ローライブラリー ◆ 2015 年 2 月 6 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.72 文献番号 z18817009-00-050721174 非上場会社における第三者割当てによる新株の有利発行 【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所 【裁判年月日】 平成 26 年 11 月 26 日 【事 件 番 号】 平成 26 年(ネ)第 4044 号 【事 件 名】 損害賠償請求控訴事件(アートネイチャー第三者割当増資に係る株主代表訴訟事件) 【裁 判 結 果】 棄却 【参 照 法 令】 平成 17 年改正前商法 266 条・277 条・280 条ノ 2・280 条ノ 11 【掲 載 誌】 公刊物未登載 LEX/DB 文献番号 25505193 …………………………………… …………………………………… 本件第三者割当てが利益相反取引に当たり、これ によるZの損害額は上記 8 億 0,168 万円であるな どと主張して、Yらに対し、整備法 78 条、旧商 法 266 条 1 項 4 号及び 277 条に基づく損害賠償 請求として、上記〔1〕と同額をZに対し連帯し て支払うよう求め、〔3〕本件発行価額は「著し く不公正な発行価額」(旧商法 280 条ノ 11 第 1 項) に 当 た り、 整 備 法 98 条 1 項、 旧 商 法 280 条 ノ 11 に基づき、Y1・Y3・Y5に対し公正な発行価 額と引受価額との差額及び遅延損害金のZに対す る各支払を求める株主代表訴訟を提起した。 原審は、Xらの請求をいずれも棄却した。本件 は、この控訴審である。 事実の概要 Xらは、補助参加人Zの株主である。平成 18 年 2 月ないし 3 月当時、Y1はZの代表取締役の 地位にあり、Y2 ~Y5はいずれもZの取締役の地 位にあり、Y6 ~Y8はいずれもZの監査役の地位 にあった。 Zの取締役会は、同年 2 月 16 日、22 万株の普 通株式を発行して、これらにつき、Y1に 5 万株、 Y5に 15 万株、Y3に 1 万株、Y6に 1 万株を、1 株当たり 900 円(以下「本件発行価額」という。) で割り当てること(以下「本件第三者割当て」とい う。 )及びこれをZの臨時株主総会(以下「本件株 主総会」という。)に議案として提出することを決 議した。本件株主総会は、同年 3 月 9 日、上記 議案を出席株主の議決権の 3 分の 2 以上の賛成 により可決した。Y1、Y3、Y5及びY6は、上記 決議に基づき、それぞれ株式の割当てを受け、同 月 27 日までに、各自の割当て株式数に 1 株当た り 900 円を乗じた金額を払い込んだ。 これに対してXらが、〔1〕本件発行価額は著 しく低廉であって、特に有利な発行価額による発 行に当たるにもかかわらず、本件第三者割当てに おいて特に有利な発行価額をもって新株を発行す ることを必要とする理由を開示しなかった法令違 反があること、及び本件第三者割当ての必要性が なく、目的及び手段が著しく合理性を欠くもので、 不公正発行に当たる法令違反があることから、平 成 17 年改正前商法(以下「旧商法」という。)266 条 1 項 5 号、277 条、整備法 78 条に基づき、Z の当時の取締役Y1 ~Y5及び監査役Y6 ~Y8に対 して、Zが被った損害として 8 億 0,168 万円及び 遅延損害金をZに対し支払うよう求め、また、 〔2〕 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 判決の要旨 1 本件発行価額は特に有利な発行価額に 当たるか否かについて 本件発行価額が特に有利な発行価額に当たるか 否かは、新株発行当時のZの株式の公正な価額と 比べて特に低い価額か否かにより決すべきとこ ろ、非上場会社の株式については、市場価格が存 在しないため、市場価格によらずに公正な価額を 算定する必要がある。しかしながら、非上場会社 の株式価値算定方法には、配当還元法、収益還元 法、類似会社比準法及び純資産価額法等(これら を加重平均して併用する方法を含む。 ) 様々なもの があって、選択する方式によって算定結果が異な る可能性があり、株式価値の算定が容易ではない。 また、発行価額は払込期日よりも前に決定しなけ ればならないため、取締役らは、特に有利な発行 価額か否かについて、発行価額決定時点の事情を 基礎として判断しなければならない。 