低用量アスピリンによる 胃粘膜傷害発生のメカニズム

低用量アスピリンによる
胃粘膜傷害発生のメカニズム
加 藤 元 嗣
ゲナーゼ 1︵COX 1︶を非可逆的にアセ
ン、トロンビンなどの生理活性物質による刺激
動脈硬化性病変では粥腫破綻などを契機に、
アデノシン二リン酸︵ADP︶
、トロンボキサ
ィスペプシア、消化管のびらん・潰瘍、合併症
用量アスピリンの服用者には、症状としてのデ
を阻害し、血小板凝集抑制作用を発揮する。低
はじめに
を受けて血小板の活性化が起こり、血小板凝集
としての消化管出血などの消化管粘膜傷害が相
チル化してトロンボキサン ︵TX ︶の産生
によって血管腔内に血栓が形成され、管腔の狭
当の頻度で認められる。
で最終的に血小板血栓の形成を抑制するのが抗
血小板薬で、低用量アスピリン︵アセチルサリ
チル酸︶はその一つとして用いられる。
アスピリンジレンマと呼ばれるように、アス
ピリンは低用量の場合に限って、シクロオキシ
A2
アスピリンを含めた非ステロイド性抗炎症薬
︵NSAIDs︶は、COX 1を介する間接
粘膜傷害メカニズム
窄や閉塞をもたらす。この反応を阻害すること
−
1)
A2
的な機序と、局所で発生する直接的な機序によ
−
(295)
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−
① NSAIDs 粘膜傷害の発症と治癒
Microbe
Acid
COX-2 inhibit
Up-regulation
of COX-2
って、消化管粘膜傷害を引き起こす。さらに、
粘膜治癒にはCOX 2の誘導が必要であり、
NSAIDsはCOX 2も同時に阻害するた
めに治癒も阻害する。すなわち、NSAIDs
−
−
NSAIDsにはアスピリン、非選択的NS
AID、COX 2選択的阻害薬︵ Coxib
︶が
含まれ、これらはCOX 2とCOX 1に対
が、小腸・大腸では腸内細菌叢が知られている。
与する主な増悪因子として胃・十二指腸では酸
癒阻害からなっている︵図①︶
。病変誘発に関
の消化管粘膜傷害は病変の誘発とその病変の治
2)
IDsとして一律に扱うことは避けるべきであ
する阻害作用の強さに違いがあるので、NSA
−
−
る。アスピリンはCOX 1阻害の強さは非選
択的NSAIDとほぼ同等であるが、COX
等であるが、その予防や治癒は比較的容易とさ
的NSAIDの粘膜傷害と比べ、発生頻度は同
そのため、アスピリンによる粘膜傷害は非選択
2阻害の強さは非選択的NSAIDより弱い。
−
COX-1 inhibit
Stomach
−
−
Direct toxicity
Intestine
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(296)
3)
NSAIDs action
Normal
Modulatory action
Mucosal Damage
Mucosal Healing
(筆者作成)
合してCOXを阻害するが、アスピリンはCO
れる。非選択的NSAIDはアラキドン酸と競
が引き起こされる︵図②︶
。
障害が透過性亢進をもたらすことで、粘膜傷害
害がアポトーシスを誘導し、タイト結合の機能
した状態︵脂溶性︶で平衡する。アスピリンの
って誘導される酵素である。
酵素として恒常的に発現している。一
keeping
方、COX 2は正常の生理的条件下ではほと
house
COXには、異なる遺伝子でコードされるC
OX 1とCOX 2などが同定されている。
間接的な傷害メカニズム
Xのアセチル化によって阻害する点が異なる。
アセチル化COX 2は粘膜保護作用を有する
リポキシン を誘導することも知られている。
直接的な傷害メカニズム
COX 1は胃粘膜、腎、血小板などで
−
解離定数︵ pKa
︶は3・5なので、 3・5以
下の酸性環境では非イオン化アスピリンが増加
アスピリンは胃液中で、 を解離してイオン
化した状態︵水溶性︶と と結合し非イオン化
H+
−
んど発現がないが、炎症や発癌などの刺激によ
−
れる。細胞内は中性環境なので、非イオン化ア
の生合成を低下させて、抗炎症作用を発揮する。
よって惹起されたプロスタグランジン︵PG︶
胞透過性を有して、被蓋上皮細胞内に取り込ま
スピリンはイオン化されて細胞内に蓄積される
としての内因性PG産生を低下させ、消化管粘
−
一方、COX 1阻害は、消化管粘膜防御機能
︵ ion trapping
︶
。イ オ ン 化 ア ス ピ リ ン の 細 胞 内
蓄積により、浸透圧亢進から細胞壊死︵ネクロ
膜傷害が引き起こされる。すなわち、内因性P
−
ーシス︶が惹起され、ミトコンドリアの機能障
−
アスピリンはCOX 1とCOX 2の両者
している。脂溶性の非イオン化アスピリンは細
を阻害する︵図③︶
。COX 2阻害は炎症に
pH
H+
−
−
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−
A4
②直接的メカニズム
intracellular
䠙neutral
G減少は消化管粘膜での粘液産生の減少、重炭
酸分泌の減少、微小循環障害、胃運動の亢進、
組織修復抑制をもたらす。減弱した粘膜抵抗に、
胃酸、ペプシン、胆汁酸などの内因性因子、エ
タノールなどの外因性因子が関与して粘膜傷害
が発生する。
アスピリンを含んだNSAIDsによる粘膜
傷害はCOX 1の阻害作用だけでは不十分で、
COX 2の阻害作用も必要であるとされてい
−
−
従来型NSAIDsに比べて腸管循環︵胆汁排
されなかった。その理由として、アスピリンは
小腸粘膜の傷害メカニズム
s
動物実験では従来型NSAID による小腸
粘膜傷害は誘発されるが、アスピリンでは誘発
害は起こらない。
の選択性の高いCOX阻害薬だけでは胃粘膜傷
−
では胃粘膜傷害は起こらず、実際にCOX 1
−
る。COX 1やCOX 2の単独欠損マウス
−
30
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4)
Increased
permeability
Apoptosis
Necrosis
Functional disorder
of tight junction
Functional disorder
of mitochondria
Changes in
osmotic pressure
Nonionic type
Ionic type
Extracellular䠙
acidity
COOH
OH
H+
COOOH
Mucosal injury
(筆者作成)
③間接的メカニズム
Prostaglandins
Inflammation
GI mucosa
Prostaglandins
Platelet
Thromboxane
Protection of
GI mucosa
Thrombosis
Hemostasis
Mucosal injury
Antithrombotic effect
を抑
translocation
泄︶の割合が少ない、小腸の運動抑制作用を有
する、腸内細菌の小腸内への
制するなどが指摘された。
しかし、アスピリンを直接小腸粘膜に暴露さ
せることで出血性びらんを起こすことが可能と
なり、アスピリンによる小腸粘膜傷害が明らか
となった。臨床では腸溶剤のアスピリン製剤が
用いられることが多くなり、アスピリン粘膜傷
害は注目されている。アスピリンのCOX 1
OX
COX 2を誘導して保護的に働くのだが、C
って、腸内細菌の粘膜浸潤が起こる。これらは
らされ、小腸運動の亢進や粘液分泌の低下によ
阻害によって小腸粘膜の内因性PG低下がもた
−
2が同時に抑制されると、リポ多糖類
︵LPS ︶刺激による iNOS
が誘導され、産生
された は好中球活性化により産生された酸素
−
Cyclooxygenase-2
COX-2
“Inducible”
Aspirin
Cyclooxygenase-1
COX-1
“Constitutive”
ラジカルと反応し、パーオキシナイトライトと
なり小腸傷害が発生する。
(299)
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−
NO
Arachidonic acid
CO2H
Arachidonate
cascade
(筆者作成)
おわりに
わが国は超高齢社会を迎え、低用量アスピリ
ンの服用者が急増している。低用量アスピリン
による消化管粘膜傷害は、かなりのところまで
予防可能な病変であるので、その点をもっと啓
発する必要がある。
︵北海道大学病院 光学医療診療部
診療教授・部長︶
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