b 2 4 8 係 数 大 学 総 合 研 究 所 紀 委 第1 1号 の儀軌~,以下『犠軌~)5) の三つである 6) (上記の三典籍を一括する場合に「ジターリの三部作Jまたは「三部作j と呼ぶ)。 これら無量寿仏に関する文献は,おそらく内容から見て『成就法』を中心とし,そ の中で使用される F讃~と修法の細かい競定を示す『儀軌J という関連をもった作品 ではないかと思われる 7)。これらはチベットでは流行した著作であったようである。 a sgrubdGel e g sd p a lbzangpo, ツ ォ ン カ パ の 高 弟 で あ る ケ ー ド ゥ プ ・ ジ ェ (mKh A.D.1385-1438) の r Gyuds d es p y irnam (以下 F タントラ概論~)において,所作タン トラの如来部,蓮華音s ,金剛部の三三部に触れて, r 所作タントラの濯頂で現在盛行し たものは,如来部においては,蓮華部においてはジターすの無量寿九尊,金階部に おいては ~J 等といわれている 8) 。今回は,ダツェパの無量寿仏に関する成就法を読 むことにより,ジターリ流の内容をいくらか明確化できたので,その点をも指摘した いと思っている。ただし今はそれに入る前に,密教における阿弥詑仏を中心に据えた 文献に関する周辺事実から見ていきたいと思う。 P a r i m i t a y u ηi n a n a h r d a y a( T i b .T s h edangy es h e sφagt umedp a ' is 即i n gpoz h e s 先 ず,A b y ab a ' i g z u n g s,以下「鼓音声ダラニJ)9) については,その党本の存在を明確に確認でき A 戸a r i m i t a h r d a y aJのタイトルをもっ党本の存在が報告されてはいるが 10) なかった。 r 今回は調査できなかった。漢訳には失訳『阿弥陀鼓音声王陀羅尼経~ ( T .12,No.370) が宝積部に収録され, w陀羅尼雑集~ ( T .21,No.1336) 巻第四に「阿弥陀鼓音声王陀羅 5 ) T o h . N o .2 7 0 0, rGyud, N u . 67 b4 6 9 a 4,P .No.3524, rGyud‘ g r e l, N y u . 8 2 b 2 8 4 a 6 6 ) ジターリのこれらの無愛美子仏に関する三つの典籍は,すでに白崎 [ 1 9 8 0 J にその様婆が紹 介されている。 7 ) プトン『カンギュル自録~ ( c f .西岡 [ 1 9 8 1 J[ 1 9 8 2 J[ 1 9 8 3 J ) には, ジターリの三部作中の r 儀軌Jのみが挙げられている。なお,プトンの高弟ダツェパによる増補飯『テンギュノレ g録J ※ f 種々回部タントラと関係する成就法とマンダラ等の品 J ,プトン『タントラ目録Jには 三部作は採られていない。ダツェパはジターリの三三部作を利用した『ダツェパ儀軌』の中に F 讃~をそのまま引用することから, I f 讃 Jの存在を知っていたことは確かである。よっ て,三部作を個々の典籍として受け取らず, If儀軌~ i こ一括して受け取ったと考えられる。 なお,白鴎 [ 1 9 8 1 a Jp .3 3 5にも「以上の 3 T e x t (ジターりの三部作)は,ーセットのものと 考えられるべきものであり, ~J とある。 ※b s T a nb c o s' g y u rr o' t s h a lg y id k a rc h a gY i db z h i ng y in o rb ur i np oc h e ' iz amat o g( T h eC o l l e c t e d W o r k so fB u s t o n,PART28(SA) ,e d i t e dbyP r o f .D r .LokeshCHANDRAf r o mt h eC o l l e c t i o no f P r o f .D r .RaghuVIRA, I n t e r n a t i o n a lAcademyo f I n d i a nC u l t u r e, NewD e l h i,1 9 7 1, 3 4 3 5 7 4 ) 8 ) c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dA lexWayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 4 4 1 4 5,高田 [ 1 9 7 8 Jp p .2 5 7 2 5 8, 白崎 [ 1 9 8 0 J 9 ) チベットでは T s h ed P a gmed' C h imedr n g as g r a ' ig z u n g s( 無量寿無死鼓音声ダラニ)という 名でも呼ばれている。 1 0 ) c f .塚 本 , 松 永 , 磯 問 [ 1 9 8 9Jp .1 2 3,H .T a k a o k a, AM i c r o f i l mC a t a l o g u eo ft h eB u d d h i s t M a n u s c r ; 砂t si nN e p a l, Vo l . l , Nagoya,1 9 8 1, CH539 阿弥陀仏に関するジ Fーりの信仰と実践 4 9 尼j としても収録されている。チベットではカンギュルの,例えばデルゲ版では「タ ン ト ラ 全 集 」 と 「 陀 羅 尼 集 j,北京版では「タントラ」に分類されている 11)。 ケ ー ド ゥ プ・ジェの『タントラ親論』では,いわゆる四部タントラのうちの最下位の所作タン ト ラ に 分 類 さ れ , い わ ゆ る 「 宗 要 経j す な わ ち A t a r i m i t a y t u η; n a n a( T i b .T s h edangy e g t umedμ z h e sb y ab at h e gρ ac h e nρ o ' imdo,以 下 主 に 「 宗 要 経 j ) とともに蓮華 s h e sφa 部 の 正 尊 を 説 く も の と さ れ て い る 12)。 またチベットでは, のうち, この経の十万世界の諸仏が極楽世界の讃を述べたとされる筒所 r 仏陀世尊は不可思議,正法もまた不可思議,聖者の僧伽は不可思議,不可 思議を浄信する者たちの果報もまた不可思議 ( s a n g sr g y a sbcoml d a nbsammikhyab// ‘ /phagsp a ' idge' d u nbsammikhyab//bsammikhyab d a r np a ' ichoskyangb s a r nmikhyab/ l adadr n a r n sk y i//rnamp訂 sminpa‘ angb s a r nmikhy 油j)13)j と い う 部 分 が , 産 後 の 浄土への往生を説く一節を除外した形で,三宝の功徳を臆念するためによく用いられ ている 14)。 こ こ で は 三 宝 一 般 の 功 徳 を 知 ら し め る も の と な っ て い る 。 敦埠においては閣家的事業として「宗要経」ゃ f 大 般 若 経j の書写が行われており, 「宗要経 j15) にはコータン語訳,ウイグル語訳,さらに西夏語訳,満州語訳まで存在し, 1 1 ) T o h . N o .6 7 6, rGyud‘ b 山n , B a . 2 2 0 b 5…2 2 2 b 1, P . N o .3 6 1, rGyud, B a . 2 5 4 a 2 2 5 6 a 1o T o h . N o . 8 5 0 ( 5 ), gZungs‘ d u s, E . 6 2 a 6 6 4 a 2 1 2 ) c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dA 1 exWayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 2 2 1 2 5,高田 [ 1 9 7 8 Jp p . 2 1 3 2 1 4 1 3 ) c f .T o h . N o .6 7 6, B a . 2 2 1 a 3 …4 , T o h . N o .8 5 0, E . 6 2 b 4 テンギュんのもの ( T o h . N o .6 7 6,8 5 0 ) とは部分的な違いはあるが,三さまに明確に触れている 点は同じである。それに対して,漢訳は「所有仏法不可思議。神通現化種種方便不可思議。 若有能信如是之事。当知是人不可思議。所得業報亦不可思議(Tl2 ,p .3 5 2 b )J とあるよう 山 に,三宝への言及が不明瞭である。従来この経には中国撰述説もある。『浄土宗大辞典J1( 喜房仏繋林, 1 9 7 4年 , p . 2 8 ) には,明確な根拠は示されないものの「隔の『法経録』に単本 失訳として記録しているのが経録上の初完。おそらくは六朝末期の疑経」とある。お経カ, 陀 羅尼雑集』に収録されることを理由とするのかもしれない。なお『陀羅尼雑集』の性格につ 2 0 0 3 J を参照のこと。仮にこの見解にたつのなら,蔵訳は単に渓訳からの重 いては,落合 [ 訳にすぎないことになる。しかし,チベット訳の奥警にはインドの親教師 PU l . y a s a m b h a v aと s h a bN imag r a g sの翻訳と明記されている。{也にも悶有名詞など違いが幾つも見 務訳師 Bat られるので,漢訳から蔵訳への直線的な道筋は想定しがたい。雨訳を対比した充分な検討が 必婆ではあるが,中国撰述説は疑わしいと思われる。 1 4 ) c f .B y a 勾 c h u bl a mr i mc h eb a, 青海民族出絞社, 1985年 , p .1 5 3 . 1 1. 10 …1 3( P e k i n ge d .N o . 6 0 0 1, K a . 7 9 b 3 4 )。ツノレティム・ケサン先生によると, これは食事の時に唱えるということで ある。なお,三宝不可思議の文章は, r 大乗夜祭経j にもある ( c f .下回[19 9 3 Jp p .2 9ト 2 9 2 )。 1 5 ) T o h . N o .6 7 4, rGyud‘ bum, B a . 2 1 1 b 2 2 1 6 a 7,P .No.3 6 1, rGyud, B a . 2 4 3 b 6 2 4 9 a 5 党本を含む言者本については,御牧 [ 1 9 8 4 J や塚本,松永,磯田 [ 1 9 8 9 J 等を参照のこと。現 行「宗要経」はー絞的には経奥形式で説かれているが,党文写本にはダラニのみのものもあ る( c f .塚本,松永,磯田 [ 1 9 8 9 J p p . 1 2 0 1 2 1 )。なお,蔵訳大蔵経には上記のt f 主に,向名訳 ( T o h . N o . 6 7 5,rGyud ‘ b立m,B a . 2 1 6 a 7 2 2 0 b 5,P . N o .3 6 1,rGyud,B a . 2 4 9 a 5…2 5 4 a 2e t c . ) が存在する。漢訳 大蔵経には,失訳『大乗無最美子経J ( T .1 9,N o .9 3 6 ), W仏説大乗聖無量寿決定光明王如来陀緩 尼経J ( T .1 9,N o .9 3 7 ) が呉訳の関係で存在する。また蔵訳,渓訳を含む多数の敦爆写本の存 在が報告されている ( c f .西岡 [ 1 9 8 4 J[ 1 9 8 5],山口 [ 1 9 8 5 Jp p . 4 9 9 5 0 0 )。ノ : w 5 0 事事教大学総合研究所紀童書 第 1 1号 その盛行が知られている。これは間経が本文中に経典書写の功徳を強調しているから で あ る 。 し か し 「 鼓 音 声 ダ ラ ニj に つ い て は , そ の よ う な 強 謂 も な く , 大 規 模 な 写 経 も為されなかったようである。 H e l m u tEimer [ 1 9 8 9 Jp .1 0 8 ) には I Of ! l プトン『タントラ自録』の「宗主著経」の箆所 ( . y aが一つあるもの」と 10mが二つあり,その間に pU l ) . y aがない が三つあり,その間に pUl) Ogmin もの j といったこ経が挙げられている。 Of!lが二つのものと三つのものは,それぞれ ' g y iぉh edtagmed ( 色究支天の熱量寿[経] [ N o .1 2 5 3 Jc f .週間[19 8 3 Jp . 6 1 ),b D eb aωn g y i t s h eφagmed ( 極楽の無量寿[経J[ N o .1 2 5 4 Jc f .i b i d .,p .61)と呼ばれている。これは,仏の いる上方の役界を色究主主天と解釈した区翌日である。ちなみに色究実天とは,色界のうち最上 の天であり, ここで受用身が成仏し,最上の変化身が欲界にいわゆる十二の行い(中国, 日 本での「入相成道J に相当するもの)の様子を示すとされている ( c f .F e r d i n a n dD .Lessing l e xWayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 7 3 9,高田 [ 1 9 7 8 Jpp.5-15,ツルティム,藤仲 [ 2 0 0 3 Jp p . a n dA c f .F e r d i n a n dD .LessingandAlex 3 7 4 3 7 5 ) しかし, ケードゥプ・ジェは『タントラ観論~ ( 1 9 7 8 Jp p . 2 1 3 2 1 4 ) において, I [ 遂軒族の正尊のタン Wayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 2 2 1 2 5,高田 [ トラについては, [いわゆる「宗要経j として〕世尊がシュラーヴァスティにおいて文殊部利 に対して説かれた。上方の無最寿の名古八,および功徳の議歎をともなう。それには omが O f ! lgsumma) がーっと, o r pが二つ ( Of ! lg n y i sma) あり Of ! lpu 早y epu 平y eという 三つのもの ( [西 真言が揃っていないーっと,二つがある。〔プトンは]その二つのうち,一つについて I 方の〕極楽の無量寿j と言い,一つについては I [ 受用身が成仏する]有頂天の無量寿j と言 うのは妥当でなし、。両者ともよ方の無量寿のダラニとして説かれたから jと述べている。彼は, その根拠を「宗聖書経」の「文殊部利よ,上方に無愛功徳蔵と名付けられた世間界がある J ,す t .a s t iManju 語n ru p a r i 号t h a y a f ! ld i s yA p a r i m i t a g u l ) . a sa f ! 1 c a y onamal o k a d h a t u l).に相当する なわち Sk 1 9 8 8 Jp . 2 7 7の『大乗無 筋所に求めたようである。「宗婆経j については,鎌国,河村他緩 [ 量美子経Jl ( T .1 9,N o .9 3 6 ) の項自に, I 初めに無量功徳緊世界を上方とし,如来の名前を無量 智決定::E如来としているが,途中で,無量海智世界無量寿浄土と無愛寿智決定玉如来,無量 素子如来となり,後には函方極楽世界汚弥陀浄土となるなどの混乱が見られる Jと言われてい る。倍々の名は伝承者,瀦訳者の通念において会通されただけのことかもしれない。しかし 国土を上方とする『タントラ概論Jの判断にもかかわらず,これが西方に位置するはずの蓮 華部に分類されていることから,混乱は解消されないように思われる。 1 9 8 9 Jp .1 0 8,n o t e . lは , Iラサ版におけるタイトル T s h emdoc h eb a なお, HelmutEimer [ 01 ! 1g summa,[ N o .1 2 5 3 J' O g持z i n g y it s h eφagmedとを,西岡 [ 1 9 8 3 J に基づき北京版 No.361 と同一視するのは仮定にすぎない j と述べている。これは,西岡 [ 1 9 8 3 J が omが二つのも のと三つのものとのを同一夜 ( c f .間 関 口 9 8 3 Jp .1 6 2 ) することに対して,両者の区別を促 す見解である。 o .647,T s h emdoc h eb aom (高崎直道編『東京大学所蔵ラサ版チベット大蔵経目録』には, N gsumma,No.648,T s h emdoc h eb a0111g r りぬ maといった名称で f 祭要経」が挙げられている。 ただし, ラサ絞「宗主害経J冒頭・末尾に説かれる典籍名を確認すると,ニ経とも遜常の名称 が挙げられている) 次に渓訳「宗主き経J に目を向けこの問題を考えよう。『大乗無量寿経~ ( 主1 9, N o .9 3 6 ),W 仏 説大衆聖無議寿決定光明王如来陀議尼経~ ( T .1 9, N o .9 3 7 )が異訳の関係で現存する。「宗要経J 党本の名称が A t a r i m i t a y t u η万a n aとあるごとく,本来的には「無量美子智イム j を説く経典であ 大乗無長寿緩』においては,上述のように仏と仏国土の名前にゆれがある。この関 るが, W 皇室を原典にまで遡り確認する作業は,党本や敦爆写本(蔵訳,漢訳)の系統が複雑なことも a n j u s r i m u l a k a l t a (文殊部利根本タントラ)第 あり,十分な研究はなされていない。なお,M 二十一品には,釈尊が文殊部利に対して,無量寿智決定玉如来所説の文殊の一字心 (mum) の哀言とその阪の描き方と成就法を説かれているという。 c f .I 文殊部利儀経の梗概一主と 9 4 0年 , 9 , 1 0, W 金問頂経形成の研究 堀内寛仁論 して経の説棺について J (W密教文化~ 1 ¥ 集 下J 河弥陀仏に関するジター?の億仰と実践 5 1 ま た 日 本 で の 「 鼓 音 声 ダ ラ ニ j の 扱 い 16) を 見 る と , 例 え ば 『 往 生 要 集 』 で は , 西 方 極 楽 浄 土 を 明 か し , 阿 弥 陀 仏 を 念 じ て 往 生 す る こ と を 勧 め る 諸 経 の ー っ と さ れ る 17)。 