8 研究紹介 パーキンソン病患者における、 生活機能予後の悪化に 関連する因子と治療介入効果の検討 国立病院機構西新潟中央病院 神経内科 長谷川 有香、黒羽 泰子、谷 卓、松原 奈絵、小池 亮子 はじめに 機能予後の悪化に関連する因子を明らかにして、 我が国のパーキンソン病(Parkinson's Disease; 適切な時期に、 適切な内容の治療を提供できれば、 PD)の患者数は15 ~ 18万人と言われ、高齢化に 生活機能予後の改善、ひいては介護負担の軽減に 伴い有病率が増加している。PD は、 振戦・筋強剛・ も寄与できると考える。 姿勢反射障害・動作緩慢を4徴とする運動障害性 疾患として知られる。主な治療は薬物治療とリハ 目的・方法 ビリテーションで、一部に手術療法が行われる。 進行期 PD 患者に施行される、視床下核脳深部 発症早期は薬剤が著効して社会生活を支障なく過 刺激療法(subthalamic deep brain stimulation ; ごせるが、約3年が経過すると、薬剤への不応や STN-DBS)の術前後の臨床経過を評価し、影響 ウェアリングオフ現象やジスキネジアなどの運動 する因子について検討した。 合併症が出現して進行期に移行する。独歩困難や 対象は、当院脳神経外科で2007年1月から2014 寝たきりになるなど重症化して生活機能が高度に 年5月までに、PD 患者に両側 STN-DBS が行わ 低下し、家族や社会の介護負担も大きい。1996年 れた全106件のうち、術前後に神経内科で評価し の調査では、平均発症年齢66±10歳、平均死亡時 た42例( 男: 女 =19:23、 平 均 発 症 年 齢50.1歳 年齢77±7歳で、薬剤や治療の進歩により生命 (12-64) 、手術時年齢59.4歳(30-70) 、手術まで 予後は延長した 。現代の患者は罹病期間の延長 の期間9.2年(4-18) ) 。術前と術後3ヵ月、1年 に伴って生ずる運動合併症などに適切に対応し、 毎に5年後まで、臨床経過は、運動障害の程度を 進行期に、いかに自立した ADL と高い生活の質 Unified Parkinson's disease rating scale を確保できるかが重要である。 (UPDRS)III(0~ 108点、症状無しが0点) 近年、PD は新たな概念で捉えられ、中脳黒質 を用い、L-dopa 内服量(mg/日) 、L-dopa 換算 を病変の主座とする運動障害症状は氷山の一角に 量(mg/日) 、認知機能を評価した。 1) すぎず、実は病変はもっと広範に及び、多彩な症 状を呈するとされる2)。認知障害、うつや幻覚な 結果 どの精神症状、治療抵抗性の疼痛や感覚障害、む 結果1(図1) ずむず脚症候群や REM 睡眠行動異常などの睡眠 全42例の術前評価の平均は、UPDRSIII on 13 障害、消化器症状・起立性低血圧・排尿障害など 点、off 26点とウェアリングオフ現象が明らかで、 の自律神経障害、嚥下障害、体重減少などがあり、 on 時 も 運 動 障 害 を み と め た。L-dopa 内 服 量 は これらは非運動症状と総称され、やはり生命予後 495mg/日、認知機能は保たれていた。術後3ヵ や生活の質を低下させる重要な要因となる 。 月は UPDRSIII on 6点、off 9点で、on と off の 運動障害に非運動症状が加わり複雑化した現代 差が無くなり著明に改善し、L-dopa は約半分に における PD 患者の自然歴を理解して、早期から 減薬された。この後も効果は持続し、5年後に減 長期治療計画を立案することが重要である。生活 弱の傾向がみられた。 3) 新潟県医師会報 H26.12 № 777 9 図1 全例の STN-DBS 術後経過 結果2(図2) 後ウェアリングオフ現象は消失したが、5年後の 手術時年齢を60歳未満と60歳以上の2群に分け 運動機能は UPDRSIII on 18点と術前12点より悪 て比較した。60歳未満群では、術後全てにおいて かった。減薬効果はあるが若年群と比べ小さく、 著明に改善し、5年後も運動機能が大きく改善し 5 年 後 に は L-dopa 量 が 術 前 と 同 程 度 に 戻 り、 た状態が維持され、減薬効果も持続した。認知機 L-dopa 換算量に占める割合が大きくなった。認 能の低下は無かった。一方、60歳以上群では、術 知機能低下の傾向も見られた。 図2 手術時年齢による比較 新潟県医師会報 H26.12 № 777 10 考察 文献 STN-DBS の、PD 患者の主要運動症状と運動 1)中島健二 , 楠見公義 , 鞁嶋美佳 , 他 : 晩期パー 合併症に対する有効性は確立し、術後長期評価の キンソン病の死因解析 . 神経内科 2002; 56: 報 告 が 増 え て い る。 