IoTによる「つながり」が、 製造業の競争力を強化する

IoTによる
「つながり」が、
製造業の競争力を強化する
∼経済産業省 西垣 淳子氏に聞く
高度成長期から今日に至るまで、
製造業は日本経済の根幹を支え、そ
の品質は世界の市場で高く評価さ
れてきました。しかし、技術革新や
製品ライフサイクルの短期化、新興
国の台頭による競争の激化、さらに
は長期にわたる円高不況などの要
因により、特に 21 世紀に入ってか
ら日本の製造業は厳しい状況に置
かれています。
(Internet of Things)
今後、IoT
時代において、日本の製造業が成長
を続けグローバルな競争を勝ち抜
いていくには、どういった視点が必
要なのでしょうか。 日本の製造業
の振興を担う経済産業省 製造産業
局 ものづくり政策審議室長 西垣
淳子氏に、
お話を伺いました。
「ものづくり白書」
平成 11年に成立・施行した「ものづくり基盤技術振興基本法」に基づく
「製造
法定白書。経済産業省・厚生労働省・文部科学省の 3 省で執筆。
業が抱える課題と今後の展望」
「製造業における雇用や人材活用」
「製
造業を支える教育・研究」についてまとめられている。
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P ROVISION No.84 / Winter 2015
個々の企業それぞれの、
グローバル戦略が必要
日本の製造業の発展を支え、ものづくり基盤
技術の水準を維持・向上させることを目的として、
1999年3月に「ものづくり基盤技術振興基本法」が
施行されました。日本政府はこの法律の下、もの
づくり基盤技術の振興に関する総合的な施策に取
り組むとともに、同法第8条に基づく年次報告書
「製造基盤白書(ものづくり白書)
」を経済産業省、
厚生労働省、文部科学省の3省合同で毎年作成し
ています。
ものづくり白書には、日本の製造業における現
状の課題と対応についての報告が記載されていま
す。白書の編纂において中心的な立場にある経済
産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室の西垣
経済産業省 製造産業局
ものづくり政策審議室長
西垣 淳子 Atsuko Nishigaki
1991 年通商産業省(現経済産業省)入省。機械情報産業局、貿
易局、財団法人世界平和研究所、経済産業研究所などを経て、
2012 年貿易経済協力局貿易管理部安全保障貿易管理課安全保
障貿易国際室長。2014 年より現職の製造産業局ものづくり政策
審議室長。
淳子室長は、日本の製造業の現況について次のよ
うに話します。
います。安価な人件費を求めて海外に生産拠点を
「最近、円安になったのに輸出が伸びないと言
設置したものの、実際に操業を始めると品質や歩
われています。実際に、日本の貿易収支は過去最
留まり率の面で問題が発生し、海外よりも国内で
大の赤字を計上しています。円安なのに輸出が回
作ったほうが良いという判断等からです。こうし
復しないのは、製造業の
“稼ぎ方”
が変わってきて
た国内に生産拠点を戻そうという企業に対しては、
いるためだと考えられます。
日本経済の活性化という観点から設備投資の促進
多くの製造業の企業はグローバル展開によって
や生産拠点の立地支援といった政策課題について、
海外に生産拠点を設置しており、その流れは年々
経済産業省各局と連携しながら取り組んでいます」
進行しています(図 1)
。生産拠点が国内にあって
また、国内拠点では高付加価値品の開発・生産、
円安になるとコスト競争力が高まり輸出が伸び
海外拠点では汎用品の開発・生産という国際分業
るというモデルは、もはや通用しなくなりました。
の流れもあると言います。国内拠点では、
「人と
為替に左右されるのではなく、企業それぞれがグ
最先端設備(ロボットなど)
の最適な棲み分け・協
ローバル戦略をどう展開するのかを考えなければ
調」
「国内産業集積の厚みの活用」
「最先端の研究
ならない時代になっています」
開発機能との隣接性」
「顧客の多様なニーズに対
個々の企業で異なるグローバル戦略の例として、
西垣氏は次のような例を挙げます。
する短納期対応」などによる開発・生産の高度化
を図るというものです(図 2)
。
「国内に主力工場を残しながら海外の生産拠点
