世界・地域分析レポート 2015年2月20日 混迷深まるEU情勢 ページ I. 政治 …2 1. 新興の反体制派勢力台頭の背景 2. ギリシャ情勢と今後の展望 3. 反移民感情の高まる欧州社会 4. 混迷に向かう欧州政治 II. 経済 …11 1. デフレ懸念が強まるユーロ圏 2. デフレ回避に向けた政策対応 3. その他EU主要国の経済情勢 III. 外交・通商 …20 1. 厳しい局面が続く対ロシア関係 2. FTA交渉の現状 三井物産戦略研究所 欧米室 橋本択摩 フアマン ミヒャエル Ⅰ.政治 EU は今、反緊縮、反移民、そして反 EU を掲げる新興の反体制派勢力の台頭に直面 している。1 月 25 日に行われたギリシャ総選挙では、緊縮策の放棄、政府債務の減免 を主張する Syriza が圧勝し、翌 26 日にチプラス党首が首相に就任した。EU で初めて 反緊縮を掲げる反体制派の政権が誕生したことの衝撃は大きく、EU 統合深化への道は 一層険しさを増すに至っている。また、1 月 7 日にパリで起きたイスラム系住民によ る新聞社銃撃テロを受け、EU 各国の極右政党は、反移民を唱えてきた自らの主張を正 当化するとともに、EU および国内既存政党に対する批判を一層強めている。2015 年 の欧州では、ギリシャに続いて 8 ヶ国(エストニア、フィンランド、英国、デンマー ク、ポーランド、ポルトガル、スペイン、クロアチア)で議会選挙が予定されており、 各国で新興の反体制派勢力の躍進が見られる可能性が高い。EU にとって厳しい試練が 続く年となろう。 1.新興の反体制派勢力の台頭の背景 EU における新興の反体制派勢力の台頭は、これまでのリーマン・ショック、欧州ソ ブリン債務危機からつながる危機の事象として捉えることができる。図表 1 は、2008 年 9 月のリーマン・ショック以降の EU の危機の変遷をまとめたものである。リーマ 図表1 EUにおける危機の変遷 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 <EU危機対応策> ・安定成長協定の強化(加盟国への財政監視) ・セーフティネットの設立と拡充(ESM、OMT等) ・銀行同盟に向けた動き(財政、金融の悪循環の遮断) 政治危機? ギリシャ債務 問題発覚 リーマンショック ⇒世界金融危機へ <各国対応策> ・多額の公的資本注 入による銀行救済 ・景気刺激策としての 財政出動 危機の伝播 ⇒欧州ソブリン 債務危機へ <問題点> ・南欧等での財政赤字の累積 + ・経常収支の南北不均衡問題 <各国対応策> ・南欧を中心に緊縮財政の実施 ・賃下げ、労働市場改革の遂行 -2- 経済停滞 EU統合危機? デフレ懸念 <問題点:経済面> ・景気低迷、物価下落 ・失業増加 <問題点:政治面> ・新興反体制派勢力台頭 反緊縮(南欧) 反移民(独仏英、北欧、 東欧) ⇒反EU ン・ショックを契機とする世界金融危機により、多くの EU 諸国が景気後退に陥る中、 各国政府は多額の公的資本を注入して銀行を救済したほか、公共投資、自動車産業支 援、雇用対策といった財政出動を実施した。こうした景気刺激策が奏功し、各国では 2009 年後半より景気回復が見られたものの財政悪化が顕著となった。また、2000 年 代前半より南欧諸国では経常赤字が続き、南北格差、対外収支の不均衡の問題が指摘 されてきたが、2009 年 10 月、政権交代後のギリシャが財政赤字を大幅に修正したこ とが契機となり、ギリシャ債務問題が浮上した。2010 年 5 月には、ギリシャへの資金 支援が承認されたほか、欧州金融安定基金(EFSF)の創設といった危機対応策がとら れた。その後、ギリシャのほか、アイルランド、ポルトガル、スペインなど周辺国に 債務危機が波及し、これらの国々では消費税等の増税、公務員給与および公務員数の 削減、失業保険の削減といった財政緊縮策が数年かけて幾度に亘り実施された。また 同時に、労働コスト削減に向けて解雇規制の緩和といった労働市場改革も実行された。 こうした政策の影響等を受けて、ユーロ圏経済は 2012 年、2013 年と二年連続のマイ ナス成長に陥り、2014 年も低成長を余儀なくされた。また、ギリシャ、スペインを中 心に失業者が急増、特に若年失業の増加は社会不安を高めることにつながっている。 さらに、需要の落ち込みなどから 2014 年 12 月にはユーロ圏のインフレ率がマイナス に転じるなど、デフレ懸念が高まる事態となっている。 こうした経緯から、南欧諸国を中心に国民の間に「緊縮疲れ」が顕著に見られてお り、反緊縮を主張する新興の反体制派政党に対する支持が広がりやすい状況にある。 また、失業増加を移民流入によるものとする極右政党の主張がフランスのほか、北欧 諸国等で受け入れられやすくなっている。反緊縮、反移民という主張はそれぞれ反 EU という主張につながり、EU 域内において EU 懐疑主義が無視できないほど高まりを見 せている。 図表2 ユーロ圏各国の財政収支(GDP比) (%) 6 (%) 30 3 25 0 図表3 ユーロ圏各国の失業率(季節調整値) ユーロ圏 フランス スペイン ドイツ イタリア ギリシャ 20 ‐3 ‐6 15 ‐9 10 (出所)Eurostat -3- 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 (出所)Eurostat 0 2008年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 5 2008年 2007年 フランス スペイン ポルトガル 2005年 2002年 ‐18 2004年 ‐15 2003年 ドイツ イタリア ギリシャ 2006年 ‐12 図表 4 2015 年主な選挙日程 ギリシャ 2015年1月25日 フィンランド 2015年4月19日 英国 2015年5月7日 ポーランド 2015年9-10月 スペイン 2015年11-12月 • 2014年12月、サマラス首相が大統領候補としてディマス元欧州委員を擁立し、議会での選出手続きに打って 出たものの、支持者が必要議席数(300議席中180議席)に達せず、12月31日に議会が解散された。 • 2015年1月25日に行われた議会選挙では、緊縮策放棄、政府債務減免を主張する新興反体制派政党のSyriza が149議席を獲得、右派小政党とのチプラス連立政権が発足した。金融支援およびギリシャ政府の緊縮策をめ ぐって、トロイカ(欧州委員会、IMF、ECB)との交渉難航が予想され、金融市場では懸念が高まっている。 • 4月19日に予定される議会選挙では、2011年の前回選挙で第三党に躍進した反EUで極右政党の真正フィン人 党がどこまで議席数を伸ばすか注目される。 • ギリシャ追加支援の実行には、フィンランドを含めた一部の国で議会での事前承認が必要となる。4月の議会 選挙の結果は、今後のギリシャ追加支援協議にも影響を与えると見られ、注視する必要がある。 • 5月7日に予定される議会選挙ではEU離脱・反移民を主張する英国独立党(UKIP)や、スコットランド独立を求 めるスコットランド民族党(SNP)が議席数を伸ばすと予想されることから、単独過半数を確保する政党が出ず、 「ハングパーラメント」となる可能性が高い。キャメロン首相は5月の総選挙後の保守党政権の続投を条件に、 2017年末までにEU残留を問う国民投票の実施を表明、実施されるかどうかは不透明感が高い状況。 • 9-10月に予定される総選挙では単独過半数を確保する政党が出ず、親ビジネス路線、親EU路線を採る与党 「市民プラットホーム(PO)」が第一党となって連立政権を継続するとの見方が多い。しかし、野党「法と正義 (PiS)」主導の政権が発足する場合、国家統制的な経済政策が採られ、トゥスク新EU大統領のEU内での求心 力に陰りが生じる可能性がある。 • 政治資金スキャンダルの影響等により、二大政党である国民党、社会労働党の支持率が低下している。一方、 緊縮財政策の放棄を主張する新興反体制派政党、Podemosの支持率が急伸しており、最近の世論調査では 20-30%で推移し、二大政党と熾烈な争いを見せている。