往生したいのなら,阿弥詑イムの名号を受持し,臆念すべきであり,十臼間,一心不乱 大原法華決Jを出典とし, ¥結論としては,この尊格名は釈迦の報身と理解されている。さらに F 「法花法中決定如来真言,又f を寿章品之肝心真言也。次寿量品為真言也。放修此如来法。只 釈迦為本尊也Jと記し, w 妙法蓮華経Jl r 如来寿量品」を真言とし,釈迦を本尊とすることが 説かれる。さらに後述して,この真言(如来寿重品)を念じ,無震の寿命を獲得する儀礼も 説かれる。つまり,インド・チベットでは阿弥陀仏の異名と理解された無最寿命決定玉如来が, 沼本の天台仏教においては釈迦と理解され,それをもとに儀礼が行われたようである。一つ 村上御日記云。応和元年辛酒三月九臼ま策。勅始自今夜。於延暦寺法華三 の先例として, r 味堂。令ßE:::t儀正延~修無長寿命決定如来法。 F長七日克之J ( c f .渋谷[19 4 3 Jp p .3 9 4 0に対 無量寿命決定玉如来経Jの中 応街所あり)が挙げられている。また,問主主では斎然、将来の F :;l'を南路浮提。主主方過無量仏土。有世界。名然遺功徳蔵。 0超過十方。微妙第一。於0 から r 界之中有仏。名無愛寿命決定光明玉如来」を引用する。これは F 仏説大乗袈無最寿決定光明 主1 9,N o .9 3 7, a ) に対応、筒所があり,王手然将来の経典は, w 仏説大乗聖無最 王如来陀緩尼経Jl ( 寿決定光明王如来陀緩尼経』であることがわかる。これは『大乗無量寿経』が,無量寿智決 定王如来の「百八の名号Jを憶念,書写,読言請する等の功徳を説くと単純に提示する一方で, Hム説大乗聖無愛寿決定光明支如来陀羅尼経Jは無量涛決定光明王如来の f 名号を百人選 j 称念する功徳を説くものとして,意味の特定化ないし明篠化を計っており, w 阿裟縛抄J第 五十二は後者に依っているのである。 ( W阿裟終抄』第五十二に説かれる引用例 (r村上御日 記云 ~J) が, w 天台座主記Jにも見られることを,知怠院浄土宗学研究所・伊藤茂樹先生によっ て御指摘頂いた) 問題箇所の「宗要経」焚文は以下の通りである。 r ye c a k h a l u puna与 Ma員j u s r i ! ) s a t t v a s t a s y a p a r i m i t a y u r j n a n a s u v i n i s c i t a t e j o r a j a s y a t a t h a g a t a s y a r h a t a ! )s a m y a k sa r p . b u d d h a s y anama 号t o t t a r a s a t a r p品r o号y a n t id h a r a y i 号 . ya n t iv a c a y i 号y a n t i . t e号amayurp 号i v i v a r d h a y u : ; y a n t . i J( c f .[ 1 9 1 6 J 池間, p . 5 5 2 ) ここの r S k t .nama 終o t 匂r a s a t a r p( T i b .d e ' imtshanb r g y ar t s ab r g y a d )Jを , r 名号を百八回に わたり Jあるいは「百八の名号'a:'Jと理解することによって,二つの訳出方法になったよう である。しかし,党本と蔵訳には無量寿智決定王如来の個々の百八の名号は挙げられていな c f . い。従来の翻訳や典籍解題類においては単純に「百八の名号j と紹介される向きがある ( i b i d .,p .5 5 8 " 鎌田,河村他縞 [ 1 9 9 8 Jp .2 7 7 ,e t c . )。ちなみに,ケードゥプ・ジェ『タント c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dA le xWayman[ 1 9 6 8 Jp .1 2 4 )に r I T 'o r pが二つあるもの ('Og ラ概論Jl( ming y it s h eφagmed)l J にある真言は中間から欠新しているので,百八の名号は完全ではな 1 9 7 8 Jp .2 1 41 1r ダ いが,別々のタントラがこつあるのではない」とあるのに対し,高問 [ ラニの文字が百八からなることである j と注記している。 「宗要緩J焚本,蔵訳にあるダラニは以下である。 • rorp namo bhagavate A p a r i m i t a y u r j n a n a s u v i n i s c i t a t e j o r a j a y at a t h a g a t a. ya r h a t e . y emahapu平yea p a r i m i t a pUl) . y巴 a p a r i m i t a pUl) . y e s a m y a k s a r p b u d d h a y a .t a d y a t h ao r ppu早yepUl) j n a n a s a r p b h a r o p a c i t e .o r ps a r v a s a r p s k a r a p a r i s u d d h a d h a r m a t eg a g a n a s a m u d g a t es v a b h a v a v i s u d d h e m a h a n a y a p a r i v a r 邑 ,s v a h a . J( c f .[ 1 9 1 6 J 池田, p . 5 5 2 ) •r o r pn amob h ag ab at eap ar a( 1 0 ) mit aay u rd z n y an as ub in is h t s i( 2 0 )t at ed z or ad z ay a t at h ag at a( 3 0 )y aar 在h at es amyaks a r pbudd h a( 4 0 )y aI t ad y at h a/o r ppu早 . y epuI , l yema( 5 0 ) h apuI , l y eap ar amit apu平y e( 6 0 ) ap ar amit apuI , l yed z n y an as a r p( 7 0 )b h ar op at s it eIo r p i( 8 0 )p ar ishudd h ad armmat eg ag an a s( 9 0 ) mudg at s a r v asams k ar 5 2 曹長教大学総合研究所紀要 第 1 1号 に 実 践 す る な ら 見 仏 , 往 生 で き る こ と 18) 受 持 ・ 読 請 を も っ て 極 楽 往 生 の 業 と し , 往 生 の 諸 行 を 明 か す 諸 経 ・ 呪 の 一 つ に 挙 げ ら れ て い る 19)。また河弥陀イムに父,母, 声 聞 の 弟 子 衆 が あ る こ と を 明 か す こ と で も 往 尽 さ れ て い る 20)。 こ の 『 往 生 要 集Jでの 扱いはこの経の全体的な特徴をよく表したものとなっている。他方『選択本額念仏集』 で は , こ の 経 を 念 仏 往 生 に つ い て の 諾 仏 証 誠 の 一 例 と す る 『 浄 土 十 疑 論Jの 笛 所 に は 引用されているが,教判としては傍らに往生浄土を明かす教えのーっとされるようで あ り , 持 経 と 持 呪 の 「 読 語 大 乗 の 行 」 の う ち 持 呪 の 簡 所 に 言 及 さ れ る に と ど ま る 200 なお注釈警には,江戸期の俊彦亮汰 C A . D .1622-1680) に よ る 『 悶 弥 陀 鼓 音 声 経 紗J が 存 在 す る と 言 わ れ て い る 22)。 他方,インド・チベットでは「鼓音声ダラニ」は,密教の生成発展の過程において そのダラニを中心として成就法にも取り入れられていく。 f無 量 寿 智 CSkt. i b .Tshedangyeshesdpagt umedp a )J と い う 名 は , す で に 「 鼓 音 A p a r i m i t a y u r j n a n a,T A t a r i m i t a y u r j n a n a h r d a y a )Jと「宗要経 ( A t a r i m i t a y t u ηi n a n a ) J の題名にも 声ダラニ ( 見られるが,密教における独立典籍として成就法に関係する文献には,その名を冠し た も の が 歳 訳 に い く つ か 見 ら れ る 23)。すなわち, 巴上伝授絞軌。 i 比外秘録所載如左。阿弥陀 ¥「阿弥陀仏大居、惟経j 等が挙げられ,後述して f 鼓音声王陀羅尼経一巻。点元。円覚。梁失訳。阿弥陀経ニ巻。無量妻子緩二巻。観無議寿経一巻。 阿弥陀経一巻。称譲浄土仏摂受経一巻。後出阿弥陀仏{易経一巻。小無量寿経一巻。槌綴往生 経一巻。是器室I 質経十一巻。己J 二九経笠傍見」とある。記述はわずかあるが,台密における「鼓 音声ダラニ」の使用を示す記述ではある。 1 7 ) c f .W 浄土宗全書J 1 5,山喜房仏書林, p p . 6 4 …6 5 f .i b i d ., p .8 9,1 1 0,1 2 3,1 2 9 1 8 ) c 1 9 ) c f .i b i d ., p .1 3 0 f .i b i d ., p .1 3 6 ただし受場人物の名称について,漢訳と蔵訳は完全には一致しない ( c f .小 2 0 ) c 野回 [ 1 9 8 7 Jpp.94 …9 5 )。 21 ) c f .W浄土宗全書J 7 ,山喜房仏書林, p .4 , 6 2,6 5 2 2 ) c f .小野,丸山編 [ 1 9 9 9 Jp . 5 5 2 3 ) 密教の成就法は『初会金側頂経』以降のタントラの影響下で成立しているのに,なぜ「無 議寿智」という名が用いられるのかは,詳細な論及はなされていないようである。中期の密 教を代表する『昆厳遮那現等覚経J (以下『大日経J],行タントラの代表例), W初会金隣頂経J (~金伽タントラの代表例) ,さらに後者の延長線上に発展した後期密教(毒素伽タントラ,無上 無量寿J という 議伽タントラ)においては,五仏のうち西方に位置する仏には「無最光 Jr 名が用いられている。先ず『初会金刻頂経』においては,色究覧天における受用身である箆 慮遮苦~仏の成fムから,法身大箆厳遮那如来が自己展開して,中央の仏部(如来部)の大日, 東の金剛部の阿関(不動),南の安部の宝生,西の蓮華部の無最寿,北の渇磨部の不空成就 c f .頼官 [ 1 9 9 0 Jp . 9, p p .1 8 9…1 9 0 ) をとる。 という五如来が顕現するという構成 ( その中で,阿弥陀仏について,一般にタントラの訳出では漢訳が「無量寿 J ,チベット訳 大日経 Jの飴蔵界マンダラも例外ではない ( c f . が「無量光 Jを好む傾向が見られるが, W i b i d ., p p .1 4 8 1 5 6 )。しかし f 初会金制頂経J の営頭の金総界マンダラの出生に関しては「観 t 佐自在三五Jの名も使用されるが,後続の『金剛頂タントラ』などの議伽タントラ, W 秘 自在王 Jr c f . 筏集会タントラ』などの無上稔倣タントラにおいて多く「無量寿」に統一されていく ( i b i d ., p p .1 9 0 1 9 4 )。またチベットでは図像学の蛮からは「無長光j と「然登美子j との区別ノ 阿弥陀仏に隠するジターすの信仰と笑践 5 3 A p a r i m i t め ,! U l プn a n a m a r , z f r a l a v i d h i( T i b .T s h ed a n gy es h e sd P a gt umedρ a ' id k y i l制 o r ) , g y ic h o g a, W無量寿智のマンダラ儀軌~, Toh.No.2141 A p a r i m i t a y u η; n a α ηsadhana (Tib.T s h edangy es h e sd P a gt umedρ αz h e sb y ab a ' i s g r u bt h a b, W無量寿智の成就法~, Toh.No.2143), • A P a r i m i t a y u η . 耐 仰s a d 加問 ( T i b .T s h ed a n gy es h e sφa g t umedμ'is g r u bt h a b s,W無 量寿智の成就法~, T oh.No.2145), B h a g a v a d a p a r i m i t a y u l プ ' n a n a m a r , z f r a l a v i d h i( T i b .bComl d a n' d a sT sh ed a n gy es h e s φagt umedp a ' id k y i l' k h o rg y ic h oga, W世尊無量寿智のマンダラ犠軌~, Toh.No. 2146), さらに今回取りあげるジターりの三三部作等がある。このうち,初めの三つは,ダー キニー・シィディラージャ ( S k t .D a k i n i s i d d h i r a j a,T i b .Mag c i gGrubp a ' ir g y a lmo, 以 下 マチク)24) が 阿 弥 詑 仏 か ら 授 か っ た も の で あ り , 他 方 , ジ タ ー リ の も の は 彼 の 師 で あ c f .i b i d .,p p . ¥がなされるが,文獄学的にはこの区別に霊妥な意味は無いという指摘もある ( 1 7 )。その姿は, w 初会金悶 U T I 完経』以降,一面二手で禅定印を給んだ赤色の姿で西に佼 3 1 5…3 援することになる。 金光明経Jの四方自仏を経て, 先ずその位援付けとしては,r密教仏としての阿弥陀如来は, F 密教のマンダラ世界に導入されたため,r他方仏国土jである極楽を要請する必要はなくなり, むしろ〔諮部族の中では]遂撃に象徴される慈悲を可り, [五仏の五惑を配当した構成にお S k t .s a J ' ! l j n a ) を表す赤色をし,五智のうちの妙観察智を具えた五智如来のー いては]表象 ( c f .i b i d .,p .5 8, な お 口 の 中 は 様 足 し た ) と っとして西方に拝されることになるのである J ( 言われている。 初会金剛I 震経Jにおける五仏の印栢として無量寿が最勝 阿弥陀仏の禅定印については, w c f .i b i d ., p .1 5 6, 1 9 9, 2 4 4 W 陀羅尼集経J 禅定印となるし『金制頂タントラ J も継承している ( f 理趨広経J など左右両手を胸の前で組み合わせた転法輪印を結ぶ場合もある c f .i b i d .,p p . 1 9 9 2 0 0 ただし『幻化網タントラ J の白色,六哲三頭で関蓮華印といった例外的な姿もあ る c f .i b i d ., p .2 8 9 )。 阿弥柁仏の身体の色が赤であることは, r 文化史的にいえば,極楽のある西方に沈む夕陽 のイメージであろうか。後に,貧・娯・燦などの煩悩が五仏と関係付けられる時,阿弥陀は, 大いなる貧欲の仏として赤色に描かれるが,成立の 1領序としては,赤色の記当が先と怒われ c f .i b i d .,p .2 4 3,p p .3 3 4 3 3 9 ) と言われている。 るJ ( m r t a (甘露)との関係の可能性も議論されてきたが ( c f .i b i d ., 元来,阿弥陀は語源的に a p p . 5 3 5 4 ),持物となる甘露瓶について, r また,教義的に,阿弥陀→無量寿という必然性から, 不死(長寿)の妙薬としての甘露が,阿弥陀・無量寿の属性,さらに進んでは,特色ある持 物として,定印を結ぶ無量寿如来は,その手の平の上に甘露を満たした甘露瓶を霞くことに b i d ., p .2 6 3 ) 等と指擁されている。 c f .問中 [ 1 9 9 0 Jp p .1 0 2 …1 0 4 なるのである JG またチベットでは,タンカや木版簡の観音と勢至を始めとする八大菩薩{象が阿弥陀如来を 中心として捕かれており,中央に如来形の無量光,務厳した菩霊童形の無愛寿のいずれかー尊 を,楼閣の中に大きく描き,阿弥陀の台践にはクジャクなお室くこともあれば,極楽の蓮池か c f .綴富 [ 1 9 9 0 Jp .6 3 5 )。また「長寿三尊 ( T s h e ら生じる遂茎の上に阿弥陀を拝することもある ( l h arnamgsum)J として中央に大きな無量秀イム,周箇に無量妻子イムと白ターラと仏頂尊勝母を c f .邸中 [ 1 9 9 0 Jp p .1 0 4 1 0 5 )。 交互に配壁した図像も知られている ( o t e. 45を参照のこと。日本で チベットにおける阿弥陀仏の尊容の具体的記述については n の密教的な阿弥陀仏の殴像に関しては,真鍋 [ 2 0 0 0J[ 2 0 0 1Jを参照のこと。 2 4 ) なお,マチクには,A p a r i m i t a y u r h o m a v i d h i( T i b .T s h ed P a gt um e dp a ' is b y i ns r e gg ic h og a,/' 5 4 官事教大学総合研究所紀要 第 1 1号 るガルパパーダが河弥陀仏から授かったものであるとされている ( c f . W讃J奥書き)。 前回の我々の報告 ( c f .拙稿 [2003J) に お い て は , マ チ ク 流 を 受 け た ダ ラ イ ラ マ 七 世 の成就法を紹介したが,その段階ではマチク自身の著作を扱わなかったため,マチク o h . N o .2 1 4 4 ) という関連典籍もある。拙稿 [ 2 0 0 3 J おいて n o t e . 2 3 ¥『無量寿の護摩銭軌,], T と付録(1)において,ダライラマ七世の記述に基づきマチク流の伝承系譜を紹介したが,マ チク自身については十分な検討が行えなかった。