こうした製造業の企業動向を追いかけ、各社が
で付加価値をつけ、グローバル市場に対応するこ
最適な戦略を見い出せるように支援することが政
とで成功している企業があります。その一方で、
府の役割の一つとなっています。
最近では生産拠点を日本に戻すという動きも出て
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ば、ドイツでは現在、
「Industrie 4.0」という製造
攻めの IT 投資による
縦横に
“つながる”
仕組みを
業の変革モデルを国策として推進しています。ま
た北米を中心に、企業が主導してIoT向けの標準
化団体「Industrial Internet Consortium(IIC)
」
が設立されました。
製造業企業の競争力強化を目指してさまざまな
特にドイツは日本同様ものづくり大国であり、
施策に取り組む日本政府ですが、いま重視してい
西垣氏もその動向に注視しています。
ることの一つにITの活用があります。経済産業省
商務情報政策局では、新事業に進出する際に新た
「ドイツのIndustrie 4.0の取り組みは、つなが
な価値を創出、あるいは既存事業を強化して利益
ることを重視しているところが一番のポイントで
を拡大するための「攻めのIT投資」を促進してい
すが、ドイツと日本の製造業の現状は異なります。
ドイツではサプライヤーの立場が強く、サプラ
ますが、これは製造業にとっても重要なことです。
「IT投資を、工場の効率化や工場のスマート化
イチェーンにおいて最終的な位置にある組み立て
といったところに、うまく使っていただきたいと
メーカー以外にも横展開することが可能です。そ
考えています。日本では産業構造が垂直型である
れに対して日本では、垂直型の構造のためサプラ
ため、縦方向につながるのは得意で、横や斜めに
イヤーの立場があまり強くなく、Industrie 4.0を
つなげることが苦手なようですが、今後は縦だけ
適用するには企業経営者の発想を逆転させなけ
でなく、横や斜めにもつながりを持つことが必要
ればならないでしょう。例えば、生産拠点を海外
だと感じています。そのつながりは、デジタル化
展開しようとするとき、ドイツではプロセスをモ
によってもたらされます。デジタル化の中で製造
ジュール化しますが、日本はサプライヤーをその
業をどう考え直すのかが、これからの大きな課題
まま一緒に連れて行くケースが多いのです。
しかし、水平構造で各モジュールをつなぐイン
になると思っています」
デジタル化によるつながりを考える際に大きな
ターフェースが標準化されれば、グローバルな生産
ヒントになるのが、海外での取り組みです。例え
拠点のどこで何を作っても、モジュール同士をつ
(%)25
20
15
リーマンショック直後、
一時的に後退した時期はあるものの
海外展開は年々進行。
10
5
ⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣⅠⅡⅢⅣ
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2009
2010
2011
2012
図 1. 海外設備投資比率の推移(出典:
「2014 年版ものづくり白書」
)
10
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2013
なぐことが可能になります。例えばアジア市場を
生産拠点として見たときに、コスト競争力も含め
ドイツが産官学一体となって進める
「Industrie 4.0」
てどちらが良いのかを考える必要があるでしょう」
もちろん、
「サイバーフィジカルシステムによる
ドイツ政府が産官学一体となって進める、製造業の高度化を
変革」は日本の製造業に適用できる部分もあります。
目指すプロジェクトです。Industrie 4.0 には「第 4 次産業革命」
例えば、コンピューター上でデジタル・モックアッ
という意味が込められており、1.0 が蒸気機関による機械化、2.0
プを用意し、シミュレーションを実施して品質と
が電力による大量生産、3.0 が IT による自動化と考え、その次
効率化の向上を両立させるような使い方です。こ
の 4.0 は「サイバーフィジカルシステムによる変革」と定義され