11-12月に予定される議会選挙では躍進が予想される。 図表 5 EU 各国における新興の反体制派政党 (赤字下線:右派系政党、青字:左派系政党) 英国・英国独立党 2014 年 10-11 月、下院補 選で 2 議席を獲得。2015 年 5 月 7 日に選挙予定 スウェーデン・スウェーデン民主党 2014 年 9 月に行われた議会選挙 で 12.9%の得票率を得て第 3 党に フィンランド・真正フィン人党 2011 年 4 月の議会選挙で第 3 党に 躍進。2015 年 4 月に選挙予定 デンマーク・デンマーク人民党 2014 年 5 月の欧州議会選で第 1 党に。2015 年 9 月に選挙予定 フランス・国民戦線 2014 年 10 月、上院選に て初議席を獲得 ドイツ・ドイツのための選択肢 2014 年 8-9 月、3 つの州議会選で 10%程度の得票率で 3 議席を獲得 スペイン・Podemos 支持率 20-30%の間で推 移し、トップを争う。2015 年 11-12 月に選挙予定 ギリシャ・黄金の夜明け 2015 年 1 月 25 日の議会選挙で 得票率 6.3%、17 議席を獲得 イタリア・北部同盟 サルヴィーニ代表(2013 年 12 月~)は反 EU の 主張を強め支持拡大中 イタリア・五つ星運動 2013 年 2 月の総選挙の結 果、下院で第 2 党に躍進 -4- ギリシャ・Syriza 2015 年 1 月 25 日の議会選挙で 149 議席を獲 得。反緊縮を掲げるチプラス連立政権発足 2.ギリシャ情勢と今後の展望 (1)チプラス反緊縮連立政権の誕生 ギリシャ情勢が再び世界経済のリスク要因として注目を集めている。ギリシャでは 2014 年 12 月、サマラス前首相が 2015 年 3 月に任期を迎えるパプーリアス現大統領の 後任候補の議会選出手続きに前倒しで打って出たものの、支持者が必要議席数(300 議席中 180 議席)に達せず、12 月 31 日に議会が解散された。年が明けて 1 月 25 日に 議会選挙が行われ、チプラス党首率いる Syriza が 149 議席を獲得、過半数まで僅か 2 議席という予想以上の躍進を遂げて第一党となった。2009 年以降 5 年連続のマイナス 成長にあるギリシャでは、2013 年の名目 GDP が 2008 年のピーク時に比べて約 25%縮 小している。また、2014 年 10 月の失業率は 25.8%、若年失業率(25 歳以下)は 50.6% と非常に高い水準にある。こうした状況下、固定資産税の廃止、低所得者向け支援、 最低賃金の引き上げ、公共投資の拡大、国有企業の民営化・売却計画の撤回等、財政 緊縮策の放棄を主張する Syriza に対して国民の期待が高まりつつあった。25 日の選 挙の結果、Syriza がサマラス前首相率いる中道右派・新民主主義党に対して得票率を 8.5%もの大差をつけて圧勝するに至った。第三党には、移民排斥を訴える極右政党「黄 金の夜明け」が、結党一年にも満たない親 EU、親ビジネス路線の中道左派政党、To Potami とともに 17 議席を獲得して並んだ。 第一党となったものの過半数に僅かに届かなかった Syriza のチプラス党首は、選 挙直後より 13 議席を獲得した右派政党「独立ギリシャ人」のカンメノス党首と連立 政権発足で合意し、早くも 27 日に両党によるチプラス政権が発足した。 「独立ギリシ ャ人」は緊縮政策を続けてきた新民主主義党より分離した政党であり、2014 年 12 月 の大統領候補の議会選出手続きでは Syriza と協力して一貫して反対し続けた経緯が ある。反緊縮以外は政策の一致が見られない両党ではあるが、今後、金融支援および 図表6 ギリシャ総選挙結果 政党 Syriza 新民主主義 黄金の夜明け To Potami ギリシャ共産党 全ギリシャ社会主義運動 独立ギリシャ人 その他 合計 2015年1月 2012年6月 得票率(%) 獲得議席 (前回) 左派 36.3 149 71 中道右派 27.8 76 129 極右 6.3 17 18 中道左派 6.1 17 左派 5.5 15 12 中道左派 4.9 13 33 右派 4.8 13 20 8.6 0 17 100.0 300 300 ポジション (出所)ギリシャ内務省 -5- ギリシャ政府の緊縮策を巡るトロイカ(欧州委員会、IMF、ECB)との厳しい交渉を控 え、チプラス党首は反緊縮で政権のスタンスを固めることを優先した格好だ。副首相 には Syriza に所属する経済学者で過去閣僚経験のあるドラガサキス氏が就任、財務 相には同じく Syriza から反緊縮を主張し続けてきた経済学者、バルファキス氏が就 任した。今後トロイカとの交渉を担当するこの 2 つのポストに反緊縮の論客を起用し たことで、チプラス新首相は強気の姿勢を鮮明に打ち出している。 こうしたギリシャの動きに対し、ユーロ圏財務相会合のダイセルブルーム議長は 1 月 26 日、ギリシャの債務減免は認められない旨、言明している。現行の金融支援プ ログラムは 2 月末をもって終了し、7-8 月には約 67 億ユーロの国債の満期償還を迎 える。ギリシャにおいて資金調達の必要性が強まる中で、主張の隔たりの大きいギリ シャ政府とトロイカとの間で金融支援および緊縮策をめぐる交渉が難航しており、不 透明感が拭えない状況が当面続こう。トロイカ側は債務減免のほか、ギリシャ新政府 が提案した債務交換案等について一切応じない姿勢を見せている。一方、ギリシャ側 は、緊縮策の継続を条件とする現行の金融支援プログラムの延長に反対しており、緊 縮見直しを前提とした新たな「つなぎプログラム」の策定を求めている。2 月 11 日お よび 16 日と続けて開催されたユーロ圏財務相会合ではこうした意見対立が解消され ず、ギリシャ支援協議は物別れに終わった。今後、現行のプログラムを延長するのか 等、金融支援プログラムの在り方について妥協点を両者間で模索できるのか、また緊 縮策について新政権がどこまで譲歩できるのか、交渉の行方が注目される。 (2)ギリシャ新政権発足による EU、各国への影響 Syriza 政権発足を受けてギリシャ国債金利が急騰し、ギリシャの銀行からの預金流 出(1 月約 110 億ユーロ)が進むなど、ギリシャのユーロ離脱懸念も再浮上する中で 先行き不透明感が広がっている。し (%) 45 かし、前回選挙で Syriza が政権獲得 40 の一歩手前まで躍進し、信用不安が 35 深刻化した 2012 年 5-6 月と現在の 30 図表7 ユーロ圏各国の10年物国債金利 ギリシャ ポルトガル イタリア スペイン アイルランド フランス ドイツ 25 状況とは大きく異なっている点に目 20 を向ける必要がある。第一に、ギリ 15 シャ国債の民間保有の割合は 20%未 10 5 (出所)Bloomberg -6- 2015年 2014年 2013年 2012年 二に、ESM(欧州安定メカニズム)な 0 2011年 満に限られるほど縮小したこと、第 どセーフティネットが整備されたこと、第三に、スペインなど他の周辺国で構造改革 が進展したこと、第四に、1 月 22 日に ECB が国債購入を含む本格的量的緩和措置に踏 み出したこと(3 月より実施)、第五に、過去に過激な発言を繰り返していたチプラス 党首の主張が現実路線にシフトしていること、が指摘できよう。チプラス党首は政権 掌握後もギリシャがユーロを維持することを明言しており、世論調査ではギリシャ国 民の 75%がユーロ残留を望んでいる。Syriza 政権の新閣僚による政治的譲歩に向けた 動きが期待されよう。ギリシャの 10 年物国債金利は 1 月末に一時 11%を超える一方、 イタリア、スペインの同国債金利は 1%台半ばの史上最低水準で推移するなど周辺国へ の危機の伝播は見られておらず、今のところはギリシャの問題として注視されている のが現状だ。 ただし、ギリシャ選挙において Syriza が圧勝し、同政権が発足したことで、EU 各 地における新興の反体制派政党を勢いづかせる結果につながっている点に注意する 必要がある。