4.2 菌体濃度・生菌数の測定

4.2 菌体濃度・生菌数の測定
4.2 菌体濃度・生菌数の測定
培養液の菌体濃度を知ることは,培養の状態を管理するためにも非常に重要です。また,目的
物質の生産性を評価し,より効率のよい生産条件を検討するためにも重要です。菌体濃度は様々
な方法で測定(推定)でき,この節では表 4―2―1 に示す 9 つの方法を順番に解説していきます。
一般的に,不溶性物質を含まない低着色の培地を使用した場合,細菌(バクテリア)および酵母
には乾燥菌体重量と濁度法を,糸状菌には乾燥菌体重量と湿潤重量法を併用することが多いよう
です。不溶性物質を含む培地や著しく着色した培地を使用する場合,培養中に微生物の形態が大
きく変化する場合,あるいは,菌体濃度が低い場合は,状況に応じて適切な測定方法を組み合わ
せて菌体濃度や生菌数を測定(推定)する必要があります。
表 4―2―1 菌体濃度・生菌数の測定法
項
測定
方法
4.2.1
乾燥重
量法
正確。必要細胞量大
4.2.2
濁度法
4.2.3
特徴
微生物
最低
必要量
糸状
[mg―dry―cell] 細菌 酵母 菌
培地の性状
着色
あり
形態
濁り ともに 変化
あり なし する
低い
菌体
濃度
10〜50
◎
◎
◎
◎
×
◎
◎
×
簡便。培地の濁りや細胞形
状変化に影響される
0.01a
◎
◎
×
△
×
◎
×
○
充填容
量法
特殊な遠心管が必要。必要
細胞量大
5〜10b
○
○
○
○
△d
○
×
×
4.2.4
顕微鏡
観察
ほとんどの菌種,状況に適
用できるが手間がかかる
<0.001
○
○
○
○
○
○
○
○
4.2.5
静電容
量法
数 µm 以上の細胞について
オンライン計測が可能
0.001
×
○
△
○
△
○
△
○
4.2.6
NAD
測定
細胞あたりの含有量が変動
する場合あり。操作も煩雑
1〜5c
○
○
○
○
○
○
△
△
4.2.7
湿潤重
量法
必要細胞量大。乾燥重量法
より迅速だが,精度に難
50〜200
×
×
◎
◎e
×
◎e
△e
×
4.2.8
平板培
養法
測定用培地の影響あり。培
養に時間を要し,精度に難
<0.001
○
○
×
○
◎
○
△
○
4.2.9
最確数
法
低濃度で有効。平板培養で
きない微生物にも適用可
<0.001
○
○
×
○
○
○
△
◎
a OD=1 の時 0.25 g―dry―cell・L −1 なら,OD が 0.04 の培養液 1 mL には 0.01 mg―dry―cell が含まれる。
b 充填容量 0.02 mL を下限とし,0.02 mL=20 mg wet cell=5 mg dry として換算。
c 10 OD unit≒2.5 mg―dry―cell として換算。
d 不溶性成分の沈殿が菌体の沈殿と区別できる場合に限る。
e 糸状菌など確実に濾過できる細胞に限る。
4.2.1 乾燥菌体重量の測定
菌体量を測定するもっとも直接的で精度の高い測定方法です。しかし,菌体の乾燥に数時間程
度を要し,必要な菌体量も多いので,培養状態を監視する方法としては適切ではありません。濁
度法と組み合わせて,間接的に乾燥菌体濃度を推定するのが一般的です(図 4―2―1 )。ここでは
93 第 4 章 培養状態の計測と制御
予備乾燥した秤量管(アルミ皿)
培養液
湿重量として0.2∼0.3 または
200∼300 OD unitの菌体を含む
重量測定(
mg)
1
105℃,
4∼5時間
OD=1.0程度に
希釈( 倍希釈)
容量を測定(
原液1 mL+水4 mL
原液2 mL+水3 mL
原液3 mL+水2 mL
原液4 mL+水1 mL
を調製
沈殿
mL)
デシケーター内で放冷
遠心分離
約
重量測定(
mLの水
遠心分離
沈殿
それぞれODを測定
mg)
105℃,
1時間
1∼2回
少量(< 5 mL)の水に
懸濁し秤量管に移す
デシケーター内で放冷
重量測定(
3
mg)
前回と同じ重さ?
