捕手の二塁送球時における 3 種類の送球動作の比較 -体幹の動きに着目して- 川端浩一 1),浦田達也 2),伊藤章 3) 和歌山県立医科大学みらい医療推進センター1),大阪体育大学大学院 2),大阪体育大学 3) 1. 緒言 中間付近から投じられたストライクボールをキャ 走者に盗塁を試みられた場合,捕手は投手から ッチャースボックス内で捕球した後,二塁ベース の投球を捕球した後,素早く二塁ベースに送球す 上に接地された防球ネットにノーバウンド送球を ることが要求される.このことから捕手には,捕 するよう指示した. 球からリリースまでの動作時間を短くすること, 投球がストライクでない場合やワンバウンド送 およびボール速度を高めることが要求される.二 球および送球したボールが防球ネットに当たらな 塁送球時の捕手の動きを見てみると,体幹を前傾 かった場合などは失敗試技とし,野球技術に精通 させ,深くしゃがみ込んだ姿勢で捕球した後,素 した 1 名の検者が成功と判断した試技が得られる 早く立ち上がり,ステップしながら身体全体を右 まで繰り返し実験を行わせた. 回転させ,投球態勢に入っていく.体幹は,この 動作の撮影には 2 台のハイスピードカメラ 一連の動作の中で前後,左右,捻りなど多くの動 (CASIO 社製 : Exilim-FH20)を用い,210fps きを行っている.このため送球動作における体幹 (シャッター速度 1/1000sec)で撮影を行った. の動きを把握することは,指導を行う上で重要で 両カメラともに高さを捕球姿勢の捕手の肩付近に あると思われる. 合わせ,1 台はカメラの光軸がホームベースから 本研究では,3 種類の送球動作を用い,捕球か 二塁ベース方向と直交するようキャッチャースボ らリリースまでの体幹の姿勢,およびボールの位 ックスの側方約 10m の地点に設置し,もう 1 台 置との関係について分析することで,投げ方の違 は,マウンドとホームベースの中間付近から一塁 いによる体幹の使い方の比較検討を行った. 側に約 2m 離れた地点に設置した.動作撮影用の 2. 方法 カメラの画角では,送球されたボールが二塁ベー 被験者は,大学の硬式野球部に所属する捕手 13 スに到達する時点を撮影することができないため, 名(身長:1.735±0.049m,身体質量:72.5±6.2kg) さらに 1 台のハイスピードカメラ(CASIO 社製 : で全員が右投げであった.被験者には実験内容を Exilim-F1)を用いて,二塁ベース上に到達する 事前に説明し,参加の同意を得た上で実験を行っ ボールの撮影を行った.3 台のカメラの画角内に た. 同期シグナル(DKH 社製 : PTS-110)を設置し, 二塁への送球動作は,普段通りの投げ方(NT) , それらを実験試技と同時に映し込むことで 3 台の NT よりも送球動作をさらに素早くする投げ方 カメラの同期を行った.本研究では,ホームベー (QT) ,NT よりもボール速度をさらに高める投 スから二塁ベース方向に対して右方向を X 軸,ホ げ方(VT)の 3 種類を用いた.被験者には,試合 ームベースから二塁ベース方向を Y 軸,鉛直上方 で使用する防具(マスク,プロテクター,レガー 向を Z 軸と定義した. ス)を全て装着させ,マウンドとホームベースの 得られたビデオ画像をもとに動作解析システム 63 (DKH 社製:Frame-DIASⅡV3)を用いて,ボ 各投球動作に要した時間は,NT が 0.773± ール,胸,腰,右肩,左肩,右腰,左腰,右爪先, 0.043 秒,VT が 0.782±0.066 秒,QT が 0.671 左爪先の 9 点をデジタイズした.デジタイズによ ±0.051 秒であり,QT の動作時間 は NT,VT よ って得られた 2 次元座標を DLT 法により 3 次元 りも有意に短かった. 座標に変換した. 握り変え時から左脚接地時までの二塁方向の腰 送球動作を以下に示す動作時点をもとに 3 局面 の移動距離は,QT が NT,VT に比べ有意に小さ に分けた.投球をミットで捕球した時点を捕球時 く,二塁方向に対する左右方向の腰の移動距離に 点,ボールを右手に握り変えた時点を握り変え時 は,明らかな違いが見られなかった.また鉛直方 点,踏み出した左足が地面に接地する時点を左足 向については,捕球時から握り変え時まで QT は 接地時点,ボールがリリースされた時点をリリー NT,VT に比べ有意に小さい値を示した.このこ ス時点の 4 時点とし,投球を捕球した時点からボ とから QT は,二塁方向と鉛直方向に対し,小さ ールを右手に握り変えた時点までを「握り変え局 く,素早い動きをしていたと考えられた. 面」, ボールを握り変えた時点から踏み出した左足 肩角度は,左脚接地時において QT が NT,VT が地面に接地する時点までを「踏み出し局面」,踏 に比べ有意に大きな値を示した.腰角度は左脚接 み出した左足が地面に接地した時点からボールが 地時おいて QT が NT に比べ有意に大きな値を示 リリースされた時点までを「投球局面」とした. した.QT の腰の移動では,有意差が認められな 分析項目は,各局面に要した時間,腰の移動距 かったものの,三塁ベース方向に移動している傾 離,肩角度(水平面における X 軸とのなす角度), 向にあった.QT はこの位置から身体を開かずに 腰角度(水平面における X 軸とのなす角度) ,捻 投げようとしたために,肩角度と腰角度が他の投 転角度(水平面における腰角度に対する肩角度) , 法よりも大きかったと考えられた.捻転角度は, 左脚接地時の前屈角度(前額面における Z 軸と胸 どの時点においても有意な差は認められなかった. と腰を結んだ線分とのなす角度), リリース時の側 左脚接地時の前屈角度とリリース時の側屈角度は, 屈角度(前額面における Z 軸と胸と腰を結んだ線 左脚接地時において,それぞれ NT と VT,NT と 分とのなす角度)およびボールと腰との距離を算 QT に有意差が認められた. 出した. 左右方向におけるボールと腰との距離は,左脚 捕球 握り替え 左脚接地 接地時とリリース時において QT が VT に比べ, リリース 有意に大きかった.また二塁方向では左脚接地時 において VT が NT,QT に比べ有意に大きい結果 を示した.動作時間を短くするように指示してい 握り替え 局面 踏み出し 局面 た QT は,ボールを二塁ベース方向でリリースす 投球 局面 るのではなく,一塁ベース方向でリリースしてお 動作局面 り,ボールを素早くリリースするための技術であ 図 1 送球動作の局面分け ると考えられた. 各分析項目における投球条件間の差について検 参考文献 討するため,対応のある一要因分散分析を用いた. 高橋佳三・阿江通良・藤井範久・功力靖雄・島田 有意な効果が認められた場合には,Bonferroni の 一志・石川陽介(1998) 捕手のスローイング動 方法により多重比較検定を行った. 作に関する基礎的研究. 日本体育学会大会号(49), 3.結果と考察 371. 64
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