特に注目されるのが 2015 年 11-12 月に総選挙が予定されるスペインだ。 スペインは EU による金融支援プログラムにより、緊縮財政、金融システム改革、労 働市場改革等の着実な遂行が求められた。その結果、競争力が高まったことで輸出が 増加し、2014 年 10-12 月のスペイン実質 GDP 成長率が前期比年率 2.8%と 6 四半期連 続のプラス成長となるなど、改革効果が顕在化している。しかし、2014 年 12 月の失 業率は 23.7%、若年失業率(25 歳以下)は 51.4%と依然として高く、緊縮疲れにある 状況はギリシャと類似する。さらに、これまでの政治資金スキャンダルの影響からス ペイン二大政党である国民党、社会労働党の支持率が低下する一方、緊縮財政策の放 棄を主張する新政党 Podemos の支持率が急伸しており、最近の世論調査では 20-30% の間で推移するなど、二大政党と熾烈な争いを見せている。11-12 月に予定される議 会選挙では躍進が予想されており、Syriza に続いて政権を担えるかどうか注目される。 スペインではカタルーニャ独立運動という火種も抱え、政治リスクが高まっている。 当面、ギリシャ政府-トロイカ間の交渉の行方を注視する必要があるが、トロイカ が緊縮策の緩和を認め、債務減免といった譲歩をとれば、南欧諸国を中心とする他の 被支援国でもギリシャと同じく反緊縮を求める声が強まると予想されるため、トロイ カ側が大きく譲歩することは想定しにくい。また、中道左派の仏オランド政権、伊レ ンツィ政権にとって反緊縮の主張の広がりは、緊縮断行を掲げるドイツに対して包囲 網を広げられる点はメリットとなる。しかし、両政権ともに与党内左派の抵抗を抑え つつ構造改革の遂行等に取り組んでいることを踏まえると、反緊縮の動きの高まりは 彼らを勢いづかせ、政権基盤を不安定にするおそれがあることに注意する必要がある。 -7- 3.反移民感情の高まる欧州社会 (1)フランス連続テロの衝撃 1 月 7 日、フランス週刊誌「シャ ルリエブド」への銃撃事件に端を発 した一連のテロ事件は 9 日にかけて 合計 17 人の犠牲者を出し、EU 全体 の社会秩序を根底から揺さぶってい 図表8 密航による不法移民者数 2013年 中央地中海ルート (南イタリア経由) 東地中海ルート (ギリシャ、キプロス、イタリア経由) 合計 2014年 前年比 45,298 170,816 277.1% 23,299 50,561 117.0% 107,964 276,113 155.7% (出所)欧州委員会 る。フランスが空爆の標的としているシリアとイラクの情勢悪化が、国内各地に潜在 するイスラム過激派の活動を活発化させた上に、今後は特にイスラム国(IS)で戦闘 技術を習得した戦闘員の一部が EU へ帰国してテロに走ることが予想される。過激化・ 政治暴力研究国際センター(ICSR)によると、2014 年 11 月時点で IS などのイスラム 過激派と共に活動する外国人戦闘員は 1 万 5,000 人以上に上り、このうち少なくとも 4,000 人が欧州出身者である。その多くがイスラム教徒の移民の 2 世、3 世で、欧州 社会への同化政策の課題が明確になった。フランスでは 2013 年、EU 域外からの移民 (人口の 11.5%)の失業率が 21.3%(フランス人全体では 9.1%)を記録したが、EU 全 体でも移民の高い失業率は深刻な問題である。近年、中東の政治的激変やアフリカの 経済混乱で EU に押し寄せる難民や不法移民の流入はかつてない水準まで高まってお り、例えば 2014 年の密航による不法移民者の数は 27.6 万人と 2013 年 10.8 万人から 155.7%も増加している。移民の貧困層が生む社会格差問題は増大する一方であり、ま た EU 各加盟国の移民の中でも特にイスラム教徒は一般の市民社会とは別の「移民社 会」を構築しているため、融和と相互理解の促進が重要な課題となっている。しかし、 EU 各国では増大するイスラム教徒に対して脅威に感じる国民が増えつつある。特にフ ランスのイスラム教徒の人口は 470 万人(2010 年)と全人口の 7.5%に及ぶ。また、 欧州ソブリン債務危機を経て EU 各国で失業者 数が増加する中、フランスや北欧諸国等では移 民をスケープゴートとする極右政党の主張が受 け入れられやすくなっており、連続テロ事件後、 イスラム系住民への相互理解どころか社会的分 裂が一層進むようになったと見られている。フ ランスでは、反 EU・反移民を掲げる極右政党の 国民戦線(FN)が支持を拡大、2014 年 5 月の欧 州議会選では 24.9%の得票率となり史上初めて -8- 図表9 EU各国におけるイス ラム教徒人口 国名 イスラム教徒人口(2010年) 全人口に占める 人口(万人) 割合 フランス ドイツ 英国 イタリア スペイン ブルガリア オランダ ベルギー オーストリア スウェーデン ギリシャ (出所)ピュー・リサーチ・センター 470 410 290 160 100 100 90 60 50 50 50 7.5% 5.0% 4.6% 2.6% 2.3% 13.4% 5.5% 6.0% 5.7% 4.9% 4.7% 首位となった。ルペン FN 党首は、不法移民が職を奪い治安を悪くしていると主張す ることで国民の支持を集めており、連続テロ事件後、自らの主張の正当性を強調、発 言を強めている。また、フランスの主権がブリュッセル(EU)に奪われているため奪 還すべき、ユーロも離脱すべきとの主張に理解を示す国民は多い。今のところ可能性 は低くメインシナリオとしては見られていないが、仮に 2017 年の大統領選でルペン 党首が勝利した場合、これまで独仏枢軸により推進してきた欧州統合深化のプロセス は着実に後退することになるため、リスクとして注視する必要がある。なお、最大野 党で中道右派の国民運動連合(UMP)の代表となり、2017 年大統領選に立候補するこ とを表明しているサルコジ前大統領は、EU 域内の国境検問を廃止したシェンゲン協定 の撤回を求めるなど、極右政党支持者の取り込みを狙っている。 (2)その他 EU 各国で注目される反移民、反体制派政党の動向 ドイツでもフランスでの連続テロ事件以前から反イスラム運動が高まりを見せて おり、社会問題化している。ドレスデンなど東独地域を中心に、PEGIDA(西欧のイス ラム化に反対するヨーロッパ愛国者)という団体が 2014 年 10 月下旬よりデモを開始 し、1 月 5 日のデモでは 18,000 人が参加する大規模なデモとなった。ドイツはシリア やエリトリアなどからの難民が急増しており、2014 年 9 月までの一年間で難民申請者 数は 17 万人を超え、EU 最大の受け入れ国となっている。ドイツでのイスラム教徒の 人口も 410 万人(2010 年)と全人口の 5.0%を占める。移民による犯罪も顕著になっ ていることから、PEGIDA に賛同するドイツ人が増え、極右支持者などを巻き込み運動 が大規模化した。メルケル首相は国民に PEGIDA のデモに参加しないよう呼びかけて いる。1 月下旬には PEGIDA 代表の失脚もあり運動はやや沈静化しているが、反ユーロ を掲げて着実に支持基盤を広げている「ドイツのための選択肢(AfD)」が PEGIDA 運 動をどこまで取り込み、支持層の拡大を図ることができるのか、注目される。 ユーロ圏外では、5 月 7 日に総選挙を迎える英国の動向が注目される。2014 年 5 月 の欧州議会選では英国の EU 離脱・反移民を主張する英国独立党(UKIP)が 29%の得票 率となり、保守党(24%)、労働党(24%)を凌駕して首位となった。10、11 月に行わ れた 2 つの下院補欠選挙で議席を獲得するなど躍進が続いていたが、その後、勢いに やや陰りが見られており、最近の YouGov による世論調査(2 月 5 日)でも保守党の支 持率が 32%、労働党 33%、UKIP15%とこれまでと大きな変動は見られていない。