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.72 このようなことを考えると、非上場会社におい て行われた新株発行の公正な価額の算定は、当該 新株発行の発行価額の算定が専門家による株式価 値算定書に基づいていた場合、新株発行当時の会 社の資産や収益の状況等を踏まえた上で、その算 定の方法及び結果に不合理な点があるか否かを検 討し、不合理な点がないときは、当該株式価値算 定書に記載された株式価値の金額を上回る発行価 額は、特に有利な発行価額に当たるとは認められ ないというべきである。 これを本件についてみると、……Q税理士法人 により作成された本件株式価値算定書(以下「本 件算定書」という。)が用いた時価純資産価額法が 一般に客観性に優れていると評価され、収益力の ある非上場会社の株式価値の算定を含めて、実務 上も広く用いられており、非上場会社の株式価値 の算定において一般的に不合理な算定方法という ことはできない。本件発行価額(1 株当たり 900 円) は、本件算定書にいう公正な価額(本件株式分割 後換算 1 株当たり 808.4 円)を上回っており、…… 特に有利な発行価額に当たるものとは認められな い。 ていたなど不当な目的を達成する手段として新株 の発行が利用されたことを基礎付ける事情が存在 しないから、本件第三者割当ては、不公正発行に 当たらない。 判例の解説 一 本判決の意義 本判決は、有利発行による取締役等の責任につ き争われた事例である。非上場会社において行わ れた第三者割当てによる新株発行が、特に有利な 価額による発行に当たるかについて、本判決は原 判決を引用し、時価純資産価額法を採用した株式 評価算定書に依拠するとした。非上場会社が発行 する株価の算定方式については、定説がないとさ れているところであり、下級審裁判例において も、個々の事例における諸事情を考慮して判断が なされているところである。本判決は、非上場会 社における株価算定の事例に一例を加えるもので ある。 さらに、本判決では、会社の支配権に争いがな い場合における第三者割当てによる新株発行が、 不公正発行に当たるかの基準を示している。この 点については、これまで必ずしも明示的に示され てこなかったところでもある。 なお、本判決では、上記の問題のほかに、Y1・ Y3・Y5による本件第三者割当ての引受けが利益 相反取引に当たるか、Y6 ~Y8が監査役の任務懈 怠による損害賠償責任を負うか、Y1・Y3・Y5 が差額支払責任を負うかについても争点となって いるが、紙幅の都合で解説を割愛する。 2 本件第三者割当ては不公正発行に当たるか 否かについて 「著シク不公正ナル方法」(旧商法 280 条ノ 10) による新株の発行(不公正発行) とは、不当な目 的を達成する手段として新株の発行が利用される 場合をいうと解されるところ、会社の支配権につ き争いがあり、既存の株主の持株比率に重大な影 響を及ぼすような数の新株が発行され、それが第 三者に割り当てられる場合に、その新株の発行が 既存の株主の持株比率を低下させ経営者の支配権 を維持することを主要な目的としてなされたもの であるときは、不当な目的を達成する手段として 新株の発行が利用される場合に当たるというべき であり、会社の支配権につき争いがない場合には、 資金を得る目的があったか否か、特定の株主の持 株比率低下を目的としていたか否か、持株比率が 低下する株主が新株発行に賛成していたか否かな どを考慮して、不公正発行か否かを判断すべきで ある。 そうすると、本件第三者割当てについては、会 社の支配権につき争いが生じていなかった状況に おいて、特定の株主の持株比率の低下を目的とし 2 二 特に有利な発行価額の算定 1 公正な発行価額の算定と専門家の意見 特に有利な発行価額とは、問題となる株式の公 正価額に比して特に低い価額である場合をいう。 本件のように非上場会社の発行する株式について は、市場価格によらずに公正な価額を算定する必 要がある。 本判決は、公正な価額の算定にあたり、①非上 場会社の「株式価値の算定が容易」ではなく、 「発 行価額は払込期日よりも前に決定しなければなら ないため、取締役らは、特に有利な発行価額か否 かについて、発行価額決定時点の事情を基礎とし て判断しなければならない」ことから、②「非上 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.72 会社のすべての株式について客観的合理的な株価 を算定することは困難である。そこで、ある程度 合理的根拠のある方法を採用していれば、特に新 株発行差止めの仮処分手続の中においては、算出 された評価額について特に有利な発行価額とまで 認めるのは困難であることが多いとされる6)。