震災復興に逆行する農協改革

談話 室
震災復興に逆行する農協改革
原発事故で日本全国が混乱のさなかにあった2011年を思い出してみてほしい。
同年 4 月の段階で,JA福島中央会は,福島県内の単協,農家,行政に呼びかけ損
害賠償の窓口をかって出た。その応援,サポートを徹底的に行ったのが他でもな
い全国農業協同組合中央会であった。
このような時期に,TPP参加問題に続いて規制改革会議「農業・農協改革」問
題である。地域の,草の根の取り組みの足をまた引っ張るのかという感が否めな
い。この改革案には日本の総合農協の展開・歴史的意義や地域に果たす役割な
ど,現状分析が決定的に欠けている。今回の指針は,農協戦犯論などにみられる
マスコミや一部の新書レベルの言説を鵜呑みにし,現実の農業委員会や農協組織
が果たしている機能を無視する形で,結論ありきの「結論」を導き出しており,
農協と農村,農業,農家,地域経済・社会との関係を完全に無視している。
原発事故直後,真っ先に逃げ出したのは域外の民間企業であった。しかし,属
地主義,網羅主義を前提とする農協,漁協,生協,森林組合は,地域にとどまり,
いや地域の最前線に立ち,原子力災害に真っ向から立ち向かった。産業の論理か
らすれば,原発事故にあった福島のような条件の悪い地域で生産活動や営業を行
うことは,利益を消失することに繋がる。営利企業にとって,他にも立地選択は
可能であり,福島にとどまる理由はない。しかし,地域の住民や地域に密着した
企業(地場産業),埋め込まれた企業(地域産業)は違う。その典型は地域住民や農林
漁業者を組合員とする協同組合組織である。協同組合は組合員のニーズを満たす
ために様々な事業を実施する。農地の測定や子供保養など原子力災害への対応は
まさしく地域の組合員の要望に応えるべく協同組合陣営が起こした事業であった。
とにかく利益を追求する産業の論理とは異なり地域の論理を前提に活動を行う協
同組合やNPOなど非営利セクターこそ災害時に必要な組織形態である。にもか
かわらず,現政権の政策は現状,現実を全く理解していないと言わざるを得ない。
福島県では原発事故後の2013年 6 月に,県内17JAの組合長,中央会,農林中
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金,全農,共済連,厚生連の代表とともにチェルノブイリ事故後の農業対策につ
いてウクライナ・ベラルーシ調査を行った。ベラルーシでは農地すべてに対し
て,セシウム以外の核種も含めて放射性物質の含有量を計っている。その上で汚
染度に応じて農地を 7 段階に区分し,食品の基準値を超えないよう農地ごとに栽
培可能な品目を定めている。それを農地 1 枚ごとに国が認証するというシステム
を構築していた。生産段階での安全性の認証を一番望んでいるのは農家である。
生産してから出荷停止になるのでは営農意欲が大きく損なわれる。その前に生産
できるのか,効果的な吸収抑制対策を施せるのかを判断したいのである。
ところが日本の放射能汚染対策では体系的な現状分析がなされていない。復興
計画を立てるにしても汚染状況を大まかにしか測っていない。汚染マップがない
のに工程表だけは補助金を受け取るため作成せざるを得ない。除染も同じよう
に,効果の有無にかかわらず,とにかく進めている状況である。とくに震災直後
は,現状分析なき国の放射能汚染対策により,現地は混乱を極めた。公開されな
いSPEEDI,無根拠な安全宣言,突然の基準値の変更,不確かな測定による避難
地域の設定などである。
このような問題は,今回の農業・農協改革にも共通している。農協中央会の果
たしてきた機能,現段階における地域農業と総合農協の役割,日本農業の現状と
中長期的な視野に立った農業政策の作成など詳細な現状分析がすべて政策の根
本であることをあらためて見つめ直す必要がある。
農業政策も,原発事故対策も現状分析を踏まえ,検証結果を基に進めなければ
ならない。課題の克服が長期間にわたる場合,政策立案者には大局的見地,大局
観を持つことが必要である。それは長い歴史の中で現在を捉えなおし,未来を位
置づける過程である。目先の課題に対処するだけでは,目的を達成できないこと
は福島第一原発の廃炉過程をみても明らかである。
(福島大学 経済経営学類 教授 うつくしまふくしま未来支援センター 副センター長 小山良太・こやま りょうた)
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