小選挙 区制での選挙ということもあり、UKIP の獲得議席数は一桁に留まるとの予想も見られ ているが、UKIP の動向は各選挙区で保守党、労働党の獲得票数に大きく影響を及ぼす -9- と見られるため注目される。一方、スコットランド地域においてスコットランド民族 党(SNP)が労働党の議席を奪い、躍進すると予想されることから、総選挙後、単独 過半数を確保する政党が出ず、「ハングパーラメント」となる可能性が高い。保守党 または労働党による組閣が難航し、政治の混迷をもたらす可能性があるため注意する 必要がある。また、キャメロン首相は総選挙後の保守党政権の続投を条件に、EU と移 民規制や競争政策の改善等、加盟条件について再交渉後、2017 年末までに EU に残留 するか、離脱するかを問う国民投票を実施する方針を表明しているが、投票実施につ いては依然として不透明感が高い状況だ。なお、キャメロン首相は UKIP および保守 党右派からの圧力を受け、EU 域内からの移民数を制限する提案を行っており、「域内 移動の自由」という原則を掲げる EU からの反発を受けている。 北欧諸国では、スウェーデンで 2014 年 9 月に行われた議会選挙で反移民を主張す る極右政党・スウェーデン民主党が 12.9%の得票率を得て第三党に躍進した。10 月に はロヴェーン首相率いる中道左派少数与党内閣が発足したが、その後 12 月に 2015 年 予算案を巡る議会での採決で野党案が可決される異例の事態となったことを受けて、 発足 2 ヶ月余りでロヴェーン首相は辞意を表明、2015 年 3 月 22 日に議会選挙を実施 する意向を示した。選挙後もスウェーデン民主党が高いプレゼンスを維持し、政治混 迷が続くと見られていたが、2014 年 12 月末に政府と野党・中道右派グループとの間 で予算の合意が見られ、解散は回避された。しかし、今後もロヴェーン政権は不安定 な政治運営を余儀なくされよう。また、4 月 19 日に議会選挙を迎えるフィンランドで は、2011 年の前回選挙で第三党に躍進した反 EU で極右政党の真正フィン人党がどこ まで議席数を伸ばすか注目される。真正フィン人党は 2011 年、対ポルトガル金融支 援への反対等を理由に新政権不参加を表明したが、今後予定されるギリシャ追加支援 協議にも反対姿勢を貫こう。ギリシャ追加支援の実行には、ユーロ圏財務相会合にお ける全会一致での賛成に加え、フィンランドを含めた一部の国で議会での事前承認が 必要となる。4 月の選挙の結果は今後のギリシャ追加支援協議にも影響を与えると見 られ、注視する必要がある。また、デンマークでは 2 月 14 日にコペンハーゲン市内 で表現の自由に関する討論会の会場を狙った銃撃事件が発生、さらに翌日未明には同 市内のシナゴーグでも銃撃事件が起きるなど、フランス連続テロ事件の余波が続いて おり、緊張感が高まっている。 4.混迷に向かう欧州政治 これまでのリーマン・ショック、欧州ソブリン債務危機に際しては、EU 各首脳は各 -10- 国意見対立から意思決定のスピードに多少の問題はあったものの、危機解決および EU 統合深化に向けた「政治的意思」のもと、セーフティネットの設立、拡充など多くの 危機対応策が採られ、結果的には EU 統合深化の進展が見られた。しかし、現在、財 政を巡る議論、対ロシア政策など、EU 首脳間で温度差が目立ち始めている中、ギリシ ャでチプラス政権が発足し、その他反緊縮、反移民、反 EU を主張する政党が EU 各国 で台頭、各国政権与党もそれに振り回される状況が続いている。リーダーシップ不在 のもと、これまで EU 統合深化の原動力となってきた「政治的意思」が弱まり、それ に向けた機運が冷めつつある中、EU は一層混迷の時代に足を踏み入れたと言ってよい だろう。 Ⅱ.経済 1.デフレ懸念が強まるユーロ圏 (1)停滞するユーロ圏経済 EU や ECB による対応によりセーフティネットの枠組みが設立、さらに拡充されたこ とで、欧州ソブリン債務危機は沈静化し、ユーロ圏の実体経済も 2013 年半ばより回 復傾向にあった。しかし、厳しい雇用環境、脆弱な金融システムといった問題が未解 決のままであり、回復基調はもともと非常に弱いものであった。2014 年のユーロ圏は 予想以上に景気回復が遅れ、構造改革の遅れの目立つフランス、イタリアでは産業競 争力が低下し、経済低迷が顕著となっている。また、ユーロ圏各国の経済停滞、ウク ライナ問題を含む地政学リスクの高まりなどから、ユーロ圏経済の牽引役であるドイ ツ経済も 2014 年央には回復の勢いが鈍化した。ただし足元では原油安、ユーロ安に よる影響から景気の回復テンポの持ち直しが見られており、2014 年 10-12 月のユー ロ圏の実質 GDP 成長率は前期比年率 1.4%と 7-9 月同 0.6%から伸びが加速している。 (%) 10 図表10 ユーロ圏主要国の実質GDP成長率(前期比年率) 図表11 IMF経済見通し (前年比、%) 10月予測との差 予測値 5 2013年 2014年 0 ユーロ圏 ‐5 ドイツ ‐10 ユーロ圏 フランス スペイン ‐15 ドイツ イタリア 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2016年 -11- 2015年 -0.5 0.8 1.2 1.4 -0.2 -0.3 0.2 1.5 1.3 1.5 -0.2 -0.3 0.3 0.4 0.9 1.3 -0.1 -0.2 イタリ ア -1.9 -0.4 0.4 0.8 -0.5 -0.5 スペイン -1.2 1.4 2.0 1.8 0.3 0.0 1.7 2.6 2.7 2.4 0.0 -0.1 (出所)IMF‘World Economic Outlook’ January 2015 (出所)Eurostat 2014年 フランス 英国 ‐20 2015年 ドイツの実質 GDP 成長率が 10-12 月前期比年率 2.8%と回復が鮮明となる一方、フラ ンスが同 0.3%、イタリアが同-0.1%となるなど、依然として低迷している状況だ。IMF は 2015 年 1 月に世界経済見通しを発表し、今後緩やかな持ち直しを見込むものの、 ユーロ圏の経済成長率を 2015 年前年比 1.2%、2016 年同 1.4%と伸び悩みが続くと予想 している。 (2)物価低迷の背景 経済活動の停滞とともにユーロ圏のインフレ率が低下を続けており、ユーロ圏のデ フレ突入、日本化リスク(デフレおよび経済停滞長期化)への懸念が強まっている。 2015 年 1 月のユーロ圏の消費者物価上昇率は前年同月比-0.6%とマイナス幅が拡大 した。北海ブレント価格が 2014 年夏以降、5 ヶ月間で 50%も低下し、原油価格急落の 影響からエネルギー価格が前年同月比-8.9%と低下幅が拡大したことが、今回のマイ ナス幅拡大の主因となっている。原油を輸入に頼るユーロ圏にとって原油安自体は家 計購買力の向上、企業の生産コストの低減をもたらし、実体経済にはプラスの効果に 働く。欧州議会内政局が 2014 年 12 月にまとめたレポートによると、2015 年にかけて 原油価格が 2014 年 12 月時点の価格と同水準で推移した場合、2015 年の経済成長率を EU 加盟国のうち西欧で 0.4%pt、東欧で 0.8%pt 引き上げるとしている。しかし、足元 の原油安に起因する消費者物価上昇率の低下により中期の期待インフレ率も低下し ていることは無視できない。ドラギ ECB 総裁は 2014 年 8 月、金融市場における中期 的な期待インフレ率(5 年先 5 年物スワップ金利から計算した期待インフレ率) が 2014 年夏に ECB が物価目標とする 2.0%を割り込んだことに言及し、同経済指標が注目され たが、2015 年 1 月上旬には 1.5%を割り込む水準まで一段と低下した。 一方、エネルギー・生鮮食品を除いたコア物価上昇率についても 2014 年にかけて 緩やかな低下傾向を辿り、1 月は前年同月比 0.6%となっている。その要因として以下 に三点取り上げたい。 (出所)Eurostat、ECB -12- (出所)Bloomberg 2月 12月 11月 10月 9月 2015年1月 2015年 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 ‐1 8月 0 7月 1 5月 2 4月 3 (5年先5年物インフレスワップ金利) 2.3 2.2 2.1 2.0 1.9 1.8 1.7 1.6 1.5 1.4 3月 4 ECB「物価安定 の定義」2% 2月 消費者物価指数(前年同月比) ECB主要政策金利 図表13 ユーロ圏期待インフレ率 (%) 6月 図表12 ユーロ圏消費者物価指数とECB主要政策金利 2014年1月 (%) 5 第一に、南欧諸国など周辺国における緊縮財政の実施および賃下げによる調整が挙 げられる。ユーロ圏全体として低下傾向にある消費者物価上昇率は各国で動向が区々 となっており、欧州ソブリン債務危機により EU 等による救済に追い込まれた周辺国 では、特に物価低迷が鮮明となっている。12 月の消費者物価上昇率はギリシャが前年 同月比-2.5%、スペインが同-1.1%となった。これらの国々では、EU による金融支援 プログラムにより、緊縮財政、労働市場改革等の着実な遂行が求められ、コストが大 幅に低下した。ただし、こうした国内賃金の引き下げによる物価下落は、通貨切り下 げという手段を持たないユーロ圏周辺国にとって必要な調整と見なされており、一時 的に物価下押し圧力が強まる状況となっている。 第二に、より構造的な要因として、景気低迷の長期化による需要不足が挙げられる。 現在のユーロ圏の実質 GDP は依然として 2008 年の水準に戻していない状況であり、 特に 2014 年、三年連続のマイナス成長となったイタリアでは実質 GDP の水準が 2008 年から大きく切り下がっている。構造改革の進展により産業競争力が高まり、成長率 が持ち直しつつある周辺国に比べ、改革の遅れの目立つフランス、イタリアでは労働 コストの上昇が続いており、経済の長期停滞が懸念されている。ユーロ圏内で経済規 模の大きい両国で持続的経済成長を実現していくためには、一時的に物価下押し圧力 が強まるものの、労働市場改革等の構造改革を着実に遂行し、産業競争力を高めてい く必要がある。一方、改革が進まない場合、両国経済の長期停滞をもたらし、デフレ リスクを高めることにつながる。 第三に、ユーロ圏における銀行の貸出低下、金融仲介機能の低下による影響も無視 できない。日本がデフレに陥った要因の一つとして、1997 年以降の金融システム不 安・信用収縮の影響についても多く指摘されてきたところである。翻ってユーロ圏で は、2008 年以降、リーマン・ショック、欧州ソブリン債務危機を経て、ユーロ圏の金 融機関は厳しい経営環境に直面し、アイルランド、スペイン等では金融システム不安 120 (2005年=100) ユーロ圏 フランス スペイン 115 ドイツ イタリア ギリシャ 110 110 105 105 100 100 95 90 85 (出所)Eurostat -13- 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年 (出所)Eurostat 2008年 80 85 2007年 90 フランス スペイン ギリシャ 2006年 ドイツ イタリア ポルトガル アイルランド 95 2005年 115 図表15 ユーロ圏各国の実質GDP(2005年=100) (%) 図表14 ユーロ圏各国の単位労働コスト(名目値) 120 にもつながった。ECB は 2014 年、直接監督下に置くユーロ圏内の主要銀行 130 行に対 して資産内容を精査の上、ストレステストを実施した。10 月に公表されたテスト結果 によると、欧州ソブリン債務危機の後遺症に苦しむイタリアの 9 行等、合計 25 行が 不合格となり、南欧の銀行が依然として厳しい状況にあることが浮き彫りとなった。 ユーロ圏の非金融機関向けの銀行貸出は前年比マイナスが続いており、ユーロ圏金融 機関は上記ストレステストを前に自己資本の積み増しが求められたことも貸出抑制 につながったと見られている。特に銀行からの借り入れに依存している中小企業向け 融資促進が課題となっているが、スペインやイタリアにおける中小企業向け貸出金利 は依然として高く、各国の金融市場の「分断化」が解決されないまま残されている。 (%) 図表17 中小企業向け貸出金利の推移 4 5 0 12月 3 ‐1.6 ‐5 1 ‐10 0 2009年 ドイツ イタリア ユーロ圏平均 2008年 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年 2004年 2003年 2002年 2001年 2000年 1999年 2 フランス スペイン 2014年 5 10 2013年 6 15 2011年 20 2012年 7 2010年 図表16 ユーロ圏の民間非金融機関向け銀行貸出 (前年同月比) (%) (出所)ECB (注)100万ユーロ以下、1年以下の貸出金利 (出所)ECB 2.デフレ回避に向けた政策対応 (1)量的緩和に踏み出した ECB 金融政策 このようにユーロ圏経済は消費者物価上昇率の低迷が続くと予想されている。しか し、ECB による金融政策等が銀行の貸出増といった効果につながれば、コア物価上昇 率のマイナスが続くようなデフレへの突入は回避され、ユーロ圏経済の「日本化」の 可能性は低いというのが、ECB ならびに金融市場におけるメインシナリオとなってい る。デフレ回避に向けて特に期待されているのは ECB による金融緩和政策だ。 しており、 主要政策金利を 0.15%に引き 2.5 下げるとともに預金金利をゼロ%から 1.5 1.0 (出所)ECB -14- 2015年 2014年 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 2008年 2007年 2006年 2005年 0.0 2004年 0.5 2003年 矢継ぎ早に追加の金融緩和策を決定し 2.0 2002年 利を導入した。さらに ECB は秋以降、 2012年初の水準: 2.7~3.0兆ユーロ 2001年 -0.10%に引き下げ、初めてマイナス金 図表18 ECB+ユーロ圏中銀の資産規模 3.0 2000年 2014 年 6 月、ECB は金融緩和策を強化 (兆ユーロ) 3.5 1999年 ユーロ圏の景気悪化が目立ち始めた ており、9 月には主要政策金利を 0.05%に、預金金利を-0.20%にそれぞれ引き下げた。 また、10 月にカバードボンド(金融機関が保有する住宅ローンなどの債権を担保とし て発行する債券)の買入を、11 月には ABS(資産担保証券)の買入を開始、9 月と 12 月には条件付き長期流動性供給オペ(TLTRO、非金融民間部門への融資を増やした銀 行に対して低利の長期資金を供給)を実施するなど、一層の金融緩和政策に踏み込ん でいる。さらに、2014 年 12 月の ECB 政策決定理事会では ECB のバランスシートの規 模を最大 1 兆ユーロ拡大する方針を決定し、2015 年初めにこれまでの金融緩和策を再 評価するとした。 そして、1 月 22 日の ECB 政策決定理事会において、国債購入を含む量的金融緩和政 策の導入を決定した。3 月より、ECB 指揮下で各国中銀がユーロ圏各国の国債のほか、 EU 関連の国際機関発行の債券、既に買い入れを進めている ABS(資産担保証券)等、 月額 600 億ユーロの資産を買い取り、2016 年 9 月まで継続、中期的な物価目標 2%が 達成できない場合は延長もされうるとした。来年 9 月までの買い入れ規模が 1 兆ユー ロを上回ることになり、金融市場の事前予想を上回ったことから、政策発表直後、ユ ーロは対ドルで 11 年ぶりの水準まで下落、イタリア、スペイン国債の 10 年物利回り は 10bp 以上低下して過去最低を更新するなど、ひとまずは金融市場から好評価を得 られた。 理事会後の記者会見でドラギ ECB 総裁は、今回の決定に至った理由を二つ挙げてい る。一つは、インフレ率が想定していたよりも低い状態が続いている点。