化学合成生態系と浅海性二枚貝の比較生化学: 二枚貝 3 種の

化学合成生態系と浅海性二枚貝の比較生化学:
二枚貝 3 種の脂質の比較
○齋藤洋昭(石川県立大学), 村田昌一・橋本淳(長崎大学)
【目的】
深海には特異な生態系が知られ、シロウリガイ類(Calyptogena spp.)やシンカイヒバリガイ類
(Bathymodiolus spp.)が、世界中の冷湧水噴出孔で様々に分化し,多数生息している。これらの二枚
貝の多くは,海水温 1-5ºC,水圧 100KPa 以上の暗黒・高圧下の極限環境に生息し、消化管が退化する
とともに発達したエラを持ち、そこには化学合成細菌を共生させている。共生微生物は、地球内部か
らの湧水中の化学成分を利用して生命活動を行い,生み出した栄養を宿主に提供している。この化学
合成共生系の宿主生物と共生細菌の生体脂質成分が,徐々に明らかになってきた。フクスケツキガイ
Mesolinga soliditesta は、イオウ酸化細菌を共生し、栄養を依存しているとされるが、詳細はよく分
かっていない。本種の脂質成分と浅海域で採集され太陽エネルギーに依存するチョウセンハマグリ
Meretrix lamarckii やアサリ Ruditapes philippinarum の脂質成分を検討した。それらの比較検討に
より、それぞれの二枚貝の海洋における食物連鎖上の位置付けを明らかにする。
【方法】
M. soliditesta は南海トラフ金州の瀬西方 331 m の深海で採集した。また、M. lamarckii のは鹿島
灘で、R. philippinarum は浜名湖でそれぞれ採集した。全試料とも脂質を抽出し、脂質クラスおよび
脂肪酸組成を調べた。また、すべての脂肪酸は、ジメチルオキサゾリン(DMOX)誘導体に変換後、ガス
クロマトグラフィー-マススペクトル法で化学構造を決定した。
【結果と考察】
3種ともに脂質クラスは、蓄積脂質であるトリアシルグリセロールや組織脂質であるホスファチジ
ルエタノールアミン、ホスファチジルコリンなどのリン脂質が主成分で、少量のセラミドアミノエチ
ルホスホン酸を有し類似していた。化学合成生態系の M. soliditesta の主要不飽和脂肪酸は、n-4 族
メチレン中断型高度不飽和酸(PUFA)と限られた種類の n-3、n-6 PUFA で構成されていた。n-3PUFA には、
微量のドコサヘキサエン酸(DHA、22:6n-3)やイコサペンタエン酸(EPA、20:5n-3)などの長鎖 n-3PUFA
を含み、n-6PUFA としてアラキドン酸(22:4n-6) が極性脂質に相当量見出された。一方、表層の二枚貝
である M. lamarckii および R. philippinarum は EPA や DHA などの n-3、n-6PUFA 類を主成分とし、化
学合成生態系に特有の n-4PUFA は全く含まれていなかった。M. lamarckii および R. philippinarum
に見られる PUFA はすべて植物プランクトン由来と考えられる n-3、n-6PUFA 類であり、一方、深海の
化学合成生態系に生息する M. soliditesta は n-3、n-6 と n-4PUFA の両者を併せ持つことから、本種
は化学合成生態系にあるにもかかわらず、化学合成細菌からの単一の栄養のみを得ているのではなく、
外界の光合成由来の栄養も利用していることが推定された。ただし、他の植物プランクトン依存の海
洋動物と異なり、n-3、n-6PUFA は限られた種類で構成され、本共生系の栄養摂取や脂肪酸合成の限界
が示唆された。
1) H. Saito, M. Murata, J. Hashimoto, Deep-Sea Res. I., 2014, 94, 150-158.