乾燥菌体濃度に対してODをプロット
乾燥菌体濃度とODが比例する範囲
で換算計数(傾きの逆数)を算出
2
希釈倍率
を考慮
No
Yes
培養液の乾燥菌体濃度
( 3− 1 )/ を算出
図 4―2―1 乾燥菌体濃度と濁度の関係の求め方
まず,乾燥菌体量の測定法について述べ,
[ 4.2.2 ]で濁度の測定法について述べます。
⑴ 集菌と洗浄
上清を遠心分離して除いたときの湿菌体重量が 0.2∼0.3 g 程度になる培養液,もしくは 200∼
300 OD unit(コラム参照)の菌体を含む培養液を準備します。培養液を遠心分離して上清を
捨てます。捨てた上清と同じぐらいの容量の水を加えて沈殿した菌体を懸濁し,再度遠心分離し
て菌体を回収する操作を 1∼2 回行い,代謝産物や培地成分を取り除きます。この後,得られた
菌体を乾燥させて重量を測定します。
乾燥重量の測定には, 要求される測定精度にもよりますが, 乾燥菌体として少なくとも
10 mg,できれば数十 mg 以上が必要でしょう。目安として,OD=1 の培養液 1 L には乾燥重量
として 0.25 g の菌体が含まれていると仮定し,乾燥菌体重量の測定に必要な培養液量を求めれば
よいでしょう。別の方法として,予め重量を測定した遠心管を用いて適当量の培養液を遠心分離
し,上清を丁重に取り除いた後,再度重量を測定すれば,湿重量が測定できますので,この 1/4
∼1/5 が乾燥重量であるとして必要な培養液量を求めることもできます。
コラム O
D と OD unit
OD は菌体濃度[ g―dry―cell・L−1 ]と一定の範囲で比例するパラメーターですが,OD unit は,
これに培養液量を掛けた細胞量を表す単位です。慣例として OD が 1 の培養液 1 mL に含まれる細胞
量を 1 OD unit と表現します※25。例えば,OD600=6 の培養液を 50 mL 遠心分離すれば,「 300 OD
unit 」の細胞が得られます。
※25 広く一般に認められた単位ではないので,論文に書くときはその都度,定義を明記する必要がある。
94 4.2 菌体濃度・生菌数の測定
一部の微生物は,菌体の洗浄に水を用いると,細胞内外の浸透圧差によって破裂してしまうこ
とがあります。このような場合には洗浄には生理食塩水かペプトン水( 1%)を用います。
培地自体が不溶性成分を含んでいると,菌体量を過大評価してしまうので,微生物を植菌しな
い培地を遠心分離した時に,どの程度の沈殿が生じるか(菌体の重量に比べて不溶性物質の量が
無視できるかどうか)を確かめておく必要があります。
⑵ 容器重量の測定
菌体懸濁液は,ガラス製の秤量管やアルミ皿などの容器に入れて乾燥させますが,容器の重量
を予め測定する必要があります。これらは汚れのないもの(水分や皮脂などが付着していないも
の)を使用し,素手で触らないようにします。後述する条件で 1 時間ほど予備乾燥した後,室温
に戻してから,風防付きの精密天秤で 1 mg または 0.1 mg の単位まで重量を測定し,記録してお
きます。
⑶ 乾燥処理
⑴で述べた要領で洗浄した菌体を少量の水( 1∼3 mL )に懸濁し,⑵の手順で予備乾燥し,重
量を測定しておいた秤量管に移します。遠心管に残った菌体は少量の水で共洗いして,全て秤量
管に移します。その後,乾熱器などを用いて 105℃で恒量化するまで(重量が一定になるまで)
乾燥させます。具体的には,内径 2∼3 cm 程度の秤量管に 4∼5 mL の懸濁液を入れた場合であ
れば,まず 4∼5 時間後に,⑷に述べる手順で秤量管ごと重量を測定します ※26。その後,乾燥器
に戻して 1∼2 時間乾燥させた後,再度重量を測定する操作を,測定した重量が前回の重量と同
じになるまで続けます。ただし,酸化によって徐々に重量が増加することがあるので,長過ぎる
乾燥は禁物です。
通常は 105℃で常圧乾燥させますが,場合によっては,加熱による熱分解や酸化による重量増
加が無視できないことがあります。このような場合は,凍結乾燥を行うか,シリカゲルや濃硫
酸,五酸化二リンなどの乾燥剤を入れたデシケーターに秤量管を入れ,真空ポンプで減圧して乾