ドラギ総裁 は記者会見で、低下傾向にある期待インフレ率に言及するとともに、インフレ期待の 低下による二次的効果、つまり賃金等への下押し圧力を警戒している旨、述べている。 もう一つは、2014 年 6 月から 9 月までに決定された金融緩和策が ECB のバランスシー ト拡大という「量的な結果」を裏付けるものにならなかったという点を指摘している。 また、ドラギ総裁は記者会見で、理事会メンバーのうち多数が即時の量的金融緩和 政策を支持したと述べた。一方、独連銀のワイトマン総裁など一部のメンバーは反対 に回ったとされる。これらの反対意見 (ユーロ/ドル) 図表19 ユーロ/ドル為替相場 1.50 1.25 1.20 1.15 1.10 の資本金への拠出比率に基づくこと (出所)ECB -15- 2015年 た。また、各国の国債購入の割合は ECB 1.30 2014年 有しない(各国中銀が負担)こととし 1.35 2013年 券買い入れなど 20%に限定し、80%は共 1.40 2012年 た場合、リスクの共有は欧州機関の債 1.45 2011年 に配慮し、今回の施策で損失が発生し とされ、ドイツが 26%、フランス 20%、イタリア 17%、スペイン 13%となる。 今回の発表により、ECB は一段の国債金利の低下、ユーロ安に導くことにまずは成 功し、中期的な期待インフレ率も理事会直後の 1 月 22 日に 1.7%台まで回復した。し かし、エネルギー価格の低迷が続き、消費者物価上昇率が当面マイナスで推移すると 予想される中、今後インフレ期待が再び低下傾向を辿る可能性は高く、実際 1 月末に は 1.5%台に低下している。また、間接金融が中心のユーロ圏において、特に南欧にお ける銀行貸出が増加するかどうかが重要となるが、金利低下による銀行の調達コスト の軽減→貸出増加という経路を通じた緩和効果については疑問視する見方もあり、注 視する必要がある。 なお、ECB が量的金融緩和政策の導入を決める直前の 1 月 15 日、スイス国立銀行は 1 ユーロ=1.2 スイス・フランを上限とする無制限介入策の即時中止を突然決定した。 欧州ソブリン債務危機が深刻化した 2011 年 9 月、スイス国立銀行はスイス・フラン の上昇を抑えるために本措置を導入し、為替市場で無制限にスイス・フラン売り、ユ ーロ買いを行うことでフラン高を防いできた。しかし、足元で ECB による量的緩和観 測が高まり、金融市場でユーロ売り、スイス・フラン買いの圧力が強まったことから、 スイス国立銀行が保有するユーロ建資産の損失リスクが無視できないほどに拡大し たことが、異例の政策の継続を断念した背景と見られている。この発表の直後、外国 為替市場ではスイス・フランは対ユー (ユーロ/スイス・フラン) ロで 40%近く急騰、その後 2 月上旬に 1.35 図表20 ユーロ/スイス・フラン為替相場 1.30 かけて 1 ユーロ=1.05 スイス・フラン 1.25 前後の水準で推移している。こうした 1.20 中銀による突然の金融政策の変更に伴 1.10 1.15 1.05 う相場の急激な変動により、外国為替 1.00 2015年 2014年 2013年 2011年 アルパリの経営が破綻するなど、金融 2012年 0.95 証拠金取引業者が打撃を受け、英大手 (出所)ECB 市場に大きな混乱を招いた。 (2)その他財政政策、成長投資、構造改革 今回の ECB による発表により、南欧における貸出が増加するかどうか、効果を見極 める必要があるが、金融政策という援護射撃は当面出尽くした感がある。メルケル独 首相は、ダボス会議に参加中、今回の ECB による政策決定後、早速「量的緩和の決定 後も欧州各国政府は構造改革の手綱を緩めることがあってはならない」と牽制してい -16- る。欧州委員会は EU 加盟各国に対し、競争力強化に向けた構造改革の遂行を強く求 めており、今後、フランス、イタリアなど構造改革の進展が焦点となり、圧力がかか ることになろう。過去、EU による金融支援に追い込まれたスペインは 2012 年より労 働市場改革を断行、解雇コストが削減され、労働市場が柔軟になるとともに、産業毎 ではなく企業毎の賃金交渉が可能となったことで賃金が低下した。こうして輸出競争 力が高まったことで輸出増加が見られ、改革効果が顕在化した。IMF は 2015 年 1 月、 スペインの経済見通しを 2015 年前年比 2.0%、2016 年同 1.8%と 2014 年 10 月時点の見 通しから上方修正している。景気回復の見られるスペインと比べ、構造改革への取り 組みに遅れが目立つフランス、イタリアが労働市場改革といった構造改革を着実に進 展できるか注目される。 財政政策ではフランス、イタリアが EU 財政目標の柔軟化を主張するも、財政目標 の堅持を主張するドイツは欧州委員会とともに、仏伊両国に対して財政健全化を強く 求める状況が続こう。欧州委員会は 2014 年 11 月、フランス、イタリア、ベルギーの 3 ヶ国の 2015 年予算案が EU の財政規律に抵触しているかどうか、2015 年 3 月に判断 することを決め、3 ヶ国に財政再建への取り組みを求めた。一方、フランス、イタリ アのほか、米国・IMF 等がドイツに対して歳出拡大を求める圧力を強めるも、ドイツ では連立与党が合意し公約とする「ブラック・ゼロ」 (財政黒字化あるいは財政均衡) 達成に向けた決意は非常に固い。独財務省は 2015 年 1 月、2014 年に財政均衡を予定 より 1 年前倒しで達成したと発表した。2015 年もドイツが緊縮財政路線を放棄するこ とは考えにくく、ユーロ圏において歳出拡大による景気下支えは期待薄といえる。 また、ユンケル欧州委員会委員長は就任直後の 2014 年 11 月、経済活性化・雇用創 出に向けて今後 3 年間で総額 3,150 億ユーロの官民投資策を発表、欧州委員会は 2015 年 1 月 13 日に法案を提示した。EU 財務相理事会は 1 月 27 日の会合で、この法案を 3 図表21 欧州戦略投資基金(EFSI) EU 信用保証 160億 ユーロ 長期投資向け 160億ユーロ 2,400億ユーロ 欧州戦略 投資基金 (EFSI) 3,150億ユーロ 210億ユーロ 中小企業向け 欧州投資銀行 50億ユーロ 2015‐2017年 合計 15倍 50億 ユーロ (出所)欧州委員会「An Investment Plan for Europe」より三井物産戦略研究所作成 -17- 750億ユーロ 月までに合意させ、早ければ 2015 年央の投資実行を目指すことを確認した。欧州委 員会の試算によると、本計画により通信、エネルギーネットワーク、輸送インフラ、 教育、R&D への投資を増やすことで、今後 3 年間で EU の名目 GDP が 3,300~4,100 億 ユーロ押し上げられるとともに、最大で 130 万の新規雇用が創出される可能性がある としている。もっとも EU 予算と欧州投資銀行等が用意する金額は 210 億ユーロに過 ぎず、実効性について疑問視されている。 3.その他 EU 主要国の経済情勢 (1)拡大基調を維持する英国経済 2014 年 10-12 月の英国の実質 GDP 成長率は前期比年率 2.0%と若干減速したものの、 8 四半期連続のプラス成長となった。2014 年通年では前年比 2.6%の成長となる。好調 な個人消費が英国経済を牽引している構図に変わりはない。9-11 月の失業率は 5.8% と低下が続いており、原油価格の急落の影響から 12 月の消費者物価上昇率は前年同 月比 0.5%まで低下するなど、家計を取り巻く環境は引き続き良好だ。また、インフレ 鈍化の影響から 9 月以降、名目賃金上昇率が消費者物価上昇率を上回り、実質賃金が 僅かながらもプラスに転じている。ただし、過熱感の見られた住宅市場では住宅ロー ン承認件数が 2014 年にかけて減少傾向を辿っている。また 2014 年 10-12 月の住宅 価格は前年同期比 8.3%と、4-6 月同 11.5%、7-9 月同 10.5%から伸びが鈍化しつつあ り、住宅部門に減速傾向が見られている状況だ。