今関誠査した H a y a g r i v a s a d h a n a( T i b .r T a m g r i ng y is g r u bt h a b s, W馬頭成就法J1, τbh.No.2142,Tshi.215b4-216a5) の爽警に, r 無量光に より授記されたダーキニー・ドゥッベーギェノレモ(‘ Odd p a gmedk y i sl u n gb s t a np a ' i//mKh a ' ' g r oGrubp a ' ir g y a lmo)J と あ る 。 ま た,A P a r i m i . t のu η' l i a n a m m . u ! a l a v i d h i (Toh.No.2141, T s h i . 21 Oa 3 …2 15 b4)の奥書と ,A p a r i m i . 均 U l ゴ ' l i a n a s a d h a n a( おh . N o .2 1 4 3,T s h i . 2 1 6 a 5 2 1 9 a 3 ) の奥書には, r r 根本十万タントラ」と「釈タントラ・光明網j に依って,女性成就者ギェノし そがお造りになった(jr T s ar g y u dl e ' uもum仰 向η w/ / b S h a dr g y u d' O dz e rd r ab al a//b r t e nn a s Grubp a ' ir g y a lmosmdzad/) Jという記述がある。これらに言及される広木の「根本十万タ ントラ J とその「釈タントラ・光明網j については未確認である。タントラ文献の異表記に も詳しいツノレティム・ケサン先生のご意見では,十万の広本はおそらく神話上の存在であろ う,ということである。 y め yum),回遊演,カバーラ マチクの成就法文献を見ると,明妃の配置,父母イムの合体 ( の所持,五i:t露などに言及しており,後期密教のうち母タントラ系統の無上議伽タントラに 鼓音声ダラニ Jr 宗要経」そしてジタ - pの三部作は,最下位の所作タ 属している。他方, r ントラに分類される。また前回紹介したダライラ 7 七世のマチク流の阿弥陀仏成就法におい て,生起・究支のニ次第という無上議伽タントラ特有の内容が見られるのは,元来 7 チクの 著作にあった要素であるが,それが性的ヨーガの絵もない観法に仕上げられているのは, ゲ ルク派ならではの取り扱い方であると言えよう。 クラスの異なった修法に関する混同が良くないことに関して,ケードゥプ・ジェは, 「或る者はいう へーヴァジュラのような[無上稔伽タントラの]マンダラーつのlE 尊と各属[へ]の親近の[規定された]度数になったなら,他のマンダラ等の親近をす る必要はなくて,謹頂等のマンダラの事業に入るので充分である。一切の尊は体が向ー であるから,と言むそのうち,自性清浄として体が向ーであるからと言うのと,総統 が悶ーであり楽祭として体が伺ーであるからと言うのと,どちらを言っても等しいので, 〔彼らの見解によると,タントラの中でも広く行われている]所作タントラのジターリ の無最寿九尊のようなものの議演を得たなら, [タントラの中でも最高の難度をもっ] 無上[再会伽タントラ]等のマンダラすべての濯頂を得たことになる。毒事すべては体が向 ーであるから」 f .FerdinandD.LessingandAlexWayman [1968J p p .276-277 と批判している。 c また,マチク流の伝承系譜に関して,マチク,ティプパ, レーチュンパの問の伝法に関す る記述が, ダノレマパドラ作の Gr u b切 りl l u g sk y iおh ed P a gmedl h ag c i gbumg i c gg id b a n gb s k u r ( d 乃' a dg z h i ' iy i gc h aρ J z y o g sb s g r i g s2 , vo . 1 76, d l ¥ 駒 c h ud h a間 lab h ad r a ' ig s u n g' b u m , 7 a 8 a ) に見 られる。この刊本の複写状態が良くないので読解は今後の課題としたい。なお, レーチュン 2 0 0 3 J付録(1)における記述の出典が Hul a nd e bt J ze rであることがわかっ パについて,拙稿 [ c f .稲葉,佐藤 [1964J p.173)。また,Debt h e rs n g . 仰 p oには次のように言う。 た ( •r レーチュンパがイント脅から再帰国したときミラレパは, r インドには無身ダーキニー のその法には九つの法類があるが,導者?ノレパのお言葉では f 私は九つの法類のうち五 つしか得ていない。今やおまえが全部インドで受けなさい j というお言葉があったので, f 今レーチュンパよ,おまえがインドに往って,それら法類を全部受けなさい j と仰っ たので, レーチュンパは上師のお言葉を開いて,インドに渡ってナーロとマイトリーパ の雨者の直弟子ティフ。パに全部いただいた。さらに教誠を多く求めてから上富市のもとに 来られた。九つの法類を上部に献上した ~J c f .Debt J ze rs n g o np o, 四 1 1 1民族出版社, 1985年 , pp.5235 2 4( 刀l eB l u eA n n a l sP a r tt w o .by 吋 GeorgeN .R o e r i c h, R o y a lA s i a t i cS o c i e t yo fBe 阿弥陀仏に関するジターリの信仰と実践 5 5 流とジターリ流の成就法の区別に言及できなかったが,今回の考察では幾分なりとも 明 ら か に な っ た と 思 わ れ る 290 また以前, ジターリの儀軌が「ニつの無量寿経 C Tshedpagmedp a ' imdog n y i s )J 2 6 ) ¥ には, レーチュンパが八十二[年間,伎に]おられたと言うのもあるが,最上の霞弟子 たちの教えの年代計算 ( b s t a nr t s i s ) を細かくなさったものには七十八〔年間]と出て し 、 る Jc f .i b i d .,p .5 2 6,i b i d .,p .4 3 9 なお,上記のダノレ 7 パドラの著作は, r それについても,尊の形相とタントラ部の次第と, 見解 ( b z h e ds r o I)の区別全てを合ーしたもののうち最高のものは,マチク・ドゥッベーギェ ノレモ流の T s h ed P a gmedl h ag α旨b umgcigとして流伝した, この無最寿主ど無上ユガとして行ず r G y a lmchogb s K a l る[行法]である j と述べた後で, ギェノレチョク・ケノレサンギャンツォ ( . D .1 7 0 5 1 7 5 7 ) の名前に直接触れて, τ o h . N o . 5 8 5 3 ( 9 )冒頭の b z a n gr g y amtsho/D a l a il a m a 7,A 6 b 5…6 )。これは,ダライラマ 7t 止によるマチク流の継主主について言及 傷須を引用している ( する段である。 ※T o h . N o .5 8 5 3( 9 )Mag c 忽g n t bμ i '昭 ' a lmol u g sk y iω z ed P a gmedl ab r t e nn a sb r t a nb z h z 悠s' b u l 佐 官s r a mk h r e g sr d oげe ' is r o gs h i n g( T h eC o l l e c t e d移0 r k s( G s u n g' b u m )o f t h e t s h u lg y ic h og ab s g r S e v e n t h D a l a i L a m a( 7 2, 4[ 3 6 b4J8 5, 5[ 4 3 a 5 J ) c f .T h eB l u eA m z a l sP a r t 2 5 ) ジタ -yは,へーヴァジュラなど母タントラの系統にあること ( o y a lA s i a t i cS o c i e t yo fB e n g a l,C a l c u t t a,1 9 4 9,p .2 4 3,白崎 [ 1 9 8 1 a J o n e .byGeorgeN .R o e r i c h,R p . 2 4 ) も予断を与える一つのきっかけになってしまったが,例えば,前回報告した ( c f .拙 稿 [ 2 0 0 3 J ) ダライラマ七世の伝えるマチク流の伝承と,ジターリの f 讃』の奥警が伝える ジタ一世流の伝承は明石室に加のものである。また,問者とも寿命の成就を自的にする点,両 者とも『初会金剛頂経』以降の金制界の五如来の記霞に萎づきながら,それを無量寿の成就 法として再構成している点は共通するが,その再構成の仕方に違いがある。すなわち,五部 (五族)の如来にすべて無長寿という称号を加えている点は向じであるが,ジターリ流はそ の構成を受け継いで,さらに閉維に四つの徳性をもった無愛妻子を配置しているが,基本的に 中央の大日如来という構成を残している。ところが,マチク流における五仏は,例えば, Aμr i m i t a y u ηi n a n a s a d h a n a( τ o h . N o .2 1 4 3,T s h i . 2 1 6 b 5 2 1 8 al)には,中央に明妃を抱いた無愛寿, 東に不動無量寿,南 U こ宝部無最寿,西に大白無愛寿,北に不空成就無量美子,さらに四維に明 妃として東南に 7 - 7キー,南西にターラ妃,商北に仏限,北東に三味耶ターラを配置して いる。中央の大日が主主に移動していることは,例えば『秘密集会タントラ』以降の父タント ラにおいて,主催者である向簡が東から中央に移り,大日が代わりに東へ移ったのと同様の 事態である(無上稔倣タントラにおいて阿関族が優勢になった理由としては,事実上の本尊 であるへーヴァジュラ,サンヴァラ, グヒヤサマージャなどの諾尊はいずれも多面多轡の念 怒の姿であり,その尊格としては湾問如来の金間部が最適であったこと,また仏教の外的要 素より内預性を愛要視する傾向にあって,五如来に互王績を富目当するという構成のなかで,色 慈を配当され身体を司る毘庭遮那如来より,議慈を配当され心の象徴となる間関如来に重要 f .頼富 [ 1 9 9 0 Jp . 3 2 0,3 3 6 )。このような事情を考えるなら,特定 性が震まかれたことがある。 c の白的をもった無量寿仏の成就法においても,無量寿仏が中央に位霞し,箆盛遮那が西に退 くことも成立するわけである。 なお阿弥柁仏を中心に据えたマンダラにも,サキャ派パクパ ( A . D . 1 2 3 5 づ2 8 0 ) が著した, s 身o n gr g y u dn a sg s z m g sb ai 'T s h eφa gmedk y isgmb仰 i 't h a b s (BIBLIOTHECATIBETICA1 7, T h eC o m P l e t eW o r k so ft h eG r e a tM a s t e r so fT l z eSaS k y aS e c to ft h eT i b e t a nB u d d h i s m,Vol .1 7,The Phagsp a2 -,議伽タントラに属する『悪、怒清浄タントラ J所 C o m p l e t eWorkso fChosr g y a l‘ 依の儀車九番)のように,また別の構成をもったものがある。 2 6 ) チベットでは Tshemdoの略称がよく用いられている。ロンドルラ?の著作 ( T h eC o l l e c t e d W o r k so fL o n d o lLama,P訂 t . l, 2,LokeshC h a n d r a,l n t e r n a t i o n a lAcademyo fl n d i a nC u l t u r e,N , 5 6 併教大学総合研究所紀要第 1 1号 に言及することを指摘したが ( c f .拙稿 [2003Jn o t e . 8 ),その詳細は明らかで、なかった。 今 回 , チ ベ ッ ト 仏 教 の 大 学 匠 プ ト ン (Bus t o nRinpoche, A .D.1290-1364)の 高 弟 ダ ツ ェ sGratshadpaRinchenrnamr g y a l,A.D.1318-1388) による パ ( T s hedPagmed' c h imed s hedpalyes h e sbsam' g rub (~無量寿無死鼓音のマンダラ犠軌 rngas g r a ' id k y i lchogaT 一寿命の吉祥と智慧の如意成就-~,以下『ダツェパ儀軌~)幻)によって, r ニつの無 r 量 寿 経Jが 「 阿 弥 陀 経 J 無 量 寿 経 」 で は な い こ と は 確 か に な り , そ の 一 つ が 「 鼓 音 声ダラニ」であることは判明した。残り一つが何を指すかは,決定的とは言えないが, ¥可能性, ロンドノレラマの記憶間違いという可能性は排除できないが, この成就法のことを指 していると仮定するなら, Tshemdoとジターリの成就法の筏援な関係を傍証するものになる。 2 7 ) TheC o l l e c t e d柄 拘 0 1Bz 付 加z ,PART2 8( S A ) ,e d i t e dbyP r o f .D r .LokeshCH 必 IDRAf r o m t h eC o l l e c t i o no fP r o f .D r .RaghuVIRA ,I n t e r n a t i o n a lAcademyo fI n d i a nC u l t u r e, NewD e l h i,1 9 7 1, ( 2, S a. l . l2 5, S a . 1 3 a 7 )=Toh.No.5 2 3 3 チベットにおいては A戸a r i m i t a y u η' l i a l l a h r d a y a( r 鼓音声ダラニ J ) に依りマンダラ儀軌を行 ダツェパ儀軌』はその名にも関わらず,実際には「ジターリの三三部作」 う伝統がある。この f に多く依拠している。ジターリの三部作が館別に叙述を燥涼し,重複する記述もあるのに対 し , ~ダツェパ儀軌』は三三部作を総合して笑に詳細な儀軌にまとめたものである。こうした 点に基づ、き?ダツェパ儀軌J を「ジターリの三三部作j の参考書として利用した。なお小野田 [ 1 9 8 7 Jは , ジャムヤン・ロテノレワンポ ( ' J a md b y a n g sb l og t e rd b a n gp o,A . D .1 8 4 7 …1 9 2 4 )に Gy uds d ekunb t u sv こ所載された bComl d 仰 , 出s' c h imed口 z g al h ab c ubdung y is g r u bd k y i l よる r dbangc h o gda 昭 b c a spa' c h imedg r u b仰す bcudl e nを扱った論文である。この「鼓音声ダラニ」 に基づく儀軌警は,チョナン派の伝承に依るとされる。 i b i d .,p .9 4,n o t e. l2には, ロテノレ・ワ ンポもジターリの『儀軌Jを参照したことが述べられている。 『ダツェパ儀軌』冒頭は以下の通りである。 (( 2, S a .l . l )IT'[無量寿]無死鼓音のマンダラ儀執 寿命の吉祥と智窓、の如意成就.11( ' C h i medr n g as g r a ' id k y i lc h o gt s h ed P a ly es h e sbsam包r u b ) と言われるもの。ラマと教主無量寿 智に敬礼します。 何かに依ってひたすら ( 2, S a .1 .2 ) 帰依すれば,/生死忍繋のあらゆる衰退から保護され, /解脱・福利・安楽の吉祥に結びつけなさる,/ラマ・教主無量寿に敬礼します。 2, S a .1 .3 )促 この著作を多くの学者・行者が切らかになさったけれども,/他の者が ( すゆえに,/劣った知性の私も〔著作を]決意しました。/それゆえ,誤りがありまし たらお忍び下さり,/精撃が衆生の吉祥として成就しますように。 F 無愛寿無死鼓音』の門から tH 犯の死を欺くこと(‘c h ib ab l ub a ) と,寿命と ( 2, S a .1 .4 ) 智慈の悉地合成就するよう願う人が行う次第における,以前に修念したものの区別と, マンダラに基づく行いの二つに基づ、いてー~) 『ダツェパ儀軌J末尾は以下の遜つである。このような著作の爽書きの通例として,勧誘 者の個人名が読みこまれていると怒われる。参考のために不完全ながら仮訳しておく。 ( ( 2 5, Sa. l3 a 5 ) 当典籍は,稜族の功徳の吉祥さによって威光があり,/寿命と智慈の国 2 5, S a . 1 3 a 6 ) 丘ダツェ 林の吉祥である,/資財の広大な者によって勧められて,/比 ( s G r at s h a dp a, プトンの弟子)が著述しました。その養により無死の金剛によって パ ( /死主, ~専修羅,魔の宝容を滅してから/無死甘露の吉祥さについて自在を得た/一切智 の無死の力が成就しますように。 f 無量寿の無死の鼓音のマンダラ儀軌 一寿命の ( 2 5, S a . 1 3 a 7 ) 吉祥と智慧の如意成就 s K uz h a n gc h e np oT a ) とい -Jlと震われるこの[典籍]は,クシャンチェンポ・ター ( う司徒の指示によってお願いした折に,壬戊 ( c h uphokhy i)の年 ( A . D . 1 3 8 2 ) のあ月(蔵 踏 9A 1 6E !~ 1 0月 1 5日)の 9E!の臼中, [シヤルミ子近郊の]法の栄んな土地 ( C h o s g n a schenp o ) であるヲプ ( R ip h u g ) [寺]において[ダツェパが〕著しそれを]筆 h e nd P a l b z a n g ) である) 受した者はワンチェン・ベノレサン(Rinc 5 7 阿弥陀仏に関するジターリの信仰と実践 fダ ツ ェ パ 犠 軌Jにおいては「宗要経」が重要な役割を果たすことから, 「鼓音声夕、ラニ j が f 二つの無量寿経」である可能性が強まった r 宗 要 経j と ( c f .n o t e s . 5 6,7 3 )。 