超関数の演算 7 超関数に普通の関数を掛けることと,超関数の微分を定義することがこの 章の目標である. 7.1 関数倍 F ∈ D(T) と u ∈ C ∞ (T) に対し「F の u 倍」uF を次のように定義する: 定義 7.1 任意の v ∈ C ∞ (T) に対して (uF )(v) = F (uv) (7.1) 注意 右辺の「uv 」は C ∞ -関数の積であってまた C ∞ -関数であり,したがっ て超関数 F の uv での値 F (uv) が定義できるのである. 定義 7.1 で定義された uF がたしかに超関数であること,すなわち連続な線 形写像であることを確認しておく必要がある.そのためには前章 6.1 節の条 件 1),2),3) を uF についてチェックしなければならない. 1) 任意の v1 , v2 ∈ C ∞ (T) に対して (uF )(v1 + v2 ) = (uF )(v1 ) + (uF )(v2 ) : 左辺を計算していくと (uF )(v1 + v2 ) = F (u(v1 + v2 )) (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) = F (uv1 + uv2 ) (⇐ 分配法則) = F (uv1 ) + F (uv2 ) (⇐ F の線形性) = (uF )(v1 ) + (uF )(v2 ) (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) というように右辺と等しくなって確かに成り立つ. 2) 任意の v ∈ C ∞ (T) と任意の c ∈ C に対して (uF )(cv) = c(uF )(v) : 1 左辺を計算していくと (uF )(cv) = (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) F (u(cv)) = F (cuv) (⇐ 積の交換法則) = cF (uv) (⇐ F の線形性) = c(uF )(v) (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) というように右辺と等しくなってこれも成り立つ. 3) C ∞ (T) において vk → v (k → ∞) ならば,C において (uF )(vk ) → (uF )(v) (k → ∞): これは次のように示される.まず関数倍の定義によって (uF )(vk ) = F (uvk ) である.ここで vk → v (k → ∞) という仮定から uvk → uv (k → ∞) であ ることが導かれる(⇐ 章末問題 1 参照).したがって F の連続性によって F (uvk ) → F (uv) (k → ∞) であり,すなわち (uF )(vk ) → (uF )(v) (k → ∞) が成り立つのである. 以上で uF がたしかに超関数になっていることが確認できた. ここで,前章で導入した普通の関数 f を超関数 Ff とみなす写像 Φ : C ∞ (T) → D(T) との関連を見ておきたい.くわしくいうと,f ∈ C ∞ (T) に u を掛けて から超関数とみなすのと,f を超関数と見なしてから u 倍することとがちゃ んと対応しているか,ということである.すなわち等式 uFf = Fuf (7.2) が成り立つかどうか,という問題である.以下これをチェックしていこう.ま ず (7.2) は超関数同士の等式だから,その意味は 任意の v ∈ C ∞ (T) に対して (uFf )(v) = Fuf (v) が成り立つ ということである.この左辺を計算していくと (uFf )(v) = = = = Ff (uv) ∫ 2π 1 f (x)(u(x)v(x))dx 2π 0 ∫ 2π 1 u(x)f (x)v(x)dx 2π 0 Fuf (v) (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) (⇐ Ff の定義 (6.3)) (⇐ 交換法則) (⇐ Fuf の定義) というように右辺と等しくなり,等式 (7.2) が確認できた. さらに,(7.2) は次の図式が可換である,という主張として表現できること も注意しておきたい: 2 C HTL D HTL F ¥ mu mu C HTL D HTL F ¥ ここで,u 倍するという写像を「mu 」で表した.そこで左上の空間の任意の 元 f ∈ C ∞ (T) からスタートして右に行くと超関数 Φ(f ) = Ff となり,さら に下に行くとそれが超関数として u 倍されて uFf になる.一方今度は f か らまず下に行くと f が関数として u 倍されて uf になり,さらに右に行くと Φ(uf ) = Fuf になる.したがって上の図式が可換であるということと,等式 (7.2) が成り立つことが同値なのである. 例 デルタ関数の関数倍 デルタ関数 δa (a ∈ T) の u 倍(u ∈ C ∞ (T))を計算してみよう.任意の v ∈ C ∞ (T) を取って (uδa )(v) を計算していくと (uδa )(v) = δa (uv) (⇐ 関数倍の定義 (7.1)) = (uv)(a) (⇐ デルタ関数の定義 (6.8)) = u(a)v(a) (⇐ 関数の積の定義) = u(a)(δa (v)) (⇐ デルタ関数の定義 (6.8)) = (u(a)δa )(v) (⇐ 超関数の定数倍の定義) となり,超関数として uδa = u(a)δa この式は,見方を変えれば, 3 「デルタ関数は関数倍という線形写像に関する固有ベクトルである」 と解釈することもでき,デルタ関数の有用性の根拠の一つになっている. 