IMF は 2015 年 1 月、英国経済の見通 しを 2015 年前年比 2.7%、2016 年同 2.4%と予想しており、10 月時点の見通しからほ とんど変えていない。低成長が続くユーロ圏と比べ、景気の拡大基調を維持している。 こうした環境下、金融市場は BOE(英国中央銀行)がどのタイミングで利上げをす るのか注視している。2014 年夏頃、金融市場では 2015 年初めの利上げを予想する見 方が多かったが、その後の世界的な成長鈍化懸念、地政学リスクの高まり、そして足 (%) 15 10 図表22 英国実質GDP成長率(前期比年率) 固定資本形成 政府消費 純輸出 図表23 英国消費者物価指数とBOE政策金利 (%) 民間消費 在庫投資等 実質GDP成長率 消費者物価指数(前年同月比) BOE政策金利 6 5 5 4 ターゲット上限(3%) (出所)Eurostat (出所)国家統計局、BOE -18- 2015年 2014年 ターゲット下限(1%) 2013年 2012年 2011年 2010年 2009年 インフレターゲット(2%) 2008年 2014年 2013年 0 2012年 -15 2011年 1 2010年 -10 2009年 2 2008年 -5 2007年 3 2006年 0 元では原油価格の急落によるインフレ鈍化が重なったことから、利上げ時期を 2015 年末以降とする見方が増えている。 (2)存在感を高めるポーランド 2004 年 EU 加盟後、 過去 10 年間でポーランドの名目 GDP はほぼ倍増し(2003 年 1,916 億ユーロ→2013 年 3,897 億ユーロ) 、リーマン・ショック後、欧州ソブリン債務危機 を経て、ポーランドは EU 諸国の中で唯一、プラス成長(通年)を維持した国となっ ている。ポーランドの 2014 年の経済成長率は前年比 3.3%(2013 年同 1.7%)と景気の 停滞色が強まるユーロ圏に比べてポーランド経済の好調ぶりが鮮明となっている。雇 用・所得環境の改善が顕著となっており、低インフレにより実質賃金が上昇している ことも民間消費の拡大に寄与している。また中銀による利下げが民間投資を刺激して おり、好調な内需がポーランド経済を牽引している。さらに、2014-20 年の EU 構造 基金(地域間格差是正のための EU から加盟国への補助金)のポーランドへの補助金 予算は 825 億ユーロと EU 最大となっており、インフラ整備、技術革新、R&D、環境対 応といった投資の拡大も経済成長に寄与しよう。 ポーランドの輸出先(2013 年)の半分以上がユーロ圏向けであり、そのうち半分が ユーロ圏経済を牽引するドイツ向けとなっている。ウクライナ危機によりロシア向け 輸出は 2014 年 1-11 月前年同期比 12.0%減少したが、ポーランド全体の輸出のうち、 ロシア向け輸出の割合は 5.3%(2013 年)に過ぎない。一方、ドイツ向け輸出(2014 年 1-11 月)は前年同期比 11.9%増加し、ポーランド全体で輸出は同 6.3%増加した。 欧州委員会は 2015 年 2 月に経済見通しを発表、ポーランドの 2015 年経済成長率を前 年比 3.2%、2016 年同 3.4%と予想している。堅調な個人消費が成長に寄与し、ウクラ イナ危機の影響から輸出、投資が減速するも、一時的な動きとの見方を示している。 ただし、ロシア政府による EU 産農産物等への 1 年間の禁輸措置により、ロシアに 4 ロシア 3 25.6 アジア大洋州 北米 その他 インフレターゲット(2.5%) 1 0 ‐1 ‐2 (出所)ポーランド中央統計局 (出所)ポーランド中央統計局、ポーランド中銀 -19- 2015年 24.0 2 2014年 ウクライナ 5.3 2013年 25.0 2.8 5 EU非ユーロ圏 2012年 13.7 政策金利 6 2011年 3.4 ドイツ除くユーロ圏 2008年 3.0 消費者物価指数(前年同月比) 7 2010年 ドイツ 図表25 ポーランド消費者物価指数と中銀政策金利 (%) 2009年 図表24 ポーランド輸出相手国シェア (2013年、%) よる禁輸対象となる農産物への打撃は大きくなっている。リンゴといったこれらの農 産物は輸出先を失ったことで価格下落が見られており、デフレ懸念を強める事態とな っている点に注意する必要がある。2014 年 12 月のポーランドの消費者物価上昇率は -1.0%と 6 ヶ月連続のマイナスで推移している。 また、もう一つの懸念材料は、前述のスイス国立銀行の為替政策変更の余波だ。ポ ーランドのほかハンガリー、ルーマニアといった東欧諸国では、リーマン・ショック 以前、自国通貨高、国内金利高が続く中、家計が金利負担の軽減のためにユーロやス イス・フランを中心とした外貨建住宅ローンでの借入を増やし、外貨建債務が増大し た。リーマン・ショック後、通貨急落によって自国通貨建でみた債務が膨張するとと もに住宅価格も低下し、不良債権の急増を招く結果となった。ハンガリーでは 2014 年 11 月、多くの外貨建て住宅ローンをフォリント建てに変更する措置が採られてお り、家計向けのスイス・フラン建てローン残高は 20 億ドル程度にまで減少している。 一方、ポーランドにおける同ローン残高は 2014 年 11 月時点で 350 億ドル(名目 GDP 比 6.8%)にも及んでおり、家計を圧迫する要因となるほか、不良債権の増加を通じて 金融面での不安定性が高まるおそれがあるため、注視する必要があろう。 Ⅲ.外交・通商 1.厳しい局面が続く対ロシア関係 (1)ミンスク停戦合意が成立 2 月 11 日、ベラルーシの首都ミンスクでメルケル独首相、オランド仏大統領、プー チン露大統領、ポロシェンコ・ウクライナ大統領の 4 首脳が会談し、16 時間にも及ぶ 厳しい交渉の末、2 月 15 日よりウクライナ東部での停戦合意が成立した。過去、2014 年 9 月、同じくミンスクで、OSCE とロシアの仲介によりウクライナ政府と親露派の間 で停戦協定が結ばれたものの、このミンスク合意は形骸化していたところだった。特 に 2015 年に入り、ウクライナにおいて政府軍と親ロシア派武装勢力の戦闘が激化し、 EU・ロシア間の緊張が一段と高まっていた。1 月 24 日、ドネツク州マリウポリ市で市 民居住区が砲撃され、欧州安全保障協力機構(OSCE)特別監視団の報告によると少な くとも 20 人が死亡した。これを受けて 26 日、ウクライナのヤツェニューク首相は、 親ロシア派武装勢力が統治下に置く東部ドネツク州とルハンスク州の一部で「非常事 態」を宣言した。その後、2 月にかけてドネツク、デバリツェヴェを中心に、政府軍 と親ロシア派武装勢力との間で激しい戦闘が続き、2014 年 4 月に東部で戦闘が始まっ -20- て以降、住民を含む死亡者の数は 5,300 人を突破するなど、住民の死傷者が増え続け る事態となっていた。2 月 11 日の再度の停戦合意により最悪の事態は免れた格好とな っており、実際にこれを履行できるかどうかが今後の焦点となる。停戦合意後もデバ リツェヴェ周辺では親ロシア派武装勢力による攻撃が続けられていると報じられて おり、予断を許さない状況が継続している。 (2)EU 各国で割れる対ロシア・スタンス ウクライナ東部の紛争が激化したことを受けて、1 月下旬には EU 議長国であるラト ビアが EU 外相理事会の緊急開催を要請した。1 月 29 日、同理事会が開催され、声明 ではウクライナ東部での紛争激化についてのロシアの責任を強調し、2014 年 3 月に発 動された対ロシア制裁(査証制限・資産凍結)を 2015 年 9 月まで半年延長すること を決定した。ウクライナ東部の状況次第では、EU はさらなる制裁の準備作業を開始す るとし、2 月 16 日、ロシア国防次官 2 名を含む個人 19 人と 9 つの団体(親露派の武 装組織)を査証制限・資産凍結の対象とするリストに追加し、制裁を強化した。 ただし、今後の対ロシア制裁について EU 各国間で温度差が目立っている。