このような「鼓音声ダラニ j の 系 統 に あ る ジ タ ー リ 流 の , 所 作 タ ン ト ラ に 属 す る 陣 Tsongkhapa 弥 陀 仏 成 就 法 は , 純 粋 に 顕 教 の 「 無 量 寿 経j に 基 づ い た ツ ォ ン カ パ ( A.D.1357-1419) の b Deb ac a ng y iz h i n gdus k y eb a出 i n p a ' ismon B10bzangg r a g spa, lamZhi 噌 n にh ogs g o' b y e d( r 最 上 国 関 門J )お)と,無上稔伽タントラのマチク流の成就 法との間にあって,チベットでの阿弥陀仏信仰の大きな流れを形成することとなった のである 2針 。 翻訳 l Aparimitãyu~lstotra (W讃~) 30) ( D . N u . 6 6 b 3 ) イ ン ド 語 で Apar imit ayurs t ot r a。 チ ベ ッ ト 語 で T s h ed P a gmedl a b s t o d p a。 広大な法輸を転じ,衆生のあらゆる苦しみを一瞬に絵く仏 31)無量寿に ( D . N u . 6 6 b 4 ) 敬礼します。 サッタから生じ,あらゆる罪過からあなたは解脱して,金剛身を具えた持金 金問1 剛たる金制無量寿に敬礼します。 顔 悩 の 汚 れ に よ っ て 普 く 汚 染 さ れ ず , 憐 れ み に よ っ て 愛 す る 様32) を 示 さ れ る 蓮 2 8 ) 後にゲノレク派が広まったモンゴ、ノレでは, r 普賢行願讃」や「最上国関門 Jに基づく河弥陀 f .嘉木揚 [ 2 0 0 2 J[ 2 0 0 3 J 仏信仰が盛んになった。 c , 笠 ミパンらは「鼓音声ダラニ Jを引 2 9 ) チャンキャ l波 ドォトゥプチェン・リンポチェ 31 用し,無量美子仏と西方緩楽世界の存在を知らせ,称名によって往生すると説く箇所を引用し ている ( c f .梶 君 主 [ 2 0 0 2 Jp p . 1 8 6 1 8 7, 2 6 2 2 6 3, p . 3 0 7, 4 3 7 4 3 8巴t c . )。ミパンは同じく「鼓音声 c f .梶演 [ 2 0 0 2 J ダラニ jを引用し,極楽往生のために信が必要であることを特に強調している ( p .5 3 7 e t c . )。 p p .2 6 4 2 6 5, 3 0 ) W ダツェパ儀iWL~ C 15, S a . 8 a 4 1 6, S a . 8 b 3 )に F 讃』がそのまま引用されている。なお,無量 寿九尊の配霞は完全にジターりの著作に基づくものであり,マチクのものとは兵なっている。 ( c f .n o t e . 2 5 ) 31 ) 以下,金剤界に属する五部(仏部,金制部,宝部,蓮華部,濁磨部)を列挙し,それらを ま寝室量寿仏j とせず「仏無量翼手」等とした。 無量寿仏に付しているので, r 3 2 ) 原文では r c h a g st s h u U とある。通常 r T i b .c h a g s( S k t .s a n g a )J!主食欲を表す用例が多いが, 以下を参考に「愛する j と環解した。 j a g a t s a n g a 叩 訂t a s a 古g e n a r y a s a n g 巴泌 t a y i n a / k r t av y a k h y am a h a s a s t r e品r u t v an a t h a j i t a ts v a y a ! p ./ / 2 . グ ( c f .天 聖 子 [ 2 0 0 0 Jp . 3 ) (衆生念愛することで全てきど愛する聖アサンガ・救護者によって,大論に対する釈が造られた。 自ら救世者マイトレーヤから開いて) むろん密教では貧欲も大食欲として,一切衆生に対する仏の普遍約な愛情を示すものに昇 華されていく。 係数大学総合研究所紀要第 lH 予 5 8 華無量寿に ( D . N u . 6 6 b 5 ) 敬礼します。 思念したあらゆる事物が,一瞬に自身の思い通りに満ち足りて吉祥である,衆中 の主たる宝無量寿に敬礼します。 坊の百的を,一瞬に成就し吉祥である,あらゆる思念を増益する加意 (D.Nu.66b6) 樹たる渇磨無量寿に敬礼します。 あらゆる罪過から解脱したことによって,種々なる功徳、で荘厳され,衆中の主た る,普見無量寿に敬礼します。 様々な偉大な力で荘厳されており,所対治の集まりを破壊する, (D.Nu.66b7) 導 師,那羅延天 ( Skt .Narayal ) .a ,T i b .Sredmedb u ) の力たる功徳無量寿に敬礼します。 円 鏡 と 平 等 性 等 33) の 沢 山 の 智 慧 の 蔵 を 保 ち , あ ら ゆ る 分 加 を 断 じ た 智 慧 無 量 寿 に敬礼します。 分別の風によってあなたは動じず,辺を離れ三味 ( D.Nu.67al)寂静であり,魔 と外道の衆を滅する不動無量寿に敬礼します。 輪廻の一切衆生が,あなたの名号のみを保ったのに対して,寿命と智慧を広大に なさる無量寿に敬礼します34)。 菩薩ジェーター ( D.Nu.67a2)ワ(Dzet ar i ) 一 敵 か ら 打 ち 勝 っ た 者 (dGral a srnam p訂 r g y a lb a ) ーがお作りになった。 これの伝承は,アミターユス ( Tshedpagmed),成就を得たガルパパーダ (sNying pozhabs,c f .n o t e . 8 0 ),ジェーターリ (Dzet ar i ) 教から打ち勝った者一,大小二 j egdanp a )35),パリ翻訳部 (Bar i1 0t s 主b a )36),チィム・ 人のヴァジュラーサナ (rDor 3 3 ) ここの r mel o n gmnyamn y i dl as o g sp a J は,1)法界体性智, 2 ) 大円鏡智, 3 ) 平等性智, 4 ) 妙観察智, 5 ) 成所作智といった「大医如来の五智」を意識した表現と思われる。これら五 智は通常,金刻界マンダラにおいて,1)大日(中央), 2 ) 阿関(東方), 3 ) 宝生(南方), 4 ) 阿弥陀(西方), 5 )不安成就(北方)のま如来に配当される。五智と五如来の関係については, 9 0 Jp p . 2 1 5 2 2 8を参照のこと。 頼 窓 口9 3 4 ) c f .拙稿 [ 2 0 0 3 Jp . 4 8, n o t e . 2 7 この{高須は,無量寿九芸事に対する譲が説かれた後の,意味を要約した讃である。これと向 じ趣旨の偽鎖は『ダツェパ儀軌J の冒頭にも ( 6, S a . 3 a 6…b1)説かれ,その重要性が伺える。 すなわち「無量寿智仏 ( S k . tA p a r i m i t a y u r j n a n a,T i b .T s h ed a n gy es h e sd p a gt umedp a )Jをマ ンダラの主催者とする時, r 寿命と智慧を広大になさる ( t s h ed a n gy es h e sr g y a smdzadp a )J という記述は,仏自らの寿命と智慧が無量であるだけでなく,名手予だけを受持する者をもそ うさせる仏として,無量寿仏の特徴が先ず第一に捉えられているのである。付け加えると, 尊格としての「無量寿智」が無量寿仏か否かについては古来諮説があるものの,チベット仏 教では「無量寿智」を阿弥陀仏の変化身と認めるようである ( c f .問中 [ 1 9 9 0 Jp p .1 0 2 1 0 4 →n o t e . 2 3 )。なお,無量寿智などの「宗要経J関連の仏名に関しては n o t e . 1 5を参照のこと。 3 5 ) ここには「大小二人のヴァジュラーサナ J とある。大ヴァジュラーサナ ( r D or j eg d a np a c h e np o ) がユヤーヤパーラ ( N y a y a p a l a ) 王の闘であったことについては,以下を参照のこと。 c f .d Pagbsaml j o nb z a n g , e d i t e dbyC h a n d r aDas, R e p r o d u c e db yR i n s e nBooks, K y o t o,1 9 8 4, p .1 1 9 河弥陀仏に関するジターリの信仰と笑践 5 9 ツ ォ ン ド ゥ ー セ ン ゲ (mChimsB rtson' g r u ssengg e ) 3 7 ), ギ ャ ナ ク ・ プ ク パ (rGya nagPhugp a )3 8 ), ウ パ ・ サ ン ギ ェ ブ ム (dBuspaSangsr g y a s‘ bum), (D.Nu.67a3) ラ B I amadGes d i n g sp a )3 9 ), ラ マ ・ サ ム テ ン サ ン ポ ( B l amabSam マ・ゲディンパ ( g t a nbzangp o ) である。 翻訳 2 A仰 r i m i t a y u r j n a n αsadhana ( W 成就法jJ) (D.Nu.67a3) イ ン ド 語 で,A ryaayur d z n y anapar imit as adhana 1 J 1。 チ ベ ッ ト 語 でア' h a g s p aおh edangy es h e sd P a gt umedpai 's g r u bt h a b s。 聖者無量寿智に敬礼します。 D.Nu.67a4) あ ら ゆ る 衆 生 の , 寿 命 に つ い て 保 護 を 願 う の で40), 聖 者 無 輪廼の ( 量寿の成就法次第を記しましょう。 濯演と三味耶戒を具えた者は,静かで心地よい場所において'7ンダラ供養と泳 D.Nu.67a5) によって,部(グノレ)たる仏等 浴をなして,清らかな身口意の三業 ( を 召 喚 し て 41 ) 敬 礼 , 供 養 を な し つ つ , 讃 嘆 し , 身 口 意 に よ っ て 罪 を 告 白 す る ( 機 2 ) J を行います。四無震を修習し,一切諸法が空性であると修 悔 ) 等 [ の 七 支 供 養4 3 6 ) 彼には,s G r u bt h a b sb r g y ar t s a( i百成就法 JT o h . N o s . 3 3 0 6 3 3 9 9,P .Nos. 41 2 7 4 2 2 0 ) と呼ば れる訳業もある。これも所作タントラの成就法である ( c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dAlex 7 8 Jp .3 21)。若いころアティーシャの指示でインド Wayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 6 6 1 6 7,高田[19 に行き,アモーガヴアジュラから法を受けた。後にサキャ派の第二代座主になった。彼の年 代は A .D.1040…1 1 1 1,c a .とされている。 c f .奥山 [ 1 9 9 5 Jp p . 2 0 3 2 0 4 s h eφa gmedk y ib r g y u dp aにも挙げられる ( c f . 3 7 ) チィム・ツオンドゥーセンゲは,プトンの T ヌド稿付録。。さらに彼はギャナク・プクパとともに,ターラナータ ( T a r a n a t h a, A . D .1 5 7 5 1 6 3 4 ) の おh ec h og abDudr t s i ' ic h ug t e rにも挙げられる ( c f .本稿付録 2 )。 3 8 ) 拙稿 [ 2 0 0 3 Jp . 6 1において, i rGyan a gPhugp a Jを「中閣のプタパ」と理解したが,ツノレティ ム・ケサン先生の御指摘では,中国人であるならば i rGyan a gp a J になるはずであり,この 名はチベットの地名や氏族名にもあるので,単に f ギャナク・プクパ」とする。なお,ター ラナータ ( A . D .1 5 7 5 1 6 3 4 )のT s h ec h og abDudr t s i ' ic h ug t e rはジターリ流の阿弥柁仏成就法 を伝える典籍であるが,そこには i rGyaz h a n gPhugp a J とある ( c f .付録 2 )0 T h eB l u eA n n a l s ( P a r to n e .byG e o r g eN .R o e r i c h,R o y a lA s i a t i cS o c i e t yo f B e n g a l,C a l c u t t a ,1 9 4 9, p p .1 2 6 1 2 7 )に よれば,これらサキャ派の人はニンマの法にも関わっていたようである。 3 9 ) c f .T h eB l u eA n n a l s( P a r to n e .b yG e o r g eN .R o e r i c h,Roy a 1A s i a t i cS o c i e t yo fB e n g a l,C a l c u t t a, 1 9 4 9, p p . 4 4 4 …4 4 5 ) 4 0 ) P .Nyu,8 1 b 8では i t s h enyamsp al ab s r u n g‘ d o dp a s J (寿命の衰えについて保護を綴うので) とある。 41 ) Wダツェパ儀軌』には, i ( 3, S a . 2 a 2 ) 極楽から,無量寿九尊の智慧マンダラのラマが本尊 ( 3, S a . 2 a 3 ) の部主としてお坐りになり,数え切れない仏・菩薩・自明者が取り巻いているのを, i i i訴の歳空の領域に「ヴァジュラ・サマジャハ (Skt .v a j r asam 勾均) J [と唱えること]によっ て召喚すると思念しなさい ~J と,極楽から無最寿九毒事を招くことを明記している。 4 2 ) i 七支供養j については,搬稿 [ 2 0 0 3 Jp p . 5 2 5 3を参照、のこと。 w号 6 0 傍教大学総合研究所紀要義 習 を な し て 43) [以下の〕真言の内容を修習すべきです。 「オーン,スヴァパーヴァ,ヴィ C D.Nu.67a6)シュッダッハ,サルヴァダルマーハ, Sk t .omsvabhavavisuddhahs釘 vadharmah スヴァパーヴァ,ヴィシュッドー,ハン ( 三uddhoha rp.)。オーン,シューンヤター,ジュニャーナター,ヴァジュラ, svabhavav i ス ヴ ァ バ ー ヴ ァ , ア ー ト マ コ ー , ハ ン (Sk t .om鉛 yatajnanatavajrasvabhavaatmako ha : r p . ) [と修習します〕。 4 5 )空 の 性 質 か ら 蓮 華 と , 月 [ 輪 〕 上 に あ る ま さ に 心 の フ リ ー ヒ ( 初 訪 ) を , 赤 珊 瑚色46) の 如 く 念 じ て , 光 明 が 放 射 し 再 び 収 数 し た こ と に よ っ て , 聖 者 ・ 導 者 無 4 3 ) 空の修習と自己に本尊を生起させることについて. ~タントラ概論』には所作タントラに 潟して, f 離一多などの中観の註因に依って,自己の心は自性による成立についてきE であるとよ く決択してから修習するのが,我の真実である。それから修習されるべき主主導の真実と 我の真突が無差別であり,無自性であることを修習するのが,本書事の真実である。その 二つの真実は,六〔種]本尊の中では真実の本尊であり, [所作タントラより〕上のタ S k t .s v a b h a v a )J[という真言]と「空性 ( S k t .s u n y a t a )J[という真言] ントラ部の「自性 ( 等を唱えて空伎を修習することに相当するものである j という。ここでジターリは阿方とも行っているわけである ( c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dA 1ex 1 9 7 8 Jp .3 1 6 )。チベットでは最下位の所作タントラに Wayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 5 8 1 6 1,高間 [ 自己に本尊を生起する修習はなく,ただlIII方 f こ修習した本尊から悉地を得るのみであるとい う見解が多かったが,ツォンカパ,ケードゥプは所作タントラにもそれがあることを主張し ている ( c f .高間 [ 1 9 7 8 Jp p .2 2 9 2 4 4,3 1 8 3 2 4 )。ちなみに「本尊の慢(Ih a ' in g ar g y a I )J ( 本 2 0 0 3 Jn o t e. 43において誤字を見逃し, 1 本尊の蔓J 尊としての自負,自覚)について,揃稿 [ としてしまった。この言葉に関して『真言道次第大論~ ( P e k i n gN o .6 2 1 0,Dza. 56 a l 2 ) には, 「威儀すべてにおいて本尊の明瞭の現れと本尊の慢により,凡俗の慢を滅することがで きるのを得るべきである。ゆえに,本主事の身の形相が浮かんだのを心に受持するのみで は充分ではなくて,慢をl)iE函にしてからそれを心に受持することとの二つが必要である」 c f .高 田 ひ 9 7 8 ]p . 2 9 2 )。 という ( 4 4 ) ~ダツェパ儀軌』には, ここに説かれる真言について以下の説明がある。 ( ( 4, S a . 2 b1)展開すれば ( s p r on a ),初めに供物,功徳水と洗潟水を奉献します。終わり に音楽も宣告献します。讃嘆によって ( 4, S a . 2 b 2 ) 称讃します。それから合掌して心をつく 三5 互に私は帰依致しますj を始めとして,七種[供養]を行って, 1 オーン,ヴア して, 1 ジュラ,ムフ ( S k . tOf ! 1v a j r am u l : uJ と唱えつつ,弾指よって ( s eg o lg t o g sp a s ) 衆の依処 a . 2 b 3 ) 自性住に来るよう祈願します。回無量を修習して,福徳資 であるマンダラがは,S オーン,スヴァパーヴァ,シュッダッハ,サルヴァダノレマーハ, 滋を積みます。それから, 1 スヴァパーヴァ,シュッドー,ハン ( S k t .oms v a b h a v as u d d h a hs a r v a d h a r m a hs v a b h a v a s u d d h o 与h a f ! 