そ のような中、株式買取請求の事例ではあるが、1 つの株価算定方式の数値のみをもって評価額とし て採用するよりも、複数の方式で算定した数値の 単純平均もしくは加重平均をもって評価額とする のが、下級審裁判例の傾向であるとされ7)、新株 発行の事例においてもそのような例がある8)。ま た、新株発行価額の公正性を判断する場面におい ては、引受人が経営参加を目的としている場合に は純資産価額方式に比重を置いた方式が採用さ れ、引受人が一般投資家の立場にある場合は、配 当還元方式ないし類似会社比準方式に比重を置い た方式が採用される傾向があるとの分析がなされ ている 9)。さらに近時は DCF 法に比重が置かれ 10) る傾向があるとの指摘もある 。 以上の点に鑑みると、本件第三者割当ては、Z の取締役を引受人とするものであることから、株 価算定方式として時価純資産価額法を選択するこ とについては、不合理であるとまではいえない。 しかし、1 つの算定方式により得られた数値を評 価額として採用することについては、近時の傾向 11) に照らし、疑問も残る 。 場会社において行われた新株発行の公正な価額の 算定は、当該新株発行の発行価額の算定が専門家 による株式価値算定書に基づいていた場合、その 算定の方法及び結果に不合理な点がないときは、 当該株式価値算定書に記載された株式価値の金額 を上回る発行価額は、特に有利な発行価額に当た るとは認められないというべきである」とする。 この点について、①が②を導く十分な理由となっ ているのか疑問を示すものもある1)。しかし、専 門家の計算を求めることで既存株主の利益は一応 担保され得る一方で、取締役に対し、一義的に明 らかであるとはいい難い株価の計算方法の当否の 判断を要求することはできないと考えられること を理由に、取締役が専門家による株価計算の結果 に基づいて判断した場合、右株価計算の方法及び 結果が明らかに不合理であるなどの特段の事情が ない限り、取締役は免責されると解すべきとする 下級審裁判例もある2)。非上場会社の場合におい ても迅速な資金調達の要請は及ぶであろうし、既 存株主の利益も保護されなければならない。この 点に鑑みるならば、少なくとも②の結論について は、妥当であろう。 2 株価算定方式の選択 株式の公正な価額を算定する方法には、本判決 が示すあ配当還元法、い収益還元法、う類似会社 比準法及びえ純資産価額法のほか、お DCF 方式、 か取引先例価格方式、き国税庁方式、及び、くこ れらの方式のいくつかを一定割合で加重平均して 併用する方式などがある3)。 本判決は、 「本件算定書が用いた時価純資産価 額法は、一般に客観性に優れていると評価され、 収益力のある非上場会社の株式価値の算定を含め て、実務上も広く用いられていることが認められ るのであって、このような算定方法が非上場会社 の株式価値の算定において一般的に不合理な算定 方法ということはできない」と判示した。 この点、非上場株式の適正な評価額について述 べた最高裁判例はない。下級審裁判例では、上記 の様々な評価方法のうち、新株発行を行う会社の 個別具体的な事情を考慮して様々な評価方法が採 用されているのが実状である4)。 確かに、企業の評価にあたっては、当該会社の 規模、業容、資産、収益力など多様な考慮要素が あり5)、ある特定の方式のみをもって、すべての vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 3 将来の上場と株式価値の評価 いずれの評価方法を採用するにしても、評価額 を決定するために用いられる数値の選択について 評価者の主観による部分が大きければ、当該評価 方法により得られる数値の合理性に疑問を投げか けられることになる。 本件算定書は、平成 18 年 1 月 17 日を評価時 点として、時価純資産価額法によりZの株式価値 を算定した。これに対してXらは、Zが超過収益 力のある優良な会社であり、本件第三者割当ての 翌年度に株式上場を計画していたことから(平成 19 年 2 月 14 日に上場された。)、株式価値の算定に あたり、将来獲得すると期待されるキャッシュ・ フローや利益を基礎として評価することが適切で あるとしていた。 この点について本判決は、本件算定書の評価時 点の方が上場の時点よりも本件第三者割当てにつ 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 商法 No.72 いての株主総会の時期(平成 18 年 3 月 9 日)に近 接していること、本件株主総会の時点で上場が確 実なものとなっていたとまでは認めるに足りない ことから、Xらの主張を退けている。 第三者割当てが行われた後の事情をもとに、後 知恵的に株価の算定が不適切であったとしては問 12) 題があろう 。