うした部分では、日本の製造業企業のほうが先行
ています。開発、生産、保守サービスという製品ライフサイク
している面もあると西垣氏は話します。
ルにおけるプロセスをセンサー・ネットワークを通じてサイバー
空間に取り込み、サイバー空間上で実行したシミュレーション
「製造業の企業の方と生産のデジタル化や工場の
予測や分析結果を実世界にリアルタイムでフィードバックする
スマート化といった観点で話をすると、
『すでに実
ことで、製造業の効率化に役立てようとしています。
現しています』という答えが返ってくることがあ
ります。このとき、何と何とをつなげようとして
いるのかが重要だと思います。ドイツのIndustrie
IoT に関する普及推進団体
」
「Industrial Internet Consortium(IIC)
4.0は、サプライチェーン全体を念頭においた工場
のスマート化を進めているわけですが、日本では
2014 年 3 月に、IBM をはじめとした 5 社が共同で設立した、
まだそこまでは念頭に置かず自社工場内の生産ラ
インダストリアル・インターネットや IoT に関する普及推進団
インのデジタル化が進められています。工場内で
体です。IoT のリファレンスアーキテクチャーの策定や、IoT に
みれば、現在の取り組み状況は日本もドイツも大
関連する各種の標準化団体への要望を伝えることを目的として
差はなく、むしろ日本が先行していると感じる部
います。いくつかの日本企業も参加を検討しています。
分もありますが、将来を見据えたデジタル投資の
差が今後どうなっていくのかが気になっています」
(%)100
77.9
80
78.6
75.1
72.5
69.4
60
52.0
44.2
高付加価値品の
研究開発
汎用品の研究開発
高付加価値品の生産
48.0
43.7
汎用品の生産
40
30.1
その他
16.8
20
3.5
4.9
3.9
3.9
海外拠点の新設・増強前
海外拠点の新設・増強後
0
過去5年間に新設・増強された
海外拠点の役割
(n=226)
国内拠点の役割
(n=229)
図 2. 海外拠点の新設・増強に伴う国内拠点の役割変化(出典:
「2014 年版ものづくり白書」
)
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り組むべき仕事はたくさんあります。
「日本の製造業企業が最終的にどのように取り
組んでいくかは、各社それぞれの判断です。しか
し、私たちを取り巻く環境を考えたとき、ドイツ
が2030年を目標として挙げているのには、非常
に大きな意味があります。
例えば、ドイツも日本も少子高齢化に直面して
おり、今後労働力不足が起きるのは明らかです。
そこで、M2M(Machine to Machine)を進めて
工場の稼働率を高め生産性を向上させるといった
ことを、実例を通じて提示していくことが必要と
されてきます。また、省エネルギーを進めるため
に使用量の見える化の推進も、エネルギー対策の
観点から政府の重要な役割です。さらにデータに
関しても、無線でデータをやりとりするにはデー
タのセキュリティーの問題や電波の管理方法など、
製造業の変革を進めるための
日本政府の役割
政府が対応すべき課題として上がってくるでしょ
う」
このほか、人材の育成についても注力して取り
さらに、西垣氏が注目するのは、政府の関わり
方です。
組む計画です(図 3)
。
「例えば、米国のようにITが強い国ではITの人
「ドイツでは、学術・教育機関と産業界、そし
材がどんどん増え、ビジネスのチャンスが拡大し
て政府の距離が近いと感じています。Industrie 4.0
ています。それに対して日本は、まだIT人材が
を支える技術も、政府や工科大学が一緒になって
少ないという声が聞こえてきます。少ないと言わ
研究し、産業界の課題に対応しています。日本の
れながらその方向に向かわないのは、たぶんビジ
場合、政府の関わり方が難しい部分もありますが、
ネスチャンスが見えないからです。製造業に限らず、
逆に国の研究機関や標準化機関といった部分で政
これからすべてのものがつながるIoTの社会がやっ
府の役割があるのではないかと考えています」
てきます。IoTの社会では、デジタル上で機能や
特にインターフェースの標準化に関しては、日