1 )J と唱えることによって,一切言語法が自 ( 4, S a . 2 b 4 ) 性についてき告である S k . t と修習します。「オーン,シューンヤター,スヴァパーヴァ,アートマコーホ,ハン ( o f ! 1s u n y a t as ¥ 油 h a v aa t o m a k o l ]haquJ といった[真言〕によって,その空も智慧金鴎を 自伎とする自身の心以外に成立しないと修習して,智慧資援を積み ( 4, S a . 2 b 5 ) ます。 S k t .p a f!1)から種々の運筆,その中央にあるア〔字] その窓の性質に基づいて,パン〔字] ( ( S k t .a ) から月総,その上にある自身の心性である,赤色で長音とヴイサノレガを伴った 文字フリーヒ ( S k t .hn 与)を修習します。それから無量の光明が ( 4, S a . 2 b 6 ) 十万に放射 します) また 113 性清浄の真言J と I~f設の真言」については高出 [1978J p . 5 0 5に指摘されている。 4 5 ) チベットにおいては菩薩形と如来形の将弥陀仏の尊容が見られるのは ( c f .邸中日 9 9 0 ]p . 1 0 3 ),それぞれ密教と霊貫教の阿弥陀仏像を反影している。 f 成就法』の説く阿弥陀仏の尊容は, f儀軌~ ( D . N u . 6 8 a 1~)にも説かれる。この他に,以下の典籍にも類似例が見られる。なお『成 就法~ ~儀軌』と特に類似する例i には I~J をつけた。ノ 阿弥陀イムに関するジターリの信仰と笑践 6 1 最 寿 は 赤 色 の 御 体 で あ り , 光 明 が (D.Nu.67a7) ぎ っ し り 集 ま り , 一 つ の 御 顔 , 一 本の御手,禅定印〔を結びJ,結翻訣坐でいらっしゃり,笑みを有し, [無]量の光 ( ' o ddpag) に よ っ て 美 し い 。 智 慧 [ サ ッ タ 〕 が 溶 け 込 み ま し た 。 涯 現 を 襲 持 す べ き ¥ ・ 'Oddtagmedk y is g o mb z l a s( c f .[ 1 9 9 4 Jb D es l 1 lo nρh y o g sb s g r i g s, s t o d, p .1 3 7 ) • GoramsbSodnamssengg e ' ib D esmon ( c f .i b i d ., p .2 0 4 ) • mKhasg r u bR a g a s y amdzadp a ' irNamd a gb d ec h e nz h i n gg ismOl1l a m( c f .i b i d ., p .2 1 7 ) • mChogg y u rbDecheng l i n gb a ' ib D esmon ( c f .i b i d ., p .2 5 8 ) (通常,阿弥陀仏の印棺は「禅定印 j であるが,ここには「施無長印」とある) ・ZhechenrGyalt s h a bk y ib D esmon ( c f i . b i d ., p .2 6 7 ) ・r D o rηe ;s n a n gb am t h a 'y a sk y is g r u bt h a b s( c f i . b i d ., p .3 0 3 ) ' O dd t a gmedk y it s h es g r u b (BIBLIOTHECATIBETICA1-10,T h eCo 持t t l e t e防0 r k s0 1t h e Gr e a tM a s t e r s0 1TheSaSkyaS e c t0 1t h eηb e t a nB u d d h i s m,Vol . lO ,TheCompleteWorkso fNgor c h e nKund g a 'b z a n gpo2 ー ) ( ( A .2 9, 2 3 7 a 5 ) 空の性質から,自身の住居を沼方緩楽関土界に転じ, [その]面前にある, 種 々 な る 宝 仙. 2 9,2 3 7 a 6 ) 疫の蓮華と H [翰]の上において,瞬待に無量寿勝者はー 赤色の御身体,一つの御顔,二本の御手で禅定印をなさった上に,不死の智慈、のす露が 満ちた鉢を持っており,街!頭は肉髪を(A.2 9,2 3 7 bl)具えており,発行者の装束をして おり,喜んだ御l1!iを持っており,光明で務厳され,御衣装は法衣・袈裟を主主え,金剛結 。 蜘欧主任で主任っておられ~) ・' O dd t a gmedk y iおh esgmb (BIBLIOTHECATIBETICA1 5,T h eC o m t l e t eW o r k s0 1t h eG r e a t 1TheSaSkyaS e c t0 1t h eT i ・ b e t a nB u d d h i s m,Vo1 . l5, TheCompleteWorkso fP a l !d i t aKun M a s t e r s0 N a . 1 2, 2 2 4 a 4 …5 ) ) d g a 'r G y a lmtshan,( •s B y o n gr g y u dn a sg s u n g sb a ' iT s h ed t a gmedk y isgmbρ a ' it h a b s (BIBLIOTHECATIBETICA 1 7, T h eC o n ψl e t eW o r k s0 1t h eG r e a tM a s t e r s0 1TheSaSkyaS e c t0 1t h eT i b e t a nB u d d h i s m, Vo l .1 7, , 一 ( P h a . 1, 3 3 b 2 3 ) ) TheC o m p l e t eWorkso fChosr g y a l' P h a g spa-2 .T s h ed t a gmedk y isgmbt h a b sz a bmo ( i b i d .,( P h a . 3, 3 5 b 5 6 )) .T s h ed t a g m e d g y ib s t o dtatadmot h r e n gb a( i b i d .,( P h a . 5, 3 7 b 1 2 ) ) •' O dd t a gmedk y is g on a ss d 信仰 s b y o n gb a ' it h a b s( ib i d .,( P h a . 7, 3 9 a 2 3 ) ) ・T s h eφa gmedl ab s t o dμ ( i b i d .,( B a . 2 2, 2 7 3 a 5 6 )) @Ts h ed t a gmed' c h imedr n g as g r a ' id k y i lc h og aT s h ed t a ly es h e sbsam' g r u b 1Bu-ston, PART2 8( S A ), e d i t e dbyP r o f .D r .LokeshCHANDRA企omt h e ( T h eC o l l e c t e dW o r k s0 C o l l e c t i o no fP r o f .D r .RaghuVlRA,I n t e r n a t i o n a lAcademyo fI n d i a nC u l t u r e,NewD e l h i,1 9 7 1, ( 4, S a . 2 b 6~) e t c . ) >M agciggmbρ a ' ir g y a lmol u g sk y iぉh ed t a gmedl ab r t e nn a sb r t a nb z h u g s' b u lt s h u l必i lc h og a b s g r 忽' ss r a mk h r e g sr d oη' ei 's r o gs h i n g ( T h eC o l l e c t e dW o r k s (Gsung加 m) 0 1t h eS e v e n t hD a l a iLamaB l o b z a n g b s k a l b z a n g 溜 l a m t s h o, Reproducedfromas e to fp r i n t sfromt h e1 9 4 5 ‘ ,bras-spungsblocksfromthel i b r a r yt ot h e impochebyLamaDodrupSangye,Gangtok,1976,( 7 4, 1[ 3 7 b 1 J ~)) V e n . D h a r d oR @mGontotshedtagmedkyisgmbthabs ( i b i d .,( 1 0 4, 1[ 5 2 bl ] ~)) @mGont ot s h ed t a gmedt a rb バ' ent a ' id : ηg o sg r u bs g r u bt , 。 6 2 係 数 大 学 総 合 研 究 所 紀 要 第1 1号 です。疲れない限りは,修習したり, この真言を唱えます。「名前の真言 (mingg i r sngags)J と (D.Nu.67bl ) 心 呪 の 真 言 Csnyingp o ' is n g a g s )J 4 7 )で す 。 名 前 [ の 真 言 ] C h i によって転変したなら,ダラニも唱えます。ダラニとは『無死鼓音声[ダラニ] ( medmgas g r a )Jjです。後で〔行者]本人は寿命が延びるでしょう。または剥那〔に 自己を〕本尊だと思念して,適宜, 甘露水の流れによって, ¥ r 三真言 ( s n g a g sgsum)J 4 8 )を 唱 え た り , 瓶 の [行者〕本人を何度も洗浄すると ( D.Nu.67b2) 念じたり, l3 , S a . 7 a 4 ) 設もが赤色の御身体で,赤璃瑚の色を有しており, ( l3, S a . 7 a 5 ) 転変して, I( 赤色の光が充満しており ~J となっている。 4 7 ) I 心呪の真言J について, w ダツェパ儀軌~ ( 6, S a . 3 b 3 4 ) は以下のように解釈している。 (読請すべき真言とは, I オーン,ナモー, フツレン, アーユノレ・ジュニャーナ, フリーヒ, アローリカ,フーン,フリーヒ ( S k t .o r p .namobhrur p .a y u r j n a n ah r 海a r o l i k ahu r p .hn 1 : J )J という心呪の真言である) この真言は 7 チクの著作 ( T o h . N o . 2 1 4 3 ) にも説かれる。 4 8 ) ここの「三真言 ( s n g a g sgsum)J の二つを木作に見られる以下の真言と理解した。 -名前i の真言 ( D . N u . 6 7 b 4 ) 「オーン,タッドヤター, アパリミターユノレ・ジュニャーナ, フリーと, フーン, ブノレー ン,スヴァーハ ( S k t .o r p .t a d y a t h aa p a r i m i t a y t 吋 nanahr 碍 hu r p .bhrur p .s v a h a )J -心呪の真言 c f . W ダツェパ儀軌~ ( 6, S a . 3 b 3 4 ) 「オーン,ナモー, ブノレン, アーユノレ・ジュニャーナ, フリーヒ, アローリカ, フーン, フリーヒ ( S k t .o r p .namobhrur p .ay吋 nanah時 a r o l i k ahu r p .h埼 ) J しかし残り一つを我々は明確には理解できなかった。しかしプトンは,上記以外の阿弥陀仏 に関する真言を G s a n gs n g a g sr g y u ds d eb z h i ' ig z u n g smamsg c i gt ub s d u s仰 i 'g Z u n g s' b u mc h e n T o h . N o . 5 1 7 0 ) に四つ収録している。この中に残り一つの真言が含まれている可能性が mo ( ある。 1 .T s h eφa gmedk y is n y i n gp o ' is n g a g s (無差ま寿の心況の真言) ( T h eC o l l e c t e dI 1 0r k so fB z トs t o n,PART1 6(MA),e d i t e dbyP r o f .D r .LokeshCHANDRAf r o mt h e ,I n t 邑r n a t i o n a lAcademyo fI n d i a nC u l t u r e,NewD e l h i,1969= C o l l e c t i o no fP r o f .D r .RaghuVIRA τ b h . N o .5 1 7 0( 2 2 6 ) ) IOr p .v a j r a y u 与hur p .a/Or p .pUl ) . yepu 早y emahapul ) . ye/a p a r a m i t a y u r p u ♀y ej n a n a s a r p . b h a r o p a c i t e p .namobhagav呂t ea p a r a m i t a y u r j n a n a s u v i n i三c i t a t e j o r a j a y at a t h a g a t a y a/a r h a t e svaha/Or samyaksa r p . b u d d h a y a/t a d y a t h a/Or p .pUl ) . yepu 早y emahapul ) . yea p a r i m i t a p u l ) . yea p a r i m i t a p u l ) . ye jnanasar p .bharopacite/Or p .sarvasar p .[slkaraparisuddhadharmamategaganasamudgate 宗要経Jが説くダラニである。 c f .池沼 [ 1 9 1 6 Jp . s v a b h a v a v i s u d d h a m a h a n a y a p a r i v a r es v a h a// J( 1 5 5 2 ) 2 .T s h ed P a gdumedρ a ' im d o ' is n g a g s( 無量寿経の真言) ( i b i d .= てr o h . N o . 5 1 7 0( 2 2 7 ) ) IOr p .namobhagavateaparamitayurjnanasuvini品c i t a t e j o r a j a y a/a r h a t esamyaksa r p .buddhaya/ t a d y a t h a/Or p .sarvasar p .skaraparisuddhadharmamategaganasamudgatesvabhavavisuddhe mah 加a y a p ぽi v a r es v a h a// J (上記真言の部分) 3 .T s h edm ぽy es h e sφa gt umedp a ' is 仰i n gp oi 's n g a g s( 無最寿智の心呪の真言) ( i b i d . = T o h . N o . 5 1 7 0( 2 2 8 ) ) タイトノレや,ここに説かれる真言からして, I 鼓音声ダラニ」の真言であることは確かで ある。しかし焚本を参照できなかったため,歳語表記から焚語表記への翻刻は見合わせた。 H .T a k a o k a, AM i c r o f i l mC a t a l o g u eo ft h eB u d d h i s tManuscr かt si nN e p a l,Vol . l , Nagoya ,1 9 8 1, CH539に基づき,塚本,松永,磯田 [ 1 9 8 9 Jp .1 2 3は はt a r i m i t a h r d a y aJ を挙げるが,これ が「鼓音声ダラニ」に穏当するかは未確認。ノ 阿弥陀仏 t こ関するジターワの信仰と実践 6 3 さらに讃嘆しながらも庁願したので,お食事によって諸尊を供養する 4 9 )と思念します。 守護輸50) を 結 ん で 寿 命 を 成 就 し た の で , そ れ で も 死 の 兆 し を 欺 く 等 の , 師 ( グ ル ) の 口 訣51) が存在するでしょう。 その鴇徳、の力によって,輪廻の六趣の者すべて ( D.Nu.67b3) が , 無 量 寿 の お 体 を得て,断末摩を始めとする諸々の苦しみを息めて,安楽を具えた者となりますよ うf こ 。 『 聖 な る 寿 命 と 智 慧 が 無 量 と い う 成 就 法 ( ア' h a g sμ t s h ed 仰 ,' gy es h e sφagt umed ρ a ' is g r u bthabs)~ , 軌範師であり学者であるジェーターリ (Dze t ar i ) 一敵から打ち 勝 っ た 者 (dGral a srnamp a rr g y a lb a ) ーがお作りになったものが完成した。 インド ( D.Nu.67 b4)のパンディタであるジャムベー・ヤン ( ' J a mp a ' idbyangs) と 翻 訳 師 チ ェ ガ ー ヴ ェ ー ・ ペ ル OCed g a 'b a ' idpa I)により翻訳された。 名前の真言とは, r オーン,タッドヤター,アパリミターユル・ジュニャーナ, フリーヒ,フーン,ブルーン,スヴァーハ ( S k t .or p .tadyathaaparimitayturj描 nahnJ l hurpb h r u r ps v a h a )J である 52)。 翻訳3 A t a r i m i t a y u r j n a n a v i d h i (W儀軌~) ¥4.J : 匂1t a nb s n g a g sp aφa g t umedμi 's n g a g s (無量功徳讃嘆の真言) ( c f .塚本,松永,磯田 [ 1 9 8 9 Jp . 