乾癬治療における 生物学的製剤の役割

乾癬治療における
生物学的製剤の役割
皮膚関連疾患
はじめに
2010年1月、本邦においてTNF α 阻
害薬であるインフリキシマブが滴状乾癬以外の
乾癬に、アダリムマブが尋常性乾癬および関節
高 橋 英 俊
置づけられ、その効果はよく知られている。現
在まで、市販後調査の集計では全国で2、
50
0例以上の乾癬患者に、生物学的製剤が使用さ
れている。
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適応患者
本稿では、乾癬患者に対する使用経験から得
症性乾癬に、ついで2011年3月に
IL-12/23
た生物学的製剤の役割について概説した。
阻害剤であるウステキヌマブが尋常性乾癬およ
び関節症性乾癬に適応承認され、日本皮膚科学
会生物学的製剤検討委員会において﹁使用指針
療継続が困難な症例に対して適応となる。生物
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飯塚により示された乾癬治療ピラミッド計画
(239)
10
−
学的製剤の治療指針ではPASIスコアが 以
および安全対策マニュアル﹂が示されている。 乾癬治療のピラミッド計画に示されているよ
うに、従来の治療に抵抗性か、副作用のため治
1)
製剤は現在トップランクの乾癬治療薬として位
−
︵図︶では、
TNF α 阻害薬を含めた生物学的
2)
乾癬治療のピラミッド計画
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(文献2より)
MTX:メトトレキサート
上の重症患者、もしくはQOL︵生活の質︶が
著しく損なわれている患者に対して用いられる
べき治療となっている。しかし、生物学的製剤
の治療指針に示されているように、関節症性乾
癬に対しては前記の基準に適応しない症例でも、
不可逆的な関節変形の進行を抑制する目的で早
期からの積極的使用が望まれる。さらに適応に
ついて具体的に述べると、⑴シクロスポリン、
エトレチナートなど従来の全身投与が無効の症
例、⑵皮疹が広範囲に及び、忙しさから十分な
外用ができないなど、外用に対するアドヒアラ
ンスが悪い症例、⑶副作用のため従来の治療の
継続が困難な症例、⑷生物学的製剤希望患者、
⑸結婚式、就職など、特別な社会的要因で皮疹
を速やかに消褪させる必要がある場合などがあ
げられる。また、関節症性乾癬に対する生物学
的製剤適応の基準としては、末梢関節炎型では
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⑴腫脹関節が3以上、⑵疼痛関節が3以上、⑶
CRP1・5㎎ / 以上の3条件を満たす症例
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る。
用することで、患者負担が軽減される場合もあ
きる。費用面に関しては、医療費助成制度を活
己注射に移行すれば通院回数を減らすことがで
担は少ない。また、通院回数はウステキヌマブ、
が、また、体軸関節炎型ではBASDAI︵
Bath
インフリキシマブ、アダリムマブの順で少ない
︶
Ankylosing Spondylitis Disease Activity Index
評価で4以上の活動性がある症例が適応となる。 が、アダリムマブは自己注射も可能であり、自
生物学的製剤の選択
生物学的製剤3剤のどれを選択するかについ
ては、現時点では確立された基準はない。TN
生物学的製剤の役割
乾癬症状コントロールから見た
したうえでのこととなる。
最終的に何を選択するかは、社会的・経済的
F α 阻害薬については、英国のガイドライン
要因、通院状況などもろもろの患者背景を勘案
では、病勢が比較的安定した局面型の乾癬では
アダリムマブが、病勢が不安定で速やかな病勢
コントロールが必要な重症例に対してはインフ
リキシマブが推奨されている。筆者の見解では、
即効性を期待する場合はインフリキシマブが、
効果持続性を期待する場合はアダリムマブ、ウ
生物学的製剤が、関節症状を有する患者に果
たす役割は大きいと考える。生物学的製剤が使
ダリムマブ、ウステキヌマブは皮下注射となる
マブ、インフリキシマブの使用を考慮する。ア
節症状に対する効果を期待する場合はアダリム
ン剤などの内服療法がおこなわれてきた。しか
スポリン、メトトレキサート、副腎皮質ホルモ
消炎鎮痛剤、サラゾスルファピリジン、シクロ
えなかった過去においては、関節症状に対して
ステキヌマブが選択されると考える。また、関
ので、投与に関して患者および医療従事者の負
(241)
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−
し、どの製剤も炎症はある程度抑制できても、
炎症後の不可逆性の関節変形を抑制することは
できないのが現状であった。
て大きな貢献をもたらしている。
生活習慣病から見た生物学的製剤の役割
がっている。メトトレキサートについては単独
ることが可能になり、患者QOLの向上につな
なる皮膚病と考えず、肥満を背景とした慢性の
が明らかとなっている。このことから乾癬は単
心筋梗塞などの血管内皮障害性疾患に至ること
近年の研究では、乾癬患者は肥満が多く、そ
そのようななか、生物学的製剤の導入により、 れによるメタボリック症候群の合併頻度が高く、
関節炎、関節痛はもとより、関節変形も抑制す
でも軽症の関節症状に有効であり、また、併用
全身性炎症性疾患と捉え、対処する必要性が言
われている。
により生物学的製剤の二次無効を抑制する効果
が報告され、関節症性乾癬に対しても有効な治
害の予防につながると考えられており、最近の
その際、早期に生物学的製剤を患者に導入す
療薬と言える。しかし、乾癬に対してメトトレ
ることで、慢性炎症反応を抑制し、血管内皮障
キサートは保険適用はなく、早急に保険適用が
待たれるところである。
海外からの報告も多い。
皮疹の部位については、頭部、爪、下腿の皮
疹部は治療抵抗性の部位であった。特に頭部、 最近、罹患期間が長い乾癬患者では骨密度が
低く、骨粗鬆症のリスクが高いとの報告がなさ
える部位である。生物学的製剤はこれら難治性
に曝されるため、患者QOLに大きな障害を与
的製剤の使用が検討されている。
いても見られ、TNF α 阻害薬などの生物学
れている。同様な報告は関節リウマチ患者にお
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爪病変は皮疹の範囲は小さくても、常に人の目
部位に対しても有効で、患者QOL向上に対し
−
おわりに
生物学的製剤は乾癬治療にパラダイムシフト
をおこし、多くの乾癬患者に対しての福音とな
った。しかし、生物学的製剤は乾癬に使用され
てまだ5年ほどしか経っていない。その間、従
来予想していなかった有害事象も引き起こされ
ている。したがって、生物学的製剤を使用する
に際しては、その有効性のみならず、有害事象
に対しても十分な注意を払い対応することが必
要であると考える。
︵高木皮膚科診療所
院長︶
文献
大槻マミ太郎ら 日本皮膚科学会マニュアル
乾癬
における生物学的製剤の使用指針および安全対策マ
ニュアル︵2011年版︶
、日皮会誌、121、1
561∼1572︵2011︶
飯塚 一 乾癬治療のピラミッド計画、日皮会誌、
116、1285∼1293︵2006︶
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