術 後 5 年 で は 運 動 機 能 や 413-418. ADL の改善が持続し 、術後10年でも刺激療法 2)L angston JW: The Parkinson's complex: の運動機能への効果はなお持続する6)、7)が、認知 Parkinsonism is just the tip of the iceberg. 機能などの非運動症状の一部が悪化した と報告 Ann Neurol 2006; 59: 591-596. 4)、5) 7) された。若年や発症から手術までの期間が短い方 が術後予後が良いとの報告もある 。 5)、8) 3)Barone P, Antonini A, Colosimo Colosimo C, et al: The PRIAMO study group: A 本研究においても、若年で STN-DBS を受けた multicenter assessment of nonmotor 群では、術後5年でも運動合併症の消失、運動機 symptoms and their impact on quality of 能の改善と減薬における顕著な効果が持続し、手 life in Parkinson's disease. Mov Disord 2009; 術の恩恵をより長期間に渡って受けられることが 24: 1641-1649. 期待される。それに比べて手術時年齢が上がると、 4)K rack P, Batir A, Van Blercom N, et al: 術後5年でも運動合併症は消失するが、運動機能 Five-year follow-up of bilateral stimulation は術前と同程度に戻り、L-dopa 主体に内服量が of the subthalamic nucleus in advanced 増えた。手術は PD の進行を抑制するものではな Parkinson's disease. N Engl J Med 2003; 349: い。経過に伴って、本来刺激療法の有効性を期待 1925-1934. し難い運動症状であるすくみや姿勢反射障害は悪 5)Shalash A, Alexoudi A, Knudsen K, et al: 化すること、認知機能低下や幻覚などの精神症状 The impact of age and disease duration on が出現してドーパミン受容体刺激薬の使用が困難 the long term outcome of neurostimulation な例が増えることが原因にあげられる。加齢や of the subthalamic nucleus. Parkinsonism PD の病態そのものの進行の影響を強く受けてい and Related Disorders 2014; 20: 47-52. ると考えられる。 6)Castrioto A, Lozano AM, Poon YY, et al: 今後は、STN-DBS 非施行例を含めた PD 患者 Ten-year outcome of subthalamic において、運動機能のみならず、認知機能、精神 stimulation in Parkinson disease. Arch 症状、睡眠障害や自律神経障害などの非運動症状 Neurol 2011; 68: 1550-1556. や嚥下障害など多岐にわたる各々の症状を、発症 7)R izzone MG, Fasano A, Daniele A, et al: 早期から追跡して分析することが重要と考える。 Long-term outcome of subthalamic nucleus また、リハビリテーションなど他の治療介入の効 DBS in Parkinson's disease: From the 果との関連についても検討したい。生活機能を悪 advanced phase towards the late stage of 化させる因子を把握して早期から介入し、発症早 the disease? Parkinsonism and Related 期から包括的な長期治療計画の元、患者がより良 Disorders 2014; 20: 376-381. い生活機能をより長く維持できるように還元したい。 8)Welter ML, Houeto JL, Tezenas du Montcel, et al: Clinical predictive factors of 謝辞 subthalamic stimulation in Parkinson's 本研究に対して平成26年度新潟県医師会学術研 disease. Brain 2002; 125: 575-583. 究助成金を賜り、この場をお借りして感謝申し上 げます。 新潟県医師会報 H26.12 № 777
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