対ロシ ア政策の戦略的な見直しを目指していたモゲリーニ外交安全保障上級代表は 1 月 14 日、EU 加盟国の各外相に「イシューペーパー」を配布し、ロシアが停戦合意を遵守す れば制裁措置の緩和を検討する可能性があると示唆した。また、ユーラシア経済同盟 との協力やロシアとの間でのビザなし渡航、イラン、イラク、シリア、リビアの諸問 題に関する協議の再開も望むとした。しかし、このペーパーに対し、英国、ポーラン ド、バルト 3 国はウクライナ東部情勢が悪化している状況下で EU の対ロシア政策は 変更する余地がないとして強く反発した。一方、経済制裁によってプーチン露大統領 の戦略は変えられないとの認識もあり、フランス、イタリア、オーストリア、ハンガ リー、スロバキア、そして新政権となったギリシャでは制裁緩和の可能性を探るべき との意見が多い。フランスでは、エネルギー、自動車、食品、高級ブランド産業のう ちロシア事業が大きな比重を占める主力企業が多く、経営にも悪影響を及ぼしている。 例えば食品大手ダノンは 2013 年総売上高(220 億ユーロ)のうち 11%はロシアでの売 上だ。また、自動車大手ルノーはロシア大手アフトワズの経営権を取得したことで、 ロシアはフランスとブラジルに次ぐ第 3 の市場となっている。ドイツでも自動車、機 械産業などロシア市場を有望視する企業が多いことから、独産業界は制裁継続に強い 危機感を抱いている。しかし、EU の盟主として中心的役割を担うドイツ政府はロシア に対して強い態度で臨んでいる状況だ。 -21- 次の焦点は現行のロシア企業に対する分野別制裁(金融取引の制限、軍事品や軍 事・民生の両用品、エネルギー分野における技術援助の制限等)の延長の是非となろ う。EU は 2014 年 7 月に起きたマレーシア航空機のウクライナ東部上空での撃墜を契 機に、8 月 1 日に発動した同制裁の実施期限は 2015 年 7 月 31 日までとなっており、 制裁の緩和や解除ないしは制裁延長や追加制裁の導入には EU 加盟国の全会一致での 決定が必要となる。2 月 3 日、ハンガリーを訪問したメルケル独首相は、オルバン・ ハンガリー首相との共同記者会見の際、対ロシア制裁に関して EU が一体となって強 硬姿勢で臨んでいることを強調、現行制裁の継続への支持を改めて表明している。EU 各国間で意見の相違は見られるものの、ウクライナ東部において停戦合意が履行され なければ、対ロシア制裁は強化の方向に向かうことになろう。同制裁の延長是非が決 定されると見られる 6 月頃に向けて、ウクライナ東部の安定化が図れるかどうか、事 態の行方が注目される。 (3)サウスストリーム計画の中止による影響 プーチン露大統領は 2014 年 12 月 1 日、ロシア産天然ガスを黒海経由で中・南欧へ 運ぶ「サウスストリーム」パイプライン計画を中止すると突然発表した。2006 年、ロ シア産ガスの欧州向け輸送をめぐり主要中継国であるウクライナ(2013 年の通過量 840 億㎥)との紛争が起こり、ロシアは 2007 年以降、同国を迂回するサウスストリー ム計画(2018 年頃からフル稼働で年間輸送量 630 億㎥を目標)を推進してきた。当初、 EU、ロシアともにサウスストリームの戦略的重要性を認識し、ここ数年、EU はロシア 産ガスへの高い依存度を低下させる必要性を自覚してはいたものの、サウスストリー ム構築を支持し続けてきた。その理由として次の 3 点が挙げられる。①サウスストリ ームの競合相手は、天然ガスをカスピ海周辺諸国からトルコ経由で欧州へ送る TANAP・TAP パイプライン構想(2018 年の稼働開始時の輸送能力は年間 160 億㎥、2026 年には 600 億㎥の計画)であるが、供給候補国のアゼルバイジャン、トルクメニスタ ン、イランからの安定調達の面で不安が多い。②ブルガリア、ハンガリー、スロベニ ア、イタリア、オーストリアの主要輸送対象諸国が同構想の実現を強く求めていた。 ③ドイツのエネルギー取引大手 E.ON Global Commodities やシーメンス、ウィンター シャル、ザルツギッターなどが、サウスストリームの建設を重点事業として続けてき た。しかし近年、欧州の構造的な景気低迷やガス価格の低下を背景にサウスストリー ムの経済性への懸念がロシア側で強まってきた。また、ウクライナをめぐる地政学的 緊張の中でロシアからの資本流出も多く、資金調達難はサウスストリームの建設コス -22- トを高騰させるとの指摘も出ていた。さらに、悪化するウクライナ情勢をめぐって EU が対ロシア制裁を拡大してきたこと、ガスプロムによるパイプラインなどインフラの 独占使用を禁止する方針を固めたことも、中止決定の重要な引き金になったと見られ ている。 プーチン大統領は、サウスストリームの代わりにロシアとトルコを連結する既存の 「ブルーストリーム」パイプラインを増強し、最終段階ではサウスストリームと同じ 年間輸送量をトルコの地中海沿岸まで運ぶ(そこでの LNG 生産基地の建設は 2011 年 以来検討中)と発表した。今回のブルーストリーム増強計画への変更による EU への 影響として次の 4 点が考えられる。まず、サウスストリーム構築により中・南欧には 建設投資及び通過料収入に期待が強かっただけに、EU の対ロシア制裁をめぐって EU 内の亀裂が広がる可能性が高まろう。第二に、ロシア産天然ガスをトルコから中・南 欧へ運ぶインフラの建設コストを EU は独自で負担しなければならず、その捻出は相 当難しくなることが予想される。第三に、少なくとも中期的にウクライナ経由でのガ ス調達への依存が続くため、安定確保の不安も改善されないだろう。最後に、トルコ 図表 26 欧州‐ロシア間のガスパイプライン網 -23- の EU への地政学的影響力が拡大するとともに、同国のロシアへの接近は EU のトルコ への影響力の後退につながるだろう。 2.FTA 交渉の現状 2013 年 7 月に開始された EU・米間の環大西洋貿易投資パートナーシップ(TTIP) をめぐる交渉は引き続き難航している状況だ。特に投資・サービスに関する投資家保 護の仕組みが大きな対立点となっている。交渉では米国政府が投資家対国家紛争解決 (ISDS)条項を盛り込むよう主張している。しかし、同条項の採用により、米国企業 が国際仲裁機関への訴訟を通じて EU の経済、環境、労働などの規制を覆そうと試み ることで、EU の国民の生活に影響が出るのではないかとドイツやフランス、イタリア、 EU 市民団体などが懸念し、強く反発している。EU・米国間での規制調和・協力の難し さが顕在化する中、交渉妥結まで今後数年かかるとの見方が多い。なお、交渉内容が 不透明だとする批判も高まったことから、欧州委員会は 1 月 7 日、TTIP の交渉に関す る EU 側の提案文書などを公表した。それによると、EU 側は TTIP の最終的なテキスト を市場アクセス、規制協力、ルールの 3 つのパート、合計 24 章で構成することを明 らかにしている。 TTIP 交渉が難航を見せる中、EU 側は日・EU 経済連携協定(EPA)交渉について前向 きな姿勢を強めている。2014 年 11 月、安倍首相とユンケル欧州委員長との首脳会談 では、2015 年中の大筋合意を目指し、交渉を加速することで認識の一致が見られた。 2014 年 10 月、 焦点の一つであった鉄道分野において、EU が JR3 社を世界貿易機関(WTO) の政府調達協定の対象から外すことを正式決定したことは交渉の弾みとなっており、 12 月には第 2 回日・EU 鉄道産業間対話が開催された。このように、規制・制度の整 合性、透明性の確保、規格・基準の調和・相互承認等の日・EU 規制協力の在り方につ いて、日・EU 当局のみならず産業界同士の対話もそれぞれ進捗が見られており、交渉 の加速が期待されている。ただし、今後 EPA の交渉が妥結されても、EU では欧州議会 の承認および各加盟国の批准が発効条件となっており、実現までの道のりは依然とし て長い。 以上 -24-
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