本件において、株式の上場が確 実なものであったとまでいえないときには、上場 による株価の上昇を考慮しないとする本判決の結 論は、妥当であろう。 て適切であるかには、疑問がある。 ㋐の要件については、資金を緊急に調達する必 要が認められないことを理由の 1 つに挙げて、不 14) 公正発行に当たるとした判例もある 。しかし、 非上場会社においては、持株比率の維持が重要な 問題であることに鑑みると、㋑㋒と同列に扱うこ 15) とが適切か、さらに検討が必要である 。 なお、本判決では、㋑㋒の要件につき検討して いるが、㋐の要件については、検討がなされてい ない。株主総会において説明されたところでは、 ㋐の要件を充足するとはいい難いことから、本件 第三者割当ては不公正発行に当たらないと結論づ ける点には疑問が残る。 三 会社の支配権につき争いがない場合に おける不公正発行 本件第三者割当ての目的について、本件株主総 会では、安定株主対策や後継者対策と説明されて いた。しかし、Xらは、本件第三者割当ての目的 は、取締役らが個人的利益を得ることにあると主 張していた。 これに対して、本判決は不公正発行の問題とし て判示する。本判決は、いわゆる主要目的ルール を採用しつつ、 「会社の支配権につき争いがない 場合には、㋐資金を得る目的があったか否か、㋑ 特定の株主の持株比率低下を目的としていたか否 か、㋒持株比率が低下する株主が新株発行に賛成 していたか否かなどを考慮して、不公正発行か否 かを判断すべきである」とした。 この点については、第三者割当てによる新株の 発行が公正なものと認められるためには、ⓐ資金 調達の必要性、ⓑ第三者割当ての方法によること の必要性、 ⓒ当該第三者を選択したことの合理性、 ⓓ当該発行に係る募集事項の合理性などが必要で 13) あるとの基準も示されている 。 会社の支配権につき争いがない場合であって も、第三者割当ての方法による新株発行が不公正 発行に当たる可能性は残される。すなわち、支配 権争いと関わりなく、第三者割当ての方法による 新株発行により、少数株主権等が奪われることも あり得る。この場合、非上場会社においては、ひ とたび持株比率が低下すると、それを回復するこ とは困難であることから深刻な問題となる。この 点を考慮すると、上記ⓑⓒを具体化するものとし て、㋑㋒を不公正発行に当たるかの判断基準とす ることには、合理性があるように思われる。もっ とも、本件第三者割当ての目的に関するXらの主 張に鑑みると、㋑㋒が本件における判断基準とし 4 ●――注 1)資料版商事 365 号(2014 年)42 頁。 2)東京地判平 9・9・17 金判 1044 号 46 頁。なお、専門 機関による株価算定に疑義があるとされた事例として、 大阪高決昭 51・4・27 判時 836 号 107 頁参照。 3)東京地方裁判所商事研究会編『類型別会社訴訟Ⅱ〔第 3 版〕』(判例タイムズ社、2011 年)575 頁[森純子]。 4)東京地方裁判所商事研究会編・前掲注3)576 頁。 5)河本一郎=濵岡峰也『非上場株式の評価鑑定集』(成文 堂、2014 年)4 頁[濵岡峰也]。 6)東京地方裁判所商事研究会編・前掲注3)576 頁。 7)河本=濵岡・前掲注5)50 頁、牧口晴一=齋藤孝一 『非公開株式譲渡の法務・税務〔第 4 版〕』(中央経済社、 2014 年)138~140 頁。 8)大阪高判平 11・6・17 判時 1717 号 144 頁、大阪地判 平 15・3・5 金判 1172 号 51 頁。 9)金子勲「非公開会社株式の評価」判タ 814 号(1993 年) 69 頁、東京地方裁判所商事研究会編・前掲注3)576 頁。 10)東京地方裁判所商事研究会編・前掲注3)576 頁。東 京高決平 22・5・24 金判 1345 号 12 頁、東京高判平 25・1・ 30 金判 1414 号 8 頁参照。 11)1 つ 1 つが信頼に値しない数値を複数寄せ集めたから といって、信頼できる数値が算出できるわけでないこと は当然である。江頭憲治郎『株式会社法〔第 5 版〕』(有 斐閣、2014 年)15 頁参照。 12)田中亘「判批」ジュリ 1463 号(2014 年)110 頁参照。 13)永井和之『会社法〔第 3 版〕』 (有斐閣、2001 年)277 頁。 14)最二小判平 10・7・17 判時 1653 号 143 頁参照。 15)非上場会社を含めた非公開会社においては、会社に資 金調達の必要性があったかどうかは特に問題としなくて もよいとするものとして、青竹正一『新会社法〔第 3 版〕』 (信山社、2010 年)384 頁。 神奈川大学准教授 木下 崇 4 新・判例解説 Watch
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