本の立場を明確にしなければなりません。
「サイバーフィジカルシステムによる変革が良い
サービスを具現化する能力が求められます。その
方向に学生が向かうようにするのも、政府の役割
の一つだと考えています」
方向にいくという意味では、世界中で一緒に取り
組んでいければよいと思います。けれども、標準
化の部分については、各国の思惑も顕在化しつつ
工場だけの最適や部門最適ではなく、
サプライチェーン全体の最適化が必要
あり、日本は日本としてどのような標準化が望ま
しいのかという部分をはっきりと打ち出していか
なければいけません」
標準化への関与をはじめ、日本政府にはまだ取
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最後に、日本の製造業とITに対するこれから
の期待について伺いました。
「日本の製造業は、現場力が強みといわれてい
ます。この製造現場を、ITを活用することで見
そのためには、いろいろな場所からたくさんの
える化し、さらにすべてがつながることで、工場
データを集め、解析する必要があると西垣氏は続
最適や部門最適を超えて、トータルな最適化が実
けます。
現できます。そういう観点から自社の現状を見た
「ビッグデータやデータ・アナリティクスといっ
とき、あるいは企業をまたいだサプライチェーン
たキーワードが注目されています。いかにデータ
全体を見たときに、まだ足りていない部分がある
をたくさん入手してそれを自分のビジネスに生か
はずです」
せるように分析し、その結果を踏まえて新しいビ
ジネスモデルに対応していけるかというところで、
西垣氏は、分かりやすい以下の例を挙げてくれ
ました。ある製造業企業で、工場で生産してから
これからの日本の製造業企業の競争力は決まって
出荷するまでに従来36時間かかっていたものを効
きます。もちろん、もう気付いて取り組んでいる
率化を進め24時間にしました。ところがその製
企業もたくさんあります。具体的な企業戦略の中
品が消費者の手元に届くまでの物流にかかる時間
でITを活用し、あらゆるものがつながっていく
は、従来と同じ3日かかったままでした。つまり、
ことを期待しています」
企業努力によって生産時間を削減しても、物流が
今回は、製造業を対象にした政策を担当する西
そのままでは効果が少なくなります。部品から完
垣氏に話を伺いましたが、西垣氏の話は製造業の
成品になって消費者に届くまでの製品ライフサイ
みならず、幅広い分野の非製造業企業にも通じる
クルのデータを部門や企業の枠を超えて見える化
ところがあります。厳しい競争を勝ち抜き、世界
することができれば、データに基づいた最適性と
市場において日本がリーダーシップを発揮するた
いう観点から競争力を高めるために取り組めるこ
めに、今後も政府・経済産業省、および日本企業
とはまだあるということです。
の取り組みに期待したいところです。
(%)80.0
62.9
60.0
58.1
57.6
45.8
42.2
40.0
44.1
57.4
44.8
43.7
36.6
37.5
39.0
28.7 28.2
46.9
39.6
39.4
35.4
34.4 35.1
36.2
32.2
28.7
26.5
26.0
これまで重要だった
知識・能力(複数回答)
26.3
28.7
28.6
20.0
17.9
16.2
9.4
8.9
9.5
特定の技術に関する
専門知識・能力
製品を設計・開発する能力
高度に卓越した熟練技能
基礎的な加工・組立技術
新しい機械・設備を
使いこなす能力
品質管理やISOに関する
知識・能力
多くの工程に対応できる
知識・技能
製品の問題点を抽出し、
改善提案を行う能力
顧客・市場ニーズを把握して
製品に反映する能力
自社の商品や
技術に関する知識
段取り能力
︵作業手順、方法立案能力︶
営業拡大や顧客開拓を
進める能力
ITに関する知識・能力
0.0
現在、不足している
知識・能力(複数回答)
22.8
17.0
9.9
26.7
25.9
21.8
これから重要性が高まると
思われる知識・能力
(複数回答)
(n=911)
図 3. 重要である知識能力の変化
(出典:
「2014 年版ものづくり白書」)
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