1 2 3 ) ( i b i d . T o h . N o .5 1 7 0( 2 8 5 ) ) 口 丑g a v a t ea m i t a b h a y at a t h a g a t a y aa r h a t es a m y a k s a1 ] 1 b u d d h a y a/ r namor a t n a t r a y a y a/namob h ] 1a m r t ea m i t o d b h a v ea m i t a s a m b h a v aa m i t a v i k r a n t ea m i t a g a m i n ig a g a n a k i r t i k a r e t a d y a t h a/01 号a y a 1 ] 1k a r is v a h a//J s a r v v a k l e s a k a . 2 2 3 a l 2 2 3 a 5( 口 No.851)に出典が求められる。 T o h . N o .6 7 8,B a . 2 2 2 b 6 T o h . N o .6 7 9,B 2 2 3 a l (=No.867) を増補したものが Toh.No.679 である。なお,漢訳『阿弥陀仏説呪~ ( T . N o . .T a k a o k a, AM i c r o f i l mC a t a l o g u eo ft h eB u d d h i s tM a n u s c r z 体的N e p a l, 3 6 9 ) J と親近性がある。 H Vo l . 1 ,N agoya ,1 9 8 1,DH341に基づき,塚本,松永,磯田 [ 1 9 8 9 Jp .1 2 3は r A p a r i m i t a s t o t r aJ を挙げるが, これが当経に相当するかは未確認。 4 9 ) ~ダツェパ儀軌~ ( I6 , S a . 8 b 4 …1 7, S a 9 a 4 ) には,無量寿の諸毒事と]i支の持国天と南の増長天と 西の広自天と北の毘沙門天という四方の守護神と怪物,龍やこと地神に供養するとしている。 5 0 ) 護身と結界を意味する。 c f .B odr g y at s h i gm d z o dc h e nmo (蔵漢大辞典)民族出版社, 1 9 8 5年 , p . 2 9 8 3 a k h o r l o / [ s r u n g' k h o r lr d z a ss n g a g sd m i g sr i ms o g sk y is r u n gb a ' i‘ f.高田 [ 1 9 7 8 Jp .2 8 1,3 1 6,4 2 0,5 0 5, 森 [ 1 9 9 7 Jp p .9 5 1 0 0, ツノレティム, 正木 [ 2 0 0 3 Jp . c 9 4, 1 9 0, 2 8 8 I7 , S a . 9 a 6~)には, i 死を欺く手段(‘c h ib l u )J として詳 5 1 ) これについて『ダツェパ儀軌~ ( 説している。 c f . τ o h 5 2 ) 先に説かれる「名前[の主真草言]によつて転変したなら' ダラニも 唱 R昌えます ( m i 碍 n gg 忽I S b s g y u rn ag z u n g sk y a n gb z l a s )J ( D . N u . 6 7 b1)を受けた補足説明である。この説明は,定型的 な翻訳者名を始めとする奥書きの後の追記である。 係教大学総合研究所紀婆第 1 1号 6 4 CD.Nu.67 b4)インド語で,Aα ρr imit aayurdznyanab idhinama。チベット語で, T s hedangyes h e sdPagt u CD.Nu.67b5) medp a ' ic h ogaz h e sbyaba 。 t l t尊無量寿智に敬礼します。 正 規 の 真 言 行 者 は , 成 就 す る 優 れ た 場 所 を 得 る こ と か ら 始 め て 53) 地 の 小 高 く し た所(土壇)に水を散らして,自く踏め閤めて,香を塗り付けます。線をひき,絵 具 で マ ン CD.Nu.67b6) ダラ 54) を描きます。八葉(蓮華)と門等によって飾ります。 九 つ の 瓶55) あ る い は 二 つ 〔 の 瓶 〕 を 始 め と す る , 正 規 の 内 外 の 滋 味 に よ っ て 飾 り ます。上については撞・傘によって飾ります。〔以下の]五謹の供物で飾ります。 特に東に乳でお食事を作って,南方に魚、肉の C D.Nu.67b7) お食事を奉献すべきです。 西に血を,北に酒を加持して量くべきです。南と北にある小高くした所に, I 無量 寿 の 二 つ の 経 典 CTshedpagmedp a ' imdog n y i s )J を 置 き ま す 56)。 そ れ か ら 稔 伽 行 者 は[身を]洗浄して,安楽な~に坐って,師(グル)たる仏を面前にして,敬 CD.Nu.68a l) 5 3 ) ツオンカパは『真言道次第大論Jに地の儀軌として,地の観察,地の希求, j 也の浄化,地 の所得,地の守護と方自持場所と他のマンダラについて,という項留に分けて説明している。 c f .北村, ツノレティム [ 1 9 9 8 J[ 1 9 9 9 J[ 2 0 0 1 J Fダツェパ儀移LJl ( 7, S a. 4a 3~)は, rマンダラに慕づく次第の所作」の項目において, gSangb as p yi ' iゅ ud ( S k t .Sarvama?U!alasãmãnyavidhïllã~n g u J 卵 t a n t r a, T i b .d 母i l' k h o rt h a m s τ o h . N o .8 0 6, T . N o .8 9 7 W務咽耶経Jl ?)から,観察による c a dk y is p y i ' ic h ogagsangb a ' ir g y u d, 土地の確保,加行,悟入の頗序でなすべきだと言う儀袋をヲ i いている。ツォンカパは『真言 こ向じ趣旨の偲2 震を,M a y a j a l a m a h a t a n t r a r a j a( T . N o .4 9 0W 仏説稔伽大教五経Jl) 道次第大論Jl f から引用している o c f .北村, ツノレティム[19 9 8 J 5 4 ) ジターリによる阿弥陀仏成就法のマンダラについては,M a ? u ! a l a s0 1t h eT a n t r a s a m u c c a y a, e d ., LokeshC h a n d r a, N o .1 0を参照のこと。 c f .自椅 [ 1 9 8 1 a Jp p . 3 3 5 ( 1 4 ) 3 3 4 ( 1 5 ) 5 5 ) 儀軌で用いる「瓶j の詳紹な規定について, Wダツェパ銭軌J には, 1( 9, S a . 5 a 3 ) それから,瓶が準備できるならば九つ,準備できなければ二つを[用意して〕 r a sd k a rpok h at s h a r ) を傷つけないでひ筑の〕 白土で塗ワ飾ります。白布の南端のふさ ( 御核ロを包みなさい。[滋 7 j(のための]繋 ( 1s r o gmaJ を rsogmaJ と理解する〉を白い ふさで包みなさい。「オーン,タープテー,タープテー,マハータープテー,スヴァーハー ( S k t .o ! p .t a p t et a p t em a h a t a p t es v 討l a )J と〔唱える〕ことによって,尊について河水を召 引するよう (9,Sa.5a4) 思念し ~J とある。瓶の首を包むことについては,北村,ツノレティム [ 2 0 0 2 Jpp.7-8を参照のこと。こ こでは,九瓶を,中央の仏無量寿, J 誌の金剛無量翼手,西の蓮華無量寿,荷の'i':無量寿,北の 潟磨無量翼手,北東の普見無主主寿,東南の功徳無量美子,南西の智慈、無量美子,沼::11:;の不動無量寿 に配当する。ツォンカパは「八瓶は門と間隔[に]と,第九[番]は中央に布置して~ JG b i d ., p . 1 1 ) と言う。 5 6 ) W ダツェパ儀軌』は,以下のように解釈している。 ( ( 1 1, S a . 6 a 5 ) マンダラの西にある赤い績に「無量寿心呪の真言 ( t s h ed p a gmedk y i s n y i n gp o ' is n g a g s )J ,あるいは「名前の真言(即時 g is n g a g s)J,あるいは諸々のダラニ の何れかを書いて援きなさい。南と北に F 無量寿の(I1 , S a . 6 a 6 ) ダラニ ( T s h eφagmed l と , [f'無死鼓音声のダラニ ( ' C h imedr n g as g r a ' i g z u n g s )Jlを心地よい座の上 k y ig z u n g s )J に次第通りにおきます。東に車九範師自身が修行の助けとなる者をつれて外と内の洗浄を 行います) この記述によると, 1 無長寿の二つの経典 ( T s h ed p a gmedp a ' imdog n y i s )J は , W 無量寿の ダラニ ( T s h ed P a gmedk y ig z u n g s )Jlと『無死鼓音声のダ、ラニ ( ' C h imedr n g as g r a ' ig z u n g s )l J である。 向弥陀仏に関するジターリの信仰と実践 6 5 礼し,帰依し,罪を告白(機悔)すべきです。〔生じた功徳を〕廼向し,回無量を 修 習 し て , 空 伎 を 修 留 す べ き で す 。 そ れ か ら 現 わ れ た ブ ル ン (bhrum) [字]を思念 し て , 転 変 に よ っ て 無 量 宮 57) [になった〕と思念すべきです。それから蓮華の上に h r i h ) 字 か ら 生 じ た 仏 無 量 寿 (D.Nu.68a2) 一 赤 色 の お 体 , 温 和 ある,フリーヒ ( なお顔,禅定〔印を結んだ]お手にある瓶で特徴づけられている者 その本尊と して自己を生ずるべきです。智慧〔サッタ〕が溶け込んで,濯頂し,加持しました。 心臓のブザーヒ ( h n l l ) 字から光明が放射します。衆生,イムあらゆる者を浄化すべ h r i h ) 字から,次の きです。それから,月[輪]上にある赤いフリーヒ ( r t 必密真 (D.Nu.68a3) 言 (gsangs n g a g s )Jが取り巻いていると思念します。「オーン,ナモー, ブッダン,アーユル・ジュニャーナ,フリーヒ,アローリカ,フーン,フリーヒ (Ol p .namobuddha l p .a 界r r j泊 nahn l )arolikahul p .hn 与 )J 5 8 ) と[唱えて〕白いものを思念 し ま す 。 さ ら に 「 ダ ラ ニ の 長 い 真 言 (gzungsk y isngagsr i n g s )J 5 9 ) を思念します。 bhru lp.)字]を思念 それから,マンダラを成就すべきです。空の性質からブソレン ( し て , そ れ か ら 無 量 宮 を 思 念 し ま すom) そ れ か ら (D.Nu.68a4) 蓮 華 と 日 [ 輪 〕 上 に 仏 無 量 寿 を 思 念 し ま す 。 東 に 金 関 無 量 寿 61)西に蓮華無量寿,南に宝無量寿,北 に 掲 磨 無 量 寿 , 北 東 に 普 見 無 量 寿 , 東 南 に 功 徳 無 量 寿 , 南 凶 に 智 慧 無 (D.Nu.68a5) 5 7 ) c f .F e r d i n a n dD .L e s s i n ga n dA l e xWayman [ 1 9 6 8 Jp p .1 7 4 1 7 7,高田 [ 1 9 7 8 Jp p . 3 2 5 3 2 6 f ダツェパ儀彰l~ には無量宮を始めとするマンダラに関して詳細な記述が見られる。 s1\を'ags nm 真言道次第論, Pekinge d .N o .6 2 1 0, Dza. ll a 4 7 ) には「真言乗 ( S k t .m a n t r a y a n a )J の諮 差是説明としてー 「乗は,ここに欲する采とこれによって欲する因の乗とがあって, r 赴く j から棄である。 果は,全く浄らかな住処・身・受用・業との凶つであり, [順次に〕仏陀の宮殿と身体 と円満(円浄)と事業である。そのさまにI J 演じて,現在から無議官と本書事の翰と供養の 資呉と器・有情〔世間]などの所作があるものと修溜するから,泉の乗である。泉の行 f .高 a[ 1 9 7 8 Jp p . 1 2 1…1 2 2 相と一致して修習して赴くからである Jc 5 8 ) ここの「オーン,ナモー,ブッダン,アーユノレ・ジュニャーナ,フリーヒ,アローワカ,フー 0 1 1 1namob u d d h a l 1 1a y u r j n a n ah r 吟a r o l i k ah註mhn 与) J中の, r ブッダン ( b u d d h a l 1 1 )J ン,アワーヒ ( とf ブルム ( b h rむm)J を交代させれ ! f , 1ダツェパ儀軌Jの伝える「心呪の真言 J( 6, S a . 3 b 3 …4 ) となる。 5 9 ) 11 ダツェパ儀執~ ( c f . n o t e . 5 6 ), とn o t e s . 6 6, 7 3の検討からは「宗要経j の真言と考えられよう。 6 0 ) 以下の無量寿仏の異名は『讃Jの記述と一致する。 61 ) 東に不動無量寿でなく金剛無量寿が配置されているが,元来『小品絞若波羅蜜経』系統に 河関如来の東方の妙義国を継承して,金側界マンダラでは東方は不動(阿関)如来となるべ きである。ここでは,すでに『大日経~ 1 蘇悉地経』以来,顕著な中央に如来部(仏部),東 t こ金制部,活に蓮華部という強力に確立されていたもの(たとえば後期密教の f 秘密集会タ ントラ Jにおいてもま王部族のなかでも如来都,蓮華部,金間部がそれぞれ身・語・意の三業 1 9 9 0 Jp .3 3 6 ) にしたがって, に配当されるような支配的な構造となっているという。額富 [ 部族の名である莱の金剛部から金剛無量美子となっているようであり,その代わりに不動(阿 隠)は西北に移動するという便法を採っている。このような異動は,たとえば『大日経』自 体にさえ見られるのであり,震によっては北方に不動如来が援かれたり, 1金光明経』以来 c f .i b i d ., p .1 1 5, のま主音如来が霞かれたりするので,註釈者がその会通に苦労するようである ( p p . 1 5 0 1 5 8 )。 6 6 併数大学総合研究所紀要第1 1号 関北に不動無量寿[がいらっしゃり],全て赤色で,穏やかなお顔で,禅定 印[を結び]瓶で特徴づけられていると思念すべきです。智慧[サッタ]が溶け込 D.Nu.68a6) んで,濯頂,加持をします。または瓶,無量官,本尊無量寿を思念します。 ( 心臓に「長い真言 ( s n g a g sr i n g s )J を 置 い て 唱 え ま す 。 ま た は 『 心 呪 ( s N y i n g戸O H 6 2 ) を置いて唱えます。それから新しい紅砂碗 C S k t .! ? a r a v a,T i b .khamp h o r ) の中を,病 人等の体を洗って[その]水で、満たして東に置きます。そこで「念怒明王真言 ( k h r o t s h at s h a ) を黒い土と混ぜて,偉大な死主 b o ' is n g a g s )J 6 3 )を 唱 え ま す 。 合 い 泥 像 C の ( D . N u . 6 8 a 7 )姿 ハ ス タ 等 の 量 を 具 え た も の6 4 )ー を 作 り ま す 。 そ れ は , 口 を下にして,上には羊毛と木綿,あるいは絹を掛けます。南の方角に向けて置いて, それの近くに,赤い絹にダラニの諸勾を書いたり,または「念怒明王真言」を書い D.Nu.68bl) を て置きます。北には種々の内衣 ( 五色の羊毛の糸でくるみなさい。 吉祥草の上に置くべきです。それから軌範師を護るべきであり,供養し,お食事を 献上すべきです。軌範師へ親近して, 蔓の旋回の仕方 ( p h r e n gba' k h o r tshuU を 唱 え る こ と を 始 め , 成 就 す べ き 者 を 瓶 の 中 に 思 念 し て 6 5 )一 人 の 弟 子 は (D.Nu.68b2) 南に坐って, w無量寿のダラニ (Tshe φagmed ρa'igz附~gsH66) を読諦 6 2 ) W 夕、ツェパ儀軌~ ( l8 , S a 9 b 2 3 )は , l ' 心 呪 ( s n y i n gp o )J を『無死鼓音声のダラニ ( ' C h i 'g z u n g s )~と理解している。 medr n g as g r ai ( ( 18, S a . 9 b 2 ) マンダラの北の方(18 , S a . 9 b 3 ) に成就すべき者の替身の衣を五種の彩色したも ' C h imedr n g as g r a ' ig z u n g s )~を一回唱えて,そ ので十字形に結び, IT'無死鼓音声のダラニ ( の彩色した糸を魚の煙でいぶします) 6 3 ) c f .高 E l 3[ 1 9 7 8 Jp .2 8 3, 4 9 7 「念怒明王真言(念怒甘露箪茶利莫言 ) Jは , IT'蘇悉地経Jl ( T 1 8, 6 1 6 b ) に説かれる真言である。 6 4 ) l'ハスタ ( S k t .h a s t a, T i b .k h r ug a n g )Jとは人間の肘の長さのこと。約 46cmとされる。『ダツェ , S a . 9 a 6 7 ) には,死主について, l'古い仏塔の土と焼~場の灰,淘器の灰,黒 ノミ儀軌Jl ( l7 い樹脂等を混ぜた死主の黒い姿,水牛の首をして,右に生替のついた白い杖,tLは黒い鶏索 を持った者 ~J と説明する。 6 5 ) W ダツェパ儀事~~には,以下の説明がある。 ( ( 18 , S a . 9 b 2 ) それからマンダラの南方で f 無量寿のダラニ ( T s h eφa gmedk y ig z u n g s )~ を一回唱えることと,その黒い台の J 二に,升秤・分等のそれぞれの贈り物を投じましょう。 マンダラの北の方(18, S a . 9 b 3 ) に成就すべき者の替身の衣を五種の彩色したもので十字 形に結び, IT'無死鼓音声ダラニ ( ' C h imedr n g as g r a ' ig z u n g s )Jlを一回唱えて,その彩色 した紐を魚の怨でいぶします。