コラム 3
/4,2/3,1/2 の法則
遠心分離した沈殿の約 3/4 が細胞で,残りは細胞の隙間にある培地です。回収した細胞の 2/3 は水
分で,残りが固形分(乾燥菌体)です。そして,固形分の約 1/2 がタンパク質になります。平均的な
目安の値として覚えておくと便利です。
この法則を利用すれば,乾燥菌体重量を求める際の洗浄液に含まれる溶質量の影響を定量的に考察
できます。菌体の沈殿が 4 g あるとすれば,その 3/4 が細胞で,その 1/3 が乾燥菌体ですから,乾燥
菌体重量は約 1 g です。例えば培地が 10%の溶質(糖など)を含んでいるとすれば,沈殿の 1/4 が培
地ですから,4 g の沈殿には約 0.1 g の溶質が含まれています。そのまま乾燥させた場合,この重量は,
乾燥菌体重量の 1 割にもなり,無視できません。しかし,例えば沈殿の 50 倍の体積の水で一度洗浄す
れば,細胞の間隙に残る溶質は最初の 1/200 の 0.0005 g となり無視できるようになります。洗浄に
生理食塩水( 0.9% NaCl )またはペプトン水( 1%)を用いた場合,沈殿の間隙水に含まれる溶質は
0.009 g または 0.01 g ですから,多くの場合,乾燥菌体重量に比べて無視してもよいでしょう。
※26 開口部の小さい容器を使用する場合や,懸濁液の量が多い場合は,乾燥に時間がかかる。
95 第 4 章 培養状態の計測と制御
燥させます。なお,濃硫酸や五酸化二リンは強力な乾燥剤で,水と直接接すると爆発的に反応す
るので,取扱いには十分な注意が必要です※27。
⑷ 秤 量
秤量には,0.1 mg∼1 mg 程度の秤量が可能な精密天秤を使用します。乾燥させたサンプルは,
吸湿を防ぐため,シリカゲル※28 を入れたデシケーターに移し,冷ましてから秤量します。熱い
まま秤量すると,上昇気流が発生し,正確な重量を測定することができません。
4.2.2 濁度の測定
⑴ 原 理
培地中で微生物が増殖すると,培地は次第に濁っていくので,この濁り具合(濁度)を光学的
に測定すれば,微生物量を推定することができます。濁度を精度よく測定するためには,積分球
式濁度計という特殊な装置を用いて透過光と散乱光の両方を測定する方が望ましいとされていま
すが,簡便には分光光度計を用いて透過光のみを測定することができます。
入射光の強さを 0,透過光の強さを ,菌体(粒子)濃度を [ mg・L−1 ]とすれば,
log
0
=
の関係があります。ここで,
(式 4 2 1 )
は光路長 1 cm の
A 吸光度
セルで測定することを前提とした比例定数(濁度
係数)で,単位は L・g cell−1 です。式 4 2 1 の左
近い
入射光
辺は濁度であり,濁度が 1 であれば,透過光の強
度は入射光に比べて 1 桁減少したことを意味しま
す。
分光光度計では,図 4―2―2 に示すように,光
源ランプからの並行光線セルに当て,透過する光
遠い
検出器
B 濁度
入射光
を検出器で計測します。吸光度の測定において
は,光が溶質分子に文字通り吸収されるので,セ
図 4―2―2 吸光度と濁度の違い
コラム A
bsorbance, Turbidity, Optical Density
Absorbance は吸光度で,例えば 280 nm で吸光度を測定した場合,その値を A280 と表現します。
Turbidity は濁度で,Optical Density は光学密度を意味しますが,濁度の測定値を示す略号には,
培養分野の研究者の多くは,T ではなく OD を用い,660 nm で測定した場合なら OD660 と表記します。
※27 研究室でホコリをかぶったデシケーターを見つけたとき,不用意に水で洗うと危険。デシケーターの中には
これらの乾燥剤が入っていることが多く,大量の水に対して少量ずつ溶かすなど,適切に処理しなければな
らない。
※28 青いものを使う。他の乾燥剤でも構わないが,取扱いには十分注意すること。
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