7.2 微分 超関数 F ∈ D(T) の微分 DF を次のように定義する: 定義 7.2 任意の u ∈ C ∞ (T) に対して (DF )(u) = −F (Du) (7.3) この右辺の「Du」は関数 u の普通の微分である.このように定義された DF がたしかに超関数であること,すなわち連続な線形写像であることを示 す必要がある.しかし線形であることをもう明らかであろう(⇐ 章末問題 2 参照).ここでは連続であることを示す.そのためには C ∞ (T) において uk → u (k → ∞) であるならば (7.4) (DF )(uk ) → (DF )(u) (k → ∞) (7.5) であることを示さなければならない.そのために次の簡単な補題を使う: 補題 7.3 C ∞ (T) において,uk → u (k → ∞) ならば Duk → Du (k → ∞) も成 り立つ. 補題の証明] この結論「Duk → Du (k → ∞)」の部分は,定義 5.2 によって すべての p ≥ 0 に対して kDp (Duk ) − Dp (Du)k → 0 (k → ∞) (7.6) が成り立つことを主張している.しかしこの左辺は kDp+1 uk − Dp+1 uk と等しいから,(7.6) は すべての p ≥ 1 に対して kDp uk − Dp uk → 0 (k → ∞) 4 (7.7) が成り立つことと同じである.ところが補題の仮定「uk → u (k → ∞)」は すべての p ≥ 0 に対して kDp uk − Dp uk → 0 (k → ∞) (7.8) が成り立つということであり,(7.7) は (7.8) の主張の一部であるから,補題 が証明される. さて (7.5) は,定義 7.2 より −F (Duk ) → −F (Du) (k → ∞) であること,すなわち F (Duk ) → F (Du) (k → ∞) (7.9) であることを主張している.一方仮定 (7.4) に補題 7.3 を適用すれば Duk → Du (k → ∞) (7.10) が成り立つことになり,超関数 F の連続性より,(7.10) から (7.9) が出るこ とがわかる.よって (7.5) が成り立つこと,したがって微分 DF の連続性が 証明された. 例 デルタ関数の微分 デルタ関数 δa (a ∈ T) の微分を計算してみよう.任意の u ∈ C ∞ (T) を取っ て定義に基づいて計算していく: (Dδa )(u) = = = −δa (Du) (⇐ 微分の定義 (7.3)) −(Du)(a) (⇐ デルタ関数の定義) 0 −u (a) となり,したがって 「デルタ関数 δa の微分は u に −u0 (a) を対応させる」 という写像であることがわかる. 7.3 関数の微分と超関数の微分 ここで,関数倍のときのように,超関数の微分の定義と,普通の関数の微分 の定義との整合性を確認しておきたい.これは次の図式の可換性を意味する: 5 C HTL DH T L F ¥ D D C HTL DH T L F ¥ 等式として表すと 任意の f ∈ C ∞ (T) に対して D(Ff ) = FDf (7.11) (左辺は上の図式の左上からスタートして右回りにまわったもの,右辺は左回り にまわったものである. )これは次のように証明される.まず左辺の u ∈ C ∞ (T) での値は −Ff (Du) (⇐ 超関数の微分の定義 (7.1)) ∫ 2π 1 = − f (x)(Du)(x)dx (⇐ Ff の定義) 2π 0 ∫ 2π 1 = − f (x)u0 (x)dx (A) 2π 0 (D(Ff ))(u) = 一方 (7.11) の右辺の u ∈ C ∞ (T) での値は (FDf )(u) = = 1 2π 1 2π ∫ 2π (Df )(x)u(x)dx (⇐ FDf の定義) 0 ∫ 2π f 0 (x)u(x)dx 0 6 (B) となっている.ここで部分積分の公式 ∫ 2π ∫ 0 f (x)u(x)dx = 0 2π [f (x)u(x)]0 2π − f (x)u0 (x)dx (7.12) 0 を思い出そう.この右辺で f も u も C ∞ (T) の元であって,周期 2π をもつ から 2π [f (x)u(x)]0 = f (2π)u(2π) − f (0)u(0) = 0 である.したがって (7.12) は ∫ 2π f 0 (x)u(x)dx = − ∫ 0 2π f (x)u0 (x)dx 0 となり,これを上の (A),(B) と見比べると (7.11) が成り立つことがわかる. これで超関数の微分の定義と,普通の関数の微分の定義との整合性が確認で きた. 7 第 7 章 練習問題 1. C ∞ (T) の関数の列 {vk } が v ∈ C ∞ (T) に収束するならば,任意の u ∈ C ∞ (T) に対して {uvk } が uv ∈ C ∞ (T) に収束することを示せ. 2. 超関数 F の微分 DF が C ∞ (T) から C への線形写像であることを示せ. 3. 超関数 F と任意の u ∈ C ∞ (T) に対し D(uF ) − u(DF ) = u0 F という等式が成り立つことを示せ. 8
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