それら二つに対して「百J 等と[ジターリは〕お説きになっ a gl e n ) に捺しては,成就すべき考の年令を襲みつつと ているが, [この儀軌の]実践(l 思われる。 ( 1 8, S a . 9 b 4 )年令の数が漆ける。そして,心臓の形をした食事を半分に分けて, 黒色の方に五つの灯火を;燃やします。成就すべき者の泳浴した水,あるいは紅砂碗 (kham phor) を共にかの死主の商前に寵きます。~) なお,弟子の人数や役割については,北村,ツノレティム[19 9 9 Jp . 7を参照のこと。 6 6 ) Wダツェパ儀軌J には,T s h ed P a gmedk y ig z u n g sとして挙げられている。先に f 無量寿のこ つの経典 ( T s h ed p a gmedp a ' imdog n y i s )J ( D . N u . 6 7 b 7 ) とあり ( c f .n o t e . 5 6 ),この中の一つ に挙げられることから,IT'無量寿のダラニ』は独立典籍として理解されていたのは確かである。 プトン『カンギュノレ毘録Jl IT'タントラ図録』には, このタイトんでは掲載されていないため, 議定とまでは言えないが, l'宗安経J の可能性がある。 c f .n o t e . 7 3 6 7 阿弥陀仏に関するジターリの信仰と実践 しながら, [読諦]一回につき華を黒い死主の上にまきなさい。このように, a [回] あるいはニ十〔閉〕等,詳細・簡略,随意に加行すべきです。一人〔の弟子]は, 北で『心呪Jl6 7 )を読請しよ読諦]ー屈につき糸を着色して,魚の蒸呑を (D.Nu.68b3) その度献上し,その数も上[記]と向じです。それから軌範師のお食事すべてを,1一 般の本文 ( s p y igzhungd a g )J 6 8 )に よ っ て 加 持 し て か ら , 各 自 の 場 所 に 献 上 す べ き で す。その後,病人を面前にして,お供え ( ' b r a n gr g y a s )6 9 )の半分に池を塗っ て , 五 つ の 吉 祥 蔓 を 置 く べ き で す 。 灯 火 を 一 杯 に し て (D.Nu.68 b4)死主を,南方 において捨てるべきです。水と乳を混ぜた中で, した糸を病人にからめて, r 心 s n y i n gp o ' isngags)J[を唱えること]により武器でもって[糸を]切って, 呪の真言 ( gに 坐 っ て , 瓶 を 次 第 通 北方に捨てます。それから,軌範師は泳浴して,心地よいg りに濯 (D.Nu.68b5) 頭します。「オーン, ヴァイローチャナ・アーユルジュニャー o r p .vairocanaayurjnanasiddhi ナ,シッディ,サマヤ,アピシンチャ,フーン ( samayaa b h i 号泊四 hu r p . )J [と唱えます]70)。 中 央 の 本 尊 の 濯 頂 に よ っ て , 罪 障 が 清 ま っ て , 寿 命 が 増 長 す る と 思 念 し ま す700 身体に大沼如来が寿命を瀧頂し, 息子よ,あなたは死主から解放されて, 千劫にわたって寿命が増長して, 殺生罪が浄まりますように。 72) 6 7 ) c f .n o t e . 6 2 6 8 ) gSangb as p y i ' ir g y u d( S k t .Sarvamm , u j a l a s a m a n y a v i d h i J la 1 ! !伊 h y a t a n t r a, T i b .d K y i l' k h o rt h a m s c a dk y is p y i ' ic h og ag s a n gb a ' ir g y u d,T o h . N o .8 0 6,T . N o .8 9 7W 務削耶経.1 ?)という特定の典籍 の可能性もあるが, f 可れにしても密教の一般的な本文に依るものであろう。 6 9 ) c f .B odr g y aおh i gm d z o dc h e nmo ( 蔵漢大辞典)民族出版社, 1 9 8 5年 , p . 1 9 8 7 a 子b r a n gr g y a s Jb z ol t am i ' is n y i n gkhal t ab u ' ig t o rmazlump o/(形が人の心識のような球形の食 物) c f .AT i b e t a n E n g l i s hD i c t i o n a r y,London,1 8 8 1r ‘ b r a n gr g y a s JMi . ls a c r i f i c e, o f f e r i n go fe s t a b l e s . 7 0 ) Wダツェパ儀軌j には, r ( 2 3, S a . 1 2 a 4 ) オーン,ヴァイローチャナ,アーユノレジュナーナ,シッディ,サマヤ,フー ム ( 0 1 1 1v a i r o α n aa y 吋n a n as i d d h isamayah註1 1 1 )。 ヴ ァ ジ ュ ラ , ア ピ シ ン チ ャ ( S k t . v a j r a b h i s i n α ) と唱えつつ,飲ませます。同様に,身体に金制の寿命を議演し,金問1 の寿 命と唱える。身体に蓮華の寿命を ( 2 3, S a . 1 2 a 5 ) 潅頂し,蓮華の寿命と唱える。身体に 宝の寿命を潅演し,宝の寿命と唱える。身体に潟磨の寿命を潅演し,潟擦の寿命等と ~J と ,w 儀 i I i I L Jとほぼ向じ真言が説かれている。真言内の r v a i r o c a n a Jの箇所に順次, r v a j r a Jr padmaJ 等を援換して唱えると思われる。 71 ) Wダツェパ儀軌.1 f こ は , r ( 2 3, S a . 1 2 a 2 ) 輪廻の無始以来積まれた罪障と ( 2 3, S a 1 2 a 3 ) 特に他 を殺生することによって,積んだあらゆる短命の業憶を清め ~J とある。 7 2 ) Wダツェパ儀軌.1 ( 2 3, S a . 1 2 a 3 4 )に , この偽頒が引用されている。 督者数大学総合研究所紀主主 第1 1号 6 8 と (D.Nu.68b6) 言って,または,ダラニについては, I 六波羅蜜のガーター (phar phyindrugg it s h i gbcad)J 7 3 )を唱えます。[中央の大白無量寿の次は〕東を始めとする 次第によって,金制を始めとする名前に [ 1 1 良次]かえて,五瓶[五族に配当される〕 で 濯 頂 す べ き で す7 4 )。 全 て の 維 (mtshams) の瓶の水を,カノレマ瓶の中に集めるべき です。[その水で]病人等は泳浴すべきです。それから,その水をこぼさず CD.Nu.68b7) に,大河,あるいは池の水域に捨てたならば,必ず死を回避したことになります。そ の後,弟子は師(グル)に施物を商売上し[師(グル)から三三味邪〕戒を受けて,師(グ ノレ)は弟子の頭演に次の f 金間決定匂j1o) を唱えます。 私は智慧無量寿である。 全 て に 対 す る 軽 穫 を 捨 て (D.Nu.69al)なさい。 7 3 ) ここに説かれる「六波羅蜜のガーター j は , w ダツェパ儀軌I J(23, Sa. l2 a 5 6 ) には「布施の カによって,イムはまさしく優れている。/人獅子が布施の力を了解する。/大悲を具えた宮城 に入ったならば,布施の力の音声が広まるでしょう。 /(sh 戸np a ' is t o b sk y i ss a n g sr g y a syang p h a g s//miy isengges b y i np a ' is t o b sr t o g st e//s n y i n g巴 り cangyigrongkhyer' j u gp ana// d a g‘ s b y i n gp a ' is t o b sk y is g r an ig r a g sp a r' g y u r/ )Jという「宗要経j末尾六僑の第一億を挙げて,1布 施が究党し寿命も増長しますように。同様に,六波羅蜜に適応、した吉祥な諦カを述べます」と, 寿命を六波羅蜜と結びつけて,その成就を祈念している。蔵訳「宗要経 j の相当箇所は, T o h . N o .6 7 4,B a . 2 1 5 b 7 2 1 6 a 4と , τ b h . N o .6 7 5, B a . 2 2 0 a 6…220b3であり,ダツェパが挙げたもの は,官官者に一致する。なお, ジターリの「ダラニについては,六波羅蜜のガーターを ~J と いう記述について,ダツェパは焚語のダラニではなく,前掲の蔵訳を用いた。直前に「心呪J が,ここでは「ダラニ j が言及され,ダツェパは前者さと F 無死鼓音声のダラュ ( ' C h imed r n g as g r a ' ig z u n g s )I Jと理解し ( c f .n o t e . 6 2, 6 5 ),後者については f 宗婆経」から引用している。 また,ダツェパは「二つの無最寿経J ( c f .n o t e . 5 6 )を f 無死鼓音声のダラニ ( ' C h imedr n g a 珂g s ) J I と『無量美子のダラニ ( T s h eφagmedk y ig z u n g s )I Jとしている。よって,ダツェ s g r a ' i g z u パは前者で「鼓音声ダラニ j を,後者で「宗要経Jを指示していることになる。 c f .池田 [ 1 9 1 6 Jpp.556 …5 5 7,T . N o . 以下,参考までに「六波羅蜜のガータ -J な掲載する ( 9 3 6, p .8 4 c,T .No.937,p .8 6 b …c ) d a n a h a l e n as a m u d g a t a b u d d h a 与/d a n a b a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, d a n a b a l e n ac a品fUa t i重a b d a 年/kar 切i k a s y ap u r ep r a v i 品a t a l ) .( 1 ) 重 . i l a b a l e n as a m u d g a t a b u d d h a 与/釘l a b a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, s i l a b a l e n ac as fU y a t is a b d a l ) ./karu l ) . i k a s y ap u r ep r a v i s a t 幼.( 2 ) 均おt i b a l e n as a m u d g a t a b u d d h a 年/k 拘l t i h a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, k拘 l t i b a l e n ac a品fUy a t i重abdah/karu 早i k a s y ap u r ep r a v i s a t 均.( 3 ) v i r y a b a l e n asamudgatabuddha l ) ./v i r y a b a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, v i r y a b a l e n a α 重r 色y a t i品a b d a 与/karu 早i k a s y ap u r ep r a v i s a t a l ) .( 4 ) 与/d h y a n a b a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, d h y a n a b a l e n asamudgatabuddha d h y a n a b a l e n ac as r 色y a t is a b d 功 /karu早i k a s y ap u r ep r a v i s a t a 与 .( 5 ) p r a j n a b a l e n asamudgat めu ddha l ) ./p r a j n a h a l a d h i g a t on a r a s i r p h a h, p r a j n a b a l e n ac as fU y a t is a b d a 与/karu 平i k a s y ap u r ep r a v i 釘t a l ; l .( 6 ) 7 4 ) Wダツェパ儀軌I J(24, S a . 1 2 b 2 …3 ) には, i 軌範師(ジターリ)の典籍には明らかに出ていな いが,ラマたちの祝福をなさることによって,八つの吉祥物をアムリタ ( S kt .amrta) によっ g g濯頂の第四)までの成就を祈る祈綴 て洗浄しますj と述べた後,病の平癒から語勾獲頂 ( 震を緩いている。 の傷2 7 5 ) P .ngesbzung,D.ngesgzungとある。試訳においては,デノレゲ版の ngesgzung(Skt .avadhar初心 を採用した。その場合, i 金制決定(印可,印持,決了)句 j となる。 阿弥詑仏に関するジターリの信仰と実践 6 9 偉大なる死主を私は滅したので, 息 子 よ , あ な た は 寿 命 の 悉 地 を 得 ま し た 。 76) こう[師(グル)は〕言って,弟子は平生の身体を思念して,心臓の蓮華の根本に, 中央に大日無量寿,四方に四族を思念すべきであり,頭頂に智慧 ( D.Nu.69a2) 無 量 寿を思念することで,本人の心臓から勧請したので,せ露水の流れが溢れ,五族が[行 z h u ) してから,体中77)全てに満ちたと思 者の〕頭頂に来って,全てが甘露に融解 ( 念します。『無量寿のダラニ Jも 読 講 し ま す 。 こ の よ う に , ニ 度 , 三 度 行 う べ き で す 。 CD.Nu.69a3) そ れ か ら , 供 養 は お 去 り に な る べ き で す 。 終 わ り に わ ず か な 泥 像 を 施 し ま す 。 土 の 顔 料 等 を 水 に 捨 て て7 8 ) 享受 ( S k t .u p a y u k t a )7 9 )す る こ と に よ っ て , 死 主 を滅します。『無量寿のダラニ』も唱えます。 軌 範 師 ジ ェ ー タ ー リ (Dzet a r i )一 敏 か ら 打 ち 勝 っ た 者 (dGral a srna ロp a rr g y a 1b a ) が , バ ラ モ ン 80) の ア ー カ ー シ ャ ・ ダ ー ト ゥ / ア ー カ ー シ ャ ・ ゴ ー シ ャ ( S k t .Ak a ねd h a t u / おcasagho号a)81lの怠ラこのためにお造りなったものが完成した。インドの和上のシュ ヲー・ 7 ンジュ C S k t .S r i m a n j u ) と 翻 訳 師 チ ェ ガ ー ヴ ェ ー ・ ベ ル OCed g a 'b a ' idpa I)に より翻訳された。 7 6 ) Irダツェパ儀軌~ ( 2 5, S a 1 3 a 3 ) にも, この~~震が引用されている。ただし, i 寿命の悉地 j が「寿命の持務〔者の位J( t s h ey ir i g' d z i n )J となっている。 7 7 ) P .l u sn a n g , D. l ungn a n gとある。ここで説かれる表現は定形句(Iu sn a n gt h a m sc a dk h y a bp a r s J の右半分が欠 bsam) であり,北京版の読みを採用した。推測ではあるが,チベット文字 i n g J になったと思われる。 浴して i 7 8 ) Irダツェパ銭軌』には, i( 2 5, S a . 1 3 a 4 ) 諸々の顔料を拭き取って,海へと流れる河に捨てます。 ( 2 5, S a . 1 3 a 5 ) 紐の跡を拭き清めて, [マンダラ儀軌の〕事業の痕跡を見えないようにすべき です。その後で廻向し,翠綴し,讃辞を広大にすべきです」とある。 7 9 ) P .nyeb a r‘ khob a s,D .n y eb a r' k h o rb a s (近くを廻って)とある。試訳においては,ベキン ' k h o J の派生形を踏まえて, nyeb a rmkhob a( s k t .upayuk匂)と訂正して仮訳した。 版の i 8 0 ) c f .鈴木学術財団 [ 1 9 6 3 Jp p . 1 7 5 1 7 7,寺本 [ 1 9 2 8 Jp p . 3 1 3 3 1 5 F ターラナータ仏教史』には,バラモンでありながら真言仏教を並修するガノレパパーダ(Ir讃』 奥書きに登場)の姿が描かれている。そこには,彼の息子という設定でジターリが登場する。 こうした関係と一致するものとして, IT'讃』奥書き「ガルパパーダ→ジターリ j がある。 G u l !u y a s a m a j a )Jの濯演を 「シャムパーラヨミが,バラモンのガノレパパーダに「秘密集会 ( 綴った。玉は御布施として,彼に自身の言葉等を献上した。後日,その妻との間に優れた 息子(ジターリ)が生まれた。彼は七歳の時にバラモン蓄を勉強するため学会へ赴くが, 他のバラモンの子供たちから「お前は悪い種族である j と言われ打たれた。そこでその お前の父親は仏教の真言者 ( n a n gp a ' is n g a g sp a ) なのでシュードラの毒事者 訳を問うと, i J の誉疫におかれる。供養した際に〔人々を]種族の愛践のlRiJiJなく合わせたから(趣意 ) 等々とある。 81 ) D.Namm k h a ' id b y i n g s,P . Namm k h a ' id b y a n gとある。デ、んゲ版では S k t .Akお a d h a t u,北京版 では Sk t .Aka s a g h o 号aとなる。 7 0 古車教大学総合研究所紀主要 第1 1号 (付録。プトンによるマチク流の開弥詑仏に関する成就法伝承系譜 ・T s hedPagmedk y ib窃 , udμ ( 14. 46 ) Toh.5170 ( 2 4 ) オーン,アーハ,無量寿智 ( A y u r j 鼠n a p a r i m i t a ) に帰命します。フーン。 オーン,アーハ,ダーキニー・シィディラージャ ( D a k i n i s i d d h i r え ja=Mag c i g Grubp a ' ir g y a lmo) に 帰 命 し ま す 。 フ ー ン 。 オーン,アーハ, ヴァジュラキールティ ( V a j r a k i r t i= RaschungrDoり 巴 grags pa,1 0 8 3 / 1 0 8 4 1 1 6 1 ) に帰命します。フーン。 オーン,アーハ,ボーディヴアジュラ ( B o d h i v 司 j r a ) に帰命します。フーン。 r G y a lcheRatnamaha) に 帰 命 し オーン,アーハ,ギェルチェ・ラトナマハー ( ます。フーン。 オーン, ン アーハ, ラマ・サンユルパ ( B I amabZangy u lb a ) に帰命します。フー アーハ, ヴィーノレヤシンハ (V 拘r a s 均1h a=mChimsB r t s o n' g r u ssengg e )82) 。 オーン, に帰命します。フーン。 オーン,アーハ, クマーラシィディ (Kumarasiddh i)に帰命します。フーン。 B o d h i p r a j n a )に 帰 命 し ま す 。 フ ー ン 。 オーン,アーハ,ボーディプラジュニャー ( ( c f .TheC o l l e c t e dWorks01Bu-ston,P a r t16(MA),e d i t e dbyProf .D r .Lokesh Chandrafromt h eC o I I e c t i o no fP r o f .D r .RaghuV i r a,I n t e r n a t i o n 昌1 Academyo fI n d i a n C u l t u r e,NewDelhi,1969 (=T o h . 5 1 7 0 ( 2 4 ) ) ) b Z a n gy u lp a )か 8 2 ) ツオンドゥー・センゲは『讃J の奥書きにも登場する。彼がサンユノレパ ( ら無量寿成就法を授かったという記述については,以下を参照のこと。 c f .Debt h e rs 昭' o n p o, 四 J I民族出版社, 1985年 , p p,8 7 0 8 7 1( T h eB l u eA m z a l sP a r tt w o .b y G e o r g eN .R o e r i c h,R o y a lA s i a t i cS o c i e t yo fB e n g a l,C a l c u t t a,1 9 4 9,p .7 4 4 ) ([ツオンドゥー・センゲは]子どものときから厭離が強烈だったので,昼夜に右透 ( b s k o r b a )等の養に努めた。十三歳の待, J 二部ツァリレーパ ( T s ar ir a sp a )のところで出家した。 「おまえば有情を利益するだろう。法に精進することになろうから,名をツオンドゥー・ センゲ(精進獅子)と付ける」仰った。上部は毅近する殺もなく亡くなられた。それか ら軌範邸セク ( S r e g s ) に法を多く開いた。十七歳の時に[法の]講説をして法を自ら Sums t o nr a sp a )に新 ( g C o d )の法類 ( c f .函間 [ 1 9 7 8 J 掲げた。それからスントンレーパ ( p,3 5,e t c . ) を広く侍った。施しによっても〔郎を]喜ばせた。〔部 t 主Jr おまえに依って dBumapa) からへーヴアジュ この断は広まるだろう j と授記もなさった。上節ウマパ ( ラなどを伺った。サンユノレパは成就者であるといって, [彼から]無量寿の獲演を七日 開いただいたので, r おまえば秋に死ぬであろうが,この濯頂により延命するだろう。 秋の穀物が黄色くなるとき,おまえば今回死なかったことはとても幸福だと思うことに なるだろう。私と無量寿との両者の加持により,延命されたのだ。今は三十歳になるま で人に教えるな。その後に無量寿が有情を利益するだろう J[と言われたが, J十九歳の とき具足戒をどうしても受けたいと仰った。上部パンポパ ( s P a n gp op a ) にシャンツェ Z h a n g‘ t s h a I)の法類等を伺った。御年十九歳に親教師をチューギェノレチェン ( C h o s ル ( r g y a lcan) にして具足戒を受けた。~) 阿弥陀仏に隠するジターリの信仰と 5 建設 7 1 ※ダーキニー・シィディラージャ(マチク)とヴァジュラキールティ (レーチュン・ c f .拙 稿 [ 2 0 0 3 J 付録1)に ドルジェタクパ)は,ダライラ"77世の伝える伝承系譜 ( 讃 J奥書き,本稿 も出る。ヴィールヤシンハ(チィム・ツォンドゥーセンゲ)は, w u .2 7 6 b )に , 付 録 2にも出る。なお,大谷 No.4888の奥書き(P.Z ヴィールヤシンハ r u bc h o s まであり,彼の後は,ケードゥプ・チュージェ/ションヌ・ドゥプ (mkhasg r j e/gZhonnug r u b ), シャントン・チュージェ・オセノレ (Zhangs t o nChosr j e' o dz e r ), チャンチュプ・シェーラプ (ByangchubShesr a b ),ラマ・プンニヤラージャ?/ソ B l amaPU 早y a r a j a/bSodnamsr G y a lmtshand p a l ナム・ギェルツェン・ペルサンポ ( bzangp o ),ケーツゥン・サンギェー/ションヌ・ソナム (mKh a sb t s u nSangsr g y a s/ gZhonnubSodnams) である。ケードゥプ・チュージェについては, Donr d o rdong bsTan' d z i nc h o sg r a g s[ 1 9 9 3 Jp p .341-342を参照のこと。サキヤ派の人で, ヴィール ヤシンハの弟子である。 (付録 2 ) ターラナータによるジターリ流の問弥陀仏に関する成就法倍承系譜 T a r a n a t h a,A . D .1 5 7 5…1 6 3 4 )作 T s h ec h og abDudr t s i ' ic h ug t e r( 校 ターラナータ ( 定者添書「ジターすによって伝えられた成就法に関する長寿の濯頂を授与する方 法J ) の末尾にはジターリ流の阿弥陀仏成就法の伝承系譜(プトン含)がある。山 口[1982J に指摘があるように,ターラナータの所麗したチョナン派ザonangp a ) は,教義(他空説)の大成者トルプノ~ ( S h e sr a br g y a lmtshan,A . D .1292-1361)が t o nR inchengrub,A.D.1290-1364) によって哲学的見解の面から激し プトン (Bus c f .掛 稿 [ 2 0 0 3 J付録。 く批判されている。しかしその一方で,例えばマチク流 ( の阿弥陀仏成就法の伝承者の一人パラパ ( r G y a lmtshandpa 1bzang,A.D.1310-1391 → 'BrugpabKa'brgyud系)は,先のトルフ。パとプトンという哲学的見解の対立す る双方から教えを受けたと称している。また,後のチョナンパを代表するターラナー t o nchenpo (偉大 タも哲学的見解の対立にも関わらず,過去の継承者として rBus なプトン ) J の名前を挙げている。また『讃J末尾の系譜の笛所で指講したように, 彼ら以前のギャナク・プクパ等のサキャ派の人はニンマの法にも関わっていたよう である。このように,哲学的見解の対立や宗派には関係なく,広く陣弥陀仏成就法 は伝承され実践されていたことがわかる。 .T s h ec h og abDudr t s i ' ic h ug t e r (20,a6…b1 ) c f .W 讃J この伝承は,パリ〔翻訳官]以前は前 ( き)と両じである。[以後〕 72 {弗教大学総合研究所紀要 第1 1号 チィム・ツオン[ドゥー]セン[ゲ] ( mChimsr T s o ns e n g/mChimB r t s o n' g r u s l r 可a s i 1 1 1 r G y az h a n gPhugp a→ジターリ『讃』 sengg e= V h邑),ギャシャン・プクパ ( GyanagPhugp a,c f .n o t e . 3 8 ), ジ ェ ー パ ・ シ ェ ー ラ プ リ ン チ ェ ン ( ' J a dp aShes で立 r r a br i nc h e n ),エーパ・コントン ( Ep a‘Khons t o n ), ジ ャ ム ヤ ン ・ シ ー ト ク パ ( ' J a m B y a n gsemsr G y a ly e ),ラマ・ d b y a n g sb Z h it h o gp a ), チ ャ ム セ ム ・ ギ ェ ル イ ェ ー ( 邑G r a g sp ad p a lb z a n g ), ラ マ ・ チ ュ ウ ー パ ク ・ ギ ェ ル ツ ェ ン ダクパペルサン(Blam hos' p h a g sr g y a lm t s h a n ), ヤ ン ツ ェ ー パ ・ リ ン チ ェ ン セ ン ゲ ( Y a n gr t s eb a ( B lamaC R i nchens e n gg e ), プ ト ン ・ チ ェ ン ポ (Bus t o nc h e np o ), チ ュ ー ギ ェ ル ・ ナ ム ケ ー C h o sr g y a lNamm k h a ' imtshanc 叩), チ ュ ー ジ ェ ー ・ リ ン チ ェ ン ペ ツェンチェン ( C h o sr j eR i nc h e nd p a lg r u b ), ク ー シ ャ ン ・ キ ェ ン ラ プ チ ュ ー ジ ェ ルドヮプ ( (sKu h a n gbSod z h a n gmKhyenr a bc h o sr j e ), ク ー シ ャ ン ・ ソ ナ ム チ ョ ク ド ゥ プ (sKuz namsmchogg r u b ), ド ク カ ン パ ・ ゴ ン ド ゥ プ ギ ェ ル ツ ェ ン ( ‘ Grogkhangp anGon 幻r a lm t s h a n ), チ ャ ン リ ン パ ・ タ シ ギ ェ ル ツ ェ ン ( B y a n gg l i n gb abKr as h i s g r u br r g y a 1mtshan), ラ マ ダ ム パ ・ ペ ル デ ン チ ュ ー サ ン ( B l amadamp ad P all d a nc h o s b z a n g ),彼(前者)によって私(ターラナータ)に〔伝えられた]。 ( c f .T h eC o l l e c t e dv f らr k s0 / Jo-N a r . ぼr J eb t s u nT a r a n a t h a, Volumel2,R e p r o d u c e d企oma s e to fp r i n t sf r o mt h eR t a gb r t a nPhunt s h o g sg l i n gb l o c k sp r e s e r v e di nt h el i b r a r yo ft h e 呈c ei nLadak,1 9 8 5 ) S t o gP a l ※パリ翻訳官以前は,アミターユス,ガルバパー夕、¥ジターリ,大小ニ人のヴァジュ J 債である ( c f . W讃』奥書き)。 ラ ー サ ナ のI (付記)執筆にあたり,大谷大学・ツルティム・ケサン先生には詳しい御教示を頂い た。傍教大学・小野田俊蔵先生には,研究会等を通じて御助言を頂いた。ここに謝意、 を表します。 〔参考文献] (年代1 I 廃) ・[1912J仏書刊行会編 F 大日本仏教全審Jl ( f向裟縛抄J2 ) ・[ 1 9 1 6 J 池田澄達「党本アパザミターユノレ陀羅尼経の校合 J( u 宗教研究Jl 1 3 ) ・[ 1 9 2 8 J 寺本銃殺『ターラナータ印度仏教史J丙午出版社 •[ 1 9 4 3 J 渋谷慈鎧綴『天台座主記』第一書房 7 3 阿弥陀仏に関するジタ -yの信仰と実践 •[ 1 9 4 9 J GeorgeN .R o e r i c h,T h eB l u eA n n a l s,RoyalA s i a t i cS o c i e t yo fB e n g a l,C a l c u t t a a r a n a t h a ed ed o c t r i n a eb u d d h i c a ei nl n d i ap r ψa g a t i o n e (復刊議書 2 ),鈴木学術財団 ・[ 1 9 6 3 JT Fフウラン・テプテノレ ーチベット年代記-Jl法蔵長官 • [ 1 9 6 8 JF e r d i n a n dD .L e s s i n gandA lexWayman, Mkh a sg r u bηi e ' sF u n d a m e n t a l s0 1t h eB u d d h i s t ・[ 1 9 6 4 J稲葉正就,佐藤長共訳 T a n t r a s,Hague ・[ 1 9 7 1 JW 浄土宗全書j]7,山喜房仏言書林 ・[ 1 9 7 1 Jw 浄土宗全議Jl 1 5,山喜房仏書林 …2 ) ・[ 1 9 7 4 J 白崎顕成 r J i t a r iのAne k a n t a v a d a批判J ( W印度学仏教学研究j]2 2 ・[ 1 9 7 4 J 芳村修主義 F インド大乗仏教思想研究』百三表苑 a r iとMok 号a k a r a g u p t a J (昨日度学仏教学研究Jl25-1 ) •[ 1 9 7 6 J 白 崎 顕 成 田t ・[ 1 9 7 7 J 白i 埼顕成閣総r iとMok 号a k 訂 a g u p t aとV i d y a k a r a s a n t i J( W印度学仏教学研究j]26-1 ) ・[ 1 9 7 8JK e n j oSHlRASAKI, ] i t a r iand5 a n t a r a k $ i t a , ] o u r n a lo l l n d i a nandB u d d h i s tS t u d i e sVo. l27, No.l ・[ 1 9 7 8 J 高股仁覚 F インド・チベット真言密教の研究』密教学術振奥会 ・[ 1 9 7 8 J芭問視秀『トゥカン『一切宗義J シチェ派の意Jl ( i簡裁仏教宗義研究J2,東洋文庫) ・[ 1 9 7 9 J小野田俊蔵「チベット撰述の浄土教仏典J ( W 傍教大学大学院研究紀婆Jl7 ) ・[ 1 9 7 9 J 白崎顕成汀i t a r iとN a g a r j u n a J( W印度学仏教学研究j]2 8 -1 ) ・[ 1 9 8 0 J越智淳仁「ブトンの論疏部 g録一 [ l J <礼讃部〉 キストの警名,奥書とを対照して ーデ、ノレゲ,北京版論疏部 g銭とテ J( W高野山大学論叢Jl 1 5 ) ・[ 1 9 8 0 J 白崎霊童成可i t a r iの『無量寿九尊法』について J ( W仏教論議Jl2 4 ) ・[ 1 9 8 1 J小野田俊蔵「ツオンカパ造 F 最上国関門』試訳 ーチベットに於ける本願思想受容の 一例としてー」げ仏教文化研究Jl2 7 ) ・[ 1 9 8 1 a J白椅顕成日i t a r i,一人と思想、-J ( W 木村武夫教授古稀記念僧伝の研究J],永 I E文高堂) ・[ 1 9 8 1 b J 白崎顕成口i t むiとおn t i d e v aとP r a b h a k a r a k i r ti J( W印度学仏教学研究Jl2 9 2 ) I録部索引1J ( W東京大学文学部文化交流筋設研究紀婆j]4, ・[ 1 9 8 1 J 否問祖秀げプトゥンJl E 別冊) ・[ 1 9 8 2 J 西問主且秀 r wプトゥンJl E I録部索引 2 J( W東京大学文学部文化交流施設研究紀婆Jl5, 別問) ・[ 1 9 8 2 J 山口球鳳「チョナンパの如来蔵説とその批判説J ( W悶村芳郎博土還暦記念論集 仏教 教理の研究Jl,春秋社) ・[ 1 9 8 3 J小野田俊蔵「チベット所伝の浄土観想修法 一青木文教師将来資料 Nos. 103,1 0 4,1 0 7, 1 0 8,1 0 9についての管見-J ( W国立民族博物鎖研究報告』別部1) ・[ 1 9 8 3 J 白 崎 顕 成 田t a r iの『普通実在論批判JlJ ( W 仏教史学研究Jl2 6 -1 ) •[ 1 9 8 3 J 間関祖秀 i Wプトゥン』毘録部索引 3 J (~東京大学文学部文化交流施設研究紀要Jl 6, 5 J 1 j 官 官 ) ・[19 8 4 J活問視秀「ベリオ蒐集チベット文『無量美子宗要経J の写経生・校勤者一覧J ( W印度学 仏教学研究Jl33-1 ) ・[ 1 9 8 4 J御牧克己「大乗無量寿宗要経J (牧田読売,福井文雅編 f 講座敦煙Jl7,大東出版社) 7 4 係数大学総合研究所紀要第 1 1号 •[ 1 9 8 4 Je d i t e dbyC h a n d r aDas, d P a gb s a ml j o nb z a n g , ReproducedbyR i nsenBooks,Kyoto • [ 1 9 8 5 J 西岡極秀「沙リ Nにおける写経事業 て -J (牧田諦亮,福井文雅編 チベット文 F 無最翼手宗婆経』の写経を中心とし F 講座敦燥.11 6 ,大東出版社) ・[ 1 9 8 5 J 山口瑞鳳 f 官文書と公文書 J (牧田翁亮,福井文雅綴『講座数建.11 6,大東出版社) 1 9 8 5 JD ebt h e rs n g o np o,白川民族出版社 ・[ ・[ 1 9 8 5 JBodr g y at s h i g m d z o dc h e nmo ( 歳漠大辞典)民族出版社 1 9 8 7 J 小野間俊蔵 ・[ m阿弥陀鼓音声陀羅尼経J に基づく西蔵受茶羅 J (W臼